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人は余裕がない時に周りの人を傷付ける

今日は人は余裕がない時に
周りの人を傷付けるということについて
お話ししようと思います。



僕たちはなぜ人を傷つけてしまうのか?
どういう時に傷つけてしまうのかというのを
よく考えてみる必要があるのかなと思います。



人を傷つけている人っていうのは
もしかしたら自分では悪いことを
しているっていう意識は
少ないのかもしれません。



ある人にとっては傷つけてやろうっていう
そういう意志は全くないのに
でも意図しないところで
相手を傷付けてしまうっていうことに
繋がってしまうっていう人もいるのかもしれません。



そんな感じで人を傷つけてしまう人っていうのは
罪悪感とかそういうのは
あまり感じることが少ないのかなと思います。



ではなぜ人を傷つけてしまうのか
たぶん多くの人は傷つけるよりも
仲良くするのが一番だっていう風に
思ってると思います。



でもそれができないっていうのは
その人の中で大切なものを守るために
それが奪われそうになった時に
傷つけてしまうってことが
あるのかなって思ってます。



そういうふうに考えていくと
誰かを攻撃してやろうっていうよりは
自分のことを守ろうっていう
そういう懸命に自分のことを守っている時に



意図しないところで
相手を傷付けてしまうってことが
起こっているのかなって思ってます。



では何を守っているのかって言うと
それは自分のお金が奪われそうになった時とか
自分の時間だったり自分の労力だったり
ある人にとっては自分のプライドが
奪われそうになった時とか



世間体や立場などが危うくなった時とか
ある人にとっては自分の常識とかルールとか
そういうのを破られそうになった時とか
そういう時に攻撃的に
なってしまうのかなって思います。



僕たち人間っていうのは減ることとか
奪われることっていうのに
ものすごく強い痛みを覚えてしまいます。



だから減らないようにとか
奪われないようにっていう風に
必死に抵抗してしまいます。



そういう抵抗する行為っていうのが
相手に攻撃するっていう風に
繋がってしまうのかなって思います。



それは正当防衛だから
相手に何してもOKだっていう
そういうちょっとした正義感に
繋がってしまうのかなって思います。



極端な話ですけど
銀行強盗とかそういうことになりかねない時は
その犯人に対しては
どんなことをしても良いっていう風に
思ってしまうのと一緒で



自分の大切なものを
奪われそうになった時っていうのは
奪う人に対しては何をしても
それは正義として繋がってしまうっていう風に
考えることもあるのかなって思います。



そしてそういう悪役っていうか
悪いことをした人に対して
相手がどんな思いなのか
どんなことを感じているのか
どんな痛みなのかっていうのを
考えることっていうのは
少ないのかなって思います。



だからこそ悪役に対しては
ひどいことをしてしまうのかなって思います。



それは映画見てても一緒で
映画の中の悪役っていうのは
どんな酷い殺され方をしていても
見ている方としては
悪役が倒されてスッキリっていう風に
感じてしまうのかなって思います。



そんな感じで自分自身を守ってる時っていうのは
自分の心に余裕がないため
相手のことを思いやるっていうことが
なかなかできないでいます。



でも人って安心感がある時っていうのは
心にも余裕があるので
相手のことを思いやるっていうことができるのです。



その安心感を手に入れるためにも
守ることに必死な時に
思い切って守ることをやめてみる
思い切って手放してみるっていうことは
とっても大事なことなのかなって思います。



手放すっていうのは
大切なものが損することであったり
減ることだったり
もしかしたら奪われてしまうことだったり
そういうのを諦めたり
認めていくってことに繋がります。



今までは必死に損しないようにとか
減らないようにとか
きゅっと握りしめていたかもしれませんけど
そういうのを手放す
握るのを止めていくっていうことです。



そうやって手放してみる
手放してみても案外減るってことは
少ないってことに気づくでしょう。



それは大きな気付きなのかなって思います。



今までは減らないようにって
必死に抵抗してきたけど
でもその抵抗をやめた時にそんなに減らないし



もしかしたら増えるってこともあるのかなっていう
本当逆転の発想かもしれませんけど
凄くそれは大きな気付きなのです。



そうやって抵抗する必要がなくなって
力が抜けていくと
すごく楽に生きていけるようになります。



そうやって楽に生きていけるようになると
力が入ることなく
本来の自分でいられるように
なるのかなって思います。



だから怒ってばかりの人を
攻撃ばかりしている人を見て
そういう人っていうのは
ああ、今危機的状態にいるのかな
必死に自分を守っているのかなっていう



そういう冷静な目で見ることによって
また違う見方ができるように
なるのかなって思います。



ここで少し昔の僕の話を
させていただこうかなって思います。



昔の僕も常に自分を守るためにすごく必死でした
全然心に余裕なんてなかったのです。



そんな状態だから
相手の感情にはものすごい鈍感でした。



相手が今どんなことを考えているのか
こういうことをすると
相手はどういう気持ちなのかっていう風に
考えることっていうのはすごく少なかったです。



それは自分に全然自信がなくて
自分の立場が常にどういう状態なのか
というのを気にしてばかりいたからです。



人の目線を凄く気にしていました。



そういう状態だからこそ
プライドもものすごく高かったです。



そんな僕だから本当は仲良くしたいのに
いろんな人と一緒に何かしていきたいのに



でも自分の変なプライドで
自分を守るために必死だから
意図しないところで
相手を傷つけてしまったりしました。



でも色んな本を読んだり
色んな体験をすることで
ある日気づいたのです。



なぜ自分に余裕がないのかって言うと
それは自分を守ってばかりいたからです。



自分を守るっていう行為が
自分のことばっかり考えるっていうふうに
繋がっていたのです。



そこである日自分を守るのをやめてみました。



そうすることで状況が一変したのです。



自分を守るっていうことをやめて
何か奪われまいと思って
必死に抵抗していたのをやめてみると
今まで敵だと思っていた人が
味方であったり



相手を攻撃せずにはいられなかったことが
そんなに攻撃をしようとすることは
少なくなったのです。



もう必死になる必要はなかったのです。



でも自分を守るのをやめるっていうのは
すごく怖いことでとっても勇気がいりました。



今までやったことないことをやるっていうのは
ものすごいチャレンジなのです。



何か大切なものが奪われるのではないのか
自分の立場とかそういうのが
危うくなるのではないのかっていう風に
ビクビクしていました。



でも、やった結果
何も奪われることはないし
何も失うことがないのです。



そういう風に守るのをやめることによって
余計な力が抜けていくっていうことがありました。



そうやって必死にならないから
自分を守る必要がないから
心にも余裕ができて



そうやって心に余裕ができた時に
初めて相手を思いやるっていうことが
できるようになったのです。



相手の感情にも寄り添うことができて
親切なことができるようになってきたのです。



まとめとして人を傷つけてしまう人っていうのは
自分を必死に守っている状態です。



そんな状態だからこそ
自分の心に余裕がないから
相手に対して相手がどんな思いをしているのか
相手がどんなことを感じているのか



こんなことをすると
相手はどう思うのかっていうのを
感じる力っていうのが全然ないのです。



そしてそういう時に意図しないところで
相手を傷付けてしまうってことが
起こるのかなって思います。



相手を傷つけるっていうのは
自分の心に余裕がないから
起こってしまうことなのかなって思います。



本当はそういう攻撃的な人であったとしても
相手を傷つけたくないっては思っているでしょう。



本当は仲良くなりたいのです。



でもそういう大切なものを
奪われそうになった時っていうのは
自分でも相手を攻撃するっていうことが
やめられないでいるのかなって思います。



そういう何かを失いたくないっていう思いを
思い切って失ってもいいって
手放すことができた時に
初めて大きな転換ができて
心に余裕が生まれて
安心感も生まれるのかなって思います。



そういう抵抗することをやめるっていうのは
ものすごい難しいことですけど
でもそれができた時に
世界が変わっていくのかなって思いました。



今日は人は心に余裕がない時に
周りの人を傷つけてしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月24日2022:1月

心を広くするためには共感力が大事

今日は心を広くするためには
共感力が大事ということについて
お話ししようと思います。



多分僕もそうだし周りの人も
心の広い人に憧れるし
自分自身も心の広い人間になりたいなって
誰もが思うはずだと思います。



でもどうしたら心が広くなるのかっていうのは
なかなか考えることっていうのは
少ないのかなって思います。



その心を広げる要因ですけど
たくさんあると思いますけど
その中の一つとして「共感力」っていうことが
挙げられるのかなと思います。



共感力が高い人っていうのは
相手の立場に立つことができるので
それが心の広い要因に繋がるのかなって
僕は考えています。



そういうので共感力を
これから説明させていただこうかなって思います。



世の中にはさまざまな人がいて
色んな価値観を持っている人がいると思います。



急に怒り出すような人だったり
かと思えば全然自分の感情を出さずに
黙々とやっている人だったり



気が弱くておどおどしたり
人見知りな人だったり
明るくて人懐っこい人だったりっていう
そういうさまざまな人がいると思います。



そういう人の中には
当然自分とは全く違う人っていうのも
結構いるはずです。



そういう自分とは全く違う人を
どれぐらい理解しようとできるか
相手の立場に立って考えられるかっていうことが
共感力としてあるのかなって思います。



なぜ共感力が大事かって言うと
人って気持ちを分かってもらえるだけで
すごく癒されるものです。



特に悩んだ時とかは
自分の気持ちを理解してもらうってことが
すごく必要とされていて
悩みを話した時に
うんうんて共感してもらえるだけでも
それだけでも傷が少し癒えるということがあります。



逆に悩んだ時に
相手に思い切って話したのに
全然取り繕うともしてくれなくて
理解してくれなかったっていうことがあると
すごく苦しい思いをしてしまいます。



そんな感じで共感されるかどうかっていうのは
僕たちの中ですごく大きなこと
なのかなって思ってます。



そこで心の狭い人っていうのは
自分の価値観が強くて
自分のものの見方でしか
見れないっていうことがあります。



そうなると自分以外の価値観を
持ってる人っていうのを
受け入れるっていうことができなくて
心の広さっていうのは
狭いのかなって思います。



当然そういう人っていうのは
相手の意見を聞こうとはできなくて
自分の価値観を押し付けて
しまうってことがあるでしょう。



そうなると周りにいる人っていうのは
冷たい人だっていう風に思ってしまって
優しさっていうのを感じることっていうのは
できないでいると思います。



逆に心が広い人っていうのは
どんな価値観の人であったとしても
相手の立場に立って
受け入れることっていうのが
できる人なのかなって思います。



そんな感じで心を広げるには
共感力っていうのが
カギになっているのかなって思います。



共感力として色んな視点を
持っているかっていうことがあって
自分の立場だけではなくて
相手の立場に立つことができるのか
っていうことがあります。



その共感力ですけど
共感力を付ける方法には
自分自身が色んな体験をする
っていうこともあります。



また自分の体験だけではなくて
本などでたくさん勉強するってことも
必要になってくるでしょう。



まず色んな体験をするっていうことですけど
僕たちが普通に生きている世界では
見えない世界っていうのがあって
それは傷ついた人の持っている世界
なのかなって思います。



そういうのは同じ苦しみを抱えていないと
なかなか共感できないってことが
あるのかなって思います。



特にうつ病とか目に見えない病っていうのは
普通の人からはなかなか理解できない
ということがあるのかなって思います。



普通の人はサボっているとか
だらけているっていう風にしか
見えないかもしれませんけど
その人の中では一生懸命何かをしようと思って
でも体が動かないっていう
そういう状態なのかもしれません。



そういうのっていうのは
なった人じゃないと
なかなか理解ができないのかなって思います。



逆にそういうふうに経験していると
より強く理解できるってことが
あるのかなって思います。



だからいろんな苦しみを抱えた人っていうのは
それだけ共感できる部分が
多いのかなって思います。



それはつらい経験をしたからこそ
手に入れられるものなのかなって思います。



特にどん底を経験した人だったり
苦しみ抜いた人だったり
そういう人っていうのは
共感力っていうのがとっても高いです。



苦しんだからこそ見える世界っていうのがあって
そういう世界から物事を見ると
相手の苦しみっていうのを
理解することができるのかなって思います。



また本で学ぶっていうことですけど
僕たち一人一人の経験っていうのは
やはり限度があるのかなって思います。



だからこそ先人たちの知恵の詰まった本を
読むってことはとても大事で
そういう本を読むだけで疑似体験できて
その人の体験っていうのを自分のものとして
少し感じることができるように
なるのかなって思います。



昔から僕たち人間っていうのは
物語が大好きです。



それはその物語の中に没頭して
入っていくことができて
主人公と同じ気持ちになれるから
ということがあります。



そういう自分とは違う経験している人の
視点を持つっていうことで
想像力を働かせて楽しみながら
主人公の視点を得れるというので
いろんな物語を読むことによって
経験が一つ一つ増えていくのかなって思います。



また本を読むっていうことで
古典を読むってことも
とても大事なことなのかなって思います。



古典っていうのは読み継がれている
古くからあるもので
そこには人間とは何かっていうのが
考え抜かれたものがあります。



そういう深い知恵を知ること
というのができるのです。



僕たち人間の悩みっていうのは
大昔からそんなに変わるものではないのです。



だからその悩みを色んな角度から
色んな人が証明してくれるってことがあって
歴史から学んでいくっていうのは
とても大事なことです。



学んでいくことで
自分の体験と照らし合わせて
想像していくということが
できるようになるのかなって思います。



そういう古典を読むことによっても
共感力っていうのが
増えていくのかなって思います。



まとめとして心が広くなるためには
共感力が大事な要因の
一つなのかなって思います。



共感力っていうのは
色んな人の立場に立って
物事を考えられるかっていうことです。



自分の視点だけで物事を見ると
良い悪いとか相手を批判したりとか
自分の考えを押し付けたくなってしまいますけど



自分の考えと違う人でも
その人の立場に立って
考えることができるようになると
相手を受け入れる度量っていうのは
増えるのかなって思います。



共感力を付けるためには
経験から学ぶことと
物語から学ぶこと
また古典から学ぶことっていうことがあります。



経験から学ぶっていうのは
痛みとか苦しみ辛さなど
どん底を経験した人っていうのは
同じように苦しんでいる人の立場に立って
分かってあげられることが
できるのかなって思います。



そういうことで痛みっていうのは
大きな財産として
共感力を身に付けるツールと
なるのかなって思います。



また物語から学ぶっていうのは
僕たちは物語が大好きで物語没頭して
主人公になりきるっていうことができます。



そういう主人公になりきって
疑似体験することで
経験が一つ増えてるっていうことが
できるようになるのかなって思います。



そして古典から学ぶっていうことですけど
古典っていうのは
人間とは何かっていうことについて
先人からの知恵が存分に詰まっています。



そういう深い歴史の中で培われた
人間という理解を知るってことが
容易にできるようになるのかなって思います。



また古典ですけど
僕も最初はちょっと
とっつきにくいっていうところがあって
読むのに抵抗がありましたけど



でもいざ読んでみると全然そんなことはなくて
とてもに人間として
人間くささっていうのが書かれていて
共感できるところがたくさんあります。



とっつきにくいっていうイメージだけですけど
いざ読んでみると
また考えが変わってくるのかなって思うので
興味が持たれた人は
古典にチャレンジしてみるっていうのも
いいのかなって思います。



そんな感じで共感力をつけるっていうのは
自然に手に入るものもありますけど
やっぱり学んでいくっていうことも
大事になってくるのかなって思います。



そうやって経験を積みながら
学んでいきながら
多くの視点で物事を見れるようになると
心が広い人間として
なっていけるのかなって思います。



今日は心を広くするためには
共感力が大事ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月17日2022:1月

何かを決断する時に決められないのはなぜ?

今日は何かを決断する時に
決められないのはなぜ?
ということについて
お話しさせていただこうと思います。



僕たちは生きていると
決断をする時っていうのは
いくつもあるのかなって思います。



進路であったり結婚であったり
就職であったり色んな場面で
あれにするのか、これにするのか
どっちにしようかなって
そういう決断を迫られる時があると思います。



また高価な買い物をする時なんかも
思い切った決断っていうのも
必要になってくるでしょう。



そうやって決断をしなければいけない時に
よし、これにしようって
すぐに決断できる人っていうのは
少ないのかなって思います。



大体はあっちもいいけど
こっちもいいし
どっちにしようかなって迷って
決められないっていう人が
多いのかなって思います。



もちろん僕自身もずっとそんな優柔不断で
決められないような人でした。



それは決断するっていうのは
痛みを伴うからです
本当に大小を問わずに決断するっていうのは
脳にとっては凄く負担がかかって
本当の痛みっていうのが伴う時もあるのです。



だからなかなか決められないってことがあります。



なぜ痛みを伴うのかって言うと
僕たちは未来がわからない以上
どっちが正解か
どっちが不正解かっていうのは
分からないでいます。



もしかしたら間違ってしまうのではないのか
とかそういういろんな不安とか恐れがあって
それがいっぱいいっぱいになった時に
脳は痛みを伴って苦しむっていうことに
なってしまうのです。



特に損害がある時っていうのは
とっても苦しいのです。



損害があるっていうのは
今持っているものが減ってしまうこと
そういう何か奪われるとか減ることに対して
脳は特に強い痛みを感じてしまうことがあるのです。



損することって
僕たちはたとえ小さな損であったとしても
引きずってしまうってことがあります。



このように何か減るとか
損するっていうことに対して
すごく過剰に反応してしまうというのが
僕たちなのかなって思います。



本来ならば迷っている時っていうのは
メリットもデメリットも
どちらも同じぐらいだからこそ
迷うのかなと思います。



もしAの方がメリットが多くて
Bの方がメリットが少なかったら
すんなりと決めれるはずです。



どちらもメリットもデメリットも
同じぐらいって考えているから
迷っていると思います。



だとしたらどちらを選んでも
そんなに変わることはないのかなっていうので
簡単に決めてもいいはずだと思います。



でもちょっとでも損するのが
嫌だっていうことがあると決断できない。



決断した後も他の選択肢はどうだったのか?
あっちを選んでみると
本当はここまで損することは
なかったのかっていう風に
気になってしまうものなのかなって思います。



決断っていうのは
文字通り決めたこと以外は全て捨ててしまう。



その他の可能性を全て捨ててしまう
ということがあります。



でも他の選択肢を捨てるってことは
僕たち人間にはなかなかできないもので
あっちの選択肢にしていたら
どうなったのかなっていうのが
気になってしょうがないものなのかなと思います。



そういうのも人間の弱さっていうか
人間である以上しょうがないところなのかなって
受け入れることも必要なのかなって思います。



特にAの決断をして
何か嫌なことがあったとしたら
Bにしておいた方が
嫌なことなんてなかったのにって
凄く後悔して
Bの方の可能性にすぐに妄想して
逃げてしまうということがあるのかなって思います。



なかなかAに集中して
どう取り組んでいこうとか思えないものです。



Bにしたら良かったっていう風に
妄想してしまうということが
あるのかなって思います。



ここからは僕の話ですけど
僕も凄く決断するっていうことができずに
優柔不断だったっていうのがあります。



それはコンビニの弁当を決めるっていうことすらも
どっちにしようかって迷って
時間がかかってしまったっていうことがあります。



ほんの小さなことであったとしても
決められないような人でした。



その頃の自分を振り返ってみると
損するっていうことが凄く嫌だったのです。



ちょっとでもいいから得をしていないと
自分の中で満足できないってことがありました。



なので損をしていないのかっていうのは
気になって気になってしょうがなかった
っていうのがあって



結局そういうことをしていくと
どうしても後悔っていうのは
たくさん生まれてくるのかなと思います。



買ったものに対しても気になって
他の商品のところをチェックしたりとかして
余計に傷ついてしまうってことを繰り返していました。



わざわざそんなチェックをしなくてもいいのに
もう買ってしまったものは
どうにもならないのに



損をしていないのかっていうのが気になって
覗いてちょっとでもあっちの方が
安かったとしたら
それで損したっていう気持ちになって
すごく傷ついてしまうのです。



でも今は損してもいいっていう風に
逆に開き直っていこうかなって思っています。



損してもいいし
間違った選択をしてもいいしっていう風に
そういうことを繰り返していくうちに
迷いというのが少なくなったように思います。



間違った選択をしてしまったとしても
取り返しのつかないことっていうのは
そうそう起こらないはずだっていう風に
思うことができるようになりました。



もし間違ったとしても
そこから学ぶべきものっていうのは
たくさんあるはずです。



逆に間違ったからこそ
良かったっていう場面もあるのかもしれない
っていう風に思うようになりました。



そういうことで失敗を恐れなくなったし
間違うことを恐れなくなった。



そういうことをしていくと
決断っていうのも
少し早くなってきたように思います。



前のように優柔不断で
あれにしようか、これにしようかって
時間をかけるってことが少し減ってきました。



そして後悔っていうのも
ちょっとずつ減ってくるようになりました。



このように何かを決断する時っていうのは
損してもいいし間違ってもいいし
そこから学んでいけばいいという風に
口癖で唱えるようにしていきました。



そうすると心理的な痛みっていうのが
減ってくるようになってきました。



それで決断するっていうことも
できるようになってきたのかなって思います。



そしてここで一番大切なことっていうのは
何を選んだのかっていうのは
ほぼ関係がないのかなって思います。



すごく大事なことっていうのは
結局は自分でその選択をしたのか
ということです。



他人がこうだって言うから
これに決めたっていうことで
他人の言う通りにしていないのか。



それだといつまでたっても
他人に自分の人生を委ねて
本当の自分の人生っていうのを
生きていくことができないと思います。



そういうので決断できない人っていうのは
もしかしたら親とか占い師さんなんかにも
委ねてしまってるってこともあるのかもしれません。



特に占い師さんなんかに依存して
就職先とか結婚相手ですら
この人でいいのかっていう風に聞いて



その人が良いって言わないと
自信持って決断できないっていう人も
多くいるって聞いています。



色々とアドバイスを聞くっていうことは
凄く大事なことですけど
でもそのアドバイスを何も考えずに
従うっていうのは駄目で
最後はやっぱり自分で決断するっていうことが
大事になってくるっていうことです。



今日のまとめとして決断するっていうことは
すごく怖いことです。



もしかしたら大切なものが減るのではないのかとか
損するかもしれないとか
そういうことを考えてしまうと
決断するってことは難しくなってしまいます。



たとえ小さな損であったとしても
僕たちの心っていうのは
過剰に反応してしまうということがあるからです。



だから決断する時には
間違わないようにとか
失敗しないようにっていう風に
すごく気を付けてやっていこうとしてしまうと
決断するっていうことが難しくなってしまいます。



でも損してもいいとか間違ってもいいって
認めることができるとしたら
決断もより早くなっていくのかなって思います。



たとえ間違ったとしても
大変なことは起こらないからです。



そこから何か学んでいけばいいだけです。



そして一番大事なことっていうのは
自分でその決断をしたのかっていうことです。



他人にその決断を委ねていないのか
っていうことを注意していくってことは
とっても大事なことです。



僕たちは決断した以外の選択肢っていうのを
見ることはできません。



Aという選択をした瞬間に
Bの選択肢もCの選択肢も消えてしまうからです。



比べることなんてできないのです。



だとしたらAっていう選択肢をした瞬間に
もうその決めた道を
行くしかないのかなって思います。



そんな感じで
弁当すら決められない僕であったとしても
損してもいいとか間違ってもいい
失敗しても良いっていうのを口癖にして
決断するようにしてきました。



だからあなたも何か決断するっていう時は
損してもいいって唱えながら
最後は自分で決断してほしいなって思います。



今日は何かを決断する時に
決められないのはなぜ?っていうことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月10日2022:1月

固い心と柔らかな心の違いについて

今日は固い心と柔らかな心の違いについて
お話ししようと思います。



心の状態を柔らかさで表現してみると
どんな表現ができるのか?というのを
ちょっと考察みたいなと思います。



まず固い心ですけど僕のイメージですが
固い心っていうのは強い意志を持った
巨大な木のような存在なのかなと思います。



圧倒的な迫力があって揺るぎない
そんな固い心を持った存在のものを
巨大な木としてイメージしています。



また柔らかな心としては
どんな強い風でも受け流す
柳の木としてイメージしています。



そして柔らかい心になりたいなって思う人が
多いのかなって思いますけど



でも硬い心も柔らかい心も
どちらが良いとか悪いとかってのはなくて
どちらも長所と短所があるので
それを知っていくってことは
大事なのかなって思います。



最初に結論ですけど
柔らかい心と固い心の違いというのは
どれくらい自分の考え方に
こだわりを持ってるのかっていうことです。



固い心っていうのは自分の考えに固執して
こうでないといけないっていうのが強いので
変えようとしないってことがあって
それが固い心としてイメージできています。



逆に柔らかい心っていうのは
こうであっても良いし、ああであっても良いっていう
そういうどっちでもいいっていう
ちょっと優柔不断には思うかもしれませんけど



そういうこだわりがないからこそ
柔らかい心としてやっていけるのかなって思います。



そんな感じで固い心と柔らかい心の違いってのは
どれくらい自分の考え方に固執するか
ということであります。



大切なのは自分が今心の状態は
どんな固さなのかっていうのを知って
もしそれが偏りすぎているとしたら
バランスをとっていくってことは
とっても大事なことなのかなって思います。



それでは固い心と柔らかい心について
詳しく説明させていただこうと思います。



まず硬い心ですけど
硬い心のイメージとして
先ほど言ったように
大きな大木をイメージしています。



ちょっとやそっとの風では揺るぎない
そんな圧倒する大きな木です
たぶんそういう人が周りにいるとしたら
ものすごい行動的なので
圧倒されるって事があるのかもしれません。



力強くて一本芯が通っているので
自信にあふれているって事があります。



そういう人は目標を決めたら
一直線にそこに向かって
頑張り続けることができます。



そしてその目標を
達成していくってことがあるでしょう。



そういう自分の強いこだわりを
持っていることがあって
考え方を貫き通すことができます。



誘惑にも負けずに
他人の意見にもあまり左右されずに
曲げない強さということがあります。



ただそれは自分の考えを曲げられないってことは
マイナスの面でもあって
こうでないといけない、ああでないといけないという
自分の考えが強すぎるので
周りの変化に弱いってことがあります。



また自分の考えを曲げることができないから
善悪の意識がとっても強いです。



自分の中のこうでないといけないっていうことが
正義感として
こうじゃないっていう人を
裁こうとしてしまうってことがあります。



そういうので他人と衝突してしまうってことが
多くなってくるでしょう。



そしてある程度の小さなトラブルだったら
力強く解決してくってことはできるでしょうけど



でも大きな自分の器を超えるような
トラブルに巻き込まれた時
どうにもにもならない時ってのは
ある日心がポッキリと折れてしまいます。



そういう意味で人間関係の面とか
物事がうまくいかなかった時の面とか
そういうもので苦しみやすいってことが
あるのかもしれません。



例え話ですけど
良い例として陶芸家ってことがあります。



陶芸家の人っていうのは
こだわりが強いっていうイメージがあると思います。



作品に対して凄くこだわって
ある人だと悪いもの以外は
全部壊すっていうことをするらしいです。



ちょっとした形が悪いものであったとしても
値段を付けれると思うんですけど
でもそれでは自分のプライドが許さない



ということで全部壊して
だからこそ素晴らしい本物を作れるって事が
あるのかなって思います。



それは固い心の人しか
できないようなものなのかもしれません。



悪いものだと頑固おやじのイメージがあります。



昭和時代の頑固おやじとして
自分の思い通りにならなかったとしたら
周りに当たり散らして
もう手のつけようのないってことが
あるのかもしれません。



当然周りはその人に対して
すごく気を使わなければいけなくなって
疲れてしまうでしょう。



そんな固い心の人と一緒にいるって事は
なかなか難しいことなのかなって思います。



そんな風に固い心でも良い面もあるし
悪い面もあります。



次に柔らかい心の説明をさせていただきます。



イメージで言うと最初に言ったように
しなやかに流れる柳の木というのをイメージします。



ちょっと頼りないところありますけど
でもどんなトラブルがあったとしても
サラサラと流していけるっていう
そういう柔軟さというのを
持っているのかなって思います。



最初に悪い部分を取り上げていくと
柔らかい心の人っていうのは
自分の意思が弱いので
力強さがなくって
一見ひ弱そうに見えるかもしれません。



というのでなんだか頼りないなっていう
そういう印象をもしかしたら受けるかもしれません。



自分の意思があまりないからです。



そういうので目標を決めるって事も
なかなかなくって
こうでないといけないっていうのもないので
その場その場の状況で合わせていくってことを
しているのかもしれません。



だからそんなにも力強く頑張るっていうことは
ないのかもしれません。



でも自分のこだわりが少ないから
どうにでも変化できるって事があります。



そういうので色んな物事に対して
臨機応変に対処できるって事があります。



自分の考えに固執しないので
善悪の判断っていうのが
限りなく少ないってことがあって
誰かを責めることがないです。



だから他人にうまく合わせて
いけるって事があります。



絶対にこうでないといけないっていうことがあると
他人に対しても
それを押し付けてしまうかもしれませんけど
自分のそういうこだわりが少ない分
善悪というのも少ないのかもしれません。



だから自分と違う考えを持っている人に対しても
うまく合わせていけるって事があるのです。



だから他人と争わなくてすみます。



柔らかい心の人の活躍の場として
リーダーの補佐ってことも
活躍できる場所なのかもしれません。



力強いリーダーの意見を聞きながら
与えられた仕事を忠実に
こなすってことが得意でしょう。



自分では目標はないですけど
他人から与えられた目標に
臨機応変にしながら
こなしていくってことが
得意なのかもしれません。



そういうので合わせる能力っていうのが高いです。



でも悪い例としては
やっぱり優柔不断に写ってしまうでしょう。



自分の意見がないので
もしかしたら嫌なことでも
断るってことができないでいるかもしれません。



そうなるとやりたくないことまでも
やらなければいけなくなってしまって
ストレスを抱えてしまうってことも
あるかもしれません。



こんな感じで柔らかい心にも良い面もあるし
悪い面もあります。



まとめとして
柔らかい心と固い心の違いというのは
心の柔軟性として
どれぐらい自分の考えに
こだわりを持ってるのかっていう
その度合いで変わってきます。



固い心の人っていうのは
自分の考えが絶対で
曲げられないってことがあります。



でも柔らかい心っていうのは
こだわりが少なくてどっちでもいい



自分の考えでも良いし
相手の考えでも良いし



Aでも良いし、Bでも良いっていう
そんなこだわりの少ないというのが
柔らかい心の状態です。



それであなたの心の状態の固さっていうのを
イメージしてみると良いのかもしれません。



あなたの心の状態っていうのは
カチカチなのか
それともふにゃふにゃで柔らかいのかっていう
どっちでしょうか?



ちなみに僕の心の固さっていうのは
最初の頃っていうのは
すごくカチカチでした。



他人の意見に合わせるって事は
それは負けを意味するっていう風に
勘違いしていたので
自分の考えを押し通そうと
してしまうとこがあります。



なので学校でもあまり友達の意見を聞かずに
自分の考えを通そうとしていた時もありますし
仕事場でも一番後輩なのに
先輩に向かって何か生意気なことを
言っていたってことがあって
みんなから嫌われていました。



それのですごく苦しかったってことがあります。



でも色んな勉強したり
色んな経験を積むことで
ガチガチの心が
少し柔らかくなってきたかなと思います。



自分の考えに固執することではなくって
Aでも良いし、Bでも良いっていう
相手が考えでも良いっていう



そういう自分の考えに固執するってことが
少なくなってきて
相手の考えを受け入れるということが
できるようになってきました。



そういうので少し苦しみっていうのは
減ってきたっていうことがあります。



でもまだまだできていないので
僕の理想の硬さとしては芯がありながら
それでいて柔らかさを持っているっていう
そういう心の状態になっていけたら
良いのかなって思ってます。



理想の状態に近づけるために
バランスをとっていくってことはとっても大事です。



今の心の状態を知って理想を描いて
もし固すぎるとしたら
柔らかい心を取り入れていくし



柔らかすぎるとしたら
固い心の状態を取り入れていくっていう



そんな感じでバランスを取っていくってことは
とっても大事なことなのかなって思います。



今日は固い心と柔らかい心の違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年12月27日2021年:12月

自分にかける言葉で性格は作られる

今日は自分にかける言葉で
性格は作られるということについて
お話ししようと思います。



言葉っていうのは
すごい力を持っているなと思います。



その言葉を知れば
相手の人間性っていうのが
分かるっていうのがあります。



どんな言葉を使っているのか?
どんな言葉を相手に投げかけているのか?
どんな言葉を自分に投げかけているのか?
っていうので
その人は作られているからです。



だからその人の言葉っていうのが
人間性を表しているということがあります。



相手を知ろうと思ったら
まず言葉を聞いて
どんな言葉を使っているのかっていうのを
知っていくっていうことが
一番の手がかりなのかなって思います。



汚い言葉を使うのか?
きれいな言葉を使うのか?によっても
相手の印象っていうのは
全然違ってくると思います。



そんな感じで言葉が
人間性っていうのを生んできます。



それは自分にも言えることです。



自分を知る手がかりは
自分にどんな言葉を使っているのか?っていうのが
決め手になってくるのかなと思います。



自分に対して心の中で
どんな言葉をかけるときが多いですか?



それによってあなたの性格
長所・短所・不得意っていうのが
決められてくるのです。



言葉の力でそんなものが決められるのか?
って思うかもしれませんけど
でも実際に言葉の力で
そういうふうに決まってくるっていうのを
これから説明していこうかなって思います。



まず人間っていうのは
言葉通りの行動をするようになる
っていうのがあります。



自分は良いのか悪いのかっていう
そういう言葉を自分自身に向けることによって
その通りの行動を取っていくのです。



そしてそれは現実を歪めてまでも
その通りになってくるというのがあるのです。



吐いている言葉と見ている現実が違うとします。



すると脳は勝手に現実の方を歪めて
言葉の方を正解として
やっていこうとするのです。



そうやって現実を変えてまでも
言葉通りの人間になっていこう
ということがあるのです。



例えば自分はダメな人間だ!
何をやってもできない
こんな人間なんていない方がいいんだって
そういうふうに思ってしまうとします。



実際は全然ダメじゃなくて
周りの人からも凄く評価されているとしても
ダメなところをピックアップして探し出して
自分はなんてダメな人間だっていう風に
そういう現実を作ろうとしてしまうのです。



集中力がないっていうこともあげられます。



自分に集中力がないっていうふうなことを
言い続けていると
本当は潜在的に集中力があるのに
自然に集中力っていうのをセーブしようと
してしまうということがあります。



このように自分の性質すらも
言葉によって作られていく
っていうことがあるのです。



どんな言葉であったとしても
言葉と現実を一致させないと
脳っていうのは納得できないのです。



発してる言葉と現実が違ったら
脳は混乱してしまうので
言葉通りのものを現実として引っ張り出して
探し出して、そしてそれで納得しようとする
ということがあるのです。



そこで自分にどんな言葉をかけている時が
多いのかっていうのを
気づいていくっていうのはとっても大事です。



無意識に自分の言葉を
発しているってことが多いからです。



人間っていうのは平均的に1日に6万回
自己対話があるっていう風に言われています。



起きてから寝るまで
自己対話がないっていう時っていうのは
少ないのではないのかなっていうぐらい
自己対話が多いのです。




しかもその自己対話として
たぶん一緒なことを言っている時が
多いのかなと思います。



まるっきり違うような言葉を
発するってことは少なくて
同じことを繰り返し繰り返し
自分の中で自己対話しているっていう時が
多いと思います。



そうやって繰り返すことで
自分を洗脳させてしまっている
という部分もあるのです。



悩みが多い人っていうのは
悩みが多い言葉を使っている
ということがあります。



自分に対してマイナスの言葉を使って
マイナスのことばかりを
見つけてこようとしてしまいます。



そしてそんな状態だと
やっぱり落ち込んでしまうということがあります。



逆にできる人っていうのは
プラスの言葉を発していることが多いです。



自分なら大丈夫
やればできるっていうふうな言葉を
自分に投げかけていることでしょう。



そうするとたとえマイナスであったとしても
そこからプラスの要因っていうのを見つけてくる
ということはあるでしょう。



そうなると自ずと落ち込みっていうのは
少なくなってきます。



ただ自分に対しての言葉ですけど
なぜそんな言葉を
自分に対して言うようになったのかって言うと



それは多分周りの人に
言われた言葉を間に受けて
自分に対しても言うように
なったっていうことが多いです。



だから周りの人から
どんな言葉をかけられたのかっていうのも
知っていくのは大事なことなのかなって思います。



特に周りの人から繰り返し繰り返し
言われた言葉っていうのは
強く潜在意識に刷り込まれてしまう。



ということがあります
そしてそのような人物になってしまう。



というのがあるのです
周りからあなたは何をやってもダメだって
言われ続けると
本当はできるのに
自分でもダメ出しして
なんて自分はダメな人間だという風に
思い込んでしまうところがあると思います。



現実はほとんど関係なくって
周りの人の言うことが
真実として捉えてしまいます。



逆に周りから信頼されて
あなたなら大丈夫
あなたは何をやってもちゃんとやっていける
というふうに言われ続けたとしたら



たとえそれが非行少年で荒れていたとしても
時間が立っていくにつれて
自分はやればできるんだ
自分は良い人間だっていう風に
心を変えていくっていうことがあります。



そしてここで重要なことっていうのは
自分を変えるっていうのは
とても難しいことだと思います。



性格を変えたり
行動を変えるっていうのは
すごく難しいことがあるのです。



でも自分に発する言葉を変えるっていうのは
比較的簡単にできるのかなと思います。



だからまずなりたい自分の理想像を言葉として使う
そこから始めてみてもいいのかな
というのは思います。



ちなみに相手を褒める3Sの言葉
っていうのがあります。



すごい・さすが・素晴らしい
そういうことを言っていくと
相手が気持ちよくなるっていうことですけど
これは自分に向けて
やっていってもいいのかなと思います。



さらにそこに素敵っていうことで
4Sにすると
余計に良くなるのかなって思います。



逆にダメにする言葉っていうのもあります。



でも・だって・どうせ、こういう言葉を使っていくと
どんどんとマイナスになってしまう
ということがあるので
ちょっと注意した方がいいのかなって思います。



だったら3Sの言葉を使って
どんどんどんどんと自分を褒めてみる
というのもいい方法でしょう。



自分の理想像ですけど
集中力が高くなりたいのであったら
私は集中力があるっていう風に言い続けると
現実が次第に変わってきます。



こんな風に今の現実というのは関係なくて
理想の自分像を考えて
先にそういう言葉を使って
自分に投げかけていく



そうすることによって
現実が変わっていくっていう部分があるのです。



集中力もそうだし
暗い人間だと思っていても
自分は明るい人間だって言うのも
そうだと思います。



また勉強ができないであったとしても
自分は勉強ができるんだって
言い続けるのも一つの方法でしょう。



そんな風にして
自分の理想像の言葉を使っていくってことは
大事なことなのかなと思います。



そしてそれを人に宣言すると
より効果的っていう風に言われています。



漫画でも俺は海賊王になるんだっていう風に
言ってるキャラクターがいると思います。



それは実力があるからそういう風に
言ったっていうことではなくて
実力がない時から
全然その仲間もいなくて
どうしようもない時から
そういう風に言ってきたと思います。



でもそうやって言うことによって
周りにも動くし
自分自身に対しても
その行動が変わっていくと思います。



海賊王になるって言いながら
家から一歩も出ずに
テレビを見ながらとかそういう風な行動をすると
違うぞっていう風に
思ってしまうところがあると思います。



やっぱり海賊王になるって
自分にも宣言するし
相手にも宣言するっていうことがあるから
行動をより強く変えていくっていうことがあります。



そんなふうに人に宣言すると
より行動が変わっていくっていうこともあるので
もしなりたい自分像が強くあるのであったら
人に宣言するっていうことも
必要なことなのかなって思います。



こんな感じで
言葉の力ってすごく大きいなって思います。



使う言葉一つで自分自身を大きく
変えていくことができるからです。



行動や性格を変えるっていうのは
とても難しいことですけど
でもまず言葉を変えてみるっていうことだったら
ある程度簡単にできるのでは
ないのかなって思います。



そういう言葉をうまく活用して
理想の自分像になっていく
ということができたとしたら
それはとても素晴らしいことなのかなと思います。



まずはどんな言葉を自分に使っているのか?
っていうのを気付いて
それで直したいところがあったとしたら
理想の言葉を使っていく
そうすることによって
現実が追いついていくっていうことがあります。



言葉を活用して自分を変えていきましょう。



今日は自分にかける言葉で
性格が作られるということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年12月20日2021年:12月

良い人過ぎても悪い人すぎてもダメ  その中間に答えがある

今日は良い人過ぎても悪い人すぎてもダメ
その中間に答えがあるということについて
お話ししようと思います。



僕もそうだけど
多分多くの人が悪い人にはならないように
っていうのにすごく気をつけて
やってることがあるのかなと思います。



それは嫌われるのが怖かったりして
一生懸命相手から良い評価を得ようとして
なるべく悪い評価っていうのを
つけられないようにという風に
良い人を目指すってことを
しているのではないのかなと思います。



世間的にも良い人物を目指そうっていう風に
そういう傾向にあるのかなと思います。



でも良い人には悩みが多いというのが
やっぱり付きまとってしまいます。



カウンセリングに来る人なんかも
ほとんどが良い人で
そういうの見ていくと悪い人っていうのは
カウンセリングに来ることはなくって
良い人が悩みがちってのがあります。



そういうのを見ていくと人生っていうのは
バランスが大事だなってつくづく思います。



偏りがあると辛いなっていうのがあって
悪い人でもなくて善人過ぎてもダメ
その中間ぐらいが
ちょうどいいのかなっていうのがあります。



良い人ってのは
基本的に我慢する事っていうのが
多くなってしまうと思います。



他人に気を使って
すごく自分を我慢させるって事が
多くなってしまいます。



でもそれによって
相手からの評価が高くなったり
周りから頼りにされたりとか
そういう良い面もたくさん得られることでしょう。



会社でも上司とか部下に慕われると思います。



また仕事も真面目で
周りの評価もすごく高いってのがあるでしょう。



でもいつのまにか愚痴とか誰かの悪口とか
すごく言いたいなって思う時でも
ずっと我慢して
良い人を演じようとしてしまったり



何か頼まれ事とか
本当はやりたくないことがあったとしても
喜んで引き受けたりしてしまうのかもしれません。



そうやって自分を押し殺すということが
多くなってしまうでしょう。



自分を押し殺してずっと我慢していると
ある日限度を超えてしまって
バッタリと動けなくなってしまうってこともあります。



これがうつ病という病として
なってしまう原因でもあるのかなと思います。



そうやって良い人でいることによって
周りから評価されることは
すごく良いことだと思いますけど
でも本当にそれが本人の幸せなのか?
というのを考えてみる必要は
あるのかなと思います。



良い人から潰れていってしまう
ということがあるからです。



良い人ってのは大体損するってことも
多くなってしまうのかなと思います。



頼まれ事とか
他の人よりも一生懸命働いてるはずなのに
報われないというのが
もったいないなと思います。



たしかに周りの人からの評価とか
周りの人から好かれるって事は
あるかもしれませんけど
自分を押し殺して
限度を超えて動けなくなってしまう。



そういうストレスが溜まってしまう
というのがあって
そういうので帳消しになってしまうというのが
非常にもったいないなってのがあります。



逆に悪い人っていうのは
自分勝手でやりたくないことは
しないってことがあるでしょう。



そうするとみんなから
嫌われてしまうってことがあります。



仕事でも部下に偉そうで
上司に立てつくってこともあるかもしれません。。



また仕事の愚痴ばっかりで
かといって仕事をするのではなくて
サボってばっかりいるって事も
あるかもしれません。



そういう人だと当然周りから嫌われてしまいます。
相手にされないってこともあるかもしれません。



それはそれで辛いものがあるのかな
というのは思います。



でも我慢することが少ないので
好きな事しかしてないから
ストレスは溜まらないってことがあります。



仕事においても良い人と比べたら
格段にストレスの量は少ないでしょう。



相手に気を使うってことがあまりないからです。



そういう感じで良い人・悪い人の
バランスをとっていくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



良い人でも悪い人でも
どちらもメリットとデメリットがあります。



どちらが良いというわけではないのです。



どちらかに偏ってしまった時に
問題が起こって
そういうのを修正していくってことが
とっても大事になってきます。



そういうバランスをとる
修正をしていくっていうことは
良い人っていうのは悪い人を見習って
ちょっと悪い行動を取ってみるっていう事です。



逆に悪い人ってのは
良い人みたいに他人に気を使って
少しは真面目にやってみるって事が必要でしょう。



そういう風にお互いの良さっていうのを
取り入れていくことによって
ちょうどいいバランスというのが
とれるようになるのかなと思います。



そんな風に良い悪いの中間地点ってのが
生きるのが楽なところなのかなと思います。



そういうので安易に良い人を目指そうとしない
ってことが大事になってきます。



良い人になれば全て問題が解決する
というわけではないのです。



たまには良い人は悪い人を見習って
ちょっとでも相手に気を使うってことをやめて
自分勝手になっていくってことも
大事なことでもあるのです。



ただここで気を付けなければいけないことは
自分の評価っていうのは
間違ってしまうってことがあります。



自分は悪い人間だって思ってるのに
実は周りから見たら
すごく良い人だっていうことがあります。



自己評価が周りと違ってるって事があるのです。



そういうで悪い人の特徴として
悪い人ってのは
自分のことを悪い人間だっていう風に
思うことは少ないです。



もしかしたら自分こそが良い人間だって風に
思い込んでるところがあるのかもしれません。



だから自分の事を直そうという風に
思うことは少ないのです。



でも周りに迷惑をかけてしまってる
という事が多いのです。



でも良い人っていうのは
自己基準というのが高くて
これをしなければいけない
あれはしてはダメっていうのが
たくさんあるのです。



そういうのがあると自分なんてまだまだダメだ
もっとこんなことをして貢献しなきゃとか
あんな誘惑に負けて
こんなことしてしまったっていう風に
自分を責めてしまうってことが多いのです。



そういう所に自分の持っている良い人の基準と
他人から見た良い人の基準ってのが
違うっていうのがあって
矛盾ってのがあるってのがあります。



だから自分が悪い人だって思ってるのに
実は良い人すぎるからていう風に
勘違いしてしまうってことがあるのです。



日本人ってのは
真面目な人ってのが多いのかなと思います。



欧米の人と比べると
ルールを守らなければいけないっていうのが
強すぎるような気がします。



だからもっと自分勝手に
なってもいいのかなと思います。



周りの人のことを少し後回しにしてまでも
自分を優先させるって事を
してもいいのかなと思います。



それくらいで丁度良く
なっていくのかなっていうのがあります。



特にカウンセリングに来る人っていうのは
我慢させすぎてつらいって事があります。



そういう人には良い人を目指すのではなくて
悪い人をちょっと取り入れていくっていうぐらいで。



ちょうどいいのかなと思います
そうやって悪い部分を取り入れることで
バランスが取れていくってことがあります。



今日のまとめとして
良い人すぎても辛いし
悪い人でもダメってことがあります。



そのバランスってのが
大事になってくるのでしょう。



良い人だと自分を
我慢させることが多くなってしまって
評価はされるけど
ストレスが多くなってしまいます。



逆に悪い人だと好きなことばかりしていて
ストレスは少ないかもしれませんけど
周りの人に迷惑をかけて
他人から嫌われてしまうことがあります。



だから良い人ってのは少し悪い人のように
自分勝手に生きるということを
参考にしていった方が良いのかなと思います。



もっともっとわがままで自己中になっていくことで
ストレスを減らしていくってことがあるからです。



決していい人を目指すってことをやっていって
解決しようとすると
余計にストレスが多くなって
しまうってことがあるので
そういう道は行かない方が
良いのかなって思います。



ただ注意点として
自己評価っていうのは当てになりません。



自分は悪い人だって思っていても
実は周りから見たらすごく良い人
というのがあります。



自分の基準がすごく高くて
あれをしてはいけない
これはしてはいけないっていうのが
たくさんあると



それをちょっとでも破った時に
なんて自分はダメなんだって
思ってしまうことがあるからです。



そういう評価が違うってことも
頭に入れておいた方がいいでしょう。



何でもバランスが大事だなって
つくづく思うことです。



良い人すぎてもダメだし
悪い人すぎてもダメっていう
そういう偏りがあってしまうと
苦しみが生まれてしまうのです。



だからあっち行ったりこっち行ったりて
フラフラしながらも
少しずつ中間地点として
ちょうど良いバランスのところに
行けたら良いのかなと思います。



良い人は悪い人に近づくように
悪い人は良い人に近づくように
そういう風に触れながら
少しずつ中心になっていくような感じです。



ということで
今日は良い人すぎてもダメだし
悪い人すぎてもダメ
その中間に答えがあるということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。



 

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2021年12月13日2021年:12月

他人はみんな師匠 勝ち負けを気にすると相手から学べない

今日は他人はみんな師匠
勝ち負けを気にすると相手から学べない
ということについてお話ししようと思います。



これは僕が気にしている課題でもありますけど
学びというのを考えた時に
自分以外の人から多くの事を
学べるって事はあります。



自分と同じ人はいないはずですから
そこには他人からいろんな経験とか
いろんな考え方ってのを学べるはずだと思います。



そういう意味で
全ての人から学ぼうと思えば
学べるはずです。



自分では考えつかなかったような
視点だったりとか
考え方だったりとか
そういう物ってのは
全て他人から学べるものなのかなと思います。



決して自分一人では学べなかったものが
他人から多くのことを学べることがあります。



でもその学びを止めてしまってるものがあります。



それは見栄とかプライドとかっていうものがあります。



相手より上に行きたいとか
見下されたくないとか
負けたくないっていう思いだったり
評価されたいとか
敬われたいっていう思いもあるかもしれません。



そういう自分の方が優れている
相手よりも自分の方が
上に行ってるんだっていうことが
そういう気持ちがあると
それを証明したい!!




自分のが上だってことを
みんなに分からせてあげたい
という風なことを強く思ってしまいます。



そうなると相手のことを否定したりとか
相手の考えが間違ってるっていう風に
証明しようとしてしまうのかなと思います。



実際に僕はそうやって
自分のことを証明しようとして
相手を否定しようとしていたりしました。



特に自分の得意分野であれば
なおさら負けたくないって思いが
強く出てしまいます。



そうやって自分と同じような人をライバル視して
その人に負けたくないから
自分の良さというのを
強調しようとしてしまいます。



でもそういうライバルとかうまくいってる人には
自分にないものをたくさん持ってるので
学ぶべきものってのも沢山あるはずです。



でも相手を認めて学ぶっていうことは
とっても難しいことです。



相手を認める=負けるっていう風に
自分の中で繋がってしまうからです。



やっぱり自分は負けたくないっていうことで
相手を認めたくない
相手のやり方を認めたくない
自分のやり方がいいんだっていう風に
思いたがるものです。



でも思い切って白旗をあげて降参してみる
負けを認めることができたとしたら
そこで初めて相手を認めるって事が
できるようになります。



そして相手を認めることができたとしたら
やっとそこで相手のやり方なり考え方なりを
学ぶことができるようになるのです。



相手から学ぶっていうのは
そういう勝ち負けを捨てて
降参することによって
学ぶことができるようになるのかなと思いました。



そしてプライドが高い人っていうのは
傍から見ると虚栄心が強くて
出来ないのに何か知ったかぶりとか
何かできるフリをして



でも全然は実力は伴っていないっていう
そういう人を見ると
かっこ悪いなって風に思います。



だから負けを認めるっていうのは
とっても重要なことです。



でもやっぱり自分の負けを
認めるっていうことをしようとすると
自分の価値がなくなってしまうのでは
ないのかっていう
そういう不安とか恐怖にかられてしまいます。



だからプライドを捨てるって事は
とっても難しいことっていうのは
僕も実感してあります。



そういうプライドを捨てられた時に
勝ち負けにこだわることがなくて
全ての人が師匠となって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



例え自分よりもできない人だったとしても
そこからは何かしら学ぶべきことがあると思います。



自分よりも不器用である人からも
学ぶべきものがあります。



もちろん自分よりもうまくいってる人からも
学ぶべきものってのは沢山あるはずです。



そんな風にプライドを捨てられた時に
学ぶことができるなるのかなと思います。



負けるとみんな去ってしまうのではないのか
見捨てられてしまうのではないのかっていう
そういう不安があるかもしれません。



僕はずっとそういう風に思っていました。



でも本当は逆で
負けるとみんな応援してくれます。



みんなが味方になってくれるのです。
これは僕としてはすごく意外なことでした。



勝たなければ
みんな見捨てられると思っていたのですけど
負けてもみんな見捨てられないどころか
逆に味方になって応援してくれるのです。



傷ついた人とか弱い人には
みんな優しく接してくれるのかなっと
いうのことは実感としてありました。



常々思っている課題、僕の中の課題ですけど
評価を気にしなくなるって言うのが
僕の中でなりたい自分像です。



そのためには人からダメだと思われても良い
そういう開き直りっていうのも
必要になってくるのかなと思います。



評価されたいとか
良く思われたいっていう
そういう思いが強すぎると
評価を気にしてしまうからです。



そうやってプライドを捨てていくことって言うのが
今の僕の課題なのかなって思っています。



それは僕の幼少期のことで
親からずっと怒られながら育ったので
親の目線を気にして
親の評価を気にして
親の喜ぶような姿
親に怒られないようにすることばかり
気にしていました。



嫌われたくないって思いが
とっても強かったのです。



それが社会人になってからも
どこかで嫌われないための行動っていうのを
ずっとしていました。



何をするにしても
他人の目線を気にしながら
こういう行為をしていたら
きっと嫌われないだろう
認めてくれるだろうっていう



そういう何かをするにしても
他人の目線というのを
気にするようになっていたのです。



そんな僕ですから
勝ち負けってのがすごく強くて
カウンセラーとして特に成功してる人を見ると
見てるだけですごく嫌な気持ちになってきます。



何かモヤモヤした気持ちになって
とてもその成功した人の姿を
見ていられなかったのです。



心の中で自分の方がすごい
自分の方が優れているのだって風に
思いたがっていたってことがありました。



でも素直にできないことを認める
相手の方が上で
自分の方が下なのだっていう風に
認めるって事ができるようになると
相手の事もやっとそこで
評価できるようになります。



そして相手から良い部分とか
参考になる部分というのを
初めて学べるようになります。



それまではずっと相手に嫉妬して
相手のやり方を否定しようとして
自分のやり方が良いんだって風に思いたがって
学べる事ができませんでした。



そうやって勝ち負けから離れて
どっちが上かどっちが下かってのも関係なくなって
そうすると心が穏やかになっていけるのです。



実際に僕も少しずつ心が穏やかになることが
できるようになってきました。



でもまだまだできていないところが
たくさんあります。



自分を手放す練習ってのを
今している最中です。



負ける練習とかプライドを捨てる練習であったり
評価を手放す練習だったり
いろんなことをしています。



そうやって少しずつ少しずつ
解放している最中なのかなと思います。



今日のまとめとして
自分の経験なんて
ほんのちっぽけなものなのかなと思います。



他人から学ぶべきものってのは
たくさんあるはずです。



他人の人だといろんな考えがあって
いろんな経験をしているはずです。



自分では思いも寄らなかったような
考え方があったりとか
思いもよらないような価値観があったりとか
自分の幅を広げてくれるって事があるのです。



でもどちらが上かとか負けたくないとか
評価されたいっていうことがあると
素直に相手から学ぶってことができないのです。



まずは負けを認めて
相手を評価するようになってから
はじめていろんな人から学ぶってことが
できるようになります。



そうやって勝ち負けから離れた時に
全ての人が師匠になって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



それが今の僕の目標です。



ということで今日は他人の人はみんな師匠
勝ち負けばかり気にしてると
相手から学べないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年12月06日2021年:12月

夫婦関係の不満を解消するための話し合いのコツ

今日は夫婦関係の不満を
解消するための話し合いの
コツということについて
お話ししようと思います。



夫婦で一緒に住むようになると
どうしても不満というのは出てくると思います。



その不満が出てきた時に
大抵はじっと我慢するか



それか直接言わずに態度で表して
自分はこんなに怒ってるのだって言うので
相手に察してほしいという
そういう無言の圧力で
何か分かってもらおうとするってことが
多いのかなと思います。



また態度で表さなくても
直接相手に自分の不満を言う時であったとしても
普通はこういうことしてくれるはずなのにとか
自分の意見を押し付けて



それが自分の意見が通ったら勝ちで
通らなかったら負けっていう
そういう勝ち負けの世界に
なりがちではないのかなと思います。



そして大抵はそういう勝ち負けの世界にいると
自分の意見が通らなかったら
もうこんな人と一緒に暮らせないというので
離婚だっていうそういう極端な選択を
してしまいがちになってしまいます。



勝ったとしたら自分が嬉しくて
そこに入ることができますけど



でも負けたとしたら敗者として
もうこんな暮らしは出来ないっていう風に



0か100か勝つか負けるか白か黒かの
そういう極端なことをしてしまいがちに
なってしまうのです。



でもそんな勝ち負けとか白黒とか
極端な選択をするのではなくて
きちんと話し合いをするための交渉術
というのを学ぶ必要があるのかなと思います。



白でも黒でもない
お互いの妥協点というのを
見つけていくっていうのは
とっても大事なことです。



でもそれが出来てる人っていうのは
案外少ないのかなと思って
ここではそのやり方を
説明させて頂こうかなと思いました。



まず交渉するための前段階として
話し合うタイミングっていうのが必要です。



相手が怒っている時だったり
忙しそうにしてて心ここにあらずって言う
そんな状態で話し合いをしようとしても
空振りに終わることが多いでしょう。



相手がゆとりがあるとき
時間的にも心の面でもゆとりがある時に
きちんと話し合いをするっていう
そういうタイミングを見計らうってことは大事です。



そして話し合いをするための
切り出し方ということもあって
自分の考えを一方的に押し付けるっていう
そういう責めの姿勢ではなくて



私とあなたと関係を良くしたいから
こういう話し合いをしたいのですっていう
最初に関係を良くしたいかっていうのを
目的に言っておくと
相手の抵抗を低くしやすいという風に
言われています。



何か不満を言いたいだけかなあと思うと
相手も身構えてしまって
強く抵抗してしまうってことがあるかもしません。



でも関係を良くしたいのだっていう風に
最初に目的を伝えることによって
これは自分と相手と
作り上げていくものだっていう
そういうもので協力してくれる確率も高まります。



次に交渉していくのですけど
自分が不満に思っていることを
何々して欲しいと思ってることがあったとして
なぜ相手がそれをできないのか?
っていうのを質問するということは
とっても大事なことです。



だらけてるからしたくないのだっていう風に
勝手に決めつけてしまうことが
あるかもしれませんけど
でもちょっと質問をすることで
自分の思ってもいないような
答えが出てくるかもしれません。



その意外な答えを見つかるだけでも
解決方法が見つかるってこともあるのです。



そして交渉していくのですけど
交渉の基本として
要求・譲歩・見返りということがあります。



自分が何か要求をする時は
相手も譲歩して
こちらに歩み寄ってくれるっていう
そういう姿勢がある。



でもその見返りとして
何かこちらから相手に渡すっていうことも考えて
自分も相手も差し出していって
妥協していくということも
必要になってくるのかなと思います。



どちらかが一方的に何かを差し出すのではなくて
お互いが自分はこれを差し出すから
相手からこういうことを差し出してもらうっていう



そういう交換条件みたいなことを
していくっていうのも
交渉の一つなのかなと思います。



そしてその丁度良い点を見つけていくということが
交渉のその本質としてなっていくと思ってます。



だからこれをして欲しいって
何かお願いをすることがあったとしたら
代わりにこういうことをしていこうっていう
そういう見返りを用意するってことも
大事になってきます。



