他人はみんな師匠 勝ち負けを気にすると相手から学べない

今日は他人はみんな師匠
勝ち負けを気にすると相手から学べない
ということについてお話ししようと思います。



これは僕が気にしている課題でもありますけど
学びというのを考えた時に
自分以外の人から多くの事を
学べるって事はあります。



自分と同じ人はいないはずですから
そこには他人からいろんな経験とか
いろんな考え方ってのを学べるはずだと思います。



そういう意味で
全ての人から学ぼうと思えば
学べるはずです。



自分では考えつかなかったような
視点だったりとか
考え方だったりとか
そういう物ってのは
全て他人から学べるものなのかなと思います。



決して自分一人では学べなかったものが
他人から多くのことを学べることがあります。



でもその学びを止めてしまってるものがあります。



それは見栄とかプライドとかっていうものがあります。



相手より上に行きたいとか
見下されたくないとか
負けたくないっていう思いだったり
評価されたいとか
敬われたいっていう思いもあるかもしれません。



そういう自分の方が優れている
相手よりも自分の方が
上に行ってるんだっていうことが
そういう気持ちがあると
それを証明したい!!




自分のが上だってことを
みんなに分からせてあげたい
という風なことを強く思ってしまいます。



そうなると相手のことを否定したりとか
相手の考えが間違ってるっていう風に
証明しようとしてしまうのかなと思います。



実際に僕はそうやって
自分のことを証明しようとして
相手を否定しようとしていたりしました。



特に自分の得意分野であれば
なおさら負けたくないって思いが
強く出てしまいます。



そうやって自分と同じような人をライバル視して
その人に負けたくないから
自分の良さというのを
強調しようとしてしまいます。



でもそういうライバルとかうまくいってる人には
自分にないものをたくさん持ってるので
学ぶべきものってのも沢山あるはずです。



でも相手を認めて学ぶっていうことは
とっても難しいことです。



相手を認める=負けるっていう風に
自分の中で繋がってしまうからです。



やっぱり自分は負けたくないっていうことで
相手を認めたくない
相手のやり方を認めたくない
自分のやり方がいいんだっていう風に
思いたがるものです。



でも思い切って白旗をあげて降参してみる
負けを認めることができたとしたら
そこで初めて相手を認めるって事が
できるようになります。



そして相手を認めることができたとしたら
やっとそこで相手のやり方なり考え方なりを
学ぶことができるようになるのです。



相手から学ぶっていうのは
そういう勝ち負けを捨てて
降参することによって
学ぶことができるようになるのかなと思いました。



そしてプライドが高い人っていうのは
傍から見ると虚栄心が強くて
出来ないのに何か知ったかぶりとか
何かできるフリをして



でも全然は実力は伴っていないっていう
そういう人を見ると
かっこ悪いなって風に思います。



だから負けを認めるっていうのは
とっても重要なことです。



でもやっぱり自分の負けを
認めるっていうことをしようとすると
自分の価値がなくなってしまうのでは
ないのかっていう
そういう不安とか恐怖にかられてしまいます。



だからプライドを捨てるって事は
とっても難しいことっていうのは
僕も実感してあります。



そういうプライドを捨てられた時に
勝ち負けにこだわることがなくて
全ての人が師匠となって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



例え自分よりもできない人だったとしても
そこからは何かしら学ぶべきことがあると思います。



自分よりも不器用である人からも
学ぶべきものがあります。



もちろん自分よりもうまくいってる人からも
学ぶべきものってのは沢山あるはずです。



そんな風にプライドを捨てられた時に
学ぶことができるなるのかなと思います。



負けるとみんな去ってしまうのではないのか
見捨てられてしまうのではないのかっていう
そういう不安があるかもしれません。



僕はずっとそういう風に思っていました。



でも本当は逆で
負けるとみんな応援してくれます。



みんなが味方になってくれるのです。
これは僕としてはすごく意外なことでした。



勝たなければ
みんな見捨てられると思っていたのですけど
負けてもみんな見捨てられないどころか
逆に味方になって応援してくれるのです。



傷ついた人とか弱い人には
みんな優しく接してくれるのかなっと
いうのことは実感としてありました。



常々思っている課題、僕の中の課題ですけど
評価を気にしなくなるって言うのが
僕の中でなりたい自分像です。



そのためには人からダメだと思われても良い
そういう開き直りっていうのも
必要になってくるのかなと思います。



評価されたいとか
良く思われたいっていう
そういう思いが強すぎると
評価を気にしてしまうからです。



そうやってプライドを捨てていくことって言うのが
今の僕の課題なのかなって思っています。



それは僕の幼少期のことで
親からずっと怒られながら育ったので
親の目線を気にして
親の評価を気にして
親の喜ぶような姿
親に怒られないようにすることばかり
気にしていました。



嫌われたくないって思いが
とっても強かったのです。



それが社会人になってからも
どこかで嫌われないための行動っていうのを
ずっとしていました。



何をするにしても
他人の目線を気にしながら
こういう行為をしていたら
きっと嫌われないだろう
認めてくれるだろうっていう



そういう何かをするにしても
他人の目線というのを
気にするようになっていたのです。



そんな僕ですから
勝ち負けってのがすごく強くて
カウンセラーとして特に成功してる人を見ると
見てるだけですごく嫌な気持ちになってきます。



何かモヤモヤした気持ちになって
とてもその成功した人の姿を
見ていられなかったのです。



心の中で自分の方がすごい
自分の方が優れているのだって風に
思いたがっていたってことがありました。



でも素直にできないことを認める
相手の方が上で
自分の方が下なのだっていう風に
認めるって事ができるようになると
相手の事もやっとそこで
評価できるようになります。



そして相手から良い部分とか
参考になる部分というのを
初めて学べるようになります。



それまではずっと相手に嫉妬して
相手のやり方を否定しようとして
自分のやり方が良いんだって風に思いたがって
学べる事ができませんでした。



そうやって勝ち負けから離れて
どっちが上かどっちが下かってのも関係なくなって
そうすると心が穏やかになっていけるのです。



実際に僕も少しずつ心が穏やかになることが
できるようになってきました。



でもまだまだできていないところが
たくさんあります。



自分を手放す練習ってのを
今している最中です。



負ける練習とかプライドを捨てる練習であったり
評価を手放す練習だったり
いろんなことをしています。



そうやって少しずつ少しずつ
解放している最中なのかなと思います。



今日のまとめとして
自分の経験なんて
ほんのちっぽけなものなのかなと思います。



他人から学ぶべきものってのは
たくさんあるはずです。



他人の人だといろんな考えがあって
いろんな経験をしているはずです。



自分では思いも寄らなかったような
考え方があったりとか
思いもよらないような価値観があったりとか
自分の幅を広げてくれるって事があるのです。



でもどちらが上かとか負けたくないとか
評価されたいっていうことがあると
素直に相手から学ぶってことができないのです。



まずは負けを認めて
相手を評価するようになってから
はじめていろんな人から学ぶってことが
できるようになります。



そうやって勝ち負けから離れた時に
全ての人が師匠になって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



それが今の僕の目標です。



ということで今日は他人の人はみんな師匠
勝ち負けばかり気にしてると
相手から学べないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年12月06日|2021年:12月