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幸せな人は結果ではなく過程を楽しんでいる

今日は幸せな人は結果ではなく
過程を楽しんでいる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは結果を出すことが
最終的なゴールってあって
そこに到達しないと
望む人生が手に入らない
と思ってる所があるのかなと思います。



結果が入らないわけだから
満たされなかったり
幸せになることができないと
思っているところがあるのかなと思います。



例えば結婚したいと思っている人がいて
婚活をすごい頑張ってやったり
自分を磨いて女性に少しでもモテようとする
ということがあるかもしれません。



そういう努力をすごい頑張ってやってるのに
最終的に結婚という
ゴールに到達しなかったとしたら
それは幸せを感じる事っていうのは
出来ないと思ってる人もいるかもしれません。



また受験勉強で
頑張っている人がいたとしたら
高校時代にすごい勉強で
頑張っていたのに
大学に受からなかったとしたら
その勉強が全て無駄になってしまうと
思っている人もいるかもしれません。



こうやって結果を出すことに
こだわり過ぎてしまっていると
そこに到達しないと幸せになれないとか
満たされないってふうに思ってしまうことが
あるのかなと思います。



でも本当にその結果を得られなければ
幸せになれないのか?
ということを考えていく必要は
あるのかなと思います。



幸せを感じるのが得意な人ってのは
そのゴールではなくて
経過を楽しんでるって事が一つ挙げられます。



結婚にしても
婚活で自分をどのように見せるのか
ということを研究するのが好きだったり
自分を磨くのが得意で楽しかったりと



そういう風に
そのデートに持ち込むまでが楽しいとか
自分を磨いてる瞬間が楽しいっていうふうに
その時その時の
その過程を楽しんでいるって事があります。



受験でも勉強そのものが楽しんで
やることができたとしたら
もし大学に受からなかったとしても
その勉強が無駄にならずに



自分の知識になったとか
いろんなことを知れたとか
集中力をつけることができたとか
そういうプラス面も
見つけることができるかもしれませんし



勉強そのものを楽しむことができたとしたら
その時のその瞬間が
幸せな時間になるのかなと思います。



このようにたとえ結果が
得られなかったとしても
その結果を得られる過程そのものを
楽しむことができたとしたら
その時その時で幸せが感じることが
できるのかなと思います。



人生が山登りのようなもので
頂上に行かないと
幸せになれないと思っていると
頂上に行かなかったら
全てが無駄になってしまう
その人生が失敗になってしまうって思って
幸せを感じる事って出来ないのかなと思います。



でもその山登りにしても
途中を楽しむことができたとしたら
たとえ頂上に行かなかったとしても
その瞬間その瞬間に
何か景色を楽しんだりとか
その道で出会う植物とか動物とか
その空気とかそういう事を
楽しんでいくことができるのかなと思います。



その過程を楽しむことができたとしたら
頂上に行くってことも
大事になってくるかもしれませんけど
それよりも自分の今のこの瞬間を
楽しむということができるようになるから
幸せを感じることもできるのかなと思います。



そうやって幸せを感じる時っていうのは
ゴールに執着するって事も
一つあるのかもしれませんけど



あまりも執着しすぎるてしまうと
ゴールに到達しなかったら
その人生そのものが
失敗に終わってしまうっていう風な考えに
なってしまいかねません。



でも人生というのは
ゴールに到達することだけが目的ではなくて
その到達するまでの過程ってのが一番楽しい
ということもあるのかもしれません。



よく成功者が成功した後に
振り返ってみてどの瞬間が
一番楽しかったのかって聞かれた時に
まだ駆け出しで創業間もない頃
すごい苦労して
何かやっていた時が一番楽しかった
あの時が一番苦労が多かったけど
その時が一番輝いていたって
言われる人が多くいます。



結果を出して成功し終わった後っていうのは
努力する必要もなくて
そんなに頑張る必要もなくなってしまうって
こともあるのかもしません。



それそれで素晴らしいことかもしれませんけど
でもやっぱり自分の命を
輝かせる瞬間というのは
苦しみの中だったり
一生懸命、何かを頑張ってる時だったり
そういう時に自分の命というのは
一番輝く瞬間なのかなと思います。



そうやってゴールを到達するまでのその過程
その苦しんでる今瞬間が
一番命が輝いている時なのかもしれません。



そういう風に考えると
今、結果が出なかったとしても
今をどう楽しむかっていうことを
追求していくこともできるのかなと思います。



あまりにもゴールに執着しすぎないで
今のそのゴールに向かっている
過程そのものを楽しむことができたとしたら
どの瞬間も幸せというのを
感じることができるのかなと思います。



今日は幸せな人は
結果ではなく過程を楽しんでいる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。


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2021年01月21日2021年:1月

脳がハマる仕組みについて

今日は人が何かにハマる仕組み
ということについてお話ししようと思います。



僕たち人間っていろんなものにハマる時が
あるのかなと思います。



ギャンブルだったり
恋愛だったり
ゲームだったり
宗教だったりするかもしれません。



ここではなぜ人はハマってしまうのか?
というのを説明しようかなと思います。



ハマる仕組みとして
人って定期的に何か与えられている場合だと
何も感じないのですけど



不定期的にいつ与えられるかわからない
という状態になると
心が途端にざわつき始めて
興奮したり不安になったり
期待感が大きくなったりするものです。



例えばパチンコなんかでも
パチンコで5回目に
絶対に当たるとわかっていたとしたら
それは作業になって
何も興奮することはないのかなって思います。



淡々に5回目で当たって出す
5回目で当たって出す
という事は作業であります。



何の興奮も覚えないでしょう
でもそれが一回目で当たるかもしれませんし
100回目で当たるかもしれない



そうなっていつ当たるか分からない
てなった時に脳っていうのは
興奮して期待感を持って
ハマってしまうっていうわけです。



こうやって不定期的に
ご褒美を与えられる状態っていうのは
人間というのはとっても弱いものです。



恋愛でも一緒で毎週会うという状態だと
そんなに興奮はしないのかもしれませんけど



明日会えるかもしれませんし
1ヶ月後かもしないっていう
そういう状態になった時に
すごい興奮して
期待感が大きくなってしまうってことがあります。



連絡にしても
毎日連絡をとるんじゃなくて
1日目で連絡が来るかもしれないし
1週間後に連絡が来るかもしれない



そんな不定期的な状態になった時に
脳っていうのはハマってしまう
より一層相手が好きになってしまう
ていう風におちいってしまうのかなと思います。



でもそれは
相手が好きだからっていうのではなくて
そういう不定期に
何かご褒美が与えられるような状態だからこそ
興奮して相手が好きって錯覚しているだけ
なのかもしれないです。



毎日会ったり
毎日連絡がくるようになってしまうと
途端にそういうのが冷めて
こんなはずではなかったっていう風に
なるかもしれません。



そんな感じで
恋愛でもギャンブルでも
いつご褒美が当たるか分からないっていう
そういう状態になった時に



脳っていうのは
錯覚を起こしてしまって
より興奮が大きくなったり
期待が大きくなってしまっていうことです。



ゲームなんかでも
レアなアイテムが
いつ当たるかわからないっていう状態になると
脳がハマってしまうってことがあります。



絶対この定期的に当たるって
分かってる状態だったら
そんなにも淡々としてるかもしませんけど



1回目で来るかもしれないし
100回目で来るかもしれない
そういう状態になった時に
脳ってのはすごい錯覚をしてしまって
ハマってしまうってわけです。



僕たちは常に
定期的に与えられるものだとしたら
興奮もなく淡々としていられます。



でもいつご褒美が当たるか
分からないっていう状態になると
脳っていうのはちょっと狂った状態に
なってしまうのかなと思います。



そしてそれがハマるっていう状態を
指すのかなと思います。



そういう不安定になってしまったりとか
待つということには
脳っていうのはストレスがかかるから
冷静でいられなくなってしまうのかなと思います。



もし何かに
ハマってしまうっていうことがあったとしたら
それはご褒美が
不定期的になっていないのかっていうのを
探ってみる必要はあるのかなと思います。



それでその行為そのものが好きではなくて
ただ単に脳が
ハマってしまっているだけだとしたら
少し抜け出しやすくなるのかなと思います。



ギャンブルでも
そのパチンコをするのが好きなのではなくて
ハマってしまってる状態
いつご褒美が当たるか分からない状態で
ただ単にハマってしまってる状態
なのかもしれません。



恋愛でもいつ会えるか分からないとか
連絡が来るのか分からないって
いう状態でなってるだけで
本当はその相手を
想像以上に大きくしてしまってるだけで
冷静に相手を見ることが
できていないかもしれません。



そういうのも考えていく必要も
あるのかなと思います。



あまりハマりすぎてしまうと
冷静に物事を見ることが
できないってことがあります。



今日は人が何かにハマる仕組み
ということについて
説明させていただきました。




ありがとうございました。




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2021年01月18日2021年:1月

幸せの方程式について

今日は幸せの方程式として
幸せ=遺伝50%
+環境10%
+自分の意思40%
ということについて
説明させていただこうと思います。



ポジティブ心理学という学問がありますけど
その中で研究していて
幸せの方程式っていうのがあります。



それってのはさっき言った
幸せを感じる力があったとして
それは遺伝によって50%と決まってます。



そして環境的要因ってのは
10%しかないのです。



あとは自分の意思
自分の力でコントロールできるところが
40%あると言われています。



まず遺伝ですけど
遺伝によって幸せか不幸かっていうのは
半分決まってると言われてます。



これは以前に話した
セロトニントランスポーターが
多いのか、少ないのかによっても
左右されてくるところなのかなと思います。



セロトニントランスポーターが多ければ
どんな環境にいても
幸せを感じる事ってのはできるし
セロトニントランスポーターが少なかったら
一見、幸せそうに見える環境であったとしても
不安とか恐れを感じやすいって風に
言われています。



そういうのもあって
幸せか不幸かというのは
遺伝によって大体50%ぐらいが
関わってくる言われています。



これは遺伝なので
自分の力ではどうすることもできずに
その先天的に持ったものだと言われています。



その遺伝によって50%決まってるのだったら
もうある程度半分は決まっているのだから
どうすることもできないって
思われる人もいるかもしれません。



でも逆に言えば
50%しか遺伝によって決まっていない
40%で変えることができると
いうことはあるので
その40%に自分の力を注ぐってことも
大事になってくるのかなと思います。



自分の意思の40%ですけど
これは自分で後天的に学習して
身に付けられる能力だと言われています。



どのように行動していくのかとか
そんな考えを持っていくのか
どのような学習をしていくのかという
技術を身につけていくってことによって
幸せか不幸かというのを
感じる力が変わってくるわけです。



何も学ぼうとしないで
流されて行ってしまうことがあると
そこで幸せになる力っていうのは
ちょっと落ちてしまうのかなと思います。



周囲に流されてしまったりとか
自分の感情に流されてしまって
コントロールを失ってしまっているとしたら
惰性で自分のその人生すらも
つくり上げることが出来なくなって
幸福感を下げてしまうってことが
言われているようです。



そういう、いろんなことを学ぶことによって
自分をコントロールしていき
自発的に何かをすることによって
幸せを感じる力が上がっていくっていう風に
言われています。



自分でコントロールできるのか
できないのかによっても
その幸せか不幸かっていうのは
変わってくるのかなと思います。



誰かにやらされている仕事と
自らやっていく仕事によっても
全然同じことやるにしても
違ってくるのかなと思います。



あと自分で何か感情に流されてしまって
後で後悔するってこともあるかもしれませんし
きちんと自分の感情を
コントロールしていけば
より良い人生を作り上げていくってことも
できるかもしれません。



そんな感じで自分をコントロールしていく
自分の意思をどのように
使っていくのかによって
それが40%ぐらい幸せに
関わってくるって言われています。



最後に環境的要因は1割しかない
10%しかないって言われています。



ここでちょっと10%っていうのは
あまりにも低すぎるのではないのか
なっていうふうには思っていましたけど
でもよくよく説明を聞いてみると
納得する部分があります。



どんなに恵まれた環境であったとしても
不平不満が出てくる人もいますし
どんなにすごいひどい環境にあったとしても
明るく前向きに生きていってる人もいます。



それは先天的に
明るい人もいるかもしれませんけど
でも自分の力で
自分のコントロールを及ぶ範囲で
何か学習して幸せを感じて
その明るくしていってるって人もいます。



そんな感じで
環境っていうのはあまり関係なくて
自分がどのように行動していくのかが
40%と含んでますし
後は先天的に明るい遺伝を持っているのか
暗い遺伝を持っているのか
それが50%くらい関わってきます。



それで90%含んでいるので
環境的なものってのは1割しかなくて
ほとんど関係しないのかなとは思っています。



そんな感じて幸せというのは
自分でコントロールできるとこが40%
遺伝で決まってるのが50%
環境によって決まるのが
10%と言われています。



ポジティブ心理学では
その自分でコントロールできる
40%に力を向けて
自分で学習しながらコントロールしながら
幸せを感じて行きましょう
っていう風に言われてます。



環境を変えることもできません
自分の遺伝を変えることもできません
自分で変えられるところを
集中して変えていく
それによって幸せになることもできます。



そんな感じで幸せの方程式について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



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2021年01月08日2021年:1月

選択肢が多ければ幸せなのか?

今日は選択肢が多ければ幸せなのか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは自由というの考える上で
より多くの選択肢を選べるって事が
自由なのかなっていうのはあります。



一つのことを強制させられてやるよりも
あれもこれもって選べる方が
より自由度が高いって言えます。



学校選びにしても
いろんなものを選択肢として
ある中から選ぶ方が
この学校でないといけないっていうふうに
思うよりもより自由度が高いって風に
言えると思います。



でもそれが本当に幸せかって言うと
それを考えてみる必要はあるのかなと思います。



たくさん選択肢がありすぎて
迷ったり悩んだり
後悔したりっていうことが
もしかしたらあるのかもしれません。



選択肢が多いからこそ
悩みが出てきたりするってことも
あるかもしれません。



選択肢が少ないとそれは集中できて
やることがもう決まっているので
悩まないってこともあります。



例えば江戸時代でしたら
職業の選択っていうのは
そんなに多くはなかった
時代だったように思います。



大体が親の後を継ぐってことが
多かったように思います。



武士の子は武士、農民の子は農民
商人の子は商人っていう風に
親がどのような職業をしていたかによって
子供がその家を継ぐって言う
そういうことが多かったように思います。



武士の下で生まれたとしたら
武士として一生を送る
ということはあったかもしれません。



そこで武士じゃなくて町民になったりとか
商人になったりとか
農民になったいっていう風に
あれもこれもって
迷うってことは少なかったように思います。



もう生まれた時から武士しとして
生きていくっていうことがあったので
武士として生きていくために
勉強したいと剣術を磨いたりとか
人として徳となるものを学んだりとか
そういう武士としてのあり方って事を
子供のうちから学ぶってことだったかもしれません。



だからそこには迷うってことがなくて
もうこれをしなければいけないって
いうものがあったので
そこに集中してやっていけたってことが
あると思います。



でも今は自由な選択ができる時代だと思います
だからこそ迷ったり
自分が何をしていいのかっていうのは
分からなくなったりとか
余計な悩みを増えるって事が
あるのかなと思います。



悩みが多ければ多いほど
力が分散していくので
今どのようなことをしなければいけないのか
どうしてやっていきたいのかってことが
わからずに結局は
何もしなくなってしまうってことも
多くなってしまうのかなと思います。



学校選びにしても
1校とか2校ぐらいのところから選ぶとしたら
そんなに迷うことはないかもしれませんけど
3校も4校も
そういうところから迷うってことがあると
自分本当に何をしたいのかってことを
突き詰めなければいけなくなってます。



そういうのは決まってる人にとっては
簡単に決めることができたとしても
自分が何したいのかっていうのも
分からずにいる人にとっては
その3校か4校ぐらいのところから選ぶって
ことはすごい迷いがあるのかなと思います。



そういう余計な悩みとか
迷いがあるって言うのは
自由さがあるからこそ
そういうなものが出てくるのかなと思います。



もしかしたら自由さがなくて
一つのことしか選択する
余裕がなかったとしたら
集中できるのかなと思います。



そんな感じで
僕たちはあまりにも自由さがありすぎると
何をしていいのかわからなくなってしまう
てことがあると思います。



だからある程度
何をしなければいけないのかっていう風に
決められた方が
そこに集中して
力向けていくってことができます。



余計な悩みとか迷いってことも
なくなってきます。



あまりにも自由さが
幸せに繋がっていくのかっていうと
それは考えものなのかなとは思いました。



選択肢が大きければ大きいほど
自分のやりたい方向が見つかる
ってこともあるかもしれませんけど
やりたいことがない人にとっては
迷いとかその悩みが増えるだけ
ってこともあります。



選択肢が多いというのは
本当に幸せなのか?
考えてみる必要があるのかなと思います。



選択肢が無さすぎてもダメだし
多すぎても駄目
そういうバランスっていうのは
必要になってくるのかなと思います。



今の時代のように自由さがありすぎると
自分の本当にやりたいことっていうのが
分からなくなったり
迷いが大きくなってしまうっていう
そういう時代なのかなと思います。



ある程度自分の人生が決まっている方が
まだやりやすいっていうことがあります。



そういう感じで選択肢の多さが
幸せに直結していないっていうことは
覚えておいてもいいのかなと思いました。



今日は選択肢が多ければ幸せなのかについて
お話させて頂きました。



ありがとうございました。



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2021年01月04日2021年:1月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を無事に
開催することができました。
クリスマスということで
予定がある人もいる中で
6人の方が参加してくださいました。
 
  
 
僕もそうだけど、
こうやって真剣に話をする場所って
なかなか無いように思えます。
友達を作るにしても
大人になってからだと
出会いも少なくなってしまいます。
 
 
 
また、皆さん悩みを抱えていたり
悩みを克服してきた人だったり
いろんな経験をしている人なので
話を聞いているだけで勉強になります。 
 
 
 
昨日は今年の振り返りを少しして
あとはその時の興味をあることだったり
仕事のことを話しました。
 
  
 
仕事ではストレスを抱えやすく
誰かに聞いてほしいというのはあると思います。
また、自分だけが苦しいのではないと
分かるだけでも救われる部分はありそう。
 
 
 
年末で大変なことがある中で
頑張っている人がいると分かるだけで、
僕もちょっとは頑張っていこうと思えました。
 
 
 
自分の弱さをさらけ出しても
受け入れてもらえるという安心感も
大きいのではないかと思います。
同じような問題を経験しているので
共感してもらえますからね。 
 
 
 
8時から始まって
気が付けば12時までやっていました。
とっても有意義な時間でした 
 
 
 
こうやって定期的に集まることで
だんだんとお互いのことを知っていき
仲間意識が強くなっていくのも
嬉しいことです。
だいたいどういう人かというのが
分かってきましたからね。
 
 
 
これからも、こうやって定期的に
集まりの場所を開いていこうと思います。
 
 
 
来年度の一回目は

ZOOM飲み会
1月22日(金)20時から
参加費 無料
です。
 
 
 
ぜひとも参加してみてくださいね。
最初は緊張すると思いますけど、
徐々に慣れていけば
すんなりと入っていけるようになります。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年12月26日2020年:12月

僕たちに自由意志はあるのか?

前回は選択に迷ったら
どちらでもいいということについて
お話しさせていただきました。



で今回はその選択ですけど
本当に僕たちはその選択を
自分の意思で決定してるのか?
ということについてお話ししようと思います。



僕達っていうのは自分の意思で
何かを決定してるって
思っているかもしれませんけど
科学的には自由意志の存在というのは
まだ証明することができないって風に
言われています。



アメリカの研究では
自由意志の実験というのが行われました。



ここでは僕たちが何か行動をするとして
その手を上げるなら手を上がる0.2秒前には
意識的な決定がされているという事があります。



これは当たり前で意識が手を上げようと思って
0.2秒後に体が反応して手を上げる
ということが行われる
別にそんなに疑問に思うことでは
ないのかなと思います。



でもここで面白いのは
その意識がされる0.35秒前には
脳が既にもう手を上げようていうふうに
電気信号が働いてるって
いうことが分かってきました。



脳の中では意識する前に
手を上げるということが
もう決まっているらしいです。



そして意識が手を上げようって考えて
体が反応するっていう
そういう順番があると言われてます。



だから自分の意識が手を上げようと思って
やってるわけじゃなくて
もう脳の中で手を上げるっていうのが
決まってて
それで意識が伝わってあるっていうわけです。



その考えていくと
自分で意識するちょっと前には
自分の意思とは関係のない脳内で
もうすでにこれをしようっていう風に
決定されているわけです。



つまり僕たちは脳で初めから
こうしようっていうのが
決まっているわけです。



そしてこういう風に動いたというのがあって
後からなぜこんなふうに動いたのかって
いうのを意識が考えて
理由付けをしている
そういう順番になってるのかなと思います。



例えばお腹がすいたとして
お腹が空いたから
物を食べたっていう風なことを考えるのは
普通だと思いますけど



でもこの実験結果では最初に
もう物を食べるって言うのが決定してる
そして物を食べてしまっていたとしたら



意識がなぜこんな物を
食べてしまったのかっていうのを考えた時に
ああ、お腹が空いていたからだっていう風に
思って理由付けをするっていう
そういう順番が正しいって言われてるわけです。



最初に何か行動を起こすってことが
もうすでに決まっていて
意識の中ではそれがまだ
分かっていないわけです。



そしてその行動した結果
なぜこんなことを取ってしまったのかって
いうの意識が勝手に理由を探して
やっているっていう風な
順番が正しいわけです。



そういうのを考えていくと
本当に僕達っていうのは
自由意志があるのかというのが
疑問になってくるのかなと思います。



もうすでにある程度
自分がこういう行動を
とってしまうっていうことが
決定しているっていう事が
あるのかもしれません。



それを後から意識が勝手に都合よく
理由をつけているだけって
いうことなのかもしれません。



こういう自由意志があるのかないのか
っていうのを考えていくと
もう選択をどっちにするのかっていうのは
もうすでに決まってるって言うのも
あるのかなと思います。



だから選択で迷うことがあったとしたら
もうすでに迷うっていう決断が決まって
いるって言う事かもしませんし



もしAということを決めるとしたら
もう自分の意思とは関係ないところで
Aを決めるって事が
既に決まってるって事なのかもしれません。



だからその迷うっていうことも
もうすでに必要ではなくて
もうすでに決定しているっていう事があって
迷うってことなんていうのは存在してなくて



自分で選んでるっていう事すらも
何か大きな意思で動かされてるっていう事が
あるのかもしません。



そんなことを考えていくと
AかBかっていうの迷うっていうのは
もうバカらしくなってくるのかなと思います。



もうすでに脳の中では
どちらにするかってのは
決定してるわけだからです。



だったらその決定したものを
存分に味わい尽くすっていうことが
僕たちにできることなのかなと思います。



もうA・Bかで迷うじゃなくて
もうAっていうのが決まっているわけだから
Aを存分に味わって体験して
そこに集中していくっていう



そういうことができたとしたら
別に自由意志がなかったとしても
自分の人生を存分に楽しむ
ってことも出来るのかなと思います。



Aっていうルートが決まっているのに
Bの方が良かったのではないかとか
そういうことを考えていくと
ちょっともったいないなと思います。
Aを存分に味わうことができないからです。



そういう自由意志があるかないかとかって
いうのは分からないですけど
もうすでに決定しているっていう
そういう考えもあるっていう事も
ちょっと面白いので
ここで説明させていただきました。



僕たちに自由意志はあるのかということです。



ありがとうございました。




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2020年12月24日2020年:12月

選択に迷ったらどっちでもいい

今日は選択に迷ったらどっちでもいい
ということについてお話ししようと思います。



人生には大きな選択に迫られる時
というのがいくつかあるのかなと思います。



学校で進路選びだったり
就職先で会社選びだったり
あるいは結婚相手だったりと
大きな選択に迫られる時っていうのは
少なからずあるのかなと思います。



そしてそういう大きな選択に
迫られた時っていうのは
簡単に決められるものでは
ないのかなと思います。



すごく迷うし、悩んでしまうことでしょう
こっちにして本当に正解なのか
間違ってはいないのかという風に
思うことがあるからです。



本当にこの道で正しかったのかというのは
気になってしょうがなくなってしまうでしょう。



でもこの道で本当に良かったのかっていうのを
比べる事っていうのは
永遠にわからないものです。



AとBという選択肢があって
Aという選択肢をした瞬間に
Bの選択肢っていうのは
消えてなくなるからです。



比べる事っていうのは永遠にできないのです
やり直すことができないから
どうやっても比べる事っていうのは
できないのです。



一回しか行けない食堂屋さんに行って
メニューを見てカレーを選ぶのか
カツ丼選ぶのかで迷った時に
カレーを選択した瞬間に
カツ丼を食べるっていうことは
もうできなくなりますし
そのカツ丼を味わうってこともできないです。



ただカレーを味わうことしかできないのです
それはカレーを選んだ瞬間に
カツ丼を食べるっていうことを
放棄っていうか捨てたっていうことになるので
どちらが良かったのかっていうのを
比べる事なんては
永遠にできないっていうことです。



そして本当にカレーで良かったのか?
ということが出てくるでしょう
あっちにしとけばよかったっていう風に
思ってしまうってこともあるのかもしれません。



そういう時にはどっちを選んでも
行き着く先は一緒
そういう風に考えると良いのかなと思います。



人生というのは山登りに
例えられるのかなと思います。



頂上を目指していて
どのルートでその頂上に行くのか
っていうだけであって
その頂上に行くって事は
変わりないってことがあります。



Aのルートで頂上に行くのか
Bのルートで頂上に行くのか
ということだけの違いです。



だから選択肢としてAのルートとBのルートが
出てきたとしても
どっちを選んでも
結局は行き着く先は一緒っていうことです。



Aのルートを取ると
最短距離で行けるかもしれませんけど
でもきつい人生が待ってるかもしれません。



Bのルートは最短距離ではなくて
時間がかかるかもしれませんけど
でも遠回りして
緩やかな人生ということが
あるかもしれません。



そんな感じでAルートには
Aルートの特徴があるし
BルートにはBルートの特徴がある。



迷ったときは
そのどちらをとっても
結局行き着く先っていうのは一緒であって
そんなに変わりはないって思うと
少しは楽に選択することが
できるのかなと思います。



このAのルートを取ってしまって
やっぱり間違ってしまったんじゃないか
もうとんでもない失敗を
犯してしまったんじゃないのか
って思うこともあるかもしれませんけど



でも結局はAのルートもBのルートとも
同じ所に繋がっているという風に
思うことができるとしたら
そんなに間違ってしまった選択をしたっていう
風にとることは少なくなるのかなと思います。



ただつらいくて早いか
楽で遅いかとか
そういう違いはあるかもしれませんけど
でも行き着く先は一緒
どのルートを取っても結局は
頂上に行くってことは変わりない
ということがあります。



だから人生において
間違った選択肢というのはないのです。



どのルートで頂上を目指して行くのかっていう
その違いがあるだけです。



どちらをとっても大丈夫です
間違いなんてないから
だからその選択肢を十分に味わって
行けたらいいのかなと思います。



Aルートをとったのに
Bのルートのことをくよくよと悩んで
あっちにしておけばよかったって
時間を取れるぐらいだったら
Aルートを十分に味わいつくして
行った方がいいのかなと思います。



どうせ比べることが出来ないわけだから
もうAルートを取った瞬間に
Bのルートのことは考えないていう風に思って
後はAルートを十分に味わいましょう。



どうせ行き着く先は一緒な所に繋がっています。
そんな感じで迷った時ってのは
どちらをとっても同じところに行き着きます
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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自己肯定感を上げる方法

今日は自己肯定感を上げる方法について
お話ししようと思います。



今、自己肯定感を上げるっていうのは
本屋に行ってもたくさんの本があったりして
流行っているのかなと思います。



自分に自信がなかったり
こんな自分は駄目だと
思ってしまってる人がいたとしたら
自己肯定感を上げて自信をつけたいと
思ってる人が増えているって
いう事なのかなと思います。



いろんな自己肯定感を上げる方法って
いうのがあると思いますけど
ここでは僕の考える
自己肯定感を上げる方法について
お話ししようと思います。



まず自己肯定感が低い人っていうのは
だいたいが今の自分ではダメだって
自己否定に落ちている人が
多いのかなと思います。



今の自分をどれくらい
認めることができるのかが
自己肯定感があるのかないのかに
大きく左右されるのかなと思います。



だからこのままではダメだとか
今のままではダメだ
もっと良い人物にならないといけないとか
もっと役に立つ人物にならないといけないって
思っている人というのは多いのかなと思います。



こんな今の自分だと
いろんな人に迷惑をかけてしまうので
見捨てられてしまうんじゃないかっていう風に
不安に思ってる人もいるかもしれません。



だからこそこんな自分を脱出して変わらなきゃ
成長しなきゃっていう風に
思ってることでしょう。



そうやってハングリー精神があって
成長意欲が高いと
確かに成長するってことも早いと思います。



そして我武者羅に行動する事っていうのも
普通の人以上に出来ると思います。



それでどんどんと自分を変えていくって
ことができるのかもしませんけど
でもどこまでいけば
ダメが良いに変わるのかっていうのが
あるのかなと思います。



そうやって行動して成長して
いろんな人から認められる人間に
なったとしても



当の本人がこんな自分ではダメだ
もっともっと成長しなきゃって思い続ける限り
自己肯定感っていうのは
なかなか高くならないのかなと思います。



そうやって成長しなきゃってやってるうちに
サメのように
動くことを止めることができずに
常に120%の力を出し続けて
走り続けていくっていうことに
なってしまうのかなと思います。



そしていつかその120%の力を
出し続けることなんて難しいので
いつか力尽きてしまうってことも
もしかしてあるかもしれません。



だからこんな自分がダメだっていう風なことを
どれくらい変えることが
できるのかっていうのは
大切なことなのかなと思います。



そうやって今の自分を
どれぐらい認めることができるのか
ということが大事になってきます。



ダメな自分でも
情けない自分でも
人よりも劣ってしまってる
自分であったとしても



そんな自分でもどれくらいOKを出せるのか
どれくらい許せるのか
どれくらい受け入れる事が出来るのか
ということが大切に
なってくるのかなと思います。



そういうマイナスである自分を
頑張ってプラスにしようとするのではなくて
マイナスのままでOKを出せるのか
それが自己肯定感が上がる事に
繋がってくるのかなと思います。



大体あなたは自分が思うような
ダメな人間ではないという風に
思っています。



誰かからあなたはダメだって
思い込まされているだけなのかもしれません。



こんなことできなくて
なんてあなたはダメなんだ
もっとこうしないとダメだって
言われた経験があったり
こんなことやって当たり前なのに
なぜそんなこともできないのだって



高い要求を突きつけられて
出来なくて怒られたり
否定されたり
ガッカリされたりで
そんな経験もあるかもしれません。



だからこんな自分ではだめだ
もっともっとできる自分に
ならないといけないって
いうふうに思うように
なったのかもしれません。



でもそれは周りの人が高い要求を突きつけて
勝手に期待を込めて
勝手に失望したっていうだけであって
あなたがダメなわけではないし
価値がないわけではないです。



今のままでも十分に愛されるし
価値があるし素晴らしい人物です。



ただただ周りの人がそういう風に
見ることができなかったって言うだけです。



今の自分でも十分OKだと思うのに
それはダメだって言われ続けてきた
だけなのかもしれません。



今からでもそういう周りの人からの
影響っていうのを少しずつ解いていって
今の自分でもOKというのを出せるようになると
無理して成長しようとか
変わらなきゃっていう風に
思い続けて行動するってことも
減ってくるのかなと思います。



そしてもっとゆとりを持って
自分に自信を持って余裕のある生活が
できるようになるのかなと思います。



そうやってどれぐらいダメな自分を
受けることができるのか
今の自分にOKを出せるのか言うことが
自己肯定感につながってくるのかなと思います。



あなたは今のままでもOKだし
ダメだ情けない自分でも良いし
できないことがたくさんあっても大丈夫です。



もっともっと今の自分というのを認めて
受け入れて許していきましょう。



そうやって今の自分がダメが
今の自分でもOKに
どれくらい変わっていくのか
それが良いに変わっていけばいくほど
自己肯定感というのが上がっていきます。



自己肯定感を上げるためにも
もっともっと今の生活にゆとりを持って
余裕のある生活をするためにも
ダメな自分だと思ってることが
あったとしたら
そんな自分でもOKを
出していけると良いのかなと思いました。



今日は自己肯定感を上げる方法として
今の自分今のダメな自分を
どれくらい認めることができるのか
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月17日2020年:12月

感謝力 幸せを感じる力

今日は幸せを感じる力、感謝力について
お話ししようと思います。



僕たちは感謝が大切だという風なことは
言われてきたと思います。



でもその感謝というのは
一体どんなものなのかということを
考える事っていうのは
少ないのかなと思います。



感謝っていうのはありがたいものが多いほど
感謝するってことができるのかなと思います。



そしてありがとうの反対っていうのは
憎しみとか不平不満とか
そんなものではなくて



よく言われることですが
ありがとうの反対っていうのは
「当たり前」っていう風に言われます。



僕たちは当たり前になった時に
不思議だけど実際には多くのものを
与えられてるはずなのに
それが見えなくなってしまうてことがあります。



本当はありがたいものがたくさんあるのに
当たり前になった瞬間に
この目の前から消えてしまうっていうことです。



意識しなくなってしまう
ということでもあります。



例えば目が見える状態っていうのは
僕たちが意識して何か感謝するってことは
少ないのかなと思います。



でも目が見えなくなった時に
初めて目が見える事っていうのは
こんなに素晴らしいことなのだ
こんなに尊いことなのだっていう風に
思えると思います。



実際に目が見えるようになるためには
何億っていう風にお金を払ってでも良い
という人もいるでしょう。



それぐらい価値があるものなのに
当たり前になった瞬間に
それがありがたく思えなくなってしまう。



見えなくなってしまう
自分が与えられている事が
消えてしまうってことがあります。



僕たちは当たり前になった瞬間に
与えられるものという物が
見えなくなってしまうってことがあるのです。



そうやって当たり前になってしまう
ということがあると
本当は多くのものを与えられてるはずなのに
なんて自分達は貧しい生活を
強いられているのだっていう風に
不平不満につながってくるってことがあります。



でも目に見えていないだけで
本当は多くのものを与えられてるし
よくよく目を凝らして見ると
本当は豊かなものに囲まれて
生きているって事があります。



そしてその豊かさに気づけるようになるのが
感謝力ということだと思います。



当たり前と思ってることを
当たり前じゃなくて
これは本当に素晴らしいことなのだ
これはすごい尊いものなのだっていう風に
気づける力のことです。



この感謝力が高ければ高いほど
自分の周りにある豊かさに気付けて
自分がなんて恵まれているのだって思えて
心が満たされることでしょう。



逆に感謝力が低いほど
どんなに恵まれた状態であっても
どんなに豊かな状態であっても
それは見えない状態になってしまうので
何でこんなに貧しいのだ



人と比べて
なんて自分は与えられてるものが
少ないのだっていう風に
不平不満につながってしまうことでしょう。



本当は多くのものを与えられてるはずなのに
それが見えなくなってしまう。



慣れがあって
本当にあるものがなくなってしまう。



そういう物をちょっとでも
気づけていくのがいいのかなと思います。



でも人間というのは不思議なことに
慣れがあると
どうしてもその生活が
当たり前になってきてしまいます。



どんなに給料が高くもらったとしても
高くなった瞬間は嬉しいはずなんだけど
それが1年と続くと
それが慣れて当たり前になってくる
感謝がなくなってくるってことがあります。



こういう慣れをどれくらい減らしていけるのか
本当はもっともっとたくさんのことを
当たり前と思わずに
感謝することができるのかっていう



そういう感謝力があって
そういうのを身につけていけると
いいのかなと思います。



あまりにも感謝力が少ないと
強制的に奪われることによって
なんて今までの生活は素晴らしいのだって風に
気づくこともさせられることが
あるのかなと思います。



よくあるのが
病気になることによって健康というのは
どんなに素晴らしいものなのかというのを
気づけるって事があります。



普段は健康のありがたさなんて
気づくことっていうのは少ないと思いますけど
病気になることで
そうやって不自由になることで
初めて気づきるって事があります。



また家族においても
家族って本当は大切なものなんだけど
家族を何か不幸なもので
失われることによって
こんなにもありがたいものなのだっていう風に
気つけるって事があって



そうやって何か奪われるような現象があると
僕たちというのは初めて
それがありがたいものだっていう風に
気づくことができます。



でもそれが最初から気づけるって事ができると
もっともっと豊かになれるし
幸せになりやすいのかなと思います。



感謝力をどれぐらい鍛え上げて
当たり前と思わずに尊いものだ
豊かさが僕たちの周りには
たくさんあるのだって気づける
これはとっても大切なこと
なのかなと思いました。



今日は幸せを感じる力
感謝力についてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月14日2020年:12月

他人の評価=自分の価値になっていませんか?

今日は他人の評価=自分の価値に
なっていませんか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは他人の評価に対して
あまりにも左右され過ぎている
っていうところがあるのかなと思います。



自分の価値わからずに
それを他人の評価に委ねてしまっている
というところが大きいのかなと思います。



それもある程度は仕方がないところも
あるのかなと思いますけど
でもそれがあまりにも
強くなりすぎてしまうと



他人の言動とか
他人のちょっとした評価の一つ一つで
自分の価値が決まってしまうわけだから
すごい左右されやすいっていう風に
なってしまうのかなと思います。



そうなるとおのずと
他人の顔色を伺ってしまったり
他人のちょっとした言動を気にして
自分の心の安定が得られなかったり
という風になってしまいかねません。



他人に嫌われることが
怖くなってしまったりとか
他人の評価が下がるのは怖くて
異様にその貢献をし続けて
自分のやりたいことができなくなってしまう
てこともあるかもしれません。



ここで考えなければいけないこととして
本当に他人の評価は正しいのか?
ということは考えていく必要は
あるのかなと思います。



人によって評価っていうのは
全然違うと思います。
ある人は良いということもあるし
ある人は悪いっていうこともあります。



そういう価値観が全然違う中で
全ての人から評価を得ようとすることは
それ絶対に不可能だと思います。



でも悪い評価をされた時に
それが自分の価値につながって
自分の価値がないのであって風に
落ち込んでしまっているって事があると
それはもったいないことなのかなと思います。



たまたまその人は見る目がなかったり
自分のことをあまり知らなかったり
その人自身が何か問題を抱えてて
そこまで見ることが
出来なかったりとした時に
正常な評価をするってことが
できないかもしれません。



そういう正常に評価ができない人に
悪い評価をされた時に
それを本当に信じこんでしまうと
自分の価値を正しく評価する事って
できなくなってしまうと思います。



そういう他人の評価にいちいち左右されて
自分の価値が上がったり下がったり
ってしてしまうというのは
とってももったいないことなのかなと思います。



見る目がない人からの評価だったり
自分の合わない人からの評価だったり
自分の性質は違う人の評価だったりすると
正しい評価をされていないってことがあります。



もっと自分のことを正しく評価してくれる
もっと自分を持ち上げてくれる
正しく自分の価値を見てくれる人からの
評価を受け取るようにしていくってことも
大事なのかなと思います。



だから全ての人の評価を
気にする必要はないってことがあります。



だから本当にその他人の評価が正しいのか
というのは考えていく必要があって
必ずしも正しい評価を出す人ばかりではない
無視して良い評価もあるのだっていうことを
自分の中で認識しておくってことも大事です。



最後に自分で自分の価値を決めてる人ってのは
本当に強い人なのかなと思います。



誰が何と言おうと
自分は大切で重要で
素晴らしい人物だって
思えることができたとしたら
そんなに他人に左右されないって
ことがあります。



そうなると自分で
自分の価値を決めてるのだから
好きなように自分を出せるのかなと思います。



そしてそうなると心の安定
平安な気持ちってことも
出てくるのかなと思います。



他人が誰が何と言おうと
自分には価値があると思えることっていうのは
最強なのかなと思います。



自分がどんな経験をして
どんな性質をもって
どんな考えを持っているのかっていうのは
それは自分でしか知らないことっていうのは
多いのかなと思います。



その自分の中にある経験とか価値とか
考え方っていうのは
とっても重要で尊いものなのかなと思います。



だからその一人一人の
その尊いものというのを出して
自分でこれはすごい価値があるものだって
いう風に勝手に決めて
そして自分で自分が価値があると思い込む
っていうことができたとしたら
他人に振り回されることが少なくなります。



そんな感じで
自分で自分の価値を決める
ということも必要になってくるのでしょう。



ただそういう人ってな少ないので
今は自分のことを見る目がない人に対して
ダメな判断をされたとしても
それは無視してもいいっていう
風に思うだけでも
少し変わってくるのかなと思います。



他人の評価=自分の価値ではない
ということがあります。



見る目がない人から見たら
自分の価値が
見えなくなってしまっているだけで
本当はそれで自分の価値がないわけではない
見るとか見たら価値があるし
自分の中でも本当に見せていない部分があって
それが自分の本当の価値に繋がって
いるって事があります。



ということで
今日は他人の評価で
あまりにも自分の価値を
判断しすぎていませんか?
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月10日2020年:12月

璧な人間は愛されない!?

今日は完璧な人間は愛されない!?
ということについて
お話しさせていただこうと思います。



完璧な人間は愛されないって聞くと
えって思う人もいるかもしません
じゃあ完璧な人になれば
多くの人から賞賛を得られて
愛されるにつながっていくと
思う人が多いのかなと思います。



でも完璧になりすぎてしまうと
ちょっと近寄りがたい存在になってしまうって
ことがあるのかなと思います。



漫画とか映画の主人公でもあるように
あまりにも完璧な人っていう設定は
ないらしいです。



どこか欠点があったり
抜けていたり
ちょっと能力が欠けていたりという
そういう主人公を設定した方が
みんなの共感を得られやすい
愛されやすいっていうことがあるみたいです。



よく考えてみると
主人公にしても完璧な人って
少なかったかなと思います
ワンピースにしてもルフィーでも
完璧な人間ではなくて
すごい抜けてるとこがたくさんある。



でもその抜けてるところを
仲間が補ってくれるからこそ
仲間から信頼されるって事もあるし
仲間もあの人のために
頑張ってやろうって思える
っていうところもあるのかなと思います。



もしルフィが全てのことを完璧にこなして
食事も完璧にこなすし
その航海も地図も読めるし
医者でもできるしっていう
そんな人だったとしたら
一人で旅出て、一人で航海することっても
できるかもしれません。



どうしたら仲間の活躍する場所っていうのも
なくなるでしょう。



でもルフィは
何もできないっていう設定であるからこそ
多くの仲間が自分が助けなければ
自分の力をこの人に役に
立たなければっていう風に思って
慕うってことがあるのかなと思います。



そんな感じで自分が完璧に
なんでもかんでもこなそうとするって言うと
ちょっと近寄りがたい存在になってしまって
自分の活躍する場所がなくなって
しまうことがあるのかなと思います。



少し抜けている人の方が
周りの人っていうのは安心して
その人の力になっていこうって
思えるかもしれませんし
その人のもとで
自分の力を大いに発揮して
その人を助けてあげようって
思えるかもしれません。



そういう人か愛され役として
なるのかなと思います。



だから自分が何でも完璧にこなそうって
思うってことはしなくてもいいし
そういう事していくと
愛されなくなってしまう
ということがあるのかなと思います。



憧れとして完璧な人に
なりたいって事はあるのかもしれませんけど
でも憧れと愛されるっていうことは
ちょっと違ってくるのかなと思います。



憧れっていうのは
遠いところで何か眺めている存在であって
ちょっと距離を感じてしまうってことが
あるのかなと思います。



でも愛されるって言うのは
その人の身近なところにいて
その人だからこそ何か助けてあげようとか
そういう人だからこそやってあげようって風に
思えるとことかあるのかなと思います。



完璧になろうとせずに
抜けている人の方が愛されるって言うのは
ちょっと意外なところなのかなと思いますけど
でもよくよく聞いてみると
それは納得するってことがあったので
今日はこうやってお話しさせていただきました。



僕も完璧ならなけばいけない
ということが強くて
何かちょっと自分の中で欠点があると
自分を責めてしまうっていうところがあります。



でも自分のその欠点というのは
誰かの活躍する場所でもあるので
そういう自分の欠点があったとしたら
相手にお願いしてやってもらうって
ことをしていくってことは
僕の中の課題でもあるのかなと思います。



自分で解決しようとしていくよりも
他人に頼んでいくってことが
愛される秘訣なのかなと思います。



何でもかんでも自分がしようとせずに
自分が完璧にこなそうとせずに
できることはできるし
できないことはできないって



できない事相手にお任せしていく
そうやって繋がりができてくると
より一層相手との協調とか協力ができて
自分が一人でやれるも
大きなことができるなるのかなと思います。



そこで仲間との繋がりとか
助けられる、助けるって言う事が
出来るのかなと思います。



完璧になんでもこなそうとしなくてもいいし
自分に欠点があったら
それを補ってもらうってことは大事です。



そんな感じで
完璧な人は愛されないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月07日2020年:12月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を無事に
終了することができました。
こうやって今年に入って
月に1,2回開催するようになりましたが、
定着してきたと思います。
 
 
 
少しずつ人数に増えてきて
今回は僕を含めて8人の方が
参加してくださいました。
おなじみのメンバーから
新しい人までいろいろです。
 
  
 
8時から11時くらいまで
3時間話をしていきました。
無料版のZOOMを使っていますので、
40分経ったら一旦切れてしまいます。
グループ分けをしていますので、
一旦切れたらそこで
グループを再編集していきます。
 
  
こうやってなるべき多くの人と
濃い話ができるようにやっています。
普段話ができないような真面目なことや
悩み事などを話していました。

 
 
一人で抱えているだけでは
問題はなかなか解決することは
難しいですからね。
  
 
 
仕事でも失敗があって
それで悩んでいる人がいましたが、
同じような経験をしている人が
ご自分の失敗談とかつらかったことを聞くと
みんな同じような経験をしているとわかって
ちょっとは気が楽になったと思います。 
  
 
 
また、恋愛のことで
恋人をどうやって作ればいいのか?
どうやってアプローチしていけばいいのか?
などと話をしていました。
 
 
 
恋人を作るのはご縁なので
何ともできないのはありますが、
ここでちょっとでも話をしていくことで
みんなからの応援をもらえます。
また女性からの視点とか男性からの視点とか
いろんなアドバイスももらえるので
参考になると思います。
 
  
 
こうやって仲間つくりを
していけたらと思ってます。
今年はあと1回やる予定です。
 
   
次回は
ZOOM飲み会
12月25日(金)20時~
参加費 無料

クリスマスということですが、
空いていたら参加してくださいね。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年12月05日2020年:12月

その親切お節介なっていませんか?

