苦しみのわけ

僕たちは何のために生まれてきたのか?
誰もが思う疑問だと思います。
人生には楽しいことだけでなくて
耐えがたい苦しいことも
たくさん起こります。
理不尽なことも
不平等だと思う悔しいことも
起こるのものです。



大災害にあったり
何か事故や事件に巻き込まれたり
病気で苦しんでいる人もいれば
健康体で何の苦しみも
味わったことがない人もいるかもしれません。
 
 
 
こんな過酷な人生を何のために
生きていかなればいけないのか?
なぜ、自分だけがこんなにも苦しい思いを
しなければいけないのでしょう?
 
 
 
いろんな考えがある思いますが、
僕が気に入っている考え方です。
この世の中は輪廻転生として
死んだ時も無になるのではなくて
肉体は死んでも
魂は何度も生まれ変わりながら
いろんな経験を積むことによって
魂を磨いているらしいのです。
 
 
 
魂の成長のために
みんなそれぞれの課題があって
問題集を解くために、
過酷な人生には難しい問題集があって、
その人の能力や才能に適した問題集を
解いているのでしょう。
大学レベルの難しい問題集の人もいれば
小学生レベルの比較的簡単な
問題集の人もいるのです。
だから、ある人はとっても過酷な生活を
送らなければいけないし
ある人は裕福で何の不自由もない生活を
送ることになるのです。
 
 
 
魂のレベルでその人の環境が
違ってくるというのはありますもんね。
大学生の人が小学生の問題にチャレンジしても
何の成長もないですからね。
大学生には大学生にふさわしい
問題があってそれは小学生から見たら
とっても難しい問題に映るのかもしれません。
 
 
 
ただ、ここで小学生が劣っていて
大学生が優れているということではなくて
誰もが通る課題をするのが
早いのか遅いのかの違いだけです。
小学生もやがては大学生になって
難しい問題を解くときがくるのです。
大学生の人はちょっと早くそれを
解いているだけです。
 
 
 
僕の環境はそんなに過酷なものではないので
きっと魂は浅いのかなと思います。
周りを見てみると
こんな状況でよく耐えているなと
思うような人がたくさんいます。
僕だったら、きっと耐えられない
ダメになっているだろうと思うところでも
必死に頑張っている人がいるのを見て
僕はつくづく浅いなと思っているのです。
 
 
 
まあ、僕には僕に合ったレベルの課題があるので
それを解いていくことが
僕の人生のやることだろうと思います。
それは僕にとってちょうど良いものでしょう。
難しすぎず、簡単すぎずに
ちょうど良い課題なのです。
 
 
 
人それぞれ魂の成長のために
自分に合った課題を解いていて
だから、人によっては理不尽なことや
不平等なことが起こりますが、
それは必要なことであって
過酷な人生を送っている人は
それだけ魂のレベルが高くて
難しい課題にチャレンジしていることでしょう。
 
 
 
そういうのがわかると
今起こっていることはすべて
自分にとって必要なことであって
そして、ちょうど良いレベルの問題です。
死ぬ時にできるだけ課題を
上手にクリアできているといいですね。
 
 
 
 
ありがとうございました。



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2018年11月06日|2018年:11月