執着を手放すと自由になれる

今日は執着を手放すと
自由になれるということについて
お話ししようと思います。



執着ってのは物とか自分の考えとか
そういうものを強く
きゅっと握りしめている状態だと
言われています。



ずっと握りしめて絶対に離すものか
これは私のものだという風な固い決心をして
そういうのを譲れないっていう
そういう強い思いを
持っている状態っていうのが
執着っていう風に言われています。



そこで三つの執着について
考えてみたいなと思います。



いろんな執着がありますけど
まず自分の持ち物に対しての執着
これを失いたくない
失ったら、とんでもないことが起こりそうだ
っていうことで
自分の持ち物をぎゅっと握りしめている
というのも執着に入ります。



また自分の考えで
絶対にこうならなければいけない
こうするべきだっていう
そういうものも
執着の一つに入るのかなと思います。



また自分はこうなるべきだ
出世して社長にならなければいけない
大金持ちにならなければいけないっていう
そういうプライドも
執着の一つに入るのかなと思います。



ここでは持ち物について
色々と考えていきたいなと思います。



まず物を持つという事は
愛着も出てくることなのかなと思います。



そういう愛着が強ければ強いほど
自分の一部分となってしまうってことが
あるのかなと思います。



例えば人形にしても
すごい愛着を持って丁寧に丁寧に
その物を大事にしていくっていうとすると



その物自身が自分の写し鏡となって
自分の一部分として
なってしまってるって事も
あるのかなと思います。



そういうことで物を持つと
いつの間にか自分の分身が
増えてしまうってことがあります。



そうなると失うっていうことは
自分の一部分がなくなってしまうって
いうことがあって
凄い痛みを伴ってしまいます。



それは自分の中に
ぽっかりと穴が開いたような感じで
自分の一部分が欠けてしまうという
そういう感覚に陥ってしまうのです。



また物があると
そこで縛られてしまうってことがあります。



例えば家を建ててしまうということがあると
簡単にはその家を手放す
ってことができないと思います。



そんなるとそこに
居続けなければいけないってことがあります。



もし隣の人がクレーマーだったとしても
簡単に引っ越しすることはできないと思います。



また旦那さんが転勤で遠くに行ってしまう
ということがあったとしても
簡単にお引越しすることができないので
家族が離れ離れになってしまうことも
あるかもしれません。



そうやって物が増えれば増えるほど
そこに居続けなければいけないっていう風に
なってしまいかねないのです。



また物を持ちすぎると
盗られないかっていう不安が
出てきてしまいます。



特に高価なものだと
誰かに盗まれるかもっていうことで
ずっと不安があって
余計な不安を抱えてしまうって
こともあるかもしれません。



もし高価なものがなかったとしたら
盗られるかもっていう
そういう不安はないかもしれません。



でも金持ちとかは
そういうものが
誰かに盗られないようにっていうように
厳重にガードして
しっかりと守らなければっていう
そういう余計な不安を抱えてしまうって
こともなってしまいます。



ということで
執着というを手放すっていうことは
ぎゅっと握りしめている
手を緩めるって言うことでもあります。



その緩めるっていうはとっても難しいことで
それは失ってことを認める
ということにもつながります。



失ってはいけないって思えば思うほど
ぎゅっと握りしめてしまいますけど
失ってしまうことをもう認める
失ってもいいって思えることができたとしたら
その手を緩めて
自由になることができるのかなと思います。



緩めるための一つの方法として
自分のところで留める
っていうことをするのではなくて
流していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



そういう水も同じように
自分のとこで留めるって事はできません。



流してたまたま自分のところにある時は
楽しむけど時は来たら流れていく
そうやって巡り巡って自分にも流れていくし
相手も流れて行くし



いろんなとこに流れて
また自分のとこに戻ってくるかもしれませんし
いろんなとこを巡るってことは
あるのかなと思います。



そうやって循環させるって事を考えて行くと
失ったものっていうのを諦められる
手放すことができるように
なるのかなと思います。



そういう風にして
失ったものを諦めることができたとしたら
心にも余裕ができて
自由になっていけるのかなと思います。



もし失った物っていうのを諦められずに
後悔したり悔やんだり
そういうことしていくと
そこに縛られてしまうって
ことがあるのかなと思います。



手放せば手放すほど心に余裕が生まれてて
心が自由になっていけるって事が
あるのかなと思います。



また物を少なくすればするほど
とらわれというのも
減っていくのかなと思います。



お釈迦様というのも
地位とか財産とか家族っていうのを全て捨てて
だからこそ悟りを開くことができ
たってこともあるのかなと思います。



もし自分の地位とか財産とか家族に
縛られてしまってるとしたら
悟りを開くってことは
難しかったのではないのかなと思います。



そういういろんなものを手放すことができて
自由になれたからこそ
悟りってことが
開くことができたのかなと思います。



ということで
今ミニマリストっていうことが
流行ってきてるのかなと思います。



極端に物を減らしていくっていうことがあって
そういう生活をすることができるとしたら
自由になっていけるって事があります。
物が少ないので引っ越しも簡単にできます。



物にとらわれることがないから
場所に縛られることがなくて
自由に生活していける
っていうことがあります。



ということで今日のまとめとして
物を持てば持つほど
物に愛着が生まれて
それが自分の一部分として
分身が増えるような感覚になってしまいます。



そうなるとその物を失ってしまうと
自分の一部分が欠けたように
思えてしまいます。



またいろんな色の物を持ちすぎると
それを盗まれないかっていう
そういう余計な不安を抱えてしまうって
こともあります。



そういう物を持っている状態から
解放していくために
ぎゅっと握りしめてるという。



そういう執着、物があったとしたら
それを手放すということができたとしたら
自由になれます。



その手放す方法として
失う覚悟を持つってことも
大事になってくるのかなと思います。



失ってはいけないとか
盗られてはいけないって思えば思うほど
握りしめてる手が離れなくなってしまう
ということがあります。



そういう手放す方法として
水のように巡り巡って
たまたま今自分のところにあるだけだ
時は来れば
自分の所から離れて流れていくっていう
そういう感覚ってのは
大事になってくるのかなと思います。



また物を減らしていくっていう
ミニマリストの
そういう考え方も取り入れていくってことは
いいのかなと思います。



そうやってやっていけばいくほど
自由になれて
心にも自由になれるし
物に縛られないから
物質的に旅行とかも引越しとかも
自由に行けるって事で
物質的にも自由になっていけるとことが
あるのかなと思います。



そんな感じで
執着することを減らしていけばいくほど
心にわだかまりがなくなって
自由になっていけるって事が
あるのかなと思います。



なるべく物を減らしていくことも大事ですし
物を持った時に
たまたまこの物はここにあるだけだ



時が来れば失っていく
流れていくっていう風に
そういう感覚を持つことっての大事なのかな
と思いました。



ありがとうございました。



 

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2021年04月15日|2021年:4月