今日はその親切お節介なっていませんか?
ということについてお話ししようと思います。



何か人に親切にしてあげた時に
喜ばれる時は良いのでしょうけど
でもその親切が嫌がられたり
厄介になったりしてしまうって事が
往々にしてあるのかなと思います。



余計なお節介になってしまっているっていう
状態なのかなと思います
ではどういう風な時が
余計なお節介になっているのかということを
少し考えていきたいなと思います。



まず自分の正義感というのを
押し付けていませんか
ということを考えていく必要は
あるのかなと思います。



自分なかで「こうあるべき」とか
「こうじゃないといけない」って
いう風なものを持ってる時に
そうじゃない人が現れたら
それを強制させて直さなければいけないって
風に思ってしまうところがあります。



例えば仕事で常に目標に向かって
成長しなければいけないとか
真面目に働かなければいけないとか
人に迷惑をかけてはいけない
という風に思っている人がいて



でも周りを見渡すと
そうじゃない人がいるとしたら
その人のためにと思って
厳しく成長しなければいけないとか
真面目にしろとか
人に迷惑をかけるなっていう風に相手に言う



それはその人のために
言っていることでもあるかもしれませんけど
でもそれが相手にとっては余計なお節介
自分の考えを押し付けてくるだけで
うざったいヤツっていう風に
思われる可能性もあります。



そういう自分の中の価値観っていうのを
押し付けてしまっている時っていうのは
お節介になってしまってるとこが
多いのかなと思います。



そういう自分の正義感が
必要な場合もありますけど
でもそれがあるから
自分も苦しくなってしまって
そして周りの人すらも
苦しくしてしまってる場合もあるので



周りを変えようとするよりも
自分のその正義感が本当に正しいのか
本当にそれをしなければいけないのか
というのを考えていくってことも
大切なことなのかなと思います。



まずは相手を変えようとするよりも
自分の正義感
これをしてはいけない
ああじゃないといけない
というものが
正しいのかっていうのは
考えていく必要があります。



次に相手がどうしようもない人だ
という風に思って
何か助けなければいけないという風な
感情を持っていませんか
ということがあります。



いわゆる相手を見下している状態
なのかなと思います。



相手には問題を解決する力がない
だから相手を助けなければいけないって風に
相手の力を見くびってしまっている。



というところがないのかってのも
考えていく必要があるのかなと思います。



それはいわゆる下の人間だと思われる
子供とか部下とかそういう人たちに対して
思いやすい感情なのかなと思います。



私がやらなければ
あの人は何もできないのだって思っている
その考え自体が
ちょっと怪しいということがあります。



本当はその人はもっともっと力があって
問題を解決する能力もあるのに
勝手にあの人はそんな問題を解決する力がない
自分が解決しなければ
あの人は駄目になってしまう
とんでもない失敗を起こしてしまう
ていう風に決めつけて
勝手に助けようとしてしまうっていうところが
あるのかなと思います。



そうなってしまうとそれは
余計なお節介になってしまいかねません
してあげるって言う事が
傲慢な態度になってしまうってこともあるので
それは少し考えていく必要は
あるのかなと思います。



そして最後に頼まれてもいないのに
勝手に問題を解決しようとしてしまっている
それは往々にしてあるのかなと思います。



相手から何もして欲しいって言われてないのに
勝手に口出しをしたり手を出したりとか
そういうことをしようとすると
抵抗にあいやすいというのがあります。



親が子供に対して
学校の問題があったとしたら
勝手に口出しをして
何でも解決しようとして
しまっているところがあったとしたら
子供はそれが、あ、お母さん助けてくれて
ありがとうっていう風に思うかっていうと
そうはならない時が多いのかなと思います。



勝手に自分の問題を親が解決しようとして
余計に問題をややこしくしてしまうってことが
たくさんあるのかなと思います。



子供は子供の考えで
こうしようっていうことがあって
どうしようもなくなった時に
親に助けを求めるって事があります。



でも子供が助けを求めもしないのに
勝手に手を出して問題を
ややこしくしてしまうっていうこともあります。



もう少し親は暖かい目で見守るっていうことは
必要なのかなと思います。
待つっていうことは
とっても忍耐力が必要になってきます。



ちょっと何か困ってるようなことが
あったとしても
子供の力を信じて待つ
何か言われて助けて欲しいって思った時に
はじめてそこでアドバイスなり
何か行動に起こしたり
そういうことをしていけばいいだけであって



頼まれてもいないのに
勝手にあれしなさい
こうしなさい口を出して
そうやってやるとすると
子供にも自立する力が芽生えませんし



問題も複雑になって
大きくなってしまいかねません。



そんな感じで頼まれてもいないのに
勝手に問題を解決しようとしないということは
大事なことなのかなと思います。



そんな感じで
その親切がお節介になってしまう
ていう時っての少し考えてみました。



復習すると
まずは何か相手にやるときは
自分の正義感を押し付けていないのか
自分が「こうやるべき」「あああるべき」
って事を
勝手に相手に押し付けてしまってる時が
あるかもしれません。



次に相手を見下していないのか
問題を解決する力がないと勝手に決めつけて
自分がやらなければ
って思っていませんかっていうことです。



そして最後に頼まれてもいないのに
勝手に問題を解決しようとしていませんか
ということで
頼まれて初めて口を出せばいいだけで
相手から何も言われていないのに
勝手に口出しをしようとすると
抵抗にあいやすいということでした。



そんな感じで
親切がお節介になるということについて
述べさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年12月03日2020年:12月

本当に欲しいものは親からの承認

今日は本当に欲しいものは
親からの承認ということについて
お話ししようと思います。



僕たちはやっぱり誰かに認められたいし
誰かに褒められたいし
こんな自分でも良いんだっていうふうに
受け入れてほしいしっていう
そういう思いは
誰でも持っているものなのかなと思います。



でも全ての人に認めてほしいのかというと
そうではないと思います
やっぱり特定の誰かから
認められるということが
必要になってくるのかなと思います。



そしてその特定の誰かというのは
たいていは親っていう場合が
多いのかなと思います。



特に小さい頃に親から
認めてもらえなかったとか
褒めてもらえなかった
信じてもらえなかったという
そういう子供時代を送った人っていうのは
親から認められたいっていう欲求は
とっても強いということが
あるのかなと思います。



小さい頃って特に親からの承認っていうのは
求めてしまいます。
それがあるのとないのとでは
大きく違っているからです。



でも本当に欲しい時に
そういうのを求めても
もらえなかったとすると
ずっとそういうものを
探し求めていってしまうのかなと思います。



そして大人になった時に
いろんな人に褒めてもらったり
認めてもらったいっていう風にするけど
でもどこか満たされない
って思いがあるのかなと思います。



それは本当に認めて欲しい人っていうのは
小さい頃認めてくれなかった親
という場合があるからです。



あの半沢直樹とか下町ロケットを
書いてる著者である
池井戸潤さんの作品でも
そういうふうな人物が
出てきた時もありました。



その人は悪役で出てきたのですけど
人を蹴落としてまでも
上に行こうっていう
そういう強い欲求を持っていました。



何故そこまで人を蹴落としてまでも
どこまでも上に行こうとしてしまうのか
そういうのを振り返っていってる時があって
それは小さい頃親が100点取っても
認めてくれなかった
運動をどんなにしても認めてくれなかった
ということがあったみたいです。



だからこそ親を見返したいという思いで
すごい頑張り続けて
こんだけ頑張ったら
いつか認めてくれるんじゃないか
いつか褒めてくれるんじゃないかっていう風に
ずっとずっと頑張り続けるって事を
止められずにいたっていうことです。



でも結局その人っていうのは
親が亡くなるまで認めてくれなかった
ということがありました。



もうその人は40、50ぐらいのいい大人で
それでも親からの承認っていうのを
ずっと欲しがって
それを原動力に
頑張っていったっていうことです。



そして最後はその親から
認めてもらえなかったということが
ずっとあってそれで親が亡くなってしまった。



それで宙ぶらりんになってしまったけど
でもいきなり自分を
変えることなんてできないから



自分らしくいるって事は
親の反骨精神でもいいから
頑張り続けるって事は
もう自分らしさになっているのだということで
自分を変えずに
ずっと頑張り続けていった。



でも最後にはそれがうまくいかなくて
どんでん返しがあって
最後は陥れられてしまう
ということがありました。



まそんな感じで
自分の今頑張る原動力というのは
本当は認めてほしかった人から
認めてもらえなかった
認めて欲しい時に
認めてもらえなかったっていう
ところからきていることが
多からずあるのかなと思います。



そういうのを自分で
見つけていくっていうことは
とっても大事なことなのかなと思います。



なぜ自分が今頑張りすぎてしまっているのか
ということは
誰にでも褒められたい
認められたいってことは
あるかもしれませんけど



でもそれがすべての人に
褒められたいのかっていうと
そうではなくて
もしかしたら小さい頃
どんなに求めてももらえなかった
親からの承認
それを求めてしまっている
ということがあるのかなと思います。



そしてそれに気づくということだけでも
少し自分の心が安らぐってことは
あるのかなと思います。



多くの人から承認を求めてしまう
ということではなくて
ある一定の特定の人から褒められたい
認められたいって言うことが
心の底にはあって



それが満たされないから
がむしゃらに頑張ったり
成果をあげようとしたり
名誉を欲しがったり
そういう事をしてしまうってことも
あるのかなと思います。



今日は本当に欲しいものというのは
親からの承認かもしれない
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年11月29日2020年:11月

相手に気を使うほど粗末に扱われる

今日は相手に気を使うほど粗末に扱われる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは相手に好かれようと思って
相手に気を使うってことは
多いのかなと思います。



自分が気を使えば
相手が機嫌でいてくれのかなと思いますよね。



そうやって相手に何か気を使って
相手が喜びそうなことをしたりとか
相手が何か望むようなことをしたりとか
そういう風にして
相手に気を使うってことは
あるのかなと思います。



最初はそれでもいいのかなと思います。
それで相手もご機嫌なって
自分のことを好いてくれるって事は
あるのかなと思います。



でもそればっかがあると
ドンドンと相手が上で
自分が下っていう風に
上下関係になりかねないっていうことが
起こってくるのかなと思います。



自分が本当にしたいことを我慢して
相手に合わせて
相手の喜びそうなことだけをしていく
ていうことがあると



相手もどんどんとそれがエスカレートしていて
あいつは何をやっても大丈夫だ
何を言っても聞いてくれるっていう風に
思ってしまうとことあるのかなと思います。



そしてその人も
ドンドンとエスカレートしていっても
相手の要求を答えようとしていく
ということがあると
もっともっとその上下関係
支配する、されるっていう風に
いつまにかなってしまうことが
あるのかなと思います。



相手に好かれようと思って
相手が喜びそうなことをするっていうことは
本当の意味で愛なのかもしれませんけど



でもそれが行き過ぎると
支配に変わっていってしまうと事があるので
すごくそれは注意しなければ
いけないことなのかなと思います。



どこかで自分のやりたいことを言ったりとか
本当にやりたくないことを言ったりとか
そういう風にして自分の意見というのを
出していくってことも
必要になってくるのかなと思います。



全て相手の言う通りに聞いているだけが
人間関係を良くする方法でもないと思います。



それしていくと
逆に人間関係が悪くなってしまいます。



相手の地位が高くなって
自分のその存在意義とか
存在の価値がドンドンと
低くなってしまうっていう風に
なってしまいかねません。



相手に気を使うってことは
とっても大事なことなのでしょうけど
でもそれが行き過ぎると
返って悪影響を及ぼしてしまう
ということがあります。



これは夫婦の関係で
よく見られるのかなと思います。



旦那さんに奥さんがすごい気を使って
何でもやってしまうということがあると
旦那さんはどんどんと
その頭に乗ってしまうって
ことがあるのかなと思います。



そしてよくあるのが
旦那さんがドンドンと子供返りしていって
甘えてわがままを言ってことがありますし
奥さんは旦那さんを子供の用に扱って
母親がわりになってしまう。



旦那さんが子供で
奥さんが母親という風に
なってしまうことも多くあります。



それっていうのは奥さんが自分の意見とか
自分のやりたくないことを言わずに
旦那さんの喜ぶようなことばかりを
してしまうということがある。



それがどんどんとエスカレートしていった末に
そういう風になってしまう
てことがあるのかなと思います。



良妻賢母で奥さんは尽くすということが得意で
それはすごい素晴らしい事なのでしょうけど
でもそればっかりだと
粗末に扱われていってしまうという
残念な結果になってしまいます。



やっぱり自分っていうのをもっと出して
やりたくない事っていうことも
拒否していくこともありますし



自分のやりたいことを優先させていくという
ことも必要になってきます
そういうことしていくことで
対等な関係になっていくのかなと思います。



相手に気を使ってばかりいるということが
人間関係を良くするわけではないということは
覚えておいてもいいのかなと思います。



今日は相手に気を遣ってばかりいると
粗末に扱われてしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年11月25日2020年:11月

責めることで問題が解決するのか?

今日は責めることで問題が解決するのか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは何か問題を起こしたりとか
何か人に迷惑をかけたりとか
相手に不都合なことを起こしてしまった
ということがある時に
自分を責めて罰しようとしてしまうってことが
まず最初に来るのかなと思います。



自分は何て罪深い人間なんだ
相手にあんな迷惑をかけてしまったり
相手に被害を与えてしまったりということで



こんな自分なんていなくなった方がいいとか
自分なんてもうどうしようもない人間だから
もうダメなんだってという風に
自分をすごく責めてしまうっていうことが
最初に起こるのかなと思います。



そういう状態っていうのは
次にこの経験を活かして改善していこうとか
前向きにそういう考える事って
なかなかできないのかなと思います。



ただただ自分は犯罪者で
罪深い人間なんだ
この罪をずっと背負って
生きていかなければいけない
人間なんだっていう風に思って



自分が犯罪者として
生きていこうとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



ずっと許されてはいけない
この罪は忘れてはいけないっていう風に
固く信じて自分はダメなんだ
自分は情けない人間なんだ
自分は何をやっても
人に迷惑をかけてしまうんのだっていうに
責めて責めて責めまくってしまうっていう
そういう人もいるのかなと思います。



でもそれが本当に問題を解決するのか?
というふうに考えていくと
全然そんなことはないと思います。



それよりももっと気持ちを切り替えて
今度気をつけよう
こういうことがあったら
こういう風に改善してやっていこう
というふうに考えていく方がよほど建設的で
問題も解決していきやすいのかなと思います。



ただただ自分を責めて罰して
罪深い人間として生きていかなければいけない
という風になってしまうだけでは
問題というのは全然解決していかない
ということがあるのかなと思います。



そしてそれは自分だけでなくて
周りの人にも悪影響を
及ぼしてしまうってことが
あるのかなと思います。



自分が暗い顔して
落ち込んでいるとしたら
周りの人もそれに引っ張られて
何か気を使わなければいけなかったりとか
沈んだ顔を見てイラついたいとか
そういう風に悪影響を及ぼしてしまう
って事があるのかなと思います。



やっぱり自分の笑顔だったり元気な姿が
前の人を明るくするってことは
あると思うんだけど



でも自分を責め続けて犯罪したとして
自分を罰し続けている姿を
周りの人に見せているだけでは
周りの人も嫌な感じに
受け取ってしまうのかなと思います。



そんな感じで自分を罰しても
周りの人も迷惑になるし
その問題を解決するっていう力も
わいて来ないってことがあるのかなと思います。



だったら自分を責めることも
多少は必要だけど
早めに気持ちを切り替えて
今度はこうしよう
こういう風にして改善していこう
というふうに考えていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



そしてそれは相手も一緒で
もし相手から何か嫌なことをされたいとか
何か不都合なことをされたりとか
被害を被ったということがあったとしても
相手を責めるということをして
それが問題解決につながるのかと言うと
そうではないのかなと思います。



ただ自分の気持ちが晴れるだけ
ちょっと自分の気持ちが楽になるだけで
その問題そのものを改善していくってことは
少ないのかなと思います。



それよりも相手を許して
一緒に問題解決を探してくっていうほうが
よっぽど建設的なのかなと思います。



相手を責めて犯罪者にしても
何の問題も解決していかないどころか
また同じ問題を
繰り返してしまう可能性もあります。



そうではなくて
もっと許していうことを実践して
早めにその相手も自分も
過ちを犯したかもしれませんけど



でもそこから大きなものを掴みとって
次回改善していこうということが
できたとしたら
その問題があったおかげで
成長することができたっていう風に
なるのかなと思います。



自分を罰しているだけでは
その改善すらもできなくなってしまってる状態
だから早めに
許すことは必要なのかなと思います。



こうやって自分を罰したり
相手を罰するだけでは
問題というのは解決していかない
ということを心に思っておくとことは
とっても大事なことなのかなと思って
今日は説明させていただきました。



罰することで問題は解決していかない
覚えておいてもいいのかなと思います。



ありがとうございました。





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2020年11月22日2020年:11月

弱い自分を受け入れるほど強くなれる

今日は弱い自分を受け入れるほど強くなれる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは強さということを考える上で
弱い自分を克服して強くなる
ということがあるのかなと思います。



この弱い自分というのを出して駄目だ
こんな自分がいると強くなれないと思って
否定して必死にその弱い自分を
乗り越えて克服して
それで強い人間になろうとする
ということがあるのかなと思います。



またダメな自分がいたり
出来ない自分がいたり
そういうのが駄目で
もっと良い自分になったり
出来る自分なったり
そういう風なことになっていくと
強い自分になれるのかなって
思うことがあるのかなと思います。



確かにそうやって強さっていうのは
手に入れれるかもしれませんけど
でもそれは不安定な強さ
なのかなと思います。



やっぱりどこまで行っても
ダメな自分ていうのは出てくるし
弱い自分でいうのもいるわけだと思います。



そういうの切り離す事っていうのは
できるわけでもなしに
どこかふとした時に出てきて
そうなった時に
自分というのを責めてしまったり
落ち込んでしまったり
ということがあるのかなと思います。



それってのは本当の強さでは
ないのかなと思います。



僕の考える本当の強さっていうのは
弱い自分をどれくらい受け入れる事が
出来るのかということが
あるのかなと思います。



自分の弱さをこのままでも良い
ダメだ自分でも良いし
情けない自分でも良いしっていう
そういう風に自分で自分のことを
認めることってことができたとしたら
それはその人の強さとなって
出てくるのかなと思います。



弱い自分を出さないようにとか隠して
強い自分であらなければっていう風に
無理してやっているよりも



弱い自分でも良いという風に
色んな人にこういう自分を
もうしょうがないから
ていう感じでさらけ出す
もうオープンにする
それも強さの一つなのかなと思います。



弱い自分を隠しているって事があると
何か後ろめたいことがあったりとか
無理して続けないけないって
いう風になってしまって
それは本当の自分から
かけ離れていってしまいます。



ちょっと無理な状態がずっと
続くわけでもなしに
やはりどこかでエネルギー切れを
起こしてしまいます。



そういう本当の自分からかけ離れた
とこにいても息苦しいだけだと思います。



それよりはもっともっと弱さを出したり
情けなさを出したり
それができるようになると
もっと自分も楽になっていけると思います。



そしてそれが本当の意味での強さ
という風になっていけるのかなと思います。



弱い自分も情けない自分も
醜い自分も全て受け入れて
その中で強い自分も出てくるかもしれませんし
人よりも何か優れてる自分も
出てくるかもしませんし



そうやってプラスとマイナス
両方受け入れた上での
自分でことができた時に
土台っていうのはしっかりと安定して
本当の芯を持った
ブレない生き方っていうのが
できるのかなと思います。



そしてそれが本当の強さということに
繋がっていくのかなと思います。



僕も昔はずっと自分の弱さっていうの
隠していっていました。



こんな自分を出すと
みんなから嫌われてるのじゃないのかとか
何か自分の弱さを出しては
いけないっていう風に思っていました。



こんな情けない姿を
人に見せてはいけないって
いう風に思っていました。



そしてずっと強がって
生きていったように思います。



そういう時ってのは
自分っていうのはつらかったですし
すごい無理をしていました
それは本当に意味で強さではなくて
やっぱ弱い自分だったのかなと思います。



すぐ情けない姿を
見せることができなかった
弱さがあったりとか
ダメな自分を
認めることができなかったりとか
それは本当の強さにはならなくて
弱さになっていたのかなと思います。



ここでいう本当の強さというのは
自分の情けない姿とか
ダメな自分をどれぐらい
受け入れていくのことができるのか
ということが
強さに繋がっていくとことは
あるのかなと思います。



もっともっと自分をさらけ出して
弱い自分でも良いし
情けない自分でも良いし
ということを受け入れていくってことは
とっても大切なことなのかなと思いました。



今日は自分の弱さを受け入れることが
本当の強さということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年11月19日2020年:11月

楽天的か不安的かは遺伝子によって決まっているのか?

ご視聴ありがとうございます
今日は楽天的か不安的かは
遺伝子によって決まっているのか?
ということについてお話ししようと思います。



幸せな物質として
セロトニンというのが
最近注目されていると思います。



セロトニンが多ければ幸せになれて
自分も向上するっていうことがあります。



セロトニンの特徴として
何かストレスがかかった時に
ノルアドレナリンとドーパミンの暴走を抑えて
心のバランスを整えるっていう
そういう作用がある物質らしいです。



だから過剰に興奮するわけでもなしに
冷静にストレスを対処していくってことが
できるようになるのかなと思います。



そういうセロトニンですけど
そのセロトニンが出す量ってのは
大体決まってはいると思うんですけど



でもそのセロトニンを出した後に
再び再利用できるかっていうのは
セロトニントランスポーターということが
関係していると言われています。



セロトニンをリサイクルするための
物質らしいです。



そのセロトニントランスポーターが
大きければ大きいほど
一回出したセロトニンを
再び取り込むことができるので
セロトニンの量もおのずと増えるって
いうことがあります。



そのセロトニントランスポーターですけど
これって言うのは
遺伝子によって決まっている
とも言われています。



その遺伝子ですけど
SS型とSL型とLL型っていう風に
今は区別されているようです。



SS型っていうのは
そのセロトニントランスポーターが
少ないと言われています。



少ないので不安とかうつ傾向に
なりやすいっていう風に言われています。



逆にLL型っていうのは
そのセロトニントランスポーターが多い
という風に言われています。



だからそういう人っていうのは
前向きに何かをチャレンジしていこう
ということがあるかもしれませんし
ちょっとしたストレスがあったとしても
そんなに抱えるって事が
少ないのかなと思います。



安定していられるって事があります
これって言うのはS型っていうのは
セロトニントランスポーターが
少ないっていうことですけど
日本人で大体80%ぐらいの人が
S型だって言われています。



で中国が75%
アメリカでは44%で
南アフリカだったら28%の人しか
S型がいないって言われています。



これっていうのアジアの人が多くて
次にアメリカ大陸で
アフリカの人っていうのはS型がいない
そういう風な割合になっているらしいです。



逆にL型っていうのは
日本人としては2%とか3%とかって言うに
それぐらい貴重な存在らしいです。



特にアメリカだったら
33%の人はL型と言われています。



それっていうのは日本人っていうのは
震災とか地震とか
そういう災害が多いから
楽天的にいると
その災害に備えを怠ってしまって
大きな災いを起こしてしまうってことが
あるらしいからです。



ちょっと不安ぐらいがあって
きちんと準備しながら
災害がいつ起きてもいいっていう風に
準備するようなそういう遺伝子だからこそ
日本で生き残ってこられた
ということもあるのかもしれません。



逆にアメリカとかだったら
そんなにその台風とか
地震とかそういうのも少ないので
災害に対しては
そこまで考える必要も
ないのかもしれません。



そしてその移民が多いので
チャレンジ精神というのも多い
とこともあるのかもしれません。



そういうチャレンジする人
一つの事に留まるんじゃなくて
いろんなところに行って
何かやっていこうという人が多いというが
アメリカに集まってくるのかなと思います。



だからこそアメリカの人達ってのは
起業家精神というのが大いにあって
ちょっとした人でも
ベンチャー企業で一旗揚げてやろう
金持ちになってやろうっていう
そういう人が多いのかなと思います。



逆に日本だと安定的な思考を好んで
公務員とかその教師とかそういう風に
なりたいっていう人が
多いのかなと思います。



また貯金が多いっていうのも
日本の特徴なのかもしません。



それっていうのは災害から身を守るために
何か食料とかそういうのを
溜め込まなければいけない。



そうじゃないと
生き残って来れなかったっていう
そういうものも大きいのかなと思います。



そんな感じでセロトニントランスポーターが
多いのか少ないのかによって
自分が不安なのか
それとも楽観的なのかっていうのは
ある程度決まっている
という風に言われています。



大きな流れで日本人とかアメリカ人とか
そういう風な区別をしましたけど
それは日本人の中でも
そういう人が多い人っていうのもいるし
少ない人ってのもいるかもしれません。



大体セロトニンが不足すると
うつ病とかそういう不安が
大きくなってしまうってことがあるので
薬によってセロトニンを
多く出すっていうのもあります。



そうやってセロトニンというのは
幸せの物質として今注目を浴びています。



そういうことで
そのセロトニントランスポーターが
多いのか少ないのか
それは遺伝によって決まっていることについて
お話しさせていただきました。



セロトニントランスポーター
自分が多いと思うのか少ないと思うのか
それによってその危機に対して
保守的に守ろうとするのか
それとも危機があった時に
乗り越えて何かやってあげようと思うのか
そういうのは決まってくるのかなと思います。



そんな感じでセロトニンについて
お話させて頂きました。



ありがとうございました。





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2020年11月16日2020年:11月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催することができました。
僕を含めて全員で7人の方
参加してくださいました。
ちょっとずつ人数も増えてきました。
 
 
 
新しい人が入ってきてくれて
最初は慣れないところで
話もスムーズにはいかないところも
あるかもしれませんけど、
だんだんと回数をこなすことで
自分を出せるようになってくると思います。 
 
 
 
40代や50代の人が割合的に
多かったので、
その時代に漫画とか映画や音楽の話が
盛り上がりました。
 
 
 
今はYouTubeで昔のものでも
気軽の見れるようになりましたからね。
ホント便利な時代になりました。
 
 
 
コロナもだんだんとひどくなってきて
益々、ネット上でのやり取りを
するようになってくるでしょう。
ZOOMを使えば
県外の人とも気軽につながれるし
話も集まって話をするよりも
みんなの顔を一つの画面で見れるので
僕としてはやりやすいです。
 
  
 
ちょっとした世間話から
自分の悩みのことや
心理系の話まで
浅いところから深いところまで
いろいろと話ができるのも良いですね。
 
  
 
多分、普段では話できない内容だと思います。
真剣な話って敬遠されがちですもんね。
僕も仕事場でとか話をするのは
とっても難しかったですからね。
こうやって悩みを共有する人同士が集まると
真剣な話をするのが普通になってきます。
そういう雰囲気もとっても良いです。 
 
 
 
それに、話好きな人もいますし、
ちょっと話し下手の人もいますけど、
均等にみんなが話できるように
話をしていない人に話題を振ったり
そういう気配りもみんなが
しようとしているところも
僕としてはすごいところだと思います。
 
 
 
とっても良い時間を過ごすことができました。
また、定期的にやっていき
ちょっとずつでも人数が増えていけると
良いなと思っています。 
 
   
 
人数が増えたらグループ分けをして
なるべく少人数で話ができるようにします。
5人だと難しいですけど、
6人なら2つに分けて
3人3人で話をしてもらうようにします。
 
 
 
そういうグループ分けがZOOMでは
簡単にできるので
そういうのも気に入っています。
 
 
 
3週間に1回のペースで
やっていこうと思っています。
 
 
 
 
というわけで次回は

ZOOM飲み会 
12月4日(金)20時から
参加費 無料

食事をとりながら飲みながら
気軽に話をしましょう。

あなたの参加を心待ちにしております。
 
  
 
ありがとうございました。





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2020年11月14日2020年:11月

肉食系と草食系の目標の達成の仕方は違う

今日は肉食系と草食系の
目標の達成の仕方は違う
ということについてお話ししようと思います。



よく自己啓発とかの本を読むと
目標を決めて
いついつまでにその期限も決めて
それに向かってやっていきましょう
一直線に突き進んでいきましょうと
うたっているところが多いのかなと思います。



確かにそれで
目標達成するっていう人も多いと思います。
でもそういう目標の達成の仕方が合わない
という人も中にはいると思います。



そういう人は自分のその性質が
違うのかもということを
疑ってみる必要はあるのかなと思います。



肉食系の目標を達成し方っていうのは
今言われてるような
その自己啓発の本に書いてあるように
目標を決めましょう
期限を決めましょう
そしてそれに向かって
一直線にやっていきましょう
という風なものだと思います。



肉食系なのでチーターとかライオンが
獲物を見つけたら
それに向かって一直線に進んでいく
脇目もふらずにやっていく



そういう目標の達成の仕方が合う人もいれば
それが合わない人もいて
そういう人は草食系なのかもしれないです。



草食系の目標の達成の仕方というのは
自分の周りにある草をむしゃむしゃと
食べながら次どっか出かけて行くと言う
そういうゆっくりな流れの中に
あるのかなと思います。



何か一つのことを向かって
一直線に向かうのではなくて
今現時点に与えられてるものを
一生懸命やることによって
次のステージに行くという
そういう目標の達成の仕方
っていうのもあるわけです。



一つ一つ自分の今与えられている
その仕事なり、家事なり、子育てなり
それを一生懸命やっていく
そういうことで
その自分の人格を磨いたりとか
何か新しい違うステージに上っていく
そういうことができるようになる。



それが草食系の目標の達成の仕方であって
肉食の目標の達成の仕方とは
全く違うのかなと思います。



そしてこれって言うのは
肉食系と草食系て
大きく違いを分けるって事は
出来るかもしれませんけど
時と場合によっても
またそういうのは出てくるものが
違うのかもしません。



仕事においては肉食系であったとしても
家庭においては
草食系っていう人もいるかもしません
また肉食系が8割で
草食系が2割という風に
ちょっと草食系が入ったりとか
絶対に肉食系であるというわけではない
という人もいるでしょう。



そんな感じて肉食系と草食系て
分断されるって言うことではないですけど
主にどちらの方がウエイトが大きいのか
というのを考えていくってことも
大事なのかなと思います。



そして肉食系の人が
草食系の目標の達成の仕方を
しようと思っても難しいですし



草食系の人が
肉食系の目標の達成の仕方を
しようと思っても
それは自分に合わないので難しいと思います。



自分に合った目標の達成の仕方いうことを
実行していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



あなたは草食系ですか?
それとも肉食系ですか?



僕は多分草食系の気が
あるのかなと思います
そんなに一つの目標に向かって
頑張り続けるって事はと
集中力も持たないし
できないのかなと思います。



それよりは今与えられてるところを
一つ一つこなしていく
そうやって何か自分を磨いてくってことが
性に合ってるのかなと思ってます。



たまには目標で今年はこうなりたいとか
来年はこうなりたいっていう
そういう目標を決める時もありますけど
でもそれってのはぼんやりとしたもので
必ずこうなればいけないっ
ていうものでもないですし
それも流されてしまってる時も
あるかもしませんけどでも



今与えられているところを
懸命にやるって事は
ずっと僕の中のテーマ
であるのかなと思います。



そんな感じで
僕っていうのはもう見た感じ
肉食系ではないと思いますし
草食系の目標達成の仕方っていうことで
こうやってやって言ってるのかなと思います。



今日は肉食系と草食系の
目標の達成の仕方は違う
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年11月12日2020年:11月

繊細型エンパスか?鈍感型サイコパスか?

今日は繊細型エンパスか
鈍感型サイコパスかの違いについて
お話しさせていただこうと思います。



僕たちの性質において
すごい繊細な人と
すごい鈍感な人っていう風に
分けられるのかなと思います。



その中間ももちろんありますけど
でも繊細な人はすごい繊細ですし
鈍感な人っていうのは結構鈍感で
そういう自分の性質がどういうものなのか
っていうのを知っておくことはとても大事です。



鈍感な人の中に繊細な人がいると
とっても疲れてしまいますし
繊細な人の中に鈍感な人がいると
空気を読めずに場を壊してしまう
ということもかもしれません。



そんな感じで自分の性質を
知っておくことはとても大事です
まず繊細型についてですけど
よくHSPということがあげられると思います。



最近流行りだした言葉だと思います
すごい繊細で繊細さんとも言われていて
相手の感情に敏感に察知して
そういうのを読み取ってしまう
そういうのを感じ取ってしまう
ということがあるのかなと思います。



だから人の顔色を自然と伺って
相手がどんな風に思ってるのか
今どんなことを感じているのか



というのを敏感に感じ取って
そしてそういうのを強く
自分の中に持ってしまう
相手の影響に左右されてしまう
って事があるのかなと思います。



そういう人の顔色を意識して
自分の意見が言えなかったりとか
そういうこともしてしまうかもしません。



相手の喜びそうなことを先読みして
期待に応えようとしている
という事もあるかもしれません。



大体自分のことよりも
相手のことを優先にさせてしまう
ということもあるのかもしれません。



それはやっぱり相手の感情を感じ取ってしまう
ということが往々にしてあるからでしょう。



そういう風に繊細に
相手の感情を感じ取ってしまう
そしてそれを自分のものに置き換えてしまう
てことが繊細な人特徴なのかなと思います。



だから、そういう人っていうのは
ちょっとした変化っていうものに
ものすごい敏感で
鈍感な人では気づけないような
その変化を敏感に感じ取っていくことが
得意なのかなと思います。



芸術系でもほんの些細なその違いにも
見分けることが出来るって事も
あるのかもしれません。



そして相手の気持ちを
読み取ることができるから
相手が困ってる時があったら
助けることもできるかもしれませんし
怒ってると思ったら
近寄らないようにするとか
そういうことも得意なのかもしれません。



そういう意味で
その占い師とカウンセラーとか
そういうところに向いてるって事も
あるかもしれませんし



違いを見つけるって意味では
音楽とか絵画とか
そういう芸術系の人にも
向いているとこともあるかもしれません。



ただ行き過ぎると心配性とかに
なってしまうかもしませんけど
でも気配り上手で共感力があって
優しい人っていうことが多いのかなと思います。



それとは逆に鈍感な人っていうのは
表現は悪いかもしれませんけど
サイコパスっていう風に
言われることがあるのかなと思います。



サイコパスって言うと
凶悪な犯罪者っていうふうに
思いつく人が多いのかなと思いますけど
でもそれも一部分だって
サイコパスであるからこそ
その自分の能力を発揮して
人に貢献できるって事もあります。



人の感情を読み取るってことが苦手なので
自分のことを思いっきり出すことが
できるって事があります。



大体ワンマンの社長さんなんかも
サイコパスとか鈍感な人
ってのは多いのかなと思います。



それは周りの人の意見をいちいち聞いて
その反応に従っていたら
自分の決断というか
良い決断というのはできないのかなと思います。



周りがどう思うが、どう言おうが
自分がこうだと決めたら
こっちの方向に行くっていう
そういう力強いそのリーダーシップを取る
ってことはその鈍感な人
でしかできないことなのかなと思います。



そういう意味でそのワンマン社長で
みんなを引っ張っていく
っていうことにおいては
鈍感な人が得意な分野なのかなと思います。



リーダーシップを取って
周りの人を導いていく
それが良いのか悪いのかというのは
ちょっと分からないところもありますけど
それがうまくハマった時にはものすごい
成果を上げられるって事が
あるのかなと思います。



でもそれがハマらなくて
ちょっと危ない方向に行ってしまうと
みんなを危険な方向に導いてしまうって
こともあるかもしません。



そういう意味で影響力っていうのは
ものすごい大きいものがあるのかなと思います。



鈍感な人でしか出せない
その力強さとか
リーダーシップとか前向きさってことが
あるのかなと思います。



そういう繊細な人でも鈍感な人でも
特徴があって
短所もあれば長所もあるっていうことなので
どちらかが良いとか
どちらかが悪い
というわけではないのがあります。



ただ自分の特徴を知っておく
そして自分の長所っていうか
その強みを知って
それを活かせられるようになると
強みを発揮して
自分らしく生きていくってことが
できるのかなと思います。



ただ最近はHSPという繊細な人というのは
増えているって事があるのかなと思います。



傷つきやすさがあって
人の顔色を敏感に感じ取ってしまう
それで傷ついてしまうって
ことも多いのかもしれません。



そういう人が多分こういう動画を
見られるのが多いのかなと思うので
繊細な人ということがあったとしたら
少し注意して



相手の感情に影響されていないのか
相手の感情を自分の中に必要以上に
受け入れていないのかっということを
注意していくってことが
必要なのかなと思います。



ただ鈍感の人にも鈍感な人の
その長所もあるし短所もあるし
そういうことはあるから
その鈍感な人が悪いわけでもないですし



繊細な人には繊細な人の
長所と短所もあるので
どれが悪いわけでもないし
良いわけでもないっていうことで



ただ自分の特徴を知っておくってことは
大事なのことなのかなと思って
説明させていただきました。



今日は繊細型か鈍感型かという
そういう違いについての説明です。



ありがとうございます。





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2020年11月10日2020年:11月

あなたの性質は一点集中型か多点分離型か

今日は一点集中型か多点分離型か
ということについて
お話ししようと思います。



僕達ってのは
いろんなタイプに分かれると思います。
そして自分がどのタイプなのか
どういう性質を持ってるのか
ということを知っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



仕事を選ぶにしても
自分の得意な分野で
得意な人に合ったものを
選ぶことが大事で
そういうことができるなると
抵抗も少なくて
自分の能力を発揮しやすい
っていうことがあると思います。



だから自分のタイプがどんなものなのか
というのを知っておくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



それで今日は一点集中型か多点分離型か
ということで
お話しさせていただこうと思います。



一点集中型というのは
博士タイプのような感じで
せまく深くということが
特徴つけてあるのでしょう。



一つのことをやると
周りのことが見えなくなって
没頭してしまうっていうタイプです
だからあれもこれもってするってことは
とっても苦手な人なのでしょう。



同時並行となできなくて
ちょっと不器用なところがある
という風に言えるかもしません。



でも一つのことを突き詰めていくことが
できたとしたら
ものすごい才能を発揮していくことでしょう。



スポーツタイプとか
芸術家タイプとか
博士タイプみたいな
専門分野において
その一つのことを突き詰めていく
ということができたとしたら
それはものすごく能力を発揮して
どこまでその分野について
深めることができることでしょう。



ただ他の周りのものというのは
全然、注意が行かなくなって
おろそかになってしまう
ていうことがあります。



博士でも自分の研究分野以外の
私生活とかそういうものでおいては
もう全然だらしないってことがあると思います。



食事もろくにとらずに
お風呂も入らずに
部屋もむちゃくちゃだ



でもその自分の研究分野においては
もう集中しまくっても
その分野のことしか
頭が回ってないっていう感じなのでしょう。



だからこそ一つの分野において
大きな成果があげられると
いうこともあります。



だからあれもこれもっていうことではなくて
この分野においてはその第一任者であって
その他の事においては
全然できないないっていうことが
あるのかもしれません。



そういう一点集中型っていうのは
何もかもっということよりは
一つのことを突き詰めていくっていうことが
得意な人が多いです。



それと比べて反対なのが
多点分離型マルチタスク型と
言われる人がいます。



こういう人は器用に何でもこなして
あれもこれもっていうふうに
同時で作業することができるって
言うことがあります。



だから器用で何でもこなしていくって
ことがあるかもしれませんけど
でも深めていくってことは苦手なのでしょう。



器用貧乏というような形で
あれもこれもってある程度は
こなせるかもしれませんけど
そっから深く入っていけるか
その専門分野を突き詰めて行けるかと言うと
すぐに飽きてしまうことが
あるのかもしれません。



集中力がもたずに注意散漫になってしまう
てことがあるでしょう
だからこそいろんなものを
同時に平行にできて
ある程度成果もこなせるって事があります。



集中力が一点集中型に比べては
全然少なくても
バラバラに別れてしまうってことがあります。



だからそういう人は
何か突き詰めてやるって言うよりは
広くあれもこれもやって
成果を上げていくっていうことが
得意なのかもしれません。



また同時に多くのものを見るって事も
出来るので視野を広げる
って言うこともできるかもしれません。



周りを見渡して
この人とこの人とこの人が
何か困ってるとか
この人は大丈夫だろっていう
そういう上からの目線で
物事を見れるって事もあるかもしれません。



それは頭が同時に並行で考えられるから
自分の事をしながらでも
相手のことを気を揉むことができることが
得意ってことがあるかもしれません。



そんな感じで
一点集中型と多点分離型ということでは
全然能力が違ってくるってことがあります。



だから自分の性質に合った職業を選ぶことは
とっても大事ですし
自分のタイプを知っていくことで
人と比べることなく



自分はこういう性質を持っているから
ちょっと周りはだらしなくても
一つのことを突き詰めていくことが
得意なんだって思って
できないことがあってもしょうがないかって
思えるようになるかもしれませんし



多点分離型の人は
ちょっと注意散漫になってしまって
一つの事が集中できなかったとしても
多くのことをこなすこと
同時にいろんなことをこなす事が
出来るって事が得意なのだから
それはしょうがないっていうふうに



自分のその欠点と長所を
同時にわかるってことが
できるのかなと思います。



そしてそれは何か割合があって
どっちかに傾いてるって人は少なくて
1から10段階であって
一点集中型が1
多点分離型が10だとしたら



大体は3から7,8ぐらいの間の
人が多いとことがあって
1,2の一点集中型っていう人は
少ないと思いますし
多点分離型の9とか10ていう人は
少ないって事があるでしょう。



そういう人はもう本当に稀で
そういう人がその大きな成果を
あげられるってことはあって
大体は二つのものを持っている
で、どっちの割合が多いのかによって
またちょっと違ってくるってことが
あるのかなと思います。



そういう自分の性質をきちんと
ふまえておくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



どれが良くてどれが悪いって
いうわけではなくて
どっちも長所と短所があります。



長所だけっていうこともないですし
短所だけっていうこともありません
何かが出来ると
何かが劣ってるって事がありますので
そういうのきちんと自分の中で
落とし込んでいく
知っておくってことは
大事なのかなと思いました。



今日は一点集中型か
多点分離型かということについて
お話させていただきました。



ありがとうございました。







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2020年11月08日2020年:11月

褒め言葉を受け取っていますか?

今日は褒め言葉を受け取っていますか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは褒め言葉をもらった時に
なにか謙遜してイヤイヤそんなことないです
自分なんてまだまだですっていう風に
言ってしまうっていうことが
あるのかなと思います。



僕もそれはすごくよくあることで
相手からせっかく何か褒めてもらったとしても
いや自分なんてまだまだですよ
そんなことないですよっていう風に言って
相手のせっかくの褒め言葉を
受け取らずにいました。



でもそれが本当にその謙虚さとして
相手に好印象を残すのか
ということを考えていくと
必ずしもそうではないのかなと思います。



相手としても
せっかく褒め言葉を言ったのに
来て受け取ってくれずに
イヤイヤっていう風に返されてしまうと
せっかく言ったのに
なんじゃあいつはみたいな感じに
なってしまいかねません。



相手としても思い切った褒め言葉
結構勇気がいった
ということもあるかもしれません。



でも受け取らずにいたとしたら
もう褒め言葉なんて
言ってやるものかっていう風に
思ってしまうかもしれません。



それよりも褒め言葉をきちんと受け取る
何か褒めて頂いた時には
ありがとうございます
そうやって言っていただけて光栄です
そうやって褒めていただけると
自分にも自信がつくし



気分もいいですっていう風に
そこまで言うことができたとしたら
その相手の褒め言葉を受け取って
それをまた相手にお返しとして
送ることもできるのかなと思います。



褒め言葉を言った人も
その言った言葉によって
その人が自信をつけたりとか
いい気持ちになれる
ということがあったとしたら
それはそれで嬉しいものなのかなと思います。



褒め言葉を言って
そこまで嬉しがってくれる
そこまで自信を持ってくれる
そこまで気分を良くしてくれるんだったら
もっともっとあの人に褒め言葉を
言おうと思えるようになるのかなと思います。



言った褒め言葉以上に
何かを受け取ることが多くなって
それで嬉しくなるってことも
あるのかなと思います。



そんな感じで褒め言葉っていうのは
イヤイヤ自分なってまたまだです
という風にして返すのではなくて



きちんとありがとうございます
そう言っていただけて
とっても嬉しいです
自信つきました
とってもいい気分になりました
こんなこと言ってもらえるのはあなただけです



っていう風に
もうお返しまでしていくことが
できたとしたら
みんないい気分になって
プラスに働くのかなと思います。



自分も気持ちもいいし
褒め言葉を言ってくれた人も
気持ち良くなるっていうことがあります。



こんな風に褒め言葉を
どのように受け取るのかによって
相手の印象も変わってくるし
自分の心の中のその喜びも
変わってくるのかなと思います。



せっかく言ってくれた褒め言葉なので
きちんと受け取りましょう
自分がたとえそうじゃない
と思ってたとしても
相手がそう思ってるわけだから
それはきちんと自分の中に
落とし込んでいくことができたとしたら
自分の自信にも繋がっていくことも
あるのかなと思います。



決して謙遜でいやいや
そんなことないですっていうことが
美徳に繋がってるとか
相手を喜ばすことには
つながらないと思います。



褒め言葉一つにしても
受け取るのか
受け取らなのかによって
大きく違ってきます。



ということで
今日は褒め言葉をきちんと受け取りましょう
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年11月05日2020年:11月

自分に期待しすぎない!

今日は自分に期待しないということについて
お話ししようと思います。



自分に期待しないと聞くと
何かマイナスのように思えるかもしれません。



でもあまりにも自分に期待しすぎて
高い目標設定をしすぎると
それ全然追いつけなくて
結局はその目標達成ができなくて
自分を苦しめてしまうってことが
あるのかなと思います。



そうじゃなくて
自分の器っていうのよく知った上で
高い目標を設定しすぎないということは
とっても大事なことなのかなと思います。



特に何か過ちを起こしたりとかして
よし今日から自分は変わるんだ
すごい良い人間になって
周りの人にもっと貢献できるように
過ちを二度と起こさないようにするのだ
という風に一念発起して
頑張ろうとするって
いうことがあるかもしれません。



そういう時ってのは
最初の2,3日というのは
すごい意欲があって
実際にそういうふうに
変わる行動ができるでしょう。



でもそれがずっと続けられるかって言うと
なかなかそうやって続けられる人っていうのは
少ないのかなと思います。



中にはずっと続けることができて
180度人生が変わったって
いう人もいるかもしれません。



でもそういう人ってのはごくごく一部であって
大体は高い目標を立てたのに
実際に2,3日ぐらいしか
できることができずに
実際に元に戻ってしまって



またやっぱり自分は変われないんだって
いうふうにショックを受けて
自分を責めて
落ち込んでしまうっていうことも
あるのかなと思います。



でもそれは
元々のその高い目標設定が悪かっただけで
そんなに人間なんて
急に変わることなんて
できないってことがあります。



自分にそんな高い目標なんては無理で
自分にそんなに期待をするってことは
あまり正しくないことがあるのかなと思います。



それよりも小さい目標を立てて
確実に一歩一歩を積み重ねていくっていう
そういうところでしか人間っていうのは
変わっていかないのかなと思います。



急激に180°なんて
変えることなんてできないです
そんなに自分に期待をしても
失望に変わるだけです。



もっともっと小さいところから始めて
着実に積み重ねていくっていうところしか
行けないのかなと思います。



僕も何か仕事でミスしたいとか
人に迷惑をかけてしまったりとかした時に
よし次は絶対にこんなことをしない
もっともっと良い人間ならなければという風に
心に決意をして
変わろうとする時があります。



でもそんな変わろうとするという思いが
あったとしても
やっぱり元に戻ってしまうって事があって
やっぱり自分ってダメなんだなーっていう風に
逆にショックを受けて
余計に落ち込んでしまうっていうことが
たくさんありました。



でも最初の目標が高すぎるだけであって
ほんの小さなところしか
僕たちは改善することができない
だったらその小さな一歩一歩の積み重ねを
やっていくっていうことが
必要になってくるのかなって思います。



それは例えば
ちょっとした挨拶であったりとか
ちょっとした笑顔だったりとか
ほんのちょっとした気配りだったりとか
そういうところから始まるのかなと思います。



いきなり人に自分の時間を
ずっと貢献し続けるっていうことも
なかなか難しいですし
相手にずっと何か尽くし続けるって事も
出来ないですし
寄付をするとしても
なかなか難しいものもあるのかなと思います。



自分にできる範囲で
自分の無理のない範囲で
過剰に自分を期待しないで
もっともっと自分の器に合った
目標を設定して
それに向かっていくっていうことは
とっても大事なことなのかなと思います。



過剰に自分に期待しすぎないてことは
自分を変えていく
何か自分を変えようと思って強く思った時に
陥りがちな罠みたいなもの
があるのかなと思います。



そうやって意欲が出てきた時こそ
着実に小さな一歩を積み重ねていく
っていうことが大事なのかなと思って
この話をさせていただきました。



自分に過剰に期待をしすぎて
高い目標を設定して
よーし、変わるぞとやっても
それは失望に変わるだけということです。



自分に期待しすぎない
自分の器にあった
範囲内で変わっていく
ということを説明させていただきました。



ありがとうございました。







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2020年11月03日2020年:11月

幸せな家庭は幻想、良い母親も幻想

今日は幸せな家庭は幻想だ
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちというのは
自分だけが不幸な家庭であって
周りの人はみんな幸せな家庭だっていう風に
勘違いしてるって事があるのかなと思います。



だから自分のところだけがおかしくて
何か問題がある
自分だけが何か特別なんじゃないか
特別不幸なんじゃないとか



周りの人と比べて
何かおかしいところが
あるんじゃないかっていうふうに
思ってしまうっていうところも
あるのかなと思います。



でも実態は幸せな家庭というのは
そんなに少なくて
ごくごく少数なのかなと思います。



幸せそうに見える家庭であったとしても
その実態を見てみると
何の問題もないという家庭は少ないと思います。



やっぱり家庭内では何かイザコザがあるし
問題もあるし
トラブルもあって悩みもあることでしょう。



それが普通の状態なのかなと思います
でもそれを外に出すってことは少ないので
自分のところだけが不幸な家庭だって
周りの所はみんな幸せな家庭だって思って
勘違いしてしまう
って事があるのかなと思います。



でも自分のところだけが不幸じゃなくて
周りの人もそんなに幸せっていうことが
感じることはできてないかもしれませんし



問題っていうのも
ほとんどのところは持っていると思うと
自分のところだけが特別ではない
という風に分かるし
それが普通なんだって思ったけども
何かちょっと気が楽になる
っていうところがあるのかなと思います。



何故かその自分のところだけが
不幸だって思ってしまって
どんどんとぬかるみにはまってしまう
って人がいますので
そういう自分のところだけではないって
思うだけでも救われることがあるので
こういう話をさせていただきました。



また良いお母さんというのも
幻想なのかなと思います。



良いお母さんにならなければいけないって
思いすぎてる人っていうのは
周りの人はみんな素晴らしいお母さんであって
自分だけがダメな母親っていう風に
思い込んでる人ってのもいるのかなと思います。



でも良いお母さんというのも幻想であって
子供にいつでも愛を与えられる人っていうのは
少ないのかなと思います。



時には子供に対して
憎しみを持つことがあったり
なんてこの子を産んでしまったのだろうって
思って後悔する事ってのも
1回はあると思います。



でもそういうのを外に出すってことは
少ないからみんないい母親に見えて
自分だけがダメな母親
なんで自分だけはこんな風に
みんなと同じようにできないのだろうかって
いうふうに落ち込んでしまう
っていう人もいます。



でもみんな、なんだかんだ
子育てで悩んでいますし
子育ての問題ってのを抱えています。



あなただけではないっていうことです
良い母親はこの世に存在っていうのは
なかなかしないのかなと思います。



みんなどこかで駄目な母親に
なってしまっているところもあって
それが普通なのかなと思います。



でもそのダメな状態から
少しでも良くなろうと思って
努力しながらやっていって
最後は幸せになるっていう
風になっていくってことが
殆どなのかなと思います。



最初から素晴らしい母親なんていません
試行錯誤しながら駄目さを味わいながら
情けなさっていうのを感じながら
少し成長していってるのかなと思います。



決してあなただけが駄目な母親であって
周りの人はすごいちゃんとできた母親ではない
ということを知っておくだけでも
楽になるのかなと思います。



このように幸せな家庭っていうのも
幻想であって
ほとんどの家庭ってのは
問題を抱えています。



そして良い母親というのも幻想であって
ほとんどの母親
ほとんどのお母さんは
何かしら問題を抱えているし
子供に対して
いつでもかんでも愛情を与えているって
わけでもないということです。



そういうみんなが
同じように悩んでるって思うだけでも
自分だけが特別ダメで
周りの人は素晴らしいっていうふうに
落ち込むことも減るのかなと思います。



周りの人を見て
自分は何でダメなんだ
周りの人は何て素晴らしいんだって思って
落ち込むよりは



周りの人も本当は悩んでいて
同じ問題を抱えてる一人の人間だ
だから一緒に向上して行こうって
思えることができたとしたら
それは素晴らしいことなのかなと思って
こういう話をさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月31日2020年:10月

夢見てばかりの人は騙されやすい

今日は夢見てばかりの人は
騙されやすいということについて
お話ししようと思います。



夢を見るということは
悪いことではありません
ただ地に足がついてないような
夢を見ているといいカモになってしまうという話です。



ちょっと前に流行ったのかもしれませんけど
キラキラ系女子起業家というのが
あったと思います。



ある講師の人がいて
その人は昔は普通のOLで
お金がなくてすごく貧しかった



でも今はこんなに高級なマンションに住んで
こんな素敵な所でランチをして
こんな素敵な服を着て
華やかに彩って
好きなことだけして
大金を稼ぐようになったという
そういうサクセスストーリーというのを演じて
そしてあなたも頑張ればこうなりますよ
ということでうたってます。



そしてその私が成功した体験
どうやって成功したのか全て話します
というのでセミナーを開いて
何十万っていう風にとっているってとこが
ちょっと前に流行ったと思います。



でもそうやってセミナーに行った人の中で
どれぐらいの人が成功したのかというと
それはごくごくわずかな人じゃ
ないのかなと思います。



ほとんどの人は
大金を払ったにも関わらず
今と同じ生活をしてしまっている
いやむしろ今よりも
もっと貧しい生活をしなければ
いけなくなったっていうことも
あるのかなと思います。



そういう華やかな世界に
私もなれるという淡い期待で
大金を払ってそういう秘訣を聞いて
逆転を狙おうとしても
それはなかなか叶わないのかなと思います。



そんな簡単に一発逆転っていう
そういうストーリーというのは
少ないのかなと思います。



その講師も自分の華やかな姿を見せて
キラキラなその状態を見せて
憧れを生んで人集めなければ
成り立たない職業だと言われています。



実態というの物がなくて
ただそういうキラキラした生活を見せて
あなたもそういう風になれますよっていう
そういう淡い期待を
淡い憧れを持たせて
そうやって人を集めてセミナーを開かないと
やっていけないっていうことがあります。



だからその内容というのは
もしかしたら薄っぺらいもの
なのかもしれません。



そういう人を集めていくってことだけが
その集客の方法であって
憧れを生んで
人を集客するっていうことだけが
その人の成功体験だけであって
いろんな知識があるわけでもないということが
多いのかなと思います。



そんな感じで
安易に自分が成功体験に憧れて
あんな風にキラキラしたような
人達になれるって思って
何十万と払ってしまうっていうことがあります。



夢を見るって事はすごくいいことですけど
その夢が安易に叶うと思って
何十万も大金を払ってしまうってことは
とっても危険なことなのかなと思います。



だから夢を見すぎるって言う事があると
騙されやすいということがあります。



私もあんな風になれるんじゃないのか
という風に淡い期待を抱いてしまうって事です
そんな簡単に成功っていうのは
ないのかなと思います。



もっともっといろんなことを
知らなければいけないし
もっといろんなその行動しなければいけないし
成功するためには
いろんな心構えも必要になってくるでしょう。



そういうの含めて
やっと手にするものであって
そんなに誰もでもかんでも
できるようなものでも
ないのかなと思います。



そういう講師と同じような
簡単にキラキラ的な華やかな自分になれる
なりたいって思って
セミナーに受けるとことは
とっても危険なことなのかなと思って
お話させていただきました。



幸せってなどこか遠い場所にあるわけでもなく
お金持ちになったから幸せに
なれるわけでもなく
そういうキラキラな状態が
幸せなわけでもないのかなと思います。



今ここにある現実でも
幸せっていうのを感じることが
できるのかなと思います。



もしかしたら
あなたの生活の中に幸せっていうのは
埋まっているのかもしれません。



どっか遠いところに幸せを
望んでいくっていうことよりも
もっと自分の身の回りにある
豊かさというのを感じるって事も
必要になってくるのかなと思います。



そういう自分の中の豊かさを感じられずに
キラキラした華やかな場所に憧れて
そういう所に行こうとして
大金を払ってしまうと
騙されるだけで終わってしまう
ということがあるから
注意しなければいけないっていうことです。



