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寝ても休んでも疲れが取れない人へ

今日は寝ても休んでも疲れが取れない人へ
ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングに来られる人で
うつ病を患っていて
1ヶ月や2ヶ月ぐらいずっと寝ているのに
全然疲れが取れない
こんだけ寝ているのに疲れが取れない
っていう人がおられます。



そういう人に向けてちんと休むための方法を
語っていけたらいいのかなと思って
この動画を撮らせていただきました。



僕たちはきちんと寝ているとか
きちんと休んでいるつもりでいても
体がしんどい疲れが抜けない
っていう時があるのかなと思います。



周りの人もあれだけ休んでいるのに
ボーっとしてるのに
何もしていないのに
なんで元気にならないのかな
なんで疲れが溜まっていて
いつもしんどそうにするのかなっていうふうに
不思議がることがあるのかなと思います。



そしてそういうので誤解されることが
多いのかなと思います
それは体は十分休めているはずだと思います。



でも頭の中でグルグルと考えすぎていて
それで疲労が回復していかない
ということがあるのです。



心配事だったり不安だったり
自己嫌悪っていうことがあると
体は休めていても
脳がフル回転してるような状態に
なってしまうのです。



仕事とか家庭とか友達関係とか
そういうことで不安がって
考えてしまうってことはあるのかなと思います。



そういうのは大抵寝ていても
ずっと考え続けてしまうとか
食事していてもその悩みをもってしまって
集中して食事を楽しめないとか
そういう感じでずっと悩みの中に
いるような状態なのかなと思います。



そういう悩みがある状態っていうのは
脳ていうのは高速回転している状態なのです。



そんな状態で回復するわけでもなし
エネルギーを消費してしまうってことが
あるのです。



それで疲れが取れないってことが起こるのです。



脳のストレスっていうのは
自律神経を通って
全身に影響してしまうってことがあります。



自律神経っていうのを
簡単に説明させていただくと
文字通り自分の力では
コントロールできない神経のことを言います。



手とか足とか目とかは
自分の力でコントロールできると思います。



でも内蔵であったりとか
36.5℃を保つ基礎代謝とか
そういうものっていうのは
自分が意識していなくても
勝手にコントロールしていくものだと思います。



それが自律神経って事だと言われています。



そしてその自律神経にも2種類あって
交感神経と副交感神経ってものがあります。



まず交感神経ですけど
これは車で言うアクセルを意味するもので
運動や仕事など
活発的に活動するための神経です。



何か行動を起こそうとする時には
緊張状態になって
すんなりと行動に移せるってことがあります。



そういう活発的になっていくということが
交感神経ではあるのです。



逆に副交感神経というのは
車で言うブレーキの状態にあたります。



交感神経でアクセルで
どんどんとスピード出していたとしたら
副交感神経ではブレーキで
徐々に徐々にスピードを下げていく
ということがあります。



例えば食事している時とか
お風呂に入ってる時とか睡眠とか
そんな状態をしてリラックスしたり
癒しとか回復に向けてやっていくのです。



そういうのはバランスが大事で
交感神経である
適当な活動をしていくってことも
大事ですし
副交感神経の適度な癒しってことも
大事になってきます。



そういうのは本当にバランスが大事で
交感神経だけが
優位になってしまってもダメだし
副交感神経でリラックスしてばっかりいても
ダメってことがあります。



両方とも適度にやっていくってことが
大事になってきます。



でも今は交感神経が優位になりがちな
世の中になってしまっているのかなと思います。



ストレスや考え事を
抱え込んでしまってるってことが多い状態で
頭を常に緊張状態になって
しまってることがあります。



そうなっていると本来ならリラックスしたり
癒しとか回復をしなければいけないような
場面だったとしても
活動モードになってしまって
ずっと緊張状態が続いてしまうってことが
起こってしまうのです。



リラックスができないと当然
体が回復するってことができません。



疲れが取れないってことが起こるのです。



そんな感じでまず体も休むのも大事ですけど
頭を休むってことを意識するってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



そうじゃないと体をいくら休めても
頭が休まっていなかったら
回復していかないってことがあるからです。



それで頭を休める方法で
マインドフルネスというのは
効果的だと言われています。



瞑想したり
今やってることに意識をする。



没頭するということで
今に集中していくってことです。



食事をするなら
他の事は考えずに食事にだけ集中するとか



お風呂に入るんだったら
なるべく考えないようにしてリラックスして
お風呂のその湯の温度を味わったりとか



マインドフルネスで
集中してやっていくってので
頭を休める効果として発揮していきます。



また一人で悩みを抱え込んでしまっている
人がいたとしたら
そういうのは悶々としてしまう時間が
長くなってしまうのかなと思います。



一人で考え込んでいても
解決につながるってことは少ないと思います。



ずっと考え続けてしまって
眠れない日々を送ってしまうって
こともあるのかもしれません。



そういう時は
誰かに聞いてもらうってことは
とても有効な手段です。



一人でずっと考えてしまってると
グルグルと行ったり来たりって
同じとこを回ってるだけですけど
誰かに聞いてもらう
それだけでもそのグルグルが
解決していくってことがあるのです。



そうやって休んでいても
なぜか疲れが取れないっていう時は
脳が緊張状態になっている
かもしれないというのを
疑ってみる必要はあります。



脳が緊張状態になっているときは
交感神経が優位になってしまっているので
副交感神経を優位にするために
リラックスを意識してやるって事は大事です。



そうじゃないとずっと疲れがとれなくて
体を休んでるのに
回復して行かないってことがあるからです。



ありがとうございました。





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2022年11月22日2022:11月

親世代の価値観は変わらない

今日は親世代の価値観は変わらない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは親から色んな価値観を押し付けられて
生きているのかなと思います
あれしなさいこれしなさい
これはしてはダメということを
ずっと言われているって事が
あるのかなと思います。



