お釈迦さまの「よき友」についてのお話です

よき友をつくるということを
仏教ではどのように言っているのか?
アーナンダという弟子が
お釈迦さまに友をつくるということは
どういうことか質問をしています。
 
 

アーナンダが 
「お師匠さま、よき友を得ることは
 聖なる道の半ば(半分)だと思えるのですが、
 どうなのでしょうか」
 
 
 
そのとき、お釈迦さまはこう答えました。
「アーナンダよ、よき友を得ることは
 聖なる道の半ばではない」
 
 
 
それを聞いたアーナンダは
「やはり自分は未熟で何もわかっていない」と、
がっかりしたかもしれません。
 
 
 
が、お釈迦さまの口から続いて出てきた言葉は、
アーナンダの予想を超えるものでした。
 
 
 
お釈迦さまは
「アーナンダよ、よき友を得ることは
 聖なる道の半ばではなく、
 聖なる道の全てである」
とおっしゃりました。


お釈迦さまはこう説明しました。
「よき友を得ることによって、
 人は老いる身でありながら老いを恐れずにすみ、
 病むこともある身でありながら病むことを恐れずにすむ。
 必ず死すべき身でありながら、死の恐れから逃れることができる。
 よき友を持つことは、幸せに生きることの絶対的条件なのだ」と。
 
 
 
仏教でもよき友を得ることは
聖なる道にいたるための絶対条件であり
それは、幸せになるための絶対条件でもあるのです。
 
 
 
本来の「よき友」とは、
遊び相手とか遊び仲間というようなものではなくて、
人生上の悩み・苦しみ・苦悩・煩悩を
少しでも軽減してくれるような
“気づき”を教えてくれる人、のようです。
 
 
 
それは同時に、自分もそういう存在になることが
「よき友」と言われる条件ということでもあります。
そのように教え合うこと、
学びや気づきを知らせ合うこと、
交歓し合うことが
「よき友」というものなのかもしれません。
   
  
  
そんな自分を高めてくれる
よき友が自分の周りにどれくらいいるのか?
僕自身は友達を作ることがすごく下手です。
本音で話をすることができる友は
今まではいなかったのです。
 

 
そして、僕だけでなくて
そういう人間関係をつくることが下手で
一人さみしく過ごしている人にむけて
交流会を開催するようになりました。

詳しくはイベントページを見てください。
https://cocosoyo.jp/event.html
 
 
 
僕自身が救われるためもありますし
僕と同じような気持ちでいる人が
少しでも救われるようと思っています。
 

 
 
人は一人では幸せになることは難しいです。
成長していくことも難しいです。
一緒に苦しみを共有して
共に困難を乗り越えて
成長しながら幸せになっていけたら
こんなに素晴らしいことはないですね。
 
 
 
仏教の世界から見るよき友の解釈でした。
 
 
 
ありがとうございました。







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2020年01月18日|2020年:1月