今日は夢見てばかりいる人は
騙されやすいということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月29日2020年:10月

悩みの原因は理想と現実のギャップ

今日は悩みの原因の一つとして
理想と現実のギャップがある
ということについてお話ししようと思います。



僕たちはどんなことでも
何かしらこうあるべきとか
こうありたいという
理想像を持ってるではないのかなと思います。



そしてその理想像があって
今の現実があって
その差があればあるほど
その苦しみっていうのは大きくなってしまう
ということがあります。



理想が自分の今の現実と
かけ離れてしまっているとしたら
理想でないといけない自分
そうじゃない届かない自分があって
それを受け入れる事っていうのは
なかなか難しいことなのかなと思います。



例えば今病気で苦しんでる人がいます。
体の痛みは別として
精神的な苦しみとして
健康な体でないといけない
健康な体でいたいっていう
理想像を強く持っていればいるほど



今の病気である自分を
受け入れることができずに
苦しんでしまうということが
あるかもしれません。



もし腕を骨折してしまったとしたら
腕を骨折してしまうという
そういうのを受け入れることができずに



腕は動くべき
動いて当たり前ということが
ずっとつきまとっている
そういう、こうあるべきがあると



腕が骨折して動かなくなった時に
すごく苦しんでしまうということが
あるのかなと思います。



僕もアトピーで
普通の人の綺麗な肌に憧れる時があります
そういう綺麗な肌でいたい
というものが強ければ強いほど



今のその醜い肌と言うか
荒れてる肌が受けることができずに
苦しんでしまうということがあります。



もし皆がアトピーで
綺麗な肌の人は少ない状況だったとしたら
僕のその苦しみっていうのも
減っていると思います。



でも肌が荒れてる人がいなくて
みんなきれいな肌の中で僕一人だけが
そういうのがあるとしたら



みんなと一緒でないといけない
ていうのがあって
余計に苦しみが大きくなってしまう。



ということが僕の中ではありました
そういう綺麗な肌でいたいという理想と
今の醜いとか
荒れている肌があって
その差があればあるほど
苦しみっていうのは大きくなってしまいます。



人間関係においても
仕事で部下が言うことを
聞いてくれないとしたら
それは先輩である自分が
尊敬されて当然とか
言うことを聞いて当たり前
敬ってくれて当然ということが
理想としてあると



部下の言うことを聞かないという
態度に対してはすごく腹が立つし
苦しんでしまうって事があるのかなと思います。



そういうその自分が理想とする先輩像から
今の先輩像がかけ離れば離れるほど
苦しみっていうのは大きくなってしまいます。



家庭においても
幸せな家庭はこうあるべきっていうものが
強すぎると
今現状として
そういうのがなっていないとしたら
それは苦しみが大きくなってしまう
原因の一つになるのかなと思います。



夫婦は仲良くあって当たり前とか
お金は贅沢できるような
余裕があって当たり前とか
車があって当たり前
新車で乗れた当たり前とか
そういうことがあって



今そういう状態じゃないとすると
そういう理想と今の現実が
かけ離れれば離れるほど
苦しみっていうのは大きくなってしまいます。



こんな感じで理想としているものがあって
今の現実が離れていると
苦しみっては大きくなってしまいます。



ここで大事なのがその理想像ですけど
普段はあまり意識する事っていうのは
ないのかなと思います。



自分はいつのまにか
理想としてしまっている事ってあるけど
それは無意識のうちに
してしまっていることであって
なぜか苦しみがあって
その苦しみの原因がわからない
という人が多いのかなと思います。



自分の中で追求していて
自分はこんな高い理想と思っていたのだって
見つけて初めてわかるっていうこともあります。



普段はそういう意識ってことを
することは少ないからです
だから自分はどのような理想像を
いつのまにか持ってしまっているのか
ということを知るっていうのは
とっても大事なことです。



いつの間にか、かけ離れた理想像を
持ってしまっているって事も
あるかもしれません。



また、その理想像が
本当に自分の幸せを運んで来てくれるのか
ということも考えてみる必要もあります。



いつ間にか持ってしまった理想像というのを
まず見つけて
そしてその理想像が
本当に現実と今の自分と合っているのか
ということを考えて



理想を下げるのか
今の自分を上げるのか
というのを考えていくってことは
とっても大事な事かなと思いました。



今日は悩みの原因の一つとして
理想と現実のギャップ
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。




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2020年10月27日2020年:10月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
僕を含めて8人の参加者です。
新しい人が3人も来てくださいまして。
 
 
 
いつものように2つに分けて
4人4人での話し合いです。
最初は新しい人3人と僕とで
グループを組みました。
 
 
 
やはり初めてということもあって
慣れていないというのもあるし、
何を話していいのかと
戸惑ってしたことでしょう。
 
 
 
仕事のこととかいろいろと
共通することがあったので
そういう話題を中心に
話をしていました。
 
 
 
もう少し回数を重ねていくと
だんだんと心も許せるようになって
話が弾むと思うのですけど、
最初はぎこちなくなってしまって
当たり前ですもんね。
 
  
 
40分で一旦ZOOMは切れてしまうので
そこでグループを組み替えながら
なるべく全員が話できるようにしました。
 
 
 
グループを変えても
盛り上げてくれる人も何人かいて
そういう人を中心に話が盛り上がり
すごく助けられていました。
 
 
 
新しい人もちょっとずつでも
このZOOM交流会になれてきて
自分を出せるようになれたらうれしいです。
今回も写真を撮るの忘れてしまいました。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
11月13日(金)20時~
開催する予定です。
良かったら参加してくださいね。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年10月24日2020年:10月

損切 エネルギーをかけたものを手放すのは難しい

今日は損切りとして
エネルギーをかけたものを手放すものは難しい
ということについてお話ししようと思います。



投資の世界では
サンクコストという言葉があります。
サンクコストというのは
今まで投資しまったとして
その投資したものが
事業を撤退や縮小や中止にしたとしても
戻ってこない
その資金とか労力のことを言います。



ようは損切り
損する部分ということです。



そして人はサンクコスト
戻ってこないとわかっているものが
大きければ大きいほど
その損というのを受けることができずに



これ以上続けてもダメだって
わかっていても
ズルズルと続けてしまう
辞めるタイミングを逃してしまう
ということがよくあるのです。



株の世界でも下がり始めて
早めに損切りをすることができたとしたら
被害は少なくなるかもしれません。



でも下がり始めていて
もうちょっと上がるのではないのかっていう
淡い期待を持ったり
今でこんだけ資金をかけて
労力もかけてやってるのに



それか戻ってこないということがあると
そういう損切をする事っていうのは
なかなか難しくて
だらだらとその株を持ってしまって



売ることができずに
余計に被害を大きくしてしまうって
いうことがあります。



これもエネルギーをかけたもの
というのを手放すのは難しい
という例の一つかなと思います。



仕事の面でも同じで
会社で今までこんだけ経験年数をかけて
技術も積み重ねてやっていた。



でもその会社にいても将来性はないし
自分と合わないことをやっていて
心も体も疲弊してしまっている
そういうことが分かっているのに



でもそういう経験があったりとか
そういう技術があったりとか
そういうのを考えると
なかなか辞める決断ということは
できないのかなと思います。



そうやって辞める決断ができずに
ズルズルと居座ってしまう
これ以上、その会社に将来性もなくて
自分の能力も活かせることができないって
わかっていても



辞める決断っていうのは
その労力、経験年数ですとか
そういう失うものが大きければ大きいほど
決断することってのは難しい
ということがあります。



恋人としても同じで
もうこの人とは合わない
別れた方がいいって
わかっている人であったとしても



今まで付き合った年数が長かったり
お金もかけたし
お互いのことをよく知ってるし
ということが分かっていて
そういうものが失うものが
大きければ大きいほど
別れるって言う決断をする事ってのは
難しいものです。



今までこんだけ付き合ってきたのだから
ということでズルズルと関係を続けていって
それが余計に二人の不幸を招いてしまう
っていうこともあるのかもしれません。



こんな感じで人って
その自分が失う経験とか
お金とかと労力とか
そういうものが大きければ大きいほど
失うものが大きければ大きいほど
それを辞めるって事は難しい
ということがあります。



このように人っていうのは
サンクコストの面で失うものが怖い
損切りするのは怖い
もったいないという思いが強い
生き物だということを
頭で認識しておくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



そういう例を知ってるのか
知らないのかによって
また自分のその行動も変わってくる
と思うからです。



損切りすることは人って難しいんだって
わかっているだけでも
ちょっとその失うものが怖くて
決断できないっていう
そういうのを逃れることができるのかな
と思いました。



ということで今日は損切りとして
エネルギーをかけたものというのを
手放すは難しいということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月21日2020年:10月

理不尽な時は理由を欲しがる

今日は理不尽なときは理由を欲しがる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは何か不都合なことがあったり
理不尽なことがあったりすると
その理由を知りたがる生き物です。



なぜ僕がこんなに理不尽な目に
あわなければいけないのか?
心が納得しなければ
それをどう扱っているのかわからずに
モヤモヤしてしまうということもあります。



例えば推理小説で事件が起こって
その後で答えが出てきて
実際にこういうことが起こって
こういう理由があるから
犯行が行われたのだと知ると
心ってスッキリすると思います。



でもこれが犯行が行われただけの所しか
見てなくて
後でどのように犯行が行われたのか?とか
なぜこの犯行が行われたのかっていう
見過ごしてしまうと
心ってずっとモヤモヤとした思いが
つきまとってしまうと思います。



その心の中で納得というか
完結していないと
心ってどうしても
その答えを知りたがって
ずっと求めてしまうものなのかなと思います。



だからその不都合なことが起こったりとか
理不尽なことが起こったりとした時ってのは
余計に理由を欲しがってしまう
ことがあるのかなと思います。



これってのは会社でも
そういうことがあって
自分だけ怒られてるとか
自分だけ他の人よりも
仕事の量が多いとかっていう風に
理不尽な目にあったとしたら
理由というのがあるかないかで
全然変わってくると思います。



理由もなしに
自分だけが怒られるとか
自分だけが仕事量が多いとか
そういう風になると
すごい不満が溜まってくるでしょう。



なぜ自分だけがこんなことを
しなければいけないのかという風に
納得する事ってのはできないでしょう。



でもこれがちゃんとした理由があったとしたら
心というのは納得して
そういうのも受け入れられることも
できるようになるかもしれません。



例えば僕にだけ期待をかけているから
怒るのだとか
僕にだけ期待をかけてるから
仕事の量を増やすのだという
風なことを言われたとしたら
全然違ってくると思います。



そんな風に何か理不尽なことがあったりとか
そういうことをした時に
理由があるかないかで
心って全然変わってくるというのがあります。



そしてこれは自分が人に何か
お願いする時だっても
理由があるかないかで
全く違ったものになってくるのかなと思います。



誰かに何かこの作業をしてほしいとした時に
ただ何も理由を付けずに
この作業をしといてほしい
でお願いするのと
今日は急ぎだから
何時までにこういうことをして欲しいんだって
いう風に理由をつけていくのとでは
全然その人の印象は変わってくると思います。



理由があるかないかで
その人が納得できるかっていうのは
違ってきて
やっぱり理由がなしに
ただ他に頼まれると
不満というのは出てくるかもしません。



でも理由がきちんとしてあって
その人が納得できるような理由だと
やっぱりその人も喜んで
するってこともあるでしょう。



そんなふうに
理由があるかないかっていうのは
とっても大きいことなのかなと思います。



僕たちは何か
人よりも理不尽なことが起こったりとか
差別的なことがあったりとか
そういう風なことがあると
それは心の中で納得する材料というの
見つけなければモヤモヤてしまいます。



不満がすごい溜まってしまうことでしょう
その理由がきちんとした
納得できる理由があったとしたら
心の不満とかモヤモヤも解消されます。



こんなふうに何か
自分の中で理不尽なことが起こったりとか
そういう事があったり
自分が他の人にお願いする時で
あったとしても
理由があるかないかで
大きく変わってしまうことを
覚えておいてもいいのかなと思いました。



その理由を欲しがってしまうっていう
僕たちはそういう生き物なのだということです。



今日はそういう感じで
理由を欲しがってしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月18日2020年:10月

仕事での一番の不満は不公平感

今日は仕事での一番の不満は不公平である
ということについてお話ししようと思います。



僕達っていうのは
不公平感っていうのは一番心に響く
というものがあります。



仕事でも給料が少ないとか
上司がすぐ怒るとか
劣悪な環境だったとか
そういうものは
いろいろあるかもしれませんけど



でも全員がそういう同じ環境だとしたら
辛いかもしれませんけど
耐えられる
耐えられないものもあるかもしれませんけど
まだ大丈夫ってことも
よほど辛いものじゃない限りは
大丈夫ってことあるのかなと思います。



でもそれが不平等であったり
不公平であったとすると
それはほんの些細なことだったとしても
耐えられないってことは
あるのかなと思います。



同じことをしていても
ある人は怒られて
ある人は何もお咎めなし
という状態にあったとしたら
それは怒られた人というのは
納得いかないと思います。



なんで自分だけが怒られて
あの人は何も言われないのだという風に
もうムカムカして
全然、納得いかないってことはあると思います。



また同じ仕事をしているのに
ある人は給料が高くて
ある人は給料が少ないっていう
状態だったとしたら
それも納得がいかないと思います。



それはほんの些細なことなのかもしれませんし
もしかしたら小さな差なのかもしれません。



でもそういう小さなものであったとしても
不公平であったとしたら
それは僕たちの心に大きく響いてしまうと
ことあるのかなと思います。



ある人は得をして
ある人は損をするということがあると
人間っていうのはそれが許せないって言うか
耐えられないっていう風になってしまいます。



だから仕事でも
そういう不公平感があると
心に深くのしかかってしまうのかなと思います。



全員が給料が安いとか
全員がブラック企業とか
そういうことがあったとしても
まだ許容範囲だったら
耐えれるかもしれませんけど



不公平感がそこにあって
誰かが得して
自分が何か損してるって事が
あったとしたら
些細なことだったとしても
耐えられないっていうことがあるので
あまり不公平感というのは
人間の感情中では
一番厳しいものなのかなと思います。



そういうものをあるってこともを
知っていくっていうのも
大切なのかなと思います。



自分はその不公平感を
どれくらい耐えられるのかということがあって
自分だったらここまでだったら大丈夫だけど
ここまでだったらムカムカするなと思ったら
周りの人に言ったり
誰かに相談するとかしながら
解決策をしていくってことはとっても大切です。



些細な小さな問題かもしれませんけど
でも心の世界では大きくのしかかってきます。
だから決して粗末に扱っていい問題でも
ないのかなと思います。



自分は器が小さくて
こんなちっぽけなことでも
不満に思ってしまうのだっていう風に思わずに
不公平感っていうのは
人間にとって大きな問題だということを
少し認識しておくってことは
大切なことなのかなと思いました。



今日は仕事での一番の不満は
不公平感ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月14日2020年:10月

人生は不公平である。でも、不幸ではない。

今日は人生は不公平である
ということについてお話ししようと思います。



僕たちの人生っていうのは
不公平で不平等だと
誰しもが思っていることだろうと思います。



豊かな人はどんどんと豊かになっていくし
貧しい人はどんなに頑張っても
与えられるものは少ないというのが
実際にあるからです。



そんな不公平、不平等を
なくしていくってことは
とっても大切ですけど
でもそういうのは無くならないうことは
歴史が証明していることなのかなと思います。



ではそういう不公平とか不平等であった時に
どのように生きていくのがいいのか
ということだと思います。



多分、僕たちは多く与えられている人が幸せで
少なく貧しい人っていうのは
不幸だという風に
考えがちなのかもしれません。



でも豊かな人は
その世界でしか経験できないものがあって
豊かな人はそのステージで
それなりの問題もあるし
解決しなければいけない
課題っていうのもあります。



だから豊かな人はみんな幸せかと言うと
そうではないと思います
逆に貧しい人の中には
貧しい人なりの解決しなければいけない
課題というのもあるし
そういうその世界でしか味わえない
世界観というのもあるのかなと思います。



貧しい世界では幸せになれないのかと言うと
決してそうではないというのもあると思います。



その時その時の課題を克服することで
豊かな人以上に
幸せを感じることることも
できるようになるかもしれません。



でもそれは決して比べるものでもなく
豊かな人はその人のステージがあって
解決しなければいけないものもあるし



貧しいかったとしたら
そのステージで問題もあって
解決しなければいけない物があって
それを一つ一つ解決していくことが
僕たちのその人生の
醍醐味でもあるのかなと思います。



そうやって解決して
成長していくことで
僕たちというのは
より多く、より大きな世界に
つながっていけるのかなと思います。



そしてそれが幸せにも
繋がってくるのかなと思います。



だから周りを比べて
自分は少なくもらっている
こんな感じでは不公平でやってられるか
という風に
投げ出してしまうってことも
あるかもしれません。



そしてそういう境遇を嘆いて
何も手につかないって
いうこともあるかもしれません。



でもそういうことをしていても
何も動かないし
進展もしていかないということはあります。



そういう境遇を嘆いたり
人と比べて嫌になったり
その周りの人を羨ましがって
その妬んだりするよりも



今の境遇を受け入れて
そこで一生懸命生きて
一つ一つ問題を解決していくことで
より幸せに繋がっていくってことは
あるのかなと思います。



そしてその境遇でしか味わえない
そういうものを味わっていく
それも人生の大きな
幸せの一つなのかなと思います。



貧しい人は貧しい人でしか
味わえないものもあります
ホントその時その時の、その環境で
味わうものってのが変わってきます。



それはどっちがいいとか
悪いとかっていうことではなくて
その時その時のその置かれた状況によって
その人の味わいものってのは
変わってくるっていうことで



それは決して自分では
選べないものなのかもしれませんけど
でもその与えられた環境を精一杯
生きていくっていうことは
その人生を豊かに生きていくための
秘訣って言うかコツなのかなと思います。



だから不公平というのは
それはもう無くせないものということで
今自分の与えられている環境っていうのを
受け入れて、



そこで一生懸命生きて
そしてその時に与えられている問題や課題を
ひとつひとつ乗り越えていく
そうやって成長していくということが
僕たちの人生に
求められてるものなのかなと思います。



今日は人生というのは不公平である
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月11日2020年:10月

9割のものがガラクタで本当に大切なものは1割しかない

今日は90%のものは意味がない
ということについて
お話ししようと思います。



スタージョンの法則というものがあるようです
元々はSFは9割はガラクタだ
という意味で言われるようですが
それを広げていくと
どんなものでも9割はガラクタで
それが自然な状態であるというほかないということです。



この世の中には9割のものがガラクタで
本当に大切なものは1割しかない
ということです。



どんな本であってもニュースであっても
友達の噂話であっても
本当に大切なもの
本当に必要な情報っていうのは1割で
他の9割ってのは
ほとんど意味のない
価値のないものになっている
というそういう法則です。



これはもうそういう法則で
この世の中がそういう風になっているので
しょうがないっていうことなのでしょう。



これを日常生活に当てはめると
友達を作るのに対しても
9割の人は自分にとって
あまり意味のないと言うか合わない人
自分にとってそんなに必要のない人
なのかもしれません。



10人に1人ぐらいの人が
自分にとって必要な人であるのでしょう。



でも必要のない9割の人に
力を注いでいませんか?
1割の大切にしなければいけない人に
力を注ぐ事っていうの
おろそかにていませんか?というのを
考えていく必要はあるのかなと思います。



9割の人っていうのは自分にとって
あまり意味がないものだったとしても
何か悪口を言われるのではないのかとか
いろんな所で気を使って
エネルギーを注ぐってこともあるのかもしません。



それも必要な時もあるかもしれませんけど
でもやっぱり1割の人たちに
エネルギーを注ぐと事をしていく方が
よっぽど効率が良いでしょう。



またネットでも
90%の情報っていうのは
自分にとってあまり関係がないものなのです。



ニュースでもネットの情報で見ていると
総理大臣が誰々になったとか
国の情勢でどっか行ったとか
どこかで戦争があったとか
そういう情報を知るってことも
とっても大事なことかもしれませんけど
でも自分の力ではどうしようもできない
ということがあるでしょう。



そういうどうしようもないところに
焦点を当てて
そっちばっかに情報を得ようとしていても
それはあまり役に立たないってことがあります。



それでももっと自分に身近な
必要な情報があって
そういうのを取り入れていくって方が
大切なことなのかなと思います。



自分はどう生きているいくのかとか
自分のこれからその持つべき能力とか技術とか
どういうなものがあるのかとか
人間関係を作るためには
どのようにしなければいけないのかというのは
なかなかネット情報では
上がってこないものなのかなと思います。



それよりは総理大臣がどうこうとか
スキャンダルがどうかとか
不倫がどうたらとか
そういうところがたくさん上がってきて
それはほとんど自分には価値のないもの
意味のない情報ということがあります。



そういう9割の情報に流されて
本当に大切な1割というのを
おろそかにしてしまっているところも
あるのかもしれません。



そうやって9割のものは
ガラクタであるというのを
自分の中で思っておくと
本当に大切なものが1割しかない
それが自然な状態だという風に
思っておくというのも
大切なことなのかなと思います。



僕のこのyoutubeなんかも
9割がほとんど意味のないもので
大切な物っていうのは
1割なのかなと思ってます。



1割で話しできることも
大きく膨らませて9割の例え話とか
分かりやすいようにしていくってことで
盛り付けていますけど
中身を見てみるとほんの1割ぐらいしか
大切なものはないと思ってます。



そんな感じでほとんどの情報とか
ほとんどの人間関係とか
そういうありとあらゆるものは
9割はガラクタって思っておく
それが自然な状態だと認識していくのは
楽に生きていく上で
大切なことなのかなと思います。



そして本当に大切にしなければいけない
1割をもっとエネルギーをかけて
自分に身につけていくってことをしていくと
豊かになっていくのかなと思います。



今日はこの世の中は90%のものは
自分にとって意味のないもの
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月07日2020年:10月

支配的な環境で育つと勝ち負け意識が強くなる

今日は支配的な環境で育つと
勝ち負け意識が強くなる
ということについてお話ししようと思います。



前回から人間関係の勝ち負けについて
お話ししていますが
人によって勝ち負け意識が
強い人と弱い人がいます。



それはやっぱり幼少期の環境っていうのが
大きいのかなと思います
例で僕の幼少期の環境というのを
少しお話させていただこうかなと思います。



僕の家庭環境なんかも
すごい力での支配っていうのが強くて
人間関係での勝ち負けというのを意識して
ずっと生きていかなければいけませんでした。



僕は四人兄弟の真ん中で
全員子供男という環境です
父親は単身赴任であまり家にいなくて
母親が家庭の中で絶対的な存在でした。



母の言う事っていうのは
逆らうことはできずに
言うことを聞かないと怒られたり
時には家から追い出されたり
という風にすることがありました。



そういうことをされてるうちに
母に逆らうっていうことは
もうこれはできないのだということで
すごいストレスが溜まっていたと思います。



そしてそれは僕だけじゃなくて
兄もそうだし
弟もそうだったと思います。



弟はまた母が少し変わってきたので
そんなに影響を
受けていなかったかもしれませんけど
母が一番ヒステリックな時に
その影響を凄く強く受けていたのが兄でした。



その兄は母からストレスがかかったものを
今度は僕に与えてきます。
僕は兄に対して逆らう事ってのは
難しかったです。



テレビのチャンネルでも
僕が代えにいかないけなかったりとか
あれ取ってこいとか
これ取ってこいとか
そういうことで兄の奴隷のような感じに
されていたようなこともあります。



そしてそれを今度は僕は弟に
そういうふうにしていました。
弟は僕に逆らう事ってのは許されずに
僕の言うことは絶対っていうふうに
聞いていたと思います。



そんな感じで順位付けというのが
されていました。



母から兄
兄から僕に
僕から弟にという
そういう縦の社会っていうのができてて
上から下っていうのはすんなりいけど
下の者が上に何か逆らうってことは
なかったように思います。



そんな環境でいると
下にいることっていうのは
価値がないことだとか
みすぼらしくなってしまうとか
奴隷ような扱いをされてしまう
情けない状態になるということで
下にいるって事を避けなければいけない
という風に思ってしまうようになります。



だからこそ他の所で行っても
自分の今いる順位が
どこにいるのかっていうのが
気になってしょうがなかったです。



もう二度とあんな風な思いをしたくない
奴隷のような思いはしたくない
という風に思っていたからです。



下にいくってことは
惨めな思いをしてしまうっていうの
強く体感して心に残っていたっていうことです。



それが家庭内だけじゃなくて
社会に出ても
学校に行っても
同じような感じで思っていました。



自分が下にいると価値が無くなる
情けない姿になってしまう
ていう風に常に思っていました。



だから勝たなければいけない
という風に思って
自分の弱さを見せることが出来なかったり
情けない姿とか見せられないので
人から援助を求めても
手を払ってしまうってことがありました。



助けあうってことが
出来ななったと思います。



そうやって、競争の世界にいると
自分が頑張って上に行かなければ
相手を蹴落としてまでも
上に行かなければっていう思いが
強くなってしまったのです。



このように僕の家庭の例ですけど
これって言うのは他の人に対しても
もしかしたら当てはまる部分も
あるのかなと思います。



家庭内では親が絶対的な権力をほこって
子供はそれに従うのみ
という風になってしまっていると
どうしても勝ち負けとか
支配する、されるという関係に
陥ってしまうのかなと思います。



そしてその家庭内での思いを
社会に出てもずっと持ち続けて
下に行ってはいけないとか
下に行くと価値がなくなってしまう
支配されてしまうっていう
そういう危機感が常にあって
油断を許されなくなってしまうっていう
ことがあるのかなと思います。



もし家庭内で子供にでも一人の人間として
尊重してくれたとしたら
もっと支配的じゃなくて
言うことをきちんと聞いてくれて
その上で理解してお互いが納得した上で
何かをやるとしたら
そんな風に勝ち負け意識というのは
強くならなかったと思います。



でも力によって
何か言うことを聞かせるとか
支配するとか
そういうことを安易にやってしまうと
どうしてもそれは社会に出ても
ずっと影響を及ぼしてしまう
ということがあります。



こうやって見ていくと
つくづく僕達っていうのは
幼少期の環境が強く影響を
与えているなっていうのは思います。



いつも思うことですけど
今僕たちが苦しんでるって言うのは
僕たちに原因があるのではなくて
幼少期の環境に原因がある場合
っていうのが多いと思います。



だからこそ自分の幼少期が
どんな感じだったのか
どのような環境で
過ごさなければいけなかったのか
どんなふうに思っていたのか
ということを振り返るとことは
とっても大切なことなのかなと思います。



今日は支配的な環境で育つと
勝ち負け意識が強くなるということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年10月05日2020年:10月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催することができました。
僕を含めて8人の参加者です。
途中で抜けてたり、途中参加だったりで
全員が集まれることはなかったですけどね。
 
 
 
久しぶりに大人数なので
2つに分けて話をしてもらいました。
6人も集まって話をすると
離せない人が出てきてしまいます。
ちょっとでも濃い話ができるように
小人数のグループにしていきたいのです。
  
 
 
よく参加されるメンバーもいたり
久しぶりに参加してもらえる人だったり
交流することができました。
 
  
 
昨日は恋愛話とか時代のギャップで
昔の輝かしい時がどうだったとか
あとは真面目な話でした。
 
 
 
こうやって集まって交流することって
本当に大切だと思います。
やっぱり一人で過ごしていると
考え方も硬直してしまいますし、
話をすることで何か鬱憤を離したり
いろんな考え方を知ることができます。
 
 
  
僕も普段の仕事場ではできないような
話も気を許してすることができて
楽になります。
 
  
 
こうやって、仲間がいるありがたさを
実感しています。
もし、今こうやって一人でいて
さみしさを感じていたり
話し相手がいないようでしたら
思い切って参加してほしいと思います。
 
 
 
最初は戸惑うかもしれませんが、
みんな、良い人ばかりなので
次第に馴染んてくると思います。 
  
 
 
人間は一人では生きていけませんからね。
つながりがあって初めて
僕たちは強くなれるし
成長も早くできるのだろうと思います。 
   
 
 
次回は

ZOOM飲み会
10月23日(金)20時~
無料
 
あなたからの参加をお待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。





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2020年10月03日2020年:10月

勝つことで失うもの負けることで得られるもの

今日は勝つことで失うもの
負けることで得られるもの
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは負けることに対して
すごく抵抗があります
負けることで何か大切なものを
失ってしまうのではないのか
というふうに思ってしまうからでしょう。



だから何が何でも負けるのが嫌で
勝ち続けないといけない
と思ってしまうところも
あるのかもしれません。



僕もずっと勝ち続けなければいけない
負けると大切なものを失って
自分の価値が失ってしまう
という事を思っていました。



すごくつらかった時期です
でも前の動画でも話しましたが
人間関係っていうの勝ち負けで捉えてしまうと
全てが敵になってしまいます。



そうではなくて
勝ち負けから離れることができたとしたら
助け合うことができて
全てが仲間になるということも
できるようになります。



それをしていこうとするためには
負けるということを
どのようにとらえるのかっていうのを
改めて認識していくってことは
とっても大切なことなのかなと思います。



戦いの世界から身を解くためには
負けるということを
自分で認めていくっていうことが
必要であるからです。



そこで考えていくものとして
本当に勝つことで何かを得られるのか?
負けることで大切なもの失うのか?
ということを考えていく必要はあると思います。



もしかしたら
勝つことで失うものっていうのも
たくさんあるのかもしれません
負けることで得られるものっていうのも
あるのかもしれません。



一般的に勝つことで
優越感は得られると思います。



自分が優れているという気持ちになって
すごく心地よい
自分には価値があると思える。



それはとっても大切な感覚でしょう
そして名声や尊敬も周囲から
得られるかもしれません。



周囲の人から頼りになるとか
あなただからこの仕事を任されるとか
あなただから何か大切なことを
任すことができる
そういう風に言われると
すごく気持ち良い感じになると思います。



でも無理して自分の地位を上げようとしたり
無理して自分をよく見せようとして
あと負けたくないと思って
相手を蹴落としてまでも上に行こうとする
そういうことをしていくと
周りの人の反感を買ってしまうって
こともあるかもしれません。



人との距離もできてしまうかもしれません
本当は人と信頼しあうことが
できるかもしれないのに
逆に信頼を失ってしまう。



あいつはやることはやるけど
でもなぜか損したような気分になったり
なぜか自分が惨めになって
あの人の近くに居ると
気持ちが落ち込んでしまう
っていう風になってしまうかもしません。



それは無理して自分が勝とうとして
相手の負けを認めようと
しているからかもしません。



勝負を挑んでいるっていうことも
大きいでしょう。



そういうことで
無理に勝ちを得ようとするあまりに
相手に不快な思いをさせてしまっている
それで信頼を失ってしまってるとしたら
それはとっても残念なことなのかなと思います。



逆に負けることで名声や承認欲求ってのは
もしかしたら失ってしまうかもしれません
劣等感も感じてしまうかもしれません。



自分なんてダメな人間だ
何もやってもできないって風に
思ってしまうこともあるかもしれません。



でもそういう負けというのを
自分で受け入れて
認めることがあってきたとしたら
周りの人に争いをすることなく
自分のその弱さを見せることができる
ということで
ちょっとホッとさせるような雰囲気を
出すこともできるのかなと思います。



強がっているとその人の近くにいると
なぜか疲れて
ちゃんとしなければっていう風に
なってしまうかもしれません。



でも弱さを見せたり自分の失敗談を見せたり
勝ち負けから降りている人に対しては
周りの人も自分の弱さを見せたり
することができるようになるかもしれません。



そのようにして周りの人が
飾らなくていいっていうふうに
気持ちを切り替えることもできて
楽にいられるような雰囲気を
出すこともできるでしょう。



それは勝ち負けから降りた人
負けることを認めた人でしか
出せない雰囲気なのかもしれません。



そういう負けることによって
周りの人が楽にいられるし
自分も弱さを見せている分
勝ち負けを意識してないので
強がる必要もなしに
気軽に助けてって言えるかもしれませんし
頼ることも出来るようになるでしょう。



そうやって信頼関係も
結びつきやすいってこともあるでしょう
そうやって勝つことで失うもの
負けることで得られるものっていうのも
多いのかなと思います。



必ずしも勝つことが良いことで
負けることが悪いこと
という風なことではないのかなと思います。



本当に大切な事っていうのは
もしかしたら負けるというのを
認めることから始まるのかなと思います。



そうやって負けを認めて
弱さを認めていくことで
自分の本当の姿が
見えるようになるかもしませんし
飾りも取れるかもしれません。



そういう姿になった時に
周りの人に対してより多く心を開く事って
出来るのかなと思います。



今日は勝つことで失うもの
負けることで得られるものというのを
考えてみるというのも必要かなと思って
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2020年10月01日2020年:10月

人間関係を勝ち負けで考えていませんか?

今日は人間関係を勝ち負けで考えていませんか
ということについてお話ししようと思います。



昔の僕なんですけど
僕は人間関係を勝ち負けとか
上下とか支配するかされるか
というというものでしか
考えることができませんでした。



相手から見下されるようなことをされると
ものすごい腹が立って
そんな自分が見下される存在ではない
もっと上なんだっていうのを証明したいということで
吹っ掛けたり威張ったりしようとしていました。



そうやって自分が
上である存在だっていうふうに
証明しようとすればするほど争いもあるし
相手のことを否定しまうということもあって
常にその争いっていうか
相手に気を許す事っていうのは
出来ませんでした。



ちょっとでも冗談でもいいから
馬鹿にされるということがあると
ムキになって反論して
そういう冗談も通じないような
固い男だったっていうのあります。



そんなんだから
その僕に誰か近づいて来るという人は
少なかったように思います。



いつも何かがあると反論して
冗談も通じないような男だったからです。



でも強い人には
頭が上がらないっていうのは知ってるので
はなから一番トップを
目指すってことはできないというのあります。



だから中ぐらいで上の人もいるけど
下の人もいるっていうという
そういう弱い人を見つけては
自分がまだ安心できるって言うの
安心感を見つけたいってことはあって
その下の人を引き入れようれようとしていた
ということがあります。



なんかそんな感じで
常に支配する、されるとか
人間関係の上下とか
勝ち負けという風に気にしながら
気を張って生きていたように思います。



でも人間関係ってそんな勝ち負けとか
上下関係ではないですよね
人間関係っていうのは
助け合いとか
協力し合いながら
一緒に高め合ったりとか
より良い世界を作っていくとか
より良い生き方をしていくってことが
大事になってくるのかなと思います。



今では少しそういうことも
できるようになってきて
そんなに馬鹿にされても
その腹立つこともなくなってきました。



そうやって人間関係を
横の関係で見られるようになると
今までは人間関係って敵であって
その気の置けない存在で
相手が成功すると自分がいたたまれなくなって
喜べないし
自分が下になってしまって
惨めな思いをしてしまった
ということがあります。



でも横の関係として勝ち負けではなくて
助け合いということを考えることが
できたとしたら
人間関係というのは仲間であり
他人の成功っていうのは
自分の成功でもあるし
自分の成功は他人の成功でもあるし
そんな繋がりができるように
なってきたなと思います。



それっていうのは
自分の弱さとか
自分が下にいてもいい
自分は負けてもいいっていう
そういうのを受け入れることが
できるようになって
初めてその横のつながりっていうか
助け合うことができるようになりました。



自分の弱さとか
下に行って支配されるんじゃないかとか
そういうことがあると
なかなか自分の弱さをさらけ出す
ってことはできないし
強がってしまうってことが
あるのかなと思います。



そういう負けるとか
自分の弱さを受け入れることが
できればできるほど
人とのつながりっていうのは
深くなってくるように思います。



そして本当の意味で
横のつながりとして
助け合いとか
協力し合うことができるのかなと思います。



今では少しそういうことも
できるようになってきたなと思いますけど
昔は上下関係とか勝ち負けというのは
すごく強かったです。



で、その時というのは
とっても生きづらいし
苦しい思いをしてきたし
人と繋がりなんていうことも
築くことっていうのは出来ませんでした。



周りの人は気の置けない敵になっていて
常に自分が勝ち続けなければいけない
という風になってしまっていたからです。



その負ける練習っていうのも
とっても辛いし
惨めな思いもたくさんしてきましたけど
でもそういうのを乗り越えた
その先には
もっと幸せな世界が待っている
ということがあります。



だから今その勝ち負けとか
上下とか気にしてる人がいたとしたら
負ける練習ってことをしていくってことは
とっても大切なことなのかなと思います。



そういう自分の弱さとか負けを
認めることができたとしたら
その本当の意味で
相手と協力することができるし
協力することができたとしたら
相手が仲間になって
助け合うこともできます。



今日は人間関係は勝ち負けではなくて
協力し合うこと
助け合うことだ
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月28日2020年:9月

普通・常識・当たり前のハードルを高くしていませんか?

今日は普通・常識・当たり前のハードルを
高くしていませんか?
ということについてお話ししようと思います。



悩みが多い人の共通点として
こんなことをして当たり前とか
出来て普通・常識というのが
すごい高いところに設定している人が多いです。



周りの人からしたらすごい出来て
そんだけ出来たら十分だろうと思っているのに
当の本人からしたら
いや自分なんてまだまだです。



こういうこともできてないし
こんなこともしなければいけない
だから今の自分ではダメなんだ
と思ってしまっている人がいます。



周りの人が十分だと思っていても
その当の本人がまだまだだ
こんな自分では駄目なんだと思って
頑張り続けなければいけない。



少しでも手を抜くと
なんて自分でダメなんだって
思ってしまうとしたら
それはとっても悲しいことですし
悩みも多くなってしまうことでしょう。



そういう風に自分の中でハードル
普通であるハードルとか
こんなことできて当たり前というハードルが
凄い高いところに
設定してしまっている人っていうのがいます。



自分がその設定して
自分が苦しむだけならいいのでしょうけど
大抵そういう人っていうのは
自分だけでなくて
周りの人にもそのハードルを求めてしまう
っていうところがあります。



厳しい上司とか
厳しい先輩なんかも自分もすごい厳しいけど
下の人にも厳しく当たる
という人も多いのかもしれません。



それはその人の中で
こんなことできて当たり前というのが
高いところに設定しているからなのでしょう。



自分も苦しいし
周りのいる人も苦しい目にあってしまう
というところがあります。



なので当たり前とか
こんなことを普通とか
常識というのを低く
設定していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



それは多分小さい頃の環境ってのも
大きいのかなと思います。



一流のすごい出来たお父さんとか
出来たお母さんの下で
生まれた人っていうのは
一流の大学を出て当たり前とか
90点取って当たり前というふうに
育てられたのかもしれません。



そういうところに育てられた人にとっては
60点である自分っていうのは
ダメな自分であって
もっともっと頑張って
90点を取らなければいけない
90点を取って初めて自分には価値がある
普通なのだという風に思えるかもしれません。



かたやハードルが低い家庭に
生まれたところでは
30点とって十分だって思えるかもしれません。



お父さんとかお母さんもそ
点数に気をかけることもなし
大学に行く行かないも
あまり重要視していないとしたら
30点であって
それはそれで受けることもできるし
大学に入ったっていうだけでも
すごいことになるのかもしれません。



そんな風に小さい頃の環境とか
周りの人の状況によって
自分のハードルっていうのは
勝手に設定させられているのかなと思います。



すごい出来た人の中にいると
自分も勝手にレベルが高くなるって事は
あるかもしれませんけど
あまりも高いレベルに設定しすぎてしまうと
苦しくなってしまいます
悩みも多くなってしまうでしょう。



そういう時には
自分のハードルっていうのを
下げていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



今で90点取って当たり前とか
90点が普通だと思っている人がいたとしたら
60点でも大丈夫とか
60点だっても自分には価値がある
みんな認めてくれるっていう風に
設定し直すということが必要でしょう。



ただ簡単にハードルを下げるって事は
難しい事なのかもしれません。



今まで90点が当たり前
90点以下だと
自分には価値がないと思ってる人にとって
60点を取るってことは
とっても怖いことで
60点で認めるって事も
なかなかできないことでしょう。



でもそういうの少しずつ60点であっても
周りの人っていうのは
そんなに怒ることもなしに
見捨てることもなしに
一緒にいてくれるとか



そんなに影響がない
自分にはそこまで価値がないわけではない
という風に思い直すことによって
徐々に徐々に
そのハードルっていうのを
下げていけれるのかなと思います。



そしてそのハードルが
なぜ高くなってしまったのか
というのも考えていくというのも
とても大切なことなのかなと思います。



自分が原因ではなくて
周りの環境とか
周りの人達の影響で
勝手に高くなってしまったって
いうこともあるので
その考えて少しずつ下げていくってことは
必要なのかなと思います。



そうじゃないと自分も苦しいですし
もしかしたら周りの人も
いつの間には苦しくしてしまってるって事も
あるかもしれません。



今日は自分の中の普通・常識・当たり前の
ハードルをいつの間には高くしていませんか?
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月25日2020年:9月

状況によってアドバイスは180°変わる

今日は相手の状況によって
アドバイスは180°変わる
いうことについてお話ししようと思います。



この世の中で全ての人に
当てはまるアドバイスっていうのは
少ないように思います。



ある人にとっては
ピッタリくるものだったとしても
他のある人にとっては
危険というのもあるからです。



同じアドバイスをしたとしても
その人がどんな状況にいた
ということによって
全く違う結果になってしまう
ということがあるからです。



カウンセリングに来られる人に
よく言う言葉があって
それは自分を抑え込んで
何かあるたびに自分が悪い
という風に思い込んでしまう。



そして自分ばかり責めて
そういう悪循環に入ってしまっている
そういう人がいます。



そういう人にはもっと相手にも責任があって
あなたが悪いわけじゃない
相手のせいにして
自分が悪くないっていう風に
してもいいのですよという時もあります。



そのアドバイスは
その人にとっては良いことだったとしても
いつも人のせいにばかりして
自分のことを全くかえりみずに
自分を振り返ることをしないっていう人に
言ったとしたらどうなるでしょうか?



さらに相手のせいにして
自分を振り返る事っていうのを
全くしなくなるって事もあるかもしれません。



また仕事を真面目すぎる人には
もっと力を抜いて
時にはサボってみてもいいのですよ
という時もあるし



いつも不真面目にしてサボってる人に対しては
もっと真面目に取り組みましょう
という時もあります。



言ってる事っていうのは
180°逆のことですけど
でもその人にとっては
必要なアドバイスだと思います。



このようにその人の状況によって
まったくアドバイスっていうのは
変わってくるってことがあります。



それをよく見極めて
その人に合ったアドバイスを
していくっていうことは
とっても大切なことなのかなと思います。



そうじゃないと
余計にひどくなってしまう
という危険性があるからです。



また自分のアドバイスを
本とかブログとかyoutubeで
もし探していくということがあるとしたら
それも自分に合ったアドバイスを
探すということはとっても大切なことなのかなと思います。



ある人にとっては
とってもピッタリとくる
アドバイスであったとしても
今の自分の状況では全然違う
当てはまらないアドバイス
という場合があるからです。



今の自分の環境を変えてくれる
もっと楽に過ごすように教えてくれる
そういうアドバイスを
見つけていくってことは大切です。



また楽にしすぎてる人にとっては
もっと自分を引き締めてくれるような
アドバイスっていうの必要だと思います。



そしてそういうの見極めるって言うことは
難しいかもしれませんけど
とっても大切なことなのかなと思います。



そうじゃないと自分に合わない
アドバイスを聞いていたとしても
全く成長にも繋がらないし
楽にも生きていけなくなってしまうって
いうこともあるからです。



このように相手にするアドバイスでも
その人の状況によって180度変わってしまう
ということもありますし
自分に対するものであったとしても
自分の状況によって
何が必要なのかっていうのは変わってきます。



そういうのを見極めて必要なものを
取り入れていくっていうのは
とっても大切なことだろうと思いました。




今日は相手の状況によって
アドバイスは180°変わる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月22日2020年:9月

自分を変えるには一番怖いところに向き合う必要がある

今日は白黒思考は危険である
ということについてお話ししようと思います。



悩みが多い人の特徴の一つとして
白黒はっきりさせなければいけない
という思いが強い人がいます。



これは良くて、これは悪いという
白黒思考が強い人というのは
苦しむことになってしまうのかなと思います。



自分の中で良い事があって
良いことができないと
罰せなければいけないとか
反省して直さなければいけない
という風になってしまうからです。



悪いことをしてしまって
自分がもし悪いことをしてしまったとしたら
すごい後悔して自分責めることをしてしまいますし
相手が何か罰せられるようなことをしたとしたら
相手は責めて
相手を直さなければいけないっていう風に
修正しようとしてしまうのかなと思います。



そんな感じで白黒でハッキリと
何か物事をしようとする人っていうのは
やっぱり衝突が生まれてしまうし
自分責めとか
その相手を責めてるということも
多くなってしまうのかなと思います。



よくテレビなんかも白黒思考というか
そういう善悪で何でもかんでも
判断しようとしてしまうって
いうところもあるのかなと思います。



テレビというのはなるべく視聴者に
考えるって事をしないようにすることが
特徴付けられています。



考えさせないようにするためには
単純にこれは良いものとか
これは悪いものというものも決めつけて
そのように表現するということです。



今だったらコロナで
なぜそのGOTOキャンペーンを
してしまうのかということを
すごく責め立て
てそんなことはまだ早いっていうことも
あるかもしれませんし



また自粛をなぜしないのだとか
PCR検査をなぜもっとしないのだっていう風に
責め立てて
そうやってそういうもが悪いという風に
決めつけてしまっているところも
あるのかなと思います。



そうやってもっと他にも
色んな事情があるはずなのに
その一部分だけを切り取って
これは悪いことだ
だから直さなければいけないという風に
単純にしていくことで



その視聴者をなるべく考えさせないように
これは善、悪いとか
そういうものを判断をこちらで与えて
考えさせないしていくってことがあります。



だからテレビを見ていくと
どんどんとその考える力っていうのは
失われていって
洗脳されていくっていうことは
あるのかなと思います。



コロナ対策にしても
色んな見方があります
GOTOキャンペーンにしても
色んな見方があって
ひとつの物事、ひとつの視点から見ただけでは
判断できないようなことでも
いろんな角度から検討しなければいけなくて



そういう理由・方向があるはずなのに
そういうのを全部省いて
悪い部分だけをピックアップして
これは駄目だっていうふうに
視聴者に訴えかけようとしまってるところが
あるのかなと思います。



またドラマではその今
すごい人気ある半沢直樹にしても
すごく単純に作られています。



悪人にということは
悪人が一目でわかるようにして
この悪人をとっ捕まえて成敗していく
そしてその悪人が参ったということを見て
僕たちはスッキリするという気持ちに
なるのかなと思います。



そんな感じで半沢直樹にしても
白黒ハッキリしすぎている
というところがあって
それを見て僕たちは
そのスッキリ感というのがあるけど
その深いところまでは
考えないように
なってしまうのかなと思います。



もっともっと別の視点から見ていくと
いろんなその理由とか
いろんなその思いとかあるはずなのに
善悪というのをハッキリ分けて
悪どい人はもうとことん悪どくして
悪人だと一目で分かるようにして
半沢直樹も正義のために骨を折って
そうやって最後には逆転する。



そして悪人は最後は滅びるそういう
ストーリーというのを作られていきます
そういう善悪ハッキリしているものだから
あそこまで人気がでるし
僕たちもスッキリとできるのかなと思います。



でも世の中っていうのは
そんな白黒ハッキリしてるものでもないし
善悪というのもそんな簡単に
決められるものでもないのかなと思います。



良いと思ってるものの中には
やっぱりどこか不都合なところとか
相手によっては間違っていると
思われるところも
含まれているのはあります。



また悪いと思われてるところには
見方によっては良い部分もあるし
ある人にとってはそれが必要だ
というとこもあります。



だから単純にこれが良い
これが悪いなかなか判断できない
というところはあるのかなと思います。



そしてというのを自分の頭で考えて
どうバランスをつけていくのか
ということが大事になってくるはずなのに
でもそういう頭で考えるとか
必要な視点を見ていくってことを省いて
単純にしていくことで
白黒ハッキリさせてしまうっていうところは
あるのかなと思います。



自分の視点だけとか
一般世間の言われる視点だけを見て
これは悪いことだとかそういうのがあって
それで罰するとかそういうのを
判断してしまっているところも
あるのかなと思います。



もっともっといろんな見方があって
白の中にも黒があるし
黒の中にも白があるしっていう
そういうごちゃ混ぜのところから
正解を導いていく
どうバランスをとっていくのかということが
とっても大切になってくるのかなと思います。



白黒ハッキリさせてしまってる人っていうのは
そういうバランスをとっていくとか
善の中にも悪があったりとか
悪の中にも善があるという
そういうところも考えていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



けっして白黒ハッキリさせていくってことが
いいことでもないですし
そういう世界でもないと思います
そんなに白黒ハッキリつくようなものっても
少ないのかなと思います。



ちょうどいいバランスをとっていく
調和をとっていく
お互いが納得できる部分を作っていく
そういうことって
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は白黒思考をしていくってことは
とっても危険なことだということについて
お話しさせていただきました。






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2020年09月19日2020年:9月

頑張る方向を間違えると危険

今日は頑張る方向を間違えると危険である
ということについてお話ししようと思います。



僕たちがなぜ頑張るのかと言うと
今よりももっと向上していきたいとか
もっと成長していきたいとか
生活の質を上げていきたい
幸せになりたい
不幸を、苦しみを消していきたい
ということがあるのかなと思います。



そうやって頑張ることというのは
とっても素晴らしいことでしょう
でもここでは頑張る方向性を間違えると
とんでもないことになってしまうということ
についてお話ししようと思います。



せっかく頑張ってやってるのに
その方向性が違うとこに行くと
余計にひどくなってしまうっていうことです。



もっとこっちの方がいい
効率が良くて正しい方向性で
より結果も出やすいっていうことがあるのに
間違った方向で突き進んでいってしまうと
余計に悪くなって
頑張らない方がいいっていう風になってしまう
それはとってももったいないことなのかなと思います。



スポーツの世界でも
野球でピッチャーが変な投げ方を覚えて
それで一生懸命その変な投げ方で
やろうとしてしまっているとしたら
すぐに肩が壊れてしまうでしょう。



そんなんだったら
頑張らない方がまだ体も壊さないし
その野球もずっと続けられたかもしません。



でも変な方向で頑張ってしまっただけに
体も壊れて野球を続けていくことってのは
できなくなった
それはとっても寂しいことなのかなと思います。



仕事においても
時間をかけて作った資料だったとしても
それが見当違いなものであったとしたら
時間もエネルギーも
無駄になってしまうことでしょう。



そして上司の信頼なども
失ってしまうかもしれません
せっかく頑張って作った書類なのに
それが全然役に立たないどころか
時間を大幅にロスさせてしまって余計に評価を
悪くさせてしまうのであるのなら
それはとってももったいないことだと思います。



また子育てにおいても
親が子供の幸せを願っているとします
その幸せを願って
子供に何かしようとするというのは
とっても愛が溢れていて
良いことのように思います。



でもその方向性が間違っていると
せっかく愛である行為なのに
子供を潰してしまって
余計に不幸にさせてしまう
っていうこともあります。



例えば自分が幼少期に苦しい思いをして
自分と同じような苦しい思いを
子供にさせたくないと思っています。



だから子供には
もし自分が学校に出れなかったとしたら
良い学校を目指して
そして良い会社に進んでいくってことが
その幸せだと思ってしまうこともあります。



で、子供に無理にいい学校に行かせようとして
勉強を頑張らさせてしまう
それが子供にとってはプレッシャーとなって
勉強をしなければいけない
勉強で良い点を取らなければいけない
ということがあって
潰れていってしまうって
こともあるかもしれませんし



