汚さ・醜さを受け入れる

福井のカウンセリングルーム
こころのそよ風 代表 斉藤恭央です。


僕たちは「美」を求める
生き物かもしれません。
きれいな物や美しい物に心が惹かれて
憧れたりします。
 
容姿が美しい
心が美しい
言葉使いが美しい
姿勢が美しい
などいろいろとあります。

それはとっても良い感情だと思います。
でも、あまりにも美意識が強すぎると
醜いものを排除しようとするのでは
ないのでしょうか?
 
自分の中のや醜さや
目に映る醜さを
見ないようにして
美しさだけを追求しようとするかもしれません。
 
でも、光があったら影もあるように
美しい物があれば醜いものもあるのです。
 
醜さをどれくらい目を背けずに
受け入れられるのか?
それが人間としての深さにも
なってくるのかもしれません。
 
僕の中にも醜さを受け入れにくい部分が
たくさんあります。
心の醜さもたくさんあります。
人の成功を妬んだり
腹が立つことがあれば攻撃したり
自分さえよろければ良いという考えなど
たくさんあります。

容姿の醜さもあり
体ではアトピーがあり
肌が醜くなっていますし、
顔もニキビ跡で醜くなっています。
 
美意識が強すぎると
それを排除しようとして
無かったことにしたいと
思っていたこともありますが、
アトピーは無くならないですし
ニキビ跡も無くならない
心の醜さも無くならない

だったら隠そうとするよりも醜さを認めて
受け入れることしかできませんよね。
 
美しい物を追及しすぎて
醜いものを排除していても
物事の一面しか受け入れられていないので
隠し続けるか、排除し続けないといけないので
常に気を張っていないといけないです。

そして、この醜さというのは
コンプレックスになっていることが多いです。
誰にでもコンプレックスがあると思いますが、
これは醜さを排除しようとしすぎるところから
きていることも多いです。
 
醜さを受け入れられた時に
光と影と両面を受け入れられて
ありのままの自分を受け入れることが
できるようになるいのでしょうね。

醜さを受け入れるとは
今まで醜い自分でいると
嫌われたり
バカにされたり
恥かいてしまった
過去の自分を癒して
そんな醜い自分でもOKを出せる事
なのかもしれませんね。

自分を受け入れられると
コンプレックスもなくなることでしょう。
 
どれくらい醜い部分を隠さないで
そんな自分でもOKといえるのか?
隠さないでさらけ出すことができるのか?
これからの僕の課題です。
 
先日は違いを認めて受け入れようと
書かせていただきました。
http://cocosoyo.jp/posts/blog148.html
今回は醜さを認めて受け入れようが
テーマで書かせていただきました。
 
 
ありがとうございました。

2016年08月27日|2016年:8月