そしてお互いが納得するまで
その要求と見返りが釣り合う形になるまで
話し合いをしていくのです。



例えば家事をしない旦那さんがいるとします
大抵は家事をしてくれない不満を
我慢するのか
イラつくことで不満を出して
相手に察してもらおうとするっていうことが
あるのかもしれません。



でもそれが伝わらなかったとしたら
不満が爆発してしまって
喧嘩になってしまうかもしれません。



家事をしてくれない
こんなわからずやとは思わなかったということで
極端な話
この人と一緒にいられないっていうことで
離婚っていうことも考えてしまうかもしれません。



そういう白黒思考の人っていうのは
0か100か勝つか負けるかということで
極端な選択をしてしまいがちになってしまうのです。



そうではなくて
きちんと相手と交渉していくってことが
とっても大事で



まず交渉をしていくためには
旦那さんのタイミングを見計らって
心にも余裕があるのか
時間的にも余裕があるのかっていうのを見て



最初の切り出し方として
旦那さんと仲良くなりたい
もっと旦那さんと良い関係を深めていきたいから
話し合いをしたいのだっていうことを伝えます。



決して旦那さんを責めたいわけではない
ていうことを言うことによって
旦那さんの抵抗を下げていきます。



そしてなぜ家事をするのが嫌なのか
というの聞いてみます。



自分で勝手に面倒だからするのが嫌だっていう風に
決めつけないでください。



もしかしたら
旦那さんの家庭で散々家事を手伝わされて
もう家事をするのが嫌なんだって思って
抵抗があるのかもしれません。



また亭主関白な家で育って
男は家事をしない教育っていうのを
言われたのかもしれません。



そういう誤解を解いていって
男は家事をしても良いって
そういう風に解釈を分かってもらうだけでも
解決できる場合があります。



ということでまず相手がそれを
するのかっていうのを質問するってことは
とっても大事なことです。



そしてどこまで家事ができるのか
というのを聞いていきます。



できることをやってもらう
でも代わりに
何かこちらがやってほしいことがあったら
言って欲しい
出来る範囲でやってあげますっていう風に
交渉していく



こちらが要求をして相手が譲歩してくれたら
見返りとして何かやってあげるっていう
そういう要求と譲歩・見返りっての話し合いながら
ちょうど良い点を見つけていきます。



そしてお互いの妥協点というのを見つけて
納得できる範囲が決まったとしたら
そこで初めて勝ち負けから離れることが
出来るのかなと思います。



相手が勝つのでもなくて
こちらが負けるのではなくて
お互いが100%満足っていうわけでは
ないかもしれませんけど



ちょうどいい
これだったらやってもいいのだろうっていう
そういう妥協点を見つけていくっていうことで
勝ち負けから離れることができるのです。



でも実際にやってみると
できない部分もあるかもしれません。



そういう時はまた修正して
話し合っていくってことも
大事になってくるでしょう。



最初に交渉したら終わりではなくて
やってみて
できない部分とか嫌な部分があったら
再度修正していくってことも大事なことです。



企業とかでも
必ず交渉っていうのは出てくると思います。



でも夫婦間で交渉していくってことは
なかなかできないでいる人が
多いのかなと思います。



自分の意見が通るのか
相手の意見が通るのかっていう
そういう勝ち負けになってしまうことが多いので
交渉していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日のまとめとして
夫婦で一緒に住むようになると
不満が出てくると思います。



その不満が出てきた時に
大抵は我慢するのか
イラついた態度をして
相手に察してもらおうとするのか
ということをしていくと思います。



でもそれが伝わらないでいると
怒りにまかせて自分の意見を通そうと
してしまうのかもしれません。



でもそんな怒りにまかせて言ったところで
争いになってしまって
相手の意見が通るのか
こっちの意見が通るのかっていう
勝ち負けになってしまうのかもしれません。



そんな0か100か勝つか負けるかっていう
そういうことになると
極端な選択をしてしまいがちです。



この人と一緒にいられないっていうことで
離婚を選択してしまうかもしれません。



それはとってももったいないことだと思います。



だから勝ち負けじゃなくて
お互いが良い部分
妥協できる部分を見つけていくっていうことで
交渉をしてくってことはとっても大事なことです。



そういうお互いが妥協できる部分を見つけていく
白でも黒でもないグレーな部分
グレーというのは
白も含んでるし黒も含んでる
でも白でも黒でもない
そういう第三の案を見つけていくっていうことです。



それで交渉の仕方ですけど
交渉するタイミングというのも大事になってきます。



忙しそうにしている時とか
相手が何かイラついてる時では
交渉してもあまりいい結果にはならないでしょう。



そして切り出し方でも
この関係を良くしていきたいから
話し合いをしたいのだっていう風に
最初に伝えておくと
相手を責めるわけではないっていうことで
相手の抵抗を下げられることができます。



そして何故相手が
そういうことをするのが嫌なのかっていうの
きちんと質問して聞くっていうことも
大事になってきます。



勝手に自分の解釈で
相手はめんどくさいからとか
決めつけないでいるってのも大事なことです。



そして交渉するにあたって
こちらが要求をして
相手が譲歩として何か差し出してくれたら
見返りとして
またこちらも差し出していくっていう



そういうお互いが妥協していくっていう点を
見つけていくってことは
とっても大事なことです。



それで妥協する点が見つかったとしても
やってみることで
違ってくる部分があるかもしれません。



そういう時は再度交渉していくってことが
大事になってきます。



1度決めたら終わりではなくて
何回も何回も再度更新をしながら
自分に合うものを作り上げていく
ということが大事になってくるのです。



そうやってお互いに
不満がないような環境を作っていく
っていうことが大事になってくるのです。



そういうことをするためにも
やはり交渉術を学んでいくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思って
説明させていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年11月29日2021年:11月

女性の接し方次第で男は王子様にもなるし子供にもなる

今日は女性の接し方次第で
男は王子様にもなるし
子供にもなるということについて
お話ししようと思います。



男って本当単純な生き物なのかなって
僕自身も常々思います。



単純だからこそ
女性の接し方次第で
うまく男性を育てるって事ができます。



ここでは上手い男性の育て方っていうのを
説明させていただきたいなと思います。



まず悪いパターンとして
子供返りするパターンというのを
説明させていただきます。



本当に多いんですけど
すぐに尽くしてしまうっていう
そういう尽くし癖がある女性がいます。



そういう人は相手に何かやってあげるって事は
すごくいいことだって
良かれと思ってやっていると思います。



でもその良かれと思ってやってることが
実は男性をダメにしてしまうっていうことが
本当に多いのです。



男性というのは尽くされると
彼氏彼女の関係から
お母さんと子供の関係に
なってしまうってことがあります。



男はすぐに子供返りして
母親を求めてしまうってことがあるからです。



特に尽くされると
すぐにその尽くす人を母親として見てしまって
子供返りしてしまうのです。



なぜ尽くすことが良いことだっていう風に
女性が思うのかっていうのは
昔の良妻賢母の考え方から来ている
というのもあるのかなと思います。



昔の家庭っていうのは
男性っていうのは一切家事をしなくて
妻が全ての家事をして当たり前
っていう風になっていたと思います。



そうなると妻がいないと
何もできないっていう風な男性が多く
出来上がってしまったっていうのがあると思います。



たぶん昭和時代の家庭っていうのは
どこもそんな風な家庭だったのかなと思います。



そういう昭和時代の家庭が良いのかって言うと
今の時代にマッチしてないってことが
あると思います。



今は女性が男性を育てる感覚っていうことが
必要になってくるのかなと思います。



そういうので
男性を甘やかすっていうことでは
尽くしすぎるって言うのは
ダメなことなのかなと思います。



そうではなくて
きちんと教育しながら一人前に育てる
そうやって立派に男として
王子様として育て上げるって事が
必要になってきてるのかなと思います。



そういうことでまず女性っていうのは
男性がどういう生き物なのかっていうのを
知っていくってことは大事なことです。



男性というのは
すべての人がそうだと思いますけど
女性に尽くしたいっていう思いを
どこかで持っています。



隠れてる人も表に出ている人も
いるかもしませんけど
心の奥底で男性っていうのは
女性に尽くしたいって思っている生き物です。



女性を幸せにしたっていう
そういう感覚があると
脳はドーパミンが出て
気持ちよくなるのです。



要は女性の幸せな姿を見て
自分に酔ってる状態です。



俺ってあの人をこんなに幸せにしている
凄い人物だっていう風に
自分自身に酔っている状態です。



ということで何かしてもらうっていうの
やっていくってことが
女性としてはいいのかなと思います。



男性がせっかく何かしてあげようとしてるのに
遠慮していやいやそんなこと悪いからって言って
断る人もいますけど



でもそれは断ってしまうと
せっかく男性の活躍する場所があるのに
それが無駄になってしまうっていうことで
あえてやってもらうってことも
必要になってくるのかなと思います。



もしかしたら自分でできるかもしれませんし
そんなことをしてもらわなくてもいい
という場合もあるかもしれません。



でもあえて男性を立てるっていう意味で
男性に気持ちよくなってもらうって意味で
やってもらうってことも
必要になってくる時もあるでしょう。



その時にやって欲しいことを伝えると
自分の望み通りに
男性が動いてくれる確率が高まります。



その時のヒントとして
主語を私にすると
より伝わりやすいっていう風に
言われています。



あなたなぜこんなことをしてくれないの
もっとこういうことして欲しいのに
っていう風に言うと
何か責め立てられるように
男性は思うことでしょう。



でも私はこういうことしてくれると嬉しいなとか
私はこういうところに行きたいから
連れてってくれると嬉しいなって
そういう風に言うと



責め立てられるような感覚がなく
より男性としては実行しやすいってことが
あるのかなと思います。



そういう風にして主語を私にして
こういうことをしてほしいっていう風に
伝えていくってことも大事になってきます。



そして何かやってもらった後は
感謝を伝えるって事もすごく大事なことで
できたら3回伝えると良いって風に言われています。



その感謝によって
男性がすごく気持ちよくなるのです。



3回っていうのは
やってくれた時と
効果を実感した時
そして時間が経った後の
その3回をやると
効果が大きいという風に言われています。



例えば何か物を取ってもらうっていうことが
あったとして
男性がこれを取ってあげようかって言った時に
あ、ありがとうっていう風に伝えるのが一つで



実際にやってくれた時に
すごく助かったってことがあるので
ありがとうすごく助かりましたっていう風に
伝えるのが二回目で



時間が経った後
あの時あれを取ってくれたので
すごく助かりましたっていう風に
時間が経った後言うことで
より一層効果が強くなるっていう風に
言われています。



そんな風に感謝をしていくことで相手の脳が
これをするってことは
女性を幸せにすることだっていう風に
癖付けられて
ドーパミンが出て気持ちよくなるのです。



そうすると繰り返し
やりたくなってくるっていうわけです。



女性の褒め言葉っていうのは
男性はすごく反応してしまうってことがあるのです。



例えばスポーツの
黄色い声援なんていうのもそうでしょう。



何かスポーツしてる時に
女性の応援があるだけで
すごく力が湧いてくるってことがあります。



これは科学的にも
証明されていることらしいです。



でも面白いのが
これが男性から女性に声援を向けた時とか
男性から男性へ声援を向けた時とか
女性から女性へ声援を向けた時では
あまり反応をしないらしいです。



あくまでも女性が男性に向けて
応援するっていうことに
反応を強く示すってことがあるようです。



こういう癖付けを繰り返しやっていくことで
その男性のパターンっていうのを
作り上げていくことができるのです。



パターンとして
まずやってほしいことを伝えます。



そして行動してもらった時に
感謝を3回伝える
そうすることによって
自分のやって欲しいことを
男性に癖付けするってことができるように
なるっていう風に言われています。



例えば遊園地に連れて行って
欲しいっていうことがあったとしたら
私すごく遊園地が好きなんだよねって
さりげなく言っていくと



その男性の中には
遊園地を連れていくってことは
女性を幸せにするってことで
ちょっとドーパミンが出るかもしれません。



そして実際に連れて行ってもらうってことが
できるようになったとしたら
3回感謝を伝える。



それによって男性がすごく気持ちよくなって
また次遊園地に連れて行ってくれる
確率ってのは高まるでしょう。



これは何でも応用が利いて
旦那さんに家事を手伝ってもらうとか
同僚の男性に仕事を手伝ってもらうとか
何か彼氏に欲しいもの買ってもらうとか



そういうことでも
やってほしいことを伝えて
実際にやってくれた時に
3回感謝を伝えることで
やってくれる確率っていうのは
ぐんと高まります。



そんな感じで男性を
王子さまに育てるっていう事を
やっていくといいのかなと思います。



本当に男性っていうのは単純な生き物です。



だから女性っていうのは
手のひらで転がすような感じで
王子さまに育て上げていくっていう
そういう感覚でいるといいのかなと思います。



今日のまとめとして
男性っていうのは
女性ですごく変わる生き物です。



あまりにも女性が男性に尽くしすぎてしまうと
男性っていうのは
子供返りしてしまうってことがあります。



でも教育次第で
自分の理想の王子様に育てることもできます。



王子様にするためには
まず主語を私にして
やってほしいことを伝えます。



そして何かやって欲しいことを伝えた後に
それを行動に移すかどうかっていうのは
やってくれるかどうかっていうのは
その人の気分次第なので
少し分からないとこもあるかもしれませんけど
行動を強く要求するのではなくて
自然に待つってことが大事になってくるでしょう。



そしてもし行動してくれた時に
3回感謝をすることによって
癖付けをしていくってことが大事です。



その3回っていうのは
やってくれた直後
そして実感した時
ちょっと時間が経った後に言うと
効果的だっていう風に言われています。



こんな感じで
男性っていうのは単純な生き物なので
手のひらで転がすような感じで
お子様に育て上げていくっていう
そういう感覚でいるといいのかなと思います。



そういう意味では尽くしすぎても
男性は子供返りするだけなので
その尽くすってことが全く報われないどころか
逆に悪い作用を起こしてしまうので
あまり尽くすってことをしない方が
いいのかなと思います。



今日は女性の接し方次第で
男性は子供にもなるし
王子様にもなるということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





 

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2021年11月22日2021年:11月

恋は3年で冷めて混乱を経て愛へと変わる

今日は恋は3年で冷めて
混乱を経て愛へと変わる
ということについてお話ししようと思います。



まず恋が愛に変わる過程を
簡単に説明させていただきます。



その後にもうちょっと詳しく
説明していこうかなと思っています。



まず最初に恋人同士で結ばれる
ということがあるでしょう。



その時は恋をしている状態で
すごくワクワクドキドキというのが
止まらない状態だと思います。



この時が一番幸せな状態なのかなと思います。



でもそんな状態がずっと続くわけでもなく
次第に冷静になってくるでしょう。



特に結婚とかして
お互いに実生活に追われてくるようになると
見たくなかったところや
嫌な所っていうのが
どうしても目についてきて



こんなはずではなかったっていう風に
誰もが一度は思うことでしょう。



でもそこからお互いに向き合って
話し合いをして
そうやって試練を乗り越えていくことによって
恋から愛に変わるってことが
できるになります。



まずそれで離婚率が高いのは2年目
っていう風に言われています。



これはよく言われることですけど
3組に1組が今は離婚をしている状態だって
いう風に言われています。



その中でも結婚して
2年目が一番危ないらしいです。



結婚の5年未満っていうのが
離婚する確率が3割っていう
すごく結婚した当初ってのは
離婚率が高いということです。



それは何故かって言うと
恋の魔法が解けるって事があるからでしょう。



恋っていうのは本当に魔法なのです。



恋をしてる時ってのは
脳内ホルモンというのが関係していて
ドーパミンがすごく出ている状態なので
一時自分を見失ってるって言う風に
言えることでしょう。



周りが見えなくて
冷静に判断する事っていうのも
出来なくなってしまってます。



これは一説によると
昔っていうのは子供産む事ってのは
すごくリスクが高い行為っていう風に
言われていました。



だから冷静な判断をしている状態では
とても子供を産むっていう状態には
持っていけなかったので
恋をさせることによって
盲目になることによって
出産までこぎつけるっていう



そういう生物的な反応で
種の生存本能として
組み込まれているのではないのかって
いう風に言われています。



でもその恋の魔法っていうのは
大体3年で解けるっていう風に言われています。



脳内ホルモンですごく分泌されているものが
3年ぐらいでその分泌が終わってしまって
そこから現実に戻されてしまうってことがあります。



そうすると今まで見えてこなかった。



相手の欠点とか
醜い部分っていうのが
見せられるって事があるでしょう。



そして自分にしても
付き合っていた当初はすごく自分を飾って
良い風に見せていたかもしれませんけど
だんだんと慣れていくにしたがって
本性が出てくるっていうこともあるでしょう。



そうやってお互いに嫌な部分が
見えてくることによって
幻滅していくってこともあるかもしれません。



また価値観の違いというのも
大きくなってくるでしょう。



お互いに一緒に住むようになってくると
この価値観の違いというのは
とてつもなく大きく感じてきます。



そういう違いということを
お互いに向き合って話をすることによって
解決していくのか
それとももうダメだと思って諦めるか
それによって結果っていうのは変わってきます。



その諦めるって事が多いから
結婚の5年目で離婚率が高いって事に
なってくるのでしょう。



向き合うってのはとっても苦痛なことで
向き合うくらいだったら
さっさと次の人を見つけた方がいいっていう風に
諦める人が多いってのがあるからです。



でもきちんと自分の嫌なとことか
相手の嫌なところとか
自分がどれぐらい相手と
和解できるのかっていうことで



和解していくことができたとしたら
そこから恋が終わって
愛に変わっていくことができます。



恋のような激しい興奮じゃなくて
愛のように穏やかでゆったりとした
そういうやさしさに包まれるって事が
できるようになってくるのです。



ということで結婚3年目っていうのが
試練があって
そこを突破できるかどうかということが
大きな分かれ道となってくるのです。



ここでちょっと恋と愛の違いについて
説明していきます。



恋っていうのは感情的なもので
喜怒哀楽と一緒で
自動的に出てくるものです。



自分で恋をしようと思ってするものでもなく
勝手にこの人を見てときめくとか
ドキドキが止まらないとか
そんな風にして湧き上がってくる
感情だって風に言われています。



だから自分ではどうすることもできずに
出すこともできずに
止めることもできずにいる
そういう感情なのです。



でも愛っていうのは理性的なものであって
愛するっていう行為が必要になってきます。



それは恋とは違って
自動的に起こってくるものではなくって
この人を愛そうと思って
決断することも必要になってきますし
愛する行為って言うのも必要になってきます。



そういうことで恋っていうのは
自動的に湧き上がってくるものでありますし



愛っていうのは理性的で
自動的に湧き上がってくるものではないですけど
その時その時で決断して
実際に行為に移していくってことが
大事になってくるものです。



それで話は変わりますけど
僕の結婚当初のことを
少し話しさせていただきたいなと思います。



僕も最初は付き合ってた頃
今の嫁さんに対して
すごく良い人を演じていました。



結構尽くすってことをやっていたと思います。



でもそんな生活がずっと続くわけでもなく
途中からだんだんとそういうことをするのが
苦しくなってきました。



途中からもうこんな良い人でいられないっていう
風になって態度を変えていったのです。



嫁さんからはこんなに冷たい人だとは
思わなかったっていう風に散々言われました。



それで色々と喧嘩をしたり
自分のことを説明してわかってもらったりして
そうやってやっと僕はこういう人間だっていう風に
わかってもらうってことができたと思います。



それは当初考えていた人物像とは
だいぶかけ離れていたものですけど
それでも一緒にいて
お互いが出来る事っていうのを考えて
やっていくってことやっていったのです。



そうやってお互いに和解して
努力していくことによって
結婚生活を今続けているって事
なのかなと思います。



実際にできることと
できないことっていうのがあって
無理をするってことは
続くものではないのです。



だからこそ自分にできることはするし
できないことはできないっていう風に
はっきりと言って
お互いに和解していくってことが
大事になってきます。



でもその和解する途中で
衝突していくってことも
避けられないのです。



そうやって試練っていうのがあって
衝突しながら和解していくってことが
どうしても必要になってくるのかなと思います。



ということで今日のまとめとして
恋っていうのは魔法でもあります。



脳内ホルモンが出て
盲目になってる状態です。



周りが全然見えてなくって
相手のことも全然見えていない状態です。



多分自分のことも
相手に見せていないってことがあるでしょう。



でもその恋の魔法っていうのは
大体は3年で解けてしまいます。



そこからは今まで見てこなかった
お互いの嫌なとことか
醜い部分っていうのを見せられることでしょう。



その醜い部分を見せられて
どのような行動をとっていくのか
っていうのが迫られてきます。



そこで和解をしていくのか?
お互いが向き合っていくのか?
向き合っていくっていうのは
とっても苦痛なことです。



衝突を避ける事っていうのはできないでしょう。



でもその衝突しながら自分を出しながら
相手も自分を出しながら
少しずつ拠り所を見つけていくってことが
大事になっていきます。



それが出来なくて別れてしまって人が
多いってのもたしかなことです。



でもその試練を乗り越えることができたとしたら
恋が本当の愛に変わって
結婚生活が穏やかなものになっていくってことが
できるようなってくるのです。



今日は恋の魔法は3年で解けて
試練を乗り越えて
そこから愛に変わっていく
ということを説明させて頂きました。



ありがとうございました。




 

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2021年11月15日2021年:11月

失恋の淡い想い出はいつまでも色褪せない

今日は失恋の淡い想い出は
いつまでも色褪せない
ということについてお話ししようと思います。



恋がうまくいかなかったことに対して
ああ、私もこういう気持ちある
何か感じていただけたら嬉しいなと思います。



僕たちは一生涯において振り返った時に
こんなにも人を好きになったことは
ないのではないのかっていう
それぐらいの出会いをしたっていう経験は
誰にでもあるのではないのかなと思います。



そしてこんなにも好きになったことはないっていう
そういう思い出というのは
たいていはうまくいかなかった恋が
多いのではないのかなと思います。



うまくいかなかったっていうのは
自分がこんなにも好きになった
好きだったっていうのを相手に伝えたのに
断られたとか



こんなにも好きだったのに
気持ちを伝えることができなかったとか



お互いが好きな同士だったのに
いろんな環境とかで
別れなければいけなかったとか



そういううまくいかなかった恋が
その中に当てはまります。



そしてそういう恋っていうのは
時間が経ったとしても
いつまでも相手のことを
強く思い続けるって事があるのかなと思います。



誰にでも一つは
そういう強い思いを持っている恋というのを
ずっと心に抱えながら
生きているのではないのかなと思います。



そしてそれは大人になってからも
年をとってからも
ずっと心の中に持ち続けて
ふとした時に思い出すってことが
あるのではないのかなと思います。



恋愛っていうのは難しいもので
頑張ったところで
実るものではないっていうのがあります。



かといって頑張らなければ
決して実ることはないので
そこらへんどはとっても難しいところ
なのかなと思います。



また恋が実ったとします
お互いが両思いになったとします。



でも両思いだから幸せっていうのは
最初は多分そうでしょう。



でもその両思いの絶頂が高ければ高いほど
幸せな時が強ければ強いほど
相手の悪いとこが見えてきた時に
失望に変わってくるってことがあります。



これは結婚に対しても
お見合いで結婚した人と
恋愛で結婚した人でも分かれてきます。



お見合いで結婚する人っていうのは
最初から期待値ってのが低いから
相手の悪いとこが見えても
そんなに気にすることはないですけど



でも恋愛で結婚した人では
期待値が高い分
相手のちょっとした嫌なところでも
気にして失望に変わるってことがあります。



また物語でもそれは物語っていて
白雪姫やシンデレラなどのハッピーエンドで終わる
ストーリーがあったとしても
でもその王子様と結ばれた後っていうのは
描かれていないと思います。



その王子様と結ばれた後
どうなったのかっていうのは
気になるところではあるのかなと思います。



多分最初のハッピーエンドで
絶頂を迎えた時のような幸せっていうのは
なかなかないのかなと思います。



結婚式が絶頂のハッピーな場所であって
そこからだんだんと落ちてくるってことが
あるのかもしません。



最初は良かったとしても
こんなはずではなかったということが
度々出てくるでしょう。



王子さまにしても
あまりよく知らずに結婚したものだから
こんなはずではなかったとか
こんな人だと思わなかったって
思うことも度々出てくるでしょう。



そんな感じで幸せで居続けるって事は
すごく困難な事なのかなと思います。



恋ってのは頭の中で妄想している時ってのは
色んな輝かしい未来を想像して
ワクワクします。



でもその恋が終わって
現実を見せられた時に
ワクワクだけでは済まされない事っていうのが
増えてくるのかなと思います。



それはきれいな部分だけでは
決してやっていくことが出来ずに
お互いに見せたくはない
醜い部分っていうのも
見せられてしまうのかなと思います。



そうやって理想としていたものと
現実のギャップが大きければ大きいほど
失望に変わっていくってことがあります。



だから成就しないで
心の中で生き続けてる恋っていうのは
醜い部分を見られなくて済むってことがあります。



そういう意味でもし永遠の愛っていうのが
あるとしたら
それは心の中にある
成就しなかった愛ではないのかなと思います。



成就してしまうと
見たくない相手の嫌な部分も
見せられるかもしれません。



現実を見せられて
こんなはずではなかったっていう風に
思うかもしれません。



でも失恋した思い出っていうのは
いつまでたっても清らかな美しい部分だけを
ずっと想像の中で見続けるってことが
あるのかなと思います。



そういう心の中にある
淡い思い出っていうのは
いつまでたっても色褪せることがなく
あとで振り返った時に
青春の1ページとして
僕たちに幸せを運んで
来てくれるのかなと思います。



今日のまとめとして
誰もがこんなにも好きになったことは
ないっていうぐらい
強く惹かれた人は
心の中にいるのかなと思います。



そしてそれは大抵は成就しなくて
ずっと心の中に眠り続けているっていう
そういう淡い思い出なのかなと思います。



そういう淡い思い出っていうのは
時が経ったとしても
いつまでも色褪せることなく
ずっと輝き続けるものなのかなと思います。



叶わない恋だからこそ
現実を見せられることなく
醜い部分を見せられることなく
ずっと輝き続けるって事があります。



ということで
今日は失恋の淡い思い出は
いつまでも色褪せることなく
思い出の中に生き続けるということについて
お話させて頂きました。



ありがとうございました。




 

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2021年11月08日2021年:11月

アダルトチルドレン 機能不全家族に育ち生きづらさを抱えてる人へ

今日はアダルトチルドレン 
機能不全家族に育ち
生きづらさを抱えてる人へ
ということについて
お話ししようと思います。



生きづらさを感じている人の中で
なぜか苦しいし
生きるのが辛いていう人がいると思います。



その原因として
家族にあったのかもしれないっていうの
疑ってみる必要はあるのかなと思います。



そういう家族を疑うことで
アダルトチルドレンっていう言葉があります。



これは家庭が不安や恐怖なところであって
自分らしくいられなかった
過ごすことができなかった
そこで育った子供のことを
アダルトチルドレン言うことができるらしいです。



要は家族が安心できる場所ではなくて
不安や恐怖・不公平な場所であって
誰かに気を使わなければいけない場所
そういうとこで育った子供のことを言います。



家族が機能していないというのは
親がアルコール依存症で
とてもその家族の中で
安心していることができなかったとか



今で言う毒親で
親からきつい言葉を投げかけられたとか
両親が喧嘩ばかりしていて
とても不安な毎日を
送らなければいけなかったとか



そういうことで
家族として機能していないっていう
そういう家族のことを
機能不全家族っていう風に定義つけられます。



親ガチャという言葉が流行っていると思います。



子供は親を選ぶことができません。



どんな環境下に生まれるかというのは
運任せのところが強いっていうことで
親ガチャという言葉が流行っていて
その運によって
不幸な家族に生まれることもあれば
運によって幸せで愛情豊かな家族に
生まれることもあるって言うそういうことです。



過酷な環境に生まれてしまったとしたら
親が親としての役目を果たせないでいますので
子供が親代わりになって
例えば両親の喧嘩を仲裁に
入らなければいけなかったり



親の愚痴を聞かなければいけなかったりっていう
そういう子供が親代わりになって
親を癒すって事をしなければ
いけないような環境でもあります。



そんな親の親代わりしている状態では
どうしても自分を後回しにすることが
多くなってしまいます。



自分の要求を考えて何かやるよりも
親の要求を考えて
それを親に与える方が
優先にしてしまっているからです。



そんな感じで家族に尽くすっていう
そういう癖を持ってしまって
親に甘えるとか頼るって事が
出来ずにいることが多いです。



また安心できないっていうのも
機能不全家族の特徴として挙げられます。



親からいつ怒られるかわからないっていう
そういう状態にいると
常に親の顔色を伺わなければ
いけなくなってしまいます。



そんな状態で気も休まるわけもなしに
常にビクビク怯えながら過ごさなければ
いけなくなってしまうでしょう。



そんな状態で自己肯定感が上がるわけもなく
親から愛情をもらえないどころか
逆に子供が親に愛情を
与えなければいけなかったり



フォローしなければいけなかったり
という風になってしまうと
自分自身が不安定になってしまうってことは
当然のことでしょう。



そしてそれが大人になってからも
ずっとそういう癖を
持ち続けてしまうってことがあります。



自分に自信がなかったり
常に誰かの顔色を伺うっていう
そういう癖がついてしまったり
誰かに何か貢献していないと
自分の価値が見出せないっていう
そういう癖を持ち続けてしまうってことがあります。



機能不全家族のもとに生まれるって言う事は
ゆうなればジャングルの中で
生きなければいけないっていう
そういう状態です。



いつ獰猛な動物に襲われるか分からない
ということで
常に警戒していなければいけない。



いつ襲われるか
いつ寝首をかかされるか分からなくて
常に警戒して怯えなければいけない
そんな状態で子供の頃を過ごした
ということがあります。



でもそれはその家庭内のことであって
一旦外に出ると外はジャングルではなくて
都会っていう風な感じになっていて
都会だと獰猛な動物はいないし
そんなに警戒する必要はないのです。



安心して過ごすってことができるのです。



でも小さい頃ジャングルのような
サバイバルの中で生きなければいけなかった
ということがあると
簡単に癖は直りません。



都会に出たとしても
ジャングルを意識して
常に獰猛な動物が出てこないのか
襲われないのかっていうのを意識して
警戒して過ごすことになってしまうのです。



そんな状態で危険で
常に怯えを続けなければいけない状態で
都会に過ごさなければいけなくなってしまいます。



そしてここで考えなければいけないのは
自分のところがすごく不幸な家庭で
毒親に育てられたとか
アルコール依存症の親に育てられたとか



そういう家族だったら簡単に
この家族はアダルトチルドレンだ
家族機能不全になっているのだっていうことが
分かるかもしれませんけど。



一般的な家族で
何の問題もないようなところであったとしても
問題があるという場合があるのです。



そういう自分の家族は大丈夫
だと思っていたとしても
小さい頃を振り返ってみると思ってた以上に
自分の性格的なところが
環境によって大きく影響されているって
いうのが見つかる場合があります。



そう自分の性格っていうのは小さい頃の環境
特に家族っていうのがすごく影響が強くて
それが無意識の部分に作用されているから
気づきにくいっていうところがあります。



そういうことで
何か生きづらさを感じている時に
自分の家族は普通だと思っていたとしても
自分は小さい頃どんな環境だったのか?
誰といたのか?
どんなことをしていたのか?
というのを振り返ってみるのは
とっても大事なことです。



そしてその中で
どんな考えをしてきたのか?
どんな感情を抱いていたのか?
そういうの見つめていくってことも
とっても大事なことです。



そういう考え方とか感情っていうのが
ずっと大人になってからも
尾を引いてる場合があるからです。



そうやって振り返ってみると
忘れていたけど
今の苦しみの原因
今の生きづらさの原因ってのが
そこにある場合が多いです。



僕の場合だと
ずっと自分に自信がありませんでした。



それは僕が駄目だからとか
何かやる気がなかったり
ちゃんと出来なかったりっていう風に
自分に原因があると思っていました。



僕は自分の家族が普通だ
ということも思っていました。



でも小さい頃を振り返ってみると
仕事依存の父と子育て依存の母に育てられて
母の気を使う自分がいたのです。



当たり前に思っていた家族だと
思っていたのですけど
でもそれは当たり前ではなくて
親に気を使わなければ
そこで居ることができなかった家族だったのです。



そんな感じで
自分の生きづらさというのは
家族が原因だったっていうのがわかって
自分らしくいられないっていうのが
そういう家族から影響しているって事が
分かったのです。



そういうのを見つめて
小さい頃の癖っていうのを直すために
無意識にしていたものっていうのを
あらためて意識して考え直すってことを
やっていきました。



特に小さい頃の環境っていうのを
振り返るってことをやっていました。



小さい頃どんな環境だったのかっていうので
母から強く怒られて
寂しい思いをしていたとか



父親からは相手にされずに
何も口を聞いてもらえなかったとか
そういう悲しかった経験とか
つらかった経験っていうのを
思い出すようにしていったのです。



そして小さい頃ずっと否定されて
認めてもらうことができなかった
小さな自分をきちんと癒す
という作業をやってきました。



そういう事しながら
親の洗脳を解いていくってことを
やっていたのです。



小さい頃は出来なくて当たり前だったのに
親から怒られて
自分は何でダメな人間だって
思うようになってしまった。



それを小さくて出来なくて
あたり前だったんだっていうのを
きちんと自分の中に落とし込むことができて



悪いのは自分ではなくて
そういう無理な要求をする
親だったのだっていうことを
認識することによって
親の洗脳を解いていったってことがあります。



そういうことで今苦しみを抱えている人
生きづらさを抱えてる人っていうのは
自分がアダルトチルドレンかもしれません
というのを考えていくのはとても大事なことです。



アダルトチルドレンというのは
家族が家族として機能していなかった
親が親の役割を果たしていなかったっていう
そういう家族です。



そういうのを正しく理解していって
幼少期のことをきちんと振り返る
どんな環境にいたのか?
そこでどんなことを思ったのか?
どんな感情を抱えていたのか?



というのを振り返って
自分の癖っていうのは
そういうところから来ていたのだっていうの
知っていくってことはとっても大事です。



そしてできることなら
自分を癒していくってことも
大事なことだと思います。



そういうことで
今日はアダルトチルドレン
生きづらさを抱えてる人ってことで
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





 

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2021年11月01日2021年:11月

子育てで重要なこと 子供を信じる力 そして自分を信じる力

今日は子育てで重要なこと
子供を信じる力 
そして自分を信じる力
ということについて
お話ししようと思います。



スポーツの世界でも会社でも
人は信頼されると
その力を発揮するってことがあります。



上司とか監督とかコーチから
あなただったらやれば大丈夫できる
という風に応援されると
選手とか部下は
自分は信頼されてるんだっていう風に思って
自分の能力以上の力を
発揮するってことができます。、



そうだ自分はやれば出来る人間だという風に
自分を信じることができます。



そうすると自ずとやる気も出てきて
成果も上がっていくっていうわけです。



子育てでも一緒で
親が子供を信頼することができたとしたら
子供は自分はやればできるんだとか
自分は価値がある存在だっていう風に
感じることができて
思う存分に力を発揮できるって事があります。



でも信頼できない親だったり
やることなすこと心配だっていう風な
親だったとしたら



ちゃんとできるのかっていうのを
常に見張ったりして
任す事っていうのは
なかなかできないでいるのかなと思います。



そうなると子供としても
自分はちゃんとできるんだろうかって風に
自分自身を疑ってしまいます。



そうすると自分の力っていうのを
存分に発揮するってことは難しいでしょう。



こんな自分なんてできるんだろうかっていう風に
疑ってしまうのが普通だと思います。



これはよく勘違いしていると思うんですけど
親っていうのは心配するのが
役目だと思っている人がいます。



でも子供としては
親が心配だ心配だって言ってると
自分はなんて信用されていないんだ
という風に思ってしまいます。



そういうところが親と子供の感覚の違い
というのがあります。



親は子供のためと思ってすごく心配して
あれこれ口を出したり
危険な目に遭わないように
ああしなければいけない
こうしなければいけないっていう風に
指示を出したりするかもしれません。



でもそれがかえって子供を苦しませる結果に
なってしまうってことがあります。



そういうのを知って
子育てを学んで
子供を信頼するのが
大事だっていう風に思ったとします。



そしてそれをこれからやっていこう
という風に決意するとします。



でも頭でわかっていたとしても
感情が追い付いていかないってことがあります。



それくらい信じる事っていうのは
難しいことだっていう風に言われています。



なぜ信じるのは難しいのかと言うと
自分の子供を見ていると
この子は他と比べて
勉強もできないようだし
運動もダメだしっていう風に
子供に原因があるように思えてきます。



でもそうではなくて
親自身の自分の心に
どれぐらい余裕があるのか?
というのが関係してきます。



親自身が自分の自己肯定感が高いと
親に心に余裕があるので
それだけ子供に任せる事が
できるようになります。



でも自己肯定感が低い親だと
親自身が自分のやってることに
自信が持てずにいるので
子供に対して
こういうことをして大丈夫なのかという風に
疑問に持つことが多くなってしまいます。



そうなると必要以上に
子供の事を心配してしまうってことがあって
自分がやってることも自信がないし



かといって
子供のことを大丈夫っていう風に
信じる事っていうのも難しくなってきて
必要以上に心配してしまうってことが
あるのかなと思います。




そういうことで自分自身
親自身がどれくらい
自分を信じることができるのかというのが
子供を信じる力に繋がってきます。



子供が心配だって言う前に
親自身が心の状態を見つめていくことが
大事になってくるわけです。



そういう意味で
子供を通して自分を知る機会があって
足りないところを教えてもらえるってことが
子育てにおいてあるのかもしれません。



子育ては自分を知る
良いきっかけになってくるのでしょう
子育てを上手くしようとするのであれば
まず子供を懸命に変えるって事を
するのではなくて
親が自分自身の心と
向き合うってことが大事になってきます。



自分を信じれば信じるほど
自己肯定感が上がれば上がるほど
子供を信じられるっていう
そういう力に変わっていきます。



ということで成長した分だけ
子供の許容範囲として
子供に任すってことができるようになるし
子供を信じられるようになってきます。



それは親の心次第で
どれくらい親が心に余裕があるのか
自分に自信があるのかという風に
関わってくることになるのです。



子育ては子供の状態で心配になるのではなくて
親の心の状態が
子供の心配か大丈夫かっていうのを
決めてくるってことです。



今日のまとめとして
子育てで重要なものっていうのは
子供を信じる力です。



子供は信じられると思った時に
自分の能力を発揮することができるからです。



でもその子供を信じる力っていうのは
親自身がどれくらい
自分のことを肯定しているのか
それくらい自分を信じられるかっていうのが
子供を信じる力に変わってきます。



そういうことで親は子供と向き合う前に
自分自身と向き合うってことが
大事になってくるのでしょう。



親が成長して自分を信じられた分だけ
子供の許容範囲が広がってきます。



そういう意味で子育てっていうのは
親自身が成長するチャンスなのかなと思います。



子供を通して自分の足りないところや
自分の心の余裕っていうのが
まざまざと見せつけられるものなのかなと思います。



変えるべきは子供ではなくて
もしかしたら親自身の心なのかもしれません。



そういうことで子供を信じられるかどうか
というのは
親自身が自分自身を信じられるかどうかに
関わってくるっていうそういうことを
今日は説明させていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年10月25日2021年:10月

子育ては距離感が大事 子供の問題は子供が解決するもの

今日は子育ては距離感が大事 
子供の問題は子供が解決するもの
ということについてお話ししようと思います。



子育てで一番気を付けなければ
いけないものというのは
たぶん親と子供の距離感ではないのでしょうか。



どこまで子供の領域に入っていいのか?
どこまで手放すのかっていうのは
皆さん迷うことだと思います。



でもカウンセリングで聞いていると
あまりにも子供の領域に
侵入しすぎていることがあって



それが子供の為っていう
良かれと思ってやったことであったとしても
それが強い押し付けになってしまっているとしたら



子供は大人になったとしても
その親の押し付けに
苦しむ事になってしまうからです。



そしてそういう人が多いというのが
実感としてあるからです。



適切な子供との距離感というのは
とっても難しいものなのかなと思います。



だからここで説明させて頂こうかなと思いました。



最初の未熟な子供であるうちは
何でもやってあげなければ
いけないってことはあるでしょう。



そうしないと生きていけないからです。



でも少しずつ成長するに従って
本人に任せるって事を
していかなければいけないってことがあります。



親はもしかしたら心配ってことが
あるかもしれませんけど
でも見守るっていうことをして
いかなければいけないのです。



距離感っていうの
わかりやすいように図で表してみました。



こういう子どもと親の丸い円が
多少なりとも重なるっていうのはあって
それが適切な距離感っていうことが
あるのかなと思います。



この重なる部分というのは
一緒に住んでいると
どうしても共有の部分として
出てくるってことがあるのかなと思います。



食事をするとか
お風呂に入るとか
誰が手伝いをするのかとか
そういう共有の部分っていうのは
必ず出てくるものです。



そしてこの縁がこのように
ちょっといいとこでバランスを取れているって事が
ちょうどいい距離感なのかなと思います。



でも中にはそのバランスを崩して
子供の領域までも
親が侵入してしまうってことが
あるのかなと思います。



そうすると子供の領域っていうのは
これぐらいの三日月のような形で
少なくなってしまうってことがあります。



この図のように自分の大部分が
親に支配されてしまうってことが
なってしまうのです。



このように図で表してみると
分かりやすいのかなと思って表してみました。



親に支配されている部分
このブルーの部分っていうのは
進学とか就職とか
子供が決めなければいけないものだったとしても
親に侵入を許して
しまっているっていう事があるのです。



でも相手の領域と自分の領域が
どれぐらい侵入しているのか
どれぐらい侵入されているのかっていう
区別っていうのは
なかなか難しいところがあるのかなと思います。



その基準として
課題の分離っていう考え方があるので
ここで説明させて頂こうかなと思います。



課題の分離っていうのは
誰がその課題の責任をとるのか?
っていう考え方で
もし子供の課題があったとしたら
それは子供が責任を取るべきものです。



そしてもし子供の課題であって
子供が責任を取るべきものであったとしたら
そこにはなるべく立ち入らない
あれこれ指図しないってことがあります。



そしてもし親の領域に
親の課題に立ちいろうとしてきたら
それは立ち入らないように
拒否するっていうことが大事になってきます。



このように誰の課題なのかっていうのを
きちんと考えて線引きしていくということで
親と子供の距離感っていうのが
適切になってくるのかなと思います。



例えば学校に子供が寝坊するとします。



それは学校に行って先生に怒られるなど
子供が責任を負うべきものであって
親が困るものではないというのがあります。



だとしたら早く寝ろ・早く起きろっていう
口うるさく言っていうのは
子供の領域に侵入していることになります。



でも親がその寝坊するとか、そういうことで
学校に呼び出されるっていう事があったとしたら
それは親の領域を侵入していることになるので
きつく注意する必要はあります。



このように子供の課題は
子供が自分で責任をもって
解決していくものであるから
なるべく口を出さないってことがあります。



そういうこともの課題っていうのは
勉強をする・しないであったり
どこに進学するのか?
こに就職するのか?とか
誰と結婚するのかっていう
そういうものは子供の課題であって
子供が責任で決めるって事があります。



親としては本当は勉強してほしいのに
勉強しなかったりとか
本当はこういうとこに進学してほしいのに
別のとこに進学先を選んだとか
あんな結婚相手では許せないっていう



そういう自分の考えと違ったとしても
それを反対するっていうことは
距離感があまり良くないって事に
なってしまうのです。



そういうことでこの行動をとって誰が困るのか?
というの考えてみる必要はあります。



そしてもし自分が困らないのであれば
それは相手の課題であって
あまり口出しをするってことは
控えた方がいいでしょう。



子供に注意しないということは
すごく不幸になってしまうのではないのか
ということで
しっかりとしつけなきゃっていう思いは
出てくるでしょう。



多少の注意っていうのは
もちろん必要になってくると思いますけど
でも、あれをしなさい・これをしなさいっていう
そういう強制をするっていうことは
子供の自立を阻むことになってしまうのです。



そして、あれしなさいこれしなさいっていう
抑圧させる事っていうのは
当然子供の反発も
招いてしまうことにもなってしまいます。



ずっとずっと抑圧したものっていうのは
今に爆発して親に攻撃性として
向かう可能性もあります。



キレて家庭内暴力っていう風にもなってしまうのは
それまでずっと親が子供に
自分の考えを押し付けてしまってた
ということにもつながってくるのです。



逆に子供が反発できずに
ずっと親の指示通りにしていたとしたら
もしかしたら我慢しすぎて
体調不良になってしまうことにも
つながってしまいます。



そしてそういう体調不良が続くと
普通の生活をするのも
困難になってしまうってこともあります。



実際に引きこもりになってしまったりとか
原因不明の頭痛であったりとか
腹痛であったりとか
そういうことにもなってしまうのです。



実際にそういう人もたくさんいるわけです
このように親が判断をして
それを押し付けてしまうと
親の判断が優先になってしまうのです。



そうすると自分で決められないってことかなって
いつまでたっても
生きる力が身につかずに
自立するっていうことが
困難になってしまうのです。



子供が可愛いからと言って
子供にあまりにも一生懸命になりすぎてしまうと
ちょっとしたことでも気になって
心配になって
何か言わなければっていう風に
なってしまうことでしょう。



だから親は子育て以外にも
自分の趣味を見つけるって事は
とっても大事なことです。



そうやって親は子育て以外にも
どこか他にサークルを作るとか
趣味を作るとか



そういうことで自分の人生に
集中することによって
子供との適切な距離感っていうのが
できるようになるのかなと思います。



そうやって子供も子供の人生を生きるし
親も親の人生を生きるということで
自分らしく生きていけるってことが
できるようになるのかなと思いました。



今日のまとめとして
子育てにおいて
子供との距離感っていうのはとっても重要です。



もしかしたら子供の領域に侵入していないのか
ということがあるからです。



図で表すと適切な距離感っていうのは
このように子どもと親の領域が分かれていて
共有の部分はあるかもしれませんけど
お互いが自立しているっていう
そういうことなのかなと思います。



でも親が子供の領域に侵入しすぎている
ということが今はとっても多いです。



そうなってしまうと
子供の解決しなければいけないものまでも
親が侵入して口出ししてしまうってことがあります。



その領域ですけど
どれくらい子供の領域に
侵入しているのかっていう
その判断基準の一つとして
課題の分離っていう考え方があります。



これは誰かが何かを行動するとして
その行動をした結果
誰が責任を担うのかということで
もしその人がその責任を担うのであったとしたら
それはその人の課題だっていうことがあります。



その人の課題であったとしたら
その人が解決するものであるから
あまり介入しないってことがあります。



子供が行動を取って
子供が責任を取らなければいけないもの
だったとしたら
それは子供の課題であって
子供が解決するものであるから
あまり介入しないっていうことです。



子供の課題っていうのは
勉強する・しないであったり
進路先であったり就職先であったり
そういうものっていうのは
子供が解決しなければいけないものであります。



多少の注意ってのは必要になってくるでしょう。



でも勉強しなければいけないって
勉強を強要させたり
この学校に行かなければいけない
この就職場所に行かなければいけない
あんな人と結婚してはいけないっていう



そういう強制させるようなことをしていては
いつまでたっても
子供は自分の考えを持てずにいてしまいます。



そういうので
きちんと子供の領域と親の領域っていうのを
線引きしていかなければいけないです。



それで親は自分の課題に集中する
ということがあって
子供の課題には心配かもしれませんけど
あまり口うるさく言わない
強制させないってことは大事なことです。



そうやって適切な距離感を保つってことは
とっても大事なことです。



子育てで本当に距離感っていうのは
難しいものであるので
ここで説明させて頂きました。



今日は子育ては距離感が大事
子供の課題は子供は解決するべき
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年10月18日2021年:10月

真面目すぎて生きづらい人へ 解放のカギは「親離れ」

今日は真面目すぎて生きづらい人へ
解放のカギは「親離れ」
ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングをしていて気づくことですけど
自分勝手な人っていうのは
カウンセリングに来ることってほぼないです。



真面目すぎて自分を追い込んでしまって
悩みを抱えやすい状態になってしまう
そういう良い人だったり
真面目な人っていうのが
カウンセリングに来ることが多いです。



それは我慢する事っていうのが
多くなってしまうことが
原因としてあるのかなと思います。



なぜ我慢することが多くなってしまうのか?
なぜ生きるのが苦しいのか?
なぜ思うように生きれないのか?



その答えの一つとして
親の教えを守らなければいけないって
強く思いすぎているのが
原因なのかなと思います。



僕たちは親から社会のルールって言うの
教えつけられたってことが
あるのかなと思います。



あれをしなさいとか
これはしてはダメというので
たっくさんの社会常識とか
押し付けられてきたってことがあります。



僕の場合だったら
勉強をしなければいけないとか
学校をずる休みしてはいけないとか
真面目に授業取り込まなければいけないだったり



お金に関しては
無駄遣いをしてはいけなかったりとか
計画的に使わなければ
いけないっていう風なことを
強く言われていたような記憶があります。



そういうのを破ろうとしてしまうと
途端に罪悪感にかられてしまいます。



親の教えを破ってしまって
自分は何て駄目な人間だとか
こんなことして
後で怒られてしまうんではないのかっていう
そういう不安も出てくることもありました。



そういう風にルールを破れない
縛られてしまうっていうことがあると
それは親離れできてないっていうことに
つながってきます。



動物の世界でも
親離れ子離れっていうのは
最大の試練だと言われています。



誰もが聞いた事あるかもしれませんけど
獅子の試練として
千尋の谷に子どもを突き落として
這い上がった子供だけを育てる
ということがあります。



それくらい親離れ子離れっていうのは
難しい事って風に言われています。



親は時に厳しく自立を促さないと
いつまでたっても親離れしていかない
子離れしていかないってことがあるのです。



そうやって自立して大人になることによって
やっていけるようになるのかなと思います。



でも人間の世界っていうのは
動物の世界とは逆で
子離れできない親っていうのが
今は増えてきているのかなと思います。



そうなると子供っていうのは
親にいつまでも気を使いながら
生きていかなければいけないっていう風に
なってしまいます。



特に子供が心配だって
過剰に子供の心配をしてしまう親っていうのは
必要以上に口出しをしてしまうってことがあります。



そうなると子供っていうのは
お母さんの言葉っていうのを
一つ一つ受け入れてしまって
それがすごく重荷になってしまうってことが
あるのかなと思います。



子供は親に逆らう事っていうのは
とっても難しいです。



親に言われたことで
疑問に思うこととか
おかしいなって思うことがあったとしても
親に逆らう事っていうのは
罪悪感を感じてしまうので
なかなかできないことです。



本来の自立への過程として
まずは赤ん坊の頃ってのは
親なしでは生きていけないので
それは100%依存しているって事があります。



でもそこから少しずつ親離れしていく
でも親が子供にしがみついて
しまうことがあるとしたら



反抗期として
自分の世界を作り上げるということがあって
それでやっと自立に向かうってことが
あるのかなと思います。



依存・反抗期を通して
一人前の大人になっていくっていうことです。



でも反抗期がない人っていうのは
多いのかなっていうのが実感としてあります。



反抗期がないと
いつまでたっても親の教えを
守らなければいけないっていう風に考えてしまって
自分の考えを持つ事っていうのは
出来ないでいます。



親の価値観が正しいと
思いすぎてしまうってことがあるのです。



それってのは無自覚に
親の価値観を自分の価値観っていう風に
思い込んでしまっているので
自分で意識していないところで
レールに乗っかってしまってるって事があります。



なぜか生きづらい原因が
わからないってことがあるのです。



特に自分勝手なことをするっていうのは
親の教えに反するので
僕の場合は
すごく怖かったっていうことがあります。



親の意見を聞かずに大きな買い物をするとか
無駄遣いをするっていうことがあったり
就職する時とか進学を選ぶ時でさえも
自分がここへ行きたいっていうことよりも
親が何を望んでるのかっていうの
優先に考えていたってことが
僕の中でありました。



親から否定されない選択っていうのを
無意識にやっていたような気がします。



真面目な事っていうのは
一見して良いことのように思えます。



真面目でいると誰からも否定されないし
信頼されるってこともあるかもしれません。



でも真面目すぎる事っていうのは
自分を我慢させることに繋がって
とっても息苦しくなってしまいます。



親の教えを忠実に守るってことを
真面目にしているだけでは
自分を追い込んでしまうってことがあります。



だからたまには
親から怒られそうなことであったとしても
自分がやりたいと思ったことがあったとしたら
それを優先してやってみるって事は
とっても大事なことです。



親に逆らうっていうことは
罪悪感が出てくることもあるでしょう。



本当にこんなことをしていいのかっていう風に
迷うこともあると思います。



親を悲しませてしまうんじゃないかとか
親に怒られるんじゃないのかっていう風な
不安も出てくることでしょう。



親を悲しませる姿ってのは
誰もが見たくないと思います。



それでも親の教えを破って
自分を優先させる
そうやって自分の人生を歩むっていう決断を
するってことはとっても大事なことです。



それは親の教えを反するって事で
親と対立する反抗期っていう風に
呼ばれることもあるかもしれません。



でもそうやって反抗期を通して
親の元から巣立っていく
親離れしていくっていう
そういう作業も必要になってくるのです。



逆に親にも子離れしてもらうってことは
とっても大事なことです。



自分から離れるということは
強く痛みを伴うってこともあります。



今までずっと子供に執着していたのが
離れていってしまうのは
きっと親としても寂しく思うことでしょう。



特に子供の幸せが一番だ
他には何も必要ないって思う親ほど
子供に執着してしまっているって事があり
子離れするっていうのは
ものすごく困難で痛みを伴うはずです。



でも親が口出しをしても
子供は自分で自分の選択をしていく
間違ったら自分で責任をとっていく
ということをしていかないと
いつまでたっても自分の価値観で
生きる事っていうのは出来ないです。



そうやって心理的に自立した時に
自由に生きられるって事があります。



そうやって自立して
子供は子供の人生を生きるし
親は子離れして親の人生を生きるようになる



そうやってお互いの人生に
集中して生きるって事が
健全な関係なのかなと思います。



今日のまとめとして
なぜか生きづらいって感じるし
何にするしても
縛られてるような感じがして
自分の思うように生きられないって思ってる人は



それは親の教えから
抜け出せていないってことが
原因であるかもしれません。



大人になって金銭的とか物質的には
自立したように思っていたとしても
心理的に自立していないっていう人は
多いのかなと思います。



そうなると無意識に
行動を制限してしまうって事があるのです。



親の教えを破るっていうことは
すごく罪悪感を感じるけど
反抗期を通して
自分を優先させるって事を
していく必要があるのです。



ただ親離れをしていくってことは
とっても難しいことです。



こんなことをして
親を悲しませてしまうのではないのかっていう
そういう罪悪感っていうのも出てくるでしょう。



こんなことして
親に怒られるのではないかっていう
そういう不安も出てくるでしょう。



でもそういう罪悪感とか
不安を乗り越えてまでも
自分を優先させていくっていう
そういうことをしながら
自立していくってことをしていかないと
いけない時もあるのです。



また親が子離れするってことも
とっても難しいことです。



子供が自立していくってことは
自分の元を去っていくっていうことは
痛みを伴うことです。



自分がこうだって言っても
言うことを聞かずに
先に進んでしまうってこともあると
寂しい思いもしていくし
本当にこんなことでいいのかって
疑問に思うこともあるでしょう。



でも子供の人生は
子供が責任を持ってやっていくことであって
自分があれこれ口出しすることでは
ないってことがあるので。



黙って見送っていくってことも
大切になってくるのです。



そうやって親も子離れしていくってことは
痛みを伴いますけど大事なことです。



親離れ子離れしながら自立していく
そうすることによって
やっと親のルールから解放されて
自分らしい生き方ができるように
なってくるのかなと思います。



親は親の人生を生きるし
自分は自分の人生を生きる
お互いが自分の人生に集中して
生きていくことによって
自分らしい生き方ができるよう
なっていくっていうことです。



今日は真面目な人ほど
生きづらさを感じてしまう
解放のカギは「親離れ」にある
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年10月11日2021年:10月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて5人の方が
参加してくださいました。
 
  
 
人数的にはちょっとさみしいですけど、
しょうがないですよね。
それでも、こうやって月1回集まって
近況とか仕事の悩みとか
話をする場所というのは
貴重なのかなと思います。
 
 
 
ちょっとした仕事の悩みなどは
話を聞いてもらうだけで
癒されるものですからね。
 
 
 
昨日も仕事の嫌なことなどを
離されている人もいました。
あとは趣味の話とか
真面目な心理的な話など
普通の友達とか仕事場では
話が出来ないようなことを
ここでは話できるので良いです。 
 
 
 
もっと新しい人は来てくれると
盛り上がっていけるのですけど、
ネットだとちょっと抵抗があるのか
なかなか新しい人の参加はないです。
 
 
 
これから、益々ネットでの交流が
増えていくと思うのですけどね。
オンラインサロンも定着してきています。
ネットだと場所に左右されないので
県外の人だったり
海外の人であっても
簡単につながることが出来ます。
 
 
 
そういう移動の時間がなく
気軽に話ができるというのは
これから、流行っていくのだろうと思います。 
 
  
 
ただ、直接会って話をするのも
大切だと思うので、
飲み会なども計画しています。
コロナも今は落ち着いていますからね。
 
 
 
というわけで
飲み会のご案内です。
 
10月22日(金)19時30分~
場所はまだ決まっていませんが
福井市のどこかです。
会費は割り勘ということで。
 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
 
ちょっとずつみんなと交流の輪を
広げていけたらと思います。
最初は勇気がいると思いますけど、
興味がありましたら
思い切って参加してほしいです。 
 
  

ありがとうございました。




 