自分のやりたいことが出来ずに
勉強だけに集中してしまって
そこで自分の幸せがなんなのかっていうのを
見つける事っていうのも
出来なくなってしまうってことも
あるかもしれません。



そんなふうに親としては
子供のためと思って一生懸命やるのだけど
その一生懸命やればやるほど
子供にとっては
それはプレッシャーなったりとか
幸せから遠ざかることになってしまう
とってももったいないことなのかなと思います。



そうやって一生懸命頑張っているのに
マイナスの方向に行ってしまう
それだったらまだ頑張らないほうが
被害が大きくならずに済む
っていう事にもなりかねません。



こんな感じで頑張る方向性を間違えると
頑張らないよりも
被害が大きくなってしまう
ということがあります。



正しい方向で頑張ることは
とっても大事なことなのかなと思います。



そして正しい方向で頑張るっていうことは
いろんな知恵とか知識、経験というのも
必要になってくるでしょう。



大体間違っていく人というのは
我流で自分のやり方で
頑張ってしまうっていうことが
多いのかなと思います。



そうやって我流で何か突き進んだとしても
それは大抵間違っている
ということがあるとしたら
専門家の意見を借りたり
そういう成功した人とか立ち直った人とか
不幸から幸せになった人とか
そういう人たちのその経験談とか
知識を知るってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



我流で頑張り続けていくと
余計にひどくなってしまう
それだったら頑張らない方がいい
ということになってしまうので
正しい知識を入れて
その方向に向かって頑張っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



今日は頑張る方向性を間違えると
危険だということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月16日2020年:9月

幸せには2種類、絶対的な幸せと相対的な幸せがある

今日は幸せには2種類あって絶対的な幸せと
相対的な幸せがある
ということについてお話ししようと思います。



絶対の反対は相対と言われています。
絶対というのは揺るぎない
もうこの芯、何も変わらないのがあり
その反対での相対で
状況によって変わっていくっていう
そういうものがあります。



幸せについても
絶対的な幸せと
相対的な幸せというものがあります。



相対的な幸せっていうのは
相手や状況によって
変わっていくっていうことです。



よく言われるのが
50万円の給料をもらっているとします
でも自分が50万円で
周りの人は80万円もらっているのと
自分が50万円で周りの人が30万円しか
もらっていない時というのは
同じ50万円の給料だったとしても
受け取る気持ちとして全然違うと思います。



みんなが自分よりも上で
自分が50万円しかもらってないとすると
不平不満とか不幸を
感じてしまうことがあります。



逆にみんなが少ないのに
自分は多くもらっていると思うと
それは幸せに繋がっていくのかなと思います。



そんな感じで周りの状況や環境によって
自分の幸せが変化していくというのが
相対的な幸せです。



比べる相手によって
自分がどうあるか
どう幸せなのかっていうのが
変わっていくということです。



こういうのはよく世間体で言われる
幸せというのが
それに当たるのかなと思います。



世間体で周りの人が自分と比べてどうなのか
どのような位置にいるのかということが
自分の幸せに直結している
ということになるのかなと思います。



それとは反対に絶対的な幸せというのは
相手の状況に左右されることなく
こうであれば幸せだという
そういう揺るぎない幸せ感があることを
絶対的な幸せと言うのかなと思います。



周りの人が多くもらっていても
自分よりも少なくもらっていたとしても
自分がこの給料で満足できると思えば
それは絶対的な幸せになると思います。



そういう自分の揺るぎない信念というか
相手に基準を持っているんじゃなくて
自分の何か軸があって
それに照らし合わせてやっていくってことが
絶対的な幸せに
繋がっていくのかなと思います。



人っていうのはだいたいが
相対的な幸せに流されていってしまう
のかなと思います。



周りの人の状況ばかり見て
自分は幸せなのかというのを
考えていくという方が多いのかなと思います。
それはもう人間である以上
しょうがないことなのかなと思います。



そういうのは昔の戦後とか江戸時代とか
そういう暮らしと比べて
今っていうのは格段に豊かになってるし
便利になっているということがあります。



でもいくら便利になったとしても
いくら豊かになったとしても
幸せに感じる人が増えてるのかと言うと
そうではないっていうのは
皆さんもご存知のことだと思います。



江戸時代で凄い不自由な不便な生活を
していていることがあったとしても
周りの人みんながそんな生活を
しているのであったとしたら
それはそれで諦めもつくし
でももっと豊かな世界があっても
みんな周りが同じように豊かになってしまうと
幸せっていうのは薄れていってしまうってことが
あるのかなと思います。



そんな風に相対的な幸せで
左右されてしまうってのは
人間である以上
それしょうがないことなのかなと思います。



でも自分の中で絶対的な
これをこうすれば幸せだって
それを持ってる人っていうのは強いし
周りに左右されない分幸せ感というのも
ずっと続くのかなと思います。



そういう自分の中にある絶対的な幸せ
周りに左右されない
自分の中でこれが幸せだって思えるものがある
何か一つでも作っていくことができたとしたら
幸せという時間も
増えていくのかなと思います。



今日は絶対的な幸せと相対的な幸せの
2種類があるということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月14日2020年:9月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催することができました。
今回は寂しいことに僕を含めて3人でした。
頻繁に来てくれる人で
気ごころがしれていて
話が盛り上がりました。
 
 
 
この3人になるとスピリチュアルとか
いろんなことを語ってきました。
その中で自分の体験談とか
失敗談なども話をするのです。
 
 
 
こんな真剣な話をすることって
なかなかないことなので、
僕としても楽しみにしています。
 
 
 
それに一方的に話をするのではなくて
お互いが話を聞いてくれたり
きちんと礼儀もあって
この空気が僕を好きです。 
 
 
 
いろんな経験をしているので
それをお互いに話し合って
学びにできることって大切です。
 
 
 
自分一人では気づけないこともあり
体験できないこともあるし、
いろんな視点から考えられるのも良いです。 
 
  
 
そして、もっと人数が多くなると
さらに多くの人の意見や経験談を聞けて
また、何かしら助け合えることもできると思います。



定期的にやっていっていますので、
こういう真面目な話が好きな人は
参加してほしいです。
 
  
 
次回は 
10月2日(金)20時から
開催する予定です。

料金も無料です。
 
 
  
 
ありがとうございました。




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2020年09月12日2020年:9月

成長意欲が強い人への注意点

今日は成長意欲が強い人への注意点
ということについてお話ししようと思います。



ある人の中ではすごい成長欲が強くて
どんな事までもチャレンジして
やっていこうとしてしまう人
というのがいます。



険しいハードルを自分で勝手に決めて
そのハードルに向かって
自分を犠牲にしながら突き進んでいく
ということをしている人がいます。



学校でも成績をすごい高いところまで設定して
勉強を何時間というふうに設定して
死に物狂いでやっている。



そういう人がいたり
会社ではすごい出世意欲というか
その自分の中での目標があって
それに到達するために
頑張り続けているっていう人もいます。



他の人ではすぐに諦めて
投げ出してしまうようなところで
あったとしても
そういう人っていうのは
粘り強くずっと続けて
そして達成しまうっていうことがあります。



その頑張りの原動力として
楽しんでやってるっていう人だったら
それはそれでいいのかもしれませんけど
その人を見ると
何故かその達成感があったとしても
そこまで喜んでいるっていう感じもなしに
何か淡々としているっていう
ホッとしてるっていうことが
正しいのかもしれません。



そんな感じで達成したとしても
喜びも少ないし
でもその努力は凄いものがあって
苦しんでる姿というのを
ずっと見かけているっていう感じに
なってしまうのかなと思います。



でその頑張り続けてしまうっていう
そういう人は大体が自分の中の
劣等感というものを抱えている人が
多いのかなと思います。



その自分の中の劣等感っていうものが疼いて
それをどうにかしたくて
それを隠したくて
その人にバレたくないと思いたくて
何か凄い成果を出したりとか
すごい結果を出したりとか
必死にその自分の劣等感を隠そう
としているって事がある人もいます。



そういうその強い劣等感の裏返しとして
強い優越感を感じていなければ
不安で仕方がないっていう状態なのです
だから人が諦めてしまうようなところでも
粘り強く頑張り続けることができます。



そうやって頑張り続けて
成果が手にすると思うんですけど
でもその努力で
自分の身を削ってまでもやって得た成果が
どれぐらいのものを
自分のその喜びとして得られているのか



自分の人生として
その何か得られるものがあるのかと考えると
そんなに得られるものっていうのは
少ないのかなと思います。



それよりも失っているものの方が
多いような気もします。



もっと人生って
楽に楽しく生きていけることができるのに
その人は常に全力疾走で
頑張り続けて、張り詰めて
やっていかなければいけないと
思っているというのは
とっても辛い状況だと思います。



実際に成果を出したとしても
自分で満足できなければ
それはあまり意味のないものに
なってしまうのかなと思います。



大成功した社長さんであったとしても
その自分の中の劣等感を解決するまでは
まだまだ上がある
上を目指さなければと言って
満足することなく常に努力をし続けてしまう。



もう止まれない状態に
なってしまってるって事も
あるのかもしれません。



そういう状態がずっと続くと
やはりどこかで息切れしたり
エネルギー切れをしてしまったり
心は疲弊してしまったり
周りの人がついていけなくなってしまったり
という風に弊害がたくさんあります。



第一、人生を楽しめていないっていうのも
あると思います。



もっと体を楽に心を楽にして
ゆとりを持って楽しんでいけるはずなのに
そういうことができないっていうのは
とってももったいないことだと思います。



その自分の中にある
劣等感っていうのを見つめて
解決していくということをするまでは
ずっと走り続けて止まれない
っていうことがあると思います。



一見、端からみると
頑張り続けるって事は
とっても良い事のように思いますけど
でもそれをずっと続けるってことは
自分の実にもならないし
周りの人の実にもならないし
喜びも感じられないし
いつも切羽詰まって
心が焦っている状態になってしまいます。



自分の中で
その見つめていかなければいけないものに
目を背けて他で頑張り続けて
解決しようとしていませんか?



もし頑張り続けているって
自分が思っているとしたら
自分の中の劣等感を
見ないようにしているのか
というの考えてみるのは
大切なことなのかなと思います。



自分で頑張り続けてる人ってのは
まだまだまだまだっていうのが強いから
自分で頑張ってるっていうふうには
思えないかもしれません。



周りからしたらすごい頑張ってるっていう風に
思う人だったとしても
当人としては全然足りていない
もっともっとしなければっていう風に
思っていることもあるかもしれません。



だから自分では気づけないかもしれませんけど
周りの人からそういう風に言われた時が
あったとしたら
少し自分の中でそういうところがないのか
というのを見つめていくってことも
大切なことなのかなと思います。



今日は頑張り続けてる人の危険性について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月10日2020年:9月

自分を変えるための第一歩は大きなエネルギーを使う

今日は自分を変えるための第一歩は
大きなエネルギーを使うということについて
お話ししようと思います。



僕達は自分を変えたいと思った時に
やっぱり今までと違う行動を
起こすことになると思います
今までと違う行動を起こす第一歩というのは
ものすごいエネルギーを必要とします。



よく言われるのが
清水の舞台から飛び降りるくらいの
エネルギーの力ということを言われます
清水の舞台から飛び降りると
もしかしたら死ぬかもしれない
という恐怖があるでしょう。



でもその恐怖を乗り切ってまでも
第一歩を進むということが
できたとしたら
大きく一歩を進むことが
できるのかなと思います。



そして最初の一歩というのは
何をするにしても
それぐらいのエネルギーの量は必要とする
ってことがあります。



他の人からしたら
ほんの些細な一歩だったとしても
当の本人からしたら
ものすごいエネルギーを使って
大きな一歩を踏み出している
ということがあります。



清水の舞台から飛び降りることは
死を意味するっていうことで
一回本当に死ぬ気のような感じで
もう生きるか死ぬか
それぐらいの瀬戸際に立たされた時に
そういう一歩っていうのは
出てくるのかなと思います。



やってることってのは
ほんの大したことがないことかもしませんけど
それくらいの勇気を必要とするということです。



もしかしたら
自分の何か内面をさらけ出す
ということかもしれません。



今まで自分が不真面目だったとしても
それをずっと隠して
真面目なフリをしてたということで
良い人のフリをやめて
実は不真面目だったんだってことを
さらけ出すという



そういうことで
他の人からしたらそんななんでもないことに
思えるかもしれません。



でもその当の本人からしたら
そういうことをさらけ出すってことは
本当に清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気がいるし
死ぬか生きるかそれぐらいのそのものが
出てくるのかなと思います。



そういう死ぬか生きるか
それでもやっぱり自分を変えたくていうことで
第一歩を踏み出すその大きな一歩が
人生を変えるための
きっかけ作りとしてなるのかなと思います。



そしてその一歩を出すためには
ものすごいエネルギーを使うっていう事です。



ただそのエネルギーというのは
一歩目だけがエネルギーを使うことがあってに
2歩目、3歩目となると
エネルギーもさほど必要なく
できるようになってくるってことがあります。



最初の一歩というのは
それくらいエネルギーを使うということです。



僕たちは変化っていうのは
なるべくしたくないという生き物らしいです。



それは変化があると
今までと違ったパターンを
作らなければいけなくなったりとか
そういう面倒くさいことがあってしまいます。



それぐらいだったら
いつもと同じパターンが良いっていう風に
思ってしまうこともあります。



今が不幸で不都合であったとしても
自分を変えて
新しい世界に行くということは
ものすごいエネルギーを使います。



それぐらいだったら今までのパターンで
ちょっとくらい不便があったとしても
ちょっとぐらい不幸であったとしても
そのパターンに留まってしまうっていうことは
よくあることです。



それぐらいその第一歩目ってことは
ものすごいエネルギーを必要とするということを
覚えておいてもいいのかなと思いました。



自分を変えるための第一歩目というのは
清水の舞台から飛び降りるとか
バンジージャンプを飛ぶ
それくらいの思い切りの良さとか
エネルギーを使うことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月07日2020年:9月

自分が変わるための障害として相手の期待がある

今日は自分が変わる時の障害として
相手の期待があるということについて
お話ししようと思います。



僕たちが一念発起して
自分を変えようとするとします
その時に障害となる要因の一つとして
相手の期待を裏切ってしまうのではないのか
ということがあります。



例えば不良の子が
これまでの人生が駄目だということがあると
変わらなきゃて強く思って
勇気を出して真面目になろうと思ったとします。



それでその人が学生だったとしたら
学校に行ってクラスで行ったとしたら
どんな風にクラスの子から思われるでしょうか。



そういう周りの目というのは
すごく気になってしまうと思います
なんでいきなり人が変わったように
真面目になったという
好奇の目で見られてしまうはずです。



これというのはあたりまえで
人ってのは大体
あの人はこういう人だっていうイメージで
見てしまうっていうところがあります。



そのイメージを
裏切ってしまっているわけだから
最初は戸惑うってこともあると思います。



不良だと思ってるイメージの人が
いきなり真面目になってしまうと
自分の中の頭が混乱するというか
イメージと違うものがあると
やっぱり好奇の目で
見てしまうとことがあるのかなと思います。



そういうその周りの目線を
気にしてしまうってことは
自分を変わるための
障害の一つとしてあるのかなと思います。



周りにどんな風に見られてしまうのか
と言うことってのは
やっぱり最初の一歩としては
大きく抵抗としてあります。



仕事場でおいては
頑張っていた人が
いきなり頑張るのをやめて
力を抜いて仕事するようになったとします。



今まで頑張っていたっていうのは
自分の限界を超えて頑張ってしまった
ということがあるので
このままいくと持たなくなってしまう。



それよりも自分のペースでやっていこう
と決断したとします
いきなりそういうことをすると
周りの人達っていうのはどうしたんだ
いきなり何かやる気がなくなって
という風に心配されるかもしれません。



もし上司だったとしたら
あんなに期待をかけていたのに
その期待を裏切るようなことをして
というふうに思われるかもしれません。



そういう周りの人の期待とか
イメージっていうのを裏切るってことは
怖いことなのだろうと思います。



でもそれは最初だけで
だんだんとそのイメージが定着していくと
あいつは変わってしまった
あんな風になってしまったっていう風に
思われると何も言わなくなって
あいつはああいうやつだって風に
イメージが定着していくことでしょう。



そうなるとそんなに周りの目線というのは
気にならなくなると思います
その最初の一歩、第一歩のがやっぱり
そのイメージを変える相手のイメージを
裏切ってしまうてことがあります。



そういうのは自分を変えるための
障害の一つとして
大きくのしかかってしまうのでは
ないのかなと思います。



だから自分を変えるということは
相手の期待を裏切るということも
セットになって付いて来てしまいます。



そういうことも頭に入れておきながら
自分を変えていくということを
チャレンジしていくってことは
とっても大切なのかなと思いました。



今日は自分が変わるときの障害として
相手の期待を裏切ってしまうという
ことについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年09月05日2020年:9月

白黒思考は危険

今日は白黒思考は危険である
ということについてお話ししようと思います。



悩みが多い人の特徴の一つとして
白黒はっきりさせなければいけない
という思いが強い人がいます。



これは良くて、これは悪いという
白黒思考が強い人というのは
苦しむことになってしまうのかなと思います。



自分の中で良い事があって
良いことができないと
罰せなければいけないとか
反省して直さなければいけない
という風になってしまうからです。



悪いことをしてしまって
自分がもし悪いことをしてしまったとしたら
すごい後悔して自分責めることをしてしまいますし
相手が何か罰せられるようなことをしたとしたら
相手は責めて
相手を直さなければいけないっていう風に
修正しようとしてしまうのかなと思います。



そんな感じで白黒でハッキリと
何か物事をしようとする人っていうのは
やっぱり衝突が生まれてしまうし
自分責めとか
その相手を責めてるということも
多くなってしまうのかなと思います。



よくテレビなんかも白黒思考というか
そういう善悪で何でもかんでも
判断しようとしてしまうって
いうところもあるのかなと思います。



テレビというのはなるべく視聴者に
考えるって事をしないようにすることが
特徴付けられています。



考えさせないようにするためには
単純にこれは良いものとか
これは悪いものというものも決めつけて
そのように表現するということです。



今だったらコロナで
なぜそのGOTOキャンペーンを
してしまうのかということを
すごく責め立て
てそんなことはまだ早いっていうことも
あるかもしれませんし



また自粛をなぜしないのだとか
PCR検査をなぜもっとしないのだっていう風に
責め立てて
そうやってそういうもが悪いという風に
決めつけてしまっているところも
あるのかなと思います。



そうやってもっと他にも
色んな事情があるはずなのに
その一部分だけを切り取って
これは悪いことだ
だから直さなければいけないという風に
単純にしていくことで



その視聴者をなるべく考えさせないように
これは善、悪いとか
そういうものを判断をこちらで与えて
考えさせないしていくってことがあります。



だからテレビを見ていくと
どんどんとその考える力っていうのは
失われていって
洗脳されていくっていうことは
あるのかなと思います。



コロナ対策にしても
色んな見方があります
GOTOキャンペーンにしても
色んな見方があって
ひとつの物事、ひとつの視点から見ただけでは
判断できないようなことでも
いろんな角度から検討しなければいけなくて



そういう理由・方向があるはずなのに
そういうのを全部省いて
悪い部分だけをピックアップして
これは駄目だっていうふうに
視聴者に訴えかけようとしまってるところが
あるのかなと思います。



またドラマではその今
すごい人気ある半沢直樹にしても
すごく単純に作られています。



悪人にということは
悪人が一目でわかるようにして
この悪人をとっ捕まえて成敗していく
そしてその悪人が参ったということを見て
僕たちはスッキリするという気持ちに
なるのかなと思います。



そんな感じで半沢直樹にしても
白黒ハッキリしすぎている
というところがあって
それを見て僕たちは
そのスッキリ感というのがあるけど
その深いところまでは
考えないように
なってしまうのかなと思います。



もっともっと別の視点から見ていくと
いろんなその理由とか
いろんなその思いとかあるはずなのに
善悪というのをハッキリ分けて
悪どい人はもうとことん悪どくして
悪人だと一目で分かるようにして
半沢直樹も正義のために骨を折って
そうやって最後には逆転する。



そして悪人は最後は滅びるそういう
ストーリーというのを作られていきます
そういう善悪ハッキリしているものだから
あそこまで人気がでるし
僕たちもスッキリとできるのかなと思います。



でも世の中っていうのは
そんな白黒ハッキリしてるものでもないし
善悪というのもそんな簡単に
決められるものでもないのかなと思います。



良いと思ってるものの中には
やっぱりどこか不都合なところとか
相手によっては間違っていると
思われるところも
含まれているのはあります。



また悪いと思われてるところには
見方によっては良い部分もあるし
ある人にとってはそれが必要だ
というとこもあります。



だから単純にこれが良い
これが悪いなかなか判断できない
というところはあるのかなと思います。



そしてというのを自分の頭で考えて
どうバランスをつけていくのか
ということが大事になってくるはずなのに
でもそういう頭で考えるとか
必要な視点を見ていくってことを省いて
単純にしていくことで
白黒ハッキリさせてしまうっていうところは
あるのかなと思います。



自分の視点だけとか
一般世間の言われる視点だけを見て
これは悪いことだとかそういうのがあって
それで罰するとかそういうのを
判断してしまっているところも
あるのかなと思います。



もっともっといろんな見方があって
白の中にも黒があるし
黒の中にも白があるしっていう
そういうごちゃ混ぜのところから
正解を導いていく
どうバランスをとっていくのかということが
とっても大切になってくるのかなと思います。



白黒ハッキリさせてしまってる人っていうのは
そういうバランスをとっていくとか
善の中にも悪があったりとか
悪の中にも善があるという
そういうところも考えていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



けっして白黒ハッキリさせていくってことが
いいことでもないですし
そういう世界でもないと思います
そんなに白黒ハッキリつくようなものっても
少ないのかなと思います。



ちょうどいいバランスをとっていく
調和をとっていく
お互いが納得できる部分を作っていく
そういうことって
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は白黒思考をしていくってことは
とっても危険なことだということについて
お話しさせていただきました。






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2020年09月03日2020年:9月

光が強くなると闇も強くなる

今日は光が強ければ闇も強くなる
ということについてお話ししようと思います。



ここで言う光というのは
善悪で言う善が強くなると
悪というのも強くなるという例え話です。



善が強いって言うと
学校でも会社でも厳しいところという
イメージがあるのかなと思います。



規則が厳しくて
こうでないといけないっていう
そういうものがたくさんあって
校則も厳しく作られている。



そういうところがあって
悪は絶対許さないという
そういう感じがあるのかなと思います。



そうやって光を強く出せば出すほど
闇の部分というのも
強く出てしまうってことがあります。



校則を強くして良い人間を作ろうとしても
やっぱり人間なので思い通りにはいかないし
できないこともたくさんあるし
校則を破ってしまうっていうことも
あるのかなと思います。



その校則を厳しくしていると
どんどんと排除される人とか
悪人みたいなもので
罰せられる人というものをつくってしまう
原因にもなってしまうのかなと思います。



例えば学校では遅刻をしてはいけない
廊下を走ってはいけない
授業中は黙って先生の言うことを
先生の話す言葉を聞いていないといけない
というそれはとってもいい事であって
悪いことではないと思うんですけど



でもそういうのが強くても
厳しいものがあればあるほど
出来ない人っているのでてきて
そしてそういう人を罰せなければいけない
ということがある



そしたら闇とい部分も
自ずと深くなってしまうっていう
そういう意味合いが取れるのかなと思います。



家庭でも厳しい家庭になると
食事の時でも話してはいけないとか
きちんと背筋を伸ばして
だらけた格好で食べたいけないとか
いろんなそのルールがあると思います。



それは全て良い事ってか
その善であって光であると思います。



でもその光が強ければ強いほど
その出来なかった時っていうのは
闇の部分で罰せられるというものも
厳しくなってしまいます。



そして人間である以上
全て善であるって事も出来ないと思います。



やっぱりだらけてしまう時もありますし
自分勝手で自分のその都合を
優先させてしまう時もあります。



そういう時にあまりもその罰則が厳しいと
取り締まらなければいけないという風に
なってしまいます。



もし光が弱くなったとしたら
その影の部分も弱くなることがあります。



罰則も厳しくするんじゃなくて
曖昧な部分を作っておくとしたら
その分罰せられる人というのも
減っていくのかなと思います。



家庭内でおいても
待っときには食事は楽しくして
背筋もきちんと伸ばしてとか
そんな事をしなくてもすむとか



学校でおいても遅刻をしてはいけないとか
走ってはいけないとか
授業中はちゃんとしてないといけないという
そういうものも必要だけど



時には遅刻をしてしまっても
しょうがない時もあるし
廊下を走ってしまっても
もうそれもしょうがない時もあるし
授業中も先生の言うことをじっと聞いているって事も
なかなか難しい場面もあるかもしれません。



そういう時は肩の力を抜いて
やることも必要です。



そうやって少し光が
弱まることができたとしたら
罰せられる人というのも
減っていくのかなと思います。



ちょうどグレーのような感じで
白が少し黒に入るとしたら
その黒の部分も少し白色が混ざって
曖昧になっていく。



そうやって善悪というのも
曖昧になっていくから
罰せられる人っていうのも
少なくなっていきます。



そうなると自ずと闇の部分っていうの
も少なくなって薄れていくのかなと思います。



光が強くて人間はこうしなければいけない
善の部分だけを表現しなければいけない
態度で表さなければいけない
ということをしていくと
おのずと闇の部分っていう
そういうできないかった時に罰せられる人とか
罪深い人っていうのを作ってしまいます。



なので家庭においても
仕事においても
学校においても
なるべく善というものを減らして
少し緩めていけると
ちょっとは楽に生きていけるのかなと思います。



ただここで緩めすぎると
それはそれで問題になってしまう
ということがあるので
そのバランスってものも
とっても難しいものなのかなと思います。



白黒はっきりしすぎて
強めすぎてもダメだし
かといって緩めすぎてもダメ
ということがあります。



ただここでは
光が強くなればなるほど
闇の部分も強く出てしまう
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2020年08月31日2020年:8月

成長は螺旋階段のように上っていく

今日は成長は螺旋階段のように上っていく
ということについてお話ししようと思います。



僕たち人間の成長というのは
一直線にこう行くということではないっ
ていうのは皆さんご存知だと思います。



よくあるのが波を打って行ったり来たり
3歩進んで2歩下がるというような感じで
ちょっとずつ進んでいくっていう
そういう表現の仕方もあるかもしれません。



でも僕がいいなと思っている
その考え方っていうのは
そう螺旋階段のように
少し同じことを繰り返しながらも
少しずつ少しずつ上がっていく
という考え方です。



僕たちってやっぱりどんなに
何か勉強してやったとしても
心を入れ替えたとしても
結局はまた同じことを繰り返してしまう
ていうか同じようなパターンに
ハマってしまうっていうところも
あるのかなと思います。



いろいろとやったけど
やっぱり最初に戻って
向上していないなと思ってしまうところも
あるかもしれません。



そうやって、いろんな経験を積んだけど
なんか結局戻ってみると
最初とあまり変わってなかったなという風に
感じてしまうっていうところも
あるかもしれません。



でもそうやって人間の向上っていうのは
いろんな経験を積みながら
いろんなことを試しながらも
やっぱり最初に戻ってしまう



でも最初に戻った時にも
ほんのちょっとでもいいから
上に上がっていくっていうか
何かできてるところがあるかもしれませんし
気づけるところもあるかもしれません。



そういうのがあって
周り回ってほんのちょっとのところの
成長があるって言う。



そういうことをしながら
成長っていうのをしていくのかなと思います。



くるくると同じ所に行きながらも
ほんのちょっとずつやって進んでいく
ていうことを繰り返しながら
成長していってるのかなと思います。



でこの螺旋なんですけど
大きな螺旋と小さな螺旋というのも
あるのかなと思います。



日々の一日の中でも
ちっちゃな螺旋として
あっ自分でこんなことをやってしまった
でもこういうことを気をつけようと思って
あっまた同じことを繰り返してしまったっていう
そういう一日とか一週間単位の
そういう小さな螺旋ということも
あると思います。



大きな単位で一年ぐらいのなんか
いろんな経験をしてやってきたけど
やっぱりなんか同じところを行ってしまって
去年と同じようなことをしてしまっている
というところもあるのかなと思います。



でも最初のところよりは
ほんの少し違いがあって
その違いが自分の中の成長につながっている
という所があるのかなと思います。



そんな感じで
僕たちの成長っていうのは
一直線にこうってなんかよ
横伸びに行けたら
問題はないかもしれませんけど
そんな簡単には
成長なんてしていく事って出来ません。



やっぱりいろんな経験を積んでも
同じことを繰り返してしまうかもしれませんし
同じ失敗をしてしまうかもしれませんし
何か変わったなと思ったとしても
その全然本質は変わってなくって
同じところをぐるぐるしているだけって
いうこともあるかもしれません。



でも、それが本当の人間なのかなと思います
そういう事を同じものを繰り返しながらも
ほんのちょっとでもいいから上に行く
ほんのちょっとしか上に行けない
ていうこともあるのかなと思います。



そうやって人間の成長ってのは
もうグルグル繰り返ししながらの
成長なんだっていうことを
頭に入れといておくと
少し楽になるのかなと思います。



この一直線にすんなりと行くということは
絶対にないです。



こう波を打って同じことってか
その3歩進んで2歩下がるっていう
そういう考え方もいいかもしませんけど



僕の気に入ってる考え方としては
やっぱり螺旋階段のように
少しずつ少しずつ上に伸びていく
同じことを繰り返しながら
同じ失敗をしながら上に行くっていう
そういう考え方が僕は気に入ってるので
そういう風にとっています。



僕も思えばいろんな経験を積んで
いろんなことを学んで
成長したなと思うことがありますけど



でもやっぱりなんか気が付いた時には
同じことを繰り返していたなと
思う時もありますし
ふとした時には
前と全然変わっていないなって
いうところもあります。



でもほんのちょっとだけでもいいから
成長していく
その部分っていうのはあると思いますので
そういうのを繰り返しながら
ちょっとずつでも成長していけると
いいなと思います。



人間の成長っていうのは
螺旋のように伸びていくということについて
今日はお話させていただきました。



ありがとうございました。





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2020年08月29日2020年:8月

納得しなければ動けない

今日は納得しなければ動けない
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは何か行動を起こす時に
こうしたほうがいいってわかっていても
できないことがあります。



頭ではこれがいいって
わかっているはずなのに
でもやる気が出ないということは
みなさんも経験あるのかなと思います。



それは頭では良いとわかっていても
心では納得していないことが
大きいのかなと思います。



本音ではやりたくないとか
やってたまるものかという
なんか反発精神みたいなものも
あるのかもしれません。



特に誰かにこうした方がいいって
言われた時などは
頭よりも感情の方が先に動いてしまいます。



あの嫌な人に言われたから
ということもあるかもしれませんし
今やろうと思っていたところなのに
それなのに言われてしまって
逆にやる気をなくしてしまった。



ということもあるかもしれません
それに言い方も
嫌な言い方をされたからやる気が失せた
ということもあるかもしれません。



こんな風に心がどう感じているのか
それによってやる気っていうのは
大きく変わっていってしまう
っていうところがあります。



心がモヤモヤした状態とか
納得していない状態があると
やる気を出そうにも
なぜかやる気が出なくなるとか
逆にその反発精神になって
もうやってやるものかっていう風に
思ってしまうこともあるのです。



そういう時は
頭でこれをやらなきゃって思って
無理をするよりも
心を納得させていくっていうことが
大事になってきます。



心の中では何を不満に思っているのか
ということを探っていくってことは必要です。



言われ方がきつかったからなのか
言う人が嫌いな人だったからなのか



上から一方的に言われて
自分の意見を
全然聞いてくれなかったからなのか



やるのが単にめんどくさいっていう気持ちも
起こるからなのか



だいたい、やるメリットっていうのを
感じていないからなのか



というふうな感じで
いろいろと心の中では
モヤモヤした部分があるかもしれません。



そういうのを
丁寧に拾っていくっていうことは
とっても大事です。



そういうのしていかないと
頭ではこうしようと思っていても
心や感情が逆の方向を向いているとしたら
できなくなってしまいます。



心の世界では頭よりも心の方が
大きな力を持っています
いくら頭でどうこうしようと思っても
心がやる気がなかったり
納得していなかったら
体っていうのは動かないものです。



やっぱり頭で何かしようとするよりも
感情を先に納得させていくっていうことは
とっても大切なことです。



そういう心を丁寧に聞いていく
扱っていくということをしていくと
心と頭が一致して
その時に大きな力というのが
出てくることでしょう。



決して頭だけで何かしようとか
これがいいからやらなければて思っていても
できなくなってしまうことがあります。



感情が納得して
初めて行動に移せるっていう事があるので
頭だけでなくて
感情の部分というのを
大事にしていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は納得しなければ動けない
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年08月26日2020年:8月

妄想は現実よりも恐ろしい!

今日は妄想は現実よりも恐ろしい
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは恐怖というものを
感じると思いますが
実際に何か起こったということよりも
悪いことが起きそうという
不安からくる恐怖の方が大きいというものがあります。



例えば誰かに嫌われたということよりも
嫌われるのではないのか?
嫌われたのではないのか?という
そういう憶測で考えてる時の方が
ダメージは大きいと思います。



実際に相手から嫌われた
ということが起こると
それはそれでショックかもしれませんけど
でもそんなにたいしたことではなかった
という風に思うかもしれません。



それよりも嫌われるかもしれないとか
あんな事したからあの人は
どう思ってるだろうと
そういう風に思ってる時って
嫌われてしまったのかもしれないという
そういう妄想でグルグルしてる時の方が
ダメージっていうのは大きいと思います。



会社でも仕事でミスをして
怒られたっていうことも
大きくショックかもしれませんけど
こんなことして
ミスしてしまうのではないかとか
上司から怒られてしまうのではないのか
と思っている時の方がダメージっていうのは
大きいのかなと思います。



それは現実で起こる事っていうのは
起こってしまえば
それまでで一回で済みますけど
妄想の世界では
何回も何回も繰り返し再生させて
そのたびに痛みを覚えてしまうということがあります。



その悩んでる時というのは
何十回もシュミレーションして
そのたびに傷ついてしまっている
ということがあります。



また妄想の世界では
現実で何か起こることよりも
何十倍も大きくしてしまう
というところがあります。



妄想の世界では
無限に広がりを見せてしまうからです。



現実の世界では1だったとしても
妄想の世界では5とか10くらい
大きくしてしまうってことがあります。



こんなことを現実では起こらないだろうって
思ってしまうようなことでも
妄想の世界ではもしかして起こるかもしれない
というふうに考えてしまって
そしてそのダメージが
体に頭にのしかかってくるわけです。



心配事の9割は起こらない
ていう人もいますが
まさに自分で勝手に妄想として
大きくしてしまって
しかもそれを何回も何回も
繰り返ししてしまうことで
僕たちは大きなダメージを
与えられてしまうのです。



みんなから嫌われてる
嫌われてしまうのではないかいうのは
ほとんどが勘違いである場合があって
全然そんなことも思ってないのに
自分は勝手に妄想して
ちょっとした相手の言動を見て判断してしまって
そしてそれをどんどんと大きくしてしまう
っていう被害妄想もあります。



それは誰でも経験していること
なのかなと思います。



実際に相手に聞いてみると
相手は全然そんなこと思っていなかった
ただ自分の中で嫌われるとか
嫌われたんじゃないのか
ということを大きくしてしまう。



それが夜寝る前とか
何かぼーっとしてる時に
繰り返し繰り返し
頭の中で再生してしまう
そのたびに心っていうのは
痛みを覚えるわけだから
辛くなって当然なのかなと思います。



そんな感じで
妄想の世界っていうのは
現実の世界よりも
ダメージが大きくなってしまうし
それは恐ろしいことなのかなと思います。



心の世界では無限に広がりますし
しかも何回も何回も再生させてしまう
そういうことがあるっていうのを
少し注意して妄想を少しでもやめていけると
いいのかなと思いました。



実際に現実に起こるということは
その妄想の1/10ぐらい
という風にしか起こらない
というふうに考えても
いいのではないのかなと思います。



今日は妄想は現実よりも恐ろしい
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年08月24日2020年:8月

ZOOM企画 終了

昨日はZOOM飲み会を
無事に終了することができました。
僕を含めて6人の参加者です。
早く退席される人や遅くに参加される人など
出入りがあって6人そろうことはなかったです。
 
 
 
それぞれの都合の良い時間に
出たり入ったりでゆるく
やっていこうと思っていますからね。
 
 
 
普段の生活では話ができないような
悩みや心理系の話もできるので
僕にとっては貴重な場所です。
また、僕だけでなくて
他の人たちにとっても
良い場所で会ってほしいなと思っています。
 
  
 
昨日は今流行っているコミュニティーつくりの
現状についてとか
それぞれの関心ごとなどについて
話をすることができました。
 
 
 
みんな言わないだけで自分の意見を持っていて
話し出すと良いなと思うことが
どんどんと出てきます。
 
 
 
そして、最終的にはどう生きていきたいのか?
ということについて
お互いに考えていけたらと思っています。
 
 
 
また、少しずつ仲間意識も作れて
お互いのことも知ってきました。
気軽に相談できるような仲に
なってこれているのかなと思います。
 
  
 
今はつながりが作りにくいと思います。
何もしないと社会人になってから
友達つくりは難しいです。
でも、人間は一人では生きていけないし
気の置ける仲間の存在は欠かせないと思います。
 
 
 
そういう一人で抱え込まないようにする
つながりを作れる場所としても
これから続けていこうと思っています。
  
 
 
次回は
9月11日(金)20時から
開催する予定です。
 
  
 
もし、興味がある人は参加してくださいね。 
 
 
 
ありがとうございました。





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2020年08月22日2020年:8月

人生は短距離走ではなくて長距離走

今日は人生というのは短距離走ではなくて
長距離走ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングに来られる人の中では
自分の力を120%くらいまで出して頑張り続けて
でもその頑張り続けていくってことはもつわけもなしに
その頑張りが仇となって
エネルギー切れを起こしてしまって
動けなくなってしまったという人がおられます。



それはうつ病の人もなりやすい人も
いるのかなと思います
うつ病の人も頑張ってしまう癖
というのがあって



自分の限界以上のことをしてしまって
それをずっと続けようとして
しまいにエネルギー不足になって
動けなくなってしまった
ということもあるのかなと思います。



会社でも常に頑張り続けて
夜遅くまで仕事をして
寝る時間もほとんどない
休日も仕事をして
いつ休んでるのかと思うぐらい
そういうふうに仕事してしまっている
という人がいるかもしれません。



そういう人も短期の間だけだったら
そういうのはできるかもしれません
でもそれをずっと続けようとするってことは
やっぱりできないのかなと思います。



そんな120%の力を
ずっと出し続けることなんて
不可能だと思います。



どっかでエネルギー切れを
起こしてしまいます
そうやってエネルギー切れを
起こしてしまった時というのは大変で
今までのツケを支払ってればいけません。



回復していくまでに
相当時間がかかってしまう
という場合もあります。



本人としては120%の力を出してるつもりは
ないのかもしれませんけど
いつのまにか頑張り続ける癖ってのがあって
自分の限界以上の力を
発揮しようとしてしまって
そしてそれを続けようとしてしまっている
というところもあるのかなと思います。



そういう何か自分の人生の中で
焦りとかそういうことがあると
自分の限界を超えて頑張ってしまう
というところもあるのかなと思います。



そんな頑張り続けるということよりも
80%の力を出して
長くやっていくということが
求められているのかなと思います。



人生っていうのは短距離走でなくて
もしかしたら100年ぐらい
生きていかなければいけない
ということもあるかもしれません。



そんな100年時代の人生を生きていくためには
時には頑張るということも
必要かもしれませんけど
やっぱり80%ぐらいの
長距離走を走るような感じで



そんなに短期間に一気に進む
っていうわけではないですけど
確実に一歩一歩進んでいく
遅いかもしれませんけど
そういうことをしていく方が
より長く多く進めるって事も
あるのかなと思います。



そうやって何か生き急ぐ
生き急いで自分の力を120%まで出して
頑張り続けて
そしてしまいにはエネルギー切れを
起こしてしまったり
体を壊してしまったりすることよりも



80%とか、もしかしたら60%くらいの
力でもいいから
ちょっとずつ前に進んでいくということが
いいのかなと思います。



特に焦りとかそういうことがあると
ついつい頑張ってしまうということがあるので
そういう時こそ
少し物足りないと思うぐらいで
止めておくことは必要なのかなと思います。



そしてゆっくりと休養取ったりとか
自分の趣味とか楽しいことをして
自分の休養とか
そのエネルギーを補充していくということは
とっても大切なことなのかなと思います。



人生っていうのは本当に短いようで長いし
長いようで短いということがあって
やっぱり行き急ぐことも
ないのかなと思います。



そんなに慌てて頑張らなくてもいいし
成果をあげなくてもいいし
成長しなくてもいいのかなと思います。



一歩一歩小さな歩みかもしれませんけど
確実に進んでいく
そしてその積み重ねていく方が
よっぽど多く長く行くことが
できるのかなと思います。



決して焦らないで
120%の力をずっと出しつけようとしないで
ゆっくりと歩んでいきましょう。



今日は人生は短距離走ではなくて
長距離走だということについて
話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2020年08月19日2020年:8月

人間関係の問題は半分自分、半分相手の責任

今日は人間関係の問題は
半分自分、半分相手の責任
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは何か人間関係で
トラブルや嫌なことがあると
相手が悪い、なんでそんなことを言うのか
すぐ怒るし、そんなふうに思って
相手を責めてしまうっていうところが
あるのかなと思います。



確かに相手も悪いところは
あると思いますけど
でも全てが相手が悪くて
自分は悪くない!
相手の責任だってしてしまうのも
それはそれでちょっとおかしいなもの
おかしなことになってしまうのかなと思います。



自分にも何か原因があったのではないか
自分にも何か振り返って
こうしなければいけなかったものが
あったのではないかということを
振り返る事っていうのは
とっても大切なことなのかなと思います。



全てあの上司が悪いとか
あの親が悪い、部下が悪いと
責任が全て相手にあると思って
相手を責めたばっかりいても
何の問題も解決していかない
というところはあると思います。



相手も悪いかもしれませんけど
自分にも何かなすべきものがあった
という事を振り返って
改善していくことで
その人間関係の問題っていうのは
解決していくってことはあると思います。



それと同じような感じで
全く逆なんですけど
相手が悪くなくて
自分が全て悪いんだって
すぐに自分を責めてしまうっていう人もいます。



何か相手が機嫌が悪かったとしても
自分が何かしたから
相手が機嫌が悪くなったのであって
それは全て自分の責任だっていう風に
何でもかんでも自分が悪いというふうに
思ってしまう人もいます。



そうやって自分が悪いって思ってしまうと
すごく心が余裕がなくなって
辛くなってしまいます。



自分を責めているだけでは
それもまた問題っていうのは
なかなか解決していかないのかなと思います。



そういう時は相手にも問題がある
相手にも責任があって
自分が全て悪いわけではないのだ
という風に思う事っていうのも
大切になってくるのかなと思います。



自分ばかり責めてしまっていても
すごく辛くなってしまって
問題を解決していこうという意欲っていうのも
なくなってしまうかもしれません。



相手にも何か悪いとこが
あるのだっていう風に思うこと
相手にも責任があるのだ
という風に思う事っていうのも
必要になってくるってことはあります。



こういうのはバランスの問題であって
相手ばかり責めている人がいたとしたら
少し自分にも何か責任があったり
何か問題があったり
することがあるかもしれないから
振り返っていきましょう。



という風に言う時もありますし
相手に責任がなくて
全て自分が悪いと思ってる人に対しては
自分ばかりに責任があるわけでもなくて
相手にも責任がある場合もあります。



だから自分が悪い
というところもあるかもしれないけど
相手にも悪いとこがあるから
自分ばかり責めているんじゃなくて
相手のせいにする時も必要である
ということを言う時もあります。



これはバランスの問題で
半分は自分、半分は相手て風に
バランスよく
責任を持つことができたとしたら
問題がすんなりと
解決していきやすいのかなと思います。



たぶんカウンセリングに来られる人とか
こういう動画を見ておられる人っていうのは
自分を責めてしまう
っていうことが多いのかなと思います。



相手を責めるとか
相手に原因があるっていうことには
抵抗があって
自分に原因あったり
自分が悪いんだっていうふうに
思ってしまう癖を持ってる人が
多いのではないのかなと思います。



そういう人は
相手の責任だって思うことってのは
すごく勇気がいることかもしれませんけど
自分だけ責めていたとしても
それは何の解決にもなっていかないです。



相手が機嫌が悪いのは
自分の責任だって
思っているかもしれませんけど
それはただ単に相手が機嫌が悪いのは
何か別なところで
イラつくようなことがあったり
全然自分とは関係ないところで
機嫌が悪くなって
たまたまそこに自分が居合わせて
そういう機嫌が悪さというのは
自分に降りかかっているだけって
いうこともあるかもしません。



そういう時に自分が悪くて
自分に何か原因があったのだっていう風に
思ってしまっても
何の解決にもなっていかないと思います。



相手の機嫌が悪いのは自分のせいではない
それは相手の問題であって
自分に解決するという事は
それは考えなくてもいいっていうこともあると思います。



そんな感じで相手ばかり責めてもダメだし
自分ばかり責めてもダメ
人間関係の問題っていうのは
半分は自分にあるけど
半分は相手にもあるということを
覚えておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。





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2020年08月16日2020年:8月

対話は勝ち負けではない

今日は対話は勝ち負けではない
ということについて
お話ししようと思います。



この世界にはいろんな人がいて
いろんな意見を持ってます
自分の意見と同じような人もいれば
自分の意見とは違う
という人もいるはずです。



そういう自分の意見と違う人と
一緒に過ごさなければいけなくなった時に
どうしていくのかと言うと
対話でお互いに向き合うことによって
解決していこうとすることが多いと思います。



でもその対話ですけど
よくあるのが
どっちの方が良いのか
どっちが正しいのか
どっちの意見をとるのかということで
解決しようとすることが多いと思います。



でもこういう方法というのは
もめ事が多いと思います
自分の意見が通って自分が勝つのか
相手の意見が通って自分が負けるのか
そういう勝ち負けや
白黒で判断してしまうということがあると
不満とかそういうものが
残ってしまうのかなと思います。



自分の意見が通って自分が勝ったとしても
相手は負けたのだから不満が残って
もしかしたら仕返しされるかもしれませんし
相手のモチベーションも落ちて
それが結局自分に跳ね返ってくる
ということもあるかもしれません。



また自分の意見が通らなくて
相手の意見が通った時
やっぱり自分の中でも
モヤモヤとした不満が残るはずです。



そうやって相手の意見が通るのか
自分の意見が通るのか
ということで判断してしまうと
どうしても勝ち負けになってしまって
お互い不満が残るとか
お互い負けてしまうっていう結果に
つながってしまうこともあるのかなと思います。



それよりも白か黒か
勝つのか負けるのかではなくて
グレーを見つけていく
お互いの妥協点を見つけていく
っていうことが大切になってきます。



グレーというのは
白でも黒でもないけど
黒も含んでるし白も含んでる
そういうものです。



これって言うのは自分の意見も含んでいるし
相手の意見も含んでる
でも自分の意見でもないし
相手の意見でもない
第三の意見ということにもなります。



そういうお互いの納得する点を
見つけていくということが
とっても大事なことです。



でもこのお互いの納得する点を
見つけていくっていうのは
すごく面倒くさいものです
自分の意見を通した方が
楽ってことはあります。



自分が正しいから
自分の方が良いかなと思って
自分を押し通してしまうほうが
面倒くさい話し合いをする必要もないし
そうやってやった方が
時間も省けるって事があります。



でもそれでは結局、勝ち負けに繋がって
お互いが良い関係にもならないのかな
というのはあります。



お互いが納得する点を見つけていく
これは時間がかかるかもしれませんし
一回ではそういう
お互いの納得する点っていうのは
見つけられないかもしれません。



でもそうやって
お互いが妥協する点を見つけていく
そういうことが対話の役割なのかなと思います。



夫婦なんかでも家事をするのに
奥さんとしては
家事を手伝ってほしいと思ってるし
旦那さんとしては仕事で疲れているから
家事はあまりやりたくない
という風に思ってると思います。



これで家事をするのかしないのか
と言うところで行くと
家事をしないでなると
旦那さんは楽だけど
奥さんの方は不満が残って
モヤモヤしたものが結局違うところで
自分に跳ね返ってくる
ということもあるかもしれません。



また家事をするってことになったとしたら
自分が不満が残るので
やっぱりモヤモヤして
納得できないってことになるかもしれません。



そういう家事をするのか、しないのかって
いうことよりも
どのように家事を分担していくのかとか
この日だけ家事をして
この日はしないのか



例えば土日の休みの日だけして
平日の仕事がある日はしないとか
この簡単なものだったらできるけど
難しいものはしないとか
そういうお互いの納得する妥協点
というのを見つけていくということは
とっても大事です。



お互い100%まではいかないけど
大体50%とか60%とか
まあこの点だったら
妥協しても大丈夫だろうという



そういう妥協点をお互い見つけていって
ちょうど良いところに落とし込んでいく
そういうことをしていくってことは
とっても大事なことです。



そうやってやっていくことで
勝ち負けではなくて
お互いが納得してやっていくことで
解決していくってことがあります。



そういう風に
僕たちは何か相手と違った意見をもった時に
勝ち負けで判断しようとするのではなくて
お互いの納得する妥協点を見つけていきながら
お互いがちょうどいい点を見つけていく
っていうことそれが対話の役割です。



そういう風にして
グレーゾーン白でも黒でもない
でも白も混んでるし黒も含んでる
第三の意見を作っていくってことは
とっても大事なことです。



今日は対話っていうのは勝ち負けではない
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年08月10日2020年:8月

相手のことは聞かなければ分からない!

今日は相手のことは聞かなければわからない
ということについてお話ししようと思います。



相手の気持ちや
相手が何を考えているのかというのは
僕たちでは絶対に分からないと思います。



でも分からないけど
何かあった時に僕たちは
相手の気持ちを憶測で
判断しようとしてしまうっていうことは
多いのかなと思います。



特に不機嫌になっている人を見たら
あの人はこんな理由で
不機嫌になって怒っているはずだというのを
勝手に決めつけて
判断してしまうことがあると思います。



また何か相手のちょっとした言動が
なんか自分に対して冷たくしているような
気持ちになった時に
ああ私ってあの人に嫌われたかも
という風に勝手に判断してしまうってことも
あるのかなと思います。



そうやって憶測で判断して
自分は相手に嫌われたんじゃないかとか
自分は相手のことをこんな理由で
怒らせてしまったのではないのか
というふうに思って
悶々とした日々を送ってしまう
ということもあるのかなと思います。



そういうなんか悶々とした
本当はそうかもしれないし
そうじゃないかもしれないっていう
そういう状態っていうのは
人ってとっても苦しくなってしまうはずです。



どっちか分かってしまうと
対処も出来るんですけど
でもこうかもしれないし
そうじゃないかもしれないっていう
そういうどっちつかずの状態っていうのは
気持ちも不安定になってしまいます。



そういう悶々とした日々っていうのは
早く解消されると心もスッキリとして
また次に進めるのかなと思います。



そういう時って
やっぱり相手に聞くっていうことが
一番の解決方法だと思います。



大体自分の憶測っていうのは
間違ってることっていうのは
ほとんどなのではないのでしょうか?