それが自分の価値観と合っていたら
問題はないのでしょうけど
でも大抵は自分がやりたくないことを
押し付けられるって事があるのかなと思います。



そういう時に
自分のことなんてなんにもわかってくれない
ということがあって
親子間で衝突してしまうっていうことも
多いのかなと思います。



なんでもっと親は
自分のことを理解してくれないんだ
もっと今の時代のことを
理解してくれないんだって
そうやって悶々としている人ってのも
多いのかなと思います。



それは僕たちは
親世代と自分の世代では
全く違う生き物と言ってもいいぐらい
考え方が違うってことがあります。



昔は価値観っていうのは
そんなにも変わらなくて
江戸時代とかそういうのは
昔のその価値観が
自分の世代でも変わらなかったし
自分の世代と子供の世代では
そんなに価値観が変わらなかったって
いうことがあるのかなと思います。



農業で言うと
ずっと農業革新もそんなに起きなくて
親から子供へと引き継がれていくってことは
とっても役に立つことが
あったのかもしれません。



そういうので
ギャップは少なかったってことがあるでしょう。



でも今っていうのは
社会変化っていうのは
すごく激しくなってきてます。



自分と親とでは価値観っていうのは
全く違うってことがあるのです。



そういうのがあると分かり合えない
ということが出てきてしまうことが
あるのかなと思います。



戦前と戦後では全然価値観が違うでしょう
戦前では当たり前だと思っていたことが
戦後ではそれが非常識になってしまっている
という事もあるでしょう。



また最近では団塊の世代とゆとりの世代では
大きく価値観が変わってきていると思います。



団塊の世代の根性論を
今のゆとりの世代で当てはめようとしたら
みんな逃げていくことがあるでしょう。



また最近ではスマホが最初から
生まれた時からある世代と
20代とか若者になって
スマホを持った世代とでは
全く違うということもあります。



そういうので変化が激しい時っていうのは
価値観が大きく
変わってくってことがあるのです。



その価値観で生きてきた人にとっては
周りも同じ価値観だったので
それが正しいって思い込んで
しまってるとこがあって
なかなか変えるって事は
難しいということがあります。



そしてどうしたら価値観が変わっていくのか
古い価値観から新しい価値観へと
変わっていくのかっていうのを
調べた人がいました。



その例として
地動説と天動説の例があります。



天動説っていうのは
地球が中心にいて
天が回っているって言うことで
これが最初に信じられたことであります。



でもそれではどうしても辻褄が
合わなくなってしまってるって事があって
太陽とかそういうのが回ってるんじゃなくて
地球が太陽の周りを回ってるって言う事を
発見した人がガリレオでいました。



でも当時はその地球が回ってるって事なんて
誰も信用できません。



キリスト教においても
そういうことを信用しては
ダメだっていうことがあって
どうしてもその新しい価値観を
受け入れられるって事がなかったのです。



ある科学者なんかは
地球が太陽の周りを回ってる
なんてことを信じてしまうと
今まで学んだ学問が通用しなくなるって言う
それだけにおいて
そんな新しい説を信用しないっていう
ことがありました。



いつからその新しい説になったのかというと
親の世代が亡くなった時と言われています。



古い価値観を信じてる
そういう世代が亡くなって
新しい価値観を信じてる人が
そのまま上の世代に行った時に
価値観が変わるってことがあったのです。



そういう風に
社会でも学校でも部活でも
上の世代とか前の世代がいなくなる時に
やっと自分の価値観が
通用するってことであって
その前の人が価値観を変えてくれるって事は
すごく難しい事でもあったのです。



そういう意味でも
僕達は上の世代が分かってくれない
と思っているように
下の世代の価値観っていうの
理解するっていうことは
とっても難しいことなのです。



自分と下の世代では
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が違うからで
だから理解することがとっても
難しいってことがあります。



だからいつのまにか自分の正しさや価値観
というのを下の世代に
押し付けていないとかっていうの
気をつけていくっていうのは
大事なことなのかなと思います。



上の世代が分かってくれないって言うように
下の世代に対して
理解しようとしているのかって言うと
なかなか理解しようとするってことは
難しいことなのだっていうのを
きちんと自分の身において
考えていく必要はあるのかなと思いました。



それでさらに今から変化が激しくなってくる
っていう風に言われています。



なので僕達に出来る事っていうのは
親の古い価値観から
いかに影響されないようにしていくのか
そして下の世代の新しい価値観を
いかに学んでいくのかっていうことが
これから必要になってくる
能力なのかなと思います。



どんどんどんどんと価値観が変化していって
新しい価値観だと思っていても
それがいつのまにか
古い価値観になってしまうってことがあります。



自分の価値観を疑うことは必要ですし
親の価値観から
いかに影響されないってことも
必要になってきます。



そういう変化が激しい時には
自分のその価値観を変化させていくって
ことは大事なのかなと思いました。



今日のまとめとして
親の世代とは僕たちは
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が変化していっています。



なので親にわかってもらおうと思っても
それはとっても難しいことなのです。



自分の価値観がどうやったら
その世代に新しく通用していくのかっていうと
親の世代が亡くなった時
っていう風に言われています。



それぐらい親の世代の
価値観を変えていくってことは難しいので
説得するってことは
ちょっと難しいことなのかなと思います。



じっと耐えて
親の世代が無くなるのを待つってことも
一つの方法なのでしょう。



そしてこれからもっともっと変化が
激しくなってくるって言われています。



なので自分の持ってる価値観も
すぐに廃れていってしまうってことがあるので
下の世代から学んでいくってことも
大切になってきます。



そうやって自分の価値観っていうの
変化させていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



親の世代は自分のことを
わかってくれなくて当たり前だし
そういう自分の価値観を分かってもらおうと
説得していくっていうのは
とっても難しいことだということです。



価値観が変化するってする時は
親の世代がみんないなくなった時に
やっと自分の価値観が
その世間で通用するようになる
という風に言われてきた
ということがあるので
それでも少し覚えておいた方が
いいのかなと思いました。