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2021年10月09日2021年:10月

過酷な人生を送ってる人へ 難しい人生ゲームにチャレンジしています

今日は過酷な人生を送ってる人へ 
難しい人生ゲームにチャレンジしています
ということについて
お話ししようと思います。



人生というのは
不平等にできているっていうのは
誰もが感じてることだと思います。



小さい頃からものすごい苦労させられて
過酷な人生を生きている人もいますし
かといえば恵まれた家庭に生まれて
楽な人生を生きているように見える人もいます。



そういうのを見ていくと
なぜこんなにも人生っていうのは
不平等なのかというのを
考える事はあるのかなと思います。



特に過酷な人生を生きてる人にとっては
なぜこんなに私の人生は
苦しみの連続なんだっていうふうに
思うことがあるでしょう。



そのための答えの一つとして
人生っていうのは
ゲームのようにできてるって風に
考えることができるのかなと思います。



そのゲームですけど
僕たちのレベルに合わせて
難易度も違ってくるのかなと思います。



ゲームの初心者というのは
最初から難しい設定だと
全く歯が立たないです。



だから初心者の人は
最初は簡単な設定をしていかなければ
ゲームを楽しむことができないし
だいいちゲームとして
成り立たないってことがあるでしょう。



人生のゲームにおいて
優しい設定っていうのは
基本スペックが高いということがあります。



その基本スペックが高いっていうのは
容姿がいい
その背が高いとか
綺麗とカッコいいとか
そういう姿が最初から良いとこに
生まれるってあったり



勉強や運動がすごいできる人で
何も苦労しないって
いうことがあるのかもしれません。



また優しい家族のもとに生まれて
十分に愛されるところというのもあるでしょう。



またお金に不自由は全然しなくて
好きなものを好きなだけ買えるって事が
環境としてあるのかもしれません。



そんな感じで何も困らなくて恵まれている
そういう家庭に生まれる人っていうのは
初心者である可能性が
高いのかなと思います。



そういう恵まれた環境にいると
苦労しなくてすみます。



でもその分、刺激っていうのも
少ないのかなと思います。



優しすぎてやりごたえが少ない
ということがあるからです。



逆にゲームの上級者が
難易度が低すぎるって事があると
やりごたえが全然なくなってしまいます。



だからゲームの上級者っていうのは
あえて難しい設定を選ぶ人が
多いのかなと思います。



簡単すぎるとゲームとしても
全然やりごたえもないですし
退屈してしまうってことがあるからです。



人生ゲームにおいて
難しい設定っていうのは
基本スペックが低いということがあります。



基本スペックが低いというのは
もしかしたら容姿が良くない
ということもあるかもしれません。



ちょっと格好悪いとか
ちょっと醜いとか
そういう姿に生まれてくることによって
ゲームを難しくしようと
することもあるかもしれません。



また勉強や運動が苦手ってことも
あるかもしれません。



どんなに頑張っても運動が出来なかったり
勉強ができなかったいっていう
そういう能力のもとで
生まれてくるかもしれません。



また家庭内においても
すごく過酷な設定をする人も
いるかもしれません。



両親に問題があって
ものすごく苦労させられる
という人もいるでしょう。



でもそういう過酷な環境とか
過酷な設定だからこそ
どのように生きなければ
いけないのかっていうのを
真剣に考える必要があります。



そして試行錯誤しながら
自分の人生を作り上げていく
そういう苦労しながらでも
どうにかしてやっていくことに
楽しみを見出せるって事が
あるのかなと思います。



このように人生というのは
困難なほど学びが多くて
成長できるって事があるのです。



優しい設定だと
そんなに学びがあるわけでもないし
成長する機会というのも少ないでしょう。



だから過酷な人生の人っていうのは
魂のレベルがそれぐらい高くなっていて
普通の人生では満足できない
ということがあるのかなと思います。



別のたとえとして人生っていうのは
学校のようなものだっていう
風なことも言えます。



まず年齢が低いと小学校とか
そういう簡単な問題から入る
ということがあるでしょう。



小学校では問題も簡単なので
比較的誰でもできるって事があります。



でもそれは中学生から見たら簡単すぎて
何も手応えを感じないってことがあります。



でも中学生から見て
大学生の問題っていうのは難しすぎて
全然歯が立たないです。



このように年齢に応じた
レベルの問題を解いてくってことが
その人にちょうどあった
学びにつながっていくのかなと思います。



このように僕たちの人生っていうのは
丁度良い問題が起こるようになっています。




それは自分のレベルに応じた
設定をしてくるからです。



だから今起こっている問題っていうのは
自分のレベルにあった問題が起きているので
解決できない問題はないっていう風に
考えることができます。



まとめますと
人生っていうのはすごく不平等に見えます。



なんで私がこんなに過酷な人生を
生きているのに
あの人はとっても楽な人生を生きてるのか
という風に疑問に思うことでしょう。



その疑問の答えの一つとして
僕達の人生では魂のレベルが違います。



その魂のレベルに合った
難易度を選んでくるから
魂のレベルが低い人ってのは
難易度も高くないです。



でも魂のレベルが高い人っていうのは
簡単なものでは満足できないので
あえて難しいものを
チャレンジしていくってことがあるのです。



だから今過酷な人生を
歩んでる人がいたとしたら
これは自分が前世で何か悪いことをしたから
こんな過酷な人生を
歩まされているのだとか



自分が何か原因で
過酷な人生を歩んでるのだって
自分を責めるのではなくて



過酷な人生を歩んでる人っていうのは
それぐらい魂のレベルが
高いっていうことなのです。



優しい設定では満足できなくて
成長もできなくて
もっと学びたくて
もっと人生を味わいたくて
あえて難しい設定を選んで
来ているって事があるのです。



そしてそのレベルにあった
問題しか起きていないので
解決できない問題っていうのはないのです。



そういうので過酷な人生かもしれませんけど
自信を持って取り組んで欲しいなと思いました。



今日は過酷な人生を歩んでる人へ
それはあなたが人生ゲームにおいて
難しい設定をしてチャレンジしているからです
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年10月04日2021年:10月

すぐにマウントを取る人へ 僕自身がそうでしたその解決方法

今日はすぐにマウントを取る人へ
僕自身がそうでした
その解決方法ということについて
お話ししようと思います。



多分皆さんの周りにも一人は
やたらにマウントを取って
何か自分が優位になろうと
一生懸命になっている人というのが
いると思います。



そういう人っていうのは
自分の自慢話をしたりとか
すぐに自分が何か得意げにやって
相手を蹴落とそうとしているとかで
嫌われているっていう事が
多いのかなと思います。



僕自身がずっとそんなマウントを
とるような感じであったというのがあります。



常に順位で上に立つってことを
気にしながらやっていました
負けるのがすごく悔しくて
勝つことが人生において
大事だっていう風に
思い込んでいたところもあります。



負けるということは
自分には価値がなくなってしまうことだ
失うものもとっても多くなってしまう
という風に考えていました。



そんな感じだから誰とでも争っていて
友達といても会社内にいたとしても
常に自分がどの順位かっていうの気にして



上に立たなければ
負けてはダメだっていう風にして
競争していた時があります。



馬鹿にされたりとか
見下されるって事がすごく嫌で
そんな風な態度されると
腹が立ってしょうがなかったです。



冗談であったとしても
何か自分を蹴落とされて
馬鹿にされるって事があると



相手は冗談で言った言葉であったとしても
本気になって言い返したり
っていうことをしていました。



そんな状態だから
誰に対しても心を許せずに
常に相手と競うようにしていました。



そんなんだからみんなが敵に見えて
油断するってことはできなかったです。



そんな感じだから
心を開くってことができずに
すごく寂しい思いをしていました。



周りの人見ると自分みたいに
懸命になって上に立とうとか
争うとかしていないってことがあって
そこまで必死になっていない
というのがあります。



心穏やかにいる他人を見て
なぜそんな風に
心穏やかにいられるかっていうのが
不思議でしょうがなかったです。



僕の場合は常に緊張状態で
争っている状態だったからです。



考えてみました
他人の人と自分の違いは何なのか
なぜ他人の人は
そんなに心穏やかでいられるのか



それは他人の人は
そこまで勝ちにこだわっていない
負けることを恐れていない
ということにようやく気づいたのです。



なぜ勝つことが大事に
なってしまったのかっていうのを
考えてみました。



それはそういう癖がついていたのです。



家庭環境からそういうのが
きていたっていうのが
自分の中でありました。



僕の家庭環境では
母親が僕の家庭を支配していました。



理不尽なことがあったとしても
それに黙って従わなければいけなくて
すごく悔しい思いを
したっていうのがあります。



そんな力で支配するような場所であったので
力が強い者が上で
力が弱かったら下にいってしまうっていう
そういう階層社会になっていたのです。



僕は兄弟がいたのですけど
兄弟にも順位が付けられていました。



家庭内では母親が一番偉くて
次に兄が偉い
その次に自分で
下の弟は自分よりも下だって風になって
そんな階層社会になっていたのです。



僕が兄とか母に逆らうってことは
絶対に出来なかったのです。



逆に下の弟が
僕に逆らうってことはできずに
僕の命令を忠実に
従わなければいけないようにやっていました。



そんな感じで力によって支配するっていう
そういう癖がついていて
明確に順位付けられがあったのです。



そんな状態だから下にいる事っていうのは
ただ命令に従うだけの
すごく惨めな状態になってしまうのです。



惨めな思いをしたくないって強くいだいて
上に立たなければっていうのを
そこで条件付けと言うか
癖になっていたのです。



それは家庭内だけでなくて
友達関係の中であったとしても
下にいくってのが
すごく惨めに思えていたのです。



でも家庭内から出て外に出ると
ルールが全く違うってことに気づきました。



外では支配する、されるっていう
そういう関係ではなかったのです。



惨めな思いって言うの
そんなに味わなくてすむ
ってことに気づきました。



相手から下だって思われたとしても
誰も自分のことを支配するってことは
なかったのです。



みんな対等に扱ってくれるって
事に気づきました。



そういうので僕は勝つことが
すごく強かったので
負ける実践というのをやっていきました。



負けても大丈夫
でもそういう負ける練習っていうのは
すごく悔しい思いをした覚えがあります。



勝つってことがすべてであったので
負けることがすごく抵抗あったのです。



でも悔しいって思いを味わいながらも
負ける練習を続けていって
それが次第に慣れていきました。



そうすると自分の弱みを見せても大丈夫
相手に必要以上に勝たなくてもいいんだ



負けても惨めな思いを
しないのだっていう風にして
馬鹿にされても
そんなに感情的になるって事が
減ってきました。



逆に欠点を見せた方が
みんなから喜ばれるっていう風に気づきました。
そっちの方が必要とされるって事があるのです。



欠点をさらけ出せる人の周りにいると
周りの人も自分を飾らなくて済むし
気楽でいられるからでしょう。



僕の本当の欲しかった物っていうのは
勝たなくても手に入るってことがわかりました。



それは皆からの愛情っていうことが
本当に欲しかったんだろうと思います。



それは僕は勝たなければ
手に入らないって
勘違いをしていたのです。



でも競争しなくても手に入る
とわかってからは競争しなくなって
必要以上に緊張するってことも無くなって
リラックスできるようになってきました。



そうすると初めて自分らしくいられる
ってことができるようになってきたのです。



他人と必要以上に争うこともなく
勝たなければって気負うこともなく
自分のペースで
自分でいられたのです。



今日のまとめとして
やたらとマウントをとるということが
そういう人がいると思います。



僕自身もすぐにマウントを取りたがる人でした
必死に周りに競争しながら
自分が勝たなければ
上に行かなければっていう風に思っていました。



そんな状態だから
周りから嫌われたり
ウザがられたりして
悲しい思いをたくさんしてきました。



なぜそんな風になってしまうとかって言うと
負けるって言う事は
すごく惨めな思いをするっていう風に
思っていたのです。



だから周りからバカにされないように
勝つことにこだわり続けていたのです。



そういうのは家庭環境からくる癖で
ついてしまったように思います。



支配的な母親がいて
そういう人がいると
家庭内っていうのは
明確に階級社会のように
順位づけられていたのです。



母親が一番偉くて
次に兄が偉くて
次に自分が偉くて
次に弟がいるっていう



下から上に行くってことはできなくて
どうしても上からの命令を従わなければ
いけなくなってしまうってことがあったので
負けるとか下にいくってことは
惨めな思いをするって風に
思い込んでいたのです。



それは家庭内から出て社会に出ても
勝たなければっていう風に
強く思い込んでいました。



負ける事っていうのは
またあの家庭内での惨めな思いをする
という風に勘違いをしていたのです。



でも社会に出るとルールが違っていて
負けても惨めな思いをする事
というのはなかったのです。



自分の弱みを出しても
大丈夫だったのです。



逆に自分の弱みを見せて
何か欠点的なものを見せた方が
喜ばれるって事があったのです。



それは僕の中で
すごく衝撃的なことでした。



そういうのでまず取り組んだのが
負ける練習
勝たなければいけないって
思い込んでいたので
負ける練習をしていきました。



最初は負けるのはすごく悔しかったです
でもそういうのを実践していくうちに
次第に慣れていって
そうすると競争しなくなってきました。



勝ち負けにこだわらなくなっていくと
心が穏やかになってきて
そうすると本当の自分で
いられるようになってきたのです。



マウントを取っていた時っていうのは
争っていて
他人に欠点を見せられなくて
強がってばかりいました。



緊張状態で争うこともあったので
自分らしくいられなかったのです
負ける練習をして
争わなくても大丈夫って思った時に
心穏やかになって
自分らしくいられるって事が出来たのです。



そういうことで
今日はすぐにマウントを取りたがる人
僕自身もそうだったということで
その解決方法を説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年09月27日2021年:9月

怖い上司にビクビク 必要以上に怖いのは過去の経験が大きい

今日は怖い上司にビクビク
必要以上に怖いのは
過去の経験が大きいということについて
お話ししようと思います。



これは経験がある人は
わかるかもしれませんけど
怖い人とか
すぐに機嫌が悪くなって怒る人とか
そういう人の近くにいると



何もしていないのに
ビクビクして体がこわばってしまって
平常な状態でいられない
ということがあります。



僕もそれはすごくあって
威圧的な先輩とか
ちょっと怖い先輩とか
そういう人の近くにいるだけで
もうすごいオドオドしてしまって
頭が正常に働かないということがあります。



それで相手の顔色ばかりうかがってしまって
それが余計に焦ってミスを生んでしまう
そうすると余計に怒られてしまうっていう
そういう悪循環をうんでしまうことが
たくさんありました。



何故かその人の前でいると
もうビビってしまって焦ってしまって
そしてミスをして
余計に怒らせてしまうっていうことなんです。



学生時代にスポーツをやっていたのですけど
試合をする時にはもう緊張のあまり
頭が真っ白になって
周りが全然見えなくなってしまいます。



もう体もガッチガチな状態で
そんな状態でうまくいくはずもなく
大事な場面でミスをしてばかりいました。



最初は試合でも使ってもらえたのですけど
だんだんとそういうミスが多くなってしまうと
試合に出させてもらうことも少なくなって
ベンチで見ているっていうことが
多くなっていきました。



練習ではうまくいくのですけど
試合になるとも
カッチカチに緊張して
全然上手くならないっていう
典型的な緊張する人だったのです。



そんな僕ですから
何か怒られそうと感じた時っていうのは
想像で必要以上にその人の事を
怖い存在だっていう風に
大きくしてしまうってことが
たくさんありました。



それは僕の過去の経験が
大きいのかなって思っています。



僕の場合は過去に母親からですけど
母親がすごくヒステリックで
ちょっとしたことでも
怒られてばかりいました。



子供の頃って親が絶対なので
親なしでは生きていけません。



親の言うことは正しいって
無条件に信じてしまっています。



だから親が何か責めたとしても
自分が悪いから親は怒るんだって
どんな理不尽な怒り方をされても
そう思うようになっていたのです。



子供の頃の恐怖っていうのは
今以上に大きいものがあります。



同じ怒られるしても
今の成熟した自分と
子供の頃の小さな自分とでは
感じ方っていうのが全然違います。



子供の頃の怒られる恐怖っていうのは
生きるか死ぬかっていう
それくらいの大きい恐怖感を
感じてしまうのです。



これは大げさなものではなくて
子供は親から見捨てられると
生きてはいけないっていうことがあるから
どんなに理不尽なことを言われても
親に逆らうことはできないでいます。



そういう恐怖感っていうのは
心に染み付いてしまっています。



大人になってからも
親と似たような人を見てしまうと
心が過剰反応を起こしてしまって
必要以上に恐怖感を大きくしてしまう
ということがあります。



グラフにしてみると
割合でその時に感じてる恐怖が
100だとします。



でもそれは過去からくるものっていうのが
75%ぐらいで
今感じてる恐怖っていうのは
25%ぐらいの
割合でしかないってことがあります。



過剰反応しているだけで
今感じている
上司の怒られる恐怖とか
先輩の怒られる恐怖とかっていうのは
すごく少ないのかなと思います。



そういうので、もし心がビビって
ビクビクしてしまうっていうことが
あったとしたら



それは過去の記憶が出ていて
必要以上に大きくしてしまってる
という事があるので



それを思い出して
今の感じてる恐怖ってのは
少ないものだって風に思い出すことは
大切なことなのかなと思います。



怒られたとしても小さな頃みたいに
命の危機を感じるくらい
そんな大きな恐怖を感じる事っていうのは
ほぼないのかなと思います。



ということで
まとめとして怖い上司を前にしてしまうと
怒られまいかって思って
すごくビクビクして
緊張してしまうって事があります。



それはその時の恐怖っていうのは
100だとすると
過去の思い出してる記憶が75%ぐらいで
今その上司に感じてる恐怖っていうのは
25%くらいの
こくごく少ない恐怖でしかありません。



過去の怖い思いを思い出してるだけで
そういうのを過剰に反応してしまってるので
大きく恐怖を感じてしまう
ということがあるのです。



それは小さな頃の親から怒られるっていうのを
思い出してしまっているからです。



親から怒られるって事は
見捨てられるのではないのかっていう
そういう怖い思いをしてしまっていて
生死に関わる問題にもなってくるからです。



子供の頃は親なしでは
生きていけないからです。



そういうので
もし強い上司の前にいたり
機嫌の悪い先輩の前にいて
心がビクビクしている場面があったとしたら



僕の場合ですけど
これはほとんどが
過去の恐怖から来ているものだ
今の恐怖なんて小さいものだっていう風に
意識するようにしていました。



たとえ怒られたとしても
命までは取られることはない
というふうに考えて
それを何回も何回も定着させるまで
繰り返しやっていきました。



そうすることによって
怖い先輩の前にいたり
機嫌の悪い上司の前にいたとしても
恐怖が大きくなるって
いうことはなくなりました。



完全に恐怖が消えるって事はないですけど
過剰反応して必要以上に恐怖を
感じる事っていうのは
ちょっと減ってきたのかなと思います。



ということで
今日は怖い上司の前にいて
ビクビクしてしまうっていうのは
過去の記憶から来ているもので
過剰反応してるだけということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年09月20日2021年:9月

方向を間違えると頑張れば頑張るほど問題は大きくなる

今日は方向を間違えると
頑張れば頑張るほど
問題は大きくなるということについて
お話ししようと思います。



これはカウンセリングをしていると
よくある話ですけど
問題を解決しようと思って
ものすごく頑張っているはずなのに



でもその努力が報われない
それどころか
問題はどんどんどんどんと
大きくなってしまうっていうことがあります。



それは頑張る方向が違うからだ
ということがあります。



でもそれを知らずに
やってしまう人っていうのは
多いのかなと思います。



数字で表すと分かりやすいのかなと思って
数字で少し表してみます。



やる気と方向性は掛け算だって言われています。



やる気×方向=成果
という風に表されます。



やる気が7とします。
方向が仮に5とします。
その成果というのは7×5で35の
成果が上がる。



これはたぶん見ていて
誰も疑問に思うことはないでしょう。



でもやる気が7あったとしても
その方向性が間違ってて
方向性が-3だとします
すると7×-3で-21っていう風に
やる気が大きければ大きいほど
マイナスも大きくなってしまうということです。



頑張ること以上に
どの方向で頑張るのか
ということが大事になってきます。



でもそれを考えている人っていうのは
少ないのかなと思います。



自分の向かってる方向に疑問を持たずに
ただ闇雲に頑張っていけば
問題が解決するとか
成果が上がると思って
頑張り続けている人が多いのかなと思います。



それで頑張っても報われない時というのは
方向性がマイナスになってしまってる
という事があるので



そのマイナスっていうのを
プラスに持っていくためには
真逆の事をしてみるって事も
一つの方法なのかなと思います。



真逆の一つの例としてうつ病の人で
うつ病の人っていうのは
仕事を真面目にしすぎってことがあります。



真面目にしすぎて疲れ果てて
しまいには限界が来て
倒れてしまうってことにも
つながってしまうのです。



そういう人は真面目にするという真逆で
ちょっと手を抜くとか
ペースを落とすということをしてみる。



そういう風にして
真逆のことをやってみるって事は
とっても大事なことです。



また例として子育てで
子供に一生懸命になる親御さんというがいます。



でもそれが子供にはプレッシャーになって
押しつぶされてしまうってこともあります。



そうなると子供は親の顔色を伺ってしまって
自分自身が何がしたいのかというのが
分からなくなってしまう人がいます。



そうなると自立が遅れていって
しまうってことがあります。



そうならないためにも
子供に一生懸命になるのではなくて
親自身がどこか自分の楽しみを見つける



子育て以外で趣味に走ったりとか
そういう自分の楽しみを
見つけていくってことが
大事になってきます。



子供にはある程度好きにさせる
あれこれしなさいっていう
指示をするのではなくて
好きにさせてみる。



そうやって今までの
真逆の事をしてみるって事は
とっても大事なことです。



案外と今までやったことがない
真逆なところに答えがある
っていう風に言われています。



頑張りすぎている人っていうのは
極端な方向へ行ってしまって
バランスがすごく悪くなっている状態
という風に言えます。



だからこそ極端になっているところを
真逆をすることによって調整されて
バランスが取れてくるのかなと思います。



でも真逆なことをするのが
答えであったとしても
それをするっていうことは
すごく抵抗が大きいものです。



それは真逆の事っていうのは
その人の中でやってはいけないことだ
という風に禁止事項に
なってしまっているからです。



その禁止事項っていうのは未来への不安で
その未来への不安が大きければ大きいほど
その対策をしなければ
いけなくなってしまっていて



その対策としてあれをしなきゃとか
これはしてはいけないって風に
なってしまっているからです。



だからこそ頑張って対策を練る
その頑張る方向が
間違ってしまうっていうことです。



例えば鬱病の人なんかは
人の評価がすごく怖がってしまいます。



だからこそ完璧にこなさなければっていう風に
強い強迫観念にかられてしまうでしょう。



子育てにおいては
子供の将来が心配だって風に
思ってる親御さんは多いと思います。



だからこそ必要以上に子供に手をかけて
あれしなきゃこれしなきゃっていう風に
なってしまうことがあるでしょう。



こんな風に未来の心配をすればするほど
その対策として
あれしなきゃ、これしなきゃって風に
なってしまって
それが方向性として悪い方向に
向かってしまうてことがあるのです。



なので一度怖いことを
意識してみるって事は大事です。



そして未来に対して
どうせ未来なんてわからないし
コントロールすることなんてできません。



だから何とかしようとするっていうのを
止めてみるというのも大事なことです。



良い意味で諦めるということができると
力が抜けるのかなと思います。



そうやって未来への不安とか心配が
少し減っていく事によって
行動が変わってきます。



そうすることによって
方向性も変わってくるのかなと思います。



方向性が変わると頑張っても
方向性が正しくなっているので
成果も出てくるっていうわけです。



今日のまとめとして頑張っているのに
報われないどころか
ドンドンとひどくなってしまう時には
方向性が間違っているというのを
意識してみるのは大事です。



案外そういうのに気付かずに
ただ闇雲に頑張ってしまうっていうことが
多いのかなと思います。



知らずに問題を大きくして
しまうってことがあります。



だから方向性を変えるのは大事ですけど
でもそれはとっても難しいことです。



なぜならその方向性の先には
恐れとか不安があるからこそ
頑張ってしまうってことがあるからです。



その恐れと向き合って
良い意味で未来に対しての
不安とか怖れというのを
コントロールするのを止める
諦めるって言う事を出来るようになると
ちょっとずつは怖れっていうのが
減ってくるのかなと思います。



そうやって恐れが減ると
極端に何か頑張らなければいけないって
いうのが減ってくるのかなと思います。



そうすると方向性もよくなるから
頑張った分だけの成果も
出てくるっていうことです。



ということで
今日は頑張っても頑張っても
報われないどころか
どんどんとひどくなってしまうということは
方向性が悪い



その方向性を変えるためにも
恐れや不安があるとしたら
それを向き合っていくってことが大事だ
ということをお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年09月13日2021年:9月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて6人の方が
参加してくださいました。
 
 
 
こうやって毎月1回でもみんなで
集まって話をするというのは
近況も聞けるし
仕事などの悩みも共有できて
良いのかなと思います。
 
 
 
現代社会で生きていると
何もしていないと
ドンドンと孤立していって
友達も減ってしまいますからね。
 
  
 
自分から意識的に作っていくこと
大事になってくるのでしょう。
 
 
 
ただ、人と会うとある程度は
気を遣うことになるので
疲れてしまうというのはあります。
 
 
 
一人だと何の気構えもなくて
自由にしていられますけど、
誰かと一緒にいると
自分の気ままにするわけにいかないし
どうしても心に負担になることでしょう。
 
 
 
でも、人間は一人では生きていけなくて
誰かと思いを共有したり
励まし合うことも必要です。
 
 
 
そのみんなと一緒にいると
ちょっとストレスがかかるけど、
かと言って一人でいるのは孤独
そういうストレスの加減を
どう自分でつけていくかなのかなと思います。
 
 
 
適度に一人の時間を持ちながら
みんなとの時間も大切にしていく
そういうことをしていくのも大事です。
 
 
 
ということで、
僕も人との集まりとやると
面倒だと思うこともあるし
疲れてしまうこともありますが、
その分をどこかで癒して
みんなと一緒に居ようと思うわけです。 
 
 
 
人間って複雑ですよね。
 
 
  
次回も開催していきますので
ちょっとでも興味がありましたら
参加してください。
 
 
 
次回の予定
ZOOM飲み会
10月8日(金)20時~
参加費 無料
 
 
 
 
ありがとうございました。




 

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2021年09月11日2021年:9月

ー助言や励ましはタイミングを間違えると凶器になってしまう

今日は助言や励ましは
タイミングを間違えると
凶器になってしまう
ということについて
お話ししようと思います。



誰もが一度は聞いたことが
あるかもしれませんけど
うつ病の人に「頑張れ」というのは
禁句だっていう風に言われています。



なぜなら鬱病の人は
ものすごく頑張り続けた人で
そういう人に励ましとか
そういう事していくと
もうそれ以上頑張れないのに



まだ頑張らなければいけないのか
もっと力を出して
何かしなければいけないのかって
そういう風に思わせてしまって



余計に追い込んでしまう結果に
なってしまうからです。



そういう助言や励ましアドバイスっていうのは
使うタイミングが良いと
癒しとか気づきを
相手に与えることができます。



でもタイミングをちょっと間違えてしまうと
凶器となってしまう所もあるのです。



特に指導する立場の人っていうのは
そういうのをきちんと認識しておかないと
大変な目にあってしまいます。



良かれと思ってやっていたことが
知らないうちに
相手を苦しめる結果になってしまうというのは
本当によく聞く話しだからです。



助言するタイミングっていうのは
図で表すと分かりやすいのかなと思って
表してみました。



僕たち人間っていうのは調子が良い時と
悪い時というのがあります。



まずそれは知らなければ
いけないのかなと思います。



そして調子が良い時だと
助言とかアドバイスというのは
生きてきます。



でも調子が悪い時に
励ましとか助言とかアドバイスをしていくと
余計に苦しませる結果になってしまいます。



そういうタイミングがあって
相手の調子によって
よく見ていかないといけないです。



だから相手のことをよく観察して
今だったら調子が良いとか
今だったら調子が悪いっていう風なことで
言う言葉も変えなければ
いけないっていうことがあるのです。



いやそんなこと知ってるって
当たり前に聞こえるかもしれません。



でもそれを知らずにやってしまう人
悪いタイミングの時に励ましとか
アドバイスをしてしまうって人が
本当に多いのです。



だからこうやって説明させて
頂こうかなと思った次第です。



それで調子が悪い時の対応ですけど
相手が調子が悪い時というのは
あれをしたらいいんじゃないか!
これをした方がいいんじゃないかっていう風に
アドバイスをしたくなると思います。



でもそういうアドバイスというのは
ほぼほぼ意味がないって風に言われます。



何故なら調子が悪い人っていうのは
当たり前のことも
なかなかできない状態にいるからです。



普通の人がちょっとの努力で
出来るようなことでも
すごい力を使わないと
できない状態にあるっていう風に
考えたほうがいいのかなと思います。



普通の元気な人でも指示されると
やる気をなくしてしまうってこともあるので
そういうのも頭に入れておく方が
いいのかなと思います。



あれこれ言われると
やろうかなって思ってるのに
とたんにやる気を
なくしてしまうってことがあるのです。



例えば今から勉強しようかなって思った時に
お母さんからあなたまだ勉強してないの
早くやりなさいとか言われてしまうと
やろうと思ったやる気が
とたんになくなってしまって
もういいわって風に
なってしまうこともあるのです。



調子が悪い時ってのは
なおさらやる気が出ないのに
あれをしたらとか、これをしたらとか
いろんなアドバイスをされるけど



でもそれが余計に追い詰められて
悪化させてしまうってことも
なってしまうのです。



症状が悪化してしまうと
回復するまでに余計に時間が
かかってしまうってことがあります。



そうするとお互いに苦しくなってしまう
ということもあるのかなと思います。



援助する方も援助される方も
お互いが苦しんでしまう
ってことがあるのです。



では調子が悪い時に
何ができるのかというと
まずは相手の苦しみ悲しみ
そういうのをしっかりと聞くということが
できるのではないのかなと思います。



人は誰かに苦しみとか痛みとか
そういうのを分かってもらうだけでも
少し癒されていくって部分があるからです。



そして温かく見守るということも
大事なことなのかなと思います。



そうやって相手の回復をじっと待つ
それが調子が悪い人に対して
できることなのかなと思います。



ただ待つ事っていうのは忍耐が必要です
なぜなら調子が悪い人を見ていると
ぼーっとして
何もしていないように見えるからです。



そういう怠けてるように見えると
何か言いたくなってしまう
ということがあるのかなと思います。



でも何か言いたくなったとしても
それをぐっと我慢して温かく見守る
それは忍耐と愛情がないと
なかなか出来ない事だって風に言われています。



本人も何もしていないわけでもなくて
何かしたいっていう風に
思っているわけです。



でもどうにもできなくて
力も入らない
何もできないから
本人も苦しい状態にいるのです。



決して甘えてるわけではない
という風なことを
頭に入れておくことも必要です。



そして回復する兆しっていうのは
どういう時なのかと言うと
相手の方からあれやってみたいとか
これやってみようかな
という風に言い出してきたら
それは回復した証拠で
あるのかなと思います。



決して本人が求めてもいないのに
あれしたらこれしたらって
あれこれ手を焼くということは
精神的に追い詰めてしまうので
それはしない方がいいでしょう。



今日のまとめとして
助言やアドバイスっていうのは
使うタイミングがとっても大事です。



使うタイミングを間違えると
凶器にもなってしまうからです。



せっかくアドバイスをしたのに
余計に回復を遅らせてしまうっていう
そういう残念な結果にも
つながりかねないからです。



調子が良い時というのは
そういう助言とかアドバイスというのは
役に立つでしょう。



でも調子が悪い時に
助言やアドバイスをしてしまうと
余計に相手を苦しめてしまって
回復を遅らせてしまう結果に
なってしまいます。



調子が悪い時には
調子が悪い対応をすることが必要なのです。



それは温かく見守るだったり
相手の話をじっくり聞くことだったりします。



このように助言とかアドバイスっていうのは
言うタイミングってのが
とっても大事になってきます。



適切なタイミングで適切な言葉を
投げかけられるといいのかなと思って
このように説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年09月06日2021年:9月

自分のタイプを知る② 広く浅くのマルチタイプ? 狭く深くの学者タイプ?

今日は自分のタイプを知るのパート2として
広く浅くのマルチタイプなのか?
狭く深くの学者タイプなのか?
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは自分を知るっていうことは
とっても大事なことで
自分を知ることができると
他人に左右されず
周囲に惑わされず
自分らしい道を歩むってことが
できるようになるのかなと思います。



そうじゃないと自分を知らずに
他人と同じような事をして
でもなぜかできなくて
それで自信を喪失してしまうって
こともあるからです。



ここではどれぐらい頭の切り替えが
上手にできているのか?
これは脳の問題なのでその人の努力とか
そういうのは関係なしに体質という風に
言うことができるのかなと思います。



器用に脳を切り替えることができる
マルチプレイヤータイプと
切り替えがちょっと苦手な学者タイプって風に
分けることができると思います。



その割合というのは
あなたはどれぐらいなのか
ということがあって
それを考えてみるのもいいのかなと思います。



人口分布のグラフで表すと
このようになるのかなと思います。



切り替えるのが苦手なものを0として
器用に切り替えることができるのを10します。



大体切り替えるのが下手でもないし
上手でもないっていうのが普通で
普通の人ってのが
一番多くいるのかなと思います。



切り替えるのがもう全くの苦手で
全然できないっていう
0から大体2とか3ぐらいの人ってのは
極端に少なくて



やっぱりこういう人は
どこかでつまづいてしまったり
何か集団にいても
取り残されてしまったりっていうことが
多くなってしまうのかなと思います。



また器用に切り替えることができるって言う
8から10の間で一定数いて
その人はその人なりの持ち味を活かして
活躍していくってことが
できるのかなと思います。



まずは切り替えるのが苦手な人の説明を
させていただきたいなと思います。



切り替えるのが苦手な人っていうのは
あれもこれもって同時に
何かするっていうのはとっても苦手です。



家事でも洗濯をしながら料理をして
子育てしてって
そういう同時に何かするっていうのは
すごく苦手です。



同時に何かを考えるって事が
できないからです。



そういうのでちょっと不器用な人も
多いのかなと思います。



また普通の人よりも
ちょっと遅れてしまうってるとこがあります。



たくさん覚えることでのも苦手で
別の動作をするにしても
一つの動作から次の動作に行くっていう
その切り替えるってのもなかなか難しいので
やっぱり遅れてしまうってことが
あるのかなと思います。



そういうので普通の人よりも
失敗とかミスっていうのが
多くなってしまうというのも
この人の特徴なのかなと思います。



また人間関係にしても
会話で切り替えるっていうことが
ちょっと苦手なので
一つの会話から次の話題へっていう風に
切り替えるのが
頭がついていかない時もあります。



話題についていけずに
癇癪を起こしてしまうってことも
もしかしたらあるのかもしれません。



一人だけ何か取り残されたような感じに
思ってしまうこともあるかもしれませんし
小さい子供だったら
自分だけ話題についていけずに
なんでだっていう風に
怒りがこみ上げてくるってことも
あるかもしれません。



自分の力ではどうにもできないことで
脳が切り替わってくれないって
ことがあるからです。



ということで仕事もやっぱり人よりも
覚えるのは遅いですしで
人間関係も作るのも
ちょっと苦手なところもあって
そういう人ってのは嫌われたいとか
怒られたりっていう
そういうことも多いのかなと思います。



というので辛い思いをしているっていう人も
多いのかなと思います。



でもそういう人は
大器晩成型っていう風に言われています。



同時に何かをするっていうことは
すごく苦手なのですけど
一つのことに取り組んだら
ものすごい集中力を
発揮するってことができます。



そういうので一つの分野においては
コツコツと小さいものですけど
積み重ねることができてて
最後にはその分野においては
ものすごい大成功を納めるって事が
出来るのかなと思います。



そういうので学者さんとか
スポーツの分野において
成功する人っていうのも
そういうちょっと不器用で
頭の切り替えが遅い人が
多いのかなと思います。



そういう人は狭く深くってことが得意なので
最初は人よりも不器用で
覚えるのが遅いかもしれませんけど
でも最後には究めることが出来て
大成功を収めるってことができるのです。



そんな感じで
自分が学者肌だと自覚するってことは
とっても大事なことです。



器用に立ち回るってことは
苦手かもしれません。



でもこれだと思う
自分の専門分野を見つけてて
それを深めていくことで
その人にしかできない
大きな成功を収めるってことが
できるようになるのかなと思います。



それがその人の力を発揮できて
存分に活躍できる
そういう分野なのかなと思います。



次に切り替え上手な人の
説明をさせていただきます。



切り替えが上手な人っていうのは
器用になんでもこなすってことが出来ます。



覚えるのも早くて
仕事ができる人ってのも多いでしょう。



頭の回転も速くて
話題を次から次へと
提供するってこともできます。



一つの話題から次の話題へ
また次の課題へって
頭の切り替えが出来るからです。



そういうので
人気者になっている人っていうのも
多いかもしれません。



小さい頃っていうのは
天才っていう風に言われている人も
多いかもしれません。



努力していないのに
なぜか人の倍以上できると思います。



でもそういう人っていうのは
普通の人以上に
ある程度何でもできてしまう
ということがあるので
コツコツ積み重ねて
何かやっていくってことが
とっても苦手なのかなと思います。



それはある程度できてしまうので
それ以上集中して
何かやる必要がないってことで
集中力もつかないってことも
あるのかもしれません。



器用貧乏っていうことで
広く何かできるかもしれませんけど
深める事っていうのは
難しくなってしまうのかなと思います。



ある程度のことはできるけど
それ以上深めていって何かしようとしても
集中力も持たずに
やる気もないないから
やっぱりどうしても浅いっていう風になって
薄っぺらいイメージが
ついてしまうのかなと思います。



そういう人ってのは
集中するってことが難しいというのを
自分で自覚するってことが
大事なのかなと思います。



集中して一つの事を
積み重ねていくって事は苦手なので
広く浅く活躍していくってことが
その人の活躍する場所なのかなと思います。



ここまで説明してきましたけど
器用にできる人ってのはウサギっていう風に
例えることができるのかなと思います。



最初から何でもこなすことができて
努力しなくても
人よりも倍以上に何かができるっていう
そういう天才肌っていうのは
多いのかもしません。



でも何か集中してやるとか
積み重ねてコツコツしていくっていうことが
とっても苦手なので
ある程度はできるかもしれませんけど
でもある程度止まりで
そこから深めていくってことは
苦手な人が多いのかなと思います。



そういう人は広く浅くの分野でもいいから
マルチで活躍していく
それがその人の生きる道なのかなと思います。



逆に頭の切り替えが遅い人っていうのは
初めは覚えるのが遅いかもしれません。



人よりも努力しても
成果が上がらない時もあるでしょう。



でもそういう人は一つの分野を見つけたら
すごい集中力を発揮することができて
誰よりもその分野においては
深めて活躍していけるって事が
あるのかなと思います。



そういうので
不器用な亀さんタイプっていう風に
例えることもできるかもしれません。



ウサギさんタイプにしても
亀さんタイプにしても
どちらも長所もあるし短所もあります。



そういう自分はどのタイプなのかを知って
どういう長所があって
どういう短所があるのかって
そういうの知って
自分らしい生き方をしていくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は頭の切り替えが
どれぐらい早くできるのかっていう
そういう割合で
頭の切り替えが器用にできる人と
切り替えが苦手な人のタイプについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年08月30日2021年:8月

自分のタイプを知る① あなたは繊細さんか? どれとも鈍感さんか?

今日は自分のタイプを知るの①として
あなたは繊細さんか?
それとも鈍感さんか?
ということについて
お話ししようと思います。



自分のタイプを知るっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



自分のタイプを知らないと
出来る事と出来ない事っていうのが
わからずにいて
出来ないことまでも無理して
しようとしてしまうってことが
あるのかなと思います。、



また周りの人に流されて
自分の得意ではないことを
一生懸命しようとして
それで出来なくて
自信を喪失してしまうってことも
あるかもしれません。



自分には何が向いていて
何が向いていないのかっていうのを知って
得意なことを伸ばしていく
苦手なことは少し諦めていくってことは
大事なことです。



今日は人の感情をどれくらい敏感に
受け取ってしまうのかっていうことの
タイプを説明して
いけたらいいのかなと思います。



敏感に相手の感情を感じ取れる人と
何にも感じ取れない人がいます。



その割合はどうなのかっていうので
人によって変わってくるのかなと思います。



その割合をグラフで表すと
少しわかりやすいのかな
と思って表してみました。



人の感情をすごく感じ取ってしまう
敏感な人っていうのを0としてて
全然人の気持ちを感じ取ることが
できないっていうのを10とすると
大体グラフでは普通の5の人が多くて
両極端の人は少ないっていう風に言われます。



大体は敏感でも鈍感でもなくて
どちらかといえば3とか4とかの
敏感の部類に入るのかなとか
6とか7でちょっと鈍感な部類に
入るのかなっていう
そういう人がほとんどなのかなと思います。



また0から3とか
それぐらいの部類に入る人っていうのは
だいたいが少数ですけどいます。



そういう人は繊細さんとか呼ばれていて
ちょっと傷つきやすい
すごく相手の感情を感じ取ってしまう
っていうことがあるのかなと思います。



8から10の鈍感な人っていうのもいます。



そういう人もほんと少数だけど
人の気持ちがなかなか理解できないとか
そういう人でいます。



先ほど言ったように大体の人は平均的で
両方持ってるって人がほとんどです。



でも両極端の繊細な部類だけしか
持ってないとか
人の気持ちがなかなか理解できない
鈍感な部類しか持っていない
っていう人がいます。



そういう人っていうのは
普通とは違う感覚を持っているので
何か違和感を感じたり
ちょっとすれ違ったりするってことが
多くなってしまうってことが
あるのかなと思います。



まず敏感な人の説明ですけど
敏感な人っていうのは繊細さんとか
今だったらHSPの人っていう風に
言われることが多いのかなと思います。



騒音とか物音とかそういうことでも
気になってしまうってことがあって
それは性格ではなくて
そういう体質っていう風に言われています。



そういう人は相手の感情にも
敏感に感じ取ることができて
相手の表の感情だけでなく裏の感情も
素早く読み取ってしまうってことがあります。



それでその裏の感情を感じ取ってしまうので
影響を強く受けてしまうってことがあります。



相手の感情を
自分の感情のように受け取ってしまって
その人の感情に支配されてしまうって
こともあるのかもしれません。



そういうので相手の感情を
強く受け取ってしまうことがあって
必要以上に傷ついてしまうって
こともあるかもしれません。



相手の言動に強く
左右されてしまうってことがあります。



そういう人っていうのは自分は大体後回しで
相手が優先っていう人が多いのかなと思います。



それは自分が傷ついた経験があって
痛みがすごくわかるからってこともあります。



そういう人で困ってる人を見ると
見捨てられないってことがあって
必要以上に自分を犠牲にして
相手を助けてしまうっていう
そういう人も多いのかなと思います。



また相手の感情にも敏感に
察する事っていうのができるので
人の気持ちに寄り添うっていうことが得意です。



そういう意味でカウンセラーとか得意ですし
また相手の感情を強く読む
ということができるので
スピリチュアルな能力も
もしかしたら持ってるって事もあるので
占い師なんかも得意な分野なのかなと思います。



人の援助を進んでやるっていうことから
看護師なんかも向いているのかもしれません。



そういう風に敏感な人の職業として
誰かの役に立つとか
誰かのお世話をするとか
そういうことが得意なのかなと思います。



敏感な人っていうのは
小さな変化にも感じ取ることができて
誰々が髪を切ったとか
ちょっと痩せたとか背が伸びたとか
そういう些細な変化でも感じ取って
それを伝えることができるのかなと思います。



また映画とか芸術とかそういうもので
強く感動したりすることが
できるのかなと思います。



映画でのその相手の感情に
移入しやすかったりとか
芸術でも作者の感情に移入して
その人の思いを感じ取ることができたりとか
そういう風な能力も
長けているのかなと思います。



また人の感情を感じ取ることがあるので
人混みが苦手っていうこともあるでしょう。



騒音も苦手ということもあって
普通の人よりも疲れてくるってことが
あるかもしれません。



敏感な人は必要以上に
相手の感情を読み取ってしまうので
一人の時間を取って
十分にリラックスするってことが
大事になってきますし
相手の距離をとっていくってことも
必要になってくるでしょう。



心理的な距離も必要ですし
物理的な距離もとっていくってことも
もしかしたら必要になってくるかもしれません。



また同じ繊細な人の仲間の中にいることで
癒されていくってこともあるでしょう。



普通の人とか鈍感な人の近くにいると
どうしても影響受けてしまって
疲れてしまうってことがあるからです。



そんな感じで繊細な人っていうのは
傷つきやすいから
自分を癒すっていう時間を
取っていくことも大事になってきます。



次に鈍感な人の解説をさせていただきます。



鈍感な人っていうのは
人の気持ちを理解するってことが
難しいっていう人もいます。



なのでそんなに悩まないって人も
多いのかなと思います。



もしかしたらジャイアン的な感じで
自分を優先しがちっていう人も
多いのかもしれません。



また自分を優先するってことで
自分に合わせて欲しいってことで
無理に攻撃的になって自分の方向へ
相手を向かそうとするってことも
あるのかもしれません。



そういう意味で繊細さんとは違って
自己中になりがちになってしまうって
こともあるのかもしれません。



また空気が読めない
相手の感情を読めないので
場違いなことをしてしまって
相手を不快にしてしまっているって事も
気づかないうちにあるのかもしれません。



そうやっていつのまにか
嫌われてしまうってことも
あるのかもしれません。



自分の意図してないところで
相手から何か嫌われるって事もあって
損をしてしまうってことが多いでしょう。



でも鈍感な人が表立って活躍していくとしたら
堂々としているので
自分の意見をハッキリと言うことができます。



自己主張が強くて
相手に流されないってことがあるからです。



リーダーシップを取って相手を導いていく
いろんな人を引っ張っていく
ってことが得意な人もいます。



また商売上手っていうことがあって
お客さんにいくら断られたとしても
立ち向かう強さがある人も多いです。



諦めないという意味では商売上手で
どんな商売でも繁盛させていく
力強さがあるでしょう。



普通の人では折れてしまうようなところでも
力強く諦めずに
やっていくってことが得意な人もいます。



相手にも流されないと言うので
偉大なリーダーになる人もいますし
大企業の社長さんなんかも
そういう相手の気持ちを読めない
鈍感な人っていうのも多いのかもしれません。



そういう人じゃないと
社長とかリーダーになれないってことが
あるのかもしれません。



自分の行きたい方向をバシッと決めて
私はこっちの方向で行くんだって決めて
みんなを導いていくっていうことに関しては
鈍感な人じゃないとできないのかなと思います。



敏感な人と鈍感な人の説明をしてきましたけど
このように両方とも
長所もあれば短所もあるし
出来る事もあれば出来ないこともあります。



それで自分の出来ることと
出来ないことを知ったうえで
自分に合った生活をしていくってことは
とっても大事なことです。



また繊細な人が特にそうですけど
生きづらさを持っているって事が
あるのかなと思います。



人とはちょっと違ったものを持っているので
理解し難いものがあって
それは性格もあるかもしれませんけど
自分の体質が原因である場合が多いです。



そういう自分の体質とか
自分がどういうものを
持っているのかっていうの知って
きちんと対処をしていくってことが
大事になってきます。



繊細さんは繊細さんなりの
対処方法がありますし
鈍感な人は鈍感な人の
自分の活かし方があって
サポートの仕方ってのも
また違ってあるのかなと思います。



そういうのを知って
きちんと自分らしい生き方を
見つけていくってことが
これから必要になってくる



だから自分がどういうタイプなのかって
いうのきちんと知っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は自分のタイプを知るっていうことで
どれくらい相手の気持ちを
感じ取ることができるのかについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年08月23日2021年:8月

罪悪感が強い人 すぐに自分が悪いと思ってしまう人へ

今日は罪悪感が強い人
すぐに自分が悪いと思ってしまう人へ
ということでお話ししようと思います。



僕たちは罪悪感がないと
すぐに相手のせいにしてしまう
っていうところがあります。



自分が悪くないって思っている人は
反省もしないから
当然全て相手のせい
相手が悪いっていう風にしてしまいます。



自分が悪くないんだ
何かあったら相手が悪いんだっていう風に
してしまうことがあります。



そういう意味で
適当な罪悪感というのは
必要な場合もあります。



何か間違いを起こすとしたら
自分が悪かったかもしれないっていって
反省して次回に生かそうとするってことは
大事なことだからです。



でも強すぎる罪悪感とか
大きすぎる罪悪感っていうのは
逆に自分を苦しめてしまうってことがあります。



ずっとずっと罪悪感を
持ち続けてしまうっていう人がいます。



そういう人は心の中で何回も何回も
自分は最低な人間だ
自分はバカな人間だ
なぜあの時にあんなことを
してしまったのだっていって
自分で自分を罰し続けて
苦しみ続けているって言う人がいるのです。



でも残念ながらいくら自分を責めたとしても
後悔ばかりでなんの解決策にも
繋がらないってことがあります。



自分を責めている時っていうのは
建設的に何かを考えるって事ができずに
ただただ自分を責めて
罰するっていう事だけしかしていないので
次につなげようとか
新たな対策を立てようとか
そういうことを考える余裕がないのです。



そういう落ち込んでる人がいると
当然周りの人もなだめたり励ましたりして
気を使わなければいけなくなってしまいます。



多少だったらそういうことをしても
大丈夫でしょうけど
ずっとずっと落ち込んでいる人を前に
何を言っても、なだめたりしても
聞かない人がいたとしたら
すごく悪影響を及ぼしてしまう
のではないのかなと思います。



そういう罪悪感を持っている人っていうのは
自分を責める癖っていうのが
あるのかもしれません。



ちょっとしたことでも
全て自分が悪いんだということで
自分を責めてしまうっていう
そういう癖があるのかもしれないのです。



自分を責める癖がついてしまう原因として
色々あるかもしれませんけど
その一つとして
誰かに責められてきた経験が
あるって事もあるでしょう。



本当は自分が悪くなくても
お前が悪いんだという風に責められて
自分のせいにされた
悲しい経験があるのかもしれません。



世の中には罪悪感を巧妙に
植え付けてくる人もいるのです。



すぐに環境のせいにしたり
周りのせいにしたり
誰かのせいにするっていう
そういう人のせいにする人がいるのです。



そういう人に捕まってしまうと
言われのない罪悪感を
植え付けられてしまうってことがあるのです。



それを真に受けて
本当は自分が悪くないことでも
自分が悪いんだっていう風に
思い込まされてしまうってこともあるのです。



そういう人に捕まってしまうと
相手の問題までも
自分が解決しなければいけないっていう風に
思い込まされてしまうっていう
ところがあるのです。



巧妙に罪悪感を植え付けてくる
っていうことがあるのです。



例えば会社でも起伏の激しい上司や
感情的に怒る上司がいたとします。



そういう人が機嫌が悪くなってしまうと
自分が何かしたのではないのか
という風に思ってしまうというところが
あるかもしれません。



現にその機嫌が悪い人っていうのは
自分に対して
当たりがきつくなるって事もあります。



でもその上司が機嫌が悪いっていうのは
もしかしたらその上司が
家族で何か嫌なことがあって
機嫌が悪くなったっていうことも
あるのかもしれません。



それはほとんど自分とは
関係ないことなのかもしれませんけど
そういう機嫌が悪い人の前に立つと
緊張状態になってしまって
冷静に考える事っていうのも難しいでしょう。



そういう人から何か怒られたりすると
本当は自分には関係ないところで
あったとしても
自分が何かしたのではないのかっていう風に
思ってしまうっていうところが
あるのかもしれません。



また自分の家庭内の中においても
お母さんが会社で
何か嫌なことがあったとします。



そういうのですごく不機嫌になってしまって
それを家に持ち帰って
イライラしてしまってるって事が
あるのかもしれません。



でもそのイライラは
お母さんが会社で嫌なことがあった
っていうのは考えることができずに
自分が何か悪いことしたから
お母さんが不機嫌になってしまっているのだ
っていう風に自分に原因があるって
考えてしまうってことがあります。



お母さんの感情がどんな風にして
不機嫌になったのかっていうのを
子供のうちは読むことができないのです。



そしてお母さんの言うことは正しいし
お母さんのやってることは正しい
間違っているのは自分だっていう風に
思い込んでしまうことがあるのです。



そんな感じで身勝手な人や
罪悪感を押し付けてくる人から
責められ続け、お前のせいだって風に
されてきたっていうことも
あるのかもしれません。



でも自分だけが悪いわけではないのです。



当然相手にも悪いところがあります。



でも罪悪感を押し付けてくる人から
お前のせいだっていう風に言われ続けて
そして利用されてきたのかもしれないって
いうのを疑ってみるってのは
とっても大事なことです。



そういう意味でも
相手の問題と自分の問題を
見分けるっていうのは
とっても大事なことです。



相手の問題までも自分の問題っていう風に
してしまうところがないのかっていうのを
考えてみる必要はあるからです。



相手の問題は自分のせいではないし
自分が解決する問題でもないのです
相手がきちんと解決しなければ
いけないものでもあるのです。



そういう罪悪感を押し付けてくる人がいて
そういう人に捕まった時に
相手の問題だった突き放そうとすると
何か言ってくるかもしれません。



今まであんだけしてくれたのに
なぜ見捨てるのだ
薄情な人間だという風に
言われるかもしれません。



でもそれを受け流すっていうことは大事で
必要以上に世話を焼かない
相手が解決する問題は
相手に任すってことは大事です。



そうじゃないといつまでたっても
利用され続けるって事があるからです。



そうやって適度な距離を
とっていくってことは大事で
相手の問題っていうのは放っておく
そうすることによって
ちょっとずつ罪悪感というのも
減ってくるのではないのかなと思います。



相手から利用されるって事も
減ってくるではないのかなと思います。



今日のまとめとして
罪悪感を強く持ってしまう人や
ちょっとしたことで自分を責めてしまう
という癖を持っている人がいたとしたら



そういう人はもしかしたら誰かから
本当は相手のせいであるはずなのに
それを自分のせいにされた。



そういう風にして
誰かから罪悪感を植え付けられた
経験があるのかもしれませ
巧妙に罪悪感を植え付けてくる人
っていうのは中にはいるのです。



そういう人は相手の問題までも
自分のせいにされてしまうってことがあるので
気を付けなければいけないのです。



相手の問題と自分の問題というのを
きちんと見分けるってことが大事で
相手の問題は相手が解決する問題であって
自分が解決しなければいけないものではない
っていうに思うことは大事です。



そうやって相手の問題と
自分の問題を見分けて
心理的にきちんと距離をとっていくって
ことはとっても大事なことです。



最初は距離を取ろうとすると
何かひどいこと言ってくるかもしれません。



お前は人でなしだとか
薄情な人間だという風に
罪悪感を植え付けようと
してくるかもしれません
そういう人から何か言われても
受け流すってことも必要なってきます。



自分だけが悪いわけではないのです。



相手にもきちんと責任がある
そういうことを考えることによって
罪悪感を減らしていけるのかなと思います。



そんな感じで
相手の問題を解決しようとしてしまうと
すぐに利用されて
罪悪感を植え付けられてしまうってことにも
繋がってしまうので
心理的な距離をとっていくってことは
とっても大事なことです。



今日は罪悪感について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年08月16日2021年:8月

AかBか迷った時に知ってほしいこと

 

今日はAかBか迷った時に
知ってほしいことということについて
お話ししようと思います。



人生においては
学校選びや会社選びや結婚相手を選ぶなど
重要な選択を迫られる時が
あるのかなと思います。



そういう決断ひとつで
大きく人生は変わってしまうのではないか
という風に思ってしまうというのも
あるのかなと思います。



決断するっていうのは
とっても怖いことで痛みを伴います
なぜなら決断するっていうことは
他の可能性を全て捨ててしまう
ということでもあります。



会社だとしたら
Aの会社を取ったとしたら
Bの会社、Cの会社の可能性を
すべて捨ててしまうってことでもあります。



それはとっても苦痛な時もあります。



当然、AにしようかBにしようかっていう風に
迷うこともあるはずです。



どっちも捨てがたいってことがあって
簡単には決められるものでは
ないのかなと思います。



そういう時は人生ってのは山登りと一緒で
どのルートを通ったとしても
行き着く先は一緒
という風に考えていくと
いいのではないのかなと思います。



必要なものは
どのルートを取っても出てきます。



与えられる幸せであったりとか
必要な課題であったりとか
そういうものからは
どのルートを通っても
逃れられないっていうのがあります。



例えば会社選びでも
どの会社を選んだとしても
つまずくところは一緒っていうことがあります。



人間関係でつまづくとしたら
それはどの会社に行っても
同じようなところで
つまずくってことがあります。



必要な事っていうのは
必ずそこで起こるのかなと思います。



そこで乗り越えなければいけないものだったり
自分で気づかなければいけないものだったり
そういうものはどの会社に行ったとしても
必ず出てくるものなのかなと思います。



当然、結婚相手でも誰を選んだとしても
必要な課題っていうのは出てきます。



そういうのは乗り越えるまで
ずっと出てくるものなのかなと思います。



相手を変えればいいっていうものでは
ないのかなと思います。



たとえこの人はダメで離婚して
また新しい人を選んだとしても
同じような課題に直面するってことは
よくある話です。



だから誰を選ぶかということも
必要なのかもしれませんけど
そこで出てきてる課題に
どう向き合うのかっていうのは
それ以上に大切なことなのかなと思います。



もう一つ重要な事っていうのは
誰かに決めてもらっていませんか?
ということがあります。



自分で決断するっていうのは
とっても怖いことでもあります。



これで合ってるのか
もしかしたら間違ってしまうのでは
ないのかっていう不安は
出てきて当然でしょう。



そういう時に
親に決めてもらうであったりとか
あとは占いで決めるっていう人も
いるのかもしれません。



でも大事なことっていうのは
色んなアドバイスを聞くっていうのは
良いことですけど
でも最終的には自分で決断したか?
というのが大事になってきます。



誰かに決められたことをやったとしても
それが正解だったとしても
後で後悔するってことは
出てくるのかなと思います。



それがもし失敗だったとしたら
相手のせいにして
ずっと相手を恨み続けるって事も
あるかもしれません。



自分で選んで自分で責任を取るっていうことが
誰かに決断してもらうとできずにいます。



あっちの方がよかったって思ったとしても
変更する事っていうのはできません。



過去に戻ってあの時の決断を
違う決断にするってことは
もうできないのです。



だったらその道に集中するってことが
大事になってきます。



もしメニューでカツ丼とカレーがあって
カツ丼を頼んだとしたら
もうカレーのことは頭から
スッパリと抜け出して
カツ丼に集中するっていうことが
大事になってくるのかなと思います。



この道が正解かどうかっていうのは
過去に戻ってどっちの道が
良かったのかっていうのを
比べることなんて絶対に出来ません。



二つの道を比べるって事はもう不可能なのです。



正解かどうかなんていうのは
永遠に分からないものです。



だとしたら答えがわからない以上
この道が正解だっていう風に
自分で信じ込むってことも
必要になってくるのでしょう。



そうするとこの道に集中できるって事が
あるのかなと思います。



無理矢理にでもこの道でよかった思って
この道を信じて続けるって事も
必要になってくるでしょう。



その延長線上で
過去の選択においても
いろいろあったかもしれませんけど



辛いこともあって、苦しいことも
たくさんあったかもしれませんけど
あれはあれでよかったって
思うことができたとしたら
過去が全て肯定されて
幸せになれるのかなと思います。



結局は迷ったらどっちでも良い
という風に結論付つけられます。



なぜなら何を選ぶかよりも
自分で決断したか
そしてその道に集中できるかって
いうことの方が大事だからです。



結局はどの道を選んでも
必要な課題ってのは出てきます。



だったら自分で決めること
決めたらその道に集中することが大事です。



今日のまとめとして人生っていうのは
決断の連続でもあります。



大きな決断をすることというのは
決めるのは苦痛な時もあるでしょう。



これで本当に良かったのか?
正解なのかっていう風に
心配することも出てくると思います。



それは他の可能性を捨ててしまうって
ことにも繋がるからです。



あっちにしておけばもっと良い人生に
なったのではないかっていう風な
可能性を捨ててしまうことでもあります。



だから当然AかBか
迷ってことも出てくるでしょう。



でもそういう時はどのルートを選んでも
行き着く先は一緒っていう風に考えると
少し選ぶのも楽になるのかなと思います。



必要な課題は必ず出てきます。



どのルートを選んだとしても
課題は出てくるものです。



そしてAかBかどっちが良かったっていう風に
比べる事っていうのは絶対に出来ません。



Aを取った時点で
Bのルートはもう消えてしまうので
二つを比べることなんていうのは
できないのです。



正解は分からない
だったとしたらこの道が正解だって
自分で勝手に信じ込むってことも
必要になってくるでしょう。



ということで
僕たちはAかBか迷う時は
たくさんあるかもしれませんけど
どの道を選んでも
結局は必要な課題は出てくるし
行き着くゴールも一緒っていうことで
どの道を選んでも
一緒ってことがあります。