自分が勝手にこうだと
思い込んでいることっていうのは
大体が外れていて
見当違いというのは多くあります。



不機嫌になってるって言うのは
自分のせいではないし
嫌われてるかなと思ったのに
それは相手がちょっと考え事をしてただけで
全然嫌ってないっていうことも多くあります。



それはただ自分の勝手な憶測で
判断してしまったっていうだけであって
全然それは相手がそう思ってたって
ことはではないということがあります。



そんな感じで
自分が勝手に相手のことを判断してしまう
ということはとても危険であるし
自分の中でも苦しみを生んでしまう
原因なのかなと思います。



でも相手の気持ちを聞くっていうのは
すごく勇気がいることなのかなと思います
不機嫌な人に対して
私が何か不機嫌なことをしましたか?
というのを聞くっていうのは
なかなかそんな聞けないと思います。



やっぱり聞けずに自分の憶測で判断してしまう
ということをよく取ってしまうと思います。



また相手から嫌われたと思って
そういう人に対して
私のことを嫌ってるっていう風に
聞くのっていうのは
それも難しいことなのでしょう。



聞くってのは結構勇気がいることですけど
だからこそ聞いた後っていうのは
問題はすぐに解決していきます。



悶々と相手は本当はこう思ってるはず
でも違うかもしれない
いやそう思ってるに違いないっていう
どっちつかずの状態でいるところから
たった一言聞くっていうだけで
スッキリと解決してしまいます。



相手の気持ちっていうのは
僕たちが想像しているのとは全然違う
ということはもう多々あるので
自分の勝手な憶測で判断していても
それは間違っています。



相手の気持ちっていうのは
僕たちが理解する事っていうのは
できないのでしょう。



だから聞かなければわからない
相手のことでわからないことは
聞くということは
とっても大切なことなのかなと思いました。



相手の気持ちを勝手に
憶測で判断しようとしない
勇気を持って聞く
それだけで心って悶々とした状態から
スッキリとした状態にいけるのかなと思います。



とっても難しいことですけど
相手の気持ちというのは
大体自分が思ってるのとは
全く違うところにあるので
そういうのを知っておくだけでも
また違うのかなと思いました。



今日は相手の気持ちは聞かなければわからない
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年08月07日2020年:8月

言葉で言わなければ伝わらない

今日は言葉で言わなければ伝わらない
ということについてお話ししようと思います。



僕たち日本人は他の国の人と比べても
察するということが得意な
民族ではないのかなと思います。



自分の気持ちっていうのを
表現することは苦手で
でも相手に何か汲み取って欲しいとか
察して欲しいって思ってしまうところが
あるのかなと思います。



自分の本音とか何か言いたい事っていうのを
言わなくても伝わるだろうっていう
そういう期待を込めてしまうってことが
あるのかなと思います。



それはとっても素晴らしい文化では
あるかもしれませんけど
でもそれが行き過ぎてしまうと
問題っていうのも
大きくなってしまうのかなと思います。



~してほしいとか
こんなことをされて嫌だったという
そういう本音っていうのは
伝えなければなかなか相手に伝わらないって
いうことはあります。



相手に伝えようとする時に
そういう嫌な事っていうのを言うのは
ちょっと抵抗があるから言わずに
態度で示してしまうってことが
あるのかなと思います。



ムスッとした態度を取ってしまったり
不機嫌になってしまったり
拗ねてしまったり
そういう態度をとることで
私はあなたにこういうことを
伝えたいんだっていう
無言のメッセージを発してしまうってことは
誰にでも経験があるのかなと思います。



僕もすぐにそういうふうに
自分の伝えたいことを伝えようとせずに
態度で表そうとしてしまうってことはあります。



それで態度に出した時に
相手にそれが伝わるかって言うと
大体伝わらないことが多いと思います。



伝わらないのでもっと不機嫌になったり
もっとムスッとした態度になって
しまいにはあいつは空気が読めない奴だとか
勝手に責めてしまうってこともあるのかなと思います。



口に出して本当はしてほしかったとか
本当はこれが嫌だったというのを言えば
それで済むはずなのに
でもそれを言うのはためらうから
だから態度でこういう察してほしい
ということをしてしまうのかなと思います。



でもそれ言ってるのは問題をややこしくし
てしまうっていう原因に
なってしまうことが多いです。



やっぱり言葉にして伝える
ということが一番だし
そうしてやっていかないと
誤解というのは生まれてくるはずです。



例えば奥さんが
旦那さんに家事を手伝って欲しいと思っています
でも手伝ってほしいというのを口に出して
言うのはちょっと抵抗がある



そうしたら旦那さんの目の前で
バタバタと忙しくして
私はこんなになんか大変な家事を
してるんだっていう風に
アピールをしてしまうかもしれません。



そうやってその忙しそうにしている
奥さんを見て旦那さんが
忙しいんだったら手伝ってあげようかって
いうふうに思えれば問題はないのかもしれませんけど



大体はそうやってバタバタされると
そんな自分の目の前でバタバタして
もっと向こう行ってやればいいのにとか
そんなになんか不機嫌にするんだったら
やめとけばいいのにっていう風に
逆のことが伝わってしまうということが
あるのかなと思います。



とてもそんな手伝うということよりは
その相手の不機嫌とか
忙しそうにしている姿を見て
だいたい旦那さんも
イラッときてしまうのかなと思います。



そうなるとお互いが
自分の気持ちが伝わずにいるので
揉め事の原因になってしまう
ということはあると思います。



そうじゃなくて
奥さんも素直に家事を手伝ってほしいて
旦那さんに言うとか
そういうことができたとしたら



態度で示そうとせずに
バタバタと旦那さんの目の前で
何かしようとせずに
不機嫌な態度に出そうとせずに
済むのかなと思います。



そういうたった一言でいいので
手伝ってほしいということを言うことが
できたとしたら
揉め事っていうのは
減っていくのかなと思います。



でもその一言っていうのは
勇気がいることがあって
そういう自分の弱さを見せるとか
自分の何か嫌なことを見せるとか
何かその相手に対して
マイナスになるようなことを伝えるというのは
とても勇気がいることなのかなと思います。



断れたらどうしようとか
いろんなことを考えてしまうと思います。



だから態度で示して
相手に察してほしいと思って
態度で伝えようとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



自分の嫌なことを言わずに
伝えようとする
でもそれはだいたい伝わらなくて
揉め事になってしまうことが多いです。



言わなければ自分の気持ちっていうのは
相手に伝わるってことは
ないのかなと思います。



そうやって自分の本音とか
ちょっと嫌なことを言うのを伝えるってことは
とっても大切なことなのかなと思います。



最初はそれで
お互い嫌な気持ちになるかもしれませんけど
態度で察してほしいでするよりは
よっぽど問題っていうのは少なくなるし
揉め事っていうのも
少なくなるのかなと思います。



察してほしいでは伝わらない
言葉で自分の気持ちを言わなければ
決して相手には伝わらないということは
とっても大切なことだなと思いました。



ありがとうございました。





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2020年08月05日2020年:8月

分かってもらえないつらさ

今日はわかってもらえない辛さ
ということについて
お話ししようと思います。



以前に愛の定義というのは
関心を持つことという話を
させて頂いた時があると思います。



では関心を持つことは
どういうことなのかと言うと
相手のことを理解しようとすること
ということだったと思います。



僕達ってのは何かあった時に
わかってほしいという思いは
強い欲求としてずっとあるのかなと思います。



嬉しい時・悲しい時というのは
誰かにこの喜びとか
この悲しみというのを
誰かに聞いてほしいっていう
それは強い思いっていうのが出てくると思います。



嬉しい時に一緒に喜んでくれる人がいたとしたら
それだけで喜びってのは
大きくなって倍以上になるかもしれません。



一人で賞を取って実感するよりも
周りの人から喜んでもらった方が
その何か賞を取った時に
出る喜びというのは大きいはずです。



悲しい時でも一人で悲しんでる時よりも
周りの人に悲しみを共感してもらえた時の方は
悲しみってのは半分以下になっているかもしれません。



そんな感じで僕たちは
何か分かってもらえたということがあると
喜びなら大きくなるし
悲しみなら小さくなるということがあります。



そして大事なのは
わかってもらえなかった時ということがあると
僕たちはとっても辛く心に
響いてしまうってことがあります。



嬉しかった時に
こういうことを分かってもらおうとして
誰かに話を持ちかけたとしても
軽くあしらわれてしまったという経験は
誰もが持ってることなのかなと思います。



その時っていうのは
せっかくこうやって喜びを
分かち合って欲しいと思ってるのに
軽くあしらわれたら
なんかすごく嫌な気持ちになってもう腹立つし
残念がってしまうってことはあると思います。



悲しい時とか苦しい時なんかも
誰かにこの苦しみを聞いて欲しいと思って
その話をしようとしても
ろくに話を聞いてくれなかったとしたら
その逆に余計に苦しくなってしまうって
ことがあるのかもしれません。



こうやって、わかってもらえないという
苦しみってのは僕たちの中でとっても強い
感情なのかなと思います。



お母さんに聞いてほしいというお子さんがいて
そのお子さんがお母さんが忙しいからと言って
ろくに聞いてくれなかったとしたら
子供さんは一人で抱え込むしかなくなってしまいます。



そうなると自分のことを
お母さんは愛していないんだ
という風に誤解するかもしれません。



本当はそうではなかったとしても
ただ忙しくて話を聞けなかっただけかもしれませんけど
子供さんとしては今日こんなことがあった
こういう嬉しいことがあった
こんな悲しいことがあったって
いうことを聞いてくれなかったとしたら
それは自分なんてどうでもいい存在なんだって
という風に誤解してしまうかもしれません。



それぐらい相手の話を聞くとか
分かってもらう分かってもらえたっていう感情
というのは大きなものです。



それで分かってもらえないからこそ
その苦しみを倍以上に膨らませて
もしかしたら分かってもらうために
病気まで作り出すってこともあると思います。



僕はこんなに苦しいんだっていうことを
分かってもらうために
大きく大きく膨らませて
そしてしまいには病気までも作り出す
なんていうことがあったら
とっても残念なことだと思います。



それよりも苦しみが小さなうち
から理解してくれて
分かってもらうことができたとしたら
苦しみを大きくする必要もないし
逆に苦しみっていうのは小さくなって
もしかしたらその問題っていうのも
そんなに感じなくなってしまう
ということもあるかもしれません。



それくらい相手のことを
わかることは大事ですし
分かってもらえなかったっていう
その辛さっていうのは
人間としては大きなものがあるんです。



カウンセリングでは
聞くことを重点としているって事は
相手の苦しみというの共感して
分かるということを優先にしています。



それはそれくらい分かる
分かってもらうことが
大きなことだっていうことがあるからです。



人の話をおろそかに聞いて
しまっていることがあったとしたら
それは注意しなければいけないもの
なのかなと思います。



お母さんとしても
忙しいのはあると思いますけど
でもお子さんが何か話を聞いてほしいと
している時っていうのはそれは重要なサインで
もしその話をおろそかにしてしまったとしたら
そのお子さんとしては自分の存在そのものを
否定されてるような感じに受け取ってしまうしませんし



そうじゃなくても苦しみっていうのは
倍以上に膨らんでしまうかもしれません。
喜びとしても一緒にお母さんが喜んでくれないとしたら
その喜びも小さくなってしまうことでしょう。



このように嬉しい時なら大きくするし
悲しいことなったら小さくするしっていう
そういう効果があるのは
誰かに分かってもらうことっていうことがあります。



けっして分かってもらうとか
人の話を聞くっていうことを
おろそかにしてはいけないなってことはあります。



そういうことで
わかってもらえない辛さということは
とっても大きいことだということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2020年08月03日2020年:8月

ZOOM飲み会 終了

ZOOM飲み会を開催しました。
僕を含めて4人の参加者です。
ちょっと少なくなってしまいましたが、
その分、濃い話ができたと思います。 
 
 
 
4人だけど、知っている人同士だったので
2つに分けて2人組になりました。
僕もその人と話がしたかったので
ちょうどよかったです。
 
 
 
他のコミュニティーでも
一緒に活動している人で
そのことについて話をすることができました。
 
 
 
小人数でも続けていくことが
大切だと思っています。
今はコロナが増えてきているので、
なかなか気軽に会うことも
難しくなってきています。
 
 
 
そういう時こそネットを活用し
直接会えなくても交流して
つながりと深めていけたらと思っています。 
 
 
 
県外の人ともつながることができるので
ありがたいことです。
現に愛知県の人もいますからね。
 
 
 

 
 
これからも、続けていきます。
次回は
ZOOM飲み会
8月21日(金)20時~
無料

で開催します。
 
 
 
良かったら参加してくださいね。




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2020年07月31日2020年:7月

アドバイスの危険性

今日はアドバイスの危険性について
お話ししようと思います。



アドバイスって危険なのって
疑問に思う人もいるかもしれません
でも僕はアドバイスは
両刃の剣だと思っています。



諸刃の剣っていうのは
破壊力は凄いあるけど
でも破壊力がある代わりに
自分も傷つけてしまうかもしれないし
暴走してしまうかもしれない
そういうものです。



アドバイスもうまくピタッと
相手に当てはまれば
相手を救うことはできるかもしれませんけど



でも当てはまらなければ
相手を傷つけてしまったり
自分を傷つけてしまう
そしてその関係性すらも
壊してしまいかねない
ものなのかなとは思っています。



アドバイスっていうのは
相手を否定することにも
なってしまいかねないからです。



アドバイスはあなたは間違っている
こういうことをしているから駄目で
もっと別のこんなやり方を
しなければいけないっていう風に
言ってるような感じです。



それは自分が正しくて
相手が間違ってるという風な
そういう意味も含んでいるのかなと思います。



だから相手にアドバイスして
それが見当違いのアドバイスだったとしたら
された方としてはすごく嫌がるし
自分もアドバイス通りに
してくれない相手に対して
やっぱりちょっと嫌な気持ちが
起こってしまうのかなと思います。



そういうアドバイスの
ああした方がいいっていうのは
一種の押し付けにもなってしまうって
いうところがあるからです。


別にあなたの意見は
そんなに求めてもいないのに
アドバイスばかりして
ああしなさい、こうしなさいだけでは
やっぱり人って逃げていってしまうのかなと思います。



そしてアドバイスって
相手から何か相談ごとをされた時に
相手の気持ちを受け取ろうとせずに
すぐにアドバイスして
あーでもないこーでもないって
やってしまうということは
嫌われてしまう行為に
なってしまうのかなと思います。



よくあるのがその奥さんが
旦那さんに会社の悩みを相談するとします
奥さんとしては相談と言いながら
自分の気持ちをわかってほしい
共感して欲しいって思ってるだけ
という場合が多いです。



でも旦那さんっていうか
その男はいつだって
その問題解決するっていうのがあるので
話を聞いたら問題解決しなければって思って
共感するってことを忘れてしまいます。



奥さんの悩み事に対しても
お前はいつもこういうことしてるから
ダメなんだ、もっとこういう風に
しなければいけないとか
すぐにアドバイスに
入ってしまうことが多いです。



奥さんとしてはそうは分かるけど
その頭ではそうだって言うに
納得できるかもしれないけど
でも心が追いついて行かない
ていうことがあります。


もっと自分の悲しい気持ちとか
苦しい気持ちとか
そういうのも共感してほしかったのに



そういうのをろくせずに
すぐにああしたらいい
こうしたらいい
だからお前はダメなんだって風に
言われてしまうとせっかく相談したのに
心が萎えてしまいます。



アドバイスばかりする人っていうのは
やっぱり嫌がられてしまうってことがあります。



本当にその人にピタッと合う
アドバイスができたとしたら
その人も救われるし自分も救われますけど



そのアドバイスが見当違いだったりとか
相手の気持ちを汲みとろうともせずに
相手の気持ちを共感しようとせずに
すぐにああしなさい、こうしなさい
という風にやっていても
相手の心には何の響きもないのかなと思います。



人が本当に求めてるものっていうのは
共感だったりとかそういう同じ気持ちを
わかってくれる人なのかなと思います。



そしてほんのちょっとアドバイス
ちょっと軌道修正した方がいい
ところがあったとしたら
少し織り交ぜていくというだけで
その人ってのは救われていくのかなと思います。



そしてアドバイスって
自分が上で相手が下っていう
そういう上下関係を作りやすい
ということもあります。



アドバイスをする側される側ばかり
そういう風になってしまうと
自分が相手に対して
そのうだつが上がらないっていうか
ちょっと遠慮してしまうところ
もあるのかなと思います。



そうやってアドバイスっていうのは
両刃の剣でピタッと合えば
相手も自分も救われるし
でもそれが合わなければ
相手も嫌な気持ちもなるし
その関係性すらも壊してしまいかねません。



アドバイスする時には
そういうことも注意して
やっていくってことは
必要なのかなと思って
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2020年07月30日2020年:7月

褒めれる人は少ない

今日は褒められたいっていう人は
たくさんいるけど
実際に褒められる人は少ない
ということについてお話ししようと思います。



褒められたいとか
認められたいっていう人っていうのは
すごくたくさんいると思うけど
実際に褒めてあげられる人とか
認めてあげられる人というのは
少ないのかなと思います。



そういう需要と供給の
バランスの観点から言っても
褒められたいって人はたくさんいるのに
それを分、褒められる人
認められる人って少なくて
全然不足しているのかなと思います。



褒めるためには
まず自分が満たされていなければ
相手を褒めることができない
ということがあります。



自分の心が満たされていて
何も相手からもらう必要がない
というところまでいかないと
相手に何か褒め言葉とか
認めてあげるって事ってのは
難しいのかなと思います。



自分の器があって
その器が満たされて
溢れている状態だとしたら
その溢れてるものを人に与えるって事は
簡単に出来ると思いますけど



でもその自分の器に
その半分ぐらいしか入っていないとしたら
半分しか入ってないので
もっともっと欲しいっていう風に
なってしまうと思います。



だから相手から褒められることとか
認められることとかそういうことしながら
自分の器の半分をもっともっと
増やそうとしてしまっている
ということがあると思います。



そういう意味で
自分の器がいっぱいいっぱいになって
満たされていないと
相手を褒める事っていうのはできないし
そしてそういうふうに
満たされている人っていうのは
実際に少ないっていうことがあると思います。



みんなやっぱり自分の器っていうか
その何か満たされない思いを抱えているし
たからこそ褒めて欲しいっていうことを
渇望しているのかなと思います。



実際に僕も自分のことが満たされてなくて
何か物足りないとか
このままでいいのかなって思ってる時があって
その時は相手の評価とか
自分のことを認めてもらおうと思って
必死になっていました。



自分が満たされたいとか
自分が認められたいって
思っているうちっていうのは
相手のことを褒めようとか
認めてあげようってすることって
すごく難しいです。



言葉ではできるとは思うんですけど
心の底から相手のことを
認められるかっていうと
それはなかなか難しかったです。



自分のことを見つめて
自分を満たしていって
満たされた後に
相手に本当にその褒め言葉を
送ることができるようになったというのはあります。



今でも心の状態でその不安定な時っていうのは
他に誰かに満たして欲しいって
思ってしまう時があります。



そういう時には相手を褒めることなんて言うのは
全然できなくて自分のことだけで
精一杯になってしまっています。



そうやって褒めるためには
自分のことを満たしていくということが必要で
それはなかなか難しいことなのかなと思います。



自分を満たして、満たし終わって
それができて初めて褒めること
相手を認める事っていうことが
できるようになる。



だからこそ褒めてもらいたいとか
認めてもらいたいっていう人は
たくさんいるけど
褒めてあげられる人っていうのは
少ないのかなと思います。



ホントごく一部の人しか
そういうことっていうのは
できないのかなとは思っています。



自分が満たされないうちは
相手から奪おうとしてしまう
ということがあるので
ちょっと危険かなと思います。



早く自分を満たしていく
そして相手を褒められるとか
認めてあげられるようになった時に
必要な物っていうのはどんどんと
入ってくるようになるのかなと思います。



自分を満たしていくことで
初めて褒められるようになります。
だから褒めるようになるって事は
とっても難しいことなのかなと思いました。



ありがとうございました。



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2020年07月27日2020年:7月

失った分だけ得られるものがある

今日は失った分だけ得られるものがある
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは何かを失ってしまったとしたら
それはもう無くなってしまった
自分の中からもうこういうものは
消えて無くなったんだっていう風に
思ってしまうかもしれません。



例えばお金を騙されたとしてしまったとしたら
もう自分の中には
お金っていうのは無くなってしまったのだから
その喪失部分っていうのは大きいもの
という風に考えると思います。



でもこの世界って
不思議なことに何か失った分
その分だけ、その裏に
得られる物もあるのかなと思います。



もしお金を騙されて失ってしまったとしたら
その分何か大きな
その分の代償というのを得られている
はずだなと思います。



それは人によって違うと思いますけど
もしかしたらこれから気をつけて行こうという
そういう教訓であったりとか
自分のそのお金を粗末に扱っていなかったのかっていう
そういう振り返りがあったりとか



その人その人によって
また違うかもしれませんけど
何かしら学びってのはあったのかなと思います。



そうやって何か失った分だけ
得られてる物っていうのは
必ずあるわけです。



漫画で鋼の錬金術師というのを
ご存知の人もいるかもしれませんが
その鋼の錬金術師では
錬金術というのを使って
いろんなものを作り出す
っていうことをやっているのですけど



でもその考え方の根本としては
等価交換ということで
何かを差し出した分だけ
何かを受け取ることが
基本になっています。



お金で騙されたとしたら
その騙されたお金を差し出した分だけ
何かしらその得られてるものってのはあるはずです。



病気になったとしたら
病気という健康ということを
差し出した分だけ
何か得られているものはあるのかなと思います。



僕達っていうのはうまくいってる時では
見えないものっていうのは
沢山あるのかなと思います。



うまくいかなくなった
そういう世界でしか見えないものというもの
なんかたくさんあるのかなと思います。



見えない世界で失った世界
うまくいかなくなったところで
本当に何か大切なものに気づいたってことはあると思います。



お金で騙されることによって
お金だけの価値で生きていた人が
何かお金以外の価値で
生きてるようになったって
いうこともあるかもしれません。



病気で健康を失ったとしたら
健康の大切さっていうのは
失ってみないと分からないものがあって
それはその病気である人でしか
表現できないものなのかもしれません。



もしかしたら愛情を失った
愛情与えられなかった人だったとしたら
それはその苦しみとか悲しみとか
その人が経験したからこそ得られる
何か素晴らしいものもあるかもしれません。



それは同じように苦しんでる人に
共感してあげられることだったりとか
そういう大きなものを
どこかで得られてるのかなと思います。



そうやってお金がたくさんあって
何も不自由はなかったり
健康で何一つ病気にならずに
やっている世界だったり
愛情たっぷりの世界だったり
そういう世界では決して見ることができない。



そういう失ってみないと分からない
世界というのあって
そういう世界の中でしか
気づけないことっていうのも
たくさんあるのかなと思います。



失うってことは
とっても痛みがあって辛いことですけど
でもその痛みがあるからこそ
何か大きなことに気づいて
それはその痛みと同じくらい
それ以上に大きな幸せを運んできてくれる
という事もあるかもしれません。



この世の中っていうのは
等価交換でできていて
何かを差し出した分
何かを得られているとことがあります。



だからもしコロナとかで
何か失っているものがあったとしたら
その後ろには
何かしら大きなものが得られているはずです。



そういうの気づけるようになる
その失った分以上に
幸せになれるって事があるのかなと思います。



決して失うということはマイナスではなくて
その裏を見てみると
大きな何かしら得られてるものがあると思うと
そのマイナスの部分があったとしても
そんなに悲しむってことでも
ないのかなと思います。



失ってすぐにそんな素晴らしいものを
気づけるって事はないかもしれませんけど
心が癒されて
冷静に物事を見つめられるなった時に
何か大きなものを気づけたり
大切なものを得られたりしている
ということはあるのかなと思います。



だから何か失ったり騙されたり
そういうことがあったとしても
その分だけ何かしら
その裏には大きな幸せとか
大切な物っていうのが隠れているはずです。



そういうのを気づけるようになると
失ったとしてもその分取り返すっていうか
何か得られてると思うと
心というのは平穏になれるのかなと思いました。



このように失った分だけ
得られるものがある
そういうものを少し頭の中に
入れておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。






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2020年07月25日2020年:7月

与えることより受け取ることの方が難しい

今日は与えることより受け取ることの方が難しい
ということについてお話ししようと思います。



一般的に与えることより
受け取ることの方が難しいというのは
逆なのじゃないのかなって言えのかなと思います。



誰だって何かして欲しいし
自分がお金を出すとか
人に貢献する事っていうのは
難しいように思えると思います。



でもよくよく考えてみると
いざ相手から大きなプレゼントを
もらった時ってのはどうでしょうか?



親からプレゼントというのは
嬉しいかもしれませんけど
見ず知らずの人から
プレゼントをされた時っていうのは
やっぱり受け取るってことは難しいと思います。



いや、いいですいいです!
私はなんてっていう感じであり
遠慮してしまうっていう心が出てしまうと思います。



褒め言葉にしても
自分のことを褒められたとしても
いやいや私なんてそうじゃないです。
そんなに良くないですっていう風に
謙遜してしまって
受け取るってことは難しいのかなと思います。



こうやって大きなプレゼントされたとか
褒め言葉を受け取るということっていうのは
それは結構な抵抗があって
やっぱり受け取る事って
僕たちは難しいのかなと思います。



逆に何か人に貢献してあげたいっていうことは
すんなりとしやすいってことは
皆さん持っているかもしれません。



いや私なんて貢献するなんて出来ないって
人もいるかもしれませんけど
でも仕事で迷惑をかけないようにということで
仕事をしている人というのは
与えるということに入るのかなと思います。



そうやって迷惑をかけないようにとか
人にマイナスを与えないように
僕達は育てられたっていうことが
大きいのかなと思います。



だから何かしてあげたい
してあげることに対しては
すんなりとできるかもしれませんけど
何かもらうとか受け取る
プレゼントをもらうとか
褒め言葉を受け取るってことは
ちょっと抵抗があるのかなと思います。



それと似たようなことで
助けてという言葉っていうのは
僕たちはなかなか言えないとことがあると思います。



僕なんかもやっぱり
ちょっと困ったことがあったとしても
人にこんなことを頼んで
迷惑がられるんじゃないかとか
甘えてるんじゃないかっていう風な
人の評価が気になってしまうと
助けてっていう言葉っていうのはなかなか言えないです。



助けてって言えずに
自分で無理をして頑張って
そして解決しようとしてしまっています。



でも、そうやって無理して
頑張ってやっていても
やっぱり自分の中には限度があって
それでできないこともあると思います。



やっぱり人の助けを求めなければ
できないこともあるし
そうやって頑張って無理しても
誰も喜んでくれない。



周りの人からしたら
なんであの人は一人で頑張って
やっているのかなっていうふうに
不思議がられるでしょう。



もっと助けを求めて
色んな人に協力してもらえば早くすむのに
一人で意地張って頑張って
何をしてるのかなっていう風に
逆に評価が下がってしまうってことも
あるかもしれません。



そんな感じで僕達っていうのは
助けてっていう事っていうのは
すごく抵抗があるものなのでしょう。



ずっと助けてって言わずに
人に頼る事っていうのが出来ずに
意地張ってやってしまうという癖が
小さい頃からついてしまって
いるのかなと思います。



すんなりとできる人はできるでしょうけど
難しい人にとっては
人に頼るとかお願いするってことは
とっても抵抗があります。



その分、人に何かしてあげるって事に対しては
迷惑をかけるということもないですし
逆に人に何か貢献できたことによって
自分の評価が上がるとしたら
それは簡単にしやすいことなのかなと思います。



そうやって僕達っていうのは
与えることより
受け取ることの方が難しいという風に
なってしまっている人が多いのかなと思います。



受け取ることをもっとして
与えることをちょっと減らしていく
てことでもいいのかなと思います。



プレゼントされても
素直にありがとうと受け取る。
褒め言葉を言われても
素直に嬉しいて受け取る。



そして仕事では何かあったとしても
助けてと言って周りの人の援助を求めるし
そうやって助けられ上手
甘え上手になっていくことも
上手く人生を切り抜けるための
一つの方法なのかなと思います。



意地張って自分は大丈夫
こんなことをできるから
周りの助けなんていらないって
頑張り続けるよりも
ちょっと一言お願いして
助けてもらうということができたとしたら
大きく人生っていうのは
変わってくるのかなと思います。



仕事でも何か困ったことがあったら
助けてっていうことで援助を求めるし
家庭においてももしお母さんが
頑張ってしまうようだったら
お母さんが旦那さんとかお子さんに
助けててもっと手伝ってっていうことを
お願いしてみるということも
とっても大切なことなのかなと思います。



もっともっと受け取り上手になっていく
与えるということもちょっと置いといて
受け取っていくってことは
とっても大切なことかなと思いました。



今日は与えることより
受け取ることの方が難しいということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年07月22日2020年:7月

「知る」と「わかる」とでは大きな違いがある

今日は知るということと
わかるということには
大きな違いがあるということについて
お話ししようと思います。



知るというのは頭で知っているっという状態
なのかなと思います。
でもわかるっていうのは身にしみて
それが実践できるようになって
初めて、あぁ、これが分かったって
身にしみるっていうか
そのストンと落ちるっていうか
そのもう当たり前のように
出来るようになったっていう状態なのかなと思います。



そしてその知るというところから
わかる状態に行くのには
結構なその大きな差があるのかなと思います。



皆さんも頭ではわかっていることがあったとしても
それを実際に行動に移せるのかと言うと
それはなかなか難しいものがある
ということがたくさんあるのかなと思います。



それは知ってはいるけど
本当の意味でわかってはいない
っていう状態だろうと思います。



簡単なところでいうと自転車の乗り方で
自転車を全然乗ったことがない人がいて
自転車はペダルを漕いでハンドルを握りながら
方向を制御をしてっていうことは
勉強してそれなりに分かると思います。



でも自転車を全然乗ったことないのに
その自転車のことをわかったつもりに
なっているって事はとっても危険なことですよね。



やっぱり実際に自転車に乗ってみて
失敗してみていろんな試行錯誤してみて
あ、自転車ってこういう風に乗れるのだって
いうふうになってはじめて
あ、わかったっていうことになったのかなと思います。



ダイエットにしても
食事制限をしたほうがいいっていうのは
誰もがわかっていることだと思います。



でもそれを実際に実行できるかっていうと
それはなかなか難しいもので
別問題になってしまうのかなと思います。
本当の意味でわかったっていうことでは
ないのかもしれません。



実際に頭では知っているけど
その身にしみてダイエットされたことがない
ダイエットで痩せた実感がないっていう人に対しては
それは分かったことにはならないのかなと思います。



心の世界も一緒でいろんなことを勉強していって
いろんな知識を知っていることがあるとしても
それが実際に自分の身にきちんと落としていなければ
自分はそういう風に実行していなければ
それは本当の意味でわかったこと
にもなっていないのかなと思います。



それっていうのは僕はすごい当てはまることがあって
本などでいろんな知識を
知ってるって事はたくさんあります。


でも知ってはいるけど
それは自分が実際に行動してるかっていうと
全然できてない部分というのもあります。



頭だけで知ってる状態で
それが心に落ちているのか
実際に行動して身にしみているのかって言うと
それ全然できてないところがたくさんあります。



実際に行動に移して、それができるようになって
初めてあっこれはこんなんなんだっていうの
分かるということがあるけど
でもそれは僕はあまり得意ではないっていうか
知識では勉強することがあったとしても
なかなか実践に移そうというと
それはできていないなっていう。
それは僕の反省です。



カウンセリングに来られる人も
いろんな知識を知っていて
とても勉強されてるのって人はいます。



でもそれを実際に実践に移しているかって言うと
なかなか実践には移せなくて悩みが解決していかない
ということがあるようです。



それはその人の実践するということだけが
足りてない状態なのかなと思います。
実践して自分がそのできるようになって
はじめてわかるという状態がなるし
そうやって頭で知っていて実践ができてないかったら
分からないっていうか
分かった状態ではないっていうことがあります。



ただ知識が重要じゃないかっていうと
そうではなくて
まず知識で知らなければ分からないっていうか
実践も行動もできないっていうこともあります。
まず知識で色んなことを仕入れるって事も
とっても大切なことでもあります。



知識でいろんなことを知って
実際にこうした方がいいのだ
ああした方がいいのだっていう
選択肢が増えれば増えるほど
自分の可能性も増えていくのかなと思います。



まず知ることそしてそれを実践して
身にしみて、できるようになって
初めてわかるっていう状態が来ます。



知ってるいることとわかったってことの
その間には大きな隔たりがあるようです。
まずは知識で知る勉強するってことも大事です。
そして知ったものを
今度は実践するということをして
初めてわかったっていう状態になるわけです。



分かるという状態をたくさん増やして
自分を変えていくことができたとしたら
もっと自分の世界というのは広がって
よりよく生きていけることが
できるようになるのかなと思います。



それは頭で知識で知っただけでは
体験できない世界なのかなと思いました。



今日は知ると分かるの違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年07月20日2020年:7月

ZOOM飲み会 終了

昨日は定期的にやっているZOOM飲み会を
無事に終了することができました。
また、写真は撮り忘れました。
僕を含めて7人の参加者でした。
 
 
 
用事で早く退席される人や
仕事などで遅くに参加される人もいて
まとまって7人そろうことはなかったです。
そうやって自由に出入りしてもらって
気軽に参加してほしいというのもあります。
 
 
 
話は雑談がほどんとですけど、
こうやって集まって話をすることで
少しずつでもお互いのことが分かって
仲良くなっていくのだろうと思います。
 
  
 
人数が多くなったら2つに分けて
なるべく濃い話ができるようにとか
やっていました。
6人も集まると話ができない人がいて
それは、ちょっと寂しいものがありますからね。
 
 
 
3人が一番話するのに最適な人数だと
言われていますから、
そうやって少人数で話ができるようにしています。
 
 
 
もっと新しい人とかも来てもらって
仲間に入っていただけると嬉しいです。
たぶん、入っていくのには
すごく勇気がいることでしょう。
 
 
 
僕もそういう知らないところに行くのは
すごく抵抗があります。
でも、一歩踏み出して行くことで
世界は広がっていくと思います。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
7月31日(金)20時~
予定しています。
 
 
 
皆さんのご参加をお待ちしております。
ありがとうございました。





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2020年07月18日2020年:7月

美しいと思えるあなたの心が美しい

今日は美しいと思えるあなたの心が美しい
ということについてお話ししようと思います。



僕たちの見る世界ってのは
人それぞれ違うものがあるのかなと思います。



同じ花を見てもこれはすごい美しくて
感動して涙が出そうという風に
その美しさに焦点合わせて見る人もいれば
花ちょっと破けた部分とか
虫がついているところとか
その花の欠点が目について
こんな花なんてなんて醜いのだろう
ということを見る人もいます。



それは自分の心が決めているっていう事も
大きいのかなと思います
どんなものを見ても美しいと思える人もいれば
どんなに素晴らしいものを見たとしても
美しいと思えずに醜さとか欠点とか
そういうのが目に付いてしまってる人もいるわけです。



ブルーハーツの歌にドブネズミみたいに
美しくなりたいという歌詞があったと思います。
ドブネズミすらも美しいと思える
そういう目で見える心というか
美しさを感じられる心があったとしたら
その人というのは他のどんなものを見ても
美しさというのを見出せる人なのかなと思います。



逆に自分の心次第では少し心が荒れていたり
ちょっと余裕がなかったりすると
どんなに美しいものを見たとしても
その欠点とか何か醜さというものが
焦点になってしまうこともあるのかなと思います。



そういう自分の心の世界が
自分の見える世界として映し出されている
ということがあります。



また本で見たのですけどこういう話もあります。
僕はオーラは見えないのですけど
オーラが見える人がいて
電車の中でいろんな人のオーラを見ていたそうです。



そのいろんな人のオーラを見ると
すごい輝いて大きなオーラをしている人もいれば
ちょっとくすんでいて小さいオーラの人もいるらしいです。



その人その人で違ったものっていうのがあるらしいです。
でもその側であるオーラを見ていくうちに
その人の内面というか心の奥底にあるところまで
焦点を当てたそうです。



焦点を当てて心の奥底を見てみると
どの人も全て同じように
光り輝くものを持っているらしいです。



それは生命の根源と言うか
その生命においての素晴らしさ
ということもあるかもしれません。



そういう人一人何か違った
その側では持ってるものはあったとしても
心の奥底の本当の姿ってものは
全て同じ光り輝くものっていうのは
あるのかなと思います。



そんな感じで一人一人がその違って
素晴らしい人もいれば
ちょっと落ちてる人とか
なんか心が病んでる人もいるかも知らせんけど
その奥の底には全ての人が輝きを持っている
というところまで見ることができたとしたら
どんな人であっても
素晴らしいと思えるのかなと思います。



そういうどんな人を見ても
素晴らしいと思える目があるという人は
その心も素晴らしいということが
言えるのかなと思います。



そんな感じで自分の心がどんな状態にあるのかによって
その映し出すこの世界というのも
変わってくるのかなと思います。



僕もできるだけその人の
素晴らしさとか美しさに焦点を当てて
見ていこうと思います。
それが自分の頃の美しさにも現れていく
というものあります。



美しいと思えるあなたの心が美しい
これはすごい名言で
僕の大好きな言葉の一つです。



それをしっかりと心に刻みながら
美しさというのに焦点をあわせて
醜さの中にある美しさという事も
見ていけたらいいのかなと思いました。



ありがとうございました。




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2020年07月15日2020年:7月

感情は感じきれば解放される

今日は感情は感じきれば解放される
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちというのはプラスの感情であったとしたら
思いっきり表現をすることができると思います
でもマイナスの怒りとか悲しみとか嫉妬とかという
感情があったとしたらそれを出すことっていうのは
なかなか抵抗があって押さえ込んでしまう
ということをしてしまうのかなと思います。



でもその押さえ込んで出さなくしてしまった感情というのは
どうなるかというと決して消えるわけではないのです。



消えるわけではなくてその心の奥底に
いつまでもくすぶり続けてしまう
ていうことがあります。



そしてそれが少しのマイナスの感情であったとしたら
問題はないかもしれませんけど
ずっとそのマイナスの感情を溜め込んで
それがどんどんと積み重なっていくと
大きな感情となってしまいには
爆発してしまうかもしれません。



そんな感じで感情というのは
その押さえ込んだとしても
なくなるわけではないし
消えるわけでもないです。
きちんと出して感じ来るって事は
とっても大事なことなのかなと思います。



怒りとか悲しみというのは
誰にでも出せるものでは
ないのかもしれません。
でも信頼できる人に思いっきりそういうのを
出すことができたとしたら
後には引かずにスッキリと
することができるでしょう。



あるお話で子供さんが二人いて
お母さんが亡くなってしまったという人がいました。
妹さんはその時にそのすごい泣き崩れて
もうどうしようもなかったということがあって
この子こんなに泣いて将来大丈夫なのかっていう風に
みんなが心配したらしいです。



そういうその妹さんを見て
お姉さんは私はしっかりしなければということで
そのお母さんが亡くなった悲しい気持ちを我慢して
立派なフリ 平気なフリをしてずっと過ごしたらしいです。



その二人が大人になった時に
妹さんは子供の時に感情を
思いっきり出すことができたので
何も大人になって影響っていうか
その悪いもの出すことはなかったのですけど
でもお姉さんはずっとそのお母さんの死を
引きずってしまったっていうことがあるらしいです。



その感情をずっと出せずにいたので
心の奥底でくすぶってそれが大人になってからも
ずっとくすぶり続けてその引きずらなければ
いけなくなったってことがあって
妹さんはその引きずりはするかもしれないけれど
その感情がうまく解放されているので
適当に悲しみ次のものを考えることが
できるようになってきてるって事があるらしいです。



こんな感じで自分の感情を
その時にその感じ切らずに
我慢してしまうとすると
それはずっとその消えるわけでもなしに
残ってしまうっていうことです。



その残った感情というのは
後で大人になってからもくすぶり続けて
それがあると自分の人生の中でも
なぜか似たようなものが出てきた時に
影響されてしまうことがあるのかなと思います。



だからその時に感情を感じきる
思いっきり悲しむし
思いっきり腹を立てて
思いっきり怒るとか
思いっきり嫉妬して羨ましいと言うとか
そういうものとっても
大事なことなのかなと思います。



感情っていうのは
逆に感じきらなければ解放されていかない
ずっと心の奥底でくすぶり続けてしまう
ていうことがあります。



またマイナスの感情を抑え込んでしまうと
プラスの感情までも表現が出来にくくなってしまう
ということもあります。



怒りとか悲しみを抑圧すると
喜びとか感動すらも
薄くなってしまうっていうことがあって
無表情・無感情の仮面を被って
しまうこともあるようです。



せっかくのその感情を我慢して
感じ切らないようにしてしまう。
それを出せなくなってしまうっていうのは
とっても悲しいことなのかなと思います。



人間である以上思いっきり感情を感じきって
楽しむってことは生きている上での
醍醐味なのかなと思います。



思いっきり悲しんで
思いっきり笑って
思いっきり怒って
思いっきり感動する
そんな人生って何か
いいんじゃないのかなと思います。



子供の頃のその何も抑圧されてない
その素直な表現をすることができたとしたら
それはその人の中で人生を満喫してるのでは
ないのかなと思います。



感情っていうのは感じきらなければ解放されない
マイナスの感情を抑え込んでしまうと
プラスの感情までも薄くなってしまうこともあります。



もし心に溜まっている感情があったとしたら
それは掘り起こしてその時の感情を感じきるとことも
とても有効な手段です。



小さい頃の悲しかった経験とか
つらかった経験というのも
大人になってからでもいいから
掘り起こして感じきるって事は
大事なのかなと思います。



それをしていくことで
心がスッキリとしていくってことを
感じることはできるのかなと思います。



感情っていうのは抑え込むものではなくて感じきるもの
感じきらないとなくなるものではない。
ずっとくすぶり続けてしまうことがあります。
だから感情は感じきりましょう。



マイナスのことでも感じきるって事は
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は感情というのは感じきらなければ
なくならないことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年07月13日2020年:7月

コンプレックスは隠すよりもさらけ出す

今日はコンプレックスは隠すよりもさらけ出す
ということについてお話ししようと思います。



コンプレックスを抱えてない人っていうのは
この世の中にはいないのではないのかなと思います。
人それぞれ大きいことなり小さいことになり
何かしらコンプレックスっていうのは
持っているのかなと思います。



周りからどんなに完璧で
優れてるものばかりだと
思っている人であったとしても
その人からしたら
何かしらコンプレックスというものは
あるのかなと思います。



そしてそのコンプレックスですけど
大抵は隠すと言うか
触れてほしくないっていう風に
避けようとしてしまうことが
ほとんどなのかなと思います。



誰かにコンプレックスをばれたくない
ということがあって
隠そう隠そうとしてしまっていると思います。



その隠そうとしてしまってる
それだけでもエネルギーとは
すごい取られてしまうのかなと思います。



もし何か体とか顔にコンプレックスを
持っているとしたら隠そうとするあまり
あまり外には出たくないとか
人の目には映りたくないとなって



本来だったらもっと行動的にできるはずなのに
もっと人前にいて話ができるはずなのに
そのコンプレックスがあるために
人にも顔写したしたくないですし
どこにも行きたくないっていう風に
なってしまうかもしれません。



それはとってももったいないこと
なのかなと思います。
でも隠そうとしていても
コンプレックスっていうのは
解放されるわけでもないし
ずっと残り続けてしまう
ていうことがあります。



コンプレックスを解消するためには
思い切ってそれを周りの人に公言するとか
何か自分をその解放していくために
さらけ出すということは
必要になってくるのかなと思います。



そして大抵はそのコンプレックスは
自分が強く思っているだけで
こんなことバレると
何か嫌われてしまうのではないかとか
みんな離れていってしまうのではないか
という恐怖をすごく感じてしまっているだけ
ということがあります。



自分がそう思っているだけで
周りの人からしたら
そんな些細なことであって
なぜそんなことでそんなに悩むの?
とかいうふうに
小さなことだと捉えられてしまうことが
ほとんどだと思います。



僕もコンプレックスはたくさん持っていました。
例えばアトピーに対してもそうだし
自分のこの顔でこのニキビ跡があって
そういうボコボコのそういう感じがあって
それをもう隠せないのだけど
でもその話題に触れてほしくない
ていうことがありました。



そういう時は
自分の顔を見られるのが恥ずかしくて
じっと見られると
なんかその隠したくなるっていうか
その触れて欲しくないから
その話題をその他に変えたりとかして
後ろめたい感じをずっと持っていました。



そんなんだからあまり人に対しても
その心開くこともできずに
ちょっと逃げ腰になっていた
というところもあります。



それをずっと抱えていて
何か息苦しいということは思っていました。
でもある日それを持っていてもしょうがないので
開放するためにまずは周りの身近な人 奥さんから
アトピーあったりとかニキビ跡があったりという
その話題を触れてもらうようにしてました。



そうやって最初は触れることに対して
何かやっぱり抵抗があって
ちょっと触れてほしくないという感覚があって
恥ずかしいとか
それ嫌だということもありました。



でもその話題に出すことで
自分がなんか慣れてくるというか
別にこんな顔であっても人は受け入れてくれるし
アトピーであっても何も気持ち悪く思われないという。
そういう自分だけの持っている恐れというのが
少しずつ少なくなってきたというのがあります。



コンプレックスって自分が恐れているだけで
周りの人からしたら何でもないこと言うことがあります。
そういう恐れと立ち向かっていくってことによって
コンプレックスを少しずつ克服していけるってことが
あるのかなと思います。



僕もおかげでそのニキビ跡とか
アトピーであるということが
まだ完全ではないけども
ほぼほぼ解消していけたということはあります。



人前においても
あまりニキビ跡で恥ずかしいという思いも
することもなくなってきましたし
アトピーであっても
ちょっと嫌だということはありますけど
そんなにもうしょうがないかと
開き直って行っていることもあります。



そのコンプレックスがなくなれば
自分がよりその行動的になりますし
思い通りの何かできることが
増えてくるのかなと思います。



コンプレックスがあるおかげで
自分がやりたいと思ってたこともその引っ込めて
そのできないようにしてしまっていましたし
そういうことがあると
とっても、もったいないと思います。



コンプレックスを克服するためには
そういう恥ずかしいとか恐れていうのが
たくさんあると思いますけど
それを立ち向かって行って
見つから解放していく
ということができたとしたら
そうやってコンプレックスが
克服されていくのかなと思います。



逆にコンプレックスを隠そうとか
見せないようにしてようと
自分の殻に閉じこもるば閉じこもるほど
コンプレックスっていうのは
どんどんと大きくなって
余計に動けなくなってしまうって
こともあるのかなと思います。



コンプレックスってな
自分で思っているだけで
相手からしたら些細なものではあります。



でもそれが分からないうちは
自分の中でどんどんどんどんと
恐れを大きくしてしまってて
もうにっちもさっちもいかないって
いうことにもなってしまってるのかなと思います。



最初その誰かに言うとか
コンプレックスをさらけ出すのは
すごく勇気がいることで
まさにバンジージャンプを跳ぶくらい
それぐらいの思いきりの良さというのは
必要になってきます。



でも1回それを出すことができたとしたら
コンプレックスっていうのは
大きく改善していくのかなと思います。



もし今コンプレックスで
苦しんでいる人がいたとしたら
思い切って解放していくということをやってみると
人生というのはそれだけで大きく開けてくるし
自由になって行けます。



今日はコンプレックスというのは
隠すよりも避け出すということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年07月11日2020年:7月

愛は関心を持つことから

今日は愛というのは関心を持つことから
ということについてお話ししようと思います。



愛と聞いても何か漠然として
ふわふわしてるような感じなのかなと思います。
それで愛というの意味付けするのに
反対の言葉を探していくことも
ちょっと役に立つのかなと思います。



愛の反対っていうのは
よく、憎しみとか恨みとか争い
という風に思う人もいるかもしれません。



でもマザーテレサが言うように
愛の反対っていうのは無関心
ということが言えるのかなと思います。



相手のは関心がない状態
誰にも相手にされない状態ということが
愛の反対というふうに
マザーテレサは言っています。



僕もそれは正しくて
憎しみとか争いとかも
まだ関心を持たれている
ということについてはその人は
攻撃されているのは辛いかもしれませんけど
まだ、やっていけることが
できるのかと思います。



でも、まったく無視されて
存在をいるのか、いないのかわからないような
状態にされてしまっているということがあると
その人自身の生きる意味とか目的とか
存在自体が否定されてるような
感じになってしまうのかなと思います。



いじめなんかも無視されるということが
一番心にダメージを与える
ことがあるのかなと思います。



そういうことで愛の反対というのは
無関心ということがあるのかなと思います。



愛の反対は無関心であるとしたら
関心を持つことということが
愛を実践することの第一歩になるのかなと思います。



関心を持つというのは相手に興味をもって
どんな風なことがその相手が興味があるのか?
どんなことが好きなのか?
どんなことが嫌いなのか?
今どんなふうに思っているのか?
ということを相手に聞いていったり
その思いを寄せることなのかなと思います。



子供に対しても
子供が今どんなことを感じているのか?
どんなふうに思っているのか?
何を求めているのか?
何を嫌いだと思ってるのか?
ということについて話しするっていうことは
愛を実践することに
繋がっていくのかなと思います。



逆にお母さんが家事とか仕事で忙しくて
子供に何にも関心を持たれて
持つことができないということがあるとしたら
お子さんというのは
お母さんに愛されているということが
なかなか持ちにくいということもあるのかなと思います。



まず関心を持つことを
相手に興味を持つ事っていうことは
愛の実践の第一歩だと思います。



僕も経験があるのですけど
自分にいっぱいいっぱいの時というのは
なかなか相手に関心を
持つとことまでには行けないと思います。



自分のことをわかってほしい
と思ってる時っていうのは
相手のことをわかろうとするという
心の余裕がない時だと思います。



まずは自分の心を誰かにわかってもらう
ということも必要なのかなと思います。
それは誰かに愛をもらう
ということでもあるのかなと思います。



相手に関心を持ってもらって
自分がどんな風なことを興味持ってるのか?
何を考えてるのか?
というのをまず聞いてもらって
心に余裕が出てきたとしたら
相手に関心を持つことができる。



そして相手に愛を送ることができる
それだけの心の余裕のが
出てくるのかなと思います。



まず自分に関心を持ってもらう人を探して
自分のことをわかってもらう
そして心に余裕が出てきたら
相手の事に関心を持って
相手のことをわかろうとする。



そうやって愛の循環ということができると
この世の中はもっと平和で争いがなく
良い世の中になっていくのかなと思います。



家庭においても
まずお母さんが心に余裕がないとしたら
誰かに話を聞いてもらったり
分かってもらうということが
必要になってくるのかなと思います。



そうやって自分に関心を向けて
分かってもらうことで
少しお母さんも心に余裕ができてきて
救われる部分があって
そうするとお子さんに対して
お子さんの気持ちをわかってあげようと
することができるのかなと思います。



愛というのは
関心を持つことということも含まれていて
そうやって関心を持つという具体的な行動に移すことが
愛という風に言うんだったら
少しふわふわした愛の定義が実践に移しやすいのかなと思って
お話しさせていただきました。



愛というのは関心を持つこと
愛の反対は無関心で
相手に何も関心を持たないこと
とっても重要なことなのかなと思いました。



ありがとうございました。




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2020年07月09日2020年:7月

本当に大切にしなければいけないものを大切にしていますか?