ありがとうございました。










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2022年11月11日2022:11月

「強がってる人」と「本当に強い人」の違いについて

今日は強がってる人と
本当に強い人の違いについて
ということについて
お話ししようと思います。



まず結論から言うと
強がって人と本当に強い人の違い
というのは
弱さを受け入れてるかどうか
っていうことがあります。



強がってる人っていうのは
大抵は弱さを受け入れてない
ということがあるからです。



強がっている人っていうのは
弱さを隠そう隠そうとしています。



そうやって強くなればっていうのが
強いからこそ
ずっと飾ってないといけない
ということがあります。



それはなぜかと言うと馬鹿にされるとか
失敗して恥をかくっていうことが
異様に怖いってことがあるからです。



でも本当に怖い事っていうのは
その失敗して恥をかいたりするというのは
みんなから嫌われるんじゃないかとか
みんなから見捨てられるんじゃないかっていう
そういうところまでつながってしまうから
怖いということがあるのかなと思います。



それじゃないと馬鹿にされたりとか
恥をかくぐらいでは
そんなに怖いってことは
ないのかもしれません。



そしてそういうのは弱いことによって
実際に傷ついたっていう
体験が大きければ大きいほど
そういうの二度と味わいたくない
という風に思って



傷つきたくないから
強くなればっていうふうに
バリアを張って
弱さを見せられずにいるって事が
あるのかなと思います。



僕も昔はずっと
そんな風な感じでいました
学生の頃とか弱さがあって
先輩とか同級生の人から
いじめられたいとか
そういうこともしました。



だから強くならないと
またいじめられるんじゃないかとか
また何か嫌な思いをするんじゃないかって
いうにそういう風にずっと思っていました。



ずっと弱さを出せずに
強がっていました
そういう時というのは弱さは出せないから
ずっとつらかったです。



本当は何か弱さを出したり
何か情けないところを出したりとか
もっと自分の惨めなところ出したりとか
そういうことしたかったんですけど
そういうのができずに



ずっと強い部分とか
できる自分っていうのを
演じなければいけないってことがあって
とても疲れるようなことを
していたなと思います。



本当に強い人っていうのは
弱さを受け入れている人ということがあります
強くなくてもいいんだっていうことがあると
自然体でいられます。



弱さをさらけ出すことができるようになると
自分らしくいられるとことがあります。



それは弱さをさらけ出しても
たとえ馬鹿にされたとしても
平然といられるって事があります。



弱さを受け入れているから
そんなに他人の評価で
自分の価値が変わらないってことを
知ってますし
そんなことで人は去っていかないってことを
知っているからです。



でもそういうのがわからないでいると
ずっと弱さを出せずに
強がってしまうってことが
あるのかなと思います。



昔の自分のように弱さを出せずに
ずっと強がらなければ
いけないっていう状態があると
辛い人もいるのではないのかなと思います。



今日のまとめとして
強がってる人と本当の強い人の違いとして
弱さを受け入れてるかどうかって
いうことが関係しています。



強がって人っていうのは
弱いことで過去に傷ついた経験っていうのが
たくさんあるからこそ



そんな経験を
もう二度としたくないっていうことで
強くならなければいけないっていう風にして
意地を張っているっていう事が
あるのかなと思います。



でも本当の強さを手にしていくことが大事で
それを手にしていくためには
弱さを受け入れていくって事が
必要になってくるのかなと思います。



弱さをさらけ出しても
自分は見捨てられないんだとか
自分は傷つかないんだ
自分の価値は変わらないんだって風に
思うことができたとしたら



本当の強さが手に入ってて
他人に左右されないし
芯の強いブレない自分に
なることができるのかなと思います。



僕も少しずつ弱さをさらけ出すことが
できるようになりました
そういうことによって
自然体にいられるようになりましたし



人から何か言われても
さほどブレるってことがなくなって
影響も少なくなってきました。



自分の弱さをさらけ出したり
弱さを受け入れてくってことは
本当の強さを手にするために
とっても大事なことなのかなと思いました。



ということで
今日は強がってる人と
本当の強さの違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年10月31日2022:10月

人生に意味や目的はない、ただの暇つぶしである

今日は人生に意味や目的はない
ただの暇つぶしである
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もが
この人生にどんな意味があるのか
ということを考えて
このまま生きていて良いのかとか
このような人生を送ってて
本当に後悔がないのかというのをすごく考えて
悩み苦しむという時もあるかもしれません。



そういう時は
もっと軽く考えてみる必要が
あるのかなと思います。



人生の意味とか目的とか考えすぎてしまうと
人生を必要以上に重く
考えすぎてしまうってことがあります。



そんな重く考えるじゃなくて
軽く考えることができたとしたら
楽に生きていけるってことが
あるのかなと思います。



ここでは人生というのは
ただの暇つぶしっていうことについて
考えていけたらいいのかなと思います。



まず僕達っていうのは
何もすることがないっていうのは
なかなか耐え難い苦しみだっていう風に
言われています。



意味のない事をしたりとか
無駄なことをするっていうのは苦しみであって
そういうことをするっていうのは
避けたと思ってしまいます。



そういうことを考えていくと
問題がなくなった世界っていうのは
本当に幸せなのかっていうことがあります。



問題は確かに無い方がいいと思いますけど
でも問題が全て解決して
平和な世界になってしまったとしたら
僕達ってのは
何のやりがいもなくなってしまうって
ことがあるのかもしれません。



ただただ平和な漠然とした一日を
過ごしてしまうってことがあります。



そこには何の意味もないし
何かやるべき事っていうのもないでしょう。



そういうのがあるから
暇が嫌ってことがあって
僕たちは暇が嫌だからこそ
意味のあることをしたいって思います。



そしてそういうことがあると
問題を作り出してまでも
何か意味のある
貢献したいとか
何か人の役に立ちたいとか



そういうことを考えて
暇をいかに潰そうとするかっていうのを
考えてしまうとことが
あるのかなと思います。



ありがたいことに僕たちは人間である以上は
問題っていうのはなくなることはないです。



だから何かしら問題があって
自分に何かしらやる事っていうのは
作ろうと思えば作れるってことがあります。



そういう問題を解決する
っていうことをしてる時っていうのが
最大の力を発揮するってことがあります。



それが生き甲斐として生まれてくる
というのがあります
そういうことを考えていくと
僕たちには使命や目的
何かやらなければいけないことが
あるのではないかっていう風に
思うかもしれません。