でも大事なことは親に決めてもらうとか
占いで決めてもらうとか
そんなんではなくて
最終的には自分で決断したか
そして決めたらどれくらいその道で
集中するのかっていうことが
大事になってきます。



というわけで
今日はAかBか迷った時の対処方法として
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年08月09日2021年:8月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
僕を含めて5人の方が参加してくださいました。
 
 
 
コロナが広がってきていて
直接集まれる場所がなくなっても
こうやってネット上での交流で
やり取りができるというのはいい事です。
 
 
 
昨日は皆さん、遅れての参加となって
みんな集まったのが9時過ぎということです。
時間に関してはゆるくいっているので、
途中に抜けたり、途中に入ったりと
自由にしていただけたらと思っています。
 
  
 
それぞれがいろんなことをやっていて
活動的だと思いました。
日本拳法をはじめた人もいて
この暑い中ですごいなと思います。
 
 
 
その話を聞くだけでも
刺激になっていて
やっぱりいろんな話を聞くのは
自分にとっても貴重な時間だと思います。
 
 
 
あとは、今の話題でコロナについての
話をしていました。
愛知県の人もいるので、
福井だけでなくて、
外の情報も聞くことが出来ます。
 
 
 
みんな、そんなに心配はしていないようで
広がっていると言っても
死者も減っているので
注意することは大事ですけど、
必要以上に怖がってしまうということは
ないように思えます。
 
 
 
情報がたくさんあって
何を信じていいのか分からない
というのもあると思いますけど、
たくさんの人の意見を聞くことによって
ちょっとでも真実に近いところに
行けるのではないかと考えてします。
 
 
 
こうやって危機的な状況だと
やっぱり人とのつながりは
大切になってくるなと思います。
 
 
 
なので、これからも続けていこうと思っています。
もっと盛り上げていけたらいいので、
ちょっとでも興味があるのでしたら、
思い切って参加してほしいなと思います。 
 
  
 
次回は
ZOOM飲み会
9月10日(金)20時~
参加費 無料
 
皆さんからの参加をお待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。


 

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2021年08月07日2021年:8月

寝ても休んでも疲れが取れない人へ

 

今日は寝ても休んでも疲れが取れない人へ
ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングに来られる人で
うつ病を患っていて
1ヶ月や2ヶ月ぐらいずっと寝ているのに
全然疲れが取れない
こんだけ寝ているのに疲れが取れない
っていう人がおられます。



そういう人に向けてちんと休むための方法を
語っていけたらいいのかなと思って
この動画を撮らせていただきました。



僕たちはきちんと寝ているとか
きちんと休んでいるつもりでいても
体がしんどい疲れが抜けない
っていう時があるのかなと思います。



周りの人もあれだけ休んでいるのに
ボーっとしてるのに
何もしていないのに
なんで元気にならないのかな
なんで疲れが溜まっていて
いつもしんどそうにするのかなっていうふうに
不思議がることがあるのかなと思います。



そしてそういうので誤解されることが
多いのかなと思います
それは体は十分休めているはずだと思います。



でも頭の中でグルグルと考えすぎていて
それで疲労が回復していかない
ということがあるのです。



心配事だったり不安だったり
自己嫌悪っていうことがあると
体は休めていても
脳がフル回転してるような状態に
なってしまうのです。



仕事とか家庭とか友達関係とか
そういうことで不安がって
考えてしまうってことはあるのかなと思います。



そういうのは大抵寝ていても
ずっと考え続けてしまうとか
食事していてもその悩みをもってしまって
集中して食事を楽しめないとか
そういう感じでずっと悩みの中に
いるような状態なのかなと思います。



そういう悩みがある状態っていうのは
脳ていうのは高速回転している状態なのです。



そんな状態で回復するわけでもなし
エネルギーを消費してしまうってことが
あるのです。



それで疲れが取れないってことが起こるのです。



脳のストレスっていうのは
自律神経を通って
全身に影響してしまうってことがあります。



自律神経っていうのを
簡単に説明させていただくと
文字通り自分の力では
コントロールできない神経のことを言います。



手とか足とか目とかは
自分の力でコントロールできると思います。



でも内蔵であったりとか
36.5℃を保つ基礎代謝とか
そういうものっていうのは
自分が意識していなくても
勝手にコントロールしていくものだと思います。



それが自律神経って事だと言われています。



そしてその自律神経にも2種類あって
交感神経と副交感神経ってものがあります。



まず交感神経ですけど
これは車で言うアクセルを意味するもので
運動や仕事など
活発的に活動するための神経です。



何か行動を起こそうとする時には
緊張状態になって
すんなりと行動に移せるってことがあります。



そういう活発的になっていくということが
交感神経ではあるのです。



逆に副交感神経というのは
車で言うブレーキの状態にあたります。



交感神経でアクセルで
どんどんとスピード出していたとしたら
副交感神経ではブレーキで
徐々に徐々にスピードを下げていく
ということがあります。



例えば食事している時とか
お風呂に入ってる時とか睡眠とか
そんな状態をしてリラックスしたり
癒しとか回復に向けてやっていくのです。



そういうのはバランスが大事で
交感神経である
適当な活動をしていくってことも
大事ですし
副交感神経の適度な癒しってことも
大事になってきます。



そういうのは本当にバランスが大事で
交感神経だけが
優位になってしまってもダメだし
副交感神経でリラックスしてばっかりいても
ダメってことがあります。



両方とも適度にやっていくってことが
大事になってきます。



でも今は交感神経が優位になりがちな
世の中になってしまっているのかなと思います。



ストレスや考え事を
抱え込んでしまってるってことが多い状態で
頭を常に緊張状態になって
しまってることがあります。



そうなっていると本来ならリラックスしたり
癒しとか回復をしなければいけないような
場面だったとしても
活動モードになってしまって
ずっと緊張状態が続いてしまうってことが
起こってしまうのです。



リラックスができないと当然
体が回復するってことができません。



疲れが取れないってことが起こるのです。



そんな感じでまず体も休むのも大事ですけど
頭を休むってことを意識するってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



そうじゃないと体をいくら休めても
頭が休まっていなかったら
回復していかないってことがあるからです。



それで頭を休める方法で
マインドフルネスというのは
効果的だと言われています。



瞑想したり
今やってることに意識をする。



没頭するということで
今に集中していくってことです。



食事をするなら
他の事は考えずに食事にだけ集中するとか



お風呂に入るんだったら
なるべく考えないようにしてリラックスして
お風呂のその湯の温度を味わったりとか



マインドフルネスで
集中してやっていくってので
頭を休める効果として発揮していきます。



また一人で悩みを抱え込んでしまっている
人がいたとしたら
そういうのは悶々としてしまう時間が
長くなってしまうのかなと思います。



一人で考え込んでいても
解決につながるってことは少ないと思います。



ずっと考え続けてしまって
眠れない日々を送ってしまうって
こともあるのかもしれません。



そういう時は
誰かに聞いてもらうってことは
とても有効な手段です。



一人でずっと考えてしまってると
グルグルと行ったり来たりって
同じとこを回ってるだけですけど
誰かに聞いてもらう
それだけでもそのグルグルが
解決していくってことがあるのです。



そうやって休んでいても
なぜか疲れが取れないっていう時は
脳が緊張状態になっている
かもしれないというのを
疑ってみる必要はあります。



脳が緊張状態になっているときは
交感神経が優位になってしまっているので
副交感神経を優位にするために
リラックスを意識してやるって事は大事です。



そうじゃないとずっと疲れがとれなくて
体を休んでるのに
回復して行かないってことがあるからです。



ありがとうございました。





 

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2021年08月02日2021年:8月

自信がないのはあなたが悪いわけでなく周りの人の言動が原因

今日は自信がないのは
あなたが悪いわけではなく
周りの人の言動が原因だった
ということについて
お話ししようと思います。



僕達っていうのは自信があるって
言える人っていうのは
少ないのかなと思います。



自分のことが大好きだったり
自分には自信があるって
言ってる人っていうのはとっても少ないです。



ではなぜ自分に自信がないのか
というのを考えていく必要があって
自分がダメな人間だから
ダメな自分は自信を持つに値しないって
思ってる人がいたり



自分には能力が無く
人に優れるものはないという風に
思っていたりするのが原因で
自分には自信がないって思って人が
多いのではないのかなと思います。



でもよくよく考えてみる必要が
あるのかなと思います。



それはたとえ能力が全然なくて
欠点がたくさんある人であっても
自信満々に振る舞ってる人っていうのも
多分周りで一人は見当たりのでは
ないのかなと思います。



逆にすごく仕事もできて優秀で
皆から賞賛をされているのに
なぜか自信がなさそうに見えて
なんかちょっと残念な人っていうのも
多分周りの人に一人はいるのでは
ないのかなと思います。



そういうことを見ていくと
能力があるとかそういうのは
自信には関係ないっていう風なことが
言えるのではないのかなと思います。



そういう勘違いをしている人っていうのは
多いのかなと思います。



自分に自信というのは
周りの人の言動っていうのが
大きいのではないのかな
という風に考えています。



例えばテストで30点でも
周りの人に認められて
褒められたりしている人っていうのは
自信を失われずに済むのかなと思います。



でも逆に90点とか100点とか
すごい高点数を取っている人で
あったとしても



周りから認められないとか
もっともっとできる
頑張れってハッパをかけられて
プレッシャーに感じてる人っていうのは
なかなかそれを自分の自信に持つってことは
できないでいるのかなと思います。



そんな感じで
自分の自信があるなしっていうのは
周りの人の否定とか肯定っていうのに
大きく左右されてしまうのではないのか
なっていう風に思っています。



生まれた頃の小さい赤ん坊で
自分には自信がないって
思って生まれてくる人っていうのは
いないと思います。



どこかで自分に
どれくらいの価値があるかっていうのを
誰かに教えてもらったってことが
大きいのかなと思います。



そして自分の価値っていうのは
誰かに決められてしまって
それをずっとずっと
信じてしまっているって事が
あるのかなと思います。



その価値ですけど
正当な評価が出来な人ってのもいるのです。



骨董品などすごく価値があると思っていても
でもそれは見る人から見ては
価値があるかもしれませんけど
全然価値が分からない人にとっては
ガラクタでただのゴミに見えてしまうって
こともあるのかもしれません。



これと同じように
あなたがどんなに素晴らしい価値を
持っていたとしても



それが見えない
価値が分からない人にとっては
あなたの価値ってのは無いに等しく
見えてしまったり



もしかしたら
ガラクタに見えてしまってる人っていうのも
いるのかもしれません。



そういう人に残念ながら
あなたの価値は全然ない
少ないのだっていう風に
判断されてしまったとしたら
それはとっても残念なことなのかなと思います。



特にその両親とか学校の先生とか
そういう身近な人っていうのを
絶対的に信じてしまうってことは
僕たちはあるのかなと思います。



一度信じたものっては言うのは
大人になってからも
信じ続けてしまうってことがあるのです。



だからこそ判断されてしまった
信じているものっていうのを
一回疑ってみるっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



条件に今まで信じてしまったことの中で
本当は間違っているということも多いからです。



ということであなたに自信がないのは
あなたの価値っていうのを
見る目のない人から
悪い評価をされた
判断されてしまった
ということがあるのかもしれません。



自分は何でダメな人間だ
自分はなんて価値がない人間なんだって
いう風に思い込まされて
しまったってことはあるのです。



でも価値がわかる人
価値を正しく見ることができる人から見たら
誰もが素晴らしい価値を持っている
価値がない人なんて
いないのではないのかなっていうのはあります。



みんなみんな素晴らしい
どこか長所を持っているって事が
あるのかなと思います。



ということで
今日のまとめとして
自分に自信がないっていうのは
自分に能力がないから
自分には良いとこがないから
自分はダメな人間だからっていう風に
勘違いしてしまってるって事が
多いのかなと思います。



そうではなくて
周りの人の評価で
もしかしたら
あなたは価値が分からない人から
過小評価されてしまったってことがあります。



それで自分にはなんて価値がないのだ
自分はなんてダメな人間なんだっていう風に
思い込まされて
自信をなくしてしまってるって
事があるのかもしれません。



それは価値が分からない人がいて
どんなに価値があったとしても
ガラクタに見えてしまう人がいます。



そういう人から
判断されてしまったってことがあるので
そういう人から言われた事っていうのを
信じてはいけないってことがあります。



本当は価値があるのに
本当は素晴らしいものを
たくさん持っているはずなのに
それが正当に評価されなくて



あなたは何でダメな人間だって
言われ続けてしまうと
どんな人でも自分はダメな人間だって風に
思ってしまいます。



それで自分はダメな人間だっていう風に
自信を失っていた
自信を失わされてしまっていたって
いうことがあるのかもしれません。



自分に自信がないっていうのは
自分の原因じゃない
自分に責任があるわけではなくて
周りの人の言動
周りの人の評価ってのが
原因だったってことがあります。



だから自分に自信がないっていうのは
自分がダメな人間だっていう風に
思い込まされてきたってことがあるので
周りの人の言動を疑ってみるって事は
とっても大事なことです。



そんな感じで
自信がないのは自分の責任ではない
周りの人の言動が
たまたま評価されなかっただけだって風に
考え直しをするっていうことだけでも



自分に自信を失ってしまった原因ってのが
分かるというのがあるので
大事なことなのかなと思って
お話させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月26日2021年:7月

自信をつける方法② 自己受容 受け入れることで自信が回復する

今日は自信をつける方法の2番目として
自己受容
受け入れることで
自信が回復するということについて
お話ししようと思います。



前々から言ってるように
自信をつける方法として
優れた人を目指すとか
人よも何か特別な能力があるとか
人も何かできることが増えるとか
そういうのを目指すっていうのは
とてもハードルが高いことです。



そうじゃなくてダメな自分がいたとしたら
そういうのを思い切ってさらけ出す
そしてそのダメなところを受容する
受け入れていく
そういう自信をつける方向
っていうのもあるのです。



僕たちがなぜ自信を
なくしてしまうのかと言うと
自分をダメ出しするってことも多いと思います。



自分を責めてばかりいると
自信なんて持つことって難しいと思います。



受容するっていうのは
ダメな自分を好きになるって事ではなくて
ただただ受けれていくっていうことです。



これはちょっと誤解しやすい所が
あるのかなと思います。



ダメな自分を大好きになるわけでもないのです。
ただ受け入れるって言う事です。



受け入れるって言うのは
ダメなところを許すであったり
良い意味で諦めるっていうことでもあります。



それはマイナスをプラスに
持っていくのではなくて
ゼロの地点に持っていく
っていうことでもあります。



しょうがないかっていう
そういう心境なのかなと思います。



開き直りでもういいやって感じで居直ったり
もうダメでもしょうがないということで
降参していくということでも
あるのかなと思います。



ダメとなっている部分が
しょうがないとなる
ダメがまあまあいいか
ダメが良いに変わることによって
少し受け入れることが
できるようなるのかなと思います。



そうやって受け入れることができるようなると
自分を責めなくなる
自分を嫌いなるって事が
少し減っていくのかなと思います。



そうすると自ずと自信っていうのは
失われずにすむのかなと思います。



もしこんな自分なんてダメだ
なんてことしてしまったんだとか
そういうことを思ってしまう時が
あったとしたら
まあいっかで変換する
そうすることで
少し自分を受け入れるって事が
出来るのかなと思います。



そういう「まあいいか」というのを唱えていく
それも一つの受容するための方法だと思います。



こんな自分はダメが
まあいっかに変わるだけで
ずいぶんと楽になっていくと思います。



自分を責めるのは自分だけである
誰も責めていません。



勝手に自分で自分のことを責めて
勝手に自信をなくしてしまってる
という事が多いのかなと思います。



ダメな自分を許せたりすると
相手の駄目な部分っていうのも
許せるようになります。



そうすることによって
心が広くなっていく
っていうのもあるのかなと思います。



こんなダメな自分でもいいか
と思えることができたとしたら
相手のちょっとした欠点とか
そういうのも自分もできていないから
相手もできていなくてしょうがないか
という風になって許せることが
あるのかなと思います。



もっともっと自分に甘く
生きていてもいいのかなと思います。



自分のできないとことか
弱いこととか情けないところを許して
意味で諦めていけたら
自分に優しくなって
楽に生きていけるように
なるのかなと思います。



もう出来ないことは出来ない
良い自分になんてなることなんて
できないですし
なる必要ももしかしたらないのかもしれません。



僕たちは人間だから
強いところもあれば
素晴らしいところもたくさんあると思います。



でも弱い部分もたくさんあるし
ダメな部分もたくさんあるのです。



そういうのを受け入れていくってことは
とっても大事なことです。



もしかしたら
僕たちは自分の器以上に
なろうとしていたところも
あるのかなと思います。



できないところを許せなくて
必死に自分以上の基準を高くして
出来ないところを直して
出来る自分にならなければいけないって
思っていたところもあるのかもしれません。



そういう自分の器以上のことをしようとして
それが出来なかったら
なんて自分はダメな人間だ
というふうに落ち込んでしまうって事が
あったのかなと思います。



でも僕たちはほんと人間だから
大した事なんてできません
弱いところもたくさんあるし
情けないところもたくさんあるし
醜いところもたくさんあります。



そういうダメのところを持っているというのが
どうしても人間としてあるのかなと思います。



それが僕たちの限界でも
あるのかなと思います。



だからこんなダメな自分でも
もうしょうがない
受け入れることができたとしたら
それで自分を責めなくなって
自信というのが
少し回復していくのかなと思います。



自分を責めている
こんな自分なんてダメだって
ダメ出ししていることが
自信をなくす原因となっているからです。



ということで自信っていうのは
ダメな自分を良い自分にしようとする
ということではなくて



自信というのは失ってしまっている
ということがあると思うので
失った自信というの回復していく



つけるものではなく
回復するものだって風に考えることが
自信をつけるための方法として
良いのかなと思います。



今日のまとめとして
ダメな自分を受け入れていくっていうことは
好きになることではないです。



そのダメな自分を大好きになったり
ダメな自分を認めていくことではなくて
ただただ諦めて許していくこと
しょうがないっていうふうに
諦めていくということです。



人間である以上
良い自分なんてなれないのかなと思います。



ダメなところもたくさんあるし
醜いところもたくさんあります。



弱いところもできないことも
たくさんあります。



それが人間としての限界なのかなと思います。



そういう良い自分になろうとするとか
ダメな自分を変えようとかするのではなくて
ダメなところを許して



まあいっか
しょうがないかっていう風に
受け入れていく
諦めていくってことが
大事なのかなと思います。



そうすることによって
自分を責めるって事が少なくなって
失った自信ってのが
回復していくってことが
あるのかなと思います。



自信というのは
ダメな自分を克服して良い自分になろうとか
人よりも優れた人になろうとか
何か一人もできることを増やそうとか
そうやって頑張ってつけるものではなくて



失っていた自信っていうのを
回復していくってことが大事になってきます。



自信というのはつけるものではなくて
回復していくものなのだって風に
考えていただけたら
ちょっとは自信というの
簡単に取り戻せるのかなと思います。



今日は自信をつける方法の2番目として
自己受容
受け入れることで
自信を回復することができる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月19日2021年:7月

自信をつける方法① 自己開示 さらけ出すことで重荷を下ろせる

今日は自信をつける方法の①として
まず自己開示
さらけ出すことで
心の重荷を下ろせるということについて
お話ししようと思います。



僕の思う自信のつける方法として
人よりも何か優れてるものがあるとか
人よりも何かができるとか
そういうことをして
自信をつけようとするっていうのは
もろい自信という風に考えています。



自分よりもできる人が現れたりとか
優れてる人が現れた時に
途端に劣等感に変わって
自信がなくなってしまう
ということがあるからです。



それよりも劣ってる自分とか
ダメな自分というのを
受け入れてく
認めていくっていうことすることによって
折れない自信がつくのではないのか
なっていう風に考えています。



そこでまずダメな自分を受け入れる前に
しなければいけない事っていうのは
ダメな所っていうのは
すぐに隠してしまおうとする
といういことが多いのかなと思います。



そうやってダメな自分を隠して
できる自分とか
人よりも優れてる自分っていう風に
飾ってしまうってことがあるのかなと思います。



それを飾りを外して
ダメな自分というのをさらけ出すっていう
そういう自己開示ってことが
必要になってくるのかなと思います。



ダメな自分っていうのは
人よりも劣ってる自分であったり
弱い自分であったり
情けない自分っていう場合が多いです。



そういう人よりも何か出来なかったり
劣っているとか
マイナスの自分っていうのは
隠してしまうとするってことが
多いのかなと思います。



そういうダメな自分を出すと
誰かに怒られたいとか
恥をかいたりとか
嫌われてしまうんではないのかっていう風に



そういう不安が
自分の中でかりたたられて
余計にダメな自分を出せないっていう風に
なってしまうのかなと思います。



そういう不安が起こるっていうのは
実際に傷ついた経験が
あるって言う場合が多いです。



過去に何か傷ついた経験があって
もう二度とあんな思いしたくないって
思うことがあって



だから立派でなければいけないとか
できる自分でないといけないとか
強くなければいけないとか
そういう風に思って
弱い自分を必死に隠そうと
してしまうってことがあるのかなと思います。



それは誰にでも
心の傷っていうのはあるのかなと思います。



ダメな自分がバレないように
必死に隠して
できるフリをするっていうことがあります。



傷が深ければ深いほど
心の傷が大きければ大きいほど
注意深くなって
慎重になってしまうところがあります。



だからできない自分って言うの
必死に隠そうとして
できる自分であることを
アピールしようとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



でも隠し続けるっていうのは
とってもしんどいことで
本当の自分を必死に隠して
ずっと飾っているっていうのは
すごく疲れることです。



こんなダメな自分を
出してはいけないというので
ずっと緊張状態で
気を張ってなければいけないって
ことになってしまうからです。



そういう隠していた自分っていうの
ダメな自分っていうのを
思い切ってさらけ出してみる
そうすることでさらけ出すことで
飾りを捨てることができます。



今までずっと仮面をかぶって
できるフリをしていたというのがなくなって
本当の自分で生きられる
素の自分で生きられるって事が
できるようになるのです。



でもさらけ出すっていうのは
とっても勇気がいることで
ダメな自分を出すと
またあの時みたいに
怖い思いするのではないかとか
嫌な思いをするんじゃないのかっていう
そういう不安が起こってくるはずです。



そういうので
とっても難しいことなのかなと思います。



でもそういう不安な事っていうのは
なかなか起きないってことがあります。



昔は弱い自分でいたりとか
ダメな自分があると
嫌な思いをしてきたのかもしれません。



でも今はそんな思いをなかなかしない
というのがあって
思ってることは起きない
っていうことがあるのかなと思います。



それどころか弱い自分を
さらけ出すことができたとしたら
もしかしたら
周りの人に喜ばれるっていうことも
あるのかもしれません。



みんな弱者に優しいいっていうことがあります
昔みたいに弱い自分でいることがダメで
強い自分でならなければいけない
そうじゃないと怒られたり
嫌な思いをしてきたってことが
あるのかもしれませんけど



でも弱い自分を出すことによって
周りの人も飾らなくてもいいし
弱い自分でいることで
素の自分が出せて楽になることで
周りの人ももっと楽になるって事も
あるかもしれません。



そういうことで弱い自分を出すことで
逆に喜ばれるって事もある
そういう世界もあるって事も
ちょっと知ってほしいなと思います。



強がっていても
余計に嫌われるって事があります。



意地張って強がっていると
何かとつきにくくなるって事が
あるのかなと思います。



誰に対してもバリアを張ってるような感じで
心を開けなくって
常に強い自分とか
優れている自分であろうとして
ピリピリしている状態があるのかなと思います。



そっちの方が嫌われるし
何かとつきにくくなって
人から敬遠されるってことが
あるのかなと思います。



しかもうまく隠しているつもりだったとしても
大抵はバレているって事があります。



みんなあなたはそんなに強くないし
そんなにできる人ではないってことが
もう知れ渡ってるのかもしれません。



でも一人で、いや自分はそうじゃない
できる人間だとか
優秀な人間だって
そういう証明を取ろうとして
いきがっているだけってことも
あるのかもしれません。



そういう重荷を下ろすことができたとしたら
周りの人も楽に接することも
できるようなるのかなと思います。



自分は隠していると周りにも
それを触れてはいけないっていう風になって
ちょっと遠慮して話ししたりとか
そういうこともするのかもしれません。



そんな感じで
うまく隠してるつもりだったとしても
大抵はバレているっていう事があります。



最後は本当に勇気を持って
さらけ出すってことが必要になってきます。



思い切って今まで隠していた
ダメな自分・弱い自分というのを
隠すのやめてみる
ダメな自分をさらけ出してみる
これはもう本当に
最後は勇気だけなのかなと思います。



怖い思いをするのではないのかとか
嫌われるじゃないのとか
バカにされるんじゃないのかっていう
そういう不安は
起こってくるってことはあるけど



でもそれをそういう不安を乗り越えて
飾り外すことができたとしたら
大きく自分を変えるために
一歩踏み出すことができるのかなと思います。



飾りを外すことができたとしたら
人の目を気にならなくなります。



強くなくてもいいし
できる自分を演じなくてもいいっていうのは
とっても楽なことで
力が抜けて
自分らしい生き方が
できるようになるのかなと思います。



そうすることで
自ずと自分に対しての自信というのも
生まれてくるのかなと思います。



今日のまとめとして
過去にダメな自分でいることで
嫌な思いをしてきたっていう人が
あったとしたら
自分はできる人間で立派だって風に
証明しようとし続けてしまうってことが
あるのかなと思います。



でもそういうできる自分であったりとか
優秀な自分でいるって事は
とっても疲れてしまいます。



だからそういう立派な自分っていうのを止めて
ダメな自分がいてもいい
弱い自分でいてもいいってことで
そういうのをさらけ出すことができたとしたら
もっと楽に生きていけます。



どうせ弱い自分とか
優秀じゃない自分っていうのは
周りの人にバレているって事があるのです。



思っているような怖い思いを
するのではないのかっていう風に
不安があるかもしれませんけど
みんな弱者に優しいってことがあります。



だからそんな怖い思いをするってことは
なかなかないのかなと思います。



逆に飾っている方が
嫌われてしまうってことがあります。



とつきにくい人間として見られてしまって
あの人の前でいると
なぜか本音で話せなくなったりとか
気を遣われてしまうってことが
あるのかもしれません。



だから怖いかもしれませんけど
ダメな自分でいうのを
勇気を持ってさらけ出してみる
本当は自分はこんな人間ですっていうのを
さらけ出してみる



そうすることで
素の自分で生きていけるように
なるって事があります。



飾りを外すことができた時に
自分らしく生きていけて
それが自分の自信につながっていくって
ことがあるのです。



そういうことで
今日は自己開示ということで
さらけ出すことで
自分らしく生きていけることができる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月12日2021年:7月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて4人の方が
参加してくださいました。 
 
 
 
ただ、僕の中では
惰性で続けているだけになっていて
だんだんと参加人数も減ってきて
もうやめようかと思っていました。
 
 
 
それで、コロナもだんだんと落ち着いてきたので、
ネット上での交流でなくて
リアルでの交流をやっていこうと
思っていたのです。
 
 
 
でも、参加してくれる人で
強い要望があって
続けてほしいということなので、
これからもしばらくはやっていこうと思います。 
 
  
 
僕たちは大人になると
友達つくりの場所って
あまりないと思います。
 
 
 
学生だった時は同じような年代と
集まる場所があったので、
容易に友達を作ることができましたけど、
社会人になると途端に交流の場が減って
自分と似たような人と会う時って
あまりないと思います。
 
 
 
僕の場合も社会人になった時に
友達との交流が途端に減ってしまって
孤独感をずっと感じていました。
特に交流するのが下手で
友達をうまく作れなかったというのもあります。
 
 
 
僕と似たような人がいるはずで
仕事場以外で交流を求めているというのは
あるのかなと思います。



定期的に会うことで
だんだんと打ち解け合うこともできて
仲良くなってくるというのもあります。
 
 
 
そういう交流の機会と場所を提供して
孤独を感じている人や
自分を出す場所がない人に向けて
やっていけたらと思います。
 
 
 
今回は仕事の悩みとか
趣味の話などを中心に
話を聞いていきました。
 
 
 
みんな、仕事では悩みがあって
それをどこかで話したいと思っているのです。
趣味のことでも
みんなに相談することで
広がっていくこともあるでしょう。
 
 
 
誰かに自分のことを聞いてもらうというのは
とっても大切なことだと思いました。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
8月6日(金)20時~
参加費 無料
 
 
 
あなたからの参加を
お待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。




 

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2021年07月10日2021年:7月

自信ではなく優越感をつけていませんか?

今日は自信ではなく
優越感をつけていませんか?
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは自信がない時に
自信をつけようと思う時があります。



そうする時っていうのは
たいていが自分を向上させるために
何か頑張ってやったりとか



あと人よりも何か優れてるものとか
得意なもの、できるものっていうのを見つけて
それを伸ばそうとするってことが
あるのかなと思います。



たしかに人より何かうまくなったり
そういうのがあると特別感というのを持てる
ってのはあります。



それが自分に自信につながる
ってこともあるでしょう。



でもそれっていうのは
人と比べて自分の方が優秀だっていう風に
感じているって事があるので
それは自信ではなくて
優越感を感じているだけなのかもしれません。



だからもし自分よりも
出来る人が現れたりしたら
途端に自分が出来ないっていう風に
レッテルを貼られてしまって
自分なんてダメな人間だという風に
思ってしまうことがあります。



そうなるとその優越感が劣等感に変わって
自信というのも崩れ去ってしまう
って事があるのかもしれません。



そういうのは間違った自信の付け方でも
あるのかなと思います。



人よりも何か優れたり
何か出来る自分でいたりとか
良い人を目指すっていうことは



常に頑張り続けなければ
いけないっていうことで
すごく疲れてしまいますし
とてもハードルが高いことなのかなと思います。



気も抜けなくって
自分を向上させようとして
自分にハッパをかけているっていう
状態なのかなと思います。



そういう優越感だけど
他人に左右されているうちは
とても脆い自信に
なってしまうってことがあります。



優越感を感じてるだけでは
本当の自信に繋がらないって
いうことがあるのです。



本当の自信というのは
他人に左右されないですし
できる証明なんて要りません
だから頑張り続けるという事を
しなくてもよくなります。



そのためには
まずはダメな自分とか
劣っている自分っていうのを
すぐに隠そうとしてしまうってことが
あるのかもしませんけど
でもそういうのを認めていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



ダメな自分を隠して
人よりも何か優れたり
何かが出来るようになったりってしても
それは上辺だけのことになってしまいます。



すぐにそのメッキが剥がれて
ダメな自分っていうのが
顔を出そうとしてしまうってことがあります。



だからまずは自分の自信をつけるためには
土台を作っていく必要があります。



家でも何が大事かって言うと
基礎工事が大事だっていう風に言われています。



その基礎工事の上に
きちんとした建物が建つから
安定したものがあって



基礎が不安定だと
その上に建つ建物も不安定になって
どんなに良い建物を建ったとしても
そこで安心して住めないことがあるでしょう。



人の土台というのは
まず自分を認める事って
いうところから始まります
それはダメな自分を認めるって事が
とっても大事なことなのかなと思います。



ダメな自分っていうのは
なかなか認めることってのは
できないかもしませんけど



もしそういう自分を肯定することが
できたとしたら
人よりも何か優れなければいけないとか
何か出来なければいけないって
そういう思う必要もなくなってきます。



だから頑張るのをやめれて
自分らしく自分のペースで
生きていくことができるようになります。



自分を肯定する方法ですけど
ちょっと長くなるので
また別の動画で解説して
いけたらいいのかなと思います。



今日のまとめとして
僕たちは自分に自信をつけるために
人よりも何か出来たりとか
人よりも優れてるものがあるとか
そういうことを探そうとしたり
そういうものを身につけようとするって
ことがあるのかなと思います。



そうやってやっているうちは
常に人よりも優れなければいけなくなるので
頑張り続けなければ
いけないってことがあります。



ちょっとでも気を抜いてしまうと
人よりも劣ってしまう
ダメな自分が出てきてしまうって
ことがあるからです。



でもそれは自信ではなくて
もしかしたら優越感を感じているだけ
なのかもしれません。



そういう優越感を感じているだけ
だったとしたら
自分よりも優れた人がでてきたり
出来る人が現れたりすると
途端に劣等感に変わって
自分なんてダメな人間って
落ち込んでしまうって事があります。



本当の自信っていうのは
優れた自分になろうとするのではなくて
自分のダメなところを肯定していく
っていうところが大事になってきます。



プラスを伸ばそうとするのではなくて
マイナスをゼロに戻すっていう
そういうイメージなのかなと思います。



そういうことしていくので
できる証明って言うの
やっていく必要はありません。



人よりも何か優れていなければ
いけないっていう
そういう思いも少なくなってきます。



だからこそ頑張る必要がなくなって
自分のペースで生きていける
ってことがあります。



そうやってやっていくことによって
ありのままの姿でいられるように
なるのかなと思います。



そういうのが自分らしい生き方って
いうことがあるのかなと思います。



そういうことで
自分に自信をつけようとする時に
何か頑張って
人よりも優れてるものを身につけようとか
人よりも何か出来ることを伸ばそうとか
そういうことで頑張るのではなくて



自分なんてダメだって思ってる
そのダメなところを肯定していく



そういうことをすることによって
本当の自信というのが
生まれてくるってことを
今日は説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年07月05日2021年:7月

親世代の価値観は変わらない

 

今日は親世代の価値観は変わらない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは親から色んな価値観を押し付けられて
生きているのかなと思います
あれしなさいこれしなさい
これはしてはダメということを
ずっと言われているって事が
あるのかなと思います。



それが自分の価値観と合っていたら
問題はないのでしょうけど
でも大抵は自分がやりたくないことを
押し付けられるって事があるのかなと思います。



そういう時に
自分のことなんてなんにもわかってくれない
ということがあって
親子間で衝突してしまうっていうことも
多いのかなと思います。



なんでもっと親は
自分のことを理解してくれないんだ
もっと今の時代のことを
理解してくれないんだって
そうやって悶々としている人ってのも
多いのかなと思います。



それは僕たちは
親世代と自分の世代では
全く違う生き物と言ってもいいぐらい
考え方が違うってことがあります。



昔は価値観っていうのは
そんなにも変わらなくて
江戸時代とかそういうのは
昔のその価値観が
自分の世代でも変わらなかったし
自分の世代と子供の世代では
そんなに価値観が変わらなかったって
いうことがあるのかなと思います。



農業で言うと
ずっと農業革新もそんなに起きなくて
親から子供へと引き継がれていくってことは
とっても役に立つことが
あったのかもしれません。



そういうので
ギャップは少なかったってことがあるでしょう。



でも今っていうのは
社会変化っていうのは
すごく激しくなってきてます。



自分と親とでは価値観っていうのは
全く違うってことがあるのです。



そういうのがあると分かり合えない
ということが出てきてしまうことが
あるのかなと思います。



戦前と戦後では全然価値観が違うでしょう
戦前では当たり前だと思っていたことが
戦後ではそれが非常識になってしまっている
という事もあるでしょう。



また最近では団塊の世代とゆとりの世代では
大きく価値観が変わってきていると思います。



団塊の世代の根性論を
今のゆとりの世代で当てはめようとしたら
みんな逃げていくことがあるでしょう。



また最近ではスマホが最初から
生まれた時からある世代と
20代とか若者になって
スマホを持った世代とでは
全く違うということもあります。



そういうので変化が激しい時っていうのは
価値観が大きく
変わってくってことがあるのです。



その価値観で生きてきた人にとっては
周りも同じ価値観だったので
それが正しいって思い込んで
しまってるとこがあって
なかなか変えるって事は
難しいということがあります。



そしてどうしたら価値観が変わっていくのか
古い価値観から新しい価値観へと
変わっていくのかっていうのを
調べた人がいました。



その例として
地動説と天動説の例があります。



天動説っていうのは
地球が中心にいて
天が回っているって言うことで
これが最初に信じられたことであります。



でもそれではどうしても辻褄が
合わなくなってしまってるって事があって
太陽とかそういうのが回ってるんじゃなくて
地球が太陽の周りを回ってるって言う事を
発見した人がガリレオでいました。



でも当時はその地球が回ってるって事なんて
誰も信用できません。



キリスト教においても
そういうことを信用しては
ダメだっていうことがあって
どうしてもその新しい価値観を
受け入れられるって事がなかったのです。



ある科学者なんかは
地球が太陽の周りを回ってる
なんてことを信じてしまうと
今まで学んだ学問が通用しなくなるって言う
それだけにおいて
そんな新しい説を信用しないっていう
ことがありました。



いつからその新しい説になったのかというと
親の世代が亡くなった時と言われています。



古い価値観を信じてる
そういう世代が亡くなって
新しい価値観を信じてる人が
そのまま上の世代に行った時に
価値観が変わるってことがあったのです。



そういう風に
社会でも学校でも部活でも
上の世代とか前の世代がいなくなる時に
やっと自分の価値観が
通用するってことであって
その前の人が価値観を変えてくれるって事は
すごく難しい事でもあったのです。



そういう意味でも
僕達は上の世代が分かってくれない
と思っているように
下の世代の価値観っていうの
理解するっていうことは
とっても難しいことなのです。



自分と下の世代では
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が違うからで
だから理解することがとっても
難しいってことがあります。



だからいつのまにか自分の正しさや価値観
というのを下の世代に
押し付けていないとかっていうの
気をつけていくっていうのは
大事なことなのかなと思います。



上の世代が分かってくれないって言うように
下の世代に対して
理解しようとしているのかって言うと
なかなか理解しようとするってことは
難しいことなのだっていうのを
きちんと自分の身において
考えていく必要はあるのかなと思いました。



それでさらに今から変化が激しくなってくる
っていう風に言われています。



なので僕達に出来る事っていうのは
親の古い価値観から
いかに影響されないようにしていくのか
そして下の世代の新しい価値観を
いかに学んでいくのかっていうことが
これから必要になってくる
能力なのかなと思います。



どんどんどんどんと価値観が変化していって
新しい価値観だと思っていても
それがいつのまにか
古い価値観になってしまうってことがあります。



自分の価値観を疑うことは必要ですし
親の価値観から
いかに影響されないってことも
必要になってきます。



そういう変化が激しい時には
自分のその価値観を変化させていくって
ことは大事なのかなと思いました。



今日のまとめとして
親の世代とは僕たちは
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が変化していっています。



なので親にわかってもらおうと思っても
それはとっても難しいことなのです。



自分の価値観がどうやったら
その世代に新しく通用していくのかっていうと
親の世代が亡くなった時
っていう風に言われています。



それぐらい親の世代の
価値観を変えていくってことは難しいので
説得するってことは
ちょっと難しいことなのかなと思います。



じっと耐えて
親の世代が無くなるのを待つってことも
一つの方法なのでしょう。



そしてこれからもっともっと変化が
激しくなってくるって言われています。



なので自分の持ってる価値観も
すぐに廃れていってしまうってことがあるので
下の世代から学んでいくってことも
大切になってきます。



そうやって自分の価値観っていうの
変化させていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



親の世代は自分のことを
わかってくれなくて当たり前だし
そういう自分の価値観を分かってもらおうと
説得していくっていうのは
とっても難しいことだということです。



価値観が変化するってする時は
親の世代がみんないなくなった時に
やっと自分の価値観が
その世間で通用するようになる
という風に言われてきた
ということがあるので
それでも少し覚えておいた方が
いいのかなと思いました。



ありがとうございました。




 

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2021年06月28日2021年:6月

スネてばかりいると大切なものが手に入らない

 

今日はスネてばかりいると
大切なものが手に入らない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もがスネっていうものを
経験しているのではないのかなと思います。



みんな、心にもないものを言ったりして
後で後悔するっていう経験が
あるのではないのかなと思います。



僕も小さい頃なんて
すぐにスネてしまって
本音を言えずに



どうしても天邪鬼みたいに
好きなものでも嫌いとか
やってほしいことでも
やっていらないとか



そんな風に心と裏腹の事を言ってばかり
いた時がありました。



それは今でもあります
スネてしまって
もういいわって諦めてしまったり
相手に対しても
何も期待を抱かなくなってしまうって
ことがあります。



そしてスネの例え話として
すっぱいぶどうというのがあって
狐がぶどうを取ろうとしても
なかなか取れないでいます。



本当は欲しいのに
手が届かないってことがあります
そうするとあのぶどうはどうせ酸っぱいはず
ということで負け惜しみを言って
心とは裏腹のことを考えて
諦めるって事をしてしまうってことがあります。



本当はぶどうが欲しいのに
手が届かないばかりに
あのぶどうなんていらない
あのぶどうは酸っぱいはずだって言って
諦める口実にしてしまうってことがあるのです。



そういうのがスネの例え話として
あげられるのかなと思います。



スネというのは
本音が一回捻るって事があって
本当はぶどうが食べたいと思っても



それが叶わないから
だったら嫌いという
好きなものが嫌いっていう風に
一捻りしてしまうってことがあるのです。



それは愛の形も一緒で
本当は誰かのことが大好き
っていうことがあって



でも何か不都合なことがあったり
何か叶わないことがあったりすると
大嫌いって心にもないこと
言ってしまうことがあります。



本当はお母さんのことが大好きだけど
何も言うことを聞いてくれないし
怒ってばかりだから
大嫌いという風になって



本当は好きなのに
大嫌いっていうことを
言ってしまうとことがあるのです。



スネているというのを
相手が感じ取ってくれるのかって言うと
相手が大嫌いって言われた時に



あ、これはスネているだけだって思って
本音とは違うことを言っている
大嫌いと言ってるけど
あの人はスネてるだけで



本当は好きなのだって思ってくれる
察してくれるのかっていうと
それはなかなか難しいのかなと思います。



大抵は私のことが嫌いなんだっていうことで
傷ついたり怒ったり
してしまうかもしれません。



そのスネた裏腹の言葉が
そのまま伝わってしまうっていうことが
大抵あるのです。



そういう間違った
メッセージが伝わってしまうっていうのは
とっても残念なことで
本音は好きなのにスネていると
嫌いっていう風に伝わってしまう。



もうほんと裏腹のことになってしまうって
ことがあるって言うのは
本当に残念なことなのかなと思います。



だから本音を言うってことは
とっても大事なことです。



本当はあのブドウが食べたかったとか
本当は大好きなんだということを
素直に言うということは
スネをなくすっていうことで
ストレートに自分の気持ちを
言うっていうことで
とってもそれは大事なことなのかなと思います。



自分がもしスネていて
何か心にもないことを
言おうとしてる時があったとしたら
本当はどうして欲しいのかっていうのを
考えてみることは大事なのかなと思います。



そして本当は~して欲しい
本当はこうして欲しかった
本当はこんな気持ちだったっていう
その「本当は~」から始まるものが
大抵は本音から始まります。



だからスネていそうな時は
本当は~して欲しかったのかっていうのを
考えていく
そうすることによってスネっていうのは
直っていくのかなと思います。



そうやってスネてばかりいても
大切なものってのは手に入りません。



間違ったメッセージが伝わってしまって
自分の心にもないものが
相手に伝わるので



自分の本音が
間違った方向に行ってしまうので
自分の欲しい物っていうのは
なかなか手に入らないってことが
あるのかなと思います。



本当は大好きなのに
大嫌いっていうメッセージが伝わってしまって
本当に相手から嫌われてしまうって
ことがあるのかもしれません。



だから間違ったメッセージを伝わる
ってことがあるので
スネっていうことを直していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日のまとめとしてスネるということは
本音が裏返ってしまう
っていうことでもあります。



本当は好きだと思っていることであっても
本音が裏返ってしまうと
大嫌いっていう風に
伝えてしまうかもしれません。



自分の本音ではない大嫌いっていうのが
伝わってしまうと
人間関係においても
自分の望むものが手に入らないし
ややこしくなってしまうってことが
あるのかなと思います。



だから本当はどうしてほしいのか
っていうことを考えることによって
スネっていうのを直していけることがあります。



だから本当はどうして欲しいのか?
というのを伝えていく。



本音を伝えていくことによって
人間関係がスムーズに流れますし
繋がりも深くなっていくってことが
あるのかなと思います。



このようにスネを直して
心と裏腹なことを
言わないようにしていきながら
自分の本音を伝えていくということは
とっても大事なことなのかなと思います。



僕もすぐにスネてしまって
もういいわとか
もうあの人大嫌いとか
言ってしまうことがあります。



でも本当はこうして欲しかったのだとか
本当はこれをほしくなかったってことを
伝えることによって
自分の望みが叶いやすくなって
いくってことがあります。



スネていても
決して何か自分の望む通りなことが
起こるわけではないのです。



本音を伝え合うってことは
とっても大事なことで
人間関係を築いていく
基礎となる部分なのかなと思いました。



今日はスネということについて
いろいろと語っていきました。



ありがとうございました。



 

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2021年06月21日2021年:6月

気持ちの読めない男 読みすぎる女

 

今日は気持ちの読めない男 
読みすぎる女
ということについて
お話ししようと思います。



特にこれは恋愛において
どのような関係になっていくか
ということについて述べよと思ってます。



まず気持ちが読めない男ですけど
そういう人っていうのは
勝ち負けにすごいこだわりがあって
負けることを異様に怖がってしまってます。



そしてどちらが上か
どちらが下かということで
上になることを
常に強制させられているような感じで
下になるって事が許されない
とっても抵抗があるっていうことがあります。



そういうプライドが高いっていうことがあって
それが空気の読めない男として
作られているのかなと思います。



そして特にそういう人っていうのは
自信がなくなると
さらに自分の優秀さをアピールしなければ
いけなくなったりとか
恥をかくのがものすごく怖がってしまって
勝つことが全てになってしまいます。



そういう自分の自信がないものを
勝つこととか
優秀さをアピールすることによって
埋めようとしているって事があるのです。



また相手の気持ちを読みすぎる女のところでは
大抵が母性本能が強くて
なんでも貢献したがって
しまうってところがあります。



そういう尽くし癖を持ってるっていうのが
気持ちを読みすぎる女として
挙げられる特徴なのかなと思います。



そういう人が自信がないと
自分の意見がなかなか口に出して
言うことができないというのがあるので
黙って言うことを聞くってことに
なってしまいます。



自分に自信がないので
誰かに貢献することによって
誰かに尽くすことによって
その自分の自信のない穴埋めを
しようとするってことがあります。



これは男と女で
結構分かれるところなのかなと思います。



恋愛ではそういう二人っていうのは
互いに惹かれあうってことがあります。



女性の方では
オレ様的な態度をとっていたりとか
そういう人見るとなんだか強そうだなとか
自信満々に見えるので
すごく魅力的に見えます。



逆に普通の優しそうな人っていうのは
なんだか頼りないっていうことで
あまり魅力的に見えないってことが
あるのかもしれません。



また男の方では言うことを逆らわずに
黙って聞いてくれる人とか
自分に尽くしてくれる
貢献してくれる人を見ると
そういう人に魅力的に
感じてしまうってことがあります。



そういうので
相手の気持ちを読めない男と
読みすぎる女っていうのは
互いに惹かれ合うってことがあるのです。



普通の優しい人とか
普通の甘えてくる人では
なかなか満足しないってことがあります。



そういう人ってのは思い通りにする男と
それに従う尽くしたがる女ってことで
最初はすごく相性が良くて調子が良いです。



それは自分に無いものを
補っているって事があります。



女性としては
自己主張が自信満々に見えるし
自分にないものを持ってるって事でありますし



男性としては
自分に貢献してくれるって事で
その女性の尽くし癖っていうのが
なんか魅力的に
写ってしまうってことがあるのです。



でもそういうのは
だんだんと何か不都合が
起こってくるってことがあります。



それは男性では
だんだんだんだんと支配時になって
支配される方としては
自分の主張をできないぐらいに
なってしまうことがあります。



そういうのが続くと女性というのは
やっぱり耐えられないって
ことがあるのかなと思います。



そういうのは
エスカレートしていくってことがあるので
女性は逃げたくなるし
男性はもっともっと支配して
女性を自分のものにして
いきたいっていうことがあります。



そういう関係が長く続くってことは
なかなかないのかなと思います。



そういうのっては
依存と共依存の関係
っていうことに言われるのかなと思います。



依存と共依存っていうのは
一度は誰もが聞いたことが
あるのかなと思います。



依存と共依存の関係で
言われるようになったっていうのは
アルコール依存症の家族を見ながら
依存と共依存というのを
言われるようになりました。



アルコール依存症の男性の家族を見てくと
それを世話する奥さんっていうのがいます。



その奥さんは
旦那さんからアルコールを飲むと
ひどい暴力とか振るわれて
なぜそれで世話をするのかってことを
ずっと思ってました。



シェルターで誰かかくまってくれる人がいて
かくまったとしても
またすぐ戻ってしまうってことがあります。



なぜそんな地獄のようなところに
戻って行くのか?
そういう旦那さんに戻っていくのかって言うと



女性の方としては
私がいないとあの人は
駄目になってしまうっていう



そういう貢献癖がついていて
その旦那さんを世話することによって
自分の何か足りないものを埋めようと
しているって事があるっていう



旦那さんも依存してるし
女性の方も依存してる
共依存っていうことで
お互いが依存している関係という風に
言われてるって事があります。



そういうのは離れていくってことが
とっても大事で
男としては依存から離れるためには
プライド捨てていくってことがあります。



そのためには
負ける事っていうのを
自分に許していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



ずっと勝ち続けなければいけないとか
自分の優秀さを見せつけなければ
いけないと思っているのを



180°変換して負けてもいいとか
自分が優秀じゃなくてもいいって
それでも価値があるって
思うことができたとしたら
プライドが捨てられて
依存から少し離れることが
できるのかなと思います。



女性は貢献しないこと
自分の意見を言う事ってことがあります。



貢献しないでいるって事は
なかなか難しいことなのかなと思います。



すぐに自分のことよりも
相手のことを優先させて
何かをしたがってしまうってことがあります。



でも自分を優先させて
自分の楽しみを見つけていくっていうことは
とっても大事なことでもあるし



自分の意見で嫌なことは嫌ですし
やりたいことをやりたいっていう風に
そういう風に言っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



すぐに自分の意見を殺して
相手に合わせてしまうって事があります。



そういうのをやってくってことが
依存から離れるための
その第一歩なのかなと思います。



そういうのはお互いに無いものを
吸収していくってことがあって
女性としては
男性の自己主張する事
ってことが学びでもあるし



男性としては相手の気持ちを読む
自分のことよりも
相手を言う少し優先してみるってのが
その男性としての課題でもある。



それっていうのはお互いが自分に無いもの
相手が持ってるものを学んでいくってことが
あるのかなと思います。



そういうことで
今日のまとめとして
自分に自信がなくなると
すぐにして支配をしたがってしまう男もいるし
貢献したがる女っていうことで



そういう人達っていうのは
お互いに無いものを持ってるので
すごく惹かれあってしまうとことが
ありますけど



でもそれは最初は良くても
次第に行き詰まってしまうとことがあります。



依存と共依存の関係で
どんどんとドツボにはまっていて
お互いが悪い方向に悪い関係に
なってしまうということがあります。



そういうことをやめようとするとしたら
男性の方としては
プライドを捨てていくってことが大事ですし



女性の方としては
貢献するのをやめていくってことが
大事になってきます。



そうやってお互いに無いものを学んでいくが
大切になってくるのかなと思います。



そういうことで
今日は相手の気持ちを読めない男と
読みすぎる女ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年06月16日2021年:6月

ZOOM飲み会 終了

 

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて3人という
ちょっとさみしい感じです。 
 
 
 
僕もそんなにアピールしているわけでないし
だんだんとコロナも落ち着いてきて
ネット上での交流でなくて
リアルで会うほうに力を
入れていこうかと思っています。 
 
 
 
自宅で話をするのは家族に遠慮したり
ネットだとやっぱり抵抗がある人が
多いですからね。 
 
 
 
3人でもじっくりと
話をすることができました。
いつものメンバーだから
気心が知れているというのもあります。
 
 
 
一人は愛知県の人でネットでないと
こうやって交流することができないので
ネットという特徴を活かしています。
 
 
 
ネットだと距離に関係なく
どこの人とも関係をつくれますからね。
リアルで会おうとすると
移動時間とかもったいないことになりますからね。
 
 
 
ネットの良さを活用しつつ
細々と続けていこうかと思っています。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
7月9日(金)20時~
参加費 無料
です。
 
 
 
よろしくお願いします。




 

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2021年06月12日2021年:6月

「強がってる人」と「本当に強い人」の違いについて

 

今日は強がってる人と
本当に強い人の違いについて
ということについて
お話ししようと思います。



まず結論から言うと
強がって人と本当に強い人の違い
というのは
弱さを受け入れてるかどうか
っていうことがあります。



強がってる人っていうのは
大抵は弱さを受け入れてない
ということがあるからです。



強がっている人っていうのは
弱さを隠そう隠そうとしています。



そうやって強くなればっていうのが
強いからこそ
ずっと飾ってないといけない
ということがあります。



それはなぜかと言うと馬鹿にされるとか
失敗して恥をかくっていうことが
異様に怖いってことがあるからです。



でも本当に怖い事っていうのは
その失敗して恥をかいたりするというのは
みんなから嫌われるんじゃないかとか
みんなから見捨てられるんじゃないかっていう
そういうところまでつながってしまうから
怖いということがあるのかなと思います。



それじゃないと馬鹿にされたりとか
恥をかくぐらいでは
そんなに怖いってことは
ないのかもしれません。



そしてそういうのは弱いことによって
実際に傷ついたっていう
体験が大きければ大きいほど
そういうの二度と味わいたくない
という風に思って



傷つきたくないから
強くなればっていうふうに
バリアを張って
弱さを見せられずにいるって事が
あるのかなと思います。



僕も昔はずっと
そんな風な感じでいました
学生の頃とか弱さがあって
先輩とか同級生の人から
いじめられたいとか
そういうこともしました。



だから強くならないと
またいじめられるんじゃないかとか
また何か嫌な思いをするんじゃないかって
いうにそういう風にずっと思っていました。



ずっと弱さを出せずに
強がっていました
そういう時というのは弱さは出せないから
ずっとつらかったです。



本当は何か弱さを出したり
何か情けないところを出したりとか
もっと自分の惨めなところ出したりとか
そういうことしたかったんですけど
そういうのができずに



ずっと強い部分とか
できる自分っていうのを
演じなければいけないってことがあって
とても疲れるようなことを
していたなと思います。



本当に強い人っていうのは
弱さを受け入れている人ということがあります
強くなくてもいいんだっていうことがあると
自然体でいられます。



弱さをさらけ出すことができるようになると
自分らしくいられるとことがあります。



それは弱さをさらけ出しても
たとえ馬鹿にされたとしても
平然といられるって事があります。



弱さを受け入れているから
そんなに他人の評価で
自分の価値が変わらないってことを
知ってますし
そんなことで人は去っていかないってことを
知っているからです。



でもそういうのがわからないでいると
ずっと弱さを出せずに
強がってしまうってことが
あるのかなと思います。



昔の自分のように弱さを出せずに
ずっと強がらなければ
いけないっていう状態があると
辛い人もいるのではないのかなと思います。



今日のまとめとして
強がってる人と本当の強い人の違いとして
弱さを受け入れてるかどうかって
いうことが関係しています。



強がって人っていうのは
弱いことで過去に傷ついた経験っていうのが
たくさんあるからこそ



そんな経験を
もう二度としたくないっていうことで
強くならなければいけないっていう風にして
意地を張っているっていう事が
あるのかなと思います。



でも本当の強さを手にしていくことが大事で
それを手にしていくためには
弱さを受け入れていくって事が
必要になってくるのかなと思います。



弱さをさらけ出しても
自分は見捨てられないんだとか
自分は傷つかないんだ
自分の価値は変わらないんだって風に
思うことができたとしたら



本当の強さが手に入ってて
他人に左右されないし
芯の強いブレない自分に
なることができるのかなと思います。



僕も少しずつ弱さをさらけ出すことが
できるようになりました
そういうことによって
自然体にいられるようになりましたし



人から何か言われても
さほどブレるってことがなくなって
影響も少なくなってきました。



自分の弱さをさらけ出したり
弱さを受け入れてくってことは
本当の強さを手にするために
とっても大事なことなのかなと思いました。



ということで
今日は強がってる人と
本当の強さの違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年06月10日2021年:6月

【朗読 瞑想】平和の祈り




 

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2021年06月06日2021年:6月

人生に意味や目的はない、ただの暇つぶしである

今日は人生に意味や目的はない
ただの暇つぶしである
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もが
この人生にどんな意味があるのか
ということを考えて
このまま生きていて良いのかとか
このような人生を送ってて
本当に後悔がないのかというのをすごく考えて
悩み苦しむという時もあるかもしれません。



そういう時は
もっと軽く考えてみる必要が
あるのかなと思います。



人生の意味とか目的とか考えすぎてしまうと
人生を必要以上に重く
考えすぎてしまうってことがあります。



そんな重く考えるじゃなくて
軽く考えることができたとしたら
楽に生きていけるってことが
あるのかなと思います。



ここでは人生というのは
ただの暇つぶしっていうことについて
考えていけたらいいのかなと思います。



まず僕達っていうのは
何もすることがないっていうのは
なかなか耐え難い苦しみだっていう風に
言われています。



意味のない事をしたりとか
無駄なことをするっていうのは苦しみであって
そういうことをするっていうのは
避けたと思ってしまいます。



そういうことを考えていくと
問題がなくなった世界っていうのは
本当に幸せなのかっていうことがあります。



問題は確かに無い方がいいと思いますけど
でも問題が全て解決して
平和な世界になってしまったとしたら
僕達ってのは
何のやりがいもなくなってしまうって
ことがあるのかもしれません。



ただただ平和な漠然とした一日を
過ごしてしまうってことがあります。



そこには何の意味もないし
何かやるべき事っていうのもないでしょう。



そういうのがあるから
暇が嫌ってことがあって
僕たちは暇が嫌だからこそ
意味のあることをしたいって思います。



そしてそういうことがあると
問題を作り出してまでも
何か意味のある
貢献したいとか
何か人の役に立ちたいとか



そういうことを考えて
暇をいかに潰そうとするかっていうのを
考えてしまうとことが
あるのかなと思います。



ありがたいことに僕たちは人間である以上は
問題っていうのはなくなることはないです。



だから何かしら問題があって
自分に何かしらやる事っていうのは
作ろうと思えば作れるってことがあります。



そういう問題を解決する
っていうことをしてる時っていうのが
最大の力を発揮するってことがあります。



それが生き甲斐として生まれてくる
というのがあります
そういうことを考えていくと
僕たちには使命や目的
何かやらなければいけないことが
あるのではないかっていう風に
思うかもしれません。



そういうのをずっと探し求めていって
自分探しの旅とかに出かけて
行く人もいるかもしれません。



自分がやるべきことがあって
使命があって
それを全うするまでは死ねないんだ
後悔してしまうんだっていう風に思って
しまうことがあるかもしれません。



でもそういう使命とか目的というのは
見つかる事っていうのは
少ないのかなと思います。



僕たちは救世主ではないです
世界平和で世界を救うとか
多くの人を導くとか
そういう事を持って生まれてきた
っていう人っていうのは
本当に少ないのかなと思います。



そういう意味で
僕たちはやるべき使命っていうのは
何もないのかなと思います。



ただただ凡人として
だからこそ自由に
何してもいいっていうことが
あるのかなと思います。



救世主ではないからこそ
僕たちはどんなことをしてもいいし
やらなくてもいいし
やるべきことがあるわけでもない
っていう風に言えます。



どんな人生を歩んでもいいとことで
問題を見つけてそれを解こうとする人
環境問題とか人口の減少問題とか
会社を良くしようとか
そういう事で
いろんな問題を解決しようとする人も
いるかもしれません。



そうかと思えば
ただただ遊びたい人
旅行に行ったりとか
ゲームするとか
そういう人もいるかもしれません。



淡々と生きていく人ってのも
もちろんいるでしょう
会社勤めをして家庭をもって
そういう淡々とした生き方っていうことも
する人もいるかもしれません。



そんな感じでどんな人生を歩んでも
正解だっていう風に言えます。



僕達には何かしなければいけないことなんて
何もないからです。



やらなければいけない事ってのは無いし
自分しかできないことっていうのも
もちろんありません。



時間をどう潰していくかっていうことが
人生なのかなと思います。



僕自身のことを言わせてもらうと
僕はずっとこの人生で
これでいいのかっていうのを考えて
迷っていました。



そのきっかけとなったのは
1999年に世界が滅びる
っていう風に言われていた時が
あったと思います。



その時に僕はこの人生で
いいのかっていうのずっと迷っていました
世界が終わってしまう時に
このようなダラけた人生を送ってしまってて



本当にそんな人生でいいのかって
いうのがあって
本当はやるべきことがあるのではないか
自分しかできないことが
あるんじゃないのかって
いうふうに思っていました。



ですることで
すごく焦って迷っていたときがあります
そういう時というのは本当につらかったです。



でもある日
自分なんて救世主ではないし
使命もないです。



本当ただただ凡人な一人として
もっと自由にあるがままで
生きていけばいいのだっていう風に
思うようになってからは
楽に生きていくことができるようになりました。



何かやらなければいけないこととか
使命とかそんなことを考えている時
っていうのはとってもつらかったです。



焦っていました。



このままの人生でいいのかっていうのを
ずっと考え続けていました。



でもそんな大それた使命なんて
僕にあるわけがないし
どんなことをしてもいいし
しなくてもいいっていう風に
そんな人生なのかなと思います。



やりたいことやるだけ
世界平和として貢献したかったら
すればいいし
問題解決しなかったりすればいいし
それはただの暇つぶしとして
やるべきことであって
やらなければいけないことではないって
いうことがあります。



今日のまとめとして
僕たちの人生に意味なんて
ないのかなと思います。



意味がないのに探し求めるとすると
焦ったり迷ったり
すごく辛い人生になってしまいます。



そういうので
全ては暇つぶしって考えていくほうが
もっと楽に生きていけるのかなと思います。



ただ暇を潰すっていうのは
なかなか耐え難いものでもあるので
意味のある事を求めてしまうって
ことがあります。



そういうので何か問題を
解決していこうとするっていうのが
手っ取り早く意味があって
自分の力も発揮できて
生き甲斐が生まれるってことがあります。



でもそれは暇つぶしの一つであって
やらなければいけないことではないです。



僕たちは救世主ではないし
救世主になれるって事も絶対にないです。



ただただ一人の凡人として
生きていくことがあって
だからこそ自由に何でも選択して
生きていけるって事があります。



遊びたかったら遊べばいいし
問題解決したかったすればいいし
そんな感じでどんな人生を歩んでいっても
僕たちは何もしなければ
いけないことはないのないので
正解だと言えます。



そんな感じで
人生は暇つぶしの一つとして
軽く考えていく方が
楽に生きていけるって事があるのかな
と思って説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年06月01日2021年:6月

人の気持ちが分からないと思い込まされていませんか?