今日は本当に大切にしなければいけないものを
大切にしていますか?ということについて
お話ししようと思います。



僕たちはいつのまにか
大切にしなければいけないものを
ほっぽり出して
そんなに重要でないものを大切にしてしまう
というところがあるのかなと思います。



そして本当に大切にしなければいけないものは
失ってみて、はじめてそれが大切なのだ
ということが分かって



それまでは全然そういうことに気づけなくて
他の色んなものに惑わされてしまう
ということがあるのかなと思います。



例えば旦那さんが仕事はすごい大切
家庭もすごい大切だけど
その仕事でお金を稼いで
家族の人たちに豊かな生活をさせてあげたいと思って
一生懸命仕事に励むことがあると思います。



そういうことはとっても素晴らしいことだと思うんですけど
それがいつのまにか仕事で出世することが目的になったり
どれくらい多くのお金を稼ぐことっていうのが
大切になってしまって
家族ということがなかなか目を向けることが
少なくなってしまったとしたら
それは大切なものを見失ってる状態なのかなと思います。



本来なら家族の人たちに豊かな生活とか
そういう愛があって
仕事をしていたとは思うんですけど
でもそれか見失って仕事でどれくらい
自分のことが評価されるのか
出世されるのか
どれぐらいお金を稼ぐことができるのか
ということに
フォーカスしてしまってるって事が
いつの間にかなってしまってることがあるのかなと思います。



そうやって仕事で一生懸命頑張ってやっていて
家族をほっぽらかして
本当に家族がいて欲しい時に
仕事でいないということがあり
家族との心はどんどんどんどんと
そういう状態だと離れていってしまいます。



奥さんとしてはお金を稼ぐことよりも
家にいてほしい
そばにいてほしい
子供と一緒に遊んで欲しいと
思ってるかもしれません。



子供にしても
そんなに贅沢をするってことは望んでなくて
お父さんが家にいてくれたら
それでいいと思ってるかもしれません。



でも家にいるって事が少なくて
すぐに仕事に行ってしまう
仕事に行ってしまったらなかなか帰ってこなくて
一緒にいる時間が少なくなって
そういうことをしてしまってると
心というのは離れ離れになってしまいます。



そうやって気が付いた時には
お父さんは出世してお金を
たくさん稼ぐようになったとしても
奥さんとしては不満でいつまにか心が離れて
離婚するということになってしまってることも
あるかもしれません。



そんな感じでいつのまにか
大切にしなければいけないものを見失って
さほど大切にしなくてもいいものを
重要にてしまっているということが
があるのかなと思います。



健康なども一緒で
健康はななかなか目に見えないし
普段はその病気とか大きなものがない限りは
意識する事って少ないのかなと思います。



だからジャンクフードを食べたり
コンビニ食を食べたり
お酒を飲みすぎたりということを
してしまうのかなと思います。



確かにそれですぐに健康が失われるとか
病気になるわけでもないですけど
それがだんだんだんだん積み重なっていくことで
いつのまにか病気になってしまう
ということは起こるのかなと思います。



本来なら健康を第一に考えないといけなくて
普段から注意して身体に良いものを食べたり
お酒を控えたりということは必要なのかもしれません。



でもそれはなかなか目に見えないし
意識してやらないと
気づくことって少ないのかなと思います。



そうやって病気になって
何か健康を害することになって
初めてわかる事っていうのがあって
本当に大切にしなければいけなかったってことが
気づけるのかなと思います。



そうやって僕たちは
本当に大切にしなければいけないものを
見失ってしまう。



そして優先順位を間違えてしまう
ていうことは往々にして
あるのかなと思います。



僕もそれはすごいたくさんあって
奥さんのことを大切にしなければいけない
と思っていてもそれは日頃、
意識することはなかなかないです。



一緒にいるとそんなに相手をしなくても大丈夫
っていう風になってしまって
外での活動を中心にしてしまっているとこがあります。



すぐにそれで喧嘩したり
何か離婚ということはないのでしょうけど
でもそれがだんだんだんだん
積み重なっていってひどくなってしまうと
心も離れていってしまう
可能性もあるのかなと思います。



僕はまず家庭は第一だと思っていますので
仕事よりも家庭を大切にして
そして余裕があって
仕事ということがあるのかなと思うので



そういう外に出歩くって事も
少し控えていかなければいけないし
奥さんとじっくりと対話するっていうか
向き合って話をする
ということも必要だと思っています。



そうやって重要なことを見失わずに
やっていくことってのは
とっても大切なのかなと思いました。



すぐに見失って
大切じゃないものを追い求めてしまう
ていうことがあるので



そういう大切でないものを
いつのまにか追い求めていませんか?
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年07月06日2020年:7月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
写真は撮り忘れてしまいました(汗)
僕を含めて7人の参加者です。
新しい人も2人来てくれて
ちょっとずつ輪が広がっていくようです。
 
 
 
いつものように6人集まった時点で
2つに分けて3人3人のグループで
話をしてもらいます。
少人数の方が濃い話ができますからね。
 
 
 
昨日は悩みを持っている人がいたので
その人の悩みをみんなで聞いていました。
一人で悩んでいても堂々巡りをして
苦しいだけだと思います。
でも、こうやって悩みを
聞いてくれる仲間がいることで
救われることでしょう。
 
 
 
実際にその人も参加してよかったし
もっと早くに連絡すればよかったな
そうしたらここまで問題を大きくしなくても
良かったのかもしれないと
言っていただけました。 
 
 
 
カウンセリングで自分とじっくりと
向き合うことも必要だと思いますが、
仲間が悩みを聞いてくれることも
救いには欠かせないのでしょう。
 
 
 
ZOOMも無料版を使っていますので、
40分経ったら自動的に切れてしまいます。
切れたらみんな入りなおして
そこでグループのメンバーチェンジをします。
有料版だと時間制限がありませんが、
班替えをするには無料版で
強制的に切れるもの良いですね。
 
 
 
これからも、続けていきますので、
深い話ができる仲間つくりに興味がある人は
一度参加してほしいです。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
7月17日(金)20時~
開催予定です。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年07月04日2020年:7月

最後が幸せなら全てがOKになる

今日は終わりよければ全て良し
ということについてお話ししようと思います。



人生ってオセロによく似てるなと思います。
ずっと黒を置いてあったとしても
その一番端に白を置いたとしたら
その今までの黒が全てひっくり返って
白になるということもあるし



白をずっと置いていったのに
一番最後が黒になると
今までの白がひっくり返って
黒になってしまうということもあります。



今がすごく楽しくて
ハッピーだという風に思っているとしたら
過去すごい嫌な出来事があったとしても
苦しい出来事があったとしても
そういう辛い出来事があったからこそ
今の良い一日、良い日があるのだっていう風に
思えるようになると思います。



逆に今が不幸だと思って苦しい経験をしてるとしたら
今までどんなに良いことがあったとしても
どんなに素晴らしい体験をしていたとしても
そういうものはなかなか見つけられない
というかその目に入らなくなるって言うか
考えなくなってしまうってことがあるのかなと思います。



そういう良い体験があるはずなのに
悪い体験ばっかりが目について
その記憶から引っ張り出されて
私はこんなに不幸だったのだ
だから今こんなに不幸である
っていう風に紐付けてしまうのかなと思います。



そんな感じで今の気持ちが
どんな風な気持ちであるかによって
過去がどうであったのかっていうのは
決まってくるってのも
少なからずあるのかなと思います。



今が嬉しくて幸せだったとしたら
過去の出来事も
どんなに辛い出来事があったとしても
幸せであると感じることができるし、



今が苦しくて辛い状態であるとしたら
過去にどんな良い出来事があったとしても
それは目に入らずに
苦しい出来事だけ頭に浮かんでしまう
ということがあります。



心理学的にピークエンドの法則というものもあります
どんな出来事もピークその最高超盛り上がった時と
エンドである一番最後しかその頭に思い浮かばない
印象に残らないということです。



最初とか中間とかどんな出来事があったとしても
その盛り上がった最高潮と最後しか人間というのは
認識することってのは難しいということです。



だからデートで最初つまずいたとしても
そのピークで良いものを与えることができたとして
そして一番最後にプレゼントなどを渡して
良い終わり方をすることができたとしたら
そのデートとはその人にとって良い印象で終わる
ということがあるのかなと思います。



そんな感じで人っていうのは
最後にどんな風な気持ちであるかというのは
とっても大きい物ってあるのかなと思います。



人生を終わる時にもこの人生はもう満足
この人生であっても
何も言うことなしっていうふうな感じで
終わることができたとしたら
それはその人生、最初に途中に
いろんな辛いことがあったとしても
全てOKにすることができると思います。



逆に一番最後に私の人生は何て不幸で
なんて辛い人生だったのだろう
という風にして終わってしまうと
その中間がどんなに素敵な体験とか
良い思い出があったとしても
そういう物っていうのは隠されて
不幸な出来事しか目につかない
という風になってしまいます。



だから今どのような気持ちでいられるのかって
ことは大切なことなのかなと思います。



最後良ければ全て良しということなので
途中がどんなに辛いことがあったとしても
最後の最後で良い印象っていうか
幸せになることができたとしたら
それはその人の中ではすべてがひっくり返って
喜びの人生になるのかなと思います。



ということで
最後にとっても良い人生にするために
どのような気持ちでいるのかって
いうことをお気をつけていくってのは
とっても大切なことなのかなと思います。



そして最後、良い人生で終わるために
今できるだけ良い気分でいることも
必要になってくるのかなと思います。



今日は最後の気持ちっていうのは
そのものをすべてが影響されていく
ということなので
とっても大切なことだということを
説明させていただきました。



ありがとうございました。








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2020年07月01日2020年:7月

自分を満たせないのは罪悪感があるから

今日は自分を満たせない原因の一つとして
罪悪感というのもあげられるのかなと思います。



罪悪感というのは文字通り
自分には罪があって
罰せられなればいけないという思いが
自分の中にあるということなのかなと思います。



罪悪感なのでそれ本当に罪があるかないか
ということは関係なくて
自分がそう感じてしまっている
ということが大事であります。



よくあるのが
誰も自分のことを責めてはいないのに
自分で勝手に自分をダメ出しして責めて
落ち込んでしまっているということがあります。



仕事でもちょっとミスをして
他の人達はまあそういうことも
よくあるよねっていう風に
大目に見てくれているということはあるのに



自分で勝手にことをミスしてしまう自分なんて駄目だ
周りの人にこんなに迷惑をかけてしまった
なんてこの会社にそのマイナスあたえている
ダメな人間なんだというふうに
自分で勝手に自分を責めて



そして落ち込んで
かえって周りの人にその心配をかけるとか
よけいに迷惑をかけてしまうって
いうことがあると思います。



そういうふうに自分をダメ出しして
自分を傷つけて
それがプラスに働くんのだったら
別に良いかもしれませんけど



大抵は自分で自分のことを責めたとしても
勝手に落ち込んでいるだけで
その落ち込みが余計に
その仕事の能率を悪くしてしまったり
ミスを誘発してしまったりということをするので
前の人にも悪影響を及ぼしてしまいます。



自分も辛いし前の人にも悪影響を
及ぼしてしまうという
自分で勝手に作った罪悪感



それを減らしていくってことは
上手く生きていく上で
とっても大切なことかなと思います。



でもこの罪悪感というのは
なぜ持ってしまったのかと言うと
理想が高く設定されてしまった
というとこはあるのかなと思います。



もし理想が低くて
自分なんて周りの人に迷惑をかけても良い
という風に思い込んでいるという人がいたとしたら
別に自分がミスしても何も思わないし
周りの人にどんなに迷惑をかけようが
まあそれはそれでしょうがないっていう風に
もう開き直ることができると思います。



でも自分なんかは周りの人に迷惑をかけたら
絶対にダメだとか
絶対にその会社にとって
プラスにならなければいけない



強いその思いと言うか
高い理想があればあるほど
少しのミスって言うので
自分を勝手にダメ出ししてしまうってことが
あるのかなと思います。



みんなそんな完璧を
自分に望んでるわけではないのに
自分で勝手に理想を高くして
完璧をこなそうとしてしまってます。



でもそんな完璧なんて
できるわけがないのだから
ちょっと何かあるたびに
自分を責めて
そして罰して落ち込んでしまう。



ひどい人だと
全然その会社に迷惑をかけてないのに
自分なんてもう会社にそのいる意味はない
お荷物なんだということで
申し訳なさすぎて
会社を辞めてしまうっていう人もいます。



そこが人材が不足しているとこだったとしたら
会社を辞めてしまわれる方が
かえって会社としては迷惑がかかってしまう
っていうこともあるのに
その人は自分がいるということだけで
その会社に迷惑をかけてしまうという申し訳のなさで
やめてしまうってこともあります。



そうやって自分で自分のことを責めて
自分で罰してるっていう状態で
自分を満たすっていうことなんて
全然できないと思います。



ちょっとでも自分の理想を低くして
そんなに周りの人は
自分に高い期待なんてしていないのだから



そんなに頑張る必要もなくて
そんなに完璧にする必要もなくて
ミスなんてしてもいいし
周りの人に人に迷惑をかけてもいいし
っていうふうに



自分で少し低く理想することができたとしたら
ちょっとは罪悪感というのも
減っていくのかなと思います。



罪悪感というのは
本当に自分がどう思ってるかだけであって
周りの人がどう思ってるかなっていうのは
全然関係がない



自分で勝手に自分には罪あると思って
そして罰せられなければいけないと思ってるだけで
その少しずつ減らしていく
それだけで自分というのを
満たすとこともできるように
なってくるのかなと思います。



そういう満たされない思い
自分を罰してしまう
ダメ出ししてしまう
ということを減らしていくってことは
とっても大切なことだと思います。



そういうことで罪悪感について
少しお話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





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2020年06月29日2020年:6月

ストレスとなっている3つのGとは!!

今日は自分を満たすためには
ストレスを減らすということについて
お話ししようと思います。



自分を満たした分だけしか
相手に愛を与えることができない
ということについて
お話ししたことがあると思います。



ではどうやって自分を満たしていくのか
ということですけど
一つはストレスを減らすってことがあると
自動的に自分が満たされる事はあるのかなと思います。



今満たされていないってことは
ストレスがかかって自分に余裕がない状態
ということも大きいと思います。



そのストレスが減るだけでも
自動的に自分が満たされる方向に
いくとことはあります。



では何にストレスがかかっているのか
と言うと大きな分類で言うと
3Gのストレスがあると言われてます。
義務・犠牲・我慢のGを取った3Gであります。



この3Gを止めることができたとしたら
それだけでストレスは減って
自動的に自分というのを
満たすということができるようになるのかなと思います。



まず義務として本当はしたくないのに
何々しなければいけないという風に
義務的に何かしていることっていうのは
僕達は多いのかなと思います。



そういう義務的に何かしてる時というのは
本当はしたくないと思っていることなので
それをしているということは
とってもストレスがかかってしまいます。



仕事であったりとか
子育ててあったりとか
家に帰って家事であったりとか
そういう本当はしたくないものから
少しでもそれが離れていくようになると
ストレスは減っていくのかなと思います。



全てをなくす事っていうのは
もちろんできないかもしれませんけど
それを減らしていくってことを
減らす努力をしていくってことはできるのかなと思います。



全部自分でしようとせずに誰かに頼むとか
そういうこともするだけでも
少し負担は減っていくのかなと思います。



そうやって義務的に何かをしていることを
減らしていくということも
ストレスを減らすための第一歩となります。



次に犠牲ですけど
自分が持っていないものまでも
与えようとしてしまっている
本当は自分が欲しいと思ってることもあるのに
それを欲しいと言えずに与えてしまっている
本当は何かをして欲しいと思ってるのに
してもらえないということで諦めてしまっている
そういうのでなんか犠牲となって
しまってることもあるのかなと思います。



自己犠牲ということが多くて
自分が何も持っていない状態なのに
相手に何かを与えようとするというのは
とても辛いって言うか
苦しいことなのかなと思います。



そういう犠牲となって
無理に何かをしてあげようとするとことも
減らしていくってことは大事なのかなと思います。



これは義務にもちょっとつながる部分があっては
全て全部繋がると思うんですけど
犠牲ということもあって
無理に相手のためにしなければいけない
ということを減らしていくってことも
とっても大切なことです。



そして最後に我慢というのは
我慢とは本当はやりたいのに何かをしてはいけない
まだ早いとか
こんなことをするのは常識外れたとして
我慢してしまってるっていう事が
あるのかなと思います。



やりたいことができない状態っていうのも
僕たちはストレスをかけてしまっている
原因の一つのあるかなと思います。



本当はこうしていきたい
本当は遊びたいのに
本当は寝ていたいのに
本当はもっと自由に世の中を渡っていきたいのに
それが出来ない



それが出来ずに
本当はしたくないことをしてしまっている
そういうことがストレスの一因となって
それが自分を満たせない
という風になってしまうのかなと思います。



そういうふうに義務・犠牲・我慢というのを
少しずつ減らしていくっていうことは
ストレスも減って
自分が満たされていないという感情も
減っていくのかなと思います。



今日は自分の満たせない満たされない原因として
ストレスがかかっている状態ということを
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。






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2020年06月27日2020年:6月

行動の動機は愛か恐れかの2つに分かれる

今日は僕たちの行動の動機として
愛と恐れの二つしかないということについて
お話ししようと思います。



僕たちは何かを行動しようとする時に
大きく分けて二つの行動の動機が
あると言われてます。
それは愛からくる行動なのか
恐れからくる行動なのかということです。



愛からくる行動というのは
自分に正直に嘘がなくて
文字通り相手に何かを与えていきたいとか
何か相手に喜んでもらいたいとか
そういうところからくる行動が多いです。



だから愛からくる行動で相手がされたとしたら
それは喜びにもなるし癒しにもなるし
プラスに働くことが多いです。



でも恐れからやっている行動をとる人も中には多くて
というか恐れからくる行動をとる人がほとんどだと
僕は思ってます。
僕もずっと恐れからくる行動ばかりとっていました。



恐れからくる行動をとっていると
何かされた人は奪われたような感じとか
何かされたとしてもおかしいな
ちょっと変だなぁとか
そういう風にちょっと疑問に思ったり
何か嫌な感じがするということがあります。



その恐れからくる行動というのは
何に対して恐れているのかと言うと
嫌われることだったり
恥かくことだったり
怒られることとか
笑われることを恐れて
何か行動してしまってるということがあります。



嫌われるのが怖くて
起こしている行動があったとしたら
それは相手に対して
嫌われないように嫌われないようにと
思っているだけなので
与えるということではないし
そんなことされても多分相手としては
喜ばれないということがあるのかなと思います。



愛の行動でも
恐れの行動でも
やっている行動っていうのは一緒だとしても
得られる結果っていうのは全く違うってことがあります。



愛の行動で相手を助けるということをすると
相手は喜んで自分も嬉しくなるはずです。



でも恐れからくる行動で相手を助けようとしても
相手は何か助けてもらったのに
奪われたっていうか
余計なおせっかいはされたという風に
感じるかもしれないし



自分としても相手が喜んでくれないとしたら
やってあげたのになんでわかってくれないの
何でこんなにしてあげたのに
そんな態度されるのというふうに
不満に思ってしまうことでしょう。



例えば何か親切にその席をいずれにしても
愛からくる席を譲る行為と
恐れからくる席を譲る行為では
全く違ってくると思います。



恐れからくる席を譲るという行為は
誰かに何か良い風に見られたい
という下心があったりとか
若者だったら何か席を譲らないと
そのお年寄りの人から
白い目で見られるとかないか
怒られるんじゃないかという。
そういう行為から仕方なく席を譲るということを
してしまうことがあるかもしれません。



そういう思いで席を譲るとしても
相手というのはもしかしたら
喜んでくれないかもしれませんし
自分としてもやっぱり不満は
残ってしまうことでしょう。



そうやってほとんどの行為というのは
愛からくるものなのかを
恐れからくるものなのかという
その二つに分けられることが多いです。



そして愛からくる行いっていうのは
大抵は自分に嘘がない行いが多いです。
自分が本当は本当にこれがしたかったから
それをするということが多くて
ストレートに自分の心を
反映していることが多いです。



でも恐れからくる行為というのは
本当はこんなことしたくないのに
誰かから怒られるからしなければいけない
という行動だったり



本当は何かやりたいことあったとしても
怒られたり恥をかくのが嫌だから
我慢してしまっている
それで別の行為をしてしまうということがあって



自分の心とは反対っていうか
嘘をついてるような行動が多くて
だからこそその自分に嘘をついているから
不自然でそれが伝わってしまうのかなと思います。



愛というのは自分に正直な行為であって
それがあるとより相手に与えやすいとか
その何か愛が伝わりやすい
受け取りやすいってことがあります。



でも恐れからくる行為ってのは
本当の自分の気持ちからする行動ではないので
それをされると何か不自然に思って
本当は与えてもらってるのに
何か奪われてるような
感じになってしまったりとか
余計なおせっかいで
やってもらわないほうが良かったとか
そういう風に感じられてしまうことがあります。




どれくらい自分に
自分の心に正直にいられるのかということが
愛からくるものなのかを
恐れからくるものなのかという
基準になってくるのかなと思います。



できるだけ自分の気持ちに
正直な行為をしていくということが
自分にも相手にも負担をかけずに
喜んでもらえるような
コツになっていくのかなと思います。



今日は僕たちの行動の動機として
愛からくるものなのか
恐れからくるものなのか
その二つに分かれていくということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年06月24日2020年:6月

満たされた分しか愛することができない

今日は自分で自分のことを受け入れた分しか
愛することができないということについて
お話ししようと思います。



僕たちは人に愛を与えるとしても
自分が満たされた分しか
自分で自分のことを受け入れた分しか
愛を与えることができないのかなと思います。



自分で自分のことを受け入れていなかったり
満たされていなかったりすると
その欠けた部分をどうにかして埋めようと
してしまうってことが先に働いてしまいます。



それというのは相手から受け入れてもらうとか
相手から何か与えてもらうとか
満たしてもらうという行為に
繋がってしまうのかなと思います。



相手から貰おう貰おうとしてしまっている時っていうのは
与えるということはできないです。
だからまず自分で自分のことを受け入れるとか
自分で自分のことを満たすということが
できていないと人はなかなか人に対して
愛を与えることは難しいのかなと思います。



それは子育てでも大きく関係していたりとかして
自分が満たされていない母親だったとしたら
子供さんに自分を満たそうと
してしまうってことがあるのかもしれません。



自分が子供さんに対して何か接していくことで
子供さんが良い成績を取るとか
そういう周りの人から認められるような成績を収めることで
自分が満たされるような思いになったりとか
そういうことがあるのかなと思います。



そういう自分の満たされない思いを
子供さんに託すと言うか
子供さんを通して満たそうと
してしまうというものがあると



子供さんとしては自分が好きなことをするよりも
お母さんが喜ぶようなこととか
お母さんのその気持ちを察して
自分の好きなことをすることよりも
お母さんが喜ぶようなことを
優先としてしてしまうってことがあるのかなと思います。



そういう風に子育てをするにしても
お母さんが自分で自分のことを
受け入れていくってことは
とっても大切なことになるのかなと思います。
そうじゃないと子供さんに満たそうとしてしたり
とかしてしまいます。



自分がどれぐらい満たされているのかということは
自分が相手に対して与えることよりも
受け取ることの方が多いのかということが
基準になってくるとのもあります。



もし誰にも褒められないとしても
誰にも何か言われなくても
それが本当にしたいことであったとしたら
それはその人は十分に満たされているという状態で
本当にそのことをやりたいっていうことが
あるのかなと思います。



でも誰も褒めてくれないし
誰も気付いてくれないものを
何かやらなければいけない
それが凄い抵抗があってやるのが嫌
こんなことするのなんてもう耐えられない
ということがあったとしたら
それは人から満たされたいという思いが
その行為をさせてしまっているのかなと思います。



そしてその行為をたくさんするということがある人は
たくさんあればあるほど
その人っていうのは満たされない
ということがあるのかなと思います。



自分で自分のことを受け入れていないからこそ
人に受け入れてもらおうと
人に助けてもらおうとか
何か褒めてもらおうという
そういう行為をしてしまうのかなと思います。



愛を与えるというよりは
愛をもらおうとしてしまう行為が多くなってしまいます
でも自分を満たして自分が受け入れて
自分を開放した分だけ
人に何かもらおうとするということは少なくなって
逆に与えるということが多くなるのかなと思います。



今日は自分で自分のことを認めた分しか
愛を与えることができないそうじゃないと
愛を逆にもらおうとしてしまうっていうことが
あるということについてお話しさせて頂きました。



ありがとうございました。




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2020年06月22日2020年:6月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催することができました。
いつも来ていただける人がいて
人数が集まらないという心配もなく
開催することができるのは嬉しいことです。 
 
 
 
途中で抜けたり、途中から参加されたりと
入れ替わりがありましたが、
全員で8人の方が参加してくださいました。
ありがとうございます。
 
 
 
人数が多くなったら2つに分けて
少人数で話をすることにしていますので、
濃い話がしやすいと思います。
それに、参加される方は
みんな優しくてちょっとしたことだったら
受け入れてくれる人ばかりです。
 
 
 
そういう仲間と一緒に苦しいことの乗り越えて
楽しいことをたくさんできたらいいなと思います。
 
 
 
 
僕としては、普段はあまり話ができずに
大人しく隅っこの方でチョンとしているタイプです。
明るくてにぎやかな人たちの輪には
入っていくことができないのです。
 
 
  
トラックの仕事でもみんながいる場では
物静かで淡々としていて
周りの人の話に耳を傾けながら
話を振られたらちょっと返すだけです。
 
 
 
そういう僕でも話ができる場というので
僕と似たようなちょっと大人しい人でも
話がしやすいのではないかなと思います。
実際に僕以外でも他では自分が出せないという人も
ここでは自分を出せると言ってもらえました。
 
 
 
あまりにぎやかで騒がしいノリではなくて
真面目な話を淡々としているようなところですが、
そういうのが好きだという人はいると思います。

 
 
人付き合いが上手な人のためではなくて
人見知りする人でも入りやすい場に
なっていけたらいいなと思っていますので、
もし、興味があるようでしたら
一度参加してほしいなと思います。
 
 
 
たぶん、カウンセリングに来られる人は
僕と同じようににぎやかなところが
苦手な人が多いと思います。
そして、もしかしたら
寂しい思いをしているかもしれません。
ちょっとでも寂しい思いが無くなり
心に安らぎを感じられるようなことが
できたらと思っています。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
7月3日(金)20時~
食事を食べながら、お酒を飲みながら
一緒に交流しましょう。
 
 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
  
 
ありがとうございました。




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2020年06月20日2020年:6月

なぜ偽りの自分を作るようになったのか?

今日はなぜ偽りの自分を作るようになったのか
ということについてお話ししようと思います。



理想的には本当の自分だけで生きていくことが
幸せにもなるしストレスもかからないと思います。



ではなぜ僕たちは偽りの自分でいるようになったのか
ということを考えていくとは
とっても大切なことなのかなと思います。



それはたいてい小さな頃か分からないですけど
本当の自分を出した時に
怒られたり
否定されたり
嫌われたり
恥かいたり
笑われたりという
そういう苦い思いがあるということが
大きいのかなと思います。



本当の自分を出して
そういう心に傷を負ってしまった
ということがあるから
本当の自分を出してはダメだ



こういう時には本当の自分を隠して
嘘の自分を出さなければいけない
という風に思って
演じるようになってしまった
ということが多いのかなと思います。



そしてその相手というのは
たいていは両親という場合が
大きいのかなと思います。



両親に本当の自分の気持ちを出したら
怒られたりしたという経験が積み重なると
本当の自分を出してはいけなくて
親の望むようなことを言わなければいけない
という風になってしまっても
おかしくはないのかなと思います。



本当は勉強はしたくないのに
親に勉強したくないと言うと怒られるので
勉強を好きになるふりをする。



それが小さな怒られならいいけど
その人を完全否定するような感じで
言われてしまうと
ゲームが好きということすら
言えなくなってしまう家庭も
あるのではないのかなと思います。



そして勉強が好きと自分で思い込むことで
親のその愛情を得ようとしていたということがあって
どんどんと自分の心が見えなくなってしまう
偽りの自分を出してそれが癖になってしまっていた
ということもあるのかなと思います。



本当の自分を認めて受け入れてくれた
という経験がある人は偽る必要がないです。



本当の自分を出したら
否定されたとか
怒られたとか
そういう心に痛みを持った人が



また自分を出すと
怒られたり
そういう否定されたりするという
強い思いがあって



もう二度とこんな思いをしたくない
と思うからこそ
なかなか本当の自分を出すことが
できないってことがあるのでしょう。



そんな感じで本当の自分を
出せなくなったその裏には心の痛みがあって
何か本当の自分を出すと攻撃されたという経験が
あるからかなのかなと思います。



それの少し見ていくだけで
自分のことを理解することが
できるのかなと思います。



自分が出せなくなったというのは
これが原因だと知るだけでも少し楽になって
自分を理解することができて
そして理解することができたら
解決策も見えてくるのかなと思います。



全然、自分のことが見えずに
強制的に本当の自分を出そう出そうと
根性で頑張ろうとしても
やっぱり痛みの方が大きいので
元に戻ってしまうとことがあるのかなと思います。



まずは、なぜ本当の自分を
出せなくなってしまったのか
そこにはどんな原因があるのか
どんな痛みがあるのかということを見ていて
その痛みを癒していくことも
必要になってくるのかなと思います。



その奥にある感情があるうちは
癒せてないうちは
本当の自分を出すことって難しいと思います。



そして親とか周りの人から
本当の自分を出した時に否定されてて
それが強ければ強いほど
今の自分というのは偽りの自分で
演じてしまってることが多いのかなと思います。



そういう過去を冷静に見ていくということも
とっても大切なことなのでしょう。



今日は本当の自分を出せないということは
過去に本当の自分を出した時に何か痛い思いとか
辛い思いをしたという経験がある
そういうのを見ていくと
少し本当の自分を出せやすくなるのかなと思って
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





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2020年06月17日2020年:6月

できないことはできない早く諦めよう

今日はできないことはできない早く諦めよう
ということについてお話ししようと思います。



よく他人と過去は変えられないけど
自分と未来は変えられる
ということを聞くと思います。



でもそれって本当にそうなのかということを
疑う必要もあるのかなと思います。



他人というのを変えることは難しい
というのはあるかもしれませんけど
でも自分を変えることというのも
とっても難しいことなのかなと思います。



自分が向いていないことを
一生懸命やろうとしても余計に空回りして
無駄な労力をかけてしまうってことは
大いにあることだと思います。



例えば良い母親にならなければいけないと思って
子育てに家事にと完璧にこなさなければいけない
普通以上に何かこなさなければいけない
と思ってしまっているお母さんがいるとします。



そういう家事が好きで
子育てが好きなお母さんであったとしたら
そういうのは得意で簡単に
できてしまうことでしょう。



でも中には家事も苦手で
子育ても苦手という
お母さんも絶対いるわけで
そういう人が無理に完璧にこなそうとすると
自分も辛くなるし
周りにいる人も辛くなってしまうのかなと思います。



自分の得意不得意なものってあって
そういう家事が苦手なお母さんがいたとしたら
他で得意な分野で活かせればいいだけであって
無理にきちんと家事をこなそうとか
子育てをしようとすると
問題っていうのは大きくなってしまうのかなと思います。



そういう意味で自分というのを
うまくコントロールするってことは難しいし
自分を変えるということは難しいのかなと思います。



そういうできないものはできないと諦めて
できる分野で頑張っていくというところがあったら
いいのかなと思います。



もう家事ができないのであったら
旦那さんにお任せするとか
おじいちゃんおばあちゃんがいるとしたら
そういう人にお任せするとか
もしかしたら子供さんにお任せする
ということもあるかもしれません。



それを無理に自分がやらなければと
苦手な分野でも無理してやっていくと
やはりうまくいかなくなって
そのうまくいかないということがあると
自分を責めたり
自分を責めて心が狭くなって相手を責めたり
イライラして不機嫌になったりと
悪循環になってしまうのかなと思います。



それよりは自分はもう家事は苦手なんだと開き直って
違う別の分野で貢献するようにしたほうが
よっぽどご機嫌でいられるし
周りの人に対してもイライラをぶつけずにすむから
いい影響を与えられるようになるのかなと思います。



このように自分を変えることというのも
とっても難しいことで
できないものはできないと諦める
ということは必要なのかなと思います。



その見極めというのもなかなか難しいもので
下手したら頑張ればできるかもしれないけど
それはとっても頑張らなければいけないことだとしたら
諦めることも必要かもしれませんし
でもやっていくうちにできるようになるかもしれないし
というものはあるから見極めというのは難しいけど



どんなに努力してもできないとか
好きでもない
ということがあったとしたら
それは早く諦めるって事が必要なのかと思います。



人それぞれ算数が得意な人もいれば
国語が得意な人もいるし
体育が得意な人もいるし
もしかしたら何も得意なことはなくて
人を笑わせるということに
向いてる人もいるかもしれませんし



平均的な80点をずっと取らなければ
いけないっていうものでもないのかなと思います。



家事が得意な人もいれば
仕事をするのが得意な人もいるし
自分の趣味をしながら
社会に貢献していくっていうことで
家族をまとめてあげていく
という人もいるかもしれません。



そういう自分の得意不得意をきちんと見極めて
できないことには早めに諦めて
できる分野を頑張っていけばいいのかなと思います。



悩みが多い人はできない分野に対しても
一生懸命できるようになろうと頑張りすぎて
エネルギーを使い果たして
そして自分を追い込みすぎて
悩みが大きくなってしまってる
ということが多いと思います。
なので諦めるということも必要なのかなと思いました。



今日はできないことはできない
早く諦めましょうということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。






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2020年06月15日2020年:6月

嫉妬されるのが怖くて自分の力を押さえ込んでいませんか?

今日は嫉妬されるのが怖くて
自分の力を押さえ込んでいませんか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは相手から嫌われたとか
嫉妬されて嫌な思いをするんじゃないのか
ということをすごい恐れてしまうというのは
あるのかなと思います。



そしてそういう嫌な思いをするぐらいだったら
自分の言動を押さえ込んだりとか
自分の持ってる力を押さえ込んで
あえて、できないフリをしてしまう
というところがあるのかなと思います。



仕事でもよく似た人たちの
グループの中に入ると
その中で一人だけ飛びぬけて
活躍してしまうっていう人がいると
周りの人は足を引っ張ろうとして
嫉妬してしまったりする
というのがあるのかなと思います。



その人も足を引っ張られたり
嫉妬されるのは怖いからこそ
自分の力を押さえ込んで
相手に合わせて
無難なことしか言わなかったり
無難なことしか
しなかったりという風に
なってしまうのかなと思います。



そうやって相手に気を使って
嫌われないようにとか
嫉妬されないようにっていう風に
心にその注意をしながら
やっているのかなと思います。



でも残念ながらそうやって
気を使えば使うほど
嫉妬されやすくなってしまうし
相手のペースに巻き込まれてしまうって
いうところがあるのかなと思います。



もし自分の力を大いに発揮して
飛び抜けて注目されたり
大活躍するという人がいたとしたら
それはその人のグループの中には入れないと思いますし
そのグループに入っていなかったら
嫉妬ももしかしたらされないと思います。



そのグループの中にいる人は
あの人はああいう人なんだって諦めて
最初から何も言わずにいるかもしません。



でもその同じ似たようなグループの中に入ると
いきなり飛び抜けて活躍しようとすると
足を引っ張りたくなるし
嫉妬もすることはあるのかなと思います。



相手に気を使って
自分の力を押さえ込んでやってるのに
余計に嫉妬されやすい環境にいるって言うのは
とってももったいないことなのかなと思います。



そのグループから抜け出すっていうのは
なかなか難しいことなのかもしれませんけど
思い切って自分の力を大いに発揮して
そこから抜け出すってことも
必要になってくるのかなと思います。



そうやって抜け出すのは怖いけど
抜け出してしまった後では
嫉妬もそんなに気にならなくなるし
そのグループの中にいるわけでもないから
その人たちの嫉妬も少なくなってくるのかなと思います。



そうやって嫉妬されるのが怖くて
自分の力を押さえ込んでいけばいくほど
周りの人からは支配されてしまうし
余計に嫉妬されやすい雰囲気に
なってしまうってことがあります。



いつかは自分の力を発揮して
その嫉妬のグループから抜けでて
大いに活躍するということも必要なのかなと思います。



それが自分のためでもあるし
その周りの人のためでもあるのかなと思います。



今日は嫉妬されるのが怖くて
自分の力を抑え込んでしまう
ということはもったいないことで
怖いけど一歩踏み出して自分の力を大いに発揮する場所
その時っていうのは来るのかなと思います。



抜き出て自分をもっともっと解放していけると
嫉妬も少なくなっていきますという話でした。



ありがとうございました。





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嫉妬について

今日は嫉妬について
お話ししようと思います。



嫉妬したことないという人は
いないのではないのかなと思います。
僕なんかもしょっちゅう
嫉妬の心に取られて
苦しい思いをしている時とかたくさんあります。



その嫉妬ですけど
どういう時に嫉妬が起こるのか
ということでお話ししようと思います。



だいたい嫉妬が起こる時というのは
自分よりも下だと思ってる人が
自分よりも多くのものを
何か得ている時ではないのかなと思います。



僕たちはいつまにか自分よりも
上とか下っていうのを
無意識に決めてしまってるところが
あるのかなと思います。



この人は自分より上で敵わない
というところあって
またからこういう風にたくさんもらってても
何も思わないということがあるけど



でも自分よりも下だと思ってる人が
自分よりも何かたくさん得ているものが
あるとしたらそれは不公平感と言うか
許せない気持ちになってしまうって
いうところがあるのかなと思います。




それが愛情だったり注目だったりと
自分が欲しがってるものを
相手が簡単にもらってると言うか
自分よりも多くもらってるということが
なんか嫌だっていう気持ちがわいてくると思います。



例えば会社で部下だった人が
何か分からないけど出世して
自分が上司でこんなにも頑張ってるのに
何もその出世もせずに満たされないとか
与えてもらえない、評価されていない
ということがあったとしたら
それは気持ちは穏やかでないでしょう。



その部下に対しては
物凄く嫉妬してしまいます
もうこの中はムカムカとして
何かやりきれない
気持ちになってしまうのかなと思います。



でもこれが自分より実力は上で
上司とかその先輩であったとしたら
その先輩が出世することに対しては
そんなに思わなかなと思います。



やっぱり自分より下の人が
自分よりも多く何か得ている
ということがあった時に嫉妬っということが
出てくるのかなと思います。



でもこの嫉妬っていうのは
人間だけじゃなくて
動物の世界でもあるようです。



犬の世界でもその犬の中で
ご主人様が誰かをひいきにして可愛がると
他の犬というのはその無理に
そのご主人様に割って入って
自分も可愛がってもらおうとするような感じで
犬の中でも嫉妬っていうのはあるようです。



だから嫉妬というのを止める事っていうのは
難しいものなのかなと思います。



嫉妬を止めることって難しいかもしれないけど
どういう風な時に嫉妬が起こって
そしてその嫉妬が起こった時に
少しでも早くその嫉妬のムカムカした
心から脱出するかということを
考える事っていうのは大事なのかなと思います。



まず本当にその人は
自分よりも多く得ているのか?
もしかしたら裏ではすごい頑張って
何か自分よりもその努力したとか
そういうことをしているかもしれませんし
それで得たものと同時に
失ってるものもたくさんあるかもしれない
ということも考える必要もあります。



それに本当にその人を下に
見てしまっていたのではないか?
もしかしたらその上とか下っていう
考え自体がその苦しみを生んで
しまってるのではないのか
ということも考えてみるのも
大切かなと思います。



いつまにか自分が相手を見下してしまって
いるのではないかということがあって
そういう考えがあると
より多くをもらってるとか
自分だけが損してる
なんかそういう気持ちに
なってしまうのかなと思います。



自分は十分に与えられてて
その上とか下とかっていう立場もなくって
みんな平等だという



ちょっと理想でもあるかもしれませんけど
そういう風な考えに
近づくことができたとしたら
嫉妬っていうのは減ってくるのかなと思います。



まあ動物の世界でも嫉妬ってもあるのだから
ゼロには絶対なくせなくて
少しずつでも嫉妬が起こった時に
そのムカムカとしたものを減らすということが
できるといいのかなと思います。



ここでは嫉妬というのは
自分よりも立場が下の人に対して
その人が自分よりも多く何かを得ているという
それを感じた時に嫉妬が起こるという
そのメカニズムを説明させていただきました。



ありがとうございました。







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2020年06月08日2020年:6月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて8人の方が参加してくださいました。
だんだんと打ち解けてきたと思います。 
 
  
 
最初は話だけでは物足りないので、
ゲームをしてみました。
昔流行った「マジカルバナナ」です。
集まったときにするゲームとしては
僕は結構マジカルバナナはやります。
会話の訓練としてです。
 
 
 
会話は連想力が求められるものだと思っています。
相手の話をどれくらい広げられるのか?
そういった連想する力があれば
会話は途切れることは少ないですからね。 
そういう連想力をゲームとして
鍛えられるから好んでいます。
 
 
  
その後はいつものパターンで
2つに分けての話し合いです。
少人数に分けたほうが濃い話ができますからね。
それぞれ自分のことを話をしたり
ちょっとスピリチュアルなことだったり
仕事のことだったりと
他では話ができないようなことでも
ここでは話ができるので良いと思います。 
 
 
 
僕もコロナのことなどで
これからどのようになっていくのか?
いろいろと聞いたり話をしたりして
スッキリすることができました。 
 
  
 
こうやって真剣に話ができる仲間の存在って
これから大切になってくるのかなと思います。
困ったときでもあの人に聞けば大丈夫とか
助け合える人間関係があることって
心強いですからね。
 
 
 
皆さんも興味があれば参加してくださいね。
 
今度は
ZOOM飲み会
6月19日(金)19時~
参加費 無料
です。 
 
  
 
ありがとうございました。







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2020年06月06日2020年:6月

良い人になって愛されても自信はつかない

今日はいい人になって
愛されても自信はつかない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちはすぐに自分のことを演じてしまうって
ことが多いのかなと思います。
本心を隠して相手に合わせてしまう
っていうことは少なからず
誰でも経験してることなのかなと思います。



それは人間関係において
すごい大切なことでもありますけど
でも、それが大きくなって
全然、自分が思ってるようなことでも
ないことを言ってしまったり



本当は嫌だと思ってても良いと思ったり
本当は笑いたくなくても苦笑いはしたりと
暗い気分で明るくしたくないのに
すごい自分の中で気持ちを盛り上げて
明るくしてしまったりと
そういうふうに自分を演じてしまって
本当の自分が出せないということになってしまう人も
いるのかなと思います。



それも、どんどんとやっていくと
本当の自分というのが
わからなくなっててしまうのではないのでしょうか。



本当の自分がどう感じてるのか?
本当はどうしたいのか?ということが
ずっと押し殺してやっていると
見えなくなってしまいます。



人に合わせて人はどう感じているのか?
どのようなものを期待されてるのか?
ということが優先順位で上になっていってしまって
自分がどうしたいのか
自分が感じてる気持ちっていうのは
第2、第3になってしまって
心の奥底になってしまいます。



そして良い人になって
たしかに人から好かれるって事は
あるかもしれませんけど
良い人である自分を好かれていったとしても
それは自分の自信にならないので
はないのかなと思います。



仮面をかぶって本当の自分じゃない
演じてる自分を好きになってくれているだけであって
本当の自分を出すと嫌われるのではないのかという
恐れが強くなってしまって
どんどん自分が分からなくなって
しまうということになりかねません。



自分を出すということも
たまには必要になってくる
のかなと思います。



本当は自分はこうしたい
みんなはこれが嫌だと思ってても
これは良いと思ってたり
みんながこれは嫌いだと思っても
自分を好きだと思ったり
本当は楽しくないから
みんなが楽しんでることでも
自分は楽しくないと言えたり



そういう本当の自分
本当の気持ちを出せるようになった時に
自分っていうのがわかってくるし
自分に自信がつくのかなと思います。



偽りの自分でどんなに人から好かれようと
自分に自信がつかなくなるし
そうやって人から好かれ
偽りの自分を好かれてやっていくと
偽りの自分を外せなくなるって言うか
抜け出せなくなってしまう
ということもあるのかなと思います。



本当の自分を出すのが怖くなってしまって
偽りの自分でずっと生きていかなければ
いけなくなってしまうという思いを
強くしてしまうのではないのかなと思います。



偽りの自分でいるというのは
すごいエネルギーを使うものです。
本当は自分をこうしたいと思ってるのに
こうしたダメと自分で禁止しているわけだから
その自分の思いを押し殺すというのは
とってもエネルギーを使う。



たぶん人と会って偽りの自分から脱した時に
どっと疲れが押し寄せて寝込んでしまう
ということもあるのかもしれません。



偽りの自分を出しても
偽りの自分で好かれても
自信にもならないし
疲れて人と会うのも嫌になってしまう
それぐらいだったら少し勇気を出して
本当の自分を出していくってことも
必要になってくるのかなと思います。



そしてそれが自分の自信にも繋がるし
自分のことを好きになっていく
ということもつながってきます。



そして本当の繋がりというのも
そこから生まれてくる
のではないのかなと思います。



うわべだけの相手に合わせた繋がりではなくて
本心を言っても誰も嫌わないという
そういう確かな繋がり
本音で言い合えるそういう
深い関係になっていけたら
そのつながりは本物なのかなと思います。



偽りの自分というのを
なかなか手放すことはできないと思いますから
少しずつでもちょっとずつ勇気を出して
本当の自分、本当の気持ちを
言えるようになってこれたらいいのかなと思います。



どんなに偽りの自分で人から好かれても
自分に自信をつくことなんてできないですし
逆に偽りの自分から離れなくなってしまうと
ことがあるというそういう注意事項で
今日はこういう話をさせて頂きました。



ありがとうございます。







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2020年06月04日2020年:6月

思い込みの裏にあるショックな体験

今日は思い込みの裏にある
ショックな体験ということについて
お話ししようと思います。



前回に固定観念について
説明させていただきました。
僕たちは自由な考えをしていいはずなのに
それが固定してしまっていると
苦しみを生んでしまうということです。



花は綺麗でも汚くてもどちらでもいいのに
花は綺麗でないといけない
汚いというのはダメなことだということになると
ちょっと苦しみが
大きくなってしまうのかなと思います。



ではなぜそんな思い込みとか
固定観念が作られるなったのかと言うと
その裏には強いショックな体験とか
苦しい体験、辛い体験というものが結びついている
ということがあります。



例えば子供の頃に弱さを出して
いじめられたとします。
そうするとその人は強くなければいけない
弱さを出すとまたあのいじめられたような
つらい経験をしてしまうのではないのか
ということが考えられてしまいます。



そうなるとその子供の頃の
弱さを見せて辛い経験が
大人になってからも
弱さを見せてはいけない
強くなければいけない
という風にずっと思い込んでしまってて
ずっと強さだけを出して弱さを引っ込めて
全然出せない人になってしまう可能性はあります。



そのショックな体験が強ければ強いほど
その人は強くなければいけないし
弱い自分なんてダメだという風に思い込んでしまう
って事はあるのかなと思います。



こんな風に過去に何か怒られたり
笑われたり恥をかいたりとか
そういう風にショックな体験があると
もうこんな思いは二度としたくないと思って
そうしないよう
こうなければいけないとか
これをしては駄目だ
という風に思い込んでしまうという所が
あるのかなと思います。



僕も小さい頃は親に迷惑をかけて
散々怒られてきたので
迷惑をかけてはいけない
という強い思い込みを持っていました。



迷惑をかけてしまってる自分がいると
途端に許せなくなってしまうし
迷惑をかけてしまってる相手をみると
そういう人を見ても許せなくなってしまう
というものがあります。



もしその昔のショック体験がなかったとしたら
別に迷惑をかけようがかけまいが
どちらでもいいという風になって
苦しみはうまないと思うし
自分に対しても相手に対しても
裁きの心というのはないのかなと思います。



でも迷惑をかけると
また小さい頃のように
怒られるのではないのかという
そういう恐怖があるから
僕はずっと迷惑をかけられずにいました。



でも小さい頃を振り返って
この迷惑をかけてはいけないという思い込みは
ここから来てるのだということがわかっただけでも
理解することができて
少しその思い込みから
洗脳から解けたってことはあります。



だから今、思い込みで
こうでなければいけないとか
ああでないといけない
ということを思ってるという人がいたとしたら
それは小さい頃のショックな体験があった
ということがあって
それを振り返ってみるとことは
とっても大切なことなのかなと思います。



大抵は思い込みの裏にはショックな体験がある
ということについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。







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2020年06月02日2020年:6月

固定観念が苦しみを生む

今日は固定観念が苦しみを生む
ということについて
お話ししようと思います。



固定観念というのは文字通り
固定してしまっている観念ということで
例えばこの花は綺麗だという
観念があったとして



それが固定してしまうと
この花は何があっても綺麗だ
綺麗じゃないなんてありえない
と思うとが固定観念で
固定してしまっている観念という風に
言えるのかなと思います。



それが花であったとしたら
さほど問題はないかもしれませんけど
仕事で上司にはきちんと礼儀正しく
敬わまなければいけないとか
仕事に対してはサボってはいけなくて
きちんと真面目に取り組まなければいけないとか
時間に対しては遅刻なんて許せない
というふうに固定観念として
なってしまってるとしたら
それは問題があるのかなと思います。



上司に対して敬ってない人を見ると
攻撃したくなるし
それが許せなくなってしまいます。



もしそれが固定観念が外れて
上司を敬ってもいいし
敬わなくてもいいという風に
どちらでもいいと思えることができたとしたら
誰か上司に対して無礼を働いてるのを見ても
何も思わないと思います。



でもそういう固定観念があると
無礼なことをしてしまっている人に対して
攻撃したくなるし裁きたくなる。
それが問題を大きくしてしまうのかなと思います



遅刻してはいけないという人に対しては
遅刻してしまってる人に対して
責めて裁こうとしてしまいますし
もし自分が遅刻してしまったりとかすると
自分を裁いて責めることになってしまいます。



子育てにおいても子供に対して
過度にこうでないといけないと
要求が強すぎてしまうと子供も苦しいし
思い通りにならなかったとしたら
お母さんとかお父さんも
苦しくなってしまうのかなと思います。



子供が学校で良い点を
取らなければいけないとか
クラスに迷惑をかけずに
きちんと馴染めないけないとか



そういう固定観念があればあるほど
子供は点数を良い点を取らなければならなく
なってしまいますし
クラスに対しても変な行動はできずに
ずっと自分を我慢することに
なってしまうのかなと思います。



ある程度はそういうことも
必要なのかもしれませんけど
行き過ぎた固定観念になってしまうと
はみ出す事を許せずに
自分をギュウギュウづめになってしまうし
相手に対しても型にはめてしまう
ことがあるのかなと思います。



こうでなければいけないとか
こうしなければいけない
これをしてはいけないという風に
何でも固定観念でハメてしまうと
それが苦しみの元になってしまうので



こうであってもいいし
こうでなくてもいいという
ゆるい気持ちになることができたとしたら
苦しみというのは減っていくのかなと思います。



遅刻してもいいし
遅刻しなくてもいいし
点数を良い点を取ってもいいし
悪い点であってもいいし
上司に対して敬ってもいいし
無礼に働いてもいいし
そういう緩い考えができたとしたら
悩みは減っていくのかなと思います。



今日は固定観念が苦しみを生む
ということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございます。






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2020年05月30日2020年:5月

質問の質が人生の質を決める

今日は質問の質が人生の質を決める
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは心の中で自分に対して
いろんなことを質問している
というのはあるのかなと思います。



例えば不機嫌な人を見た時に
自分の何がダメだったのか?
何が相手を不機嫌させてしまったのだろうか?
という風なことを問いかけていると
自分のダメさが答えとして
返ってくるのだろうと思います。



