「私の」が執着を生む

福井のカウンセリングルーム
こころのそよ風 代表 斉藤恭央です。


どんなものでも
「私の」という言葉がつくと
ギュッと握りしめて
執着が起こると思います。
 
私の車
私のお金
私の家
私の考え、アイデア
という感じで
「私の」ものとなった時点で
執着が起こり、手放すのが怖くなります。
 
「他人の」ものだったら
無くそうが
取られようが
減ったりしても
何も思わないですけど、
 
「私の」ものだったら
無くなったり
取られたり、
減ったりしたら
途端に心がざわつきますよね。
 
車でも会社の車だったら
傷つけられても、
そんなに腹を立てることもないでしょう。
 
でも、「私の」車だったら
傷つけられたら、
すごく腹が立つでしょう。
 
「私の」がついた時点で
どんなものでも執着がわいてきて
様々な感情が湧いてきます。
 
恨み続けている人をみると
「私の」ものという感情が強すぎるから
取られた、奪われたものを引きずって
いつまでも強い感情を抱き続けてしまっています。
 
「私の」という思いを減らすためには、
「私たちの」とか「みんなの」ものだと思えば
少し執着もほどけるのではないのかと思います。
 
「みんなの」お金だと思えば、
多少減ったり、奪われたとしても
「私の」という感情を持っていた時よりも
苦しみは減るでしょう。
 
自分が所有するものは何もなくて
たまたま今は自分のところにあるだけ
すべては借り物
いつかすべてを返さないといけない。
 
「私の」ものなんてなくて借り物なんだから、
みんなで使っていけばいいかなと思っていると
物などに執着しない分
奪われる苦しみや
減る心配はなくなると思います。
 
すべてのものを「みんなの」ものだと思うことは
非現実的な理想論ですけど、
「私の」という思いが強すぎると
それが苦しみしか生まないということ
知っておくだけでも違うと思います。
 
すべては借り物であって
「私の」ものではなく
たまたま今は「私の」ところにあるが、
みんなで仲良く使っていけばいいかなと
思えたら、争いもなく
心も穏やかになるでしょうね。
 
ありがとうございました。

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2016年03月15日|2016年:3月