今日は前回の続きで
人の気持ちがわからないと思っているあなたへ
と言うので
パート2ってことで
続きをお話ししたいなと思います。



まず前回の続きとして
人の気持ちがわからないと思っているので
三つのタイプがあるって事を
説明させていただきました。



一つは遺伝的な人で
アスペルガーとかそういう人達ってのは
先天的に人の気持ちを理解するってことが
なかなか難しいっていう面があります。



もう一つのタイプとして
自分のことで精一杯な人っていうのも
相手の気持ちを考えるだけの
余裕がないってことがあります。
それは前回説明させていただきました。



そして今日は
人の気持ちを読みすぎてしまっている
人のタイプについて
説明させていただきたいなと思います。



まず人の気持ちがわからないって思ってるので
本当に人の気持ちがわからないのかって
いうことがあります。



それは人の気持ちがわからないっていう風に
注意されることが多くて
自分はダメな人間だ
なんて自分は人の気持ちを考えずに
あれこれ喋ってしまう人間だって風に
思い込まされてしまっているだけ
という場合もあるのかも
しれないってことです。



そういう人っていうのは
怒られてばっかりいるので
怒られないようにしようとか
嫌われないようにしようとか
バカにされないようにしようっていうことで
逆に空気を読みすぎてしまうって
いうことがあります。



それで空気を読みすぎて
自分の気持ちも言えずに
相手の気持ちを先読みしすぎて
相手を不快にさせてしまっているって
いう場合もあるのです。



また無理な要求にも応えようと
してしまっているって言う場合もあります。



相手の望みを全て叶えようとするってことは
なかなか難しいことでもあるんですけど
でもそれを頑張って
やってしまうとしてしまうのです。



そういうふうに良い社員だったりとか
良い奥さんを目指そうとするあまりに
良い人をやめられなくなってしまって
ついつい必要以上にやってしまう。



そして自分は迷惑をかけられないということで
自分の主張とか
自分の何かやってほしいこととか
嫌な事っていうのを言ってことが
なかなか難しいってことがあります。



そういう人は
自分に対しての欲求も高いとこにあるので
ほんの小さな相手の要望とか
欲求だったとしても
それができないでいる
というのを叶えられないでいると
途端に自分を責めてしまうって事があります。



普通の人だったら
何でもないようなことであったとしても
そういう小さな要求を
できないでいる自分っていうのを
すごくすごく責めてしまうことがあります。



そうなっていくと
相手の要求ってのは
どんどんと大きくなってくるして
それを無理してでも叶えようとするっていう
そういうサイクルに入ってしまいます。



そうやってどんどんどんどんと
エスカレートして
相手の欲求が上がっていき
それを無理して叶えようとしてしまってる
そういう悪循環に入ってしまうって
こともあります。



それは相手を優先させてしまっている
って言うことがあって
自分が自信をなくしてしまっている状態って
いうのは自分が分からなくなってしまって
相手に支配されてしまいやすく
なってしまう状態だということがあります。



自分が自信がないと
相手の要求を答えるだけっていう風になって
それだけでその自分の存在意義というのを
確認しようとしてしまうと事があります。



そういう人っていうのは
もしかしたら小さい頃から自己主張できずに
相手に合わせてばかりいっていうことを
やっていたのかもしれません。



そうやって自分を抑えるという癖を
ずっとずっと積み重ねていったっていうことも
あるのかもしれません。



そういうのも振り返っていくってことも
大切なことなのかなと思います。



そういう自己主張していかないと
どんどんどんどんと
誰かにコントロールされて
いってしまうってことがあります。



できることとできないことがあって
自分はこういうことはできないし
こういうことをしたくないって
言うことが大事で



そういうのを言わずに
なんでもかんでも相手の要望を
叶えようとしてしまうってすると
エスカレートしていくして
どんどんと自分を
見失ってしまうって事もあります。



そういう人ってのは本当に相手の気持ちが
わからないのではなくて
相手の気持ちがわからないと
思い込まされてしまっているだけ
なのかもしれません。



本当はできているのに
誰かに洗脳されて
自分は何でダメな人間だ
自分は何て相手の気持ちが理解できない
ダメな人間だって
思ってしまっている状態なのかもしれません。



本当はすごく人も倍以上に
相手の気持ちを
理解しようとしているはずなのに



相手の要望が大きすぎて
それが出来なくなった時に
相手から責められて



それを真に受けて
自分のは何でダメな人間だって
思い込まされてしまってるだけ
なのかもしれません。



本当に気持ちがわからない人っていうのは
相手の気持ちがわからないっていうことで
そんなことを考えもしないし
悩んだりもしないってことがあります。



気持ちがわからない人っていうのは
そんな悩むこともないってことも
覚えておいた方がいいでしょう
そういうのを解決していこうとするのは
まずは良い人をやめるって事が
大事になってきます。



怒られてもいいから
自分を出していくってことは
とっても大事なことです。



ということで解決策としては
良い人を目指していくよりも
自分の気持ちを優先させていくっていうことが
大事になってきます。



そうやって自分を出していくことによって
相手と対等な関係作りが
できていくってことがあります。



相手の気持ちを
読みすぎてしまってる人っていうのは
相手の気持ちを読もうとするのではなくて



自分の気持ちを優先させて
自分を主張していくっていうことが
大事になってくるっていうわけです。



というわけで
今日のまとめとして
相手の気持ちがわからないと
思っている人っていうのは
相手の気持ちがわからないのではなくて



一生懸命相手の気持ちを分かろうとして
やっているのに
自分はダメだと思ってしまっている。



そういう理想を高く持ちすぎてしまっているし
相手を優先させてしまって
洗脳されてしまっている
という場合もあります。



そうなってしまうと
どんどんどんどんと自分を見失ってしまいます。



そういう時は怒られてもいいから
自己主張していく
こんなことはできませんとか
こういうことするのは嫌ですっていう
そういうの言っていくってことは
とっても大事なことです。



そうやって言うことによって
相手との関係が対等になっていくって
ことがあります。



そうじゃないと
相手の要望をただ聞くだけの
都合の良い人だけに
なってしまう可能性があります。



ちょっとしたことでも来ないと
相手から責められて
なんて自分はダメな人間だって
思い込まされてしまうってことがあります。



そういうのは注意していかないと
いけないなと思います
そうやって自分に自信がない人っていうのは
相手の要望をすぐに
叶えようとしてしまうことがあります。



相手の気持ちを痛いほど
分かろうとしてしまうのに
自分なんて全然できてないんだって
思ってしまうことがあります。



自分はできてないんじゃなくて
できてないと思わされてしまってるだけ
ということがあるので



そういうのは
きちんと自分を主張して
できないことはできないっていう風に
やっていくことも大事ですし
良い人やめていくってことも
大事になってきます。



そういうことで
相手の気持ちがわからないのではなくて
分からないと思い込まされてしまってる
だけっていうのも
覚えておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。



 

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2021年05月28日2021年:5月

人の気持ちがわからないと思っているあなたへ

今日は人の気持ちがわからないと
思っているあなたへ
ということについて
お話ししようと思います。



まず人の気持ちがわからないということで
三種類のタイプがあるのかなと思います。



一つは遺伝的な人で
先天的に人の気持ちを
少し理解することができないっていう
タイプの人がいます。



これはアスペルガー的な自閉症と呼ばれる
人の気持ちを理解するっていう
そういう能力が少し
人よりも少なかったり
する人っていうのがいます。



そういうタイプもいるし
自分のことで精一杯になってしまって
相手の気持ちを考える余裕がないっていう
そういうタイプの人もいます。



また相手の気持ちを読みすぎてしまってる
逆に読みすぎて
空回りしてしまっているっていう
そういうタイプの人もいます。



今日は遺伝的な人と
自分のことで精一杯な人のことについて
お話ししようと思います。



まず先天的に気持ちがわからない
人というのはアスペルガー的な人のことで
相手の気持ちを読もうと思っても
理解するってことが
もともと備わってないっていうこともあります。



そういうのは遺伝的なものなので
自分の力で治そうと思っても
難しい部分があります。



頭ではわかっていても
心がついていかないっていうことがあって
一生懸命相手の気持ちを考えると思っても
やはり共感するっていうことができなかったり
そういうこともあります。



そういう人達っていうのは
普通に接しているつもりだったとしても
相手の気持ちっていうのを
読むことができないので
空気を読めないっていうな行動を
いつの間にかとってしまいます。



そうすると普通にしていたとしても
周りの人に不愉快な思いをさせてしまったり
不快感を与えてしまったり
ていうことがあります。



そういうのは自分の特徴・性質なので
変える事っていうのはとっても難しいことです
でもそういうのを長所として
捉えていくことによって
活用していくっていう
そういうことも出来るのかなと思います。



そういう相手の気持ちを読むことが少し
苦手な人っていうのは
自分のその世界に
入ってやることができるので
こだわりが強く



職人肌とか研究者タイプとして
とことん自分に向き合う
研究と向き合う
その料理と向き合うっていうことがあります。



相手に左右されることなく
自分の世界に入っていくってことが
できるのです。



だからそういう人達っていうのは
良い成果が上げられるって事があります。



そういうので自分のその空気を読めないとか
相手の気持ちを読むことができない
というのも一つの長所として
取り入れていくことができたとしたら
自分の力を発揮するし
良いふうに作用していくことも
できるのかなと思います。



また自分のことで精一杯なタイプの人ですけど
こういう人っていうのは
心に余裕がない状態です。



自分を守るためで精一杯な時っていうのは
相手に関心を向く事っていうのは
なかなか難しいものです。



自分を守るだけで
エネルギーを使い果たしてしまって
相手に何かをしてあげようとか
相手がどんな気持ちになっているのかっていう
そういうエネルギーがなくなっている状態です。



そういうことがあると
我慢していないのかっていうのを
振り返っていくってことも
大事なのかなと思います。



何か表現したいことがあっても
誰にもわかってもらえないというのも
一つの我慢に入るのかなと思います。



そういう辛さってのいうのを我慢していくと
どんどんと心に余裕がなくなってしまいます。



自分の器があるように心にも器があります。
その器がどれくらい
余裕があるのかっていうのがあって
そういう人達ってのは
もういっぱいいっぱいに
埋まってしまっているっていう事があります。



それはいっぱいいっぱいなっている
ものっていうのを
少しでも減らしていくってことは
大事になってきます。



そうしないとわかってほしいとか
自分はこんな気持ちなのだっていうのを
表現したいって気持ちが
いっぱいいっぱいになってしまっている
そういう時ってのは
相手の気持ちをわかろうとするってことは
難しいです。



そういう時に
相手をいつまにか
傷つけてしまうってことが多いのです。



自分のことをわかってほしい
て思うがあまり
なぜわかってくれないんだ
私はこんなに一生懸命してるのに
ということで
相手に強く当たってしまうって
こともあるのです。



相手がどれぐらい傷ついてるのかっていうのも
なかなか理解するってこともできないのです。



自分のわかってほしいっていうことで
精一杯ってことがあります。



そういう時というのは
誰かに理解してもらう
誰かに分かってもらうという事だけでも
心に余裕が生まれます。



そうすると相手に関心を
向く事っていうのも
できるようになってくるってのがあります。



そうやって心の器に余裕を持たせていくと
相手を受け入れるだけのその器
余裕があるので少しぐらい
相手の負担があったとしても
余裕があるから受け入れるし
腹も立たないし
きちんと対処できるって事があります。



そうやって優しくなっていけるって事があります。
これは心の器の余裕がないと
そういうふうに
優しくなれないっていうのがあります。



というわけで
今日のまとめとして
相手の気持ちを
理解することができないっていうのは
三種類のタイプがあって



遺伝的に先天的な
相手の気持ちを理解することが
できないっていう人もいるし



自分のことで精一杯で
相手の気持ちを理解する余裕が
ないって人もいます。



またここでは説明しませんでしたけど
空気を読みすぎてしまって
空回りしてしまっているっていう
そういう人もいます。



遺伝的な相手の気持ちを
読むことができないっていう
そういう人は
自分の能力を変える事っていうのは
なかなか難しいので



自分の特徴を生かしてくってことは
とっても大事なことです。



相手の気持ちを読むことができないからこそ
自分の世界に入って
良い成果を上げられるってことかあります。



また自分の心余裕がなくて
精一杯の人っていうのは
心の器がいっぱいいっぱいに
なってしまっている状態が多いです。



そういう時は
相手に関心を持つことってのは
できないです。



そういうのは我慢しているから
心の器がいっぱいいっぱいなってるので
我慢をなるべくしないようにして



その今の自分の状況を
誰かに聞いてもらったり
分かってもらうという
そういうことしながら



心の器がいっぱいいっぱいなってるのを
少しずつ減らしていけたら
いいのかなと思います。



そうすることによって
人に優しくなれるし
相手の気持ちを理解するだけの
心の余裕が生まれてきます。



そんな感じで
相手の気持ちがわからない
と思っている人には
いろんなタイプがあって
その時その時で
また違った対処をしなければいけないって
ことがあります。



そういうのをしっかり覚えてくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



ありがとうございました。




 

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2021年05月25日2021年:5月

僕たちはみんな狂った存在である

今日は僕たちはみんな狂った存在である
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは人間である以上
皆が不完全で完全な存在ではないし
完全な人などいないっていうのがあります。



神様ではないので
みんな何かしら欠点を持っていてて
何かしらその自分でできないことが
あったりとか
そういうものがあって
完璧な人っていうのは
この世に存在しないってのがあります。



でも普通の人と言うな感じで
一括りにしてしまうと
できて当たり前っていうことがあって



何か欠点とか間違いとか
失敗とかっていうことがあると
それは許せないっていう風に
なってしまうこともあるのかなと思います。



その許せないっていうのがあると
欠点を直させようって
誰かに強制させようとしたりとか
相手を責めてしまってて
何か注意をしなければいけないとか



こんなことをしてしまってる相手を
何かとっ捕まえてやらなければいけないって
風に思ってしまうってことも
あるのかなと思います。



自分が何かしでかした時は
自己嫌悪に陥って
自分をずっと責めて
なんて自分はダメなんだって風に
思ってしまうってこともあるかもしれません。



でも普通の人なんていないんだ
みんなどこか欠けているし
みんな狂ってる
狂ってる部分があるって風に
思うことができるようなると
少し見方も変わってくるのかなと思います。



自分も狂ってるし相手も狂ってる
そうすると世界を見る目っていうのが
また少し違ってくるのかなと思います。



僕たちは狂ってるもの同士であるからこそ
完璧なことなんてできないし
その完璧を求めるって事も
無理なことだし
だからお互いに許し合うことができるし
助け合うってことも出来るのかなと思います。



そうやって欠けているものを
どうやって埋めるか
どうやって補っていくのか
誰かを助けていくのかっていうことで
一人一人が成長してるって事も
あるのかなと思います。



もし何か人間関係でトラブルがあったりとか
自分を責めてしまってるとか
そういうのがあったとしたら



もしかしたら
それは基準が高いっていうことが
あるのかなと思います。



そういう基準を低くする
普通であるということを
普通じゃないんだ



僕たちはみんな欠点があって
みんなどこか狂ってるところが
あるんだっていう風に
思うことができたとしたら
少し楽にいられることが
できるのかなと思います。



狂ってるって言う言葉っていうのは
あまりいい言葉ではないかもしません。



でもそういう
極端に考えるってことをすることによって
楽に生きられるって事が
あるのかなと思います。



普通でいようとすると
苦しくなってしまうけど
僕たちはみんな狂った存在だ



みんなどこか欠点があるし
完璧な人なんていないんだって
思うことができたとしたら
自分を責めることもないし
相手を責めるってことも
少なくなるのかなと思います。



今日のまとめとして
僕たちは神様ではないし
完璧な存在ではないというのがあります。



誰でも欠点があるし
短所もあるし
できないこともたくさんあります。



そういうので
みんな僕たちはどこか一部分は狂っている。
ということがあるのかなと思います。



そういう狂ってるっていう風な言葉を
使うことによって
普通でならなければいけない
というところから



普通でなくてもいいんだ
僕たちはどこか何かおかしいんだって
思うことができて
基準というのを下げれるって事が
あるのかなと思います。



そうやって狂った存在である人たちが集まって
許し合うってこともできるし
助け合うこともできるし
楽に生きられるのかなと思います。



決して普通な人ってないないし
僕たちはみんな欠点を持ってる
狂った存在であるっていう風に
思うことができたとしたら
また世界を見る目ってのは
変わってくるのかなと思います。



僕たちはみんな狂った存在だ
ということについて
今日はお話しさせていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年05月17日2021年:5月

ZOOM飲み会 終了

昨日は定期的にやっている
ZOOM飲み会を開催しました。
僕を含めて6人の方
参加してくださいました。
 
 
 
仕事で悩んでいる人がいて
その人の悩みを解決することに
懸命になっていました。
こうやって悩みを吐き出せる場所というのは
貴重なのかなと思います。
 
 
 
それで、すべて解決するわけではないですけど、
誰かに聞いてもらうことで、
ちょっとでも心が穏やかになれたら
このZOOM飲み会をやっているかいが
あるというものです。
 
  
 
悩んでいる人にとっては
一人で抱え込んでしまうと
ドンドンと泥沼に入ってしまって
必要以上に不安とか恐怖を
大きくしてしまうことがあります。
 
 
 
同じような経験をしている人がいるだけで、
ちょっと救われるところがあるのかなと思います。
みんな、苦しみを抱えながらも
それを乗り越えて今がありますからね。 
 
 
 
もちろん、その人の悩みだけで
終わるわけにもいきませんので、
2つにグループを分けて
もう一つの方で交流をしてもらいました。
  
  
 
こうやってちょっとずつでも
交流しながら
お互いに共感しあって
励まし合って
共に頑張っていけたら良いです。
 
 
 
人生において
仲間の存在というのは
とっても大きいものですからね。 
 
 
 
ちょっとでも興味がありましたら、
参加していただけると嬉しいです。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
6月11日(金)20時から
参加費 無料
です。
 
 
  
よろしくお願いします。



 

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2021年05月15日2021年:5月

【朗読 泣ける話】 子供が教えてくれる大切なこと





 

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2021年05月12日2021年:5月

【朗読 感動する話】 血のつながらない僕を愛してくれたばっちゃん



 

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2021年05月08日2021年:5月

どうして悪いことをするのか?それは無知だから

今日はどうして人は悪いことをするのか?
それは無知だから
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは被害者の気持ちっていうのは
なかなかわからないってことがあります。



被害者と加害者では
気持ちの差に
すごい大きな差があるからです。



僕たちは相手の立場に立って
物事を考えるって事がとっても難しくて
なかなか相手の立場になって
想像する事っていうのはできません。



それは自分が
一番可愛いからっていうことがあります。



自分のことだけで精一杯なのに
相手の気持ちを考えて
汲み取るとするっていうのは
とても難しいことなのです。


だからそのゴミを捨てるにしても
ゴミを捨てる方と
拾う方とでは大きな差があります。



またいじめる方といじめられる方にしても
大きな気持ちの差があって
騙す方と騙される方では
すごく大きな気持ちの差があります。



その大きな気持ちの差として
悪い事やってるって言うのは
本当に軽い気持ちで
やってるって事がほとんどです。



とてもとても自分が重大犯罪を起こしてるとか
すごい悪いことしてるって言う
そういうので思ってやっている人って
少ないのかなと思います。



悪いことを思えないって言うので
平気でそういうことを
やってしまうってことがあります。



もし被害者であることを経験したとしたら
すごい憤って
こんなことを許すものかっていう風な感じで
色んな感情が出てくるでしょう。



そういうことを経験したら
悪い事なんて出来るはずもないです。



そういうことで
僕たちは普通に生活していたとしても
よくよく考えていかないと
いつの間にか人に迷惑をかけたりとか
いつのまにか人に悪事を働いてるとか
そういうことに
なってしまうことがあるのかなと思います。



自分では普通にしていたとしても
相手からしたらすごい迷惑で
嫌がらせがあったりとか
そういうものがあるのかなと思います。



だからその僕たちは相手の気持ちに
立つってことはとっても大事で
そしていかないといつの間にか
悪いことしてしまうってことが
あるのかなと思います。



また自分が相手のために良かれと思って
やったことだったとしても
やり方が悪いとすごい迷惑になって
相手に対して
悪事に写ってしまうってことがあります。



良いことをするってことは
相手や状況によっていろんなパターンがあって
ひとつにまとめる事ってのはできないので
とっても高度なことでもあります。



すごい知識が必要に
なってくるのかなと思います。



子供っていうのは
なぜ悪いことをしてしまうのかっていうと
それは悪いって事を
それは知らないからっていうことがあります。



そういうので僕たちは学んでいかないと
いつまにか自己流になってしまって
それが良い方向に行くのだったら
良いのかもしれませんけど
大抵は変な方向・間違った方向に
行ってしまうってことが多いです。



例えば子育てにしても
自分なりの方針で行ったとしても
それは大抵が親から習った方法
というのを真似してしまう
真似するしかなくなってしまうって
ことがあります。



他の方法が知らないってのがあります。



それではいつのまにか
自分なりの方向で一生懸命やっていることが
子供に対しては
傷をつけてしまうってことになりかねません。



そう言うのは本当に多いです。



パターンとして
一生懸命やるばやるほど
子供が傷ついたり
子供の気持ちを無視したことをやって
しまったりってことが多いのです。



そういうのでうまくいくやり方
子育てしても何でも
うまくいくやり方っていうのが
今は研究されています。



そういうのを知るってことは
とっても大事なことでもあります。



そうじゃないと
間違い犯してしまうってことがあります。



その間違いというのは
みんな同じような間違いをしています。



そういうのを試行錯誤しながら
それを解決していってるって事があるので
同じ間違いをしている人がたくさんいるので
解決方法もたくさん見出されているって
事があります。



そういうのに触れるって言うことは
自分一人の考え方ではなくて
学ぶことで先人のいろんな知識とか
知恵っていうのが
簡単に得られるとことがあります。



特に今は昔と違って
ネットの発達で
簡単に知識を得られるとことがあります。



youtubeなどでも
いろんな人がいろんなやり方で
良い方法を言っていることがあります。



そういうのを簡単に学べる場所があって
ちょっとした時間があれば
学ぶことって容易にできます。



昔は本屋に行って
わざわざ本買ったりとかして
すごい手間はかかったことがあったとしても
今は自宅にながら
簡単に無料で学べることができます。



そういうのを活用していく
ネットとかを活用していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



自己流の世界からいろんなことを学んで
先人の知恵っていうことを
取り入れていくことによって
間違いを減らしてくってことがあります。



そういう間違いを減れば減るほど
いつまにか良いことしてるつもりが
相手を傷つけるって事が
少なくなってくるのかなと思います。



せっかく気持ちは良いことしよう
と思っているのに
方法が間違ってると
相手に傷をつけてしまうっていう
残念な結果になってしまいかねません。



だから知識をつけるって事は
とっても大事なことです。



今日のまとめとして
まず僕達っていうは
被害者と加害者って言うのでは
大きな気持ちの差があって



加害者である時っていうのは
被害者の気持ちというのは
なかなか理解することはできません。



だから軽い気持ちで何か悪いと思って
何かやってしまうとことは
あるのかなと思います。



簡単な気持ちで
悪いことしてしまうってことがあるので
それは気をつけていかないと
いけないなと思います。



また良いことをしようとしても
それは方法とかいろんなパターンがあって
とっても難しいことで
大体自己流っていうのがあるので
自己流はだいたい失敗するとことがあります。



だから良い方法を学んでいくってことが大切で
同じ失敗を皆してるので
その失敗は研究され続けて
どうやったら解決するかっていうのは
もう見出されています。



そういうので学んでいくってことで
自己流の世界から
先人の知恵を学ぶことによって
間違いを減らしていく
いけるって事があります。



そんな感じで僕たちは
なぜ悪いことしてしまうのかっていうと
それは無知だから
いろんな方法知らないからってことがあります。



被害者である気持ちがわからなかったり
良いやり方っていうのがわからなくて
いつのまにか相手を傷つけてしまったり
とかっていうそういうのがあります。



だから学んでいく
良い方法を学んでいくし
相手の気持ちを実際に理解して
いこうっていうことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日はなぜ人が悪いことしてしまうのか?
それは無知だから
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年05月06日2021年:5月

恥をかきたくないが対人恐怖をつくる

今日は恥をかきたくないが
対人恐怖を作るということについて
お話ししようと思います。



恥っていうのは
自分の欠点とか
何か変な行動してるのでは
ないのかっていうことで



そういうのを笑われたり
からかわれたり
人に不快な思いをさせたりっていう
そういう風なものがあったとしたら
恥をかいたと思って
視線がすごく気になってしまうっていう
そういうものなのかなと思います。



それで日本っていうのは
恥の文化だと言われています
所属集団というのが大事で



個人個人の思いよりも
集団を重んじるということなので
その集団に対して



何か迷惑をかけていないかとか
不快な感情を
相手にさせていないのかっていうのを
すごく気にしてしまうってことがあります。



そういうことで
名声とか立場っていうの
無くてしまうのじゃないのかって
いう風に思ってしまうことがあります。



世間体っていうのも強く意識するっていうのは
そういうところから
来ているのかなと思います。



でも恥があるからこそ
僕たちはきちんとできるのかなと思います。



きちんとした身なりで外に出ようとしたり
礼儀正しいものの言い方とか
姿勢とか行動をとるようにしたりとか
あと道徳心が高いっていうのもあるでしょう。



恥ということで
そういう風な良い面もあると思います。



でも恥が大きくなってしまうと
自分の身なりとか言動っていうのが
相手に不快感を
与えてしまうんじゃないかっていうのを
すごく気にしてしまうってことがあります。



そうなると人の目線っていうのが
すごく怖くなって
どこにも出かけられなくなったり
閉じこもってしまったり
とかっていう風になりかねません。



そういうので
対人恐怖になってしまうってことも
あるかもしれません。



そういうのがひどくなってしまうと
いろんな恐怖症ってのが出てきてしまいます。



そういうものの代表として
醜形障害として自分の身なりとか
何か欠点・コンプレックスなどが
相手に不快感を与えてしまってるんじゃないか
ということがあります。



僕もこれはすごくあります
顔のニキビ跡があって
それがずっと気になってました。



こういう自分の醜い顔を見て
誰かに不快感を与えてしまうんじゃないかって
いうことがあると
それが恐怖症となって
ちょっと行動に制限を
かけてしまうことがあります。



また赤面症として人の前に出てしまうと
顔が赤くなって
恥をかいてしまうのではないかって
いう風なことがあります。



またそういうので視線恐怖ということで
常に誰かに見られてるのではないかとか
何か視線を感じてしまう。



そういうので
常になんか恐怖を感じなければ
いけなくなってしまうってことがあって
いろんな恐怖症ってなできてしまいます。



そういう恐怖症を克服するための
一つの方法として
欠点というのを隠そうとするのではなくて
信頼できる大切な人にさらけ出してみる
というのも良い方法なのかなと思います。



僕たちは恥をかきたくないと思うと
それを隠そうとか
何とかして誤魔化そうとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



僕もその顔のニキビの跡を隠せないんだけど
何とかその話題に触れさせないで
おこうって言うなことを
一生懸命している時がありました。



でもそういう時ってのは
さらにひどくなって
その恥をかいてしまうのではないのかとか
対人恐怖っていうのが
ひどくなってしまいました。



でも思い切って
自分の大切なパートナーに
話をすることができたとしたら
それで少し和らいだっていうのがあります。



そういうのでさらけ出してみるって言うのは
とっても大事な方法なのかなと思います。



でも誰かに打ち明けるっていうことは
とっても勇気がいることです。



何かまた怖い目にあうのではないか
という風な恐怖を感じてしまうからです。



だからそのさらけ出すってことは
すごく勇気がいることで
思い切りってのが必要なのかなと思います。



もういいわって思って
さらけ出すということができたとしたら
大きく前進していけるかなと思います。



また一番怖いことというのを
考えていく必要があるのかなと思います。



恥をかいてはダメとか
嫌われてはダメとか
見捨てられてはダメっていう風に
一番怖いことがあったとしたら
そういうのを少し受け入れてみるっていうのも
良い方法なのかなと思います。



恥をかいたとしてもOKとか
嫌われてしまったとしても
もうしょうがないかって言うので
OKを出すとか



見捨てられたとしても
まあまあそれもしょうがないかって言って
OKを出す



そうやって恥をかいらダメから
恥をかいても良いに変わるだけで
少し心が和らぐってことがあります。



嫌われてはダメから
嫌われても良いって思うことだけでも
少し和らぎます。



また他人は何とも
思ってないってこともあります。



他人も自分のことが一番で
自分にしか興味がないってことがあります。
だから僕たちのことを誰も見ていません。



他人も自分のことが
周囲からどう見られてるかっていうことで
気にしてしまってて
人のことを見る余裕なんてのはないのです。



そうやって気にしているのは
自分だけであって
他の人っていうのは
そんな気にしていないとことがあります。



またそういう恐怖症っていうのは
一進一退を繰り返して
一歩進んでは
また下がってっていう風になって
すぐには良くならないっていうのがあります。



ゆっくりゆっくりと
自分自身を受け入れていくことが
大事なのかなと思います。



自分のその欠点とか
その自分の容姿とか行動とか
そういうのを受け入れていく
少しずつ受け入れていくことによって
恥から解放されていくのかなと思います。



自分の体っていうのを変えることってのは
とっても難しいことです。



だったらそういう醜い自分でも
そういう自分でもOKを出す
ということができたとしたら
少し楽になりますし
そういう自分でも許してくってことも
とっても大事なことです。



僕もそういうニキビ跡である
自分って言うのOKを出すし
そういう自分であっても
許してくってことを
実践してる最中です。



まだまだ自分の中で
恥をかいてしまうっていう感情はありますけど
でも昔と比べて
だいぶ良くなったってのがあります。



そういうことで隠すのではなくて
さらけ出していくっていうことも必要ですし
一番怖いことに対して
そうなってもしょうがないって
受けれていくってことも
とっても大切なことなのかなと思いました。



今日のまとめとして
自分の行動とか欠点とか
そういうものがあると
誰かに不快な思いをさせてしまってるんじゃ
ないかっていうことで
恥をかきたくないっていう思いを
強くしてしまう時があります。



そうなると人の目線っていうのが
すごく怖くなって対人恐怖に
つながってしまうこともあるでしょう。



そういう時っていうのは隠すのではなくて
大切な人にさらけ出してみることは
とっても大事なことです。



そして一番強いことに対して
そういうのを受け入れていく
嫌われることを恐れずに
嫌われても良いって思えることが
できたとしたら
それは少し心が和らぎます。



またそういう自分の醜さっていうのを
OKを出していく
そういうの許していくってことも
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は恥というのが
対人恐怖を生むということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年04月29日2021年:4月

言い争いになった時は!?

今日は言い争いになった時は
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは二人以上になると
意見というのが
食い違ったりしてしまう時が
あるのかなと思います。



同じ考えである時は問題はないと思いますけど
でも違う考えとか
違う価値観になった時ってのが
どうするかっていうのが
問題になってくるのかなと思います。



お互いの意見が違ったときに
どちらも譲れないという状態に
なってしまったとしたら
争うことになってしまうでしょう。



特に夫婦間とか親子関係とか
そういう親しい関係の時だと
どうしても譲れないっていう時が
あるかもしれません。



会社で上司や部下の関係とか
学校で先生や生徒の関係だと
意見が違ったとしても
先生に従ったり
上司に従ったいっていう風に譲る
自分が譲らなければいけないって
風になってしまうと思うんですけど



親しい関係の中では
そういうこともできない時が
多いのかなと思います。



それでどちらも譲れない
という感じになってしまうと
自分の考えを押し通すということで
一生懸命になりすぎて



いかに自分が正しいか
というのを証明しようとするし
いかに相手が間違ってるかっていうのを
どうにかして証明しようと
し続けることが多いのかなと思います。



それがどんどんとエスカレートして
頭にきてしまっている
感情的になってしまってる時っていうのは
心にも余裕がないので
すごい意地を張って
余計に自分の考えに執着してしまう
って事があるのかなと思います。



そうなると
もうそれは良い悪いっていうよりも
勝ち負けの世界
自分が勝つか相手が勝つかっていう
そういう世界に入ってしまうことが多いです。



そうなると自分も負けたくないって思うので
余計に自分の考えを
自分の考えの正しさを証明しようとし
続けてしまうってことが
あるのかなと思います。



そういうことで
思ってもないようなことを言って
相手を傷つけてしまうことがあります。



そうなると関係も悪化してくるでしょう
そういう感情的に
なってしまってる時というのは
もうどんなことを言っても
自分の言ってることっていうの正しさを
証明しようとし続けてしまうだけなので
そういう時は距離を取ったり
時間を置くってことは
とっても大事なことです。



そうやって頭を冷やすっていうことを
していかないと
感情的になってしまってる時っていうのは
相手を傷つけてしまうだけに
なってしまうことが多いです。



冷静になってくると
心にも余裕が生まれるので
少し自分の言ったことを
反省できることが
できるようになると思いますし
そうなると相手を認めるって事も
出来るようになるのかなと思います。



誰でも自分が間違ってるって
言うのを認めるっていうのは
とっても難しいことです。



負けるということに繋がってしまって
そうやってなってしまうと
自分の考えを変えれないっていう風に
なってしまいます。



でも思い切って負けを認める
自分が正しくない
間違ってるって事を認めることが
できたとしたら
心が自由になれるって事があります。



負けたくないとか
自分は正しいんだって思ってる時っていうのは
心もガチガチになって
相手を受け入れる余裕がないですけど



思い切って負けを認めるとか
自分の間違いを認めるって事ができたとしたら
やっと良い話し合いっていうことが
できるようになるのかなと思います。



そういう心の柔軟さっていうのを
つくるためにも
負けを認めるっていうことを
受け入れていくことはとても大事なことです。



そして感情的になってしまった時っていうのは
相手の心ない言葉で傷ついたってことが
あるかもしれません。



でもそれっていうのは
本心で言ったことではない
というのがあります。



だからなるべく気にしないで
受け流すということが
必要なのかなと思います。



感情的になってしまうと
どんどんどんどんとエスカレートしてしまって
ホントに心ない言葉を
言ってしまうことがあります。



でもそれは決して
本心ではないってことがあります。



また相手を傷つけたくないとか
ケンカしたくないっていうことで
我慢するっていう人もいるかもしれません。



でもそれでは自分の伝えたいこと
自分の要望が相手に伝わらないので
問題っていうのは解決していきません。



ということで
たまには本音を言うってことは
とっても大事なことです
今まで我慢してきたことを言うとすると
もしかしたらケンカになるかもしれません。



相手に対して不都合なこととか
嫌なことを言わなければ
いけなくなってしまうかもしません。



それで怒らすこともあるでしょう
でも自分のことを言うことによって
お互いがお互いの本心を知れて
それが解決した時に
より深いつながりっていうのは
できるのかなと思います。



それは我慢してきたものよりも
より自分のことを伝えることができるし
相手のことをわかることもできる
そうやって深いつながりというのはできます
我慢することが解決ではないと思います。



今日のまとめとして
2人以上なった時っていうのは
どうしても意見が食い違うってことがあります。



そうやって言い争いに
なってしまった時っていうのは
エスカレートしていくと
ドンドンと感情的になってしまいます。



そうなると良い悪いではなくて
勝ち負けの世界に入ってしまいます。



そういう時ってのは時間を置いたり
距離を置いたりして
冷静なるって事が大事です。



感情的になってる時っていうのは
何を話してしても
解決には向かっていかないでしょう。



自分の負けを認める
自分の間違いを認めるって事も
とっても大事なことです。



そうやってやっていって
もし傷ついてしまったことがあるとしたら
それは本心ではない
エスカレートしていって
言い過ぎてしまっただけであるって事を
心に留めておくって事も大事です。



また争いをしたくないって思って
我慢するっていうことも
するかもしれませんけど
それでは解決はならないのです。



自分の言いたい事も言うし
相手の言いたいことも聞くっていう
そういうことを通して
争いになるかもしれませんけど
そこで争いになった後に解決するとしたら
より深いつながりってのはできるかもしません。



だから勇気を持って本音を言ってことは
とても大事なことです。



今日は言い争いになってしまったら
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年04月26日2021年:4月

プライドを捨てた時に大切なものが手に入る

今日はプライドを捨てた時に
大切なものが手に入るということについて
お話ししようと思います。



プライドっていうのは
悪い意味で捉える時もあるけど
良い意味では自尊心や誇りとか
強い信念を持っていて
自分は優秀だって思えるっていう
という良い意味でもあります。



そういう人っていうのは
成長意欲が高くて
バリバリ仕事をして働くことができますし
優秀な人が多いのではないのかなと思います。



そういうプライドを持って
働いていくっていうことに対しては
プラスのイメージがあって
とても良い作用を働く
ということがあるのかなと思います。



でも強すぎるプライドがあるとしたら
自分の意見が曲げられなかったり
一度こうだって言いだしたら
もし間違いがあったとしても
それを通さなければ気が済まない
という風になってしまったり



ちょっとしたジョークでも
いじられることを嫌ったりとか
負けず嫌いで絶対にあいつには
負けたくないっていう思いが強すぎて
苦しんでしまうってことも
あるのかなと思います。



そういう人っていうのは
負けず嫌いってこともあって
全力疾走で何かに打ち込んで
リラックスできないってことが
あるのかなと思います。



そうすると常に緊張状態で
すごい体もカチカチになって
しまってるって事があって
心にも余裕がないっていうことが
あるのかなと思います。



そういう人ってのは
要求水準というのがすごく高いです
そしてそれを自分にも当てはめるのではなくて
他にも当てはめてしまって
厳しいっていうことがあります。



そうなると周りの人ってのは
ついていけなくなってしまうことがあって
周りの人がついていけなくなると
評価も上がらないし



あの人と一緒にいると疲れる
という風になってしまって
すごく頑張っているのに
なかなか周りからの評価が得られない
報われないっていうことが
あるのかなと思います。



そういう強すぎるプライドの奥には
自分は特別な存在でいたいとか
前の評価が気になってしまう
だからこそ、ちゃんとしてないといけない
という風なことがあったりとか



負けるのを異常に
怖がってしまうっていうことが
あるのかなと思います。



それはプライドが高いの奥には
自分に自信がなかったり
価値を提供していかないと
見捨てられるって言う
そういう思いを持ってしまって
自己評価がすごい低く
なってしまってる人というのがいます。



それっていうのは
辛い経験をしてきたってことが大きいです
親に認められなかったってことがあったり
誰かに失敗を笑われて



すごい恥かいて嫌な思いをしたとか
もしかしたらいじめにあって
とっても辛い思いをしてきたって
いうことがあるのかもしれません。



そういう辛い思いをしてきたっていう人は
もう二度とこんな思いしたくない
ということがあって
自分は優秀であるって事を
常に証明書つけなければいけないって
思ってしまうことがあるのかなと思います。



そういうゆがんだ価値観を
持ってしまうということが
プライドの奥には
もしかしたらあるのかなと思います。



そこで自分を変えるために
優秀さをアピールしていくのではなくて
優秀じゃない自分とか
特別ではない平凡な自分というのを
さらけ出す
自分の弱さをさらけ出すということが
自分を変えていくのに
必要な事なのかなと思います。



そして強がりをやめて
弱さを出したとしても
思っていた以上のこと起きなくて
みんな助けてくれる
見捨てられないっていうことが
もしかしたら経験できるのかなと思います。



そういう弱い自分をさらけ出しても
昔みたいに怖い思いをするのではない
誰かに怒られたいとか
恥かいたりとか笑われたりとか
いじめられたりとか
そういう事をすることがないって
思うだけでも
自分の弱さっていうのを
さらけ出すってことが少しずつ
できるようになってくるのかなと思います。



昔は弱い自分を出すと
誰かに何か言われたりとか
馬鹿にされたりとか
していたのかもしれませんけど



今はそうではないって思うことができて
それを実感することができたとしたら
少しずつさらけ出すってことが
できるようになるのかなと思います。



そうやって頑張りすぎるのやめて
力を抜いていくことができたとしたら
みんなの優しさっていうのを
感じることができるように
なるのかなと思います。



そして本当に望むものっていうのは
手に入るのかなと思います。



力を入れてカチカチにやって
プライドを高くして
自分は特別な存在でならないと
手に入らないと思っていた
優しさとか本当のつながりっていうのは



もしかしたら力を抜いて
自分らしくあることによって
手に入るものなのかもしれません
そういうプライドっていうの捨てていけば
本当に望むものが手に入るっていうことです。



今日のまとめとして
プライドっていうのは
悪いことのように思いますけど



プライドを持つことによって
自尊心や誇りを持つことができたり
強い信念を持って
大きなことをやり遂げることができた
というのもありますし



自分は優秀だって
そういう自信を持つことが
できるって事もあります。



でも強すぎるプライドがあるとしたら
自分の意見を曲げれなくなってしまったり
ちょっとしたジョークでも
いじられるが嫌ったりとか
馬鹿にされるのを非常に嫌がったりとか
負けるのが嫌いで
絶対に勝たなければっていう
そういう意地を張って
しまうってことがあります。



そして要求水準が高いので
自分にも周りにも厳しくなってしまって
誰もついてこれなくなってしまいます。



そうなると前の評価っていうのも
下がってしまって
頑張ってるのに
報われないっていうことにも
つながってしまいます。



そういう強すぎるプライドの奥には
特別な存在でいたいとか
周りの評価が気になってしまっている
ということもありますし
負けるのは怖い
異常に怖がってしまうってことがあります。



それっていうのは過去に辛い思いを
してきたからっていうことがあって
もうこんな思いをしたくないっていうことで
優秀である証明をしなければいけない
そういうゆがんだ価値観に
なってしまってることが多いのです。



そういう時は
頑張るのをやめていくってことが大事で
そのためには優秀じゃない
自分を出したり
特別でない平凡な自分であることを
出してみるっていう事は
とっても大事なことなのかなと思います。



そうやって普通である自分とか
優秀でない自分っていうの
さらけ出したとしても
怖い思いをすることがないって思って
そういう思ってることは起きない



何か馬鹿にされたいとか
嫌がらせされたりとか
怒られたりとか
そういうことをすることがないって思うだけで
そういうのを実感するだけで
自分を変えることができるのかなと思います。



そうやって弱い自分をさらけ出して
力を抜くことができたとしたら
みんなの優しさっていうのを
感じることができるのかなと思います。



そうやって初めて人とのつながりという
大事なものを手に入れることが
できるのかなと思います。



だから高すぎるプライドを捨てて
もっともっと自分らしく力を抜いて
楽に生きていくことができたとしたら
みんなの優しさ、あたたかさを
受け入れる事が出来るのかなと思います。



今日はプライドを捨てた時に
本当の大切なものが手に入る
ってことについて
お話させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年04月22日2021年:4月

こだわりを捨てると楽に生きられる

今日はこだわりを捨てると
楽に生きられるということについて
お話ししようと思います。



こだわりっていうのは
自分の考えをすごい強い思い入れがあって
なかなか譲れない
自分の考えに執着
囚われてしまっているっていう状態です。



その執着でよくあるのが
自分の常識・ルールっていうのがあって
これを守らないといけないっていうのが
厳しい人です。



何々でないといけないっていうのがあって
そういうので頭がカチカチに
なってしまっているっていう
そういう状態なのかなと思います。



確かにこだわりがあると
良いものが作れるっていうのがあります。



たとえばラーメン屋にしても
美味しいラーメンを作れる所っていうのは
頑固おやじて絶対に譲れない。



俺はこうするんだっていうのが
強い人というのは
とことんまで内容にこだわって
すごく美味しいラーメンを作る
ってことができると思います。



そういう妥協がない物っていうのは
全てにこだわりがあって
材料とかそういうものにも
とことんこだわることができる。



でもそういう人と一緒にいるって言うのは
とっても辛いことなのかなと思います。



従業員とか家族とかそういう人ってのは
その頑固おやじに
振り回されてしまうってことがあります。



妥協がないのは良いことですけど
でもその周りの人っていうのは
ついていけずに
やっぱり嫌な思いとか
辛い思いしてしまったことが
多いのかなと思います。



そういうこだわりが強い人と一緒にいると
考え方が変えないので
周りが合わせるしかなくなってしまうって
いうことがあって
前の人はすごいストレスを溜めてしまう
って事があります。



そういう自分と違う考えを
受け入れない人っていうのは
大体が白黒思考で良いか悪いかという
その判断しかしていないってことが多いです。



自分の常識の中だったらOKだけど
自分の中で常識ではないもの
非常識なものはダメということで
それを黒



自分の常識の範囲だったら白でOKだけど
自分の非常識だったら
黒でバツっていう風に
白黒思考に陥ってしまうことが多いのです。



こだわりを捨てるって事は
違う意見を取り入れるというので
自分が今までやってはいけないと思ってた
非常識である黒の世界でも
認める事っていうことが
大事になってきます。



でもその非常識を認めるっていうのは
とっても難しいことで
今までやっては駄目だって思っていたものに
OKをするっていうこと
これはすごい怖いことでもあります。



なぜかと言うと
そういうダメなことをしてしまうと
痛い目にあう
あってしまうのではないとかっていう風に
思ってしまうところがあるからです。



それは過去に痛い思いに
あってきたってことがあります。



もしかしたら
ゲームとか勉強したくてだらけてしまって
それをお母さんにすごい怒られた
といういうことがあったとしてます。



もう絶対にこんなことをしないって
強く誓うとしたら
ゲームをすることはバツで
勉強する事がマル
自分の中の常識っていうふうに
思ってしまうことがあります。



そうなると、だらけたりゲームをする事を
許せなくなって
自分もゲームをしてはいけないし
相手もゲームをしていたり
だらけたりしているのが
許せなくなってしまうってことがあります。



そういう感じで
自分の中の常識っていうのが
作られてしまうってことがあって
それは過去のトラウマっていうのが
大きくなってしまっています。



その自分の常識にこだわってしまうって
いうのはトラウマがあるからであって
そのトラウマに気づくってことは
その常識を打ち壊すために
役に立つってことがあるのかなと思います。



なぜ自分がそういう常識に
落ちいただければいけなかったのか
どういうものが〇で
どういうものがバツかっていうのを
気づいていく



それはトラウマがあるから
そういう風になってしまってるって
いう事があると
少し非常識なものでも
受け入れやすくなるのかなと思います。



今までゲームしたら
怒られたっていうことがあって
でも大人になって
それを怒られるとことがないのに



ずっと怯えてゲームをしたらダメだ
だらけたらダメだって
思ってしまってるとしたら



大人になって誰も責めないのだから
少しぐらいゲームをしても良い
だらけてもいいっていう、そういう黒を
受け入れやすくなるのかなと思います。



そういう白だけじゃなくて
黒もOKを出せるようになると
どんな考えでも認める事っていうのが
できるようになってくるのかなと思います。



となると前の人が楽になってくる
一緒にいて責められないし
否定もされないので
楽に生きていけるのかなと思います。



苦しんでるって言う時ってのは
もしかしたら自分のこだわりが強すぎて
自分の中の常識の世界
白だけの世界にしか認めることができなくて



非常識の世界では
黒の世界っていうのを
否定してしまっている時が
あるのかなと思います。



そういう時ってのは
少し非常識な世界とか
自分の中で駄目だと思っていた事っていうの
認めていくっていうことができたとしたら
苦しみも減っていくのかなと思います。



相手を変えることっていうのは
とっても難しいことなのかなと思います。



でも自分のことを
自分の考えを変える事っていうのは
比較的まだやりやすいって事があって
相手を変えるよりも
自分の考えを変えていく方が
まだやりやすいので
そっちの方にフォーカスして
やっていくってことは大事なことです。



今日のまとめとして
こだわりっていうのは
自分の考えに強い思い入れを持っていて
なかなかその思い入れを
譲ることができないっていうことです。



そういう自分の考えを
変えることができないとしたら
周りが合わせなければいけなくなって
周りがストレスを
ためてしまうってことがあります。



そういう風に自分が変わらなければ
誰かが我慢することになってしまうことです。



こだわりを捨てるって事は
自分とは違う意見を取り入れるっていうことで
今までやってはいけないと思っていたこと
非常識でも認めていくっていうことが
大事になってくるのかなと思います。



そういう自分の中のこだわりっていうのは
大体がトラウマが関係してるって
いう事があります。



昔こういうことをして怒られたとしたら
もう二度とこんな事はしていけない
してはいけないって思って
それが自分の中の常識として
強く残ってしまうってことがあります。



そういう自分の中のトラウマに気づく
というだけでも、こだわりというのは
減ってくるのかなと思います。



そうやってこだわりが減ると
少し自分の中の非常識とか
駄目だと思っていることを
受け入れやすくなるのかなと思います。



そうやって自分の中の常識だけでなく
自分の中の非常識
今でやってはいけないと思ってたことや
駄目だと思っていたことでも
OKを出せるようになってくると
どんな考えても
認めることができるようになります。



そうなると周りの人も楽に生きていけますし
自分も周りの人と衝突がないので
楽に過ごすことができるって
言うことがあります。



今日はこだわりを捨てるって事は
自分の中の非常識
やってはいけないと思ってることを
認めていくっていうこと
そういうことを説明させていただきました。



こだわりは捨てていけばいくほど
楽に生きていけるので
なるべくこだわりを捨てていけたら
いいのかなと思います。



ありがとうございました。



 

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2021年04月19日2021年:4月

執着を手放すと自由になれる

今日は執着を手放すと
自由になれるということについて
お話ししようと思います。



執着ってのは物とか自分の考えとか
そういうものを強く
きゅっと握りしめている状態だと
言われています。



ずっと握りしめて絶対に離すものか
これは私のものだという風な固い決心をして
そういうのを譲れないっていう
そういう強い思いを
持っている状態っていうのが
執着っていう風に言われています。



そこで三つの執着について
考えてみたいなと思います。



いろんな執着がありますけど
まず自分の持ち物に対しての執着
これを失いたくない
失ったら、とんでもないことが起こりそうだ
っていうことで
自分の持ち物をぎゅっと握りしめている
というのも執着に入ります。



また自分の考えで
絶対にこうならなければいけない
こうするべきだっていう
そういうものも
執着の一つに入るのかなと思います。



また自分はこうなるべきだ
出世して社長にならなければいけない
大金持ちにならなければいけないっていう
そういうプライドも
執着の一つに入るのかなと思います。



ここでは持ち物について
色々と考えていきたいなと思います。



まず物を持つという事は
愛着も出てくることなのかなと思います。



そういう愛着が強ければ強いほど
自分の一部分となってしまうってことが
あるのかなと思います。



例えば人形にしても
すごい愛着を持って丁寧に丁寧に
その物を大事にしていくっていうとすると



その物自身が自分の写し鏡となって
自分の一部分として
なってしまってるって事も
あるのかなと思います。



そういうことで物を持つと
いつの間にか自分の分身が
増えてしまうってことがあります。



そうなると失うっていうことは
自分の一部分がなくなってしまうって
いうことがあって
凄い痛みを伴ってしまいます。



それは自分の中に
ぽっかりと穴が開いたような感じで
自分の一部分が欠けてしまうという
そういう感覚に陥ってしまうのです。



また物があると
そこで縛られてしまうってことがあります。



例えば家を建ててしまうということがあると
簡単にはその家を手放す
ってことができないと思います。



そんなるとそこに
居続けなければいけないってことがあります。



もし隣の人がクレーマーだったとしても
簡単に引っ越しすることはできないと思います。



また旦那さんが転勤で遠くに行ってしまう
ということがあったとしても
簡単にお引越しすることができないので
家族が離れ離れになってしまうことも
あるかもしれません。



そうやって物が増えれば増えるほど
そこに居続けなければいけないっていう風に
なってしまいかねないのです。



また物を持ちすぎると
盗られないかっていう不安が
出てきてしまいます。



特に高価なものだと
誰かに盗まれるかもっていうことで
ずっと不安があって
余計な不安を抱えてしまうって
こともあるかもしれません。



もし高価なものがなかったとしたら
盗られるかもっていう
そういう不安はないかもしれません。



でも金持ちとかは
そういうものが
誰かに盗られないようにっていうように
厳重にガードして
しっかりと守らなければっていう
そういう余計な不安を抱えてしまうって
こともなってしまいます。



ということで
執着というを手放すっていうことは
ぎゅっと握りしめている
手を緩めるって言うことでもあります。



その緩めるっていうはとっても難しいことで
それは失ってことを認める
ということにもつながります。



失ってはいけないって思えば思うほど
ぎゅっと握りしめてしまいますけど
失ってしまうことをもう認める
失ってもいいって思えることができたとしたら
その手を緩めて
自由になることができるのかなと思います。



緩めるための一つの方法として
自分のところで留める
っていうことをするのではなくて
流していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



そういう水も同じように
自分のとこで留めるって事はできません。



流してたまたま自分のところにある時は
楽しむけど時は来たら流れていく
そうやって巡り巡って自分にも流れていくし
相手も流れて行くし



いろんなとこに流れて
また自分のとこに戻ってくるかもしれませんし
いろんなとこを巡るってことは
あるのかなと思います。



そうやって循環させるって事を考えて行くと
失ったものっていうのを諦められる
手放すことができるように
なるのかなと思います。



そういう風にして
失ったものを諦めることができたとしたら
心にも余裕ができて
自由になっていけるのかなと思います。



もし失った物っていうのを諦められずに
後悔したり悔やんだり
そういうことしていくと
そこに縛られてしまうって
ことがあるのかなと思います。



手放せば手放すほど心に余裕が生まれてて
心が自由になっていけるって事が
あるのかなと思います。



また物を少なくすればするほど
とらわれというのも
減っていくのかなと思います。



お釈迦様というのも
地位とか財産とか家族っていうのを全て捨てて
だからこそ悟りを開くことができ
たってこともあるのかなと思います。



もし自分の地位とか財産とか家族に
縛られてしまってるとしたら
悟りを開くってことは
難しかったのではないのかなと思います。



そういういろんなものを手放すことができて
自由になれたからこそ
悟りってことが
開くことができたのかなと思います。



ということで
今ミニマリストっていうことが
流行ってきてるのかなと思います。



極端に物を減らしていくっていうことがあって
そういう生活をすることができるとしたら
自由になっていけるって事があります。
物が少ないので引っ越しも簡単にできます。



物にとらわれることがないから
場所に縛られることがなくて
自由に生活していける
っていうことがあります。



ということで今日のまとめとして
物を持てば持つほど
物に愛着が生まれて
それが自分の一部分として
分身が増えるような感覚になってしまいます。



そうなるとその物を失ってしまうと
自分の一部分が欠けたように
思えてしまいます。



またいろんな色の物を持ちすぎると
それを盗まれないかっていう
そういう余計な不安を抱えてしまうって
こともあります。



そういう物を持っている状態から
解放していくために
ぎゅっと握りしめてるという。



そういう執着、物があったとしたら
それを手放すということができたとしたら
自由になれます。



その手放す方法として
失う覚悟を持つってことも
大事になってくるのかなと思います。



失ってはいけないとか
盗られてはいけないって思えば思うほど
握りしめてる手が離れなくなってしまう
ということがあります。



そういう手放す方法として
水のように巡り巡って
たまたま今自分のところにあるだけだ
時は来れば
自分の所から離れて流れていくっていう
そういう感覚ってのは
大事になってくるのかなと思います。