こんなことをしたから駄目だったとか
あんなことを言ったから不機嫌になったのかとか
そういう自分の言動でダメな部分が答えとして
上がってくるのかなと思います。



でもちょっと質問を変えて
どうやったら相手が喜ぶのか?
という風な質問すると
こんなことをすると相手は喜ぶとか
あんなことしたら相手が不機嫌から
良くなるんじゃないかという
相手を喜ばす視点に変わるのかなと思います。



また、もうちょっと質問を変えて
この状況をどうやったら楽しめるのか?
というふうに自分の中で問いかけると
こんな苦難の中でこういうこともできるのではないかとか
こういう考え方をしてこの苦難を
楽しむことができるのではないか
というふうに前向きにその捉えることも
できるのかなと思います。



そういったものは全て自分に対しての
どのような質問するかによって答えが全く違ってくる
というふうになるのかなと思います。



そういうことで人生を変えたければ
質問を変えるということが
必要になってくるのかなと思います。



またこれは自分に対しての問いかけも
そういうふうに質問を変えていくことも大事だけど
相手に対してどのような質問するかによって
相手の感情も変わってくる
ってものはあるのかなと思います。



例えば相手にこれは何が悪かったのか?
って聞いていくと悪かった答えていうのが
相手からどんどんどんどんと返ってくると思いますし
何が良かったのかって風に相手に問いかえると
良かった答えがどんどんとっててくると思います。



これは簡単な例ですけど
そんな感じでどのような質問するかによって
どのような答えが返ってくるのか
というものも変わってきます。



人生の質を上げたければ
質問をどのようにするのか
どんな良い質問を自分の中とか
相手に問いかけるのか
ということを考えていくっていうのは
とっても重要なことなのではないのかなと思います。



幸せな考え方を持ってる人は自分の中で常に幸せな
問いかけをしているということはあると思いますし
不幸な考え方を持ってるって言う人は
自分が中でもしかしたら
不幸になるような質問の問いかけをしてしまって
その答えが質問不幸な答えになってしまってる場合があります。



自分で質問を変えてその答えを変えていく
ということをしていくと
少し人生が変わってくるというのが
あるのかなと思います。



今日は質問の質が人生の質を変えていく
ということについてお話しさせて頂きました



ありがとうございます。






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2020年05月27日2020年:5月

理解することが思いやりにつながる

今日は理解することが思いやりを生む
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは何か凶悪な犯罪者とか罪深い人に対して
あんなやつはもう二度と更生しないのだから
死刑にすればいいとか
そんなやつひどい裁きを与えて
懲らしめるべきだということで



何か思いやりとよりは罰を与えなければ
罪を償わさなければという風に考えてしまうという
ところがあるのかなと思います。



でも果たして本当に罰を与えることが
その人の回復をさせるのか
ということについても
考えなければいけないのかなと思います。



僕の考えでは罰を与えても
その人が変わるわけでもなく
やはり愛と許しと受け入れることによって
その人が優しくなったり気持ちを切り替えたりとか
そういう前向きにできるようになるのかなと思います。



決して罪を被せて罰を与えるということをして
その人が更生するのかと言うと
それはなかなか難しいものではないのかなと思います。



その罪を償わせるという行為を
思いやりに変えるということ
をするために必要なものが
相手を理解するということなのかなと思います。



そういう犯罪者とかそういう人を見たときに
僕たちは勝手な憶測で相手を判断してしまう
というところがあるのかなと思います。



なんて身勝手で
なんて自己中心的な人なんだろう
そんな奴はもう人間としてある
まじきものだという自分とは全く別の生き物だ
という風に見てしまうところもあるのかなと思います。



でも相手のことを理解しようとすることによって
その見方が少しずつ変わっていく
っていうところはあるのかなと思います。



その犯罪者の人生を見ていた時に
もしかしたら小さい頃から親に虐待されて
学校でも行き場もなく自分の人生をもう諦めて
どうしようもなく投げやりになった時に
何か大きな犯罪を犯してしまった
ということもあるかもしれません。



確かにそれで罪が消えるかと言うとそうではないけど
自分とは全く別の存在で初めから凶悪犯罪者なんだっていう
そういう思いからちょっとその理解することによって
これだったら犯罪を犯しても
もうしょうがないかなっていう風に
少し心が大きくなれるのかなって
許しをちょっと考えることが
できるのかなと思います。



そういうふうに
相手のことを知れば知るほど
その思いやりってものが
出てくるのかなと思います。



逆に相手のことを理解しようとせずに
勝手な自分の解釈で物事を見ようとすれば
相手は立ち直りはもう絶対無理の
生まれてからの凶悪犯罪者という
風な目で見てしまうとこともあるのかもしれません。



その人の生い立ちとか環境とか
そういうのもじっくりと見ていくと
実は僕たちとそんなに変わらない人たちで
その環境がたまたま悪かったからこそ
そういうふうに犯罪するしか方法が
なかったと言うか
そういうもうところまで追い詰められた人
という風に見ていくことも
もしかしたらできるのかなと思います。



そういう感じで僕たちは相手のことを
理解することによって許しとか
思いやりができるのかなと思います。



そんな凶悪な犯罪者という
風なことだけではなくて
よく夫婦でも旦那さんの事が許せない
何であんな身勝手なことを
するのだっていう風に思って
勝手にそのあいつはダメだって
その烙印押してしまうとそれまでだけど



でも旦那さんのことを
ちょっと理解しようとして
その生い立ちを見ていくと
もしかしたらこんな風になっても
しょうがない環境なんだっていう風に
もしかしたら見えてくるものがあるのかもしれません。



そういう相手のことを
理解しようとするってことは
思いやりをつける上で
とっても大切なことなのかなと思います。



理解することが思いやりを生む
ということについてお話しさせて頂きました。




ありがとうございました。





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2020年05月25日2020年:5月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
もう、毎週のようにやっていますね。
コロナの自粛があってから
ZOOMでの交流が増えて
県外の人たちとも知り合えて
輪が広がっていきました。
 
 
 
今はネットで気軽につながれるので
すごく便利ですもんね。
しかも、他のすごい人たちも
直接の講演などできないから
ZOOMでの講演や交流も増えて
益々、ネット上でのつながりが
もてやすくなっていると思います。 
 
 
 
昨日は途中退場や途中参加など
入れ替わりもありましたが、
合計すると9人の方が参加してくださいました。
ありがとうございます。
 
 
 
占いができる人がいて
ただで占ってもらったり
コロナのことだったり
仕事での悩みだったりと
いろいろと話をすることができました。
 
 
 
もっとつながりを深めて
一緒に向上できたらいいなと思ってます。
苦しい時やつらいと思っている時が
一番成長ができる時だと思います。
そして、そういう人が集まっているので
幸せになるために自分を向上していける
場所にしていけたらいいなと思います。
 
 
 
20時から22時30分くらいまで
話をすることができました。
いつのように人数が多いので、
2つに分けて少人数で話をする
という形にしています。
 
 
 
まだまだ続けていこうと思っていますので、
興味がありましたら参加してほしいなと思います。
 
 
 
今度は6月5日(金)20時から
開催予定です。
 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
 
ありがとうございました。











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2020年05月23日2020年:5月

自粛警察② ヒーローに憧れる

今日は自粛警察についての②を
お話ししようと思います。



前回は悪を滅ぼして
正義は勝つというストーリーは
僕達の中にしっかりと刻み込んでいるって
言う事についてお話しさせていただきました。



今回はそれとちょっと似ていますが
ヒーロー願望になりたいものも
僕たちの潜在意識の中には
あるのかなと思います。



僕たちはウルトラマンに憧れたりとか
そういう正義のヒーローになるということが
すごい憧れがあるのかなと思います。



正義の世の中で救世主が現れて
悪をこっぴどくやっつけるという
そういう正義のヒーローになって
みんなから賞賛を得て
それでなんか去っていくという
そういうもののヒーローになりたいと
誰もが思うことはあるのかなと思います。



そういう正義のヒーローに
なりたい願望が今もし出てきて
悪と思われる人が目の前にいて
自分が活躍する場所があると思う人が
悪だと思われる人に対して
こっぴどく何か裁きを起こすということは
よくあるパターンなのかなと思います。



そしてその正義のヒーローになりたい
という人の心を見ていくと
大体は劣等感が強い人ほど
正義のヒーローに憧れる
ということもあるのかなと思います。



物語でもすごい本性は弱っちくて
もう弱虫で何もやってもダメだっていう
そういう人がちょっと何か仮面をかぶったりして
劇的に変化して強いスーパーマンのようになって
悪を滅ぼすという物語もあるように。



そういうなんか自分の中で
強い劣等感があるとその裏返しとして
何か活躍しておきたいとか
みんなから何か賞賛を
あびるようなことをしたいという
欲求に繋がっていくのかなと思います。



そういう自分の中の満たされない感覚
っていうのを悪を滅ぼして
正義のヒーローになることで
少し満たしていくることも
もしかしたらあるのかなと思います。



それはヒーローコンプレックスとか
メサイアコンプレックスと
言われるようなことで
表しているという言葉もあります。



自分の中の満たされないとか
劣ってるという劣等感を
正義のヒーローで活躍することで
満たしていくてそういう人は
悪を見つけた時に強い攻撃的になって
裁きを起こしてしまう。



それが今の自衛警察
自粛警察でもあるのかなと思います。



あまりも強く裁きを起こす人というのは
強い劣等感があって
ヒーローに憧れている
ヒーローになりたいと思っている人があって
実際にそれを実行しているということがあり
それが余計に問題を大きくしてしまっている
ということも大きいのかなと思います。



そうやって裁き続けることによって
本当に問題が解決するのか?
というと今見てる限りでは
余計に問題が大きくなっていると
いうことはあるのかなと思います。



ヒーローに憧れるということも
自粛警察で何か原因があって
関係しているのかなと思って
お話をさせていただきました。



ヒーローに憧れる
ヒーローコンプレックスとか
メサイアコンプレックスとか
自分に劣等感があるばあるほど
そういう正義のヒーローとして
活躍していかなければいけない
という思いを強くしてしまう
ということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございます。





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2020年05月21日2020年:5月

自粛警察① 悪を滅ぼすストーリーが大好き

今日は自粛警察①ということで
僕たちは悪をくじく
そういうストーリーが
大好きということについて
お話ししようと思います。



僕たちというのは
小さい頃から戦隊もの
何々レンジャーとかいう戦隊ものとか
あと女の子だったら
セーラームーンとかプリキュアとか
魔法少女のように
正義の味方が悪を懲らしめる。



悪を倒すというストーリーに
ずっと触れてきて
悪を倒すためだったら
正義は悪人に対して
どんなひどいことをしても良いという
そういう物語が頭に染み付いているのかなと思います。



これはよくアメリカの映画でもそうで
すごい悪者に対して正義のヒーローが
最後に勝つという感動的なストーリー
というのをよくとえていると思います。



でもそのストーリーというのは
正義側から見てのストーリーであって
悪人からの視点のストーリーというのは
なかなか無いのかなと思います。



しかもその悪人というのは
凶悪犯でもう見るからに
ひどいことをやっている
わかりやすい感じだと思います。



そしてその凶悪犯に対しては
正義の味方はそんなにひどいことをしても
もう最後はボロボロになって
殺されるような状態だったとしても
それで正義が勝つのでしたら
それは丸く収まるということで
そういうストーリーが定着している
ということがあるのかなと思います。



正義の裁きをするためであったら
悪に対してはどんなひどいことをしてもいい
という風なそのストーリーが
もう僕たちのなかに
身についてしまっているのかなと思います。



そしてそれを見ることによって
僕たちはスッキリとするっていうか
何か満たされた気持ちになるのかなって思います。



悪人はやっぱり退治されて
正義のヒーローは最後に勝つのだという
そういう典型的な筋書きをずっと見せられていると
一人だったらそんなに大したことは
ないのかもしれませんけど
多くの人がそういう正義は最後に勝つ
悪は最後に滅ぶのだというストーリーを
植え付けないてしまっているのでは
ないのかなと思います。



それが今の自粛警察においても
そういうストーリーにはまってる人が
少なからずいるのかなと思います。



自粛をせずに出歩く人に対して
そういう人は悪だと決めつけて
悪は滅ぶべきっていうことがあって
最後に正義は勝つ悪は滅びる。


そういう良いか悪いかとか二元論でしか
考えられないっていうことがあって
悪は徹底的に裁かれなければいけない
という風に安易に考えてしまっている
という事もあるのかなと思います。



そしてそれが僕たちは
心地よく感じるってこともあるので
余計に始末が悪いのかなと思います。



悪人に対して
どんなに厳しい処罰があったとしても
それは世の中を良くするためには
しょうがない
必要なことだ!という風に
思ってしまってるって事があると思います。



映画の中とかそういう戦隊ものとか
魔法少女の中ではそういうことは
あってもいいのかもしれませんけど



でもそれが世の中に対してだと
簡単にどれが善かどれが悪か
ということも分からないですし
本当にその悪をこっぴどく
倒してしまってもいいのか
ということも考える必要はあるのかなと思います。



そしてそれは多分僕たちの植え付けられた
その戦隊ものとかストーリー 
正義が勝って最後は悪が滅びる
ということが大きく関係しているのかなと思って
この話をさせていただきました。



僕たちのその潜在意識の中には
正義は勝つ悪は滅びる
滅びるためには
悪はどんな酷い事をされても
しょうがないって言う
そういうものがあるとあるのかなと思いました。



今日はそういう自分の中の
ストーリーというのを
ちょっと見ていくと
自粛警察に対して見る見方が
変わってくるのかなと思いました。



戦隊ものとか
魔法少女もの
ヒーローものって言うのは
僕としては大好きで感動を覚えるということを
ちょっと頭に入れといても
いいのかなと思いました。



ありがとうございます。








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2020年05月19日2020年:5月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
人数も多くて僕を含めて11人でした。
すごいですね!!
 
 
 
でも、人数が多くなると
みんなで話をする時間が減るというか
一応、3人4人グループに分かれて
話をしてもらっていますが、
交代してばかりいると
仲良くなれにくいのかなと思います。
 
 
 
昨日は僕は楽しく会話できました。
笑い話とか真剣な話ができるって
とっても良いですからね。
自分を高めることに熱心な人もいて
講座の話なども聞けて良かったです。
 
  
 
ZOOMは無料版を使っているので
40分になったら強制的に切れてしまいます。
40分のタイミングでメンバーを交代して
なるべく全員と話ができるように
していったのです。
 
 
 
途中からは把握できなくて
同じ人が重なったりとしましたが、
それもしょうがないことです。
 
 
 
県外の人たちも増えてきて
移動しなくても遠くの人と話ができる
ネット環境の良さを味わっています。
顔も見れますし、直接会わなくても
濃い話ができるのでネットで十分です。
 
 
 
後は、ただの雑談だけでなくて
一緒に成長していけるような仲間つくりが
できたらいいなと思っているので、
テーマを決めて話をするとか
いろいろとやっていけたらいいなと思います。
 
 
 
まだまだ始めたばかりなので
これからどうやっていくのかは
模索中です。
良かったら参加してみてくださいね。
 
 
 
次はZOOM飲み会
5月22日(金)20時~
食べながら、飲みながらお話をしましょう。

 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
 
ありがとうございました。






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2020年05月16日2020年:5月

馬の王子様を待っていても失望に変わる

今日は白馬の王子様を待っていても
失望に変わるだけということについて
お話ししようと思います。



よく昔の童話で
白雪姫やシンデレラのように
不幸な自分を
白馬の王子様とか魔法使いが現れて
幸せにしてくれるのではないのか!



待っていたらそういう誰か手を
差し伸べてくれる人が来て
自分を幸せにしてくれるのではないのか
ということに期待を込めている人が
少しながらにしているのかなと思って
このお話をさせていただきたいなと思います。



たしかに不幸な自分でいると
手を差し伸べてくれるという人は
いるかもしれませんけど
でも童話のシンデレラや白雪姫のように
王子様のようなかっこいい人が
自分をガラッと変えて救ってくれるということは
なかなか考えられないのかなと思います。



第一にはそういう受け身の姿勢でいると
本当にそういう人が現れたときに
はたして、その人の援助を受けられのか
ということについてです。



自分があまりにも苦しくて
不幸だと思っていると
全てがマイナスに見えて
そういう手を差し伸べてくれようと
している人に対しても
疑ってかかってしまうということがあるようです。



何かこの人は裏があるんじゃないのか
後で何か請求されるのではないのか
というふうに疑ってしまっているっていう。



確かにそういう人もいるので
注意は必要かもしれませんけど
中には善意で本当にその人のためを思って
手を差し伸べてくれているのに
自分があまりにも不幸だと
そういう手を差し伸べた手も
払いのけてしまって
自分の殻に閉じこもってしまう
ということもあるようです。




また本当に待っていたらそういう人が現れるのか
ということについても
考えた方がいいのかなと思います。



自分が何も行動を起こさずに
ただ家で待ってるだけで
そういう人が探し出して
現れてくれるのかと言うと
それはなかなか難しいことなのかなと思います。



たぶんそういう探し出して
自分のことを見つけて救ってくれる
ということは幻想で
やはり自分が変わるためには
どこか行って援助を求めていくとか
そういうところを探し求めて行って
助けを求めるということは
とっても大切なことなのかなと思います。



またそういう白雪姫や
シンデレラストーリーのように
一気にカラッと貧乏だった人が
お姫様になるとか眠れる森の少女のように
ずっと眠っていたものがキスで
いきなり目を覚まして幸せになるとか
そういう一気にガラッと変わるということは
なかなか考えられないのかなと思います。



お金持ちになりたくて
一発逆転で宝くじを狙うという
そういうことにも近いのかなと思います。



自分を変えるというのはそういう一発逆転の
ガラッと変わるものではなくて
地道な積み重ねによって
少しずつ上がっていくものなのかなと思います。



一気にガラッと変わったものというのは
一気にまた元に戻るという可能性もあります。
今日から勉強しようと思って
やる気になって三日間ぐらいは
そのやる気は続くかもしれませんけど
それが一週間とか一か月とか
するのを続けることは
とっても難しいことだと思います。



でも毎日10分でもいいから
積み重ねていってそれをに20分、30分と
どんどんと伸ばしていって
最後に1時間することができた
そういう人はなかなかその元に戻ることは
ないのかなと思います。



そういう風に一発逆転で
何かガラッと自分の事を救って
幸せにしてくれるということじゃなくて
小さな積み重ねをしていくことで
少しずつ幸せになっていく
考え方だったり
行動なりが身についていって
いつのまにか幸せになった
ということがあるのかなと思います。



そんな感じで
幸せなストーリーを憧れるということは
ちょっと危険なことなのかなと思って
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。







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2020年05月14日2020年:5月

不安と親離れの関係

今日は不安と親離れということについて
お話ししようと思います。



ちょっとした出来事であったとしても
不安になる人もいれば
大きなトラブルがあったとしても
不安になることなく
冷静に対処していく人もいます。



その違いというのは
どれぐらい自分で考えて決断して
そして責任を取っていくのかという
その経験が大きいのかなと思います。



自分であまり決断することなく
責任取ることなく
過ごしていたという人は
ちょっとしたトラブルがあったとしても
途端にどうしていいのか
分からなくなってしまって
間違ってしまうのではないかとか
失敗するのではないかという
そういう思いも大きくなって
不安になってしまうということもあるのかなと思います。



それってのは
親の影響ってのも大きいのかな
と思います。



過干渉の親の元で育った人というのは
親が勝手に決めるって言ったって
いうことが多いのかなと思います。



親の言うことを聞いていればそれでよかった。
進学にしても
何か勉強をするにしても
ゲームをするにしても
買い物をするにしても
何か食べるものにしても
全て親が決めて言って
自分は何も決断することがなかった。



何も間違わずに
責任を取ることもしなかった
ということがあったとしたら
小さなトラブルであったとしても
途端に不安になってしまうことでしょう。



僕も母親がちょっと過干渉なところがあって
その不安は大きかったです。
例えば車とか買うとき、大きな買い物をする時に
自分ではこれがいいと思っていても
誰か他に認めてくれる人がいなかったとしたら
その買うことを決断するてことは
難しかったです。



自分のお金で
自分で出して買うものであったとしても
本当にそれがいいものなのか
ということを決断するってことは
とっても勇気がいることで難しかったです。



逆に母親なり
それを良いと言ってくれる人が
いたとしたら
それで安心をすることができました。



そんな感じで
親に安心を求めて
決断を求めてしまっていた
というところがあります。



そんなことをしていては
いくら当たっても親離れできないですし
何かしようとしても不安を感じて
誰かに承認を得なければいけない
といういう状態に
なってしまっていることでしょう。



そういうところから
自分が失敗してもいいから
これをやるのだということを
積み重ねてやっていくということも
必要なのかなと思います。



はじめそういうことをしようとするのは
すごく勇気がいることだと思います。
今まで親が何でも
決めてくれていたところで
自分が決断しなければいけなくなった
というのは
それは決断するのはすごく怖いことだし
本当にこれでいいのかっていうのを
誰かに確かめて
そのOKをもらいたくなることでしょう。



でもそれをぐっと堪えて
自分で決断してみる
ということを練習していくってことで
不安というのは
少しずつ減っていくのかなと思います。



ここで誤解をしないでほしいのは
誰にもアドバイスを求めないで
決断するっていうわけではなくて
最終決断は自分の中にあって
いろんなアドバイスを聞くことは大切だけど。



僕みたいに親がダメだと言うと
途端に罪悪感をもって
それが自分の中で自信をなくなって
やめてしまうっていうことではなくて
いろんな意見を聞いて
それでも自分がそうだと思ったら
それにそれをしたがって
決断していくっていうことが
親離れになっていくのかなと思います。



そうやって自分で決断して
自分で責任をとっていく
そういうことの積み重ねをして行った時に
どんなトラブルであっても
不安というものを感じずに
対処していけるようになるのかなと思います。



逆にちょっとした出来事であったとしても
誰か頼ったり
誰かの意見にすがったりしてばかりいると
不安というのはつきまとって
その人自身が小さなのトラブルであったとしても
弱くなってしまうのかなと思います。



不安と親離れというのは
密接に繋がっているので
不安が大きい人というのは
親離れを少しずつでもできるようになると
いいのかなと思いました。



今日は不安と親離れについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。








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2020年05月11日2020年:5月

ZOOM交流会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
今回は僕を含めて7人の方が
参加してくださいました。
いつもは3人で、それも良いのですが、
やっぱり人数が多いと盛り上がりますね。 
 
 
 
ちょっとずつZOOMの抵抗も
無くなってきているのかなと思います。
はじめは使い方が分からないとか
どれをダウンロードしてとか
迷うと思いますが、
一回使ってみるとZOOMの使いよさを
感じられると思います。
 
 
 
ZOOM飲み会だと移動時間もかからないし
場所の予約とかの手間もないし
県外の人ともつながれるし
これを覚えたら普通の飲み会は
面倒になってきてしまいます。
 
  
  
 
それで、7人なので
3人4人のグループに分かれて
話をしてもらいました。
濃い話をしようと思ったら
少人数のほうが良いですからね。
 
 
 
無料のZOOM版なので
40分で一回切れます。  
切れたらみんなが入り直しをして
グループの組み替えです。
40分の制限もこうやって使えば便利です。 
 
 
 
心のことに興味がある人が
参加してくれているので
これからの自分の人生についてとか
コロナのこれからについてとか
いろいろと話をすることができました。
そして、最後は笑い話で終わりました。
 
 
 
僕たちは一人では弱い生き物ですが、
仲間の存在によって強くなれるし
何かチャレンジしていこうと思えるのでしょう。
この人とのつながりは
豊かな人生を歩むうえで
欠かせないものなのだろうと思えます。 
   
 
 
これからも、続けていこうと思っていますので、
興味がある人は参加してくださいね。
 
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
5月15日(金)20時~
参加費 無料
 
お酒を飲みながら、何か食べながら
気楽にお話をしていきましょう。
 


ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com


 
 
ありがとうございました。








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2020年05月09日2020年:5月

不安は感染しやすい

今日は不安は感染しやすい
ということについて
お話ししようと思います。



今コロナの影響で
不安を大きくしてしまってる人
っていうのは多いのかなと思います。



当たり前だと思っていた日常が
いきなりできなくなって
店によっては休業をされて
明日どうなるかわからないとか
これから先どうなるかわからない
給料ももしかしたら保証されていなくて
不安になってしまう
ということもあるのかもしれません。



そういう人たちの不安というのは
大きいというのは
もちろんあると思います。



でも中には自分の持ってる不安は
そんなに大きくないのに
周りから影響されて
大きくしてしまってる人も多いのかなと思うので
こういう話をさせていただきたいなと思います。




不安などの感情は伝染しやすくて
自分の持ってる不安は
小さなものだったとしても
周りから煽られて不安な言動とか
その言葉を聞いているだけで
自分の中に大きくしてしまう
ということがあるのかなと思います。



ある人の話で小学校のお子さんがいて
別にいじめられてるわけでもなく
何の悩みもないのに
学校に行くのが不安だ
というお子さんがいました。



そのお子さんのことを聞いて言っても
何も問題は無さそうなんだけど
お母さんの話を聞いてみると
お母さんが小学生の頃いじめにあって
ちょっと辛い体験をしてしまっていました。



そのお母さんの不安が子供に伝染していったのです。
自分みたいな学校でいじめられるのではないかとか
つらい思いをするのではないかという。



そういうお子さんに対して
不安を見ていたということがあって
でもそれは口に出したわけでもなくて
ただ自分の中で思っているだけなのに
子供さんはそれを感じ取って
学校に行くのが不安だと言って
行けなくなってしまってたってことがあったようです。



それに気づいてお母さんは自分の中にある
不安と向き合って解消していったところ
子供さんは元気よく学校に行くことができた
ということがあったみたいです。



このように不安というのは
自分の中にある不安もあるけど
だいたい外から与えられた不安
というものも大きいのかなと思います。



もし自分の中に不安が出てきたとしたら
それは外から与えられたものかというのも
ちょっと注意深く見てみるのも
いいのかなと思います。



今テレビとか新聞とかそういうの見ると
どんどんと不安を煽ってくるものが
大きいのではないのでしょうか。



普通の人であっても
そういう番組を見ていると
不安というものが
大きくなってしまいます。



そういう時はテレビから離れたり
ちょっと新聞を読むのを止めたりして
不安を解消していくってことも
必要になってくるのかなと思います。



僕たちがどんなに不安がったとしても
解決方法なんてえられるわけでもないし
やれることっていうのは
淡々とした積み重ねであるから
その不安定というのはかえって
行動するのに邪魔になってくるのはあります。



そういう不安になるような
テレビとか新聞とか見ずに
今できることを精一杯やっていくことも
必要になってくるのかなと思います。



あと体質によっては
相手の感情を感じ取りやすい
という人もいるので
そういう人も要注意なのかなと思います。



鈍感な人はいいのですけど
敏感な人というのは
相手の感情を自分の中に
感じ取ってしまうという能力が長けている人がいます。



ちょっとした不安でも
相手からの不安を
自分の中に持ってしまう。



そういう人たちは自分の中で
バリアを作ると
少し相手からの影響が
はぶかれるっていうことが
あるみたいなので透明なバリアを
自分の中に自分の枠の外に
つけるようなイメージをすると
いいのかなと思います。



そうやって相手からの不安を
自分の中に入ってこないようにして
不安を小さくしていけたらいいのかな
と思いました。



今抱えてる不安というのは
自分だけのものではなくて
相手から与えられているような不安もある
ということも注意して
見ていくといいのかなと思って
お話をさせていただきました。



ありがとうございました。








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2020年05月07日2020年:5月

愛と許しはセット

今日は愛と許しはセットである
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちが、なぜ人を愛するということが
なかなか難しいのかと言うと
相手に何か罪があったり
許せない気持ちがあったり
するからなのかなと思います。



僕たちは何か相手が
罪深いことをしたり
何かその許せないようなことをした時というのは
罰するということが先に思い浮かんで
それを実行したがるのかなと思います。



その相手を罰する時というのは
愛ではないですよね!
相手のその良さを受け入れるとか
何か与えてあげたいというよりは
相手の言動を変えなければいけないとか
懲らしめなければいけないという
そういうちょっと攻撃的な
感じになってしまうのかなと思います。



例えば旦那さんが借金を作って
どうしようもなく苦労させられている
ということがあると思います。



そういう旦那さんに対して
借金をしてしまうということを罰するし
許せないという気持ちは
当然起こると思います。



そんな不満の中で
人を愛するということは
すごく難しいことなのかなと思います。



でも、もし許すということができたとしたら
もう借金を作ってしまったのは
しょうがないから
これから一緒に頑張って返していこう
という諦めの気持ちとか
心を広くするということができて
相手を信じることができたとしたら
許すだけで相手を存分に愛することが
できるのかなと思います。



子供に対しても一緒で
言うことを聞いてくれない子供に対して
どうしても許せない
ということが起こるかもしれないけど



でも、それを許すということも
だからしょうがない
許すことができたとしたら
子供に罪をかぶせることがなく
罰するということもなくなって
存分に子供に愛を与えることが
できるのかなと思います。



僕たちが愛することができないというのは
相手に罪があって
それを罰しなければいけないという
攻撃的な思いになってしまうところから
あるのかなと思います。



許せないということは
愛せないということに繋がってしまって
許すことで相手を存分に愛することが出来る。



愛と許しはセットである
ということが言われるのかなと思います。



僕たちは当然
許すということについては
難しい課題なのかなと思います。



自分の思い通りにならなかったりとか
迷惑をかけられたりとか
嫌なことをされたりしてしまうと
許せない気持ちがあるし
相手に恨み持ってしまうのかなと思います。



そういう時は
やっぱり愛でいられない
ということがあるので
許しをすることによって
愛を感じることができるし
愛を与えることができる。



すごく理想論でもあるのですけど
でも許すことで
愛が復活するということは
覚えておいてもいいのかなと思います。



僕なんかもまだまだ
その許しに対して
できていないと思います。



だから許しということを
学びあうことも必要だし
相手を許した分だけ
愛するということも出来るようになる
ということも僕も知ってるので
そういうことを少しずつ
実践していけたらいいのかなと思います。



許すと相手のはセットなっている
だからこそ許しをした分だけ
思う存分に愛することができる。



心も広くなって
いろんな人を温かく
見守っていけるのかなと思います。



許しはなかなか難しいですけど
許し多分だけ愛することができる。
大切なことかなと思いました。



ありがとうございました。








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2020年05月04日2020年:5月

ZOOM交流会 終了

今日はZOOM交流会を
無事に終了することができました。
まあ、いつもの3人なんですけどね。
なかなかZOOMは抵抗がありますね。
残念ですが、お誘いしても
良い返事を頂けないことが多いです。
 
 
 
今日も3時間くらい話をしました。
みんな心理系の話とか
スピリチュアルなことも好きで
仕事場とかでは、なかなか話できないことを
話ができてよかったと言われました。
 
 
 
僕もそうだけど、一般世間では
真面目な話をしようとすると
馬鹿にされたり、煙たがれたりと
難しいのかなと思います。
 
  
 
その場の空気に合わせて
無難なことを言っているだけで
本当に言いたいことは我慢している
ということが多かったです。 
   
 
 
もっと自由にノビノビと
自分の思っていることを表現したいですもんね。
それができる相手がいることは
とっても幸せなことだと思います。
僕も語るのが好きなので、
充実した時間を過ごすことができました。
 
 
 
今はコロナの影響で外に出られませんし
時間もあって、外に出なくても
ネット上で気軽に集まって話ができますし、
遠い人とでも話ができるのが良いですね。 
 
  
 
たぶん、コロナはまだまだ続くと思いますし
ネット上での交流が主流になっていくことでしょう。
コロナが落ち着いたとしても
ネット上のほうが楽に交流できるので、
直接会ったりするよりも良いと思っています。
一度、こういう楽を覚えると
ますますネットが主になってくることでしょう。
 
 
 
ガラケーからスマホに変わったように
直接会うことから
ネット上の交流が主になってきそうです。
今のうちから慣れておくのは大切だと思います。 
  
 
 
これからもZOOM交流と続けていきます。
次回は
ZOOM 飲み会
5月8日(金)20時~
を開催したいと思っています。
 
 
 
興味がある人は参加してくださいね。
お待ちしております。
 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
 
  
ありがとうございました。











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2020年05月03日2020年:5月

許す前に責める

今日は許す前に責める
ということをお話ししようと思います。
 
 
 
僕たちは許しが大事だということは
みんな分かっていると思います。
でもいざ相手を許そうと思うと
とてもそれは難しいことなのかなと思います。



そんな簡単に相手を許せるぐらいだったら
人間関係もトラブルということも少ないですし
もっとうまく世の中は
回っていけるのかなと思います。



前にもお話したように
許せないというのは
誰かから何かを奪われたり
取られたりっていう状態なので
それを簡単に許す
ということは難しいとのはあります。



その許すのに最大の
ネックとなっているものは
感情というものがあるのかなと思います。



頭では許すと思ってても
感情が許せないと思っているうちは
なかなかその感情の方が力が大きいので
勝ってしまってて
許すことって難しいのかなと思います。



だからまず許す前に
きちんと相手を責めるということも
必要になってくるのかなと思います。



この責めるというのは
直接相手に何かを言うということも
もしかしたら必要なのかもしれませんけど
でも自分の中の記憶に対して
言うということもあるのかなと思います。



もう過ぎ去ったもので相手が
いなくてどうしようもない
ということがあったとしたら
その怒りをどこに
ぶつけていいのかわからない!
ということもあるでしょう。



そういう時は
自分の中の記憶の相手に向かって責める
ということも必要になってくるのかなと思います。



こんなことされて嫌だったとか
傷ついたとか
腹が立ったとか
そういう感情というのを出さなければ
許すということは
簡単にできないのかなと思います。



逆に感情を全て出し切った後
というのは許すということに対して
あまり抵抗がなくなってくるのかなと思います。



その感情をスッキリさせるためにも
相手を責める
自分の中にある感情を
諸々のそのマイナスの感情をぶつける
ということは
とっても大切なことかなと思います。



心の中にある
黒いものを出さずに押さえ込んで
無理矢理相手を許すとしようとしても
なかなかその黒いものが解けないから
頭ではわかってても
心では許せないっていう気持ちはあります。



なのでまずその心を
スッキリさせるためにも
自分がその諸々の黒いものを解消して
白いものを入れていくためにも
その黒いもの一回吐き出すということは
とっても大切なことなのかなと思います。



中には怒りを出さないとか
恨みを持ってはいけないと思っていて
ずっと心の奥に仕舞い込んでしまってる人も
いるかもしれませんけど
それは心の奥にあるだけで
消えていくものではなく
どんどんどんどんと溜まっていくのかなと思います。



そういうのは
まず出すということは
必要になってくるのかなと思います。



直接相手にぶつけることも
もしかしたら有効かもしれませんし
それか大切なその聞いてくれる人とか
友達とかそういう人に
感情を出していくってことも
聞いてもらって
悔しかったとか
そういうのを出していくのも大事ですし
あと自分の中の記憶に対して
思いっきり何かぶつけていくっていうことも
必要になってくるのかなと思います。



そうやって感情を出していて
憎しみとか苦しみとか恨みとか
そういうのを出して
スッキリした後に
初めて許すということができるのかなと思います。



許すためには
感情をスッキリさせるためにも
まず責めるということは
とっても大切なことかなと思いました。



今日は許す前に責める
ということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。










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2020年04月30日2020年:4月

許せば自分を取り戻せる

今日は許せば自分を取り戻せる
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰か
嫌な人から嫌なことをされたり
何か奪われたり取られたり
ということをされると
許せないという気持ちに
なるのかなと思います。



そして奪われたものとか
取られたものを
どうにかして奪え返そうとか
取り戻そうという風にしてしまいます。



それはお金であったり
プライドであったり
自尊心であったり
というものがあるのかなと思います。


お金という目に見えるものであったとしたら
相手から取られたとしたら取り
戻すということは
比較的簡単にできるのかなと思います。



相手にもよりますけど
どれぐらい取られたっていうことが
分かるのかなと思います。



でもプライドであったり
自尊心であったりというのは
目に見えないだけに
取られたっていうことは
なかなか判断できないのかなと思います。



しかも相手も奪おうと思って
何かやったわけではないのかもしれませんし
自分が勝手になんか傷つけられたとか
不当に扱われたとか
価値がない人間のように扱われた
という風に思い込んでるだけ
ということもあるかもしれません。



でも奪われたような気がする人は
どうにかして
それを取り戻そうとしてしまうのかなと思います。



それは自分が奪われたと
言うことがあるので
自分の中にあるものを
何か欠けたというか
相手に取られたという状態だから
少し穴が空いてる状態
なのかなと思います。



その欠けた部分を埋めようとして
相手から取り戻そうとして
そういう風に
何か攻撃的になったりとかして
取り戻そうとするのかなと思います。



でもその取り戻そうとする
行為をしたとしても
相手の反感を
買ってしまうことがあったりして
余計に傷ついてしまったり
自分の何か求めるものが得られなかった
余計に何かをもっと取られてしまうって
いうこともあるのかなと思います。



そういう時には
思い切って許す
ということも必要になってくるのかな
と思います。



許すというのは
その自分の捉えたものとか
奪われたものを放棄する
相手に上げたままにする
ということなのかなと思います。



そうやって自分の中にある
ものを取れたものを
放棄することによって
逆に欠けた部分というのが埋まる
というのはあるのかなと思います。



自尊心だったり
プライドだったりするものっていうのは
放棄することによって
自分の中に元からあって
それは奪われたりするものではないのだ
ということが気づけるのかもしれません。



無理にそれを取り戻そう
取り戻そうとすると
喧嘩になってしまって
余計にいざこざで傷ついてしまう。



ということがあるけど
それを取られたままにして
放棄することによって満たされるし
十分にあるのだということが分かって
欠けた部分が埋まるって事が
あるのかなと思います。



そうやって
自分の欠けた部分が埋まる事によって
自分らしく生きていけるようになるのかな
と思います。



許せないと思ってるうちは
その欠けた部分を取り戻そう
取り戻そうとしている状態ですけど
許す
それを手放すことによって
十分に自分にはそういうものがあるのだ
そういうことか気づけて
取り戻す必要なんてないのだ
実は取られてもいないのだ
十分豊かにあったんだっ
ていうことが気づけるのかな
と思います。



そういうふうに
もし嫌なことがされたり
何かプライドが傷ついたり
自尊心を傷つけられた
と思ったとしても
それを放棄する
許すことによって
自分の中に十分にある
そういうものは取られていない
ってことが気づけて
より自分らしく生きていける。



取り戻すという労力を
使う必要もないし
そんなとこにエネルギーを使って
余計なことをする必要も
ないのかなと思います。



許すということは
自分を満たす
自分の中には
取られるものなんてないのだ
ということに気づく
ということなのかなと思います。



今日は許すことというのは
自分の中にあるものに気づくこと
自分を取り戻すことということについて
お話しさせて頂きました



ありがとうございました









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2020年04月27日2020年:4月

ZOOM交流会 終了

今日は人数のほうが心配で
開催できるのどうかと思っていましたが、
なんとか僕を含めて3人
参加してくださりました。
ありがとうございます。
 
 
 
ネットだと抵抗がある人が多いですからね。
なかなかお誘いしても
良い返事を頂けないのです。
新しいことをするのは
エネルギーが必要なので
しょうがないことですけどね。 
 
 
 
またまた3人と小人数でしたが
いろいろとお話をすることができました。
こうやって深い話をしている時が
僕の幸せな瞬間ですからね。
癒されました。 
 
  
コロナのこととか
それぞれの近況と、これからのことや
心理的なことなど
普段は話せないようなことを
話できるのはいいですね。
 
 
 
それに、自分が落ち込んでいたり
何かチャレンジしようとしたときに
仲間の存在は大きいです。
一人では堂々巡りしてしまうことでも
話をするだけで解決することもあります。 
 
 
 
仕事仲間でもなく遊び友達でもなく
真剣に人生について話をする
そういう仲間の存在は
良い人生を送るのには欠かせないと思います、
 
 
 
特に僕は友達が少ないので、
こうやって真剣な話ができて
お互いに向上していこうとする
仲間がいることはありがたいことです。 
  
 
 
もし、僕と同じように
友達がいなくて孤独や寂しさを
感じている人がいましたら、
一緒にお話をしながら
つながりを深めていきたいと思っています。 
 
 
 

 
 
 
ありがとうございました。








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2020年04月26日2020年:4月

何かが優れていると何かが劣っている

今日は何かが優れていると
何かが劣っている
ということについて
お話ししようと思います。
 
 
 
人の能力というのは
僕は均等にできているのかなと
思っています。
 
 
 
何かすごい才能があって
活躍していってる
という人がいると思いますけど
そういう人は
どこかで何か劣っている部分とか
欠点というものがあるのかなと思います。
 
 
 
例えば研究者タイプで没頭して
何かをやり続けることができて
すごい才能が発揮して
研究のその成果も
発揮している人がいるとします。
 
 
 
でもそういう人は
日常生活が無茶苦茶で
ろくに食事も
お風呂も入れなかったりと
そういうことが
日常生活ができていなかったり
というする人が多いのかなと思います。
 
 
 
イメージ的には
マリオカートという風な
イメージがあるのかなと思います。
 
 
 
マリオカートというのは
カートで順位を競うわけですが
そのキャラクターが選べて
キャラクターが上手いバランスで
できているのです。



ピーチ姫とかキノコの
キャラクターであるとすると
ダッシュは早いし小回りもきく
でも最高速度はそんなに高くないし
ぶつかれば飛ばされてしまう
ということがある。



でもクッパやドンキーコングのような
キャラクターだと
当たっても力強さがあるし
最高速度もすごい早い
でもダッシュも弱いし
カーブとかの小回りも効きにくい
ということがあります。



そしてマリオやルイージ
というキャラクターは
どれも平均的で
優れてるものもあまりないし
劣っているものもあまりないという
そういう平均的な
そのノーマルのものがあると思います。



そのキャラクターも
場所によって
活躍するところが違うのかな
と思います。



コースが複雑で
カープが多い場所では
ピーチ姫やキノコのように
小回り効いた
車の方がいいかもしれませんし
直線が多い場所だと
クッパやドンキーコングのように
大型のキャラクターを選んだ方が
優先的に勝てると思います。



僕たち人間も一緒で
その能力によって
いろんな活躍の場所があると思います。



ある人は研究者タイプだったり
スポーツタイプだったり
それか平均的な
オールマイティーだったりと
いろんな活躍の場所があると思います。



だから何か優れてる人がいたとして
羨ましい気持ちは
持つと思うんですけど
そういう人の裏側を見ると
何かすごい劣ったものがあって
それを犠牲にしているからこそ
そういう大きな成果があげられる
ということがあります。



そして自分の中にも
何か劣っているものばかりと
思っているかもしれませんけど
その裏には長所があって
その活躍する場所さえ与えられたら
自分は生かされる
ということがあるのかなと思います。



人間の能力というのは
大抵がうまく作られていて
すごい優れたものがあったとしたら
その裏には
すごい劣っているものもあるし
優れてるものもなければ
劣ってるものも少ないと
いうことがあるのかなと思います。



そういう能力は
均等だという風に見ていくようにすると
ちょっと自分と
その天才的な活躍している人も
違いはないのかな
という風に思えるのかなと思います。



今日は何か優れてるものがあると
何かを劣っているものがある
それはセットであって
切り離すことができない
ということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。







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2020年04月23日2020年:4月

インターネットは自分の本当の姿を大きく映し出す

今日はインターネットは
自分の本当の姿を大きく映し出す
ということについて
お話ししようと思います。
 
 
 
ネットというのは
だいたい自分の本名を使うということは
あまりないのかなと思います。
 
  
 
facebookとかというのは
本名を出していることが
多いと思いますけど
掲示板であったりとか
チャットとか2CHとか
そういうものに対しては
大体は匿名を
出しているのかなと思います。
 
 
 
そして匿名になった時に
その人の本性というものが大きく
クローズアップ
されるのかなあと思います。
 
 
 
ネットでちょっとした有名人が何か
問題起こしたり不倫だったり
何か間違いを犯してしまったとすると
ものすごい剣幕で叩く人
というのがいると思います。
 
 
 
自分に害があったわけでもないのに
なぜそこまで、その人を悪く言うことができるのか
恨むことができるのかというのは
不思議なことでもありますけど
それはその人の中にある
何か我慢していること
というのが大きくなって
そういう表現がされるのかなと思います。
 
 
 
そして、そういう叩く
ネット上で強い表現で
相手を叩く人というのを
実際に会ってみるとすると
案外おとなしくて
物静かという人が多い
というのはあるみたいです。
 
 

匿名で自分という姿が
見えにくくなった時に
そう人の本性
というものが大きくなって
出てくるのかなと思います。
 
 
 
普段は物静かで
ずっと自分の感情を押し殺している人が
ネットの匿名になったとかに大いに
その怒りとか嫉妬心とか
そういうのを出して相手を叩く
という風になるようです。
 
 
 
匿名というのはそんな感じで
自分の持っている押さえ込んでいる
その怒りとか
嫉妬心とか
諸々のマイナスのところも大きくなって
映し出すということもあります。
 
 
 
また有名になりたいとか
相手から良い風に
見られたいということで
必要以上に自分の飾った姿を見る
ということもよく見かけられます。
 
 
 
ネットで見かけたのが
自分の誕生日に友達をお金で募集して
たくさん来てもらって
こんなにも自分の誕生日は
盛大に祝わられているという
写真を撮るために
お金をかけて作る
という人もいるようです。
 
 
 
これなんかもネット上でいかに自分が
リア充で恵まれて
何か満たされているのかっていう姿を
世間にアピールしたい
そういうのが大きくなって
出てきたということもあるのかなと思います。



またネット上では
嫉妬というも起きやすい
というのはあります。



いろんな人が
自分の華やかな姿を見せている
そういうのを見ていると
自分が情けなくなってしまう
というのは大いにあると思います。



ネットというのは
ほんの一部分しか見せていないのに
いかにもその人のfacebookとか
インスタグラムの姿で
どこどこの美味しいものを食べたとか
旅行行ったとか
こんな人に会ったとか
そういうのを見ると
ついついその人がずっと満たされている
幸せな時間をずっと過ごしてると思いがちですが
でもそれはほんの一部分であって
他は悩んだり苦しんだり
そういう姿があると思います。



でもそれがなかなか見えずに
一場面がすごく華やいでいると
すごく自分の心が嫉妬される
落ち着かなくて
ざわざわするということは
大いにあるのかな
と思います。



そういうのでネットというのは
自分の欲求が大きく膨らんでしまうから
扱いは注意しなければいけないな
とは思いました。

そういう自分が不安になったり
何かざわざわするようなことがあるとしたら
ネットから距離を置くというのも
一つの良い選択肢なのかなとは思います。



自分が自分でいられるために
ある一定の距離感というのは
必要なのかなと思います。
ネット欲求が大きくなる
ということをお話しさせて頂きました。



ありがとうございました。










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2020年04月20日2020年:4月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催することができました。
といっても前回と同様に僕を含めて3人です。
ギリギリの人数でやっていますので、
次回は開催できるのやらちょっと心配です。
 
 
 
いろいろとお声かけはしているのですが、
ZOOMというと抵抗があるようですね。
直接会って話をするのでしたら
来てくれる人はいるのですが、
ネットでの交流はちょっと・・・
という残念な返答をいただきます。
 
 
 
コロナの影響で当分はみんなで集まることは
難しい状態でしょう。
早ければ連休明けで解放されるかもしれませんし、
長引けば半年とか1年は
もしかしたら集まることは難しいかもしれません。 

 
 
今のうちにネットを利用した環境に
慣れておくことは大切だと思うのです。
特に今は休日であっても
どこにも出かけることもできないので、
時間がある人も多いと思います。
 
 
 
ちょっと抵抗があるかもしれませんが、
一回やればこんなにも簡単で
気楽にできるものなのかとわかると思います。
 
 
 
ということで、もし交流することに
興味があるのでしたら、
チャレンジしてほしいなと思います。
 
  
 
昨日は飲みながらということで
いつもよりもテンションが高くなって
話ができたと思います。 
 
 
 
3人でしたら話は盛り上がることができて
楽しい時間を過ごすことができました。
やはりコロナのことが話の中心でしたね。
みんな、いろんな情報を持っていて
教えてもらったりもしてよかったし、
これから、新しいこともやっていこうと
思えることができました。
 
 
 
ただ、やっぱりもう少し人数も増えて
盛り上がってくるといいのですけどね。
そこは、僕のこれからの課題かなと思っています。
 
 
 
次回は
ZOOMカフェ
4月26日(日)13時30分から
参加無料
気楽に喫茶店でお茶をするような感覚で
飲み物を飲みながらとか
ちょっと食べながらお話をしましょう。
 
 
 

質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com




 
ありがとうございました。









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2020年04月18日2020年:4月

過去の出来事は変えられないが、捉え方は変えることができる

今日は過去の出来事は
変えることはできませんが
過去の捉え方は変えることができる
ということについて
お話ししようと思います。
 
 
 
自分の過去を振り返って
あまり恵まれた環境でなかったという人は
案外多いのではないのかなと思います。
 
 
 
親からひどい扱いをされたとか
学校で辛い思いをたくさんしてきた
という人は結構多いのかなと思います。
 
 
 
そういう過去の出来事というのは
何が起きたかというのは
変えることはできない
というのはあると思いますけど
そこからどのように自分が
感じるか、考えるかということは
いくらでも変えることができるのかなと思います。
 
 
 
辛い環境だから荒れてしまって
犯罪に犯してしまう人もいれば
辛い環境だからこそ
それをバネにして
多くの人を救うこともできる
そんなふうに
全然違う生き方になってしまう。
 
  
 
これは過去をどう捉えるか
ということが
大きくなってくるのかなと思います。
 
 
 
ただ過去を変える
捉え方を変えるとしても
感情が追いついてないと
なかなか捉え方っていうのは
変えることができないと思います。
 
 
 
つらい体験があると
許せないとか
なぜ自分だけが、とか
色んな感情というのが
そこにひっついてると思います。
 
 
 
その許せないとか
もしかしたら自分を責めて
こんな自分なんて駄目だから
辛い環境があるのだとか
いろんな自分の感情がひっついていると
それがその捉え方をそのまま
固定してしまっている原因にも
なってしまうのかなと思います。
 
 
 
まずはそのつらかった感情とか
腹が立つ感情とか憎しみとか
嫉妬とか自己嫌悪とか
そういう感情を解放して
まっさらな状態になった時に
自分の過去を
冷静に捉えることができるように
なるのかなと思います。
 
 
 
どんな物事であったとしても
プラスの面もあるし
マイナスの面もあります。
 
 
 
でも感情的になっている時というのは
マイナスの面しか
捉えていないことが多いのかな
と思います。
 
 
 
何か奪われたとか
減らされたとか
酷い扱いされたとか
そういうマイナスの面だけしか
目が向かない
というのはそれは当然なことで
そうしてしまっても
しょうがないことだと思います。
 
 
 
そして感情的に憎しみとか恨みとか
思ってしまっても
それはしょうがないこと
でもその感情が抜けて行った時に
冷静に見てみると
そこに多くのプラスの面というのも
見ることができるように
なるのかなと思います。
 
 
 
ひどい扱いをされたからこそ
そういう人たちの気持ちを
わかることができたり
ひどい扱いをしてしまう
その原因がもしかしたら
何か相手に対して
気配りが足りなかったり
自分の言葉不足だったり
 
 
 
それはただの
自分の思い過ごしだったりと
いろんなことも
考えることもできるかもしれませんし
またそういう辛い経験
起こった原因を調べる
勉強するとかする途中で
色んな気づきに会う
かもしれません。
 
 
 
そういう辛い経験というのは
宝にもなるかもしれませんし
負の遺産として自分を破滅する
というものにもなるかもしれません。
 
 
 
ただ感情を解放していくと
冷静に自分の出来事を
見つめることができるので
なるべく早く感情を解放していくこと
というのは
とっても大切なことなのかなと思います。
 
 
 
感情をどう解放していくかというのは
やはり感情というのは
感じ切ればなくなる
消えていく
薄れていく
というとこがある。
 
 
 
多分感情というのは
その時押し殺して、我慢して
心の奥に閉じ込めて
しまってることが多い
のかなと思いますけど
そういうのを少しずつ出して
感じ切る
そうやっていくうちに
感情というのは
だんだんと薄れていく
というものがあります。
 
 
 
感情が薄れていくと
冷静に物事を見れて
またいろんな面が
その出来事から捉えることができます。
 
 
 
今日は過去は
過去の出来事は
変えることができませんが
過去の捉え方は変えることができる。
 
 
 
そこから多くのことを
多くのプラスのことを見つけていけると
幸せになれるなと思いました。
 
 
 
ありがとうございました。








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2020年04月17日2020年:4月

我慢することで問題を解決しようとしていませんか?