そういうのをずっと探し求めていって
自分探しの旅とかに出かけて
行く人もいるかもしれません。



自分がやるべきことがあって
使命があって
それを全うするまでは死ねないんだ
後悔してしまうんだっていう風に思って
しまうことがあるかもしれません。



でもそういう使命とか目的というのは
見つかる事っていうのは
少ないのかなと思います。



僕たちは救世主ではないです
世界平和で世界を救うとか
多くの人を導くとか
そういう事を持って生まれてきた
っていう人っていうのは
本当に少ないのかなと思います。



そういう意味で
僕たちはやるべき使命っていうのは
何もないのかなと思います。



ただただ凡人として
だからこそ自由に
何してもいいっていうことが
あるのかなと思います。



救世主ではないからこそ
僕たちはどんなことをしてもいいし
やらなくてもいいし
やるべきことがあるわけでもない
っていう風に言えます。



どんな人生を歩んでもいいとことで
問題を見つけてそれを解こうとする人
環境問題とか人口の減少問題とか
会社を良くしようとか
そういう事で
いろんな問題を解決しようとする人も
いるかもしれません。



そうかと思えば
ただただ遊びたい人
旅行に行ったりとか
ゲームするとか
そういう人もいるかもしれません。



淡々と生きていく人ってのも
もちろんいるでしょう
会社勤めをして家庭をもって
そういう淡々とした生き方っていうことも
する人もいるかもしれません。



そんな感じでどんな人生を歩んでも
正解だっていう風に言えます。



僕達には何かしなければいけないことなんて
何もないからです。



やらなければいけない事ってのは無いし
自分しかできないことっていうのも
もちろんありません。



時間をどう潰していくかっていうことが
人生なのかなと思います。



僕自身のことを言わせてもらうと
僕はずっとこの人生で
これでいいのかっていうのを考えて
迷っていました。



そのきっかけとなったのは
1999年に世界が滅びる
っていう風に言われていた時が
あったと思います。



その時に僕はこの人生で
いいのかっていうのずっと迷っていました
世界が終わってしまう時に
このようなダラけた人生を送ってしまってて



本当にそんな人生でいいのかって
いうのがあって
本当はやるべきことがあるのではないか
自分しかできないことが
あるんじゃないのかって
いうふうに思っていました。



ですることで
すごく焦って迷っていたときがあります
そういう時というのは本当につらかったです。



でもある日
自分なんて救世主ではないし
使命もないです。



本当ただただ凡人な一人として
もっと自由にあるがままで
生きていけばいいのだっていう風に
思うようになってからは
楽に生きていくことができるようになりました。



何かやらなければいけないこととか
使命とかそんなことを考えている時
っていうのはとってもつらかったです。



焦っていました。



このままの人生でいいのかっていうのを
ずっと考え続けていました。



でもそんな大それた使命なんて
僕にあるわけがないし
どんなことをしてもいいし
しなくてもいいっていう風に
そんな人生なのかなと思います。



やりたいことやるだけ
世界平和として貢献したかったら
すればいいし
問題解決しなかったりすればいいし
それはただの暇つぶしとして
やるべきことであって
やらなければいけないことではないって
いうことがあります。



今日のまとめとして
僕たちの人生に意味なんて
ないのかなと思います。



意味がないのに探し求めるとすると
焦ったり迷ったり
すごく辛い人生になってしまいます。



そういうので
全ては暇つぶしって考えていくほうが
もっと楽に生きていけるのかなと思います。



ただ暇を潰すっていうのは
なかなか耐え難いものでもあるので
意味のある事を求めてしまうって
ことがあります。



そういうので何か問題を
解決していこうとするっていうのが
手っ取り早く意味があって
自分の力も発揮できて
生き甲斐が生まれるってことがあります。



でもそれは暇つぶしの一つであって
やらなければいけないことではないです。



僕たちは救世主ではないし
救世主になれるって事も絶対にないです。



ただただ一人の凡人として
生きていくことがあって
だからこそ自由に何でも選択して
生きていけるって事があります。



遊びたかったら遊べばいいし
問題解決したかったすればいいし
そんな感じでどんな人生を歩んでいっても
僕たちは何もしなければ
いけないことはないのないので
正解だと言えます。



そんな感じで
人生は暇つぶしの一つとして
軽く考えていく方が
楽に生きていけるって事があるのかな
と思って説明させていただきました。



ありがとうございました。




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2022年10月17日2022:10月

人の気持ちが分からないと思い込まされていませんか?

今日は前回の続きで
人の気持ちがわからないと思っているあなたへ
と言うので
パート2ってことで
続きをお話ししたいなと思います。



まず前回の続きとして
人の気持ちがわからないと思っているので
三つのタイプがあるって事を
説明させていただきました。



一つは遺伝的な人で
アスペルガーとかそういう人達ってのは
先天的に人の気持ちを理解するってことが
なかなか難しいっていう面があります。



もう一つのタイプとして
自分のことで精一杯な人っていうのも
相手の気持ちを考えるだけの
余裕がないってことがあります。
それは前回説明させていただきました。



そして今日は
人の気持ちを読みすぎてしまっている
人のタイプについて
説明させていただきたいなと思います。



まず人の気持ちがわからないって思ってるので
本当に人の気持ちがわからないのかって
いうことがあります。



それは人の気持ちがわからないっていう風に
注意されることが多くて
自分はダメな人間だ
なんて自分は人の気持ちを考えずに
あれこれ喋ってしまう人間だって風に
思い込まされてしまっているだけ
という場合もあるのかも
しれないってことです。



そういう人っていうのは
怒られてばっかりいるので
怒られないようにしようとか
嫌われないようにしようとか
バカにされないようにしようっていうことで
逆に空気を読みすぎてしまうって
いうことがあります。



