嫌々するなら、やってもらわない方が良い

福井のカウンセリングルーム
こころのそよ風 代表 斉藤恭央です。


誰かを愛さなければいけないとか
感謝しなければいけないとか
義務的にやるもの
本当の愛や感謝じゃないように思えます。 
 
もちろん、形から入って本物になることは
ありますから、そのあたりの判断は難しいですが、
本当の愛とか感謝は内側から
あふれてくる感情だと思います。 
 
満たされて、幸せでしょうがないというと
この気持ちを誰かと共有したいと
思うようになったら本物だと思います。
 
僕は結婚しているのだから
嫁さんを愛さなければいけない
世話してくれているお義母さんに感謝しなければいけない
と思っていました。
 
そうやって義務的にやっていると
形ばかりにこだわって心が入ってこないです。 
 
だから、せっかくやってあげているのに
お返しがないと不満を持ってしまったり、
これをやっておかないと嫌われるだろうと
渋々やって、それが伝わったときには
嫌々やるのなら、やってもらわない方が良い
言われてしまうのです。
 
心がこもっていない親切ほど
迷惑なものはないですよね。
 
逆の立場で僕でも、義務的に付き合いだからと
やりたくないのにしてもらう親切は
受け入れがたいですからね。
めんどくさそうに何かをされても
全くうれしくないですもんね。
   
 
義務的に親切をやっているとしたら、
それを一度止めてみるということに
チャレンジしてみると良いと思います。
 
今までやっていた義務的な親切でも
止めるのはすごく勇気が入ります。
 
もしかしたら、相手にも嫌な思いを
させてしまうかもしれません。
僕なんかはうまく偽善者ぶっていたので、
嫁さんに頼まれてたことを、
嫌だからやりたくないと言ったら
冷たい人だと言われてしまいました。
  
今まではやりたくないことでも
やらなければいけないと思ってやっていましたからね。
その不満は積み重なってきて
態度に出たり、言葉として出てしまうのです。
だから、それを止めてみる。
 
 
偽善者をやめて本当の自分、
本当の愛情を取り戻すためには
冷たい人だと言われることを恐れない勇気が 
必要になってくるのでしょうね。
 
嫌われるかもしれないという恐れの先に
本当の自分があり、
本当の愛情を送ることが
できるようになるのでしょう。
 
やっぱり嫌われる勇気ですね。
ゆっくりと話し合いながらやっています。
 
関連記事です。
「他人の荷物は背負わない」
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「「自分が」の「が」(我)をとる」
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ありがとうございました。

 

2016年04月04日|2016年:4月