また物を減らしていくっていう
ミニマリストの
そういう考え方も取り入れていくってことは
いいのかなと思います。



そうやってやっていけばいくほど
自由になれて
心にも自由になれるし
物に縛られないから
物質的に旅行とかも引越しとかも
自由に行けるって事で
物質的にも自由になっていけるとことが
あるのかなと思います。



そんな感じで
執着することを減らしていけばいくほど
心にわだかまりがなくなって
自由になっていけるって事が
あるのかなと思います。



なるべく物を減らしていくことも大事ですし
物を持った時に
たまたまこの物はここにあるだけだ



時が来れば失っていく
流れていくっていう風に
そういう感覚を持つことっての大事なのかな
と思いました。



ありがとうございました。



 

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2021年04月15日2021年:4月

親の愛は伝わらない

今日は親の愛は伝わらない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは親から愛されていないって
思ってしまうってことが
あるのかなと思います。



それは僕もずっと感じていました
特に小さい頃っていうのは
ちょっとしたことで
そういうのを敏感に感じ取って
すぐに自分なんてって風に
思ってしまうところがあるのかなと思います。



そして橋の下で拾われた子だっていう風に
思ってしまうってことも
あるのかなと思います。



僕もずっとそういう風に
僕は捨て子で橋の下から拾われた子だから
愛されていないんだっていう風に
思っていました。



特に親が自分のことを
邪険に扱ってしまっている時が
あったとしたら
自分なんて親に迷惑かけてばかりいるから
いない方がいいんだっていう風に
思ってしまうことがたくさんありました。



また怒られてばかりいると
親は自分のことが憎くて怒ってるんだ
やっぱり僕は邪魔者なんだっていう風に
ずっと思ってるって事がありました。



そういう親から
愛されていないっていうことがあると
自分の根源というのを
否定されたようになってしまいます。



そうなると自分に自信というのを
なかなか持つ事っていうのは
困難になってしまいます。



そこで考えなければいけない事ってのは
親は本当に憎くて怒ってるのか
本当にいない方がいいと
思ってるのかっていうことなのです。



もしかしたら親っていうのは
怒ることで
僕たち子供がよくなるって風に思ってるから
怒ってたってことがあるのかなと思います。



決して憎くて怒ってるものではなかったって
いうことがあって
問題を解決しようとして
その解決の方法が
怒るっていうことであっただけで



それは憎くてとか、いない方がいいで
怒ってたっていうわけではないのかな
というのを考えていくってのは
大事なのかなと思います。



本当は僕たち子供っていうのは
親から認めてほしかったし
褒めて欲しかったし
愛されて欲しかった
でもそういうのを貰えるって事は
少なかったっていうのはあるのかなと思います。



子供時代にそういう自分の望むような
愛っていうのを貰えなかった
でもそれは形が違うだけで
本当は親から愛されていた
愛の形が違っていただけという場合が
多いのではないのかなと思います。



それは僕たちが大人になってみて
気づくことでも
たくさんあるのかなと思います。



親も大変で
自分に余裕がなかったって
いうところもあるかもしません。



そういうのがあると
その親になってからの大変さっていうのが
身にしみて感じる事ってのがあって
そういうところでしか
分からない世界っていうのも
あるのかなと思います。



でそういうことを考えていくと
私なんていない方がいいって思う
っていうのは勘違いであって
そこにはきちんとした
愛があったのではないのか
本当は大事な存在として
扱おうとしていたのではない
かっていうことを考えていて



愛されていないっていうのは錯覚なのだ
もしかしたら愛されていたかもしれない
と思うというのは
大事なところなのかなと思います。



ただ親っていうのは愛し方が
分からなかっただけ
どのようにして僕達を子供を愛していた
愛すれば良いのかっていうのがあって
それは愛の学びとして
ずっと学ばなければ
いけないことだったのかもしれません。



親は決して完璧な存在ではなくて
まだまだ愛っていうのを
学ぶ必要があったって
いうことがあるのかなと思います。



そうやってちょっとでも親から愛されてないが
親から大事な存在だったのかもしれないって
思うことができたとしたら



私も大切な存在ですし
親も大切な存在だって思うことができる
そういうことができるとしたら
深い繋がりができるのかなと思います。



決して自分が愛されない存在ではないって
思うことができたとしたら
親と自分の間に繋がりができるのかな
と思います。



と言う感じで
親から愛されてないっていうのが
本当は愛されていたって
思うことができたとしたら
深い安心感が出てきて
自分にも自信を持つ事っていうのが
できるようになるのかなと思います。



今日のまとめとして
小さい頃は親から愛されてない
と思うことが多いかもしれません。



そうすると自分の根源であるものを
否定されたように感じてしまいます。



自分なんていない方がいいんだって
いうふうに思って
しまうこともあるかもしれません。



そういうことがあると
自分に自信を持ちにくいってことがあります。



でもそれは自分の望むような形で
愛がなかった
愛されてなかったっていうことで
形が違うだけだって
本当は愛されていたのかもしれません。



そういう誤解が解けるようになると
自分は大切な存在だ
親から愛されてる存在だって
思えることができるかもしれません。



ただただ親は
愛し方がわからなかったっていうだけです。



そうやって自分もそうだし
親も愛っていうのを
学ばなければいけなかったっていうことで
親は決して完璧な存在ではない。



ただ愛し方が分からなかっただけだって
思うことができたとしたら
自分なんて愛されないんだって
いう風に思うのを
もう少し溶けてくるのかなと思います。



ということで
親から愛されてないっていうのが
本当は親から愛されているのだっていう
風に変わることができたとしたら
深い安心感と
自信につながっていくっていうことです。



そんな感じで
親の愛っていうのは
子供になかなか伝わらないってことがあります。



それは子供は求めてる愛と
親が与えている愛というのが
形が違うからです。



もっと誤解が解けていって
本当は愛されていたのだって
思うことができたとしたら
自信が持つことができますし
自分の根源っていうものを
認めることができるように
なるのかなと思いました。



ありがとうございました。




 

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2021年04月12日2021年:4月

ZOOM飲み会 終了

昨日は月1回やっている
恒例のZOOM飲み会を開催しました。
僕を含めて7人の方
参加してくださいました。 
 
 
 
恒例になっていると惰性で
続けているだけになっていて
やっている意味はあるのかなと
思っていたところです。 
一回やめてみてもいいかもと
思っていました。
 
 
 
でも、今回は悩んでいる人が
自分の心境を吐き出すことが出来たり
それで、ちょっとは気持ちを
スッキリできていたりしていました。
 
 
 
こういう姿を見ると
このZOOM飲み会やっている意味も
あるのだと実感しました。
 
   
 
ということでこれからも続けていこうと
決意を新たにしたところです。 
 
  
 
僕もそうだけど、大人になると
友達を作ることって
なかなかできないと思います。
 
 
 
そうなると孤独を感じてしまったり
仕事とかで悩みがあっても
自分一人で抱え込んでしまって
悩みが大きくなってしまう
ということになりかねません。
 
 
 
月1回でも同じような人が集まって
真剣な話をすることって
貴重なものだと思いました。
 
 
 
これからは、便利になっていく半面
人とのつながりが薄くなっていく
時代になってくることでしょう。
自分で努力してつながりを
増やしていかないと
孤立していくことでしょう。 
 
  

そういうので今は興味がある人同士が集まる
オンラインサロンなどもありますし、
自分でどこかに参加してくことは
大事になってくるのでしょう。
 
 
僕のZOOM飲み会も
月1回やっていますので、
良かったら参加していただけると嬉しいです。
 
  
 
次回は
ZOOM飲み会
5月14日(金)20時~
参加費 無料
です。
 
 
 
あなたからのご参加お待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。




 

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2021年04月10日2021年:4月

今だけが現実で過去と未来は幻想

今日は今だけが現実で
過去と未来は幻想ということについて
お話ししようと思います。



僕たちには
二つの現実があるって言われています
一つは頭の世界で自分がこうなろうって
想像してる世界です。



それは頭の中でやってるので
妄想してる世界で
バーチャル空間っていう風に言われています。



もう一つは今現実にある世界で
実際に体験できる世界です。



ここでは二つの世界は
同時に体験できないっていうことがあります。



頭の世界にいるときは
実際に現実の世界で
体験する事っていうのは出来ないですし
実際に今、体験できる世界にいるとしたら
頭の世界で想像する事っていうのは
難しいと言われています。



まず頭の世界っていうのは
バーチャル空間であって
現実に体験することっては出来ない
ていう風に言われています。



今VRとかで自分が体験していなくても
目で見ることによって
実際に体験したかのようにできるっていう
そういうものがあると思いますけど



例えば旅行先に行って
その旅行を味わった気分になれる
っていう風なことがあると思います。



でもそれは架空の世界であって
実際にその旅行先に行って
それを体験するってことはできない。



それはバーチャル空間で
その妄想の世界というな事だけで
終わらせてしまってるって事が
あるのかなと思います。



そんな感じて頭の世界っていうのは
実際に感じることも体験することもできない
バーチャル空間で仮想の現実の世界なのです。



そういう頭の世界にいると
今現実を味わえないということがあります。



頭が世界にいるときは
食事をしても味わえない
何を食べても味がしないとか
そんなに集中して食べていないので
何を食べたかすらも忘れてしまっているって
いうこともあるかもしれません。



また景色を見ても、今現実にいないので
景色をボーと眺めてるだけで
何を見てるのかすらも
感じることができずに
頭の世界のその妄想の空間を眺めていて
現実を眺めるってことはないのかもしれません。



そういう風な感じで
頭の世界にいると
過去の後悔とか未来への心配って言うので
悩まされてしまうっていうことがあります。



過去に行ったり
未来に行くっていうことは
頭の中でしかできないことです。



今現実に体験してると、できないのですけど
頭のそのバーチャル空間では
過去のことを思い出すことも出来ますし
未来に対して
想像をめぐらすことも出来るのです。



でもそういう事をすることによって
余計に悩みが増えてしまうって
こともあるのです。



今現実に生きるって言うことは
五感で体感するっていうことでもあります。



昔、中国の映画で俳優スターが
「考えるな感じろ」という言葉を
発しましたけど



考えてる時っていうのは
すぐに過去とか未来とか
バーチャル空間に飛んでしまっていることが
多いですけど



感じてるということでは
そのバーチャル空間から
現実により戻すことができるのです。



それはひとつひとつを味わう
五感を味わうということでもあります。



美味しいもの食べてそれを味わったり
癒しの音楽など
自分に心地よい音楽を味わったり
アロマなどいろんないい香りを嗅いで
それを味わったり
たまには自然に出かけて風景を味わったり
その空気とか爽やかさを味わったり
あと、ゆっくりとお風呂に入って
そのポカポカとした気持ちを
味わったりっていう



そういう五感をフル活用して
味わっている時っていうのが
現実を体験している時
っていう風に言われています。



そしてその現実と体験してる時っていうのは
頭の想像がないので
不安とか恐怖も感じることがないのです。



悩みっていうのは
頭の中の世界にだけ
存在しているものであって
現実の世界では
悩みっていうのは存在しないのです。



ということで
どれくらい今を感じてるのか
というのを考えてみる必要は
あるのかなと思います。



頭の中で妄想の世界にいる世界が多いのか
それとも実際に五感を感じて
体験してる世界が多いのか
今は頭の中で考えてしまって
すぐに妄想してしまっている
その世界にいることが多いのかなと思います。



実際に食べ物を味わったりとか
においを嗅いだりとか
そういうことする時っていうのは
少ないのかなと思います。



僕達は忙しすぎるって言うことも
一つの要因としてあるのかなと思います。



一つ一つをじっくりと味わうってことが少ない
そういうことでゆっくりと過ごす
ということも必要になってくるでしょう。



また同時になんでもかんでも
こなそうとしてしまっているっていう事も
一つの要因としてあります。



同時並行作業でしてる時というのは
頭をフル回転にしている状態で
現実を見ていない場合が多いのです。



そういう場合はひとつひとつを味わっていく
ゆっくりと一つ一つをこなしていく
っていうことも必要になってくるでしょう。



そんな感じで
過去と未来っていうのは
頭の中の世界であって現実ではないのです。



そして僕達っていうのは
今しか生きれない
今しか感じることができない
現実しかその世界はないのです。



過去とか未来とかっていうのは
自分が創造した世界であって
それは現実の世界ではないのです。



今現実をどれくらい生きているのか
ということが
僕たちが悩みを少なくする方法の
一つなのかなと思います。



今日のまとめとして
僕たちには二つの世界を
感じることができて
頭で想像している世界と
実際に体験できる今現実の世界という
その二つがあります。



その二つは同時体験することができなくて
頭の想像の世界に入る時っていうのは
現実の体験できる世界には
いることはできませんし



現実に世界でいるときというのは
頭で想像してる世界には
いることができない



どちらか一つしか
選べないってことがあります。



頭の世界でいる時が多いと
現実世界ではいられないので
食事しても味わえないとか
景色を見ても楽しめないっていうことがあり



そういう世界にいると
過去とか未来とかそういうことで
悩まされてしまうってことが
多くなってしまいます。



だからこそ悩んだ時っていうのは
妄想の世界にいるので
現実の世界に戻っていく必要は
あるのかなと思います。



現実の世界に戻るっていうのは
五感で体感するっていうことです。



考えるな感じろっていうことでもあります。



美味しいものを食べたり
良い音楽を聴いたり
良い匂いを嗅いだり
自然の中で体感したり
たまにはリラックスして
お風呂につかったりっていう
そういうのは五感をフル活用していくことで
今現実の世界に戻っていけるって事があります。



そして現実の世界では
不安も恐怖もないのです。



悩みってのは全て頭の中の世界で
作り上げてきたものだからです。



現実の世界にいる時っていうのは
過去も未来もなくて今しかないのです。



今しか感じられない時っていうのは
頭の世界の恐怖とか不安もないのです。



ということで
頭の妄想と世界にいる時間を
どう実際の世界でいる時間に
増やしていくかことが
大事になってくるのかなと思います。



特に悩んでしまっている時っていうのは
頭の妄想の世界に
どっぷりと浸かってしまってる時が多いです。



そういう時は五感をフル活用して
実際の現実世界に戻っていく
そうすることによって
悩みが減っていくってことがあるのです。



今日は現実の世界だけが実際の世界で
過去とか未来は頭のバーチャル空間である世界
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年04月08日2021年:4月

脳の疲労と体の疲労は違う

今日は脳の疲労と体の疲労は違う
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは疲れと言うので
一括りにしてしまっているところが
あるかもしれませんけど



その疲れにも
体で体力的に疲れている部分と
脳で考えすぎたり
心配し過ぎたり
そういうもので
疲れているっていう場合があるのです。



体の疲れは睡眠によって
ある程度回復することはできます。



でも脳の疲労っていうのは
寝ても回復しないってことがあります。



それになかなか寝付けない
っていうことがあって
起きてもボーっとしていたり
睡眠が浅かったりするっていうこともあります。



その脳の疲れにおいても
二つの脳の疲れというのがあります。



一つは心配事や何か考え事や
そういう気疲れをしてしまってるという
脳の疲れがあります。



もう一つは同時並行に作業してしまって
あれもこれも
なんでもしなければいけなくなって
脳が追いついていないっていう状態に
なっている状態です。



そういうのも脳を酷使してしまって
疲れてしまってる時があるのです
まず気疲れとして心配事っていうのは
すごい疲れさすってことがあります。



何か心配事で将来に対しての心配とか
過去に何かやってしまった後悔とか
そういうのがあると
脳はそれだけでエネルギーが
取られてしまうってことがあります。



食事をする時でも
ボーっとしてる時でも
休みであっても
そういう心配事で頭が
占領されてしまってるとこもあるでしょう。



また寝る時というのは
一番無防備になってしまうので
そういう時に心配事が起こってしまうって
こともあるかもしれません。



そんな感じで心配事があると
脳はものすごいエネルギーを取られてしまう
それで疲れてしまって
脳がなかなかその回復しないってことが
あるのかなと思います。



あともう一つのものとして
同時並行作業でも
脳っていうのは疲れてしまいます。



今はネットがあって常にスマホで
自分にメールとかSNSとそういうもので
呼びかけてくるってことがあって
隙間時間でもスマホのチェックとかで
忙しくなってしまうっていうことがあります。



脳が常に考えている状態というのが
続いてしまうと
疲れてしまうことがあります。



また今は効率重視っていうことで
あれをしながら、これをしながらっていう
同時並行作業っていうのが
求められてる部分があるのかなと思います。



でもその同時並行作業っていうのは
脳っていうのは
ものすごいエネルギーを取られてしまう
ことにもなってしまいます。



一つのことに集中することができたとしたら
脳は疲れることはないですけど
同時に何かしなければいけない



テレビ見ながら食事をするってことでも
疲れてしまいますし、
洗濯しながら子守をしたりとか
そういうことでも脳ってのは疲れ
エネルギーの取られが
激しくなってしまいます。



また単に忙しいっていうことでも
脳は疲れてしまうって事があるでしょう。



そして脳が疲れていくと
体に現れていくってことがあります。



その危険な症状として
体が重くなったり
お腹が調子悪くなったり
常にイライラするってことが
出てくる場合もあります。



また脳が疲れすぎて
そういうのがずっと続いていくと
重度な症状を引き起こすことがあります。



無感情症って言って
喜怒哀楽っていうのが
少なくなってしまうってことがあります。



嬉しいとか楽しいとか
悲しいっていうことが
感じなくなってしまうってことがあるのです。



脳を疲れさせすぎてしまうと
そのように感情を感じる力までも
失われていくってことがあるのです。



また無快楽症って言って
昔はいろんなものを楽しめたのに
今はどこへ行くのも億劫なってしまって
家でボーとしてしまってる時が
一番だっていう風に
なってしまうこともあります。



楽しみでどっか出かけて
美味しいものを食べるということが
昔はできていたのに



今は家から出ることも億劫になってしまって
ただ家で寝てるだけ
っていうことになってしまってるって
そういう症状にも
つながってしまいかねないのです。



その脳を回復させる一つの方法として
今注目されている
マインドフルネスっていうことがあります。



ある言葉で
体の疲れを取るのは睡眠
脳の疲れを取るのは瞑想
という風に言われています。



脳は同時並行作業で
あれもこれもってやってる時っていうのは
疲れますけど
一つに集中している時っていうのは
脳は回復するっていう風に言われています。



そういうことで瞑想で呼吸に集中したり
自分の意識に集中することで
脳を回復させることもあります。



また食べることとか
今やってる事に集中することで
今それを楽しむ
それで脳を回復させることもあります。



食べながら誰かの相談のったり
テレビを見たり、SNSを見たり
っていう風にしてると
脳は疲れてしまいますけど
ただ今、食べることだけに集中する
そういうことができるとしたら
脳ってのは回復することができるのです。



そんな感じで
マインドフルネスとして
今ここにあるそのものを集中する
そういうことをすることによって
脳が徐々に徐々に回復していくって
ことがあるのです。



このようにマインドフルネスを
するっていうことは
今ここにある一つの物事を
集中してやっていくこと



これって言うのは
子供のような感覚で
物事をやっていくことに
繋がっていくのかなと思います。



子供の時っていうのは
何でもあれもこれも
同時にやろうとするのではなくて



遊ぶんだったら
それに集中して遊んでいたと思いますし
何かやるにしても
同時に何かしようとするとことは
ないと思います。



またそういう今に集中することが
できたとしたら
未来への不安とか
過去の後悔とか
余計な考え事をするということがなくなります。



そういうことでも脳っていうのは
回復していくってことがあるのです。



また能率的な面で見ても
僕達ってのはマルチタスクとして
あれもこれもって同時に作業するよりも
シングルタスクとして
一つのことに集中した方が
効率は良くなる
っていうふうにも言われています。



没頭するっていうことがあると思いますけど
その没頭している時間っていうのは
ものすごい集中して
仕事もはかどって
時間も忘れるぐらいってことが
皆さんも経験したことがあるかもしれません。



でもあれやって、これやってっていう風に
考えてやってしまうと
集中するってことができないので
一つのことをやろうとしても
注意散漫になってしまって
余計に効率が悪くなってしまうって
ことがあるのです。



だから一つに集中してやっていくってことで
能率も良くなっていくってことがあるのです
このようにマルチタスクていうことは
脳を疲れさすだけでなくて
効率も悪くなってしまうことがあるのです。



今日のまとめとして
まず疲れにおいても二つと疲れがあって
体の疲れと脳の疲れとかあるのです。



またその脳の疲れにおいても
心配事や不安など
いろんなものに気持ちが囚われてしまっている



気疲れていうのと
いろんなものを同時にこなそうとして
脳が疲弊してしまうっていう
そういう同時並行作業においての
脳の疲れって言う
その二つがあるって言われています。



その脳の疲れを取るためには
マルチタスクでいろんなことを
しようとするのではなくて
今流行っているマインドフルネスとして
一つのことに集中してやっていくって
ことが脳を回復させる秘訣だ
と言われています。



瞑想で呼吸に集中したり
今ここにある食べることに集中したりとか
体を動かすことに集中したりとか
仕事をすることに集中したりとか
そういう集中する事



一つの事に何か没頭することによって
脳って回復していくってことがあり
それは子供のような感覚を取り戻すという
ことにもつながってくるでしょう。



子供の時っていうのは
過去の不安や未来の心配なんて
ほとんど考えることがありません。



今ここにあるものに集中して
ただ楽しむことができてる状態
なのかなと思います。



そういう子供のような感覚を
取り戻すことによって
余計な心配っていうのはなくなる
その心配が入る余地がなくなってしまうって
ことがあって
それで脳が回復していくって
ことがあるのです。


ありがとうございました。




 

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2021年04月05日2021年:4月

潜在意識を活かす鍵 安全安心

今日は潜在意識を活かす鍵として
安心安全があるということについて
お話ししようと思います。



前回の復習として
怒りで何かをさせることの弊害として
怒ることで自分なんてダメな人間だ
ミスしてばかりいる
自分を責めてしまっている



そうやって自分を責めている時っていうのは
思考停止に陥ってしまって
何かを前向きにしてやっていこうって
思えなくなってしまいます。



また怒られることで
ストレスが溜まって
体を壊してしまうってこともあるでしょう。



そうやって一回体を壊してしまうと
回復するまでに多くの時間を
かけなければいけなくなってしまいます。



その上でチームワークが
悪くなってしまうってことがあります。



そうやって怒りがあって
何か雰囲気が悪くなると
足の引っ張り合いが起こってしまいます。



上司に対してのストレスが
部下にいってしまうなど
そのストレスがめぐりめぐって
チームワークの雰囲気を
悪くしてしまうって事があります。



単純な比較ですけど
怒られるのと褒められるのでは
どちらがいいのかと言うと
やっぱり怒られるよりも
褒められるほうが
自分の力が発揮できるって事が
あるのかなと思います。



怒られると怒られたところをも直すのって
難しいというふうになってしまいますけど
褒められると褒められた以外のところも
直っていくっていうことがある
と言われてます。



だから褒めるっていうことの効果ってのは
とっても大きいっていう風に言われます
また褒めるって言う事もそうですけど
できるコーチっていうのは
相手のことをよく聞く
よく知るってことに力を入れています。



相手のことを知るっていうことが
安全で安心な場所づくりにつながっている
っていう風に思っているからです。



自分のやって欲しいことを
強制的にさせようとするのではなくて
相手が今どんなこと思ってるのか?
どんな課題にチャレンジしたいと
思っているのか?
どういうことを課題に思ってるのか?



などといろんなことを聞くってことによって
相手が今何を必要としているのか?
というのを思ってそういうのを
ダイレクトに与えることが
出来るって事があります。



それは聞くってことをしていかないと
見えてこないものなのかなと思います
聞くってことはなかなかする事ってのは
難しいのかなと思います。



相手のことを聞かずに
自分の一方的な何かして欲しいことだけを
言うってことは
よくあるパターンなのかなと思います。



これは家庭においても一緒で
お母さんが子供の話をよく聞くところでは
安全で守られた場所だと言えます。



お母さんが子供の話を聞かずに
あれしなさいこれしなさいと言うだけでは
子供は不安とか恐怖によって
行動するようになってしまいます。



お母さんの顔色を伺って
お母さんに言われないように
先取りして言うとか
先取りしてやるっていう事に
つながってしまいます。



それでは本当の安全で安心した場所ってのは
できないのかなと思います。



やっぱり子供はどんなことを思ってるのか?
どんなことをやりたいと思っているのか?
いうのよく聞くってことは
大切なことなのかなと思います。



そうやって聞くことによって
つながりというのは深くなって
いくのかなと思います。



スポーツだったらチームワークができて
より相手とのコンタクトが
うまくなったりします。



家庭内では
雰囲気が良くなるって事もあるでしょう。



このように相手のことを知るってことでも
安心で安全な場所を作ることは
できるのかなと思います。



また安全な場所づくりとして
いろんな人の意見が
尊重される場所でもあるって事は
大事なのかなと思います。



こんな意見を言ったら
否定されるんじゃないか
こんなことを言うと
相手から白い目で
見られるんじゃないかっていう風に
思ってしまってる場所だったとしたら



自分の意見っていうのは
なかなか素直に言えないいうのが
あるのかなと思います。



こんなこと言っても許されるだろうっていう
意見が尊重される場所であるからこそ
安全な場所って出来るのかなと思います。



そういう一人一人の意見が
尊重される場所っていうのも
必要ではあるのかなと思います。



またチームワークだけでなくて
僕達の意識の世界の話でも
安全な状態っていうのは
ものすごい影響が与えるって事があります。



意識の世界でよく
潜在意識と顕在意識っていう風に
分かれるっていうのは
聞いたことがあるのかなと思います。



潜在意識っていうのは無意識の状態で
自分では自覚することができないけど
大きな影響を及ぼしている
ということがあります。



顕在意識っていうのは今、自覚できている
普段の意識ってことで
大体3%~10%っていう
それぐらいの小さい範囲しか
僕たちは意識することができないって
言われています。



その他の部分っていうのは無意識の状態で
意識はしてないけど
僕たちに影響を及ぼしているって事があります。



潜在意識と僕たちの
普段意識しているところでは
だいたい壁があるって言われています。



その壁があるからこそ
普段は潜在意識から僕達の意識に対して
一方通行で影響を及ぼすってことがあります。



僕たちの意識が潜在意識に
何か働きかけようとしたり
アクセスしようと思っても
壁があるので普段はできないのです。



でもこれが瞑想することによってとか
催眠療法で深いリラックスした状態に
なることによって
普段では意識することができない
潜在意識に対して
アクセスすることができるって
いう風に言われています。



この潜在意識の中には
今まで生きてきた中での
全ての記憶が残っている
と言われていますし



もしかしたら
前世の記憶すらも
潜在意識の中にはあるって言う風に
言われています。



だからこそ催眠療法では
深いリラックス状態に持っていくことによって
普段では意識することができない
潜在意識の領域に
意識を持っていくってことができます。



それは安全で安心な場所というのも
一つの鍵としてあります。



そういうのも一つ覚えておいても
いいのかなと思います。



ということで今日のまとめとして
安全で安心な場所を作りというのが
僕たちの能力を
最大限に引き出していくって
ことがあるのかなと思います。



そういう場所を作るためにも
できるコーチっていうのは
人の話をよく聞く
部下の話を聞いたり
部員の話を聞くことがあります。



自分の一方的な押し付けではなくて
その人が今何に悩んでいるのか?
どんな課題に取り組もうとしているのかって
いうのよく聞いた上で
主張するっていうことがあります。



また母親が子供の話をよく聞くとか
旦那さんが奥さんの話をよく聞くとか
そういう相手の話をよく聞くことによって
安全で守られた場所が
作られていくってことがあります。



相手の話をよく聞かずに
自分の一方的な主張だけしても
それはなかなか安全で安心な場所作りとか
できないのかなと思います。



また自分の意見が尊重される場所
っていうのも大事なことです。



こんなことを言って
否定されるのではないかとか
こんなこと言って
場違いではないのかっていうふうに
そんな自分の発言が否定されそうな所では
安全で安心な場所を作り
ってのはできないのかなと思います。



そういう安心安全な場所作りが
できるようになると
一人一人の能力っというのが
最大限に生かされて
チームワークが良くなるって事があります。



また自分の意識の世界の中でも
安全で安心な場所であって
深いリラックス状態になることが
できたとしたら
普段は意識できない
無意識の世界にもアクセスすることが
出来るって事があります。



そんな感じで僕達は
安全で安心というのがキーワードで
安全で安心であるからこそ
最大限に僕たちの力っていうの
発揮できるって事があります。



そういう安全ってことが
僕たちの中では最優先に
守らなければいけないことなのかな
とは思いました。



ありがとうございました。




 

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2021年04月01日2021年:4月

恐怖がどれくらい僕たちに影響をあたえるのか?

今日は恐怖が人に与える影響について
ということでお話ししようと思います。



僕たちは何か不都合なことがあったりすると
怒ったり叱ったり
恐怖によって人を動かす
っていうことが多いのかなと思います。



上司がやる気のない部下を見て
コラ!お前そんなにやる気をなくして
何をやってるんだ
会社は遊びに来るところではないっていう風に
叱ることによって
やる気を出そうとするかもしれません。



また家庭においては
母親が言葉に向かって
あのことしちゃいけません
こんなことしてはいけません
という風に叱ることによって
子供を良い方向に向かわそうと
するってことはあるのかなと思います。



でもその恐怖によって
人を動かすっていうことに
どれくらいの効果があるのか
っていうのは
考えていく必要はあるのかなと思います。



確かに怒られて自分をやる気を奮い立たせて
それでやる気になる人って
いうのもいるでしょう。
でもそれはごくごく一部の人だと思います。



ほとんどの人っていうのは
怒られたり叱られたりすると
体が萎縮とかしてしまって
実力なんてほとんど出せないっていう
風になってしまうことも多いでしょう。



そして恐怖で体が萎縮してしまうと
思考停止してしまうってことがあります。



怒られた時っていうのは
ショックの方が先に来てしまいます。



なんて自分はダメだんだ
こんなミスしてばっかっていう風に
自分を責めてばかりいることでしょう。



そうやって自分を責めてばかりいる
時っていうのは
頭が真っ白になってる状態で
アドバイスなんてほとんど
入ってくることがありません。



それよりも自分を責めたりして
それだけで気持ちがいっぱい
いっぱいになってしまってます。



なんて自分はダメなんだ
こんな自分なんて
この会社にいる意味がないって
風にまで思ってしまうかもしれません。



そんな状態で前向きに
このミスをどう取り返そうとか
そんな風に考える事っていうのは
なかなか難しいものです。



このように自己嫌悪してる時間っていうのも
長くなるかもしれませんし
自己弁護として



いや私は悪くないんだ
あの人がああいうことしたから
こんなミスが起こったんだとか
ああいう状況だったら
誰でも仕方ないっていう風に
自己弁護として
言い訳をダラダラと考え始めて
そういうのを話し出すかもしれません。



ミスした時というのは必ず
言い訳っていうのが頭に浮かんで
どうこのミスを小さくできるのかっていうのが
先に考えてしまうってことが
あるのかなと思います。



また自分を怒りつけた人に対して
あんな言い方しなくてもいいのに
というふうに恨みを覚えることでしょう。



そんなふうに怒ることによって
何も良い事なんて無いのかなと思います。



そしてそんな自己嫌悪したり言い訳したり
相手のことを
恨みを持ったいってしている状態で
やる気なんて起こるはずがないと思います。



そんな状態で生産性が上がるわけもなしに
やる気が起こらない状態で
ずっといるかもしれません。



そしてそういう状態が
長くかかってしまうとしたら
それはとってももったいないこと
なのかなと思います。



人によってはその怒られたことによって
立ち直るのに
多くの時間を費やす人もいます。



その間ずっとやる気が起こらずに
生産性がないままというのは
とってももったいないこと
なのかなと思います。



また怒られることによって
体を壊してしまうことがあります。



ストレスによって腹痛とか頭痛とか
いろんなものに
悩まされてしまうってことがあります。



そしてそれを病院に行って
治すっていうこともありますけど
その直すのに
多くの時間がかかってしまう時もあります。



溜め込んだストレスで
体に出た場合っていうのは
簡単に治るものではないからです。



そういう体に出る前に
ストレスっていうのは
なんとかするってことが一番なんでしょうけど
でも怒られたり何かそういうことがあると
どうしてもストレスを体に溜め込んでしまう
ってことがあります。



そしてチームワークが悪くなってしまうって
こともあります。



怒られたり叱られたり
そういうのが蔓延してる状態では
お互いに協力しちゃうっていうことは
なかなか難しいです。



それよりもどう怒られないのかということで
自分のミスを相手のミスにしてしまったり
とかするかもしれません。



また上司に怒られた恨みを
部下にそのままぶつけてしまうって
こともあるかもしれません。



家庭内でも旦那さんが不機嫌で
会社から帰ってくると
奥さんや子供に伝染してしまうって
ことがあります。



そんな感じで雰囲気が
とっても悪くなってしまうって
ことがあります。



それにその会社が
何かものを扱っているとしたら
怒られてる姿を
お客さんに見せているわけです。



そういう怒られてる姿を見た
お客さんというのは
商品がどんなに良い物であったとしても
その店に行きたくなくなる
っていう風になってしまいます。



飲食店であっても
その飲食店の中で
従業員が怒られてる姿を見るだけで
どんなに美味しいものであったとしても
何か美味しくなくなってしまったり
雰囲気が悪くなって
その店に行きたくなくなるって
事はあると思います。



そんな感じで怒られてるっていうのを
他の人が見るだけでも
悪影響を及ぼしてしまうって
ことがあるのです。



会社だけでなく
スポーツの世界でも
指導方法っていうのは変わってきてる
っていう風に言われてます。



昔は監督っていうのは絶対の権限があって
怒ったり叱ったり
時には暴力を振るってまでも
部員に対してやる気に
させていたってことがあります。



でもそれは昔であって
今そういうことをしようとすると
部員というのはすぐに辞めてしまいます。



それにそんな叱られて
力を発揮する部員も少なくなってきて
オドオドして監督に叱られないように
監督の顔色を伺って何かをするっていう
そういう部員しかいなくなってしまいます。



そういう所っていうのは
結果すらも出せなくなってきています。



名門校と呼ばれている
昔強く強かったところがあったとしても
今っていうのは部員も集まらないし
なかなか勝てなくなってきているって
事があります。



今は自主性ということが大事になってきて
叱るということではなくて
いかにその人の能力を伸ばすかという事で
褒めるって事が求められてるように思います。



このように僕達っていうのは
想像以上に人に与える影響っていうのは
大きいのかなと思います。



特にそれは指導者と呼ばれる人っていうのは
自分の言動がどのように
部下とか教える人に影響を与えるのかって
いうのを考えてみる必要はあるのかな
と思います。



やみくもに叱るとか
何か強制させてやる気にさせようとか
業績をあげようってするのは
古い考えであって
今は通用しなくなってきてる
て事があります。



もっと戦略的に褒めたりとか
やる気にさせたりとか
そういうことを考えていく必要は
あるのかなと思ってます。



こんな感じで
今日のまとめとして
怒ることによって
やる気にさせるっていうことは
そのやる気になる人っていうのも



確かにいるかもしれませんけど
それはごくごく一部の人であって
多くの人っていうのは
萎縮してしまいます。



怒られることによって
自分はなんてダメなんだ
というふうに自分を責めて
それで自分を責めてる間っていうのは
思考停止した状態で
せっかくのアドバイスも全然入ってきません。



何かこのミスを取り戻そうと
前向きに考えるって事もありません。



またストレスによって
腹痛や頭痛など体にも変調を
きたしてしまうってことがあります。



またそういう体の調子を治すというのには
多くの時間を要してしまいます。



そしてその叱られたり怒られたり
そういう場所では
チームワークがとっても悪くて
同僚同士が足を引っ張りあったりして
協力体制するってことが
少ないってことがあります。



その上で怒られてる姿を
お客さんなどが見た時には
もうあんなとこに行かないで
おこうって思うかもしれません。
そうやって店の評判も下がってしまいます。



そんな感じで
叱るとか怒ることによって
何かをさせるって言うことには
多くのマイナスがあるということがあって
それでは覚えておいた方がいいのかな
と思いました。



ありがとうございました。



 

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2021年03月29日2021年:3月

「楽しい」には階層がある

今日は楽しいには階層がある
ということについて
お話ししようと思います。



前回は正しいよりも
楽しいを選ぼうということについて
お話しさせていただきました。



その内容として
正しいことを選択したいくと
~しなければいけないっていう風に思って
それを自分にも相手にも
押し付けてしまうっていうところがあります。



だからそうしていない相手を正そうとして
争いを生むっということに
つながってしまいます。



でも楽しいを選ぶと
楽しいか楽しくないか
ということにしか分かれないので
争いも生まれずに
そして楽しいには
~したいっていう本音が
隠れていることがあります。



頭の声が正しいことであるなら
心の声は楽しいことの中にあります。



だから心の声を大切にしていくことで
本音が出てくるっていうことがあります。



ただ楽しいには階層があります。



ただ単に快楽として
目先の楽しさだけで終わってしまうのか
それとももっと深い感動の
喜びがあるのかという
そういう階層に分かれるって事があります。



快楽として美味しいものを食べるとか
ショッピングに出かけるとか
旅行に行くっていう
そういう楽しみの仕方もあると思います。



それはリラックスするという上で
大切なことになってくるでしょう。



そういうのも大いに
とっていけばいいと思いますけど
でもそれは一時的な喜びにしか繋がらない
ということがあります。



簡単にできる楽しさは感動は少ないですし
喜びも薄れていくっていうことがあります。



深い感動していこうとしたら
簡単にはできないようなところがあって
苦労して手に入ったものってのは
深い感動があるのかなと思います。



例えばバイクを買うにしても
親のお金で簡単に買ってもらったバイクと
バイトで
一生懸命頑張ってやっと買ったバイクでは
全然そのバイクのその持ち入れ
思い入れが違ってくるのかなと思います。



そのバイクを買うっていうことも
楽しみの一つであるとしたら
簡単に買ってもらったバイクは
そんなに楽しみというのはないけど



バイトして一生懸命そのバイクを買う
ということを楽しみにしながら
やった成果っていうのは
バイクを買った時には
大きな感動として
生まれてくるのかなと思います。



このように人って
簡単に入ったものっていうのは
そんなに価値がないですけど
苦労して手に入ったものっていうのは
自分の中で思い出も深くて
感動も大きいっていうことがあります。



それは映画とかドラマを見ていても
そうなのかなと思います。



ドラマでも映画でも
なんのその苦労もなく
幸せに過ごしてるだけの映画だったら
全然つまらないと思います。



波乱万丈で色んな苦労して
危機的な状況に陥りながらも
それを乗り越えて
そして成長してやっと達成した
やっと幸せになれた
そういうところに人って共感を呼びますし
そういうものを見たいって
思うのかなと思います。



決して幸せだけを願って
そういうの見たいって
いうわけではないのかなと思います。



苦労するところとか悲しむところとか
ここから這い上がる姿
そして成長していく姿っていうところに
人って感動をよぶのかなと思います。



また人って一人では
なかなか楽しみっていうの
味わうことっていうのは
できなないのかなと思います。



多くの人と食べに行ったり
飲みに行ったりすることで
楽しみが何倍にも増えるって事が
あると思いますし
いろんな人と旅行行くことによって
その旅行も大きく楽しみが増える
ということもあるのかなと思います。



そんな感じで一人で何か
美味しいものを食べるって事も
良いかもしれませんけど
大勢で盛り上がって
その美味しさを共感していくってことも
喜び楽しみを大きくする
秘訣なのかなと思います。



ただ喜びを味わうということで
いろんな人と飲みに行ったり
食べに行ったり
旅行に行ったり
するっていうのもいいかもしれませんけど



気が合わない人と一緒に行くと
余計に疲れたり
気が重くなったり
楽しめないってことがあります。



やっぱり自分に合った人と一緒に
どこか食べに行ったり旅行に行ったり
何か一緒にやっていくってことで
喜びも増えるって事があります。



だから無理して人と付き合って
何かしなければいけないってことでは
ないのかなと思います。



自分に合わない人とは
距離を置くようにして
自分に合う人と一緒に何か出かけたり
食べに行ったりっていう事をしていく
そういうことにすることによって
喜びも増えていくのかなと思います。



また一人で楽しむってことも
いいかもしれませんけど
誰かに喜んでもらうというのも
楽しさの一つなのかなと思います。



誰かにサプライズを考えている時っていうのは
ワクワクしてそれだけでも
楽しい思いにさせてくれるものです。



こんなことしたら相手が喜ぶのではないか
こういう事して相手を驚かそうという
そういう考えてる時ってのは
ワクワクして喜びとか
楽しさっていうのは大きくなるという
ことがあるのかなと思います。



それっていうのは人は本来
誰かのために何かをしてあげたいっていう
そういうものが
本能にある生き物なのかなと思います。



例えばテレビゲームをするにしても
ほとんどのテレビゲームが
悪者を倒す倒して
世界を救うっていう
そういうヒーロー役で
自分がヒーローの役になって演じる
ということが多いのかなと思います。



また子供の頃の夢を聞いた時に
誰かの役に立ちたいっていう
そういう職業に就きたいっていう人が
ほとんどなのかなと思います。



そんな感じで
僕たちは誰かに何かをしてあげたい
してあげる時が大きな喜びを感じるし
誰かに何かをしてあげるって言う事が
遺伝的に組み込まれている
そういう生き物なのかなと思います。



今回のまとめとして楽しいには階層があって
快楽として目先の楽しさから
感動のように深い喜びまであります。



快楽の目先の楽しさっていうのは
それも大事なことなんですけど
自分を喜ばせる美味しいものを食べるとか
ショッピング出かけるとか
旅行に行くっていう
そういうリラックスの方法もあります。



でもそれは長続きしませんし
楽しさも大きくないっていう風に
言えるのかなと思います。



感動する深い喜びとしては
色んな苦労して悲しみを経てて成長して
やっと成果を手にした
その時の喜びっていうのは
大きいと思います。



また誰かと共感して分かち合う
誰かと一緒に食べに行ったり旅行に行ったり
そういう一緒に行動することによっても
喜びは大きくなります。



また誰かに何かをしてあげたいって
思う時も喜びっていうのは大きくなります
サプライズをして考えている時なんて
考えているだけで
ワクワクが止まらないっていうこともあります。



そうやって自分だけの喜びを得るのではなくて
誰かに対して何かしてあげたいっていう
そういうのも
喜びの一つに繋がっていくのかな
と思います。



そんな感じで深い喜びと
快楽としてちょっと浅い喜びがあるって事を
覚えておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。





 

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2021年03月25日2021年:3月

正しいことより楽しいことを選ぼう

今日は正しいことより
楽しいことを選ぼうということについて
話ししようと思います。



僕たちは正しいというのを基準に
選んでしまってることが
多いのかなと思います。



その原因の一つとして
小さい頃からあれはしてはダメ
これはしたらダメ
あれをしなさい
これをしなさい
っていう風に
強制させられてばかりいたっていうことが
あると思います。



自分のやりたいことよりも
ルールとか常識というのを植え付けられて
その中で何が正解かというのを考えて
選ぶようになってしまったっていう癖が
ついてしまってることもあると思います。



そういう正しさで選択していくと
正解か間違いかの
二者択一になってしまいます。



もし間違いを選択してしまうと
それを改めて正しい方向へ
修正したくなるって言う事があります。



例えば会社だったら
仕事は手を抜くなとか
上司を敬えとか
飲み会には付き合えとか
身だしなみはきちんとしろっていうふうに
自分の持っている正しさというのを
他人に押し付けようとしてしまうって
いうことがあるのかなと思います。



でもその正しさっていうのは
人によって違うと思います。



ある人にとっては
間違いなことであったとしても
別の人にとっては正しい
という場合があります。



逆に自分とっては
正しいものであったとしても
別の人にとっては間違い
っていうこともあります。



そういうのを強制させて
人に押し付けようとしていくと
喧嘩になってしまったり
争いの種になってしまうってことは
あると思います。



そして正しさばかりだと
本音が隠れてしまうっていうことがあります。



頭の声である
~しなければいけない
~してはダメと
考えてばかりいると
心からやりたいことである
~したい
~したくないというのが
見えなくなってしまいます。



ということで正しさっていうの
選択しているとルールや常識があって
その通りにしないと
いけないって風に考えてしまいます。



そして間違いを行うと直させようってしたり
相手を責めたりして
争いの元になってしまいます。



また~しなければいけない
~してはいけないっていうことで
判断するのでプレッシャーが大きいです。



また頭の声ばかりに従っていると
自分の本音っていうのが
わからなくなってしまうって
いうことがあります。



一方で楽しさで選択すると
楽しいか楽しくないかの二つに分かれます。



楽しくないで選択したとしても
楽しくないっていうのは
誰も責めることはないと思います。



自分が不快になるだけで
相手に強要する事っていうのも
減るのかなと思います。



その点、争いになりにくい
ということがあります。



そして楽しさには本音があります。
~しなければいけないという
頭の声ではなく
純粋に自分の本音である
~したいが楽しいを選択すると
見えてきます。



心の声には本音が隠されているのです。



ということで
楽しさを選択するとルールがあるわけでもなく
正解もないというのがあります。



だからこそ楽しくないを選択しても
直させようとしたりとか
相手を責めたりっていうことがないので
争いが減ります。



そして~したい、~したくないで
判断するので
自分の本音って出やすいっていうのがあります。



心の声に従うことが
多くなるって事があります。



どちらを選んでいる時が多いのか
というのを考えていく必要は
あるのかなと思います。



もし今息苦しいと感じていたり
何か悩みが多かったり
争いが多かったりっていう人は
自分が正しさばかりで
選択していないかっていうのを
考えていく必要はあるのかなと思います。



ここで結論として正しさというのは
なぜそういう風なことを
基準に選ぶようになったのかっていうと



小さい頃からあれをしなさいとか
あれをしてはダメっていう風に
強制させられてして
生きていくことが多かった



それが大人になっても
その癖が抜けずに怒られないようにとか
人から嫌われないようにという風に
選んでしまってることが多いのかなと思います。



そして正しいことばかり選択していくと
争いを生んでしまう
っていうことがあります。



でも楽しいを選択するようになると
頭の声である
~しなければいけないということよりも
心の声である
~したいという風に
選択することができるので
自分の本音が
出やすいっていうことがあります。



なるべく自分の本音にしたがって
楽しいというの選択していけると
人生が豊かになっていきます。



だから正しいことよりも
楽しいことを選択していきましょう。



ありがとうございました。




 

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2021年03月22日2021年:3月

後悔を手放すと自由になれる

今日は後悔を手放すと自由になれる
ということについて
お話ししようと思います。



後悔というのは
ああしておけばよかった
こんなことをしなければよかった
というのを
過去を悔やんでしまっているという
そういう状態です。



例えば就職する時や学校を選ぶときに
あの会社にしとけばよかったとか
こっちの学校にしとけば
また違った結果になって
こんな思いを味わなくてすんだのに
って思う時もあるかもしれません。



またある時は恋人を作るのに
あの時なんてもっと積極的に
声をかけられなかったのか
もっと自分のことをアピールして
やらなかったのか
という風に思うかもしれません。



それがなかったら今頃あの人と
うまく結ばれていたはずだって
思う時もあるかもしれません。



またあの時怒りに任せて
あんなに酷いことを言わなければよかった
あの人を傷つけてしまったという
後悔を抱えている人もいるでしょう。



また仕事ばかりせずに
もっと家族を大切にしておけばよかった
という風に
思っている人もいるかもしれません。



そんなふうにみんな何かしら後悔をして
そういうのを抱えている人が
多いのかなと思います。



確かに現在の自分から見てみると
過去の自分をもう少し
上手くコントロールしていけば
また違う結果になったんじゃないかっていう
風に思うかもしれません。



でも実際には過去の自分っていうのは
その時は精一杯やっていて
その別の選択肢を取るってことは
難しかったって言えるでしょう。



別の高校を選ぶってことも
できなかったですし
恋人に対して積極的に
アピールするってことも
過去の自分ではできなかったでしょう。



現在の自分から見たら
過去の自分はすごいことを
できたんじゃないかってふうに
思うかもしませんけど



過去の自分は精一杯頑張っていて
それ以上の選択肢っていうのは
出来なかったっていう風に言えるしょう。



過去の自分を過大評価しすぎてしまう
っていうのが
振り返るとそういうのを
感じてしまうっていうことが
あるのかなと思います。



そんな感じで
もしもっていうのは存在しない
というのがあります。



タイムマシーンに乗って
過去に戻れるわけじゃありません。
違う選択肢をすることもできません。
やり直すこともできないのです。



ただ自分のやってきたことを受け入れるのみ
ということがあります。



過去ばかり悔やんでいると
もしもの世界に入り込んでしまって
未来に対して何かやっていこうっていう
いう風になるエネルギーが
なくなってしまうということがあります。



ずっとあの時ああしておけばよかった
なぜあんな行動を取ってしまったんだ
というふうに
もしもの世界に
ずっと入り込んでしまっています。



そういう時ってのは
未来に対して何かやっていこう
こういうことをしていこう
こんな行動を取って
こういう結果を得ていこうって風に
考える事っていうのは
なかなか難しいものです。



でも後悔っていうのは
成長してる証でもあります。



僕たちは後悔を重ねながら
悔しい思いをしながら
申し訳ない思いをしながら
いろんなものに気づいていく
ということがあるのかなと思います。



そういう失敗からでしか学べないものもあるし
後悔しないと大切な事に気づけない
っていうことはあるのかなと思います。



今日の結論として
私はいろんな後悔を抱えています。



でもそれは現在の自分から振り返って
過去を見たときに
もっと別の選択肢が
出来たんじゃないかっていう風に
思うところから来ています。



でも別の選択っていうのは出来ない
あの時はあの時で精一杯で
他の選択肢をする事っていうのは
出来なかったっていうのを
受けれる必要があります。



でもそういうたくさんの失敗とか
たくさんの悔しい思いとか
たくさんの申し訳ない思いをすることによって
色んな気づきや学びがあります。



そうやって成長していくというのが
僕たち人間なのでしょう。



そしてあの時
あの後悔はあれで良かったのだって
思うことができたとしたら
過去の執着から解放されて
未来に対して何かやっていこう
っていうエネルギーが湧いてきます。



後悔があると
ずっと過去にエネルギーをとられてしまって
未来に対して何かやっていこうって
エネルギーが湧かないのです。



早く後悔を受け入れて
過去から自由になれる
そういう選択を取れると
いいのかなと思いました。



今日は後悔について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年03月18日2021年:3月

大きなことをするより小さなことを大きな愛でやる

今日は大きなことをするより
小さなことを大きな愛でやる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちはせっかく生まれてきたのだから
大きなことをしようとか
人の記憶に残ることしようとか
何かすごい成果を残したいって
思いがちな所があるのかなと思います。



でもマザーテレサは言います。
私たちに偉大なことはできません
偉大な愛で小さなことをするだけです。
まさにこれが真実を言っているのかなと思います。



僕たちは何か大きなことをとか
人の記憶に残ることとか
偉大な成果を残そうとするのに一生懸命なり
小さなことにほとんど関心を向かずに
スルーしてしまうところが
あるのかなと思います。



でも小さなことにこそ真実が含まれてるし
そういうところしか変えることっていうのは
できていないのかなと思います。



そうやって小さなところに大きな愛
偉大な愛を注ぎ込みながら
やっていくことということが
本当に大切になってくることなのかなと思います。



そういうことで
一隅を照らすっていう言葉もあります。



これは天台宗の開祖最澄さんの言葉
って言われています。



一隅を照らすっていうのは
一人一人が自分のいる場所で
自らが光となり
周りを照らしていくことこそ
私たちの本来の役目であり
それが積み重なることで
世の中がつくられているっていうことです。


私は大きな光を照らすということも
そういう人も必要かもしれませんけど
そうじゃなくって
一人一人が小さなところに照らしていく
自分のできる範囲だけをやっていく



大きなことを決してしようとしなくても
いいって言うことがあって
そういう人が集まっていくと
より大きなことができるようになってくるっていう。



決して一人で偉大なことをする必要もなくて
小さなことをコツコツと積み重ねていく
人がたくさん集まれば
おのずと偉大なことが
できるようになってくるっていう
そういうことが
世の中を作っていくって言われています。



まさに僕もそれは当てはまることなのかな
と思います。



僕もやっぱり偉大なこととか
大きなことっていうのに憧れることがあります。



でも小さなこと
自分の身の回りにいる人を
大切にするとか
家族を大切にするとかそういうところから
始まっていくのかなと思います。



youtubeで何百万人の人に対して
影響を与えるって言うことも
そういう人はいるかもしれんけど



でもまず自分の家族からとか
職場の人からとか友人から
そういう人たちに対して
影響を与えていく
何か親切をやっていくって



そういうところから
始めていくっていうのも
大事なのかなと思います。



そうやってやっていくことで
バタフライ効果っていうのもあります。



これって言うのは
ブラジルでの一匹の蝶の羽ばたきが
テキサスで竜巻を起こすっていう
というような現象だと言われています。



ほんの些細な出来事であったとしても
それが積み重なって世界を変えていくっていう
そういう大きなところまで
繋がっていくっていうことです。



やってるって事は
ほんのちょっとした出来事かもしませんけど
それが後々としてやっていくと
もしかしたら世界を変えるぐらいの
大きな事に発展していくかもしれません。



そういう効果もあるので
小さな事っていうのは
馬鹿に出来ないってことがあります。



ほんの些細なことがあったとしても
それが積み重なって
それがどんどんと大きくなって
世界を変えるぐらい
の大きなことになる。



ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきが
あったとしても
それがアメリカのテキサス州の
竜巻を起こすぐらいの威力を
発揮するっていうこともある
という現象があります。



だから小さな事っていうのは
決して無力ではないと言われています。



僕達は小さなこと微力かもしれませんけど
決して無力ではないっていう
風に言われていますよ。



そういう微力を積み重ねていくことによってしか
大きな事っていうのは出来ない
ということがあるので
やっぱり小さなことを
どれくらい大きな愛で出来るのかっていうことに
至るのかなと思います。



僕も大きな事を
しようとするあまりに
些細なこととか小さなことを
ないがしろにしてしまうっていうところが
あるので
それは気をつけないといけないなと思います。



大きなことを目指すよりも
ほんの小さなこと、身近なこと
身近な人を大切にしていくってことが
今できることであり
それが僕の使命として
やっていかなければいけないことなのかな
と思いました。



今日は大きなことをするより
小さなことを大きな愛でやる
っていうことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年03月15日2021年:3月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を開催しました。
僕を含めて5人の方が
参加してくださいました。
 
 
 
毎月になりますと
だんだんとお互いのことが分かってきて
近況とかを話していました。 
 
 
 
月1回なので、
状況が変わっている人もいれば
何も変わっていない人もいます。
 
 
 
無理のない話し合いとなると
月1回くらいがちょうど良いように思えます。
あまり頻繁に集まっても
そんなに話をすることもなくなってしまいます。
 
 
 
ゆるいつながりというのが
これから求められているからです。
あまりにもつながりが深くなると
SNSなどもゆるいつながりの一つですもんね。
 
 
 
良い情報などもゆるいつながりから
入ってくるというのがあるようです。
ちょっとした近況や、
ちょっとした悩みを話できるだけでも
心の負担は減ります。
 
 
 
自分の居場所を確保するというのは
これから大切になってきますからね。
  
 
 
ただ、もう少し人数が増えたらと思います。
コロナも落ち着いてきましたし、
これからは参加しやすいように
ネットではなくて
リアルで会って話ができる企画を
やっていこうと思います。
 
 
 
ちょうど桜も開花しますし、
みんなで花見ができると良いですね。 
良かったら参加してくださいね。
 
 
 
今度のZOOM飲み会は
4月9日(金)20時~
参加費 無料です。
 
 
 
よろしくお願いします。



 

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2021年03月13日2021年:3月

自分の期待度が、相手の能力を変える

今日は相手をどう見るかで
相手の能力が変わってくる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは相手に対して
あまりの影響を与えることができないって風に
思い込んでるところがあるのかなと思います。



でも僕たちは想像以上に
相手に影響を及ぼすってことが
あるのかなと思います。



特に指導者と言われるコーチとか先生とか
そういう人たちの思いで
生徒たちをどう見るかで



生徒たちが能力を発揮するか
能力が発揮できずに
そのまま終わってしまうのかっていうのが
大きく左右されてしまうことが
あるのかと思います。



そういうことでピグマリオン効果っていうので
よく言われています。



これって言うのはギリシャ神話に出てくるを
由来にしています
これって言うのは元々美しい女神の石膏像に
恋焦がれて
なんとか本物の人間ならないのかって
いうのを祈って
食べ物を与えたり体を拭いたりっていうふうに
石膏像にしていました。



毎日話しかけたりとか
哀れなほど献身的に身を注いだそうです。



それを見かねた神がとうとう石膏像を
本物の人間の美女に変身させてあげたていう
そういうギリシャ神話があります。



それがピグマリオン効果って言われる由来です
それぐらい石膏像に思いに寄せると
人間に変わるぐらい
僕たちの思いっというのは
思いは相手に通じる
相手に影響を及ぼす
っていうこともあるのかなと思います。



影響を与えます
またアメリカの実験で
ローゼンタール博士がものも有名です。



まずネズミの実験で
ある生徒によく順応させたネズミと
全く普通のねずみという風に分けて
生徒たちにそれをどうネズミを育てるのか
っていうのをやったそうです。



ネズミにはいろんな実験をしたそうです
泳いでどこまで端までゴールを見つけて
渡ることができるかっていうこととか
迷路があって迷路を
どれくらいの速さでクリアするのかっていう
そういういろんな実験を行ったそうです。



そしてよく順応されたネズミの方が結果が良くて
全く普通のネズミというのは
順応されたネズミよりも成績が悪かったそうです。



でもこれって言うのは
後で聞いたら
二つとも同じネズミを与えたそうです。



ただ入れ方が
よく順応されたネズミと言って渡すのか
全く普通のネズミと言って渡すのかって
この二つの違いだけであって
渡したネズミっていうのは
二つとも同じネズミを渡したそうです。



それなのに実験結果では
良いのと悪いのと
大きく結果が差が出たっていうことです。



またこれはネズミだけではなくて
生徒にもやったそうです。



サンフランシスコの小学校で
ハーバード大学の予測能力テスト
というのをやったそうです。



これっていうのはどれくらいその人
その生徒が能力を持ってるのか
というのを測るテストだったそうです。



その結果を先生に伝えて
その生徒が実際に伸びたかどうかっていうのを
測ったそうです。



実際にはそのテスト結果で
能力を持っているっていう生徒は
実際にその成績が伸びたっていうことがあります。



これもさっきのネズミのことと一緒で
実際にはそういうテストは行ったんだけど
でもその能力を持ってるかどうかっていうのは
適当にランダムでやったようです。



そのテスト結果もデタラメで
そんなに正確ではなかった。
ランダムで適当な生徒を指名して
その生徒が能力があるって言う風に指名して
教師に伝えただけです。



教師は勘違いして生徒っていうのは能力がある
潜在的に能力を秘めてるっていう風に思って
接するようになったっていうことです。
その結果その生徒は成績は伸びたそうです。



実際にはその能力あるかないかっていうのは
分からずに適当に選んだ生徒であるにも関わらず
その教師がこの人は潜在的に
能力は持ってるって思っただけで
そういう風に接しただけで
その生徒は成績は伸びたっていうことです。