それで空気を読みすぎて
自分の気持ちも言えずに
相手の気持ちを先読みしすぎて
相手を不快にさせてしまっているって
いう場合もあるのです。



また無理な要求にも応えようと
してしまっているって言う場合もあります。



相手の望みを全て叶えようとするってことは
なかなか難しいことでもあるんですけど
でもそれを頑張って
やってしまうとしてしまうのです。



そういうふうに良い社員だったりとか
良い奥さんを目指そうとするあまりに
良い人をやめられなくなってしまって
ついつい必要以上にやってしまう。



そして自分は迷惑をかけられないということで
自分の主張とか
自分の何かやってほしいこととか
嫌な事っていうのを言ってことが
なかなか難しいってことがあります。



そういう人は
自分に対しての欲求も高いとこにあるので
ほんの小さな相手の要望とか
欲求だったとしても
それができないでいる
というのを叶えられないでいると
途端に自分を責めてしまうって事があります。



普通の人だったら
何でもないようなことであったとしても
そういう小さな要求を
できないでいる自分っていうのを
すごくすごく責めてしまうことがあります。



そうなっていくと
相手の要求ってのは
どんどんと大きくなってくるして
それを無理してでも叶えようとするっていう
そういうサイクルに入ってしまいます。



そうやってどんどんどんどんと
エスカレートして
相手の欲求が上がっていき
それを無理して叶えようとしてしまってる
そういう悪循環に入ってしまうって
こともあります。



それは相手を優先させてしまっている
って言うことがあって
自分が自信をなくしてしまっている状態って
いうのは自分が分からなくなってしまって
相手に支配されてしまいやすく
なってしまう状態だということがあります。



自分が自信がないと
相手の要求を答えるだけっていう風になって
それだけでその自分の存在意義というのを
確認しようとしてしまうと事があります。



そういう人っていうのは
もしかしたら小さい頃から自己主張できずに
相手に合わせてばかりいっていうことを
やっていたのかもしれません。



そうやって自分を抑えるという癖を
ずっとずっと積み重ねていったっていうことも
あるのかもしれません。



そういうのも振り返っていくってことも
大切なことなのかなと思います。



そういう自己主張していかないと
どんどんどんどんと
誰かにコントロールされて
いってしまうってことがあります。



できることとできないことがあって
自分はこういうことはできないし
こういうことをしたくないって
言うことが大事で



そういうのを言わずに
なんでもかんでも相手の要望を
叶えようとしてしまうってすると
エスカレートしていくして
どんどんと自分を
見失ってしまうって事もあります。



そういう人ってのは本当に相手の気持ちが
わからないのではなくて
相手の気持ちがわからないと
思い込まされてしまっているだけ
なのかもしれません。



本当はできているのに
誰かに洗脳されて
自分は何でダメな人間だ
自分は何て相手の気持ちが理解できない
ダメな人間だって
思ってしまっている状態なのかもしれません。



本当はすごく人も倍以上に
相手の気持ちを
理解しようとしているはずなのに



相手の要望が大きすぎて
それが出来なくなった時に
相手から責められて



それを真に受けて
自分のは何でダメな人間だって
思い込まされてしまってるだけ
なのかもしれません。



本当に気持ちがわからない人っていうのは
相手の気持ちがわからないっていうことで
そんなことを考えもしないし
悩んだりもしないってことがあります。



気持ちがわからない人っていうのは
そんな悩むこともないってことも
覚えておいた方がいいでしょう
そういうのを解決していこうとするのは
まずは良い人をやめるって事が
大事になってきます。



怒られてもいいから
自分を出していくってことは
とっても大事なことです。



ということで解決策としては
良い人を目指していくよりも
自分の気持ちを優先させていくっていうことが
大事になってきます。



そうやって自分を出していくことによって
相手と対等な関係作りが
できていくってことがあります。



相手の気持ちを
読みすぎてしまってる人っていうのは
相手の気持ちを読もうとするのではなくて



自分の気持ちを優先させて
自分を主張していくっていうことが
大事になってくるっていうわけです。



というわけで
今日のまとめとして
相手の気持ちがわからないと
思っている人っていうのは
相手の気持ちがわからないのではなくて



一生懸命相手の気持ちを分かろうとして
やっているのに
自分はダメだと思ってしまっている。



そういう理想を高く持ちすぎてしまっているし
相手を優先させてしまって
洗脳されてしまっている
という場合もあります。



そうなってしまうと
どんどんどんどんと自分を見失ってしまいます。



そういう時は怒られてもいいから
自己主張していく
こんなことはできませんとか
こういうことするのは嫌ですっていう
そういうの言っていくってことは
とっても大事なことです。



そうやって言うことによって
相手との関係が対等になっていくって
ことがあります。



そうじゃないと
相手の要望をただ聞くだけの
都合の良い人だけに
なってしまう可能性があります。



ちょっとしたことでも来ないと
相手から責められて
なんて自分はダメな人間だって
思い込まされてしまうってことがあります。



そういうのは注意していかないと
いけないなと思います
そうやって自分に自信がない人っていうのは
相手の要望をすぐに
叶えようとしてしまうことがあります。



相手の気持ちを痛いほど
分かろうとしてしまうのに
自分なんて全然できてないんだって
思ってしまうことがあります。



自分はできてないんじゃなくて
できてないと思わされてしまってるだけ
ということがあるので



そういうのは
きちんと自分を主張して
できないことはできないっていう風に
やっていくことも大事ですし
良い人やめていくってことも
大事になってきます。



そういうことで
相手の気持ちがわからないのではなくて
分からないと思い込まされてしまってる
だけっていうのも
覚えておいてもいいのかなと思いました。



ありがとうございました。






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2022年10月03日2022:10月

人の気持ちがわからないと思っているあなたへ

今日は人の気持ちがわからないと
思っているあなたへ
ということについて
お話ししようと思います。



まず人の気持ちがわからないということで
三種類のタイプがあるのかなと思います。



一つは遺伝的な人で
先天的に人の気持ちを
少し理解することができないっていう
タイプの人がいます。



これはアスペルガー的な自閉症と呼ばれる
人の気持ちを理解するっていう
そういう能力が少し
人よりも少なかったり
する人っていうのがいます。



そういうタイプもいるし
自分のことで精一杯になってしまって
相手の気持ちを考える余裕がないっていう
そういうタイプの人もいます。



また相手の気持ちを読みすぎてしまってる
逆に読みすぎて
空回りしてしまっているっていう
そういうタイプの人もいます。



今日は遺伝的な人と
自分のことで精一杯な人のことについて
お話ししようと思います。



まず先天的に気持ちがわからない
人というのはアスペルガー的な人のことで
相手の気持ちを読もうと思っても
理解するってことが
もともと備わってないっていうこともあります。



