「楽しい」には階層がある

今日は楽しいには階層がある
ということについて
お話ししようと思います。



前回は正しいよりも
楽しいを選ぼうということについて
お話しさせていただきました。



その内容として
正しいことを選択したいくと
~しなければいけないっていう風に思って
それを自分にも相手にも
押し付けてしまうっていうところがあります。



だからそうしていない相手を正そうとして
争いを生むっということに
つながってしまいます。



でも楽しいを選ぶと
楽しいか楽しくないか
ということにしか分かれないので
争いも生まれずに
そして楽しいには
~したいっていう本音が
隠れていることがあります。



頭の声が正しいことであるなら
心の声は楽しいことの中にあります。



だから心の声を大切にしていくことで
本音が出てくるっていうことがあります。



ただ楽しいには階層があります。



ただ単に快楽として
目先の楽しさだけで終わってしまうのか
それとももっと深い感動の
喜びがあるのかという
そういう階層に分かれるって事があります。



快楽として美味しいものを食べるとか
ショッピングに出かけるとか
旅行に行くっていう
そういう楽しみの仕方もあると思います。



それはリラックスするという上で
大切なことになってくるでしょう。



そういうのも大いに
とっていけばいいと思いますけど
でもそれは一時的な喜びにしか繋がらない
ということがあります。



簡単にできる楽しさは感動は少ないですし
喜びも薄れていくっていうことがあります。



深い感動していこうとしたら
簡単にはできないようなところがあって
苦労して手に入ったものってのは
深い感動があるのかなと思います。



例えばバイクを買うにしても
親のお金で簡単に買ってもらったバイクと
バイトで
一生懸命頑張ってやっと買ったバイクでは
全然そのバイクのその持ち入れ
思い入れが違ってくるのかなと思います。



そのバイクを買うっていうことも
楽しみの一つであるとしたら
簡単に買ってもらったバイクは
そんなに楽しみというのはないけど



バイトして一生懸命そのバイクを買う
ということを楽しみにしながら
やった成果っていうのは
バイクを買った時には
大きな感動として
生まれてくるのかなと思います。



このように人って
簡単に入ったものっていうのは
そんなに価値がないですけど
苦労して手に入ったものっていうのは
自分の中で思い出も深くて
感動も大きいっていうことがあります。



それは映画とかドラマを見ていても
そうなのかなと思います。



ドラマでも映画でも
なんのその苦労もなく
幸せに過ごしてるだけの映画だったら
全然つまらないと思います。



波乱万丈で色んな苦労して
危機的な状況に陥りながらも
それを乗り越えて
そして成長してやっと達成した
やっと幸せになれた
そういうところに人って共感を呼びますし
そういうものを見たいって
思うのかなと思います。



決して幸せだけを願って
そういうの見たいって
いうわけではないのかなと思います。



苦労するところとか悲しむところとか
ここから這い上がる姿
そして成長していく姿っていうところに
人って感動をよぶのかなと思います。



また人って一人では
なかなか楽しみっていうの
味わうことっていうのは
できなないのかなと思います。



多くの人と食べに行ったり
飲みに行ったりすることで
楽しみが何倍にも増えるって事が
あると思いますし
いろんな人と旅行行くことによって
その旅行も大きく楽しみが増える
ということもあるのかなと思います。



そんな感じで一人で何か
美味しいものを食べるって事も
良いかもしれませんけど
大勢で盛り上がって
その美味しさを共感していくってことも
喜び楽しみを大きくする
秘訣なのかなと思います。



ただ喜びを味わうということで
いろんな人と飲みに行ったり
食べに行ったり
旅行に行ったり
するっていうのもいいかもしれませんけど



気が合わない人と一緒に行くと
余計に疲れたり
気が重くなったり
楽しめないってことがあります。



やっぱり自分に合った人と一緒に
どこか食べに行ったり旅行に行ったり
何か一緒にやっていくってことで
喜びも増えるって事があります。



だから無理して人と付き合って
何かしなければいけないってことでは
ないのかなと思います。



自分に合わない人とは
距離を置くようにして
自分に合う人と一緒に何か出かけたり
食べに行ったりっていう事をしていく
そういうことにすることによって
喜びも増えていくのかなと思います。



また一人で楽しむってことも
いいかもしれませんけど
誰かに喜んでもらうというのも
楽しさの一つなのかなと思います。



誰かにサプライズを考えている時っていうのは
ワクワクしてそれだけでも
楽しい思いにさせてくれるものです。



こんなことしたら相手が喜ぶのではないか
こういう事して相手を驚かそうという
そういう考えてる時ってのは
ワクワクして喜びとか
楽しさっていうのは大きくなるという
ことがあるのかなと思います。



それっていうのは人は本来
誰かのために何かをしてあげたいっていう
そういうものが
本能にある生き物なのかなと思います。



例えばテレビゲームをするにしても
ほとんどのテレビゲームが
悪者を倒す倒して
世界を救うっていう
そういうヒーロー役で
自分がヒーローの役になって演じる
ということが多いのかなと思います。



また子供の頃の夢を聞いた時に
誰かの役に立ちたいっていう
そういう職業に就きたいっていう人が
ほとんどなのかなと思います。



そんな感じで
僕たちは誰かに何かをしてあげたい
してあげる時が大きな喜びを感じるし
誰かに何かをしてあげるって言う事が
遺伝的に組み込まれている
そういう生き物なのかなと思います。



今回のまとめとして楽しいには階層があって
快楽として目先の楽しさから
感動のように深い喜びまであります。



快楽の目先の楽しさっていうのは
それも大事なことなんですけど
自分を喜ばせる美味しいものを食べるとか
ショッピング出かけるとか
旅行に行くっていう
そういうリラックスの方法もあります。



でもそれは長続きしませんし
楽しさも大きくないっていう風に
言えるのかなと思います。



感動する深い喜びとしては
色んな苦労して悲しみを経てて成長して
やっと成果を手にした
その時の喜びっていうのは
大きいと思います。



また誰かと共感して分かち合う
誰かと一緒に食べに行ったり旅行に行ったり
そういう一緒に行動することによっても
喜びは大きくなります。



また誰かに何かをしてあげたいって
思う時も喜びっていうのは大きくなります
サプライズをして考えている時なんて
考えているだけで
ワクワクが止まらないっていうこともあります。



そうやって自分だけの喜びを得るのではなくて
誰かに対して何かしてあげたいっていう
そういうのも
喜びの一つに繋がっていくのかな
と思います。



そんな感じで深い喜びと
快楽としてちょっと浅い喜びがあるって事を
覚えておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。





 

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2021年03月25日|2021年:3月