普通であること

福井のカウンセリングルーム
こころのそよ風 代表 斉藤恭央です。


昨日は競争社会から共同社会に
行くためには、自分の弱さと向き合うことが
必要だと書かせていただきました。
 
この続きで、
競争社会から脱出しようと思ったら
普通であることの勇気が必要なのでしょうね。
 
これは「嫌われる勇気」に書いてあることですけど
僕たちは、特別でありたいと思ってしまいます。
人よりも特別であることで
劣等感を満たして
自分に自信を持ちたいのです。
 
だから、勝ち負けの世界にいる人は
普通だと思われることが嫌なのでしょう。
 
昔は僕も普通になるのが怖かったです。
その他大勢の中の一部になってしまうと
自分というものがなくなってしまいそうな
気がしていたのです。
 
だから、僕はここにいるぞという
アピールをするために
特別であろうとしていました。
 
そして、特別な人をみては憧れていたのです。
歴史上の特別な人物
有名人のような特別な人
音楽や美術などの特別な才能の人
それらになりたいと
憧れますよね。
 
誰もが、普通になんてなりたいとは
思わないでしょう。
 
自分が他の人よりも
優れているとアピールしたかったのです。
そんな自分が特別な存在になりたいという考えが
競争の社会を呼ぶのでしょう。
 
共同社会では
みんなが平等で
自分だけが特別ではなくて、
みんなそれぞれが特殊な才能を持っていて
みんなが特別な存在である。
同じ人なんていないのだから
競争する意味がなく
それぞれの人がそれぞれの場所で
輝いている世界なのでしょう。
 
人と比べて優劣を決めるのではなく
過去の自分と比べて
自分の能力を向上させる
それだけなのでしょう。
 
自分だけが特別な存在になりたいという
欲求を捨てて
みんなそれぞれ違っていて
みんな特殊な能力があって、
みんなが等しい世界

そんな特別な存在にならなくても良い
という意味で普通の存在と言えるでしょうね。
 
普通の中には
そこまで含まれているように思えます。 
 
だから、誰かに勝っても意味がないですし、
誰かに負けたと感じても勘違いなのでしょうね。
みんなそれぞれ違う存在なのですからね。

昨日の記事です。
「競争社会or共同社会 あなたはどっち??」
http://cocosoyo.jp/posts/blog91.html

 
ありがとうございました。

2016年03月21日|2016年:3月