そういうのは遺伝的なものなので
自分の力で治そうと思っても
難しい部分があります。



頭ではわかっていても
心がついていかないっていうことがあって
一生懸命相手の気持ちを考えると思っても
やはり共感するっていうことができなかったり
そういうこともあります。



そういう人達っていうのは
普通に接しているつもりだったとしても
相手の気持ちっていうのを
読むことができないので
空気を読めないっていうな行動を
いつの間にかとってしまいます。



そうすると普通にしていたとしても
周りの人に不愉快な思いをさせてしまったり
不快感を与えてしまったり
ていうことがあります。



そういうのは自分の特徴・性質なので
変える事っていうのはとっても難しいことです
でもそういうのを長所として
捉えていくことによって
活用していくっていう
そういうことも出来るのかなと思います。



そういう相手の気持ちを読むことが少し
苦手な人っていうのは
自分のその世界に
入ってやることができるので
こだわりが強く



職人肌とか研究者タイプとして
とことん自分に向き合う
研究と向き合う
その料理と向き合うっていうことがあります。



相手に左右されることなく
自分の世界に入っていくってことが
できるのです。



だからそういう人達っていうのは
良い成果が上げられるって事があります。



そういうので自分のその空気を読めないとか
相手の気持ちを読むことができない
というのも一つの長所として
取り入れていくことができたとしたら
自分の力を発揮するし
良いふうに作用していくことも
できるのかなと思います。



また自分のことで精一杯なタイプの人ですけど
こういう人っていうのは
心に余裕がない状態です。



自分を守るためで精一杯な時っていうのは
相手に関心を向く事っていうのは
なかなか難しいものです。



自分を守るだけで
エネルギーを使い果たしてしまって
相手に何かをしてあげようとか
相手がどんな気持ちになっているのかっていう
そういうエネルギーがなくなっている状態です。



そういうことがあると
我慢していないのかっていうのを
振り返っていくってことも
大事なのかなと思います。



何か表現したいことがあっても
誰にもわかってもらえないというのも
一つの我慢に入るのかなと思います。



そういう辛さってのいうのを我慢していくと
どんどんと心に余裕がなくなってしまいます。



自分の器があるように心にも器があります。
その器がどれくらい
余裕があるのかっていうのがあって
そういう人達ってのは
もういっぱいいっぱいに
埋まってしまっているっていう事があります。



それはいっぱいいっぱいなっている
ものっていうのを
少しでも減らしていくってことは
大事になってきます。



そうしないとわかってほしいとか
自分はこんな気持ちなのだっていうのを
表現したいって気持ちが
いっぱいいっぱいになってしまっている
そういう時ってのは
相手の気持ちをわかろうとするってことは
難しいです。



そういう時に
相手をいつまにか
傷つけてしまうってことが多いのです。



自分のことをわかってほしい
て思うがあまり
なぜわかってくれないんだ
私はこんなに一生懸命してるのに
ということで
相手に強く当たってしまうって
こともあるのです。



相手がどれぐらい傷ついてるのかっていうのも
なかなか理解するってこともできないのです。



自分のわかってほしいっていうことで
精一杯ってことがあります。



そういう時というのは
誰かに理解してもらう
誰かに分かってもらうという事だけでも
心に余裕が生まれます。



そうすると相手に関心を
向く事っていうのも
できるようになってくるってのがあります。



そうやって心の器に余裕を持たせていくと
相手を受け入れるだけのその器
余裕があるので少しぐらい
相手の負担があったとしても
余裕があるから受け入れるし
腹も立たないし
きちんと対処できるって事があります。



そうやって優しくなっていけるって事があります。
これは心の器の余裕がないと
そういうふうに
優しくなれないっていうのがあります。



というわけで
今日のまとめとして
相手の気持ちを
理解することができないっていうのは
三種類のタイプがあって



遺伝的に先天的な
相手の気持ちを理解することが
できないっていう人もいるし



自分のことで精一杯で
相手の気持ちを理解する余裕が
ないって人もいます。



またここでは説明しませんでしたけど
空気を読みすぎてしまって
空回りしてしまっているっていう
そういう人もいます。



遺伝的な相手の気持ちを
読むことができないっていう
そういう人は
自分の能力を変える事っていうのは
なかなか難しいので



自分の特徴を生かしてくってことは
とっても大事なことです。



相手の気持ちを読むことができないからこそ
自分の世界に入って
良い成果を上げられるってことかあります。



また自分の心余裕がなくて
精一杯の人っていうのは
心の器がいっぱいいっぱいに
なってしまっている状態が多いです。



そういう時は
相手に関心を持つことってのは
できないです。



そういうのは我慢しているから
心の器がいっぱいいっぱいなってるので
我慢をなるべくしないようにして



その今の自分の状況を
誰かに聞いてもらったり
分かってもらうという
そういうことしながら



心の器がいっぱいいっぱいなってるのを
少しずつ減らしていけたら
いいのかなと思います。



そうすることによって
人に優しくなれるし
相手の気持ちを理解するだけの
心の余裕が生まれてきます。



そんな感じで
相手の気持ちがわからない
と思っている人には
いろんなタイプがあって
その時その時で
また違った対処をしなければいけないって
ことがあります。



そういうのをしっかり覚えてくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



ありがとうございました。





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2022年09月19日2022:9月

僕たちはみんな狂った存在である

今日は僕たちはみんな狂った存在である
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは人間である以上
皆が不完全で完全な存在ではないし
完全な人などいないっていうのがあります。