今日は我慢することで
問題を解決しようとしていませんか
ということについて
お話ししようと思います。



会社でも夫婦関係だったりしても
僕たちは我慢することで
その問題を解決しようとしている
ということが多いのかなと思います。



何か相手から
嫌なことを言われたとしても
自分さえ、ぐっと我慢して
そうやって耐えていれば
丸く収まる
争わずに済むということで
我慢をしてしまう
ということが多いのかなと思います。



確かに多少の我慢というのは
必要になってくるとは思います。
でもそれが我慢ばかりして
それを解決策に
持っていこうとしている
というのは
それは解決になっていないことの方が
多いのかなと思います。



我慢は問題の先送りというふうに
僕は考えています。
本来なら何か嫌なことを言われた時に
その人に自分の意見をきちんと言えるとか
自分の気持ちを伝えることができたとしたら
その時はもしかしたら嫌な思いをしたり
人と争ったり
言い合いになったり
とすることがあるかもしれません
でもそれがかえって
人間関係を良くしたり
問題を解決しやすくする
のかなと思います。



でも何か言いたいことがあったとしても
ぐっと言葉を飲み込んで
我慢をする
そういうことをしていくと
相手も問題はないと思って
どんどんと言ってくるようになるし
その我慢する人も
どんどんと我慢をさせられる
そういう状況に
陥ってくるのかなと思います。



我慢すればするほど
問題が先送りになって
そして問題が小さく
なるのであればいいのでしょうけど
大抵は問題は
大きくなってしまうことがあるのかなと思います。



そして我慢の限度が超えた時に
一気に爆発して
すごい大きな問題となってしまうことが
あるのかなと思います。



夫婦関係であったら
我慢の限度が超えて
いきなり離婚という風に
なってしまったり
仕事においては
いきなり仕事を辞めるという風に
大きな決断を
してしまう可能性があります。



それよりも小さな我慢を
少しずつ減らしていって
ちょっと嫌なことがあった時に
思い切って伝えてみる
そういうことをして
自分の気持ちを表現するように
していくことで
問題っていうのは
多少解決していくのかなと思います。



我慢したとしても
心の中ではうずうずと
その不満なり何かが溜まって
それが消えていくことはないです。



ちょっとの我慢であったとしても
それがどんどんと積み重ねれば
大きな不満となって
そしていつか爆発してしまうという
ことになってしまうので
我慢をするということも
多少は必要ですけど
あまりにも我慢ばかりして
問題を解決する
という方法を選ぶのではなくて
自分の気持ちを伝えてみる
人とちょっと嫌な雰囲気になることに
恐れずに何か伝えてみるということは
とっても大切なことなのかなと思います。




我慢ばかりして
問題を解決しようとしている
ということは問題の先送りなので
少し減らしていくと
もっと良い関係ができたり
極端な決断をしなくても済むのかな
と思います。




今日は我慢について
お話しさせて頂きました。




ありがとうございました。










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2020年04月14日2020年:4月

ZOOMカフェ 終了

先ほど、ZOOMカフェが終了しました。
寂しいことに僕を含めて3人でした。
やはりネット上だと抵抗があるようですね。
それにZOOMも問題があるようです。 
 
  
 
3人でしたが、その分濃い話を
することができたと思います。
3人とも共通したことがあって
アトピーだったり
尽くし癖があったりと
不思議なご縁だったように思えます。
 
 
 
2時間半と短い時間でしたが
こうやって深い話ができる関係で
僕としてはすごく充実した時間です。 
 
 
 
コロナの影響でこれからは
ネット上での交流が増えていくでしょう。
まだまだ自粛は続くと思いますからね。
 
 
 
ZOOMも使ってみると実際に会うよりも
話しやすいところもあるように思えます。
自分の顔も見れるのもいいですね。
普段は自分の顔なんて見れませんが、
ZOOMだと自分の顔も映し出すので
こんな顔して話をしているのだと
わかりましたからね。 
実際にイメージを全く違いますからね。
 
  
 
自粛が続く中、できることを
していこうと思っています。
次はZOOM飲み会を
しようと思っています。
 
 
 
予定です。

ZOOM飲み会
4月17日(金)19時から
お酒を飲みながら、
食事をしながら
ゆるい感じでお話しましょう。
 
 
お待ちしております。











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2020年04月12日2020年:4月

与える人は豊かになり、もらってばかりだと貧しくなる

今日は与えれば与えるほど
豊かになって
もらおうとすればするほど
貧しくなっていく
ということについて
お話ししようと思います。
 
 
 
与えれば与えるほど
豊かになるというのは
ちょっと逆のことのように
思えるかもしれません
 
 
 
与えていくのだから
自分の持ち物を
相手に送るということで
減っていくというイメージが
あるかもしれませんし
もらおうとすればするほど
自分の持ち物が増えるから
豊かになるという風に
思うかもしれません



だけど与えるということは
自分が豊かとか
多く持ってないと与える
ということができないのかな
と思います

 
 
自分が豊かであるから
多くのものを
与えることができるというのは
いくら持っているか
とかではなくて
心の問題なのかなと思います
 

 
たくさんお金とか
物を持っていたとしても
それを自分の所に押しとどめて
でも全然足りない
もっともっと欲しい欲しい
と思っていると
そういう人は
心は貧しいという風に
言うことができるのかなと
思います



でもあまりものとか
お金がない人であったとしても
それを与えることができるという
そういう心の余裕とか
お金の余裕も
あるかもしれませんし
物の余裕もあるかもしれません



一見ないように見えても
その人の中にはたくさん持っている
という心がある
だから豊かだ
という風に見えるのかなと
思います



それにみんなが与える場所で
あったとしたら
人に多くを与えるという所は
その他の人も
与えることをしていて
それが回りまわって
自分のところに戻ってくる
ということもあるのかなと
思います
 
 
 
逆に相手からもらおう、もらおう
としている人のところ
そういう人ばかりのところでは
いかに相手からもらおうとする
人ばかりが集まって
資源がたくさんあったとしても
自分の所に
押しとどめていくだけで
足りないという風に
なってしまうのではないのかなと
思います
 
 
 
与える人ばかりのところでは
豊かさが順繰りと回って
どんどんと豊かになっていくし
欲しい欲しいと
相手からもらうことしか
考えてない
人ばかりのところでは
物が不足してしまう
という所になってしまうのかな
と思います
 
 
 
相田みつをさんが
うまいことを言っていて
与えれば余る
奪い合えば足りぬ
確かそういうことだったのかなと
思いますけど
上手い表現の仕方かなと思います
 
 
 
与えるという人は
自分の持ち物が
たとえ少なかったとしても
その人の心が豊かで
人に対して何かをあげたい
と思える人であり
欲しい欲しいと思っている人は
どんなに物が沢山あったとしても
心が貧しくて
いくらもらっても満足できない
もっともっと欲しいと
要求、欲求が際限なく
大きくなってしまうのかなと
思います

 

今日は与える人は豊かになり
もらおうとしてばかりする人は
貧しくなるというお話でした
 
 
 
ありがとうございます。







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2020年04月09日2020年:4月

裁くことは快感である

僕たちは悪を罰して正義は勝つ
という方程式が大好きです。
映画などもこういうパターンに
当てはまるものが多いのかなと思います。



水戸黄門もそうだし、
今なら半沢直樹が人気あるのも
勧善懲悪の精神で
今まで悪さした悪代官を
これでもかと懲らしめということが
うけるからだと思います。
見ていてスッキリしますからね。
 
 
 
そんな風に僕たちは
何か悪いことをしている人がいたとしたら
それを正さなければいけない
懲らしめなければいけない思ってしまって
それが快感につながっている
というところもあるのです。
 
 
 
この裁くことだけど必要以上に
自分も相手も裁いているところが
あるのかなと思います。
 
 
 
芸能界で誰々が不倫をしたということが
大きく取り出されることがあるけど
これなんかも自分には全然被害が無いはずなのに
不倫された誰々がかわいそうだ!
不倫したあいつは酷い奴だと
勝手に怒りを発散させて
懲らしめなければ
罰を与えなければと
思ってしまうところがあることでしょう。
 
 
 
この誰かを裁くことが
争いの元になっていて
人間関係をこじらせてしまったり
もしかすると、いじめなども
クラスの平和を乱す奴がいて
それを正さなければという思いから
来ているのかもしれないです。
 
 
 
そういう裁きモードになっている時は、
どれだけいじめられた人が
悲しい気持ちになってるかということは
なかなか感じられないのかなと思います。
裁くことで自分が良い気持ちになって
相手がどれくらい傷ついてるかということが
なかなか理解できないのかなと思います。
 
 
 
映画でも悪に対してはコテンパンに
やっつけることを見て
僕たちは興奮しますもんね。
悪者がどれくらい痛みを感じているのか?
考えることは少ないと思います。

 
 
そして裁くことに対しては
自分自身に対しても
裁きたがるということがあります。
 
 
 
自分が相手に何か迷惑をかけたとしたら
自己嫌悪でずっと自分を裁いてばかりいる。
周りは誰もそんなふうに思っていなくても
自分で自分を裁いてしまっています。
 
 
 
いくら自分をさばいても
状況が良くなるわけでもないのに
自分を責め続けてしまうということがあります。
 
 
 
自分に対してもそうだし
相手に対しても裁くということを
少し減らすだけで
世の中は平和になっていくのかなと思います。
 
 
 
ただ、裁くことというのは
すごい快感であるので
僕達はなかなかやめれないということを
知っておくのも大切だと思います。
僕も裁くことをすぐやってしまうので
それは気をつけないといけないなと思います。
 
 
 
ありがとうございました。











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2020年04月05日2020年:4月

僕たちは愚かである、だからこそ学ぼう

僕たち民衆というのはいつも間違いを
おかすものなのかなと思います。
すぐに間違った情報に踊らされるし
同調圧力でみんながこうだと言えば流されるし
コントロールされやすいものなのかなと思います。



コロナウイルスの影響で
トイレットペーパーが足りなくなると思えば
それを買い占めに走ってみたり
食品がなくなるというのを見ると
それもまた買い占めに走ろうとしてしまったりと
そういう傍から見ると
ちょっと愚かに見える行動というのを
僕たちはとってしまうということが
あるのかなと思います。



そして、自分は違う。
私は正しい情報を得てるし、
騙されることなんてないと
自信満々に言ってる人ほど
騙されやすいということも
もしかしたら、あるのかなと思います。



自分はもしかしたら間違ってる情報を
握らされてるだけなのかもしれない。
また、何も考えずに
みんなに従おうとしているだけなのかもしれない
ということを自分できちんと
認識している人というのは
確認を取ることもするだろうし
一つの所だけじゃなくていろんな分野のところを
調べようとすると思います。



今はネットを見れば
いろんな情報が簡単に手に入る時代です。
ちょっとした手間を惜しまなけれ
偉い学者さんの解説を
無料で学ぶことができます。
でも、それをやろうとする人は
案外少ないのかなとおもいます。
 
 
 
情報弱者という言葉もあるように
何も学ぼうとしない人は
騙されやすかったり
コントロールされたり
流されたりしやすいのかなと思います。



僕たちはみんな愚かな存在である!
ということを認めた上で
だからこそ、いろんなことを学んで
知識を身につけていろんな視点から
物事を見れるようにしていかなければ
間違った方向へ行ってしまうかも
というのを思いました。
 
 
 
自分は騙されるはずがない!
正しい選択をしているという人だったり、
調べるのが面倒くさいから
適当にみんなに合わせとけばいいと
思ってしまったりする人は
かえって騙されやすくなってしまいます。
 
 
 
ソクラテスが言うように
自分は何も知らないのだ!
だからこそ学ばなければいけないと思ってる人が
騙されにくく、流されにくいのかなと思いました。
僕たちはみんな愚かな存在ですからね。
ちょっとずつでも学んで
いろんなことを知っていけたらいいなと思いました。
 
 
 
ありがとうございました。














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2020年04月02日2020年:4月

ZOOMミーティング 終了

昨日はZOOMミーティングを無事に
終了することができました。
僕を含めて4人の参加者です。
やはりネットだと参加する人が減りますね。
 
 
 
ZOOMという初めてのものにも
抵抗があるのかもしれませんし、
直接会って話をする方が良いという人も
多いと思いますからね。
僕もやはり直接会って話をする方が
楽にいられるというのはありました。
 
  
 
でも、今は直接みんなで集まるというのは
コロナの影響で難しくなってきています。
だんだんとネット上のコミュニケーションが
増えていくことでしょう。
 
 
 
実際にZOOMを使ってみての感想ですが、
思っていた以上に使いやすくて
直接会って話をするのと比べても
あまり変わらずに話ができました。
 
 
 
カメラで顔出しをしてくれる人もいて
それも大きかったのかなと思います。
相手を顔を見ながら、
自分の顔も見ながらだから
直接会っているのと変わらない感じです。 
 
  
 
4人というちょっと寂しい人数ですが、
1グループで話をするのは
ちょうどよかったです。 
人数が多すぎてもみんなが均等に
話をすることは難しいですからね。
 
 
 
ZOOMを使えば人数が多くなったら
グループ分けもできるので
対応できるのですけどね。
 
 
 
遠く離れた人とも交流できて
家族のことやコロナのこと
自分自身のことなど
いろいろと話をすることができました。
 
 
 
これからも、ネット交流を
増やしていってもいいなと感じました。
これからコロナの拡大は大きくなって
今以上に自粛が要請させると思いますからね。
 
 
 
というわけで次回は、

ZOOMミーティング

4月12日(日)13時30分~16時

会費 無料

40分で切れますので、10分休憩して
それを3セット行います。

パソコン、スマホからでも大丈夫です。

途中参加、途中退場
顔出し、音声のみもOK

ある程度自由にできますので、
興味があれば参加してください。




ありがとうございました。








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2020年03月30日2020年:3月

何かを得ると何かを失う、何かを失うと何かを得れる

世の中というのはうまくできていて
プラスだけの出来事もないし
マイナスだけの出来事もない
プラスとマイナス両方合わせて
一つの出来事となっているのかなと思います。



例えば、宝くじが当たるとか、
大きな成功を得られるとか、
嬉しいことをがあると
その反面何か失っているものも
あるのかなと思います。



宝くじが当たったとしたら
幸福になるよりも不幸になる人の方が
多いという統計も出ています。
金銭感覚が奪われたり、
仕事するのがバカらしくなってしまう
ということも、
もしかしたらあるのかもしれません。
成功したとしたら、
それ以上努力をしようとしなくなったり
人を見下したりするようになるかもしれません。



こんな風に何か嬉しいこと
プラスのことがあったとしても
その影には何かしら
失っているものもあるのかなと思います。



逆に何かを失ったとしても
その裏には何か得られているものも
あるのかなと思います。



今はコロナウイルスであちこちで
大変な状況だと思いますが、
その分だけ、何かプラスの作用もあります。
 
 
例えば、中国では工場が止まったので、
大気汚染がすごく減って、
その大気汚染が原因で亡くなる人が
減少しているといいます。
人間にとっては都合が悪いことでも
地球全体にとっては良いということでしょう。

 
 
また、こういう時にこそ
家族の絆とか
人との温かさとか
今まで当たり前だったことのありがたさとか
そういうのも気つけているのかなと思います。
それは災害に遭わないと
気付けなかったことであって
失ったぶんの幸せというものは
そこで得られてるのかなと思います。



どんな出来事であっても
プラスの面もあるし
マイナスの面もあります。
 
 
 
才能なんかも長所の裏には短所もあるし
短所の裏には長所もある
長所だと思ってることは
角度を変えると短所になりかねないし
短所だと思っているところでも
人によっては長所になっていくのかなと思います。


 
また、今国がいろんな政策を
とろうとしていますが、
どんな政策にしても
プラスだけのものなんてなくて
絶対にマイナスの要素も含まれていて
そのバランスをとっていくのが
難しいということなのでしょう。
 
 
 
そういうプラスだけの出来事というのもないし
マイナスだけの出来事というものもない。
両方含んで一つの出来事なのかなと思いました。



何かを得たら何かを失うし
何かを失ったら何かを入れる
そういう法則みたいなものが
あるのかなと思いました。



ありがとうございました。






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2020年03月28日2019年:1月

一点集中型か同時並行か

自分の特性を知っておくことは
大切になってくると思います。
ここでは、作業をするときに
一つに集中するタイプ
同時に何かをこなすタイプかを
説明させていただきます。



一点集中型のタイプの人は
学者肌のような感じで
一つのことに夢中になると
ハマり込んでしまって
時間を忘れて集中することができます。
その集中力はすごくて
徹底的にやり続けることができます。



その分、周りが見えなくなってしまって
どんなに部屋が汚くなっても
自分が風呂に入らなくても
気になることが少ないです。
エネルギーを一つに絞っているの
他に向けむためのエネルギーが
残っていないのでしょう。
せまく深くという感じでしょうか。



専門職に就く人やスポーツで成果をあげられる人は
たいていは一点集中型だと言えるでしょう。



同時並行型の人は逆に
一つのことをやり続けることは
とっても苦手です。
すぐに飽きてしまって
他のことに興味が向いてしまうのです。



器用に作業能率を考えて計画を立てて
物事を進めることができますし、
何をやらせてある程度は
器用に何でもこなせることでしょう。
でも、深みがなくて表面的な感じで
広く浅くという感じになるでしょう。



ほとんどの仕事は何でも器用にこなせる人を
優遇していると思いますし、
主婦の方は仕事に家事に子育てに
同時にいろんなことをこなすことができるでしょう。



一転集中型と同時並行型のタイプで
どれくらい要素を強く持っているのかで
その人のタイプがわかるのかなと思います。

例で表で例えると
集中型 普通  平行型
1 ー 5 ー 10
になると思います。



極端に1とか10の人は全体の2割くらいで
大体は2~8の間でしょう。



僕は8くらいにあたると思います。
集中力はほどんどなくて
何か作業をしていてもうずうずして
他のことをしたくなってくるのです。



その分、同時に何かをすることができて
仕事でも段取りを考えるのが好きです。
あれが終わった後にこれやってと
一つのことをしている時でも
頭では段取りのことを考えていたり
別のことを考えることができます。 



こうやってブログを書くのにも
集中して書くことができたらいいのでしょうが、
1時間も集中力が持つことができずに
ネット見たりと他のことをしてしまいます。



これも僕のタイプだからしょうがないと
思ってあきらめていますけどね。
何か優れているとしたら
その裏で何かが劣っているのは
仕方がないものですからね。



こうやって自分のタイプを知っておくだけで
不必要に追い込むこともないですし
他の人に影響されないで
自分に合った仕事のやり方を
やっていくとストレスは減るのかなと思います。



たまに子育てでも、
子供が何かを集中すると他に何も手を付けずに
困ったものだと聞くことがありますが、
それは、そのお子さんのタイプが
一転集中型なので
ある程度は自分の身支度が
できなかったりしても
集中できていることを認めて褒めてあげると
伸びていくのかなと思います。



自分のタイプを知ることで
他の人に惑わされることなく
自分の合った方法で
作業できるので
大切だと思いました。



ありがとうございました。






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2020年03月25日2020年:3月

人格を向上させると怒らなくなる??

カウンセリングに来られる方で
自分は怒ってばかりいるから
成長することで
怒らない人のなることが
目標としておられる人がいます。



人格を向上させることで
マイナスの感情を出さなくなると
みんなと平和に暮らすことができて
幸せになれると誰もが思うことでしょう。



怒ってばかりいるのはみっともないし
近くの人に嫌な思いをさせてしまい
人格的には未熟だと感じますから、
怒らなでみんなに優しい人物に
憧れるのは僕にもあります。 



でも、残念ながら
怒りや憎しみ、嫉妬、イライラなどの
マイナスの感情を無くすことは
できないのです。



できることというのはマイナスの感情を
うまくコントロールすることだと思います。
そのためには、逆のことを言うかもしれませんが、
マイナスの感情を認めることです。



怒ってばかりいる自分を責めて
無理やり直そうと怒りを我慢しても
余計に積もり積もって
怒りが爆発してしまいます。



そうでなくて、怒ってしまう自分を
認めて受け入れることができたら
我慢していた時よりも
ひどくならずにすむのです。



怒ってしまう自分はダメだ!と
マイナス感情を否定している間は
とらわれてしまうことになるのです。
マイナス感情から解放されるには
マイナス感情を出してしまう自分を
否定しないで受け入れ入ることです。 


怒らない人になるのが目標でなくて
「怒ることがダメ」という考えを
変えることが最初なのかなと思います。
人間である以上は怒りが出てくるし
いろんなマイナス感情は出てきます。



それはしょうがないと認めて
受けいれることができたら
否定していた時よりもマイナス感情を
コントロールすることができるのです。



適度に怒って
適度に喜んで
適度に悲しんで
適度に嫉妬して
適度に楽しむ
そうやってプラスの感情と
マイナスの感情をうまく出せると
人生も豊かになるのかなと思います。



マイナス感情が悪いとかダメなわけでもなくて
うまく出していく必要があるのです。
人格を向上させることとは
聖人のようにいつもプラスの感情でいることでなくて
子供のように感情豊かに
なることなのかなと思いました。 


ありがとうございました。






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2020年03月20日2019年:12月

一番怖い中に答えはある

悩みを解決しようと思ったら
今までのやり方を変えないと
いけないというのはありますよね。
同じやり方のままで
悩みを解決するのは難しいからです。
 
  
 
ただ、やり方を変えるといっても
意識的か無意識的かは置いておいて
多分、こうしたら良いという方向は
みんな分かっているのではないのでしょうか?
 
 
 
でも、その方向をやるとなると
とっても怖くて、できれば避けたいと
思っていることでしょう。
そんなことやるくらいなら
いつまでも苦しいままでもいいと
思ってしまうこともあるかもしれません。
 
 
 
例えば、いつも誰かに利用されて
自分の時間が作れない人だとしたら
何か頼まれたときに断ればいいだけです。
でも、その人にとっては断るというのが
一番やりたくないことなのです。
断って相手からどう思われるのかと
気にするくらいなら
嫌なことでも引き受けたほうが楽なのです。
 
 
 
ある人からしたら断わるなんて
何でもないと思うかもしれませんが、
当人にとっての断ることは
今までやったことがなく
想像するだけで怖くなってしまうことでしょう。
 
 
 
もし、断ることをするとしても
それは清水の舞台から飛び降りるような感じで
心臓がドキドキして足がブルブルと震えて
緊張のあまりに倒れてしまうくらいのことです。
できるだけ断ることは避けて通りたい
というのはあるでしょう。
 
 
 
そして、はじめはスマートにできるわけもなく
泥臭くみっともなく見えるかもしれません。
もしかしたら、相手との関係も
気まずくなるかもしれません。
 
 
 
でも、それを避けていては
悩みを解決することはできないのです。
勇気をもって一歩踏み出さないと
いつまでも、同じところを
グルグル回ってばかりいることになります。
いつかは、そこに向き合わないと
逃げてばかりいることはできないのです。
 
 
 
その人その人で避けていることは
違ってくることでしょう。
ある人は、人を許すことだったり
ある人は、自分の気持ちを素直に伝えること
ある人は、できるフリをやめて弱い部分を出す
ある人は、いい人を辞めることだったり
ある人は、人の顔色をうかがうのをやめる
などなど、いろいろとあると思います。
 
 
 
そういう無意識に避けていることの中にしか
悩みを解決する答えはないのです。
大事な部分を避けて
何とか悩みを解決しようと思っても、
そんな都合の良いことなんてなくて
いつか向き合わないといけないのです。
 
 
 
悩みの解決策や問題の答えは
恐れで避けていた中にしかなくて
自分を変えるというのは
清水の舞台から飛び降りるくらいの
勇気がいることです。
 
 
 
ありがとうございました。







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2020年03月16日2020年:3月

「やっていない」を証明するのは難しい

「~をした」「~が存在する」というのを
証明するのは比較的簡単ですが、
「~していないこと」「~が存在しないこと」を
証明しようとすることを、
悪魔の証明と呼ぶことがあるようです。


例えば、学校で生徒がタバコを
持っているかチェックするとします。
もし、生徒がタバコを持っていたら
その時点で罪が証明されますよね。



でも、持っていない生徒に対して
先生が疑い続けていたとしたら
どうやってタバコを持っていないのを
証明できるでしょうか?
服の中を調べてもない
カバンの中を調べてもない
ロッカーを調べてもない

でも、必ずどこかにあるはずだ!と疑い続けたら
どんなことでもケチつけることができます。

どこかに隠したのではないか?
誰かと協力しているのではないか?
そのすべてを証明し続けることなんて
不可能なのです。



「やっていないこと」を証明するには
ありとあらゆる可能性をつぶしていく必要がありますし、
それは、その人の想像する分だけ出てきて
疑い続けている限りは無実を証明できないのです。



もし、夫が浮気をした疑いがあるとして
本当に浮気をしているのであれば
何か証拠が出てくるはずですし
見つければ証明はできます。



でも、浮気していないのに
やっているだろうと疑われたとしたら
それを証明することは
とっても難しいのです。
どんな行動も疑いを向ければ
疑うことができるからです。



会社に行っているときはどう?
友達と飲みに行っているときはどうなのか?
どこかに買い物に行っているときは?
と疑いだしたらきりがないし
無実を証明し続けることは難しいのです。



日本の法律では推定無罪となっていて
「疑わしきは罰せず」なのです。
どんなに犯罪をしている黒の近い人でも
証拠がない限りは無罪なのです。



だから、本当は被疑者の人は
(捜査機関によってある犯罪を犯したと
 疑われ捜査の対象となったが、
 起訴されていない者を被疑者という。)
無実の人として扱われないといけないのですが、
今のマスコミは罪が決定しているような感じで
実名を出して報道しています。
これも、問題があるようです。



有罪は比較的簡単にできますが、
無罪を証明することはとっても難しい
ということを知っておくのも
いいのかなと思いました。




ありがとうございました。







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2020年03月14日2020年:3月

否定すると大きくなる、受け入れと小さくなる

僕たちは何か嫌な出来事や
受け入れがたい出来事があると
それをした相手を否定するとか
自分がやったのなら
自分を否定すると思います。
 
 
 
でも、否定し状況が好転するのなら良いですが、
だいたいは良くない出来事が直るどころか
否定したことによって
相手の反発にあったり
自分が落ち込んでしまったりと
よけいにひどくなってしまうこともあります。
 
 
 
ギャンブルとか
買い物とか
今だったらスマホばかりしてしまうとか
そういうことがあると
「コラ、こんなことをしてはダメでしょう。
 ちゃんとしないといけません!!」
と否定して叱ることで
状況を良くしようと思います。
 
 
 
自分や他人を厳しい言葉で叱りつけると
一瞬は良くなるかもしれませんが、
それは我慢している状態で
ストレスが溜まってしまいます。
 
 
 
ストレスをどう解消するかと言うと
たいてい否定しているもので
解消しようとするのです。
余計にギャンブルに走ってしまったり
買い物でストレスを解消したり
スマホ依存になってしまいます。
 
 
 
否定して叱っても好転するどころか
余計にダメな行動をとってしまうのです。
これが「否定すると大きく」なる
というものです。
 
 
 
親の子供に対する虐待なども
虐待してしまう自分を抑えられずに
どうしても子供に当たってしまう。
そんな自分を自分で責めて
ストレスがかかって、
心に余裕がなくなって
余計に子供に当たってしまうという
悪循環にハマってしまうことがあるのです。
 
 
 
それよりも、大きな器で受け入れると
しだいにおさまってくることでしょう。
虐待はダメ、優しい母でないとと強制させて、
子供に当たってしまう自分を罰するよりも
人間だもの、完璧にはできないし
たまにはしょうがないよね。
厳しくしてしまう母である自分を
認めることができると
ストレスが減って
心にちょっと余裕ができて
子供にやさしくすることができるのです。
 
 
 
ギャンブルでも買い物でもスマホでも
あまりにも厳しく自分を律すると
そのストレスで余計にやってしまいますが、
そういう悪い習慣をしてしまう自分を
認めることができると
徐々にですがストレスが減って
やめれるようになってくるのです。
これが「受け入れと小さくなる」
と言うことです。
 
 
 
自分にも相手にもダメな行動を
否定することで強制させて
何かを直そうとしても
一時的にはうまくいっても
時間が経つと元に戻ってしまうか
逆に我慢していた分が出て
ひどいことになってしまいます。
 
 
 
まずは受け入れること、
ゆるすこと、
認めることで
徐々に直っていくことでしょう。
 
 
 
世間的には逆の考えかもしれませんが、
自分にも他人にも、もっと優しく
否定するのではなくて
受け入れていくことが大切ですね。
 
 
 
否定すると問題は大きくなり
受け入れると小さくなりますからね。
 
 
 
ありがとうございました。








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2020年03月09日2020年:3月

捨てた自分を持ってくる嫌な奴

僕達はいろんな一部分を
捨ててしまうことがある
ということを前回、
説明させていただきました。
 
 
 
その一部分というのは
どうなるのかと言うと
元々自分の一部なので
自分が受け入れるまで
ご丁寧に周りの人が
拾って持ってきてくれるのです。
 
 
 
相手は自分の鏡だと
一度は聞いたことがあると思います。
まさにその通りで
自分の受け入れがたいもの
否定しているもの
見たくないものを
受け入れるまで
これ、落ちていますよと、
わざわざ持ってきてくれるのです。
 
 
 
夫婦間であったり
仕事の上司や部下であったり
子育て中だったとしたら子供だったり
そういうなかなか切れない縁の人
持って来てくれるのです。
 
 
 
ダラダラしてしまう自分を捨てたら
相手がダラダラしてしまいます。
怒ることを我慢すると、
相手が怒ってばかりいます。
人に甘えることができないと
相手が甘えてきて面倒みることになります。
ダメな自分を否定して捨てたら
周りの人がダメな人ばかりに見えます。
 
 
 
周りに嫌な人ばかりだと思ってる人は
それは自分の中の嫌な部分を
相手を通して見せられているだけ
なのかもしれないです。
 
 
 
もしその嫌な自分の一部分を
認めて受け入れることができたとしたら
周りの人は変わる可能性はあります。
 
 
 
でも受けれるまでは
職場を変えたとしても
離婚して伴侶を変えたとしても、
相手を変えたとしても
ずっと同じような事を見せられるのです。
 
 
 
捨てた自分の一部は
あなたが受け入れるまで
誰かが拾って持ってきてくれる
という話でした。
早く受け入れられると
苦しい時間が少なくてすみます。
 
 
 
ありがとうございました。










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2020年03月06日2020年:3月

捨てた自分の一部と欠乏感

僕もそうですけど、
何か自分の心が欠けているというか
穴がポッカリ空いているような
感覚になっている人はいるかもしれません。
 
 
 
欠乏感を感じている状態で、
心に穴が空いているから
何をしていても満たされない。
ふと何かが足りないと思ってしまう。
 
 
 
その穴を埋めたくて
頑張って人に認めてもらおうとしたり
買い物をしたり
ギャンブルに走ったり
リストカットする人も
いるかもしれません。 
 
 
 
一時的には満たされますが、
それは一時的なのです。
穴はふさがりますが、
その穴のピースの形が違うから
すぐに抜け落ちてしまうことでしょう。
 
 
 
だから、また穴をふさぐために
同じようなことをしますが、
だんだんと強力なものでないと
ふさがらなくなってしまいます。
 
 
 
その欠乏感はどこから来ているのか?
というと
自分の一部を捨ててしまったことから
きていると思います。
 
 
 
ある人は
明るい一部しか受け入れなくて
暗い一部は否定して捨ててしまう。
ある人は
温かい一部は受け入れて
冷たい一部は否定して捨ててしまう。
ある人は
人に貢献する一部は受け入れて
甘えたり頼ったりする一部は否定して捨ててしまう。
 
 
 
こんな感じで世間で言うところの
ポジティブな一部は受け入れるけど
ネガティブな一部は
否定して捨ててしまうのです。
 
 
 
その捨ててしまった一部が
多ければ多いほど
自分がなくなってしまうので
何か欠けている、
満たされないという感覚が
出てきてしまうことでしょう。 
 
 
 
そして、一部を捨ててしまうには
それなりのツライ出来事があったことでしょう。
学校で暗い性格だったことで
いじめられてしまったので、
新しい学校では無理に明るく振舞って
本来の暗い自分は否定して見せないようにする。
 
 
 
いじめはとっても辛い出来事で
二度とこんな思いはしたくない
と思えば思うほど
明るい自分でいなきゃいけなくなり
暗い自分を奥底に捨ててしまうのです。
 
 
 
本来あるべき自分を捨ててしまうと
作り物の自分を演じているだけで
生きている実感も薄れてきて 
何か刺激的なものが
必要にもなってくることでしょう。
 
 
 
心に傷がある人ほど
自分の一部を否定して捨ててしまっている
可能性があるので、
まずは、傷を回復させてること。
 
 
 
そして、捨ててしまった一部を
認めて受けれいることをしていくと
だんだんと欠乏感というか
満たされないとか
足りない感覚が埋まってきます。 
本来の自分に返っていくのです。
 
 
 
と言っても簡単にできることでもないので、
時間がかかると思いますし、
忘れていた過去とも向き合わないと
いけなくなるので不安と恐怖などで
つらくなることもあるでしょう。
 
 
 
でも、そこをくぐり抜けないと
捨ててしまった自分を
受け入れることは難しいのかなと思います。
 
 
 
ここでは、欠乏感を感じている人は
捨ててしまった自分の一部がいて
助けに来るのを待っている
と知ってほしいなと思います。 
 
 
 
ありがとうございました。














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2020年03月03日2020年:3月

非常事態だから気づけること

今はコロナウイルスで
学校やイベントが中止になったり
マスクが不足するなど
様々な弊害起こってきています。
しかも、これからもっと大変な状況が
起こる可能性もあることでしょう。
 
 
 
そういう非常事態の時は
先が見えないので
不安になることでしょう。
この先、どうなるのか
見えてこないです。
 
 
 
そういう時は僕たちの
行動指針となる優先順位が
変わってくると思います。
普段だったら大切だと思っていたものが
さほど重要ではなくなって
些細なことが重要になってきたりします。
 
 
 
本当に大切にしなければ
いけないものは何なのか?
いつもは、見過ごしたものを
気づけるチャンスだと思います。
 
 
 
痛みが伴うかもしれませんが、
その痛みの分だけ気づきも大きいと思います。
当たり前の時には気づけなかった
普段の生活がいかにありがたいことか
実感させられます。
 
 
 
僕が感じたのは
人とのつながり
協力しあえる心だと思います。
 
 
 
非常事態になったときに
家族とのつながり
職場の人とのつながり
友達とのつながり
地域とのつながりは
とっても大切になってくると思います。
それを、おろそかにしていた部分はあります。
 
 
 
家族は両親とは別に暮らしていて
年に数回しか連絡していません。
それも、危機的な状況で何かあったら
後悔すると思います。
地域のつながりなんて全くなしです。
それは、反省する部分でした。
これを機に気を付けようと思いました。 
 
 
 
そして、協力しあえる心づくりとして
非常事態になったときこそ
我先にと求めるのでなくて
お先にどうぞという心が大切に
なってくることでしょう。
あいだみつおさんの言葉でも
「奪い合うと足りない 分け合うと余る」
というのがありますよね。
 
 
 
そういう「お先にどうぞ」という
心を持つことは
非常事態を乗り越えるために
大切になってると思います。
 
 
 
僕の中にどこまで
お先にどうぞということが
できるのかわかりませんが、
心構えとして持っておきたいと思いました。
 
 
 
日常生活では決して気づけないこと
非常事態だからこそ気づけることって
たくさんあるなと思いました。
まだまだあるのかもしれませんが、
僕の実践としてやっていこうと思います。 
 
 
 
ありがとうございました。







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2020年02月29日2020年:2月

自己否定がなくなると自信が回復する

自信というのは何かを足して
つけようとするのではなく
失った自信を回復することが
大事ということを説明させていただきます。



自信がないとか自信を失っている状態は
いわばマイナスの状態であるので
まずはマイナス状態をゼロに戻すのです。
 
 
 
どういうことかと言うと
自分を否定することを止めること。
自信がない人はたいてい
誰かから否定されてきて
自己否定が強くて
自分を責めてばかりいること多いです。
 
 
 
この自己否定というマイナスを
やめることができたら
自然とゼロに戻ることが
できるのかなと思います。
 
 
 
まずは否定してしまっている自分を
それでもいいって受け止めることが
大切なのでしょう。
 
 
 
僕は消極的な受け入れ
言っていますが
何をやってもダメな自分
みっともない自分でも
もう、しょうがないかと
あきらめたり
許したり
開き直ったりして
受け入れることです。



例えば、
会社では仕事が遅くてみんなに迷惑をかけて
怒られてばかりのダメな自分
家では子供に叱ってばかりで
優しい母になれない自分
そういう受け入れがたくて
否定している自分だと
自信なんて持てませんよね。
 
 
 
仕事で怒られてもしょうがないと
開き直ったり
みんなに迷惑をかけても
しょうがないかとあきらめたり
優しくできない母であっても
そんな自分を許したりして
ダメな自分を責めるのではなくて
ちょっとずつ受け入れていくのです。
 
 
 

口ぐせとして 
「ダメ」 が 「まあいいか」
に変わっていくことで
自己否定から自己受容になって
少しずつこんな自分でもいいと
思えることができることでしょう。
そうするとマイナスだった自信が
ゼロに向かうのかなと思います。
 
 
 
自己否定で自分を責めている状態で
自信を回復するには
無理に良い自分になろうとするのではなくて
今のダメな自分でもまあいいかと
許せることなのだと思います。
それが自信の回復につながります。
 
 
  
僕たちは聖人になんてなれませんし、
凡人なのだから、
欲にまみれる時もあるし、
人に冷たくする時もあるし、
人を傷付けてしまうこともあるし、
欠点なんて山ほどあるし、
不真面目だし、
でも、それが人間であり
しょうがないことなのかなと思います。
 
  
 
無理に良い部分だけを見せようとしない。
飾らないでありのままでいられたら
自然と楽に生きていけるし
自己否定がないから
おのずと自分のことが好きになれるでしょう。
 
 
 
「まあ、いいか」で
自分を許して受け入れていきましょう。
 
 

 
ありがとうございました。





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2020年02月24日2020年:2月

自信と優越感

自信をつけるために
人よりも何かできるものを見つけようとか、
自分だけの特別な才能を手にするとか、
人よりも優れているものがあると
自分に自信がつくと
思ってる人は多いと思います。
 
 
 
僕も特別な才能を持ったり
人よりも何か優れてるものがあったりすると
自分に自信を持てると思っていました。
 
 
 
確かに一時的には
自分に自信を持って
堂々とすることはできると思うけど
そういう自信というのは
もしかしたら優越感に浸ってるだけで
本当の自信ではないのかもしれないです。
 
 
 
もし優越感に浸っているだけだとしたら
優越感と劣等感っていうのは
セットになっているので
人よりも上に行ってる時は
気持ちよく感じるけど
ちょっとでも自分よりも
できる人が出てきたとしたら
劣等感を味わって
途端に気持ちが下がっていってしまいます。
 
 
 
どんなに頑張っても
上には上がいるもので
どんなに自分の能力をあげたとしても
一番になることなんてできないし
人よりも優れ続けることなんて
出来ないから
いずれは劣等感に変わっていくのです。
 
 
 
優越感と劣等感の
自信の付け方っていうのは
不安定な土台の上に
成り立っているのです。
 
 
  
それは本当の自信ではないてすよね。
本当の自信というのは
相手の言動に惑わされず
できる、できないとは関係なしに
安定したものだと思います。
 
 
 
本当の自信というのは
どんなに相手よりもなにかができたり
才能があったとしても
優越感に浸って気持ちよくなるのではなく

どんなに優れてる人が周りにいて
自分が才能がないと思っても
劣等感で落ち込むことがなく

安定して自分のことを
認めることができたとしたら
それは本当の自信に
つながってくるのかなと思います
 
 
 
そういう相手の言動に関係ない本物の自信を
手に入れることができたとしたら
僕たちの人生はもっと豊かに
なるのかなと思います。
 
 
 
ここでは、才能を伸ばして
人も優れてるものをつけようとか
特別な何かを手に入れようとして
自信をつけるというのは
それはただ優越感を
感じたいだけなのかもしれないから
気をつけた方がいいのかなと思いまして
書かせていただきました。
 
 
 
ありがとうございます。







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2020年02月21日2020年:2月

自信がないのは能力がないから?

僕たちは自分は自信がないというのは
自分に能力がなかったり
人よりも劣っていたり
何も誇れるものがなかったりと
自分がダメだから
自信がないと思ってる人が
多いのかなと思います。
 
 
 
でも、能力がなくても
自信がある人がいるし
たとえ能力があったとしても
自信がない人もいますよね。
 
 
 
そう考えると自分に能力が
あるとかないとか
人より何か優れてるものが
あるとかないとか
そういうものは自信とは
関係ないのかもしれないです。
 
 
 
もともと生まれた時に
自分には自信がないと思っている
赤ん坊なんていないと思います。
 
 

でも成長するに従って
自分はダメなんじゃないかとか
こんな自分でいいのだろうかと
思い込んでしまうところがあります。
 
 
 
自信は自分というよりも
周りの人の言動が
関係してくるように思えます。
 
 
 
回りの人がすごい認めてくれる人だったら
自分には自信があると思えるし
自分には価値があると思えます。
 
 
 
でも何をしても認めてくれずに
否定ばかりされていると
いくら能力があったとしても
自分のことを認めることは
難しいのかなと思います。
 
 
 
自分に自信があるとかないというのは
自分に原因があるのではなくて
周りの環境に左右される方が
大きいのではないのでしょうか。
 
 
 
そういうことを見ていくと
自分に自信をつけるというので
能力を磨いたり
頑張ったりしても
根本的な解決はしないと思います。
 
 
 
自信をなくすような言動を
受けてこなかったのかを見つめ直し
それが本当に正しい評価だったのか
昔は無条件に受け入れたことであっても
今だったら違う評価を
下すこともできるのではないのか?
振り返ってみることも大切です。
 
 
 
そうやって自分と向き合うことで
自信が回復してくるということは
あるのかなと思います。
 
 
 
このように自分に自信がないのは
能力がなるからではなくて、
周りの人の影響が大きいということです。
 
 
 
ありがとうございました






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2020年02月19日2020年:2月

心の勉強会 「心理的距離感」終了

今日は心の勉強会「心理的距離感」
無事に終了することができました。
僕を含めて9人の参加者です。
男性3人 女性6人です。
女性はみんな既婚者でした。
 
 
 
最初はワークシートを持っていったので
色々と振り返ってもらおうと思っていたのですが、
内容がちょっと難しかったのと、
新しい人も加わってくれたので、
フリートークをしてもらいました。
 
 
 
僕としては、交流することが
第一の目的なのであって
テーマの勉強は2番目だから
みんなが話をして盛り上がれるのであれば
ワークシートなんてどうでもいいのです。
 
 
 
9人なので3つに分けて
3人1組になってもらいました。
3人が一番話をしやすい人数ですからね。
最初は緊張していたのか
ちょっと戸惑っていましたらが、
徐々に気心が知れていって
すごく盛り上がっていました。
 
  
 
僕は男性3人で密談です。
2人は独身なのでどうやったら
彼女ができるのか?
とか話をしていました。
 
 
 
こうやって知らない人同士が
集まる機会っていうのは
なかなかないと思っているので、
これだけの人が集まってくれたのは
とっても嬉しいです。 
 
 
 
みんな心の何かしら問題を抱えていて
ちょっと不器用なところがある人だと思います。
だからこそ、人の気持ちがわかるし
お互い共感できるのでしょう。 
 
 
 
話をしていく中で
心を少しずつでも開いていき
つながりが深まっていけることが
僕の理想です。 
 
 
 
今回の反省はカラオケ店でやって
混んできたので時間よりも早く
部屋を出されてしまったことです。
それは仕方がないですね。
何でも勉強です。
 
 
 
 
毎月1回やっていますので、
興味がある人は参加してみてください。
次回は3月15日(日)の予定です。
 
 
 
ありがとうございました。








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2020年02月16日2020年:2月

その思考の癖はどこからきているの?

前回の記事では
自分を変えることは
思考の癖を変えることだと
書かせていただきました。
 
 
 
それでは、その思考の癖は
どこから来ているのか?
知っていくことは
とっても大切だと思います。 
 
 
 
癖と言うのはほとんどは
小さいことに作られるものですよね。
真っ白な頭にどんどんと
ルールや常識などが
書き込まれることでしょう。 
 
 
  
癖は同じことの繰り返しされたとか
危機的な状況にあったときに
身につくものだと思います。
 
 
 
特に嫌な出来事を体験した時などは
二度と大変な目にあいたくないと
教訓として頭に強く癖つけられます。 
  
 
 
例えば、友達に冗談で言ったことが
相手を怒らせてしまって
いつの間にか嫌われてしまったとしたら
二度と変なことは言わないと
思うことでしょう。
 
 
 
そして、自分の言いたいことを
押し殺すようになってしまって
相手に合わせてばかりいて
良いように利用されてしまう。
 
 
 
親に何か相談しても
忙しそうにしていて
ろくに話も聞いてくれない。
聞いてくれても否定的なことばかり言われ
傷つくことを繰り返すと
誰かに悩みを相談するのが怖くなり
自分の中で我慢しようとする。
 
 
 
このように自分を押し殺してしまう癖や
悩みを言っても否定されると思う癖などは
たまたま相手の状況が悪かったり
ちょっと厳しい人に出会ったりして
嫌な目にあってしまったのだけど、
一度、強く心に残ってしまうと
他のすべての人が同じようにするのではないかと
警戒してしまうことでしょう。
 
 
 
そして、変な癖がついているとも思わないので
自分としては普通に生きているつもりでも
なぜだか、苦しいしツライと感じる。
 
 
 
そういうなぜだか苦しい時は
一度、自分の人生を振り返って
苦しい場面を見直すことで
思考の癖が解放されることでしょう。
 
 
 
あの時の場面が原因で
こんな思考の癖がついたのか!
とわかるだけでも
自然と他の選択肢を選ぶことができるのです。
 
 
 
その思考の癖がどこから来ているのか?
見てみることは、
癖を直すうえでも大切なのだと思います。
自分と向き合うことですね。
 
 
 
ありがとうございました。







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2020年02月13日2020年:2月

自分を変えることとは思考の癖を変えること

僕たちはそれぞれが脳の癖があって
外からの刺激に対して
どのように反応するかという癖が
一定数決まっているものです。
 
 
 
刺激→癖→反応→結果
という式が成り立つのではないでしょうか。
 


例えば、人に何かをしてもらいたいときに、
その人らしい言い方をすると思います。

ある人はズケズケと
普通はこういう時はこうなのだから
やってほしいと高圧的な言い方をします。

ある人はきちんと説明して
相手に分かってもらってからお願いする。

ある人は何かを言って嫌われるのが怖いから
自分がやればいいと思って言わない。

という感じで、人によって
何かをしてもらうというのでも
やり方はバラバラです。
それはその人の思考の癖
そうさせていると言えます。
 
 
 
 
誰かに何か注意された時にも
それは悪かったと素直に自分を
認めることもできる人もいます。

自分が否定されたと
相手のことを恨んでしまう人もいます。

自分が悪かったと自分のことを責め続けて
苦しんでしまう人もいます。
 
 
これも思考の癖で刺激を受けたら、
自分らしい反応が出ることでしょう。
 
 
 
 
このように、どのような反応をするかは
その人の思考パターンが決まっていて
だいたい同じような反応を
繰り返してしまっていることが多いです。 
 
  
 
幸せな人は幸せになる
反応パターンを持っていますし、
悩みが多い人は悩みやすい
反応のパターンを持っています。 
まさに脳の癖ですね。
 
 
 
だから、自分を変えるというのは
いつの間に身についてしまった
今までの考え方の癖を直すということです。
 
 
 
癖というのは1回身についてしまうと
なかなか直らないものですよね。
 
 
 
箸の持ち方にしても、
小さい頃から変な癖で慣れていると
大人になって直そうと思っても
時間がかかるものですよね。
 
 
 

最初は意識していないと昔のやり方を
やってしまいますから
面倒ですが意識して新しいやり方に
変えるということをしないといけません。
そうじゃないとすぐに戻ってしまいますからね。
 
 
 
でも、意識してやっていると次第に
だんだんと体が慣れてきて
意識しないでもできるようになってきます。
こうやったら、癖が直ったということでしょう。
 
 
 
それに、20年も悪い癖だったとしても
直すのに20年もかかるわけでなくて
だいたいは数か月で新しい習慣になることでしょう。
 
 
 
このように自分を変えるというのは
考え方のパターンを変えるということで
癖を直していくということだと言えます。
悩みにくい考え方や
楽に生きていける考え方を知って
古い考えに上書きする感じなのです。
 
 
 
  
ありがとうございました。






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2020年02月11日2020年:2月

自分勝手な頑張りは人を迷惑にさせる

頑張ることは良いことだと
僕たちは思ってるけれど
的外れな頑張りをしてしまうと、
問題をよけいにこじれさせてしまう
ということがあります。
 
 
 
家庭では外で一生懸命働いてお金を稼ぐ
それが家庭のためになってると思っているけど
奥さんとしてはそんなお金なんてなくてもいいから
ただそばにいてほしい。
一緒に楽しみたいと思っているのに、
いつも、仕事で家にいない。
 
 
 
男としてはお金を稼いで、
奥さんに優雅な生活をしてもらうということが
幸せだと思ってるけど、
奥さんの方としては
優雅な生活よりも
一緒にいる時間を過ごしたいのです。
 
 
 
子育てにおいても、
子供の将来のために色々と考えて
あれもこれもと詰め込みすぎて
それが子供にはプレッシャーになって
子供は能力を発揮できないとか
自己主張できない弱い子になるとかなると
悲しいことですよね。
 
 
 
親としては子供のために幸せを願って
一生懸命頑張ってるけど
その頑張りが報われないどころか
余計にひどいことを与えてしまうのです。
 
 
 
そういうボタンの掛け違いがあると、
頑張って相手の幸せのためとやっていることが
余計に悲しませる結果となってしまいます。
 
 
 
一生懸命やるのはとても素晴らしいことをだけど
でも、それが相手が望んでいないことだとしたら
頑張れば頑張るほど、
自分と相手の距離が離れていってしまうという
悲しい結末になってしまうのです。
 
 
 
ボタンのかけ違いが小さいうちに
何が相手の望みなのかを
きちんと把握することがとっても大切ですね。
夫婦や親子の問題なども
こういうちょっとした意見の相違から
来ていることが多いのかもしれませんね。
 
 
 
 
ありがとうございました。





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2020年02月06日2020年:2月

結婚=幸せ?

恋人を苦労して見つけて
恋愛をして愛をはぐくみ
この人だと決心して結婚する。
よくあるパターンだと思います。
そうして、晴れて結婚することができたら
幸せになれると思っている人も
多いのかもしれません。
 
 
 
小説や物語でも
悪人から姫を救い出