固定観念が苦しみを生む

今日は固定観念が苦しみを生む
ということについて
お話ししようと思います。



固定観念というのは文字通り
固定してしまっている観念ということで
例えばこの花は綺麗だという
観念があったとして



それが固定してしまうと
この花は何があっても綺麗だ
綺麗じゃないなんてありえない
と思うとが固定観念で
固定してしまっている観念という風に
言えるのかなと思います。



それが花であったとしたら
さほど問題はないかもしれませんけど
仕事で上司にはきちんと礼儀正しく
敬わまなければいけないとか
仕事に対してはサボってはいけなくて
きちんと真面目に取り組まなければいけないとか
時間に対しては遅刻なんて許せない
というふうに固定観念として
なってしまってるとしたら
それは問題があるのかなと思います。



上司に対して敬ってない人を見ると
攻撃したくなるし
それが許せなくなってしまいます。



もしそれが固定観念が外れて
上司を敬ってもいいし
敬わなくてもいいという風に
どちらでもいいと思えることができたとしたら
誰か上司に対して無礼を働いてるのを見ても
何も思わないと思います。



でもそういう固定観念があると
無礼なことをしてしまっている人に対して
攻撃したくなるし裁きたくなる。
それが問題を大きくしてしまうのかなと思います



遅刻してはいけないという人に対しては
遅刻してしまってる人に対して
責めて裁こうとしてしまいますし
もし自分が遅刻してしまったりとかすると
自分を裁いて責めることになってしまいます。



子育てにおいても子供に対して
過度にこうでないといけないと
要求が強すぎてしまうと子供も苦しいし
思い通りにならなかったとしたら
お母さんとかお父さんも
苦しくなってしまうのかなと思います。



子供が学校で良い点を
取らなければいけないとか
クラスに迷惑をかけずに
きちんと馴染めないけないとか



そういう固定観念があればあるほど
子供は点数を良い点を取らなければならなく
なってしまいますし
クラスに対しても変な行動はできずに
ずっと自分を我慢することに
なってしまうのかなと思います。



ある程度はそういうことも
必要なのかもしれませんけど
行き過ぎた固定観念になってしまうと
はみ出す事を許せずに
自分をギュウギュウづめになってしまうし
相手に対しても型にはめてしまう
ことがあるのかなと思います。



こうでなければいけないとか
こうしなければいけない
これをしてはいけないという風に
何でも固定観念でハメてしまうと
それが苦しみの元になってしまうので



こうであってもいいし
こうでなくてもいいという
ゆるい気持ちになることができたとしたら
苦しみというのは減っていくのかなと思います。



遅刻してもいいし
遅刻しなくてもいいし
点数を良い点を取ってもいいし
悪い点であってもいいし
上司に対して敬ってもいいし
無礼に働いてもいいし
そういう緩い考えができたとしたら
悩みは減っていくのかなと思います。



今日は固定観念が苦しみを生む
ということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございます。






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2020年05月30日|2020年:5月