神様ではないので
みんな何かしら欠点を持っていてて
何かしらその自分でできないことが
あったりとか
そういうものがあって
完璧な人っていうのは
この世に存在しないってのがあります。



でも普通の人と言うな感じで
一括りにしてしまうと
できて当たり前っていうことがあって



何か欠点とか間違いとか
失敗とかっていうことがあると
それは許せないっていう風に
なってしまうこともあるのかなと思います。



その許せないっていうのがあると
欠点を直させようって
誰かに強制させようとしたりとか
相手を責めてしまってて
何か注意をしなければいけないとか



こんなことをしてしまってる相手を
何かとっ捕まえてやらなければいけないって
風に思ってしまうってことも
あるのかなと思います。



自分が何かしでかした時は
自己嫌悪に陥って
自分をずっと責めて
なんて自分はダメなんだって風に
思ってしまうってこともあるかもしれません。



でも普通の人なんていないんだ
みんなどこか欠けているし
みんな狂ってる
狂ってる部分があるって風に
思うことができるようなると
少し見方も変わってくるのかなと思います。



自分も狂ってるし相手も狂ってる
そうすると世界を見る目っていうのが
また少し違ってくるのかなと思います。



僕たちは狂ってるもの同士であるからこそ
完璧なことなんてできないし
その完璧を求めるって事も
無理なことだし
だからお互いに許し合うことができるし
助け合うってことも出来るのかなと思います。



そうやって欠けているものを
どうやって埋めるか
どうやって補っていくのか
誰かを助けていくのかっていうことで
一人一人が成長してるって事も
あるのかなと思います。



もし何か人間関係でトラブルがあったりとか
自分を責めてしまってるとか
そういうのがあったとしたら



もしかしたら
それは基準が高いっていうことが
あるのかなと思います。



そういう基準を低くする
普通であるということを
普通じゃないんだ



僕たちはみんな欠点があって
みんなどこか狂ってるところが
あるんだっていう風に
思うことができたとしたら
少し楽にいられることが
できるのかなと思います。



狂ってるって言う言葉っていうのは
あまりいい言葉ではないかもしません。



でもそういう
極端に考えるってことをすることによって
楽に生きられるって事が
あるのかなと思います。



普通でいようとすると
苦しくなってしまうけど
僕たちはみんな狂った存在だ



みんなどこか欠点があるし
完璧な人なんていないんだって
思うことができたとしたら
自分を責めることもないし
相手を責めるってことも
少なくなるのかなと思います。



今日のまとめとして
僕たちは神様ではないし
完璧な存在ではないというのがあります。



誰でも欠点があるし
短所もあるし
できないこともたくさんあります。



そういうので
みんな僕たちはどこか一部分は狂っている。
ということがあるのかなと思います。



そういう狂ってるっていう風な言葉を
使うことによって
普通でならなければいけない
というところから



普通でなくてもいいんだ
僕たちはどこか何かおかしいんだって
思うことができて
基準というのを下げれるって事が
あるのかなと思います。



そうやって狂った存在である人たちが集まって
許し合うってこともできるし
助け合うこともできるし
楽に生きられるのかなと思います。



決して普通な人ってないないし
僕たちはみんな欠点を持ってる
狂った存在であるっていう風に
思うことができたとしたら
また世界を見る目ってのは
変わってくるのかなと思います。



僕たちはみんな狂った存在だ
ということについて
今日はお話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年09月12日2022:9月

どうして悪いことをするのか?それは無知だから

今日はどうして人は悪いことをするのか?
それは無知だから
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは被害者の気持ちっていうのは
なかなかわからないってことがあります。



被害者と加害者では
気持ちの差に
すごい大きな差があるからです。



僕たちは相手の立場に立って
物事を考えるって事がとっても難しくて
なかなか相手の立場になって
想像する事っていうのはできません。



それは自分が
一番可愛いからっていうことがあります。



自分のことだけで精一杯なのに
相手の気持ちを考えて
汲み取るとするっていうのは
とても難しいことなのです。


だからそのゴミを捨てるにしても
ゴミを捨てる方と
拾う方とでは大きな差があります。



またいじめる方といじめられる方にしても
大きな気持ちの差があって
騙す方と騙される方では
すごく大きな気持ちの差があります。



その大きな気持ちの差として
悪い事やってるって言うのは
本当に軽い気持ちで
やってるって事がほとんどです。



とてもとても自分が重大犯罪を起こしてるとか
すごい悪いことしてるって言う
そういうので思ってやっている人って
少ないのかなと思います。



悪いことを思えないって言うので
平気でそういうことを
やってしまうってことがあります。



もし被害者であることを経験したとしたら
すごい憤って
こんなことを許すものかっていう風な感じで
色んな感情が出てくるでしょう。



そういうことを経験したら
悪い事なんて出来るはずもないです。



そういうことで
僕たちは普通に生活していたとしても
よくよく考えていかないと
いつの間にか人に迷惑をかけたりとか
いつのまにか人に悪事を働いてるとか
そういうことに
なってしまうことがあるのかなと思います。



自分では普通にしていたとしても
相手からしたらすごい迷惑で
嫌がらせがあったりとか
そういうものがあるのかなと思います。



だからその僕たちは相手の気持ちに
立つってことはとっても大事で
そしていかないといつの間にか
悪いことしてしまうってことが
あるのかなと思います。



また自分が相手のために良かれと思って
やったことだったとしても
やり方が悪いとすごい迷惑になって
相手に対して
悪事に写ってしまうってことがあります。



良いことをするってことは
相手や状況によっていろんなパターンがあって
ひとつにまとめる事ってのはできないので
とっても高度なことでもあります。



すごい知識が必要に
なってくるのかなと思います。



子供っていうのは
なぜ悪いことをしてしまうのかっていうと
それは悪いって事を
それは知らないからっていうことがあります。



そういうので僕たちは学んでいかないと
いつまにか自己流になってしまって
それが良い方向に行くのだったら
良いのかもしれませんけど
大抵は変な方向・間違った方向に
行ってしまうってことが多いです。