そうな感じで僕達っていうのは
その先生の何か思い
どんな風に生徒を見るかによって
成績が上がったり下がったりというふうに
なるのかなと思います。



大きな影響力はあると思います。
これは成績が伸びたっていう風なことで
ピグマリオン効果の効果の良い面を
出してるって事もありますけど



反対にゴーレム効果って言って
周囲の人が期待しなかったり
低い関心しか持たなかった人
そういう周囲の人があまり期待しなかったり
関心を持たなかったり
この人はダメだって風に決めつけてしまったり
そういう事をしてしまうと
実際にその人のパフォーマンスは
低くなってしまうっていうそれはゴーレム効果。



さっきのピグマリオン効果は能力が高いと思われて
そうやって信じ続けると
能力上がるっていうことだけど



ゴーレム効果っていうのは
期待をしなかったり
なにも関心しなかったり
潜在能力がないんだっていうふうに
諦められたりってした人ってのは
実際にパフォーマンスは下がるってことが
ゴーレム効果として言われます。



こんな感じで僕達っていうのは
相手をどう思うかによって
相手が能力を発揮する
かしないかっていうのが
大きく左右されてしまうって
いうことがあるのかなと思います。



会社でもそれは
上司が自分のことを期待してると思うと
やる気になって
どんどんとその成果を発揮しようと思うけど
上司が怒ってばかりで
自分なんて何も期待されてないと思うと
やっぱり力を発揮しようと
思わなくなってしまうのかなと思います。



そんな感じで僕たちというのは
相手に対して
どれくらい影響を与えられてるのかっていうのは
考えてみる必要はあるのかなと思います。



家庭においても
子供に対してどれぐらい自分が
子供に対して期待をするのか
この子はダメだと思うのか
この子はすごいできる子だって思うのかによって
大きくその結果が違ってくるってことがあります。



決して小さなものではないのかなと思います
そんな感じで今日は相手をどう見るかで
相手の能力は変わってくるということで
ピグマリオン効果とゴーレム効果っていうことを
説明させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年03月11日2021年:3月

過去の未完了な感情は人生を翻弄する

今日は過去の未完了な感情は
人生を翻弄するということについて
お話ししようと思います。



私は心が元気な時はやる気満々で
行動する意欲が湧いているのかなと思います。



チャレンジ精神も大きいと思います。
でもそれは心が健康な時であって
心が元気をなくす時もあるのかなと思います。



そういう時ってのは
チャレンジする意欲もなくなって
言い訳ばかりするようになるらしいです。



その心は元気をなくす一つの要因として
気がかりっていうことがあるらしいです。



この「気がかり」っていうのは
小さなものだと
お部屋の電気を消したのかなとか
玄関の鍵をかけたのかなとか
今日はトイレットペーパーを買いに行こうとか
というものがあったとしても



気がかりがあったとしたら
仕事に集中する事っていうのはできなくて
心が元気をなくす一つの要因として
なってしまいます。



またそれは小さなものであって
気がかりが大きなものっていうのもあります。



大きなものだと
心に後悔を抱えてるものがあります。



心に後悔っていうのは
誰かに対して怒りとか恨みとか
自分に対しての罪悪感というのもあります。



そういう気がかりがあると
心っていうのは
そこにエネルギーを取られて
今に集中できないってことがあります。



そうなるとおのずと
チャレンジする意欲が湧いてこなかったり
言い訳ばかりして
何もしようとしなくなるって事が
あるのかなと思います。



こういう未完了の感情っていうのは
きちんと解消していくってことは
大事なのかなと思います。



こういうことで未完了の感情として
もしかしたら友人なんか裏切られたとか
友人に対して自分が
裏切り行為をしてしまったとか



あと恋人との関係でギクシャクしていたりとか
あとうまくいかないということも
気がかりの一つとして
心に重くのしかかってくる
一つの要因としてあるのかなと思います。



心の未完了の感情というのは
もし心に器があったとしたら
未完了の感情が
半分ぐらいまで
占領されてしまうっていうことが
あるのかもしません。



この半分の量を占領されて
しまっているとしたら
あとこれぐらいの半分の量でしか
仕事に対してとか
チャレンジすることとか
できなくなってしまうのかなと思います。



普通の購入気がかりがない人っていうのは
全部心を使えるでしょうけど
でもそういう気がかりがあったとしたら
半分はそこで埋まってしまっているので
この半分の量でしか
できなくなってしまうってことがあります。



これってとっても、もったいないことで
ずっとこの気がかりがあるうちは
この半分取られているっていう感じに
なってしまいます。



何かしてても
自分に対しての罪悪感とか
恨みとか怒りとかっていうのは
出てきてしまってて
そっちに心を取られてしまっている。



そんな状態で仕事に集中できるわけもないし
家に帰ってもそこに囚われてばっかりいると
テレビも面白くないし
食事しても美味しくないかもしれません。



どっか出かけようっていう気持ちも
起こらなくなってしまうかもしません。



そんな感じで未完了な感情
もしかしたら友人に対してとか
あと上司に対しての恨みも
あるかもしれません。



いろんな人間関係のトラブル
っていうのがあるかもしれません。



そういうの持ってるうちは
心がずっとそういうものに
とらわれてしまっていて
占領されているっていう状態です。



それを早く解決していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



解決するための方法として
自分と向き合う事って
とっても大事なことなのかなと思います。



今のままでいると
ずっと心に占領されてるけど
それって自分と向き合って
過去とどう折り合いをつけていくのか
過ぎ去ったものを
どうやって自分の中で解消していくのかって
言うてのとっても大事なことで



自分と向き合うとせずに
ずっとそれを持ち続けていると
時間とともに減っていくってことは
あるかもしませんけど
それはだいぶ時間がかかって
しまうことがあります。



でも自分と向き合ってそこに目を向けて
もしかしたら感情を開放する
感情を感じきるってことも
必要になってくるかもしませんし



相手に対して何かお礼をすると謝るとか
そういうことも必要に
なってくるかもしません。



でもそうやって過去とどう向き合っていくのか
それをしないうちは
ずっと自分の中の
心が占領されてしまってるって事が
あるのかなと思います。



とってももったいないことなので
もしできるようだったら
過去の未完了を少なくするし
減らしていくってことはとっても大事なこと
そうしないと心の健康っていうのは
なかなか保てなくなってしまうのかなと思います。



こういう心に何もない状態
心が空っぽで
何もとらわれていない状態でいると
ヤる気が満々で
いろんなことにチャレンジすることもできるし
いろんな行動もすることもできるし
ストレスなくいろんな未来に対して
出来るって事はあるのかなと思います。



でもそういう心に
何かギクシャクしてるものがあったとしたら
すごい心にとらわれてしまうとことあるので
それを早く解消してくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



もし今何かチャレンジしていこうとか
思えなかったり
仕事に集中できなかったり
何かぼーっとしてしまうってこと
があるとしたら



自分の中に未完了のものがないのかって
いうのを振り返っていくってことは
大事なことです。



そしてそれを見つけて自分と向き合っていく
それを解消していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は過去の未完了な感情は
人生を翻弄してしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年03月08日2021年:3月

「何になりたいか?」より「どうありたいか?」が大事

今日は何になりたいか?より
どうありたいか?を
考えることが大事だって言われています。



僕たちは小さい頃よりに
なりたいのっていう風に
聞かれることが多かったのかなと思います。



何になりたいのって聞かれた時に
今だったらyoutuberとか
公務員とかっていう人もいるかもしれません。



あとは学校の先生とか
料理人という人もいるかもしれません。



こんな感じで職業を選ぶ人が
多いのかなと思います
でもそう職業っていうのは
自分の知ってる範囲の中から選ばない
といけないことがあるので
すごい狭い範囲になってしまうのかな思います。



小さい頃からこんなにたくさんの職業
いろんな職業があるって言うの
分からないと思います。



でも小さい頃から
何になりたいのって聞かれると
この自分の知ってる範囲の中から
選ばなければっていうふうに
考えてしまうことがあります。



それで実際にその学校の先生とか
そういう人になりなるって言う人もいて
それはそれでいいのかもしれませんけど
でも大体は自分の将来について聞かれても
やっぱりわからないっていうことが
多いのかなと思います。



それは狭い範囲の中から
選ばなければいけな
いっていうことがあるから
どうしてもわからないっていうことが
出てくるのかなと思います。



でも実際にそんな職業を選ぶっていうことは
自分の中ではその生きていく中で
そんなに大したことはないのかなと思います。



どんな職業を選んだとしても
そこでどんな心構えでするのかが
大事になってくるからです。



たとえ希望の職に就いたとしても
イヤイヤやってるよでは
生きがいっていうのは見いだせません。



特に希望じゃない
自分の希望じゃない職業に就いたとしても
そこで一生懸命やったり
楽しんでやることができたとしたら
生きがいも見出せるし
喜びもそこで得られるって事が
あるのかなと思います。



そんな感じで
どんな職業っていうのも
ある程度は大事になるかもしれませんけど
でもどんな心構えでやるのかっていうことが
最も大事になってくるのかなと思います。



そういうことで
大事になってくるのが
どうありたいのかっていう
そういうものがあります。



どうありたいって聞かれて
職業を選ぶ人はなかなかいないと思います。



とありたいって聞かれて
優しい人でいたいとか
強い人でいたいとか
自由でいたいという人もいるかも
ここだと心構えに近いものを
選ぶことになるので



何を選ぶかっていうよりも
より自分らしさを選択する事ってのもできるし
職業にどんな職業に就いたとしても
楽しむだったり
生きがいだったり
やりがいを見いだせやすいのかなと思います。



小さい頃からどうありたいのって聞かれて
育った人っていうのはこんな感じで
自分の本質的なものを
見つめるっていうことが
できるようになるのかなと思います。



何になりたいのって聞かれていると
職業とか限られた職業の中で
選択していかなければいけないってことになって
自分の本質とはまた違ったものを
選ばなければいけないっていう風に
なってしまうかもしれませんし



その職業に就いたとしても
どんな心構えでやっていくのか
っていうところまでは
思いにいかないのかなと思います。



だからなになりたいのかってよりも
どうありたいのか
そういうところがもっと大事になってくるし
そういうの僕たちは
考えていく必要あるのかなと思います。



今からでもどうありたいのか
自分はどんな人物になりたいのかっていう風に
やってくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



ちなみに僕はどうありたいのかっていうことで
安心感のある人になりたいってのがあります。



多くの人に安心してもらえるような
多くの人に安らぎだったり
心を許すだったり
飾らなくても良くなったり
そういうものを感じてもらいたい
そういう人にありたいなと思います。



そのためには
自分自身も飾らない
自分の素の状態で生きるし
自分の弱さっていうのも受け入れていくってこと
大事になってくるのかなと思います。



そんな感じで何になりたいのか?っていうよりも
どうありたいのかって
いうのを考えていくことが大事だ
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年03月04日2021年:3月

世界を変えるより自分を変えることの方が難しい

今日は世界を変えることより
自分を変えることの方が難しい
ということについてお話ししようと思います。



俺たちは何か世の中に貢献したいって
強く思う時ってあるのかなと思います。



でもそういう時っていうのは
もしかしたら自分の中にある
欠乏感を満たしたいだけ
という場合があるということです。



欠乏感っていうのはこんな感じで
自分中に穴が空いてるとします
その穴をどうにか埋めようとするっていう方法で



相手に何か貢献することで
自分のこの穴の穴を埋めようとする
っていう行為のことです
このように誰かに貢献をすることによって



自分の穴を埋めようとする
それをするだけでは自分も変わらないし
相手にも嫌な影響を与えてしまうって
ことがあります。



それは自分の穴を埋める
という行為をするためには
貢献することによって褒めてもらうとか
認めてもらうっていう
そういう下心があるからです。



もし自分が何も欠けてなくて
それで相手に何かしてあげたいっていう
そういう貢献であったとしら
別にそんなに褒めてもらおうとか
認めてもらうって言うことは少ないです。



自分の穴をどうにかして
満たそうとするために
誰かからの認めてもらう
褒めてもらうってことが必要で
認めてもらうために
誰かに貢献するっていうことがあるからです。



でも、そういうことしてると
どんどんと相手のエネルギーを奪ってしまう
ということがあります。



相手としては何かしてもらったら
お礼に何か言わなければいけないっていう
風になってくるからです。



やってあげてる人もお礼がないのに
なんで相手は失礼なやつだって風に
思ってしまうかもしれません。



こんな感じで自分の穴を埋めるために
何か貢献しようとしているうちは
どうしても相手から
奪おうとしてしまっていることがあります。



でも自分を満たしきっている人
全然相手から埋めてもらうとか
認めてもらうっていう風なことがないと
本当の貢献っていうのが
そこで出来るのかなと思います。



別に相手に認めてもらおうと思わないくても
大丈夫ですし
褒めてもらうともなくても
貢献してあげたいって思える
それが本当の貢献なのかなと思います。



こっちの欠けているところでは貢献って言いながら
相手からエネルギーを奪ってるだけ
自分がもっと穴を埋めたいだけ
ということになってしまいます。



そういう人っていうのは
世界を変えようとか
大きいことをしようとする人が
多いのかなと思います。



でも自分を見つめて
自分を変えるって事はなかなかしない
できないって言うか
自分の欠点を見つめ直すってことは
なかなか難しいことなので
そういうことはできていないのかなと思います。



また世界を変えるという事に一生懸命で
家庭の事が無茶苦茶だって人も思います。



あまりも外に向かって一生懸命なりすぎている
自分の大切な家族
家族がバラバラとか
酷いありさまというところもあるでしょう。



家族がひどいことになってるのに
それでも外に向かって
何かやって行こうっていう人っていうのは
結構多いのかなと思います。



特になんか宗教とかって
世界に向かって
良いことをしようとする人は
多いと思うんですけど
でも宗教家のその家族を見てみると
家庭が酷いありさまという
ところは多いのかなと思います。



自分の身近なところ
家庭を大切にせずに
世界に向かってとか
外に向かってやっていこう
っていう人ってのは
結構多いのかなと思います。



家庭っていうのは
一番自分のことを
自分の本性が出るところなのかなと思います。



そういう自分の本性
本性が出るところで
本当の自分の救い
自分の性格が貢献するってことだったら
いいのかもしませんけど



そういうところで貢献もできずに
すぐに外に向かって
何かやっていこうとするっていうのは
一番見たくないものを蓋をして
簡単にできるようなところをやっていく
ていう人が多いのかなと思います。



こんな感じで世界を変えるのは
比較的たやすい
難しい部分もあるんですけども
ここでは貢献するってことはやりやすいってこと



でも自分を変えるとか
身近な家族に貢献するっていうことは
とっても難しいことなのかなと思います。



でもこの難しいことが
一番大切になってくる
っていうことはあるのかなと思います。



そんな感じで世界を変えるより
自分を変えるって事は
難しいっていうのがあります。



それはなぜかっていうと
その欠乏感があるから
この欠乏感があると
より世界に向かってとか
外に向かってやっていこう
ていうことがあります。



本当に向き合わなければいけないのは
自分自身だったり
自分の一番よく知っている身近な家族だったり
ということがあるけど



でもなかなかそういうところに目をむかずに
すぐに貢献していこう
外に向かっていこうって
やってことしてしまうとことが
あるのかなと思います。



でもそれでは自分の問題をいくらだっても
解決していかないってことがあるので
自分と向き合ったり
あと家族と向き合ったり
そういうことをするってことは
とっても大切なことなのかなと思いました。



今日は世界を変えるより
自分を変えることの方が難しい
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。










 

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2021年03月01日2021年:3月

幸福と健康を高める鍵は良い人間関係である

今日は幸福と健康を高める鍵が人間関係である
ということについてお話ししようと思います。



ある本に載っていたことですけど
ハーバード大学で
成人発達の研究というのがされました。



これはハーバード大学卒男性700人と
ボストン育ちの貧しい男性700人に
調査したことです。



この追跡調査っていうのが
なんと75年においてされたってことが
ここでは特徴として挙げられます。



その研究調査の結果として
結果が幸福を高めてくれるものっていうのは
一般的にはハーバード大卒が幸福度が高くて



ボストン育ちの貧しい男性というのは
幸福度が低いって言われてるかもしませんけど
そうではなかったってことがあります。



その家柄とか学歴・職業・年収というのは
全部関係がなかったっていうことです。



関係があった幸福を高めてくれるものって
いうのを調査していくと
良い人間関係があるかないか
というのが大きく左右されていたって
いう風に言われています。



信頼できる人がそばにいるかだけで
緊張が解けて
健康に保たれるって事があるのです。



心身のその苦痛が和らげて
喜びも倍になるっていうという結果です。



逆に孤独な人
孤独な人は病気になる確率が高かったり
寿命が短くなる傾向っていうのが
あったみたいです。



これは納得できるものなのかなと思います
人間というのは集団の生き物であって
やっぱり一人ではなかなか生きていくっての
困難なのかなと思います。



心が通じ合える仲間がいるかどうか
そういう人間関係が作られてるかどうか
によって身体にも心にも
大きく変わってくるっていうことが
あるのかなと思います。



ここで気をつけたいのは
良い人間関係っていうことで
ネガティブな友人がいると
友人がいない場合よりも
幸福度は低かったっていうことです。



ネガティブな友人がいるぐらいだったら
友人なんていなかった方がいいっていう
ふうに言われるのです。



ポジティブな友人関係があれば
寿命も延びて幸福度も増しますけど
でもネガティブな友人がいると
孤独の場合だったほうが
幸福度が高いって風に
言われるわけです。



ちょっと面白いところなのかなと思います。
だからネガティブな友人をどう排除していって
ポジティブな友人を作り上げていくのかって
いうことが大切に
なってくるのかなと思います。



そのポジティブな友人を作るためには
やっぱり自分もポジティブでいないといけな
いっていうのがあるのかなと思います。



いつもポジティブでいるって事は
なかなか難しいので
ネガティブになった時に
どう励ましてくれるのかとか
どのように援助してくれるのかっていう
そういうのも大きいのかなと思います。



ネガティブになった時に
どう励ましてくれるのか
ということもあって
そういうのも含めて
ポジティブな人間関係をつくるって事は
大切になってくるのかなと思います。



一緒に愚痴を言い合ったり
何か世の中に対して不平不満を言ったりとか
あと自分さえよければいいということで
何か犯罪集団とかそんな感じで
人を騙して自分を得させようとか
そういう人間関係があると
余計に不幸になってしまうっていうことです。



そういう人間関係だったら
作れない方がまだ幸せだっていうことなのです。



そういう感じで
どれくらいポジティブな人間関係を作るのか
ということが大事であります。



また人間関係が大きく左右されていて
家柄とか学歴とか職業とか
年収っていうのは
ほぼほぼ年を取っていくと
関係がなくなっていく
っていうことがあります。



最初の若いうちとか中年の時は
大きく及ぼすかもしれませんけど
でも年いって
本当の幸せを追い求めていく
いかなければいけないっていう時に



その家柄とか学歴とか
職業とは年収っていうのは
ほぼほぼ関係なくなってくる



どれくらい人間関係が作れているのか
良い人間関係があるのかっていうことが
カギになってくるってことがあります。



そんな感じで
老後をもし考えるとしたら
いい大学を行こうとする
ということも大事かもしれませんし
年収を上げるって事も大事かもしませんけど



でも良い人間関係を
どう作るのかっていうことは
老後に対して
最高の投資になるのかなと思います。



その老後とかその将来に対して
どれぐらい人間関係を作れるのかっていう
これを投資する人っては
なかなか聞かないっていうことが
僕の中であります。



それよりも年金とかなんかそういうことで
自分を安心させようとすることが
多いように思います。



でもそういうお金ではなくて
人間関係をつくるっていう事に投資して
今から準備していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



それが幸福と健康を高める鍵だからです。



今日は幸福と健康を高める鍵っていうのは
人間関係にある。



決して家柄や学歴や職業や収入ではない
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年02月25日2021年:2月

変わりたい思いと変わりたくない力

今日は変わりたい思いと
変わりたくない力
ということについてお話ししようと思います。



僕たち人間というのは
人間じゃなくて生物全部ですけど
全て進化することを前提に
生きているのかなと思います。



進化を止めた途端に
生物として
生存できなくなる可能性があるからです。



いろんなものに変化して
その時の環境に対応していかないといけない
ということがあるからです。



だから進化として変化するってことは
人間としての
生物としての生存欲求として
DNAに深く刻み込まれているのかな
と思います。



自分を向上させていこうとか
成長させて行こうっていうのは
自然な流れなのかなと思います。



でもそれと同じように人間っていうのは
変わるということを拒む力
っていうのは働いてます。



これをホメオタシスと呼ばれてます。
恒常性機能と言います。



これは気温がどんなに変わろうとも
体温というのは常に36℃を保つ
と言うな感じでもあります。



また体内の水分量も一定に保つとか
そういう同じでいようとする機能
もし昨日と今日が全く違ってるとしたら
変化に対応するってことは
できなくなってしまうと思います。



顔が変化してしまったり
性格がガラッと変わってしまったっていう
ところでやってしまうと
人間ってそんなに対応が
できるわけでもないと思います。



だから昨日と同じ今日が続くとか
昨日と同じ顔が続くし
肉体にしても昨日と同じような感じで
ずっと続くっていう
そういう維持させようとする機能があるのです。
これも生物としての生存の力だと思います。



という感じて
人間っていうのは生物も一緒ですけど
人間として進化したい
成長したい向上したいっていう
気持ちもありながら



それと同時に変化したくない
変化してはその変化に耐えられない
今とずっと同じでいたいっていう風な
そういう機能もついていて



両者が引っ張り合いをしてるような
感じなのかなと思います。



何かダイエットしたいと思って頑張っていても
体重を一定にしていた方が
体は楽って言うか
安全でいられるし
今までと同じでのが
一番楽ってことがあります。



だからダイエットしても
体重を一定に保とうとして
どんなに頑張っても
リバウンドしてしまうって事があります。



そんな感じで
このホメオタシスをどう変えていくのか
これをどうクリアしていくのかっていうことが
その向上とか成長とか
そういうのも鍵になってくるのかな
と思います。



ゆうなれば
前に行こうっていう力があるのに
なんかゴムをゴム紐でくくりつけられて
前へ行こうとしてる感じなのかなと思います。



ずっとゴムを伸ばしてある程度までは
行けるかもしれんけど
でもそのゴムが伸びきったところで
また縮もうとして元に戻ってしまうって
ことがあるかもしません。



せっかく前に行こう前に行こうと思っていても
戻そう戻そうという力も同時に働いて
成長を阻むってことがあります。



よく例えられるのが
ロケットがあったとして
ロケットっていうのは
大気圏を突き抜けるまでが
90%の燃料を使うって言われてます。



それぐらい大気圏を脱出するってことは
大変なことだって言われています。



大気圏を出てしまうと
あと宇宙の世界なので
そんなにエネルギーを使わずに
進むってことがあります。



自分を変えていきたい
ということも同じように
最初の1週間か2週間
1ヶ月ぐらいかもしませんけど
90%くらい力が必要だって言われてます。



こういうゴムがあったとしても
ゴムを伸びきってゴムが離れたら
やっとそこで向上って言うことが
進化・成長ってことは
できるかもしれませんけど



ゴムがあるうちは
また縮んで元に戻ってしまうっていう力が
働いてしまっているのです。



そんな感じで相反する力っていうのが
その人間として働いてるって事です
僕たちが何か勉強したいと思ってても



やっぱ今までずっと
だらけてしまっているとしたら
いきなり勉強することはとても難しいことで



どうしてもやっぱり
今まで通りのだらけた生活に
いたいっていう風に
より戻しが出てきてしまうわけです。



そういう時は
このホメオタシスを
少しずつ慣れさすっていうことで



段階を踏んで
ちょっとちょっとずつやっていくってことが
必要なのかなと思います。



いきなり大きくワンステップで
何か大きく変化をするのではなくて
小さな一歩を積み重ねていくことによって
徐々に徐々に
このホメオスタシスが慣れていって
その次の段階に
その次の段階に行くってことが
できるようになると思います。



またこのホメオタシスが
慣れてくるのに
だいたい3週間かかるって言われてます。



3週間でひとつの習慣が身につく
と言われています。



だから3週間経つまでは
大きなことをとか
いろんな事するんじゃなくて
一つの小さなことを
徐々に積み重ねていくってことが
必要になってくるのかなと思います。



こんな感じで人間というのは
変わりたいっていう思いは強くあるけど
でも同時に変わらないでおこう
今までと同じでいこうって
そういう力も働いてるわけです。



そういう相反する力があって
人間ってなかなか変えることができない
変わりたいっていう意欲はあったとしても
変わる事って難しいっていう風に
言われてるわけです。



こういうのを
少し覚えておくだけでもいいのかな
とは思いました。



今日は変わりたい思いと
変わりたくない力が同時に働いている
相反する力が同時にあるということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年02月22日2021年:2月

人間の脳の仕組みについて

はじめに今日は脳の仕組みということについて
説明させて頂こうかなと思ってます。



まず人間の脳の仕組みとして
3段層に分かれて
それぞれ上から階層ごとに
なってるって言われてます。



で、その階層ごとですけど
最初に脳幹って言われてるところがあります。



これは爬虫類の脳って言われています
で、爬虫類の脳というは
大体は反射で
自分が何も考えずに
行動を起こしてしまうっていう
このテーマとして
安全でいることということがあります。



安全でいることには
まず食料、食べ物とか
そういう自分の生物として
維持するための活動を優先的に
していかなければいけないっていう
そういう脳です。



爬虫類って
そんなに考えずに
自分の生存をどうしていくかっていうのを
まずやっていくのかなと思います。



多分DNAで働いた
何かそのトカゲだったとしたら
トカゲがその獲物を見つけては
追いかけて食べるっていう
そういう所に集中していく
っていうものがあるのかなと思います。



あとはそんなに
自分でものを考えたりすることって
いうのは少なくて
まずは生存していくための
その本能としての脳が働いていくっていう
それは優先的にあるのかなと思います。



それは人間にも爬虫類の脳として
進化の過程でそういう風なものを
持ってるとことがあります。



この爬虫類の脳がありながら
その進化する上で
もう一つ脳が増えてきました。



これが大脳辺縁系と言われています。
これは進化で哺乳類の脳って言われています。



ここではこの哺乳類っていうのは
感情をつかさどるって言われています。



感情だから喜びとか
怒りとか恐怖とか
あと好き嫌い
そういう感情の起伏っていうのは
この大脳辺縁系で司るって言われています。



これも進化の過程で
順番に①、②
最初にこの脳ができて
その進化する上で
安全でいるだけでは
何か物足りないということで



その感情を働かせるようになったっていう
感じを働かせるようになって
より生存として強くなるって言う
生存するためのこれは能力
その仕組みという風に
思ってもらえばいいのかなと思います。



だいたい生物というのは全て
生存を優先に
考えていかなければいけないっていう
生存するために必要なものとして
こういうものが出来たっていう風に
言うことも出来るのかなと思います。



そして最後に3番目
これが人間として特徴する脳で
大脳新皮質って言われています。
これは人間の脳っていう風に言われています。



この大脳新皮質っていうのは
内省する能力、自分がこんなことしてしまった
ダメだな次は気をつけようっていう
そういう能力があったりとか
あと未来への思考能力
未来に対して何か考えることができるって言う
そういう能力があります。



だからこういうものがあるから
成長したいって風に
強く思うということが
できるのかなと思います。



もしこういう脳がなかったとしたら
自分を向上させていきたいとか
何か未来に対して
良い行いをしていきたいっていう
そういうものがないのかなと思います。



こんな感じで僕たちの脳っていうのは
3段構造になってると言われています。



その3段構造ですけど
まず順番に1番目をクリアしないと
2番目がうまく働かないしに
2番目をクリアしないと
3番目はうまく働かないっていう風に
言われています。



まず安全でいることが大事で
安全でいることができないとしたら
こっちとこっちこの脳っていうのは
なかなか機能しないっていう風に
言われています。



まず生活の基盤をきちんと整えることができて
この脳幹がうまく働いてクリアする



次に感情的に
感情がきちんと
その自分の納得できるようなものとか
その不安とか怒りとか
そういうものが収まった時に



やっとこの人間である脳として
未来に対して何か行動ができたりとか
成長したいとかそういう風に思えるっていう



その一つ一つクリアしていかないと
脳っていうのは
効いていかないというのがあります。



そんな感じで脳の仕組みとして
三重構造って進化する過程で
だんだんと付いていったものがあるけど
でもこっちの古いのを満足させていかないと
なかなか新しい脳には
機能していかないっていうことがあります。



もしねその自分で生活していく
なんか衣食住が足りないとしたら
こっちを優先にしてしまって
感情的なものとか未来対しての思考とか
そういうものをなかなか考えるって
いう余裕がなくなっているって事が
あるのかなと思います。



今生活するだけで精一杯な人っていうのは
そのまずはこっちが優先的に働いて
安全でいたいし
自分のその生存って言うことを
第一に考えなければいけないっていうことが
あるのかなと思います。



その生存は大丈夫であっても
家庭内がぐちゃぐちゃとかで
自分の感情をすごい左右される
安全でいられないとか
毎日が不安とかそういうことがあると
こっちの脳で止まってしまう
ということがあります。



家庭内で色々いざこざが
ある人っていうのは
未来に対して何かしていきたいとか
希望を持って何かやっていきたいとか
そういうところまでは
気が向かないっていうことがあります。



きちんとその感情的に
安らぐっていうことができた上で
やっと未来に対して
何かこうしていきたいとか
自分の能力を活かしていきたいとか
成長していきたいとか
そういうことを考える事が
出来るって事があります。



だいたい意識と無意識っていう風に
よく聞くかもしませんけど
この部分がこっから下が
無意識にあたるのかなと思います。



このここから下が無意識の領域で
自分ではなかなか意識して
意識することができないっていう
領域のことで



こっちの人間の脳として
理性として考えることができるってのが
顕在意識、表層意識とも言われてるけど
顕在意識として
自分が意識できるところだっていう風に
言われています。



でこれが大体比率で言うと10%で
無意識が90%ぐらいあって
顕在意識でいくら頑張ろうと思っても
無意識の力は90%くらいなので
無意識で何か働いてるものがあったとしたら
顕在意識でいくら何か頑張ろうと思っても
きついものがあるって言う。



顕在意識では
これから頑張って勉強しようと思ってても
こっちで勉強よりもまず食べ物を取って
自分の体をきちんと健康に保たなければ
いけないって思ってるとしたら
食べ過ぎで言うことがあるかもしませんし
こっちでいくらダイエットしようと思っても
なかなかダイエット難しいと思いますし



ここで恐怖だとしたら
その喜びを得るために
すぐに簡単に喜びを得られるような方法を
取ってしまって



いくらこっちの世界で頑張って
何か今だけの喜びじゃなくて
将来に対して何かやって行こうと思っても
難しいってことがあるのかなと思います。



そんな感じて大脳辺縁系と脳幹というのを
どれぐらい満足させることが
できるのかによって
自分の能力も上がるし



未来に対しての思考
考えることができるっていう力も
ついてくるし



成長をどれくらいできるのかっていう
意欲も湧いてくるのかなと思います。



まずこっちを優先的に
働かせなければいけない
ということがあります。



だいたいその大脳辺縁系を
満足させるっていうことは
なかなか難しいことなのかなと思います。



今ストレスが大きい時代って言うことがあって
自分のそのストレスで好き嫌いとか
恐怖体験とか不安とか
漠然としたものが今あると思います。



将来に対してなかなか建設的に
やっていこうっていうのは思えなく
なってるような時代なのかなと思います。



しかもいろんな誘惑ってのがあって
誘惑ってのは
だいたいこちらを刺激するっていう風に
言われています。



例えば映画館に行って
そのポップコーンの匂いを出すことによって
ポップコーンを
買わせていこうっていうことがあって



いくらダイエットとして
何も買わずに映画を見ようと思ってても
そのポップコーンの匂いを嗅ぐことによって
この脳幹とか大脳辺縁系を刺激して
こっちに働きかけて買わせようとする。



いくらこっちで買いたくないって思ってても
なかなかこっちで反応してしまうと
誘惑に負けてしまうっていうことがあります。



今日はそんな感じで
人間の脳の仕組みとして
進化の過程でついた
一番目の爬虫類ののが一番目で
次に大脳辺縁系として
哺乳類の脳が2番目で
やっと第3番目として
人間の脳が作られたっていうことで



一番目を満足させないと
2番目が働かないし
2番目を満足させないと
こっちが働かないしっていう風に
なってるっていう
そういう仕組みになっています。



今日は脳の仕組みについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年02月18日2021年:2月

自分のことは冷静に見ることができない

今日は自分のことは冷静に見ることができない
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは自分のことは
自分が一番理解してるって
思いがちなところがあると思います。



でもそれは本当なのでしょうか?
もしかしたら自分のことを
他人の方がよく理解してるっていう場合も
あるかもしれません。



なぜなら自分の事っていうのは
変な主観的な物で
好き嫌いとか
自分の変なこだわりとか
自分のその価値観っていうのが入ってきて
冷静に自分のことを
見ることって難しいからです。



例えば自分はどんな職業に向いてるのか?
ということを思ってみると
自分では大工とか料理人に
向いてるって思うかもしれません。



でも周りから見たら
あなたが大工? 
そんな手が不器用なのに
なぜそういうのを選ぶのって
思うかもしれません。



それは、その人が大工っていうのは
かっこいいし
昔から憧れだったっていうことがあって
大工を選ぶっていうことが
あるかもしれません。



それで素晴らしいことなのかもしれませんけど
それが適職か
その才能を存分に
活かせられるかっていうと
そうではないのかもしれません。



でもそれが自分で見えなくなってしまってて
周りの人から見ると
そういうのが冷静に見えて判断できるのに
自分ではそんな自分が手が不器用だって
思わないかもしませんし



大工に向いてないっていうのを
認めるって事は
とても難しいことなのかもしません。



他人の方が冷静に見ることができて
あなたは大工に向いてないのに
もったいないなって風に
判断するってことができるかもしれません。



そんな感じで自分のことを
客観的に見ることっていうのは
とっても難しいことなのです。



まだ他人の方が変な感情がない分
客観的に判断して
あなたはこういうことが向いている
こういう所に着けばいいのにって言うに
冷静に自分のことをわかってくれるって
事があるかもしれません。



また結婚相手にしても
自分としては最良の相手を選んだと
思ってたとしても
他人から見たら
なんでその人を選ぶのっていうふうに
思ってしまうところがあるかもしれません。



熱が上がってる時というのは
冷静に相手を見ることができなくなってて
この人で大丈夫
この人しかいない
もうこの人以外には考えられない
という風に思うかもしれません。



周りから見たら
なぜその人を選ぶのって思ってても
自分が熱が上がっている時は
なかなか冷静に見ることっていうのは
難しいのかなと思います。



そして何年かして熱が下がってきたときに
こんなはずではなかったっていう風に
後悔するってことは
もしかしたらあるかもしれません。



そんな感じで
自分のことっての冷静に見ることって難しい
結婚相手であっても
自分がどんな人と相性がいいのかっていうのも
自分で判断するってことは難しくて



まだ他人の方があの人だったら
あなたに向いてるのにって風に
思えるって事があるのかもしれません。



それは他人の人を自分自身が見るときでも
そうなのかなと思います。



他人の人を見て
あの人だったらピッタリなのに
あの相手だったら
あなたに会わないっていう風に
判断しやすいのかなと思います。



また芸能人とか見てても
なぜあの人があの人と
結婚するのかっていうふうに
思うってこともあるのかもしれません。



そんな感じで変な主観的なものがない分
冷静に判断できるとことがあります。



こんな感じで自分の事っていうのは
自分で見えていないって部分があります。



それは他人が自分よりも自分のことを
わかってくれてる部分っていうのがあります。



そういう風にするかしないかは別として
人からのアドバイスをもらうってことは
とっても大切なことなのかなと思います。



もしかしたら意外な自分の一面というの
見えてくるかもしれません。



自分ではこうだったと思ってても
人から見たら全然違ってて
意外な自分のその才能とか
自分の欠点なんかも見つかるかもしれません。



そんな感じで
自分のことを冷静に見るっていうことは
なかなかできないってことです。



ただ冷静に見ることができないですけど
一つの方法として
親だったら自分のことを
どういう風に思うだろうとか
友人だったら自分のことを
どんな風に判断するだろうで
その頭の中で第三者の目線になる



それだけでも少し冷静に
判断するってことができるので
そういうのも活用していくってことも
ちょっとは役に立つのかなと思います。



でも大体は主観的な自分の好き嫌いとか
こだわりとか価値観っていうのが
入ってきてしまって
自分のことを冷静に判断するってことは
とっても難しいことなのです。



だから他人のアドバイスとか
他人の意見を聞いていくってことは
とても大切なことなのかなと思います。



自分でわかっていない意外な一面を
教えてくれることでしょう
今日は自分のことは冷静に見ることができない
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年02月15日2021年:2月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
僕を含めて6人の方
参加してくださいました。
 
 
 
月に1回でもこうやって
集まって話をするというのは
刺激になります。
 
 
 
前は初めて参加してくれた人でも
だんだんと慣れてきて
みんなと溶け込むように
なってきたのも嬉しいことです。
 
 
 
今回はそれぞれの近況とか
あとは堅苦しくなく
雑談のような形で終わりました。
 
 
 
6人なので2つに分けて
3人3人でのグループで話し合ったり
6人全員で話し合ったりと
ちょっとパターンを変えて話しました。
 
  
 
いつも思うことですけど、
大人になると出会いの場が少なく
自分から率先して作ろうとしないと
だんだんとつながりは減ってくると思います。
 
 
 
はじめてのところにいくのは
とっても勇気がいりますけど、
一歩踏み出してみることで
大きく変わってくるものがあります。 
  
 
 
僕も新しいところには
参加しようかと思っています。
ネットではオンラインサロンなど
いろんなつながりの場所がありますからね。
 
 
 
趣味が同じとか
やりたいことが同じとか
波長が合うとか
そういうことで探しやすいと思います。
 
 
 
つながりをつくっていくことは
大切になってくると思います。
良かったら、このZOOM飲み会も
一つの候補として入れていただけると
嬉しいです。
 
 
 
次回は

ZOOM飲み会
3月12日(金)20時~
参加費 無料
 
 
あなたからの参加を
お待ちしております。

 
 
 
ありがとうございました。


 

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2021年02月13日2021年:2月

怒りの奥にある~しなければいけないという囚われ

今日は怒りの奥にある
~しなければいけないという
囚われということについて
お話ししようと思います。



僕たちは何か相手の行動を見て
イラッとする事っていうのは
あるのかなと思います。



なぜイラッとするのかっていうことを
考えていく上で
なんか自分の常識とか価値観から
外れた行動すること
そういう人に対して
イラッとくるのかなと思います。



例えばいつも待ち合わせで遅刻する人に対して
自分は遅刻をしてはいけないって
思っているのに
相手は平然と遅刻して
何の悪気もないっていう人がいたとしてます。



そういう人に対しては
すごくイラっとくるはずです
自分はせっかく守っているし
遅刻をしてはいけないっていう風に
思っているのに
相手は遅刻を整然として
何の悪気もないっていうことがあります。



なんでお前は遅刻ばかりするのだっていう風に
責めたくなるかもしれません。



また仕事に対しても
自分は仕事は真面目にするべきだって
思っているのに
隣の人を見るとサボってたり
遊んでたりしたしている人が
いたとしたら



そういう姿見るだけでもすごい頭にきて
お前なんで仕事しないんだとか
なんでいつもサボってばかりいるのだ
という風に怒ってしまうことでしょう。



でもそういう怒りの奥には
大抵は~しなければいけないとか
~すべきっていう
そういう自分の中の固定観念があるから
そういう怒りが出てくるってことがあります。



固定観念というのは文字通り
固定してしまっている観念ってあって
観念っていうのはこう思うことがあって
仕事する、しないってあったとしたら



私は仕事を真面目にするっていう
そういう観念を持ってる人もいるし



私は仕事を遊びながらするとか
仕事は真面目にしないっていう
観念を持ってる人がいて



それは自由な観念であって
どういう思いをものに持ってるかって
いうものがあります。



でもそれが固定してしまうと
私は仕事を真面目しなければ
いけないっていう風に
凝り固まってしまうってことがあります。



だから仕事を真面目しなければいけないって
固定観念を持ってる人にとっては
仕事をサボるっていうことに対して
すごいと抵抗を持ってしまうとことがあります。



だから自分が仕事を不真面目してるとか
してしまったとか
相手が不真面目に仕事してる姿を見ると
どうしても許せないっていう気持ちが起こって
怒りが出てくるってことが
あるのかなと思います。



そんな感じで怒りの奥には
自分の中の固定観念があるから
そういうふうに怒りが
出てくるってことがあります。



ではなぜ固定観念が出てきたのかって言うと
その裏にはちょっと傷つけられたっていう
その嫌な出来事が関係していることがあります。



自分の中でも仕事を真面目にしなくて
すごい怒られたっていうことがあったとしたら
もう二度と仕事をサボるってか
仕事を不真面目するってことはしないでおこう
絶対に自分は仕事を真面目にするのだって風に
固く決心をするってことがあります。



それは怒られるっていう心の傷が
トリガーとしてなって
自分は真面目にしようって思うことがあります。



そんな感じで何か嫌な出来事だったり
もうこんな思いはしたくないって
思えば思うほど
私は絶対に
これを気をつけてやろうっていうふうに
思うわけです。



遅刻にしても
遅刻することによって
何かすごい嫌な出来事があったから
私は二度と遅刻はしないでおこうって
心に決めたっていうことがあります。



でもそれを他の人が破ったりすると
途端に怒りが湧いてくるってわけです。



大体自分が
こうであるべきっていうことがあると
他人にもそれを押し付けてしまう
っていうことがあります。



どうしても他人が
自分の固定観念以外のことをするのを
許するって事は難しいのかなと思います。



だから自分の中で何か怒りが湧いてきたら
どんな固定観念があるのだろうっていう風に
考えるとことは
とっても大事なことなのかなと思います。



僕の中でも色んな固定観念があって
それがあるから人を見てても
イラってくることが多々あります。



僕は結構イラっときやすい方なので
そういうのは気をつけて
見ていかなければいけないなと思います。



相手を変えるのではなくて
自分の心をまず
見つめていくっていうことが必要です。



自分の中には
どんな固定観念を持っているのか



そしてその固定観念が
どういう原因で生まれたのか



どんな嫌な思いをして
その固定観念が作られたのか



ということを
見ていくようにしていて
そしてその嫌な出来事を
癒すことができたとしたら
固定観念も少しは減っていくのかなと思います。



仕事を不真面目にするっていうことがあって
それですごい怒られたとしたら
その怒られたっていうのを
癒していくことによって
仕事をちょっとは手を抜いても大丈夫って
風に思えるようになるかもしれません。



あまりにも手を拭ってことは
それはしては駄目ですけど
あんまりにも真面目すぎて
肩に力が入りすぎていっても
それは駄目なのかなと思います。



そういうのはバランスで
程よい調整をしていくってことは
必要になっていくのかなと思います。



そうじゃないと
周りの人が手を抜いてというか
適度に力を抜いてやってるのに
自分だけが我武者羅にやっていっても
空気を乱すだけだと思います。



ただそういう風な
自分の心を見つめていくことによって
なぜその怒りが生まれのか
どんな傷があるのか
どんな固定観念を持ってるのかって
ことを知っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



自分の怒りが生まれた時
何かちょっとしたイラってした時に
自分の心を見つめていくっていうことは
とっても大事なことです。



今日は怒りの奥にある
~しなければいけないっていう囚われについて
お話させていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年02月11日2021年:2月

考えすぎの弊害

今日は考え過ぎの弊害ということについて
お話ししようと思います。



ある本を読んでいて
面白い実験結果が載っていたので
そういうのをシェアしながら
考えていけたらいいのかなと思います。



まず、その本に載っていたのは
コイン投げという試験結果です。



シカゴ大学の経済学者の人が
実験したもので
あるサイトにコイン投げるサイトを作りました。



迷ってる時は
その画面に迷っている理由を書いて
ボタンを押すという単純なものです。



ボタンを押すとコインが裏か表かに出て
表が出たら実行
裏が出たら実行しないっていう
とってもシンプルなものでした
そういうのを1年で4000人を
調査したっていう結果です。



その迷ってる理由の書き込みとして
1位が仕事辞めるかどうかで
2位が離婚すべきかどうかっていう
そういう重大な決定さえも
その画面に登録したもので
実行したってことがあります。



そして63%の人がコイン投げに従って
実行したってことがあるようです。



その結果表だろうが裏だろうが
コイン投げの通りに実行した人っていうのは
幸福度は高かったっていう結果が
生まれました。



これはどういうことかって言うと
決断において、やるかやらないかって
どう決めるかってのはどうでもよくて
決めるか決めれないかっていうことのほうが
重要だっていうことがあります。



やると決める
やらないと決めるっていう
それは本当にどっちでも良くって
腹を決めて自分の選択をきちんと決断する。



それが幸福度に左右されるっていう事です
いつまでもダラダラとどっちにしようかなって
迷ってる状態では幸福度は低い状態のまま
と言うことがあります。



それはなんか納得できるなと思います
仕事を辞めるかどうかって迷っている時に
ダラダラとどうしようかこうしようか



あれこれこんな仕事は駄目だとか
給料が駄目だとか
時間がどうたらっていう風に
愚痴を言いながらも続けていくっていう



不満たらたらでも
やっていくってことは
一番なんかその迷っている状態で
時間というのはもったいないことを
してるのかなって思います。



そんなんだったらもう早く辞めて
どこか次の場所に行くってことも
やった方がよっぽどスッキリして
次に行動してるし



そうやって迷ってる状態だったら
どっちにしようかって
ずっと心が不安定なまま
行ったり来たりを繰り返してしまうという
それだけでもエネルギーっていうのは
使ってしまうのかなと思います。



辞めるんやったら辞める
続けるんだったら続けるって言う。



すぐどっちかに決めることによって
ハッキリと自分の道っていうのが
そこで決まって
心てスッキリするってことが
できるのかなと思います。



仕事を辞めるかどうかっていうのを
コイン投げてもいいから
決めてしまった方が
スッキリして
その幸福度が高いってことがあります。



これはほんと面白い結果だなと思います。



もう一つの実験として
車を買うのに4台の車を用意したそうです。



中古車で4台の車で
そのうち1台だけがすごいお得な車で
あとの3台はハズレというものです。



でそのお得な車を
いかにその人が決めれるかっていう実験です。



実験として
考える時間がたっぷりあるグループと
あまり考える時間がないグループに
分けたそうです。



同じ情報を渡して
どちらかが正解を導き出せるかっていうもので
結果としてはよく考えたグループってのは
ほとんどの人が正解を当てられて



あまり時間がないかったグループというのは
半数しか当てられることが
できなかったっていう結果が生まれました。



これは言うなれば
当たり前のことなのかなと思います。



でもこれは前フリで
本命というのは
その情報をすごい増やした時に
どうなるかっていうことです。



情報量をたっくさん与えて
考える時間がたっぷりあった方と
あまり考える時間がなかった方と
そういう風なことで比べた結果が



考える時間が
たっぷりあったグループっていうのは
25%以下しか
正解を当てることができなかったって
いうことがあります。



25%というのは
4台に1台しか正解がないので
当てずっぽうで当てて
その確率になったっていう
ことでしかないのです。



逆に時間がなかったグループでは
60%の人が正解を出すことができました。



実験の結果として
短時間で決めなければいけない状態になると
人っていうのは優先順位を決めて
本当に大事なものだけで
判断するってことが
できるようなるのかなと思います。



でも時間がたっぷりあると
余計な情報が多くなって
ほんの些細なものであったとしても
大きなものに感じられてしまうっていう
そういう欠点もあるのかなっていうことが
実験結果でわかりました。



だから情報量が多かったり
時間がたっぷりあるってことは
必ずしも良いことではないって
ことがあるのです。



何か物を買うにしても
多く調べたり
多く時間を取ったりってすることも
大事なことしてませんけど



それがあまりにも大きすぎると
変な結果に生まれてしまうと事があります。



考えるって言うのは
無意識とか直感でやった方が
正解が生まれやすいっていうことが
あるみたいです。



でも多く時間があったり
多く情報がありすぎると
その直感とか無意識の力が
少し弱まってしまうってことが
あるのかなと思います。



その直感とか無意識を
いかに活用しようと思ったら
時間が少なかったり情報量が限られたり
そういうことをしていくことで
磨かれていくってことが
あるのかなと思います。



だから情報量が多かったり
時間をたっぷり取ればいい
というものでもないっていうことが
この結果で生まれました。



これって僕もすごい当てはまる部分があって
パソコンを買う時になんかでも
そういう高い買い物しようとしたら
すごい時間を取って
多くの情報を得ようとしてしまいます。



で結局、買ってしばらく経つと
あっての方が良かったんではないかとか
後悔してしまうことが
よくあるパターンなのです。



それぐらいだったら
時間を区切ってとか
情報を区切ってとか
そういう限られたもので
きちんとパッパッと決めた方が
よっぽど正解を出しやすいとことが
あったのかなと思います。



ものすごいやりがちなので
早速そういうことを取り入れて
情報を遮断したり
時間を区切ったりっていうふうなことを
していこうかなと思いました。



こういう風な感じで
少し面白い本の結果があったので
ここでシェアさせていただきました。



ここでは考えすぎの弊害ということについて
お話をさせていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年02月08日2021年:2月

被害者意識でいると幸せになれない

今日は被害者意識でいると
幸せになれないということについて
お話ししようと思います。



僕達の幸せを妨げるものとして
被害者意識っていうのが
あるのかなと思います。



過去に何か相手から
酷いことをされたとか
理不尽なことをされた
ひどく傷つけられた
大切なものを奪われたって
いろんな出来事があるかもしません。



そういう時ってのは
心に大きな傷を負ってしまうことでしょう。



そういう時っていうのは
相手を許せなかったり恨んだり
自分を惨めに思ってしまうってことが
あるかもしれません。



なんでこんな目にあうんだって
憤ったりすることでしょう
そんな感情でいる時っていうのは
過去にずっと思いが
囚われてるって事があります。



時間が止まって
未来に何かしていこうとか
希望を持って
目標を持ってやっていこうって
思えなくなってしまってます。



ずっと過去こんなことをされた
あんなことをされた
こんな大事なものを奪われた
という風なことで
悔やんでしまってるっていう事が
あるのかもしれません。



そういう時間というのは
とってももったいないことなのかなと思います。



だからそういう被害者意識から
早く抜け出して
止まってる時間というのを
動き出すってことは
大事なことなのかなと思います。



過去にいじめにあって
ずっとずっとそれは
ひどい心に傷があったのかもしれません。



でもそれをずっと持ちながら
大人になっても
私はこんなにいじめられたから
幸せになれないんだって風に
思ってしまってるとしたら
それはとってももったいないこと
なのかなと思います。



たぶん加害者である
いじめた人っていうのは
のうのうと暮らしていることでしょう。



笑いながら幸せになってるっている
ところがあるかもしれません
そういうのを想像するだけでも
許せないっていう気持ちが
大きくなってしまうかもしれません。



でも加害者である相手を変えようと思っても
なかなか難しい部分がありますし
相手に反省を求めようとしても
それは無理なことがあるでしょう。



だったらその何かされた
嫌がらせされた
いじめられたっていう気持ちを
早く癒して自分の時間っていうの
取り戻してほしいなと思います。



相手に何か反省を求めたり
自分を惨めに思うことをなくして
こんな嫌な思いというのを抜け出して
早くやってほしいなと思います。



自分の心を癒していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



その自分の心癒す方法として
自分の感情に寄り添うってことも
一つの方法として
あるのかなと思います。



こんなに嫌なことをされたというのを
自分の心の奥底に閉じ込めてしまってるって
いうことが多いのかなと思います。



それをいろんな人に聞いてもらったりしたら
少しはその嫌な思いっというのも
少なくなってくるってことも
あるかもしれませんけど



大体は自分の心の奥底に閉じ込めて
それを誰にも言うことなく
ずっと囚われて
奥に眠らせているって言う人が
多いのかなと思います。



過去の出来事だったから
今更話してもしょうがないって思ってる人も
いるかもしれません。



でも自分の気持ちに
きちんと寄り添うってことは
自分の心を癒す上でとっても大事なことです。



自分はこんなに悲しかったんだ
こんなに苦しかったんだ
こんなに嫌だと思ってたんだ
ということを認めてあげる
そしてそっとその自分の
その気持ちを認めてあげるとことも大事です。



悲しかった気持ちに寄り添って
こんなに悲しかったんだねとか
こんなに辛かったんだねって風に
寄り添うことです。



大体はその悲しみをなかったことにしようとか
苦しみを我慢しようって
思ってしまうっていうことも
あるかもしれませんけど
無かった事にしようとか
我慢しようとしても
それも感情っていうのは
消えることはないのです。



きちんと吐き出して寄り添うことは
とっても大事なことです
そして自分一人で難しければ
誰かに聞いてもらうってことも大事です。



特に同じ経験をした人に
共感してもらうとことは
自分を癒される上で大事なことです。



同じ経験した人だったら
すごい共感してくれることでしょう。



その共感があるかないかだけでも
自分の心が癒されるって部分は
大いにあるのかなと思います。



きちんと自分の気持ちを吐き出す
そしてそうやって自分の心を癒していくことで
被害者意識から少しずつ離れていくってことが
できるのかなと思います。



そうやって自分を癒して
もう相手を許すということができたとしたら
少しずつ過去にとらわれている
自分の思いがなくなって
やっと未来に目をむくことっていうのも
できるようになるのかなと思います。



相手を許すっていうのは
ちょっと理不尽で
なんか相手に負けたとか
同じようなことを
また相手がしてしまうということを
許してしまうってことに
つながるのかなと思うかもしませんけど



自分自身が幸せになるために
相手を許すっていうことであって
相手がどうなろうと
関係がないっていうのがあります。



自分が相手を許さないと
ずっと過去に思いを
囚われてしまうってことがあるから
悔しいかもしれませんけど



相手を許すことで
やっと自分の囚われから
なくなっていくってことがあるので
まずは心を許す



心を許すためには
きちんと自分の感情に寄り添ってあげる
必要ならば共感してもらう
同じような痛みを持った人に
共感してもらうってことも大事です。



そして少しずつ相手を許す
そうやって被害者意識を
少しずつ無くしていくっていうことで
やっと幸せになっていくための
準備ができていくのかなと思います。



そんな感じで
被害者意識でいるうちは
幸せなるって言う事は
とっても難しいことなのです。



だから早く被害者意識から抜けてて
過去から囚われるのをやめて
未来に目を向けるように
できたらいいのかなと思いました。



今日は被害者意識でいると
幸せになれないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年02月05日2021年:2月

罪悪感があると幸せになれない

今日は罪悪感があると幸せになれない
ということについてお話ししようと思います。



僕たちはみんな幸せを望んでるはずです
最終的な目標というか
ゴールが幸せになる事って
言ってもいいくらいだと思います。



そのために生まれてきたし
そのために色々と頑張って努力したり
何かやっていこうとするってことが
あるのかなと思います。



でもその幸せになることですけど
それを邪魔してる大きな要因の一つとして
罪悪感というのがあげられます。



罪悪感があると
こんな私なんて幸せになってはいけない
幸せになる資格がないと思ってしまうのです。



私はこんなことをしてしまった
あの人を傷つけてしまった
あんなに迷惑をかけてしまったということで



その罪を償わなければ
私は幸せになってはいけない
という風に思って
幸せを放棄してしまうって事が
あるのかなと思います。



ずっと自分を罰し続けて
自分を責めて
自ら苦しむってことを選んでしまうわけです。



確かに何か悪いことをしてしまった時は
反省して自分を省みるって事は必要でしょう。



でもそれが行き過ぎてしまってる人
というのが少なからずいるのかなと思います。



もう何十年も前のことを
あの時あの人を傷つけてしまったということで
ずっと心に思って
それが自分を幸せにしない
幸せであることを放棄しているっていう
その原因になってしまってる人もいます。



ずっとずっと何十年も
幸せでいることを放棄して
自分を責め続けるなんて
とってももったいないことなのかなと思います。



そういう人っていうのは
自分が傷つくのはいいけど
相手を傷つけてしまうってことが
すごい心苦しいと思ってる
とっても優しい人なのかなと思います。



そういう人は自分に対して
もっと優しくするってことは
必要になってくるのかなと思います。



そうじゃないとすぐに自分を責めて
反省の日々になって
幸せを感じる事っていうのが
なかなかできないでいる場合があるからです。



多少は人に迷惑をかけても自分を許すとか
相手を傷つけてしまったとしても
そういう自分だっても許すとか



相手を不愉快にさせてしまったとしても
まあ、しょうがないかって思ってそれも諦める



全てを自分のせいとか
自分が悪いっていう風に
しなくてもいいのかなと思います。



この世の中で
人を傷つけたことがないっていう人もいないし
人に迷惑をかけずに生きていくってことも
無理なことなのかなと思います。



絶対どこかかで人に迷惑をかけてしまうし
いつのまにか人を傷つけてしまうって
こともあるかもしれません。



でもそれは全て自分が悪いってわけでもないし
お互い様ってこともあります。



多少の反省は必要だけど
深く反省してずっと引きずって
自分を罰し続けるということを
しなくてもいいのかなと思います。



罪悪感っていうのは
もう二度とこんなことをしないという
そういう戒めのところから
来ている感情だって言われてます。



罪悪感がないとまた同じミスとか
同じ過ちを繰り返してしまうって事があるので
人は罪悪感を持つことで
この過ちを二度としないっていう風に
思えるようになるわけです。



もう二度としないと思ったのだったら
それで終わりで
必要以上に自分を責めたり
自分を罰し続けるって事をしなくてもいいと思います。



そうやって罰し続けたり
自分を責め続けている間は
幸せになってはいけないって思って
ずっと不幸でいたり苦しむ日々を
味わなければいけなくなってしまいます。



本当はみんな幸せを望んでいるはずなのに
自ら幸せを放棄して苦しむ
っていうことがあると
それはとってももったいないことで
残念なことなのかなと思います。



もうこのような過ちはしないと決めたら
そこで終わり、謝って終わり
ということで
心を切り替えてスッキリして
その自分の罪を解放していけたら
いいのかなと思います。



そうしていかないと
ずっと幸せになることを
放棄してしまうということがあります。



だから罪悪感を早く手放して
幸せになる権利
幸せになる許可というのを
自分に許していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



今日は罪悪感があると幸せを放棄してしまう
自ら幸せを遠ざけてしまう
って事があるということについて
お話しさせていただきました。



不必要な罪悪感は早く手放して
いけたらいいなと思います。



ありがとうございました。



 

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2021年02月01日2021年:2月

好きなものでも強制されると嫌いになる

今日は好きなものでも強制されると
嫌いになるということについて
お話ししようと思います。



僕たち人間は強制させられて
何かをするということが
すごく嫌な生き物です。



それが例え好きなものであったとしても
強制させられてしまうと
嫌になってしまうというのがあります。



自分で選択している
自分でこれをやっているのだっていう
そういう感覚っていうのが
欲しいのだと思います。



例えば読書が好きなお子さんがいました。
毎日本を読んでいます。
それで楽しんでいました。



でもそれが学校で読書するのが宿題になって
やりたいことから
やらなければいけないことに変わった途端に
今まではあんなに読書が好きで
やっていたのに
途端にやらなくなってしまったっていう
そういう例があります。



本当は読書が好きでやっていたのに
宿題になった途端に
嫌いになってやらなくなったというは
とてももったいないことなのかなと思います。



こんな感じで
好きなものでも強制させられると
嫌になってしまうことがあります。



それがただでさえ嫌なのに
それを強制させられてするってことがあると
さらに嫌になってしまうってことがあります。



例えば勉強
勉強するのっていうのは
子供にとっては嫌なものだと思います。



もっともっと遊んでいたいし
他のことをしていたい
ゲームをしていたいってことがあるでしょう。



でもそんな嫌な勉強でさえも
強制させられてやるとしたら
もっともっと勉強することが
嫌になってしまうってことが
あるかもしれません。



そういうのを
植え付けようとしてしまうってことが
勉強しなさいって
強制させてやることになってしまって
植え付けてしまうとことが
あるのかもしれません。



僕も学生時代っていうのは
勉強を強制させられてやっていました。



だから何でこんな事を
しなければいけないのっていうのを
ずっと疑問に思っていました。



勉強に対するイメージというのは
すごく悪かったです。



勉強なんてしなくても生きていけるし
大人だって勉強している人っていうのは少ない
それでも何とか
やっていってる人がほとんどです。



そういうのを見ていくと
勉強なんてそんなにする必要もないのかなって
ずっと思っていました。



でも大人になって勉強する楽しさとか
勉強することで広がっていく世界というのを
感じた途端に
勉強ってこんなにも面白いのだ
こんなにも成長させてくれるものなんだって
風に感じたら
勉強することが楽しくなりました。



そんな感じで勉強することに対して
小さい頃のその嫌なイメージが
払拭されたのかなと思います。



人ってそうやって
強制させれてするっていうのは
とっても嫌で
自分からやっているっていう感覚っていうのは
必要なのかなと思います。



勉強でも自分から
自ら行っているっていう感覚を思えたら
やる気になるかもしれませんし
好きになるかもしれません。



仕事でも一緒で
やらされてるっていう感覚があると
すごく嫌んなってしまうかもしれませんけど



でもこれが自らやってるってことが
感覚で思えると
好きになるかもしれませんし
楽しくなるかもしれません。



そんな感じでやらされている感というの
どれくらい減らして
自分から自ら行ってるんだっていう風に
思えるかって言うとことが
自分のやる気に繋がっていくのかなと思います。



そしてそれが楽しむ秘訣でもあるし
そのものも好きになる秘訣でも
あるのかなと思います。



やらされてやらなければいけないことで
あったとしても
自分で決めて選択して
これは自分がやってるんだって
思えることができたとしたら
嫌になることは少なくなるのかなと思います。



こうやって受け身でやらされてる感を
少しずつ減らしていけたら
その作業が苦しくなくなってくるってことが
あるので
そういうのをやっていけると
いいのかなと思いました。



そして相手に何かやってもらうとしても
どれくらい自らやりたくなるように
持っていくのかというのは
考えてく必要はあるのかなと思います。



お子さんに勉強をさせようとした時に
強制的にさせようとするってことは
勉強が嫌いなるって風に
言ってるようなものです。



強制させるのではなくて
自らやりたくなるように
持っていくことを工夫して
やってくってことも
必要なのかなと思いました。



例えば自分が勉強している姿を見て
勉強ってこんなにも面白いなって言うの
後ろ姿に見せるって言う方法もありますし



視点が広がって勉強するすればするほど
いろんな世界を見ることができるって風に
説明することもできるかもしませんし



勉強することで集中力が身について
どんな事でも役に立つってことも
言えるかもしれません。



そんな感じで勉強する事が
あなたにとって
どんなにプラスになっていくのか
勉強すること自体が
どんなに楽しいことなのかというのも
伝えるってことは
勉強嫌いならないようにするために
必要なものなのかなと思います。



勉強をやらなければいけないから
やれって強制させてやるのは
お子さんが勉強が嫌いになる風に仕向ける
そういう風になってしまいかねません。



あまり強制させるって事は
しない方がいいのかなと思います。



そして強制させるということでは
ダメなものでも強制させて
何か止めさそうとすると
余計にやってしまうってことがあります。



例えば結婚相手で親が反対すればするほど
お子さんは燃え上がって
ダメな人と結婚を
してしまうってことがあります。



その本人もちょっとこの人では
まずいのかなと思ってるところでも
親が反対すれば
なにくそってその反骨精神で
余計にその人の良さを自分で見出して
燃え上がって
結婚に走ってしまうってことも
あるかもしれません。



そうやって何か強制させるって事があると
余計にダメな行動を
とってしまうってことがあります。



強制させるって事はなるべくやらずに
自分から自ら選択していくように
仕向けていく
そのように考えてやっていくってことは
とっても大切なことなのかなと思いました。



今日は好きなものでも
強制させられると
嫌いになるということについて
お話させていただきました。



ありがとうございました。



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2021年01月28日2021年:1月

人に親切にするのは自分の為になるから!?

