許せば自分を取り戻せる

今日は許せば自分を取り戻せる
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰か
嫌な人から嫌なことをされたり
何か奪われたり取られたり
ということをされると
許せないという気持ちに
なるのかなと思います。



そして奪われたものとか
取られたものを
どうにかして奪え返そうとか
取り戻そうという風にしてしまいます。



それはお金であったり
プライドであったり
自尊心であったり
というものがあるのかなと思います。


お金という目に見えるものであったとしたら
相手から取られたとしたら取り
戻すということは
比較的簡単にできるのかなと思います。



相手にもよりますけど
どれぐらい取られたっていうことが
分かるのかなと思います。



でもプライドであったり
自尊心であったりというのは
目に見えないだけに
取られたっていうことは
なかなか判断できないのかなと思います。



しかも相手も奪おうと思って
何かやったわけではないのかもしれませんし
自分が勝手になんか傷つけられたとか
不当に扱われたとか
価値がない人間のように扱われた
という風に思い込んでるだけ
ということもあるかもしれません。



でも奪われたような気がする人は
どうにかして
それを取り戻そうとしてしまうのかなと思います。



それは自分が奪われたと
言うことがあるので
自分の中にあるものを
何か欠けたというか
相手に取られたという状態だから
少し穴が空いてる状態
なのかなと思います。



その欠けた部分を埋めようとして
相手から取り戻そうとして
そういう風に
何か攻撃的になったりとかして
取り戻そうとするのかなと思います。



でもその取り戻そうとする
行為をしたとしても
相手の反感を
買ってしまうことがあったりして
余計に傷ついてしまったり
自分の何か求めるものが得られなかった
余計に何かをもっと取られてしまうって
いうこともあるのかなと思います。



そういう時には
思い切って許す
ということも必要になってくるのかな
と思います。



許すというのは
その自分の捉えたものとか
奪われたものを放棄する
相手に上げたままにする
ということなのかなと思います。



そうやって自分の中にある
ものを取れたものを
放棄することによって
逆に欠けた部分というのが埋まる
というのはあるのかなと思います。



自尊心だったり
プライドだったりするものっていうのは
放棄することによって
自分の中に元からあって
それは奪われたりするものではないのだ
ということが気づけるのかもしれません。



無理にそれを取り戻そう
取り戻そうとすると
喧嘩になってしまって
余計にいざこざで傷ついてしまう。



ということがあるけど
それを取られたままにして
放棄することによって満たされるし
十分にあるのだということが分かって
欠けた部分が埋まるって事が
あるのかなと思います。



そうやって
自分の欠けた部分が埋まる事によって
自分らしく生きていけるようになるのかな
と思います。



許せないと思ってるうちは
その欠けた部分を取り戻そう
取り戻そうとしている状態ですけど
許す
それを手放すことによって
十分に自分にはそういうものがあるのだ
そういうことか気づけて
取り戻す必要なんてないのだ
実は取られてもいないのだ
十分豊かにあったんだっ
ていうことが気づけるのかな
と思います。



そういうふうに
もし嫌なことがされたり
何かプライドが傷ついたり
自尊心を傷つけられた
と思ったとしても
それを放棄する
許すことによって
自分の中に十分にある
そういうものは取られていない
ってことが気づけて
より自分らしく生きていける。



取り戻すという労力を
使う必要もないし
そんなとこにエネルギーを使って
余計なことをする必要も
ないのかなと思います。



許すということは
自分を満たす
自分の中には
取られるものなんてないのだ
ということに気づく
ということなのかなと思います。



今日は許すことというのは
自分の中にあるものに気づくこと
自分を取り戻すことということについて
お話しさせて頂きました



ありがとうございました









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2020年04月27日|2020年:4月