西洋的と東洋的の問題解決

苦しみ、悲しみ、怒りなどの
こころの痛みを聴かせてください。
あなたのこころに寄り添う  
聴き上手カウンセラー 斉藤恭央です。



僕のイメージなのですが、
西洋的な問題解決と言うのは合理主義
悪いところがあったら
その部分を切り取るなり
薬で抑えるなりして
悪い部分を排除しようとすることに
力を入れているように思えます。
 
 
 
例えば学校が荒れていたとしたら
問題児を停学なり退学し続けていって
悪い生徒がいなくなったら
平和な学校がおとずれるという感じでしょうか。
厳しくしつけて模範的な生徒ばかりが
残っていけば問題が起こらないのではないか!
という考えだと思います。
 
 
 
東洋的な問題解決と言うのは
「調和的」というのがイメージとしてあります。
悪いところがあったとしたら
それはバランスが崩れているのであって
かたよっているところはないのか?
一つ一つが能力を出し切れない
状態になっているのではないのか?
などを見ていくような感じです。
そこにすべてのものが必要あってあるのだから
何かを排除しようとする考えは
ないように思えます。
 
 
 
学校が荒れていたとしたら
勉強の時間割の配分は適切か?
先生と生徒の関係、友達同士の関係で
何か不都合なことはないのか?
などバランスや偏りをなくすことで
一人一人の能力が発揮されて
調和がとれて学校が平和になっていく。
 
 
 
何が言いたいのかというと
僕たちの世界にはいろんな問題と
言われるものってありますよね。
地球規模から家庭内問題まで
様々な問題があります。
 
 
 
その問題を解決していこうとした時に
西洋的に問題ある部分だけを排除して
悪い部分を取り除いたとしても
それが本当の解決になるのか?
考えてみる必要があるのでしょう。
 
 
 
東洋的にすべては必要があって
そこに存在していて
何か問題があるとしたら
そこにはバランスが欠けているからであって
バランスをとることで
かたよりなどがなくなったら
問題と思われていたものが
新しい発見だったりすることもあるかもしれません。
 
 
 
問題があれば、その部分を切り捨てるのは
比較的簡単なように思えます。
手術でも悪いところを切って排除するのは
よくやっていますもんね。
 
 
 
でも、バランスをとっていくためには
大きな視点で見ることが必要になってくるし
悪い部分だけでなくて
良い部分だと思っている場所も
何かしら変わっていかないといけないので
手間暇がかかり時間もかかってくることでしょう。
 
 
 
だからこそ、全体としてバランスがとれたときは
ものすごい力を発揮して
より素晴らしいものが出来上がるでしょうね。
 
 
 
何かを排除しても本当の問題は
解決しないのかもしれませんね。
誰だって排除されたくはないですもんね。
それよりも、みんな必要あってそこにあり
調和とバランスをとっていくことが
必要だったりするのかもしれません。
 
 
 
ありがとうございました。

 

2018年04月02日|2018年:4月