今日は人に親切にするのは
自分のためになるから
ということについてお話ししようと思います。



今は昔と違って
なぜ人に親切にしなければいけないの?
っていうのを
なかなか説明しにくいのかなと思います。



昔だったら神様は見ているからとか
嘘をつくと地獄に落ちて
閻魔様に舌を抜かれるから
という風に言えたかもしれません。



でも今はそういうのを信じる子供っていうのは
少ないのかなと思います。



だったらなぜ人に親切に
しなければいけないのかっていうのを
説明するにはどうしたらいいの
かっていうのがあると思います。



そこで人に親切にするのは
どのようにしていくのかっていうの
ちょっと一つの例として
挙げさせていただきたいなと思います。



僕たちは自分勝手にしている人の方が
うまくやっているという風に
思いがちなのかなと思います。



何か嘘をついていた方が
自分のその都合の悪いことから逃れられて
良い風な自分を演じることも
できるかもしれませんし
人から何か騙しとった方が
短期的には自分のお金が増えて
良いのかもしれません。



そんな感じで自分勝手にしている方が
うまくいっているという風に思う人も
いるのかもしれません。



生物学的に僕達っていうのは自分勝手で
自分が一番可愛いって風に言われています。



自分のことを一番に
優先させる生き物だからです。



だから人に何かを与えるって事は
とっても難しい事なのかなと思います。



やっぱり人を差し置いてまでも
自分が得しようと思ってしまうことが
あるのかなと思います。



だったらなぜ人に
親切にしなければいけないのか?
ということがあると
なかなかそういうのを考えるのは
難しいのかなと思います。



でもその答えっていうのは
結局は自分のためになるから
っていう風に言われています。



短期的には自分勝手に振舞っていた方が
うまくいく場合もあるでしょう。



人を騙してお金を稼いだ方がラクに多く
お金を得ることができるかもしれません
またムカついた人を排除していって
喧嘩していった方が
自分のより良い空間というのを
作れるかもしれません。



でもそれが長期的に見て
本当にそれが得になるのかっていうのを
考えてみる必要はあるのかなと思います。



人を騙したことで信用を失って
結局は誰からも相手されない
っていうことになるかもしれません。



騙してお金を得たとしても
後で捕まってしまうと
それこそ大きな損害に
なってしまうかもしれません。



また会社ではちょっと前に
産地偽装とか言われていましたけど
最初はそういうことをした方が
安く利益につながるかもしれません。



でもそれがバレた時に社会的信用が失って
より大きな打撃を失ってしまうことがあります。



こうやって見ていくと
やっぱり人に親切にするとか
正直にいった方が
短期的には損につながるかもしれませんけど
長期的には大きな利益に繋がっていくって
ことが多いのかなと思います。



やっぱり正直者は報われる
っていうことなのかなと思います。



そういうことを考えていくと
人に親切にするとか
自分が正直に生きるということは
誰のためでもない
自分のためになるから
自分の利益になるからっていう
そういうことに繋がっていくのかなと思います。



結局は自分が一番可愛いものだからこそ
人に親切にしていこうっていう
そういう結論に至るわけです。



短期的には人を騙したりとか
盗みを働いたりとか
嘘をついた方が
うまくいく場合もあるかもしれません。



でも長期的に見ると
そういうのがなかなか続かずに
うまくいかないです。



やっぱり人に親切にしていくとか
自分に正直に生きていくということが
長く信用を得たり
人とのそのつながりを得たりとか
大きな利益になることにつながっていきます。



生物学的にも
僕たち人間は自分が一番可愛くて
自分を一番に優先させてしまう生き物です。



だからこそ人に親切にしていきましょう
ということに繋がってくるのかなと思います。



今日は自分が一番可愛いからこそ
人に親切にすることによって
より長期的に利益を得ていこうということです。



結局は自分の為に
人に親切にしていきましょうということでした。



そういうこと言うと
身も蓋もないのかなと思いますけど
人のために親切にしようとすると
なかなか難しいものがあるのかなと思います。



偽善者になったりとか
自分の犠牲を払ってまでも
何かやってしまうってことが
あるのかなと思います。



でも自分のために
人に親切にしようとすると
それは結局は自分の利益だから
まだやりやすいのかなと思いますし



もうちょっと子供に説明するのは
ちょっと抵抗があるかもしれませんけど
でもこういう生物学的にも
自分のために人に親切にする
というのを説明するってことは
ちょっとは子供にも説得力が
あるのかなと思いました。



僕もこれから自分のために
人になるべく親切にするとか
自分に正直に生きていくことを
やっていこうかなと思いました。



今日は一人親切にするのは
結局は自分のためになるから
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。


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2021年01月25日2021年:1月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
僕を含めて7人の方が参加してくださいました。
こうやって定期的に
開催できるようになったのは嬉しいことです。
 
 
  
途中で抜けたり、途中から参加したりと
全員がそろうことはなかったですけど、
自分のペースで入ったりできる方が
気軽に参加できるから良いのでしょう。 

  
 
今年最初の開催ということで
今年はどんな一年にしたいのか?
ということを話し合いました。
でも、目標というか、
これをしていきたいという明確なものを
持っている人は少なかった印象です。
 
  
 
日々の生活に精いっぱいの人は
なかなか年間の目標とか
自分の向上というのに
目が向く余裕がないのかもしれませんね。
 
 
 
今年最初の大雪の話題が多かったです。
あれは本当にすごかったですからね。
僕も体調が悪い上に大雪で
除雪とかしていてまいりました。
 
 
 
あとは、それぞれの仕事の内容など
聞いていきました。
他の職場のことを聞くことって
あまりないので、
みんなこんな感じで頑張っているのだ!
ということがわかりました。 
 
 
 
また、職場を変わったばかりの人は
慣れないところで頑張っている様子を
話してくれました。
 
 
 
こういうところでちょっとでも
悩みや嫌な思いをした出来事など
話できるだでも少しは
違ってくるのだろうと思います。
 
 
 
一人で抱えてしまうと
不安や問題は大きくなってしまいます。
でも、誰かに聞いてもらったり
分かってもらうだけで
自分だけがつらいわけでないと分かると
少しは問題も小さく感じることでしょう。
 
 
 
人とのつながりは大切ですね。
こうやって少しずつでも
交流していって
つながりを深めていけたらと思います。
 
  
 
皆さんも興味があれば参加してくださいね。
最初は緊張したり、
話をするのが抵抗あるかもしれませんけど、
徐々に慣れていくと思います。
 
  
 
次回は
ZOOM飲み会
2月12日(金)20時~
参加費 無料
 
 
 
皆さんのご参加をお待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。



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2021年01月23日2021年:1月

幸せな人は結果ではなく過程を楽しんでいる

今日は幸せな人は結果ではなく
過程を楽しんでいる
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは結果を出すことが
最終的なゴールってあって
そこに到達しないと
望む人生が手に入らない
と思ってる所があるのかなと思います。



結果が入らないわけだから
満たされなかったり
幸せになることができないと
思っているところがあるのかなと思います。



例えば結婚したいと思っている人がいて
婚活をすごい頑張ってやったり
自分を磨いて女性に少しでもモテようとする
ということがあるかもしれません。



そういう努力をすごい頑張ってやってるのに
最終的に結婚という
ゴールに到達しなかったとしたら
それは幸せを感じる事っていうのは
出来ないと思ってる人もいるかもしれません。



また受験勉強で
頑張っている人がいたとしたら
高校時代にすごい勉強で
頑張っていたのに
大学に受からなかったとしたら
その勉強が全て無駄になってしまうと
思っている人もいるかもしれません。



こうやって結果を出すことに
こだわり過ぎてしまっていると
そこに到達しないと幸せになれないとか
満たされないってふうに思ってしまうことが
あるのかなと思います。



でも本当にその結果を得られなければ
幸せになれないのか?
ということを考えていく必要は
あるのかなと思います。



幸せを感じるのが得意な人ってのは
そのゴールではなくて
経過を楽しんでるって事が一つ挙げられます。



結婚にしても
婚活で自分をどのように見せるのか
ということを研究するのが好きだったり
自分を磨くのが得意で楽しかったりと



そういう風に
そのデートに持ち込むまでが楽しいとか
自分を磨いてる瞬間が楽しいっていうふうに
その時その時の
その過程を楽しんでいるって事があります。



受験でも勉強そのものが楽しんで
やることができたとしたら
もし大学に受からなかったとしても
その勉強が無駄にならずに



自分の知識になったとか
いろんなことを知れたとか
集中力をつけることができたとか
そういうプラス面も
見つけることができるかもしれませんし



勉強そのものを楽しむことができたとしたら
その時のその瞬間が
幸せな時間になるのかなと思います。



このようにたとえ結果が
得られなかったとしても
その結果を得られる過程そのものを
楽しむことができたとしたら
その時その時で幸せが感じることが
できるのかなと思います。



人生が山登りのようなもので
頂上に行かないと
幸せになれないと思っていると
頂上に行かなかったら
全てが無駄になってしまう
その人生が失敗になってしまうって思って
幸せを感じる事って出来ないのかなと思います。



でもその山登りにしても
途中を楽しむことができたとしたら
たとえ頂上に行かなかったとしても
その瞬間その瞬間に
何か景色を楽しんだりとか
その道で出会う植物とか動物とか
その空気とかそういう事を
楽しんでいくことができるのかなと思います。



その過程を楽しむことができたとしたら
頂上に行くってことも
大事になってくるかもしれませんけど
それよりも自分の今のこの瞬間を
楽しむということができるようになるから
幸せを感じることもできるのかなと思います。



そうやって幸せを感じる時っていうのは
ゴールに執着するって事も
一つあるのかもしれませんけど



あまりも執着しすぎるてしまうと
ゴールに到達しなかったら
その人生そのものが
失敗に終わってしまうっていう風な考えに
なってしまいかねません。



でも人生というのは
ゴールに到達することだけが目的ではなくて
その到達するまでの過程ってのが一番楽しい
ということもあるのかもしれません。



よく成功者が成功した後に
振り返ってみてどの瞬間が
一番楽しかったのかって聞かれた時に
まだ駆け出しで創業間もない頃
すごい苦労して
何かやっていた時が一番楽しかった
あの時が一番苦労が多かったけど
その時が一番輝いていたって
言われる人が多くいます。



結果を出して成功し終わった後っていうのは
努力する必要もなくて
そんなに頑張る必要もなくなってしまうって
こともあるのかもしません。



それそれで素晴らしいことかもしれませんけど
でもやっぱり自分の命を
輝かせる瞬間というのは
苦しみの中だったり
一生懸命、何かを頑張ってる時だったり
そういう時に自分の命というのは
一番輝く瞬間なのかなと思います。



そうやってゴールを到達するまでのその過程
その苦しんでる今瞬間が
一番命が輝いている時なのかもしれません。



そういう風に考えると
今、結果が出なかったとしても
今をどう楽しむかっていうことを
追求していくこともできるのかなと思います。



あまりにもゴールに執着しすぎないで
今のそのゴールに向かっている
過程そのものを楽しむことができたとしたら
どの瞬間も幸せというのを
感じることができるのかなと思います。



今日は幸せな人は
結果ではなく過程を楽しんでいる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。


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2021年01月21日2021年:1月

脳がハマる仕組みについて

今日は人が何かにハマる仕組み
ということについてお話ししようと思います。



僕たち人間っていろんなものにハマる時が
あるのかなと思います。



ギャンブルだったり
恋愛だったり
ゲームだったり
宗教だったりするかもしれません。



ここではなぜ人はハマってしまうのか?
というのを説明しようかなと思います。



ハマる仕組みとして
人って定期的に何か与えられている場合だと
何も感じないのですけど



不定期的にいつ与えられるかわからない
という状態になると
心が途端にざわつき始めて
興奮したり不安になったり
期待感が大きくなったりするものです。



例えばパチンコなんかでも
パチンコで5回目に
絶対に当たるとわかっていたとしたら
それは作業になって
何も興奮することはないのかなって思います。



淡々に5回目で当たって出す
5回目で当たって出す
という事は作業であります。



何の興奮も覚えないでしょう
でもそれが一回目で当たるかもしれませんし
100回目で当たるかもしれない



そうなっていつ当たるか分からない
てなった時に脳っていうのは
興奮して期待感を持って
ハマってしまうっていうわけです。



こうやって不定期的に
ご褒美を与えられる状態っていうのは
人間というのはとっても弱いものです。



恋愛でも一緒で毎週会うという状態だと
そんなに興奮はしないのかもしれませんけど



明日会えるかもしれませんし
1ヶ月後かもしないっていう
そういう状態になった時に
すごい興奮して
期待感が大きくなってしまうってことがあります。



連絡にしても
毎日連絡をとるんじゃなくて
1日目で連絡が来るかもしれないし
1週間後に連絡が来るかもしれない



そんな不定期的な状態になった時に
脳っていうのはハマってしまう
より一層相手が好きになってしまう
ていう風におちいってしまうのかなと思います。



でもそれは
相手が好きだからっていうのではなくて
そういう不定期に
何かご褒美が与えられるような状態だからこそ
興奮して相手が好きって錯覚しているだけ
なのかもしれないです。



毎日会ったり
毎日連絡がくるようになってしまうと
途端にそういうのが冷めて
こんなはずではなかったっていう風に
なるかもしれません。



そんな感じで
恋愛でもギャンブルでも
いつご褒美が当たるか分からないっていう
そういう状態になった時に



脳っていうのは
錯覚を起こしてしまって
より興奮が大きくなったり
期待が大きくなってしまっていうことです。



ゲームなんかでも
レアなアイテムが
いつ当たるかわからないっていう状態になると
脳がハマってしまうってことがあります。



絶対この定期的に当たるって
分かってる状態だったら
そんなにも淡々としてるかもしませんけど



1回目で来るかもしれないし
100回目で来るかもしれない
そういう状態になった時に
脳ってのはすごい錯覚をしてしまって
ハマってしまうってわけです。



僕たちは常に
定期的に与えられるものだとしたら
興奮もなく淡々としていられます。



でもいつご褒美が当たるか
分からないっていう状態になると
脳っていうのはちょっと狂った状態に
なってしまうのかなと思います。



そしてそれがハマるっていう状態を
指すのかなと思います。



そういう不安定になってしまったりとか
待つということには
脳っていうのはストレスがかかるから
冷静でいられなくなってしまうのかなと思います。



もし何かに
ハマってしまうっていうことがあったとしたら
それはご褒美が
不定期的になっていないのかっていうのを
探ってみる必要はあるのかなと思います。



それでその行為そのものが好きではなくて
ただ単に脳が
ハマってしまっているだけだとしたら
少し抜け出しやすくなるのかなと思います。



ギャンブルでも
そのパチンコをするのが好きなのではなくて
ハマってしまってる状態
いつご褒美が当たるか分からない状態で
ただ単にハマってしまってる状態
なのかもしれません。



恋愛でもいつ会えるか分からないとか
連絡が来るのか分からないって
いう状態でなってるだけで
本当はその相手を
想像以上に大きくしてしまってるだけで
冷静に相手を見ることが
できていないかもしれません。



そういうのも考えていく必要も
あるのかなと思います。



あまりハマりすぎてしまうと
冷静に物事を見ることが
できないってことがあります。



今日は人が何かにハマる仕組み
ということについて
説明させていただきました。




ありがとうございました。




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2021年01月18日2021年:1月

幸せの方程式について

今日は幸せの方程式として
幸せ=遺伝50%
+環境10%
+自分の意思40%
ということについて
説明させていただこうと思います。



ポジティブ心理学という学問がありますけど
その中で研究していて
幸せの方程式っていうのがあります。



それってのはさっき言った
幸せを感じる力があったとして
それは遺伝によって50%と決まってます。



そして環境的要因ってのは
10%しかないのです。



あとは自分の意思
自分の力でコントロールできるところが
40%あると言われています。



まず遺伝ですけど
遺伝によって幸せか不幸かっていうのは
半分決まってると言われてます。



これは以前に話した
セロトニントランスポーターが
多いのか、少ないのかによっても
左右されてくるところなのかなと思います。



セロトニントランスポーターが多ければ
どんな環境にいても
幸せを感じる事ってのはできるし
セロトニントランスポーターが少なかったら
一見、幸せそうに見える環境であったとしても
不安とか恐れを感じやすいって風に
言われています。



そういうのもあって
幸せか不幸かというのは
遺伝によって大体50%ぐらいが
関わってくる言われています。



これは遺伝なので
自分の力ではどうすることもできずに
その先天的に持ったものだと言われています。



その遺伝によって50%決まってるのだったら
もうある程度半分は決まっているのだから
どうすることもできないって
思われる人もいるかもしれません。



でも逆に言えば
50%しか遺伝によって決まっていない
40%で変えることができると
いうことはあるので
その40%に自分の力を注ぐってことも
大事になってくるのかなと思います。



自分の意思の40%ですけど
これは自分で後天的に学習して
身に付けられる能力だと言われています。



どのように行動していくのかとか
そんな考えを持っていくのか
どのような学習をしていくのかという
技術を身につけていくってことによって
幸せか不幸かというのを
感じる力が変わってくるわけです。



何も学ぼうとしないで
流されて行ってしまうことがあると
そこで幸せになる力っていうのは
ちょっと落ちてしまうのかなと思います。



周囲に流されてしまったりとか
自分の感情に流されてしまって
コントロールを失ってしまっているとしたら
惰性で自分のその人生すらも
つくり上げることが出来なくなって
幸福感を下げてしまうってことが
言われているようです。



そういう、いろんなことを学ぶことによって
自分をコントロールしていき
自発的に何かをすることによって
幸せを感じる力が上がっていくっていう風に
言われています。



自分でコントロールできるのか
できないのかによっても
その幸せか不幸かっていうのは
変わってくるのかなと思います。



誰かにやらされている仕事と
自らやっていく仕事によっても
全然同じことやるにしても
違ってくるのかなと思います。



あと自分で何か感情に流されてしまって
後で後悔するってこともあるかもしれませんし
きちんと自分の感情を
コントロールしていけば
より良い人生を作り上げていくってことも
できるかもしれません。



そんな感じで自分をコントロールしていく
自分の意思をどのように
使っていくのかによって
それが40%ぐらい幸せに
関わってくるって言われています。



最後に環境的要因は1割しかない
10%しかないって言われています。



ここでちょっと10%っていうのは
あまりにも低すぎるのではないのか
なっていうふうには思っていましたけど
でもよくよく説明を聞いてみると
納得する部分があります。



どんなに恵まれた環境であったとしても
不平不満が出てくる人もいますし
どんなにすごいひどい環境にあったとしても
明るく前向きに生きていってる人もいます。



それは先天的に
明るい人もいるかもしれませんけど
でも自分の力で
自分のコントロールを及ぶ範囲で
何か学習して幸せを感じて
その明るくしていってるって人もいます。



そんな感じで
環境っていうのはあまり関係なくて
自分がどのように行動していくのかが
40%と含んでますし
後は先天的に明るい遺伝を持っているのか
暗い遺伝を持っているのか
それが50%くらい関わってきます。



それで90%含んでいるので
環境的なものってのは1割しかなくて
ほとんど関係しないのかなとは思っています。



そんな感じて幸せというのは
自分でコントロールできるとこが40%
遺伝で決まってるのが50%
環境によって決まるのが
10%と言われています。



ポジティブ心理学では
その自分でコントロールできる
40%に力を向けて
自分で学習しながらコントロールしながら
幸せを感じて行きましょう
っていう風に言われてます。



環境を変えることもできません
自分の遺伝を変えることもできません
自分で変えられるところを
集中して変えていく
それによって幸せになることもできます。



そんな感じで幸せの方程式について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



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2021年01月08日2021年:1月

選択肢が多ければ幸せなのか?

今日は選択肢が多ければ幸せなのか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは自由というの考える上で
より多くの選択肢を選べるって事が
自由なのかなっていうのはあります。



一つのことを強制させられてやるよりも
あれもこれもって選べる方が
より自由度が高いって言えます。



学校選びにしても
いろんなものを選択肢として
ある中から選ぶ方が
この学校でないといけないっていうふうに
思うよりもより自由度が高いって風に
言えると思います。



でもそれが本当に幸せかって言うと
それを考えてみる必要はあるのかなと思います。



たくさん選択肢がありすぎて
迷ったり悩んだり
後悔したりっていうことが
もしかしたらあるのかもしれません。



選択肢が多いからこそ
悩みが出てきたりするってことも
あるかもしれません。



選択肢が少ないとそれは集中できて
やることがもう決まっているので
悩まないってこともあります。



例えば江戸時代でしたら
職業の選択っていうのは
そんなに多くはなかった
時代だったように思います。



大体が親の後を継ぐってことが
多かったように思います。



武士の子は武士、農民の子は農民
商人の子は商人っていう風に
親がどのような職業をしていたかによって
子供がその家を継ぐって言う
そういうことが多かったように思います。



武士の下で生まれたとしたら
武士として一生を送る
ということはあったかもしれません。



そこで武士じゃなくて町民になったりとか
商人になったりとか
農民になったいっていう風に
あれもこれもって
迷うってことは少なかったように思います。



もう生まれた時から武士しとして
生きていくっていうことがあったので
武士として生きていくために
勉強したいと剣術を磨いたりとか
人として徳となるものを学んだりとか
そういう武士としてのあり方って事を
子供のうちから学ぶってことだったかもしれません。



だからそこには迷うってことがなくて
もうこれをしなければいけないって
いうものがあったので
そこに集中してやっていけたってことが
あると思います。



でも今は自由な選択ができる時代だと思います
だからこそ迷ったり
自分が何をしていいのかっていうのは
分からなくなったりとか
余計な悩みを増えるって事が
あるのかなと思います。



悩みが多ければ多いほど
力が分散していくので
今どのようなことをしなければいけないのか
どうしてやっていきたいのかってことが
わからずに結局は
何もしなくなってしまうってことも
多くなってしまうのかなと思います。



学校選びにしても
1校とか2校ぐらいのところから選ぶとしたら
そんなに迷うことはないかもしれませんけど
3校も4校も
そういうところから迷うってことがあると
自分本当に何をしたいのかってことを
突き詰めなければいけなくなってます。



そういうのは決まってる人にとっては
簡単に決めることができたとしても
自分が何したいのかっていうのも
分からずにいる人にとっては
その3校か4校ぐらいのところから選ぶって
ことはすごい迷いがあるのかなと思います。



そういう余計な悩みとか
迷いがあるって言うのは
自由さがあるからこそ
そういうなものが出てくるのかなと思います。



もしかしたら自由さがなくて
一つのことしか選択する
余裕がなかったとしたら
集中できるのかなと思います。



そんな感じで
僕たちはあまりにも自由さがありすぎると
何をしていいのかわからなくなってしまう
てことがあると思います。



だからある程度
何をしなければいけないのかっていう風に
決められた方が
そこに集中して
力向けていくってことができます。



余計な悩みとか迷いってことも
なくなってきます。



あまりにも自由さが
幸せに繋がっていくのかっていうと
それは考えものなのかなとは思いました。



選択肢が大きければ大きいほど
自分のやりたい方向が見つかる
ってこともあるかもしれませんけど
やりたいことがない人にとっては
迷いとかその悩みが増えるだけ
ってこともあります。



選択肢が多いというのは
本当に幸せなのか?
考えてみる必要があるのかなと思います。



選択肢が無さすぎてもダメだし
多すぎても駄目
そういうバランスっていうのは
必要になってくるのかなと思います。



今の時代のように自由さがありすぎると
自分の本当にやりたいことっていうのが
分からなくなったり
迷いが大きくなってしまうっていう
そういう時代なのかなと思います。



ある程度自分の人生が決まっている方が
まだやりやすいっていうことがあります。



そういう感じで選択肢の多さが
幸せに直結していないっていうことは
覚えておいてもいいのかなと思いました。



今日は選択肢が多ければ幸せなのかについて
お話させて頂きました。



ありがとうございました。



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2021年01月04日2021年:1月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を無事に
開催することができました。
クリスマスということで
予定がある人もいる中で
6人の方が参加してくださいました。
 
  
 
僕もそうだけど、
こうやって真剣に話をする場所って
なかなか無いように思えます。
友達を作るにしても
大人になってからだと
出会いも少なくなってしまいます。
 
 
 
また、皆さん悩みを抱えていたり
悩みを克服してきた人だったり
いろんな経験をしている人なので
話を聞いているだけで勉強になります。 
 
 
 
昨日は今年の振り返りを少しして
あとはその時の興味をあることだったり
仕事のことを話しました。
 
  
 
仕事ではストレスを抱えやすく
誰かに聞いてほしいというのはあると思います。
また、自分だけが苦しいのではないと
分かるだけでも救われる部分はありそう。
 
 
 
年末で大変なことがある中で
頑張っている人がいると分かるだけで、
僕もちょっとは頑張っていこうと思えました。
 
 
 
自分の弱さをさらけ出しても
受け入れてもらえるという安心感も
大きいのではないかと思います。
同じような問題を経験しているので
共感してもらえますからね。 
 
 
 
8時から始まって
気が付けば12時までやっていました。
とっても有意義な時間でした 
 
 
 
こうやって定期的に集まることで
だんだんとお互いのことを知っていき
仲間意識が強くなっていくのも
嬉しいことです。
だいたいどういう人かというのが
分かってきましたからね。
 
 
 
これからも、こうやって定期的に
集まりの場所を開いていこうと思います。
 
 
 
来年度の一回目は

ZOOM飲み会
1月22日(金)20時から
参加費 無料
です。
 
 
 
ぜひとも参加してみてくださいね。
最初は緊張すると思いますけど、
徐々に慣れていけば
すんなりと入っていけるようになります。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年12月26日2020年:12月

僕たちに自由意志はあるのか?

前回は選択に迷ったら
どちらでもいいということについて
お話しさせていただきました。



で今回はその選択ですけど
本当に僕たちはその選択を
自分の意思で決定してるのか?
ということについてお話ししようと思います。



僕達っていうのは自分の意思で
何かを決定してるって
思っているかもしれませんけど
科学的には自由意志の存在というのは
まだ証明することができないって風に
言われています。



アメリカの研究では
自由意志の実験というのが行われました。



ここでは僕たちが何か行動をするとして
その手を上げるなら手を上がる0.2秒前には
意識的な決定がされているという事があります。



これは当たり前で意識が手を上げようと思って
0.2秒後に体が反応して手を上げる
ということが行われる
別にそんなに疑問に思うことでは
ないのかなと思います。



でもここで面白いのは
その意識がされる0.35秒前には
脳が既にもう手を上げようていうふうに
電気信号が働いてるって
いうことが分かってきました。



脳の中では意識する前に
手を上げるということが
もう決まっているらしいです。



そして意識が手を上げようって考えて
体が反応するっていう
そういう順番があると言われてます。



だから自分の意識が手を上げようと思って
やってるわけじゃなくて
もう脳の中で手を上げるっていうのが
決まってて
それで意識が伝わってあるっていうわけです。



その考えていくと
自分で意識するちょっと前には
自分の意思とは関係のない脳内で
もうすでにこれをしようっていう風に
決定されているわけです。



つまり僕たちは脳で初めから
こうしようっていうのが
決まっているわけです。



そしてこういう風に動いたというのがあって
後からなぜこんなふうに動いたのかって
いうのを意識が考えて
理由付けをしている
そういう順番になってるのかなと思います。



例えばお腹がすいたとして
お腹が空いたから
物を食べたっていう風なことを考えるのは
普通だと思いますけど



でもこの実験結果では最初に
もう物を食べるって言うのが決定してる
そして物を食べてしまっていたとしたら



意識がなぜこんな物を
食べてしまったのかっていうのを考えた時に
ああ、お腹が空いていたからだっていう風に
思って理由付けをするっていう
そういう順番が正しいって言われてるわけです。



最初に何か行動を起こすってことが
もうすでに決まっていて
意識の中ではそれがまだ
分かっていないわけです。



そしてその行動した結果
なぜこんなことを取ってしまったのかって
いうの意識が勝手に理由を探して
やっているっていう風な
順番が正しいわけです。



そういうのを考えていくと
本当に僕達っていうのは
自由意志があるのかというのが
疑問になってくるのかなと思います。



もうすでにある程度
自分がこういう行動を
とってしまうっていうことが
決定しているっていう事が
あるのかもしれません。



それを後から意識が勝手に都合よく
理由をつけているだけって
いうことなのかもしれません。



こういう自由意志があるのかないのか
っていうのを考えていくと
もう選択をどっちにするのかっていうのは
もうすでに決まってるって言うのも
あるのかなと思います。



だから選択で迷うことがあったとしたら
もうすでに迷うっていう決断が決まって
いるって言う事かもしませんし



もしAということを決めるとしたら
もう自分の意思とは関係ないところで
Aを決めるって事が
既に決まってるって事なのかもしれません。



だからその迷うっていうことも
もうすでに必要ではなくて
もうすでに決定しているっていう事があって
迷うってことなんていうのは存在してなくて



自分で選んでるっていう事すらも
何か大きな意思で動かされてるっていう事が
あるのかもしません。



そんなことを考えていくと
AかBかっていうの迷うっていうのは
もうバカらしくなってくるのかなと思います。



もうすでに脳の中では
どちらにするかってのは
決定してるわけだからです。



だったらその決定したものを
存分に味わい尽くすっていうことが
僕たちにできることなのかなと思います。



もうA・Bかで迷うじゃなくて
もうAっていうのが決まっているわけだから
Aを存分に味わって体験して
そこに集中していくっていう



そういうことができたとしたら
別に自由意志がなかったとしても
自分の人生を存分に楽しむ
ってことも出来るのかなと思います。



Aっていうルートが決まっているのに
Bの方が良かったのではないかとか
そういうことを考えていくと
ちょっともったいないなと思います。
Aを存分に味わうことができないからです。



そういう自由意志があるかないかとかって
いうのは分からないですけど
もうすでに決定しているっていう
そういう考えもあるっていう事も
ちょっと面白いので
ここで説明させていただきました。



僕たちに自由意志はあるのかということです。



ありがとうございました。




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2020年12月24日2020年:12月

選択に迷ったらどっちでもいい

今日は選択に迷ったらどっちでもいい
ということについてお話ししようと思います。



人生には大きな選択に迫られる時
というのがいくつかあるのかなと思います。



学校で進路選びだったり
就職先で会社選びだったり
あるいは結婚相手だったりと
大きな選択に迫られる時っていうのは
少なからずあるのかなと思います。



そしてそういう大きな選択に
迫られた時っていうのは
簡単に決められるものでは
ないのかなと思います。



すごく迷うし、悩んでしまうことでしょう
こっちにして本当に正解なのか
間違ってはいないのかという風に
思うことがあるからです。



本当にこの道で正しかったのかというのは
気になってしょうがなくなってしまうでしょう。



でもこの道で本当に良かったのかっていうのを
比べる事っていうのは
永遠にわからないものです。



AとBという選択肢があって
Aという選択肢をした瞬間に
Bの選択肢っていうのは
消えてなくなるからです。



比べる事っていうのは永遠にできないのです
やり直すことができないから
どうやっても比べる事っていうのは
できないのです。



一回しか行けない食堂屋さんに行って
メニューを見てカレーを選ぶのか
カツ丼選ぶのかで迷った時に
カレーを選択した瞬間に
カツ丼を食べるっていうことは
もうできなくなりますし
そのカツ丼を味わうってこともできないです。



ただカレーを味わうことしかできないのです
それはカレーを選んだ瞬間に
カツ丼を食べるっていうことを
放棄っていうか捨てたっていうことになるので
どちらが良かったのかっていうのを
比べる事なんては
永遠にできないっていうことです。



そして本当にカレーで良かったのか?
ということが出てくるでしょう
あっちにしとけばよかったっていう風に
思ってしまうってこともあるのかもしれません。



そういう時にはどっちを選んでも
行き着く先は一緒
そういう風に考えると良いのかなと思います。



人生というのは山登りに
例えられるのかなと思います。



頂上を目指していて
どのルートでその頂上に行くのか
っていうだけであって
その頂上に行くって事は
変わりないってことがあります。



Aのルートで頂上に行くのか
Bのルートで頂上に行くのか
ということだけの違いです。



だから選択肢としてAのルートとBのルートが
出てきたとしても
どっちを選んでも
結局は行き着く先は一緒っていうことです。



Aのルートを取ると
最短距離で行けるかもしれませんけど
でもきつい人生が待ってるかもしれません。



Bのルートは最短距離ではなくて
時間がかかるかもしれませんけど
でも遠回りして
緩やかな人生ということが
あるかもしれません。



そんな感じでAルートには
Aルートの特徴があるし
BルートにはBルートの特徴がある。



迷ったときは
そのどちらをとっても
結局行き着く先っていうのは一緒であって
そんなに変わりはないって思うと
少しは楽に選択することが
できるのかなと思います。



このAのルートを取ってしまって
やっぱり間違ってしまったんじゃないか
もうとんでもない失敗を
犯してしまったんじゃないのか
って思うこともあるかもしれませんけど



でも結局はAのルートもBのルートとも
同じ所に繋がっているという風に
思うことができるとしたら
そんなに間違ってしまった選択をしたっていう
風にとることは少なくなるのかなと思います。



ただつらいくて早いか
楽で遅いかとか
そういう違いはあるかもしれませんけど
でも行き着く先は一緒
どのルートを取っても結局は
頂上に行くってことは変わりない
ということがあります。



だから人生において
間違った選択肢というのはないのです。



どのルートで頂上を目指して行くのかっていう
その違いがあるだけです。



どちらをとっても大丈夫です
間違いなんてないから
だからその選択肢を十分に味わって
行けたらいいのかなと思います。



Aルートをとったのに
Bのルートのことをくよくよと悩んで
あっちにしておけばよかったって
時間を取れるぐらいだったら
Aルートを十分に味わいつくして
行った方がいいのかなと思います。



どうせ比べることが出来ないわけだから
もうAルートを取った瞬間に
Bのルートのことは考えないていう風に思って
後はAルートを十分に味わいましょう。



どうせ行き着く先は一緒な所に繋がっています。
そんな感じで迷った時ってのは
どちらをとっても同じところに行き着きます
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2020年12月22日2020年:12月

自己肯定感を上げる方法

今日は自己肯定感を上げる方法について
お話ししようと思います。



今、自己肯定感を上げるっていうのは
本屋に行ってもたくさんの本があったりして
流行っているのかなと思います。



自分に自信がなかったり
こんな自分は駄目だと
思ってしまってる人がいたとしたら
自己肯定感を上げて自信をつけたいと
思ってる人が増えているって
いう事なのかなと思います。



いろんな自己肯定感を上げる方法って
いうのがあると思いますけど
ここでは僕の考える
自己肯定感を上げる方法について
お話ししようと思います。



まず自己肯定感が低い人っていうのは
だいたいが今の自分ではダメだって
自己否定に落ちている人が
多いのかなと思います。



今の自分をどれくらい
認めることができるのかが
自己肯定感があるのかないのかに
大きく左右されるのかなと思います。



だからこのままではダメだとか
今のままではダメだ
もっと良い人物にならないといけないとか
もっと役に立つ人物にならないといけないって
思っている人というのは多いのかなと思います。



こんな今の自分だと
いろんな人に迷惑をかけてしまうので
見捨てられてしまうんじゃないかっていう風に
不安に思ってる人もいるかもしれません。



だからこそこんな自分を脱出して変わらなきゃ
成長しなきゃっていう風に
思ってることでしょう。



そうやってハングリー精神があって
成長意欲が高いと
確かに成長するってことも早いと思います。



そして我武者羅に行動する事っていうのも
普通の人以上に出来ると思います。



それでどんどんと自分を変えていくって
ことができるのかもしませんけど
でもどこまでいけば
ダメが良いに変わるのかっていうのが
あるのかなと思います。



そうやって行動して成長して
いろんな人から認められる人間に
なったとしても



当の本人がこんな自分ではダメだ
もっともっと成長しなきゃって思い続ける限り
自己肯定感っていうのは
なかなか高くならないのかなと思います。



そうやって成長しなきゃってやってるうちに
サメのように
動くことを止めることができずに
常に120%の力を出し続けて
走り続けていくっていうことに
なってしまうのかなと思います。



そしていつかその120%の力を
出し続けることなんて難しいので
いつか力尽きてしまうってことも
もしかしてあるかもしれません。



だからこんな自分がダメだっていう風なことを
どれくらい変えることが
できるのかっていうのは
大切なことなのかなと思います。



そうやって今の自分を
どれぐらい認めることができるのか
ということが大事になってきます。



ダメな自分でも
情けない自分でも
人よりも劣ってしまってる
自分であったとしても



そんな自分でもどれくらいOKを出せるのか
どれくらい許せるのか
どれくらい受け入れる事が出来るのか
ということが大切に
なってくるのかなと思います。



そういうマイナスである自分を
頑張ってプラスにしようとするのではなくて
マイナスのままでOKを出せるのか
それが自己肯定感が上がる事に
繋がってくるのかなと思います。



大体あなたは自分が思うような
ダメな人間ではないという風に
思っています。



誰かからあなたはダメだって
思い込まされているだけなのかもしれません。



こんなことできなくて
なんてあなたはダメなんだ
もっとこうしないとダメだって
言われた経験があったり
こんなことやって当たり前なのに
なぜそんなこともできないのだって



高い要求を突きつけられて
出来なくて怒られたり
否定されたり
ガッカリされたりで
そんな経験もあるかもしれません。



だからこんな自分ではだめだ
もっともっとできる自分に
ならないといけないって
いうふうに思うように
なったのかもしれません。



でもそれは周りの人が高い要求を突きつけて
勝手に期待を込めて
勝手に失望したっていうだけであって
あなたがダメなわけではないし
価値がないわけではないです。



今のままでも十分に愛されるし
価値があるし素晴らしい人物です。



ただただ周りの人がそういう風に
見ることができなかったって言うだけです。



今の自分でも十分OKだと思うのに
それはダメだって言われ続けてきた
だけなのかもしれません。



今からでもそういう周りの人からの
影響っていうのを少しずつ解いていって
今の自分でもOKというのを出せるようになると
無理して成長しようとか
変わらなきゃっていう風に
思い続けて行動するってことも
減ってくるのかなと思います。



そしてもっとゆとりを持って
自分に自信を持って余裕のある生活が
できるようになるのかなと思います。



そうやってどれぐらいダメな自分を
受けることができるのか
今の自分にOKを出せるのか言うことが
自己肯定感につながってくるのかなと思います。



あなたは今のままでもOKだし
ダメだ情けない自分でも良いし
できないことがたくさんあっても大丈夫です。



もっともっと今の自分というのを認めて
受け入れて許していきましょう。



そうやって今の自分がダメが
今の自分でもOKに
どれくらい変わっていくのか
それが良いに変わっていけばいくほど
自己肯定感というのが上がっていきます。



自己肯定感を上げるためにも
もっともっと今の生活にゆとりを持って
余裕のある生活をするためにも
ダメな自分だと思ってることが
あったとしたら
そんな自分でもOKを
出していけると良いのかなと思いました。



今日は自己肯定感を上げる方法として
今の自分今のダメな自分を
どれくらい認めることができるのか
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月17日2020年:12月

感謝力 幸せを感じる力

今日は幸せを感じる力、感謝力について
お話ししようと思います。



僕たちは感謝が大切だという風なことは
言われてきたと思います。



でもその感謝というのは
一体どんなものなのかということを
考える事っていうのは
少ないのかなと思います。



感謝っていうのはありがたいものが多いほど
感謝するってことができるのかなと思います。



そしてありがとうの反対っていうのは
憎しみとか不平不満とか
そんなものではなくて



よく言われることですが
ありがとうの反対っていうのは
「当たり前」っていう風に言われます。



僕たちは当たり前になった時に
不思議だけど実際には多くのものを
与えられてるはずなのに
それが見えなくなってしまうてことがあります。



本当はありがたいものがたくさんあるのに
当たり前になった瞬間に
この目の前から消えてしまうっていうことです。



意識しなくなってしまう
ということでもあります。



例えば目が見える状態っていうのは
僕たちが意識して何か感謝するってことは
少ないのかなと思います。



でも目が見えなくなった時に
初めて目が見える事っていうのは
こんなに素晴らしいことなのだ
こんなに尊いことなのだっていう風に
思えると思います。



実際に目が見えるようになるためには
何億っていう風にお金を払ってでも良い
という人もいるでしょう。



それぐらい価値があるものなのに
当たり前になった瞬間に
それがありがたく思えなくなってしまう。



見えなくなってしまう
自分が与えられている事が
消えてしまうってことがあります。



僕たちは当たり前になった瞬間に
与えられるものという物が
見えなくなってしまうってことがあるのです。



そうやって当たり前になってしまう
ということがあると
本当は多くのものを与えられてるはずなのに
なんて自分達は貧しい生活を
強いられているのだっていう風に
不平不満につながってくるってことがあります。



でも目に見えていないだけで
本当は多くのものを与えられてるし
よくよく目を凝らして見ると
本当は豊かなものに囲まれて
生きているって事があります。



そしてその豊かさに気づけるようになるのが
感謝力ということだと思います。



当たり前と思ってることを
当たり前じゃなくて
これは本当に素晴らしいことなのだ
これはすごい尊いものなのだっていう風に
気づける力のことです。



この感謝力が高ければ高いほど
自分の周りにある豊かさに気付けて
自分がなんて恵まれているのだって思えて
心が満たされることでしょう。



逆に感謝力が低いほど
どんなに恵まれた状態であっても
どんなに豊かな状態であっても
それは見えない状態になってしまうので
何でこんなに貧しいのだ



人と比べて
なんて自分は与えられてるものが
少ないのだっていう風に
不平不満につながってしまうことでしょう。



本当は多くのものを与えられてるはずなのに
それが見えなくなってしまう。



慣れがあって
本当にあるものがなくなってしまう。



そういう物をちょっとでも
気づけていくのがいいのかなと思います。



でも人間というのは不思議なことに
慣れがあると
どうしてもその生活が
当たり前になってきてしまいます。



どんなに給料が高くもらったとしても
高くなった瞬間は嬉しいはずなんだけど
それが1年と続くと
それが慣れて当たり前になってくる
感謝がなくなってくるってことがあります。



こういう慣れをどれくらい減らしていけるのか
本当はもっともっとたくさんのことを
当たり前と思わずに
感謝することができるのかっていう



そういう感謝力があって
そういうのを身につけていけると
いいのかなと思います。



あまりにも感謝力が少ないと
強制的に奪われることによって
なんて今までの生活は素晴らしいのだって風に
気づくこともさせられることが
あるのかなと思います。



よくあるのが
病気になることによって健康というのは
どんなに素晴らしいものなのかというのを
気づけるって事があります。



普段は健康のありがたさなんて
気づくことっていうのは少ないと思いますけど
病気になることで
そうやって不自由になることで
初めて気づきるって事があります。



また家族においても
家族って本当は大切なものなんだけど
家族を何か不幸なもので
失われることによって
こんなにもありがたいものなのだっていう風に
気つけるって事があって



そうやって何か奪われるような現象があると
僕たちというのは初めて
それがありがたいものだっていう風に
気づくことができます。



でもそれが最初から気づけるって事ができると
もっともっと豊かになれるし
幸せになりやすいのかなと思います。



感謝力をどれぐらい鍛え上げて
当たり前と思わずに尊いものだ
豊かさが僕たちの周りには
たくさんあるのだって気づける
これはとっても大切なこと
なのかなと思いました。



今日は幸せを感じる力
感謝力についてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月14日2020年:12月

他人の評価=自分の価値になっていませんか?

今日は他人の評価=自分の価値に
なっていませんか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは他人の評価に対して
あまりにも左右され過ぎている
っていうところがあるのかなと思います。



自分の価値わからずに
それを他人の評価に委ねてしまっている
というところが大きいのかなと思います。



それもある程度は仕方がないところも
あるのかなと思いますけど
でもそれがあまりにも
強くなりすぎてしまうと



他人の言動とか
他人のちょっとした評価の一つ一つで
自分の価値が決まってしまうわけだから
すごい左右されやすいっていう風に
なってしまうのかなと思います。



そうなるとおのずと
他人の顔色を伺ってしまったり
他人のちょっとした言動を気にして
自分の心の安定が得られなかったり
という風になってしまいかねません。



他人に嫌われることが
怖くなってしまったりとか
他人の評価が下がるのは怖くて
異様にその貢献をし続けて
自分のやりたいことができなくなってしまう
てこともあるかもしれません。



ここで考えなければいけないこととして
本当に他人の評価は正しいのか?
ということは考えていく必要は
あるのかなと思います。



人によって評価っていうのは
全然違うと思います。
ある人は良いということもあるし
ある人は悪いっていうこともあります。



そういう価値観が全然違う中で
全ての人から評価を得ようとすることは
それ絶対に不可能だと思います。



でも悪い評価をされた時に
それが自分の価値につながって
自分の価値がないのであって風に
落ち込んでしまっているって事があると
それはもったいないことなのかなと思います。



たまたまその人は見る目がなかったり
自分のことをあまり知らなかったり
その人自身が何か問題を抱えてて
そこまで見ることが
出来なかったりとした時に
正常な評価をするってことが
できないかもしれません。



そういう正常に評価ができない人に
悪い評価をされた時に
それを本当に信じこんでしまうと
自分の価値を正しく評価する事って
できなくなってしまうと思います。



そういう他人の評価にいちいち左右されて
自分の価値が上がったり下がったり
ってしてしまうというのは
とってももったいないことなのかなと思います。



見る目がない人からの評価だったり
自分の合わない人からの評価だったり
自分の性質は違う人の評価だったりすると
正しい評価をされていないってことがあります。



もっと自分のことを正しく評価してくれる
もっと自分を持ち上げてくれる
正しく自分の価値を見てくれる人からの
評価を受け取るようにしていくってことも
大事なのかなと思います。



だから全ての人の評価を
気にする必要はないってことがあります。



だから本当にその他人の評価が正しいのか
というのは考えていく必要があって
必ずしも正しい評価を出す人ばかりではない
無視して良い評価もあるのだっていうことを
自分の中で認識しておくってことも大事です。



最後に自分で自分の価値を決めてる人ってのは
本当に強い人なのかなと思います。



誰が何と言おうと
自分は大切で重要で
素晴らしい人物だって
思えることができたとしたら
そんなに他人に左右されないって
ことがあります。



そうなると自分で
自分の価値を決めてるのだから
好きなように自分を出せるのかなと思います。



そしてそうなると心の安定
平安な気持ちってことも
出てくるのかなと思います。



他人が誰が何と言おうと
自分には価値があると思えることっていうのは
最強なのかなと思います。



自分がどんな経験をして
どんな性質をもって
どんな考えを持っているのかっていうのは
それは自分でしか知らないことっていうのは
多いのかなと思います。



その自分の中にある経験とか価値とか
考え方っていうのは
とっても重要で尊いものなのかなと思います。



だからその一人一人の
その尊いものというのを出して
自分でこれはすごい価値があるものだって
いう風に勝手に決めて
そして自分で自分が価値があると思い込む
っていうことができたとしたら
他人に振り回されることが少なくなります。



そんな感じで
自分で自分の価値を決める
ということも必要になってくるのでしょう。



ただそういう人ってな少ないので
今は自分のことを見る目がない人に対して
ダメな判断をされたとしても
それは無視してもいいっていう
風に思うだけでも
少し変わってくるのかなと思います。



他人の評価=自分の価値ではない
ということがあります。



見る目がない人から見たら
自分の価値が
見えなくなってしまっているだけで
本当はそれで自分の価値がないわけではない
見るとか見たら価値があるし
自分の中でも本当に見せていない部分があって
それが自分の本当の価値に繋がって
いるって事があります。



ということで
今日は他人の評価で
あまりにも自分の価値を
判断しすぎていませんか?
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月10日2020年:12月

璧な人間は愛されない!?

今日は完璧な人間は愛されない!?
ということについて
お話しさせていただこうと思います。



完璧な人間は愛されないって聞くと
えって思う人もいるかもしません
じゃあ完璧な人になれば
多くの人から賞賛を得られて
愛されるにつながっていくと
思う人が多いのかなと思います。



でも完璧になりすぎてしまうと
ちょっと近寄りがたい存在になってしまうって
ことがあるのかなと思います。



漫画とか映画の主人公でもあるように
あまりにも完璧な人っていう設定は
ないらしいです。



どこか欠点があったり
抜けていたり
ちょっと能力が欠けていたりという
そういう主人公を設定した方が
みんなの共感を得られやすい
愛されやすいっていうことがあるみたいです。



よく考えてみると
主人公にしても完璧な人って
少なかったかなと思います
ワンピースにしてもルフィーでも
完璧な人間ではなくて
すごい抜けてるとこがたくさんある。



でもその抜けてるところを
仲間が補ってくれるからこそ
仲間から信頼されるって事もあるし
仲間もあの人のために
頑張ってやろうって思える
っていうところもあるのかなと思います。



もしルフィが全てのことを完璧にこなして
食事も完璧にこなすし
その航海も地図も読めるし
医者でもできるしっていう
そんな人だったとしたら
一人で旅出て、一人で航海することっても
できるかもしれません。



どうしたら仲間の活躍する場所っていうのも
なくなるでしょう。



でもルフィは
何もできないっていう設定であるからこそ
多くの仲間が自分が助けなければ
自分の力をこの人に役に
立たなければっていう風に思って
慕うってことがあるのかなと思います。



そんな感じで自分が完璧に
なんでもかんでもこなそうとするって言うと
ちょっと近寄りがたい存在になってしまって
自分の活躍する場所がなくなって
しまうことがあるのかなと思います。



少し抜けている人の方が
周りの人っていうのは安心して
その人の力になっていこうって
思えるかもしれませんし
その人のもとで
自分の力を大いに発揮して
その人を助けてあげようって
思えるかもしれません。



そういう人か愛され役として
なるのかなと思います。



だから自分が何でも完璧にこなそうって
思うってことはしなくてもいいし
そういう事していくと
愛されなくなってしまう
ということがあるのかなと思います。



憧れとして完璧な人に
なりたいって事はあるのかもしれませんけど
でも憧れと愛されるっていうことは
ちょっと違ってくるのかなと思います。



憧れっていうのは
遠いところで何か眺めている存在であって
ちょっと距離を感じてしまうってことが
あるのかなと思います。



でも愛されるって言うのは
その人の身近なところにいて
その人だからこそ何か助けてあげようとか
そういう人だからこそやってあげようって風に
思えるとことかあるのかなと思います。



完璧になろうとせずに
抜けている人の方が愛されるって言うのは
ちょっと意外なところなのかなと思いますけど
でもよくよく聞いてみると
それは納得するってことがあったので
今日はこうやってお話しさせていただきました。



僕も完璧ならなけばいけない
ということが強くて
何かちょっと自分の中で欠点があると
自分を責めてしまうっていうところがあります。



でも自分のその欠点というのは
誰かの活躍する場所でもあるので
そういう自分の欠点があったとしたら
相手にお願いしてやってもらうって
ことをしていくってことは
僕の中の課題でもあるのかなと思います。



自分で解決しようとしていくよりも
他人に頼んでいくってことが
愛される秘訣なのかなと思います。



何でもかんでも自分がしようとせずに
自分が完璧にこなそうとせずに
できることはできるし
できないことはできないって



できない事相手にお任せしていく
そうやって繋がりができてくると
より一層相手との協調とか協力ができて
自分が一人でやれるも
大きなことができるなるのかなと思います。



そこで仲間との繋がりとか
助けられる、助けるって言う事が
出来るのかなと思います。



完璧になんでもこなそうとしなくてもいいし
自分に欠点があったら
それを補ってもらうってことは大事です。



そんな感じで
完璧な人は愛されないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2020年12月07日2020年:12月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を無事に
終了することができました。
こうやって今年に入って
月に1,2回開催するようになりましたが、
定着してきたと思います。
 
 
 
少しずつ人数に増えてきて
今回は僕を含めて8人の方が
参加してくださいました。
おなじみのメンバーから
新しい人までいろいろです。
 
  
 
8時から11時くらいまで
3時間話をしていきました。
無料版のZOOMを使っていますので、
40分経ったら一旦切れてしまいます。
グループ分けをしていますので、
一旦切れたらそこで
グループを再編集していきます。
 
  
こうやってなるべき多くの人と
濃い話ができるようにやっています。
普段話ができないような真面目なことや
悩み事などを話していました。

 
 
一人で抱えているだけでは
問題はなかなか解決することは
難しいですからね。
  
 
 
仕事でも失敗があって
それで悩んでいる人がいましたが、
同じような経験をしている人が
ご自分の失敗談とかつらかったことを聞くと
みんな同じような経験をしているとわかって
ちょっとは気が楽になったと思います。 
  
 
 
また、恋愛のことで
恋人をどうやって作ればいいのか?
どうやってアプローチしていけばいいのか?
などと話をしていました。
 
 
 
恋人を作るのはご縁なので
何ともできないのはありますが、
ここでちょっとでも話をしていくことで
みんなからの応援をもらえます。
また女性からの視点とか男性からの視点とか
いろんなアドバイスももらえるので
参考になると思います。
 
  
 
こうやって仲間つくりを
していけたらと思ってます。
今年はあと1回やる予定です。
 
   
次回は
ZOOM飲み会
12月25日(金)20時~
参加費 無料

クリスマスということですが、
空いていたら参加してくださいね。
 
 
 
ありがとうございました。




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2020年12月05日2020年:12月

その親切お節介なっていませんか?

今日はその親切お節介なっていませんか?
ということについてお話ししようと思います。



何か人に親切にしてあげた時に
喜ばれる時は良いのでしょうけど
でもその親切が嫌がられたり
厄介になったりしてしまうって事が
往々にしてあるのかなと思います。



余計なお節介になってしまっているっていう
状態なのかなと思います
ではどういう風な時が
余計なお節介になっているのかということを
少し考えていきたいなと思います。



まず自分の正義感というのを
押し付けていませんか
ということを考えていく必要は
あるのかなと思います。



自分なかで「こうあるべき」とか
「こうじゃないといけない」って
いう風なものを持ってる時に
そうじゃない人が現れたら
それを強制させて直さなければいけないって
風に思ってしまうところがあります。



例えば仕事で常に目標に向かって
成長しなければいけないとか
真面目に働かなければいけないとか
人に迷惑をかけてはいけない
という風に思っている人がいて



でも周りを見渡すと
そうじゃない人がいるとしたら
その人のためにと思って
厳しく成長しなければいけないとか
真面目にしろとか
人に迷惑をかけるなっていう風に相手に言う



それはその人のために
言っていることでもあるかもしれませんけど
でもそれが相手にとっては余計なお節介
自分の考えを押し付けてくるだけで
うざったいヤツっていう風に
思われる可能性もあります。



そういう自分の中の価値観っていうのを
押し付けてしまっている時っていうのは
お節介になってしまってるとこが
多いのかなと思います。



そういう自分の正義感が
必要な場合もありますけど
でもそれがあるから
自分も苦しくなってしまって
そして周りの人すらも
苦しくしてしまってる場