承認欲求

福井のカウンセリングルーム
こころのそよ風 代表 斉藤恭央です。


僕たちの行動の動機として
認められたいから
行っていることって
多いと思います。
 
 
仕事でもプライベートでも
誰かのためにやっている行為は
喜ぶ姿が見たい、
それを通して認められて
必要とされることが
うれしいというところがあると思います。


認められたい=愛が欲しい
と言うことになると思います。
愛が欲しい、欲しいと
求めてくる人を見ると
どう思うでしょうか?


ちょっとウザったいと
思わないですか?


やってもらう側は
愛を求められているから
褒め言葉や承認する言葉を
言わないといけないのかな
と重たく感じてしまうでしょう。


僕は昔は認められるために
何かをやっていることが
ほとんどでした。
 
 
誰かよりもできる人になれば
認めてもらえる。
無理してまでも
貢献している姿を見せれば
必要としてもらえると
思っているところがありました。
 
 
逆に言うと
何もしていないと
認められもしないし
必要とされなくなってしまう
という不安にさいなまれていました。
 
 
それでいて、認めてもらっても
すぐに不安が押し寄せて
まだ満たされない心が出てきて
もっと認めてもらおうという
欲が出てくるのです。
 
 
どこまでいっても
これで十分に認められたという
実感がわかないのです。
どこまでいっても
もっともっととなってしまうのです。
 
 
そこで、よく考えてみると
すべての人に認められたり
褒められたいわけではないわけです。
 
 
誰に一番認められたいのか?
それは、お母さんだったのかもしれません。


小さいころ
一番必要だったときに
もらえなかったというのが
大きいのかもしれません。
 
 
ただ、お母さんが喜んでほしかった
認められたかっただけなのかもしれません。
 
 
でも、認められることがなくて
ダメ出しばかりされていると
認めてほしいという欲求が
満たされずにいることになります。
 
 
それで、誰でもいいから
僕のことを褒めてほしい
認めてほしいと
必要としてほしいと
承認されることに
飢えるようになっていたのです。
 
 
仕事でもプライベートでも
認めてもらいたい。
 
 
そこには、小さいころの
満たされなかった
お母さんの褒め言葉や
認めてもらえる言葉だったのでしょう。
 
 
それがわかれば
頑張って貢献して
人に認めてもらうという
回りくどいことをしなくても
心の中のお母さんに
認めてもらえるだけで
十分に満たされるのでしょう。
 
 
ありがとうございました。

  • はてなブックマークに追加
2016年11月26日|2016年:11月