例えば子育てにしても
自分なりの方針で行ったとしても
それは大抵が親から習った方法
というのを真似してしまう
真似するしかなくなってしまうって
ことがあります。



他の方法が知らないってのがあります。



それではいつのまにか
自分なりの方向で一生懸命やっていることが
子供に対しては
傷をつけてしまうってことになりかねません。



そう言うのは本当に多いです。



パターンとして
一生懸命やるばやるほど
子供が傷ついたり
子供の気持ちを無視したことをやって
しまったりってことが多いのです。



そういうのでうまくいくやり方
子育てしても何でも
うまくいくやり方っていうのが
今は研究されています。



そういうのを知るってことは
とっても大事なことでもあります。



そうじゃないと
間違い犯してしまうってことがあります。



その間違いというのは
みんな同じような間違いをしています。



そういうのを試行錯誤しながら
それを解決していってるって事があるので
同じ間違いをしている人がたくさんいるので
解決方法もたくさん見出されているって
事があります。



そういうのに触れるって言うことは
自分一人の考え方ではなくて
学ぶことで先人のいろんな知識とか
知恵っていうのが
簡単に得られるとことがあります。



特に今は昔と違って
ネットの発達で
簡単に知識を得られるとことがあります。



youtubeなどでも
いろんな人がいろんなやり方で
良い方法を言っていることがあります。



そういうのを簡単に学べる場所があって
ちょっとした時間があれば
学ぶことって容易にできます。



昔は本屋に行って
わざわざ本買ったりとかして
すごい手間はかかったことがあったとしても
今は自宅にながら
簡単に無料で学べることができます。



そういうのを活用していく
ネットとかを活用していくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



自己流の世界からいろんなことを学んで
先人の知恵っていうことを
取り入れていくことによって
間違いを減らしてくってことがあります。



そういう間違いを減れば減るほど
いつまにか良いことしてるつもりが
相手を傷つけるって事が
少なくなってくるのかなと思います。



せっかく気持ちは良いことしよう
と思っているのに
方法が間違ってると
相手に傷をつけてしまうっていう
残念な結果になってしまいかねません。



だから知識をつけるって事は
とっても大事なことです。



今日のまとめとして
まず僕達っていうは
被害者と加害者って言うのでは
大きな気持ちの差があって



加害者である時っていうのは
被害者の気持ちというのは
なかなか理解することはできません。



だから軽い気持ちで何か悪いと思って
何かやってしまうとことは
あるのかなと思います。



簡単な気持ちで
悪いことしてしまうってことがあるので
それは気をつけていかないと
いけないなと思います。



また良いことをしようとしても
それは方法とかいろんなパターンがあって
とっても難しいことで
大体自己流っていうのがあるので
自己流はだいたい失敗するとことがあります。



だから良い方法を学んでいくってことが大切で
同じ失敗を皆してるので
その失敗は研究され続けて
どうやったら解決するかっていうのは
もう見出されています。



そういうので学んでいくってことで
自己流の世界から
先人の知恵を学ぶことによって
間違いを減らしていく
いけるって事があります。



そんな感じで僕たちは
なぜ悪いことしてしまうのかっていうと
それは無知だから
いろんな方法知らないからってことがあります。



被害者である気持ちがわからなかったり
良いやり方っていうのがわからなくて
いつのまにか相手を傷つけてしまったり
とかっていうそういうのがあります。



だから学んでいく
良い方法を学んでいくし
相手の気持ちを実際に理解して
いこうっていうことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日はなぜ人が悪いことしてしまうのか?
それは無知だから
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。










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2022年09月06日2022:9月

恥をかきたくないが対人恐怖をつくる

今日は恥をかきたくないが
対人恐怖を作るということについて
お話ししようと思います。



恥っていうのは
自分の欠点とか
何か変な行動してるのでは
ないのかっていうことで



そういうのを笑われたり
からかわれたり
人に不快な思いをさせたりっていう
そういう風なものがあったとしたら
恥をかいたと思って
視線がすごく気になってしまうっていう
そういうものなのかなと思います。



それで日本っていうのは
恥の文化だと言われています
所属集団というのが大事で



個人個人の思いよりも
集団を重んじるということなので
その集団に対して



何か迷惑をかけていないかとか
不快な感情を
相手にさせていないのかっていうのを
すごく気にしてしまうってことがあります。



そういうことで
名声とか立場っていうの
無くてしまうのじゃないのかって
いう風に思ってしまうことがあります。



世間体っていうのも強く意識するっていうのは
そういうところから
来ているのかなと思います。



でも恥があるからこそ
僕たちはきちんとできるのかなと思います。



きちんとした身なりで外に出ようとしたり
礼儀正しいものの言い方とか
姿勢とか行動をとるようにしたりとか
あと道徳心が高いっていうのもあるでしょう。



恥ということで
そういう風な良い面もあると思います。



でも恥が大きくなってしまうと
自分の身なりとか言動っていうのが
相手に不快感を
与えてしまうんじゃないかっていうのを
すごく気にしてしまうってことがあります。



そうなると人の目線っていうのが
すごく怖くなって
どこにも出かけられなくなったり
閉じこもってしまったり
とかっていう風になりかねません。



そういうので
対人恐怖になってしまうってことも
あるかもしれません。



そういうのがひどくなってしまうと
いろんな恐怖症ってのが出てきてしまいます。



そういうものの代表として
醜形障害として自分の身なりとか
何か欠点・コンプレックスなどが
相手に不快感を与えてしまってるんじゃないか
ということがあります。



僕もこれはすごくあります
顔のニキビ跡があって
それがずっと気になってました。



こういう自分の醜い顔を見て
誰かに不快感を与えてしまうんじゃないかって
いうことがあると
それが恐怖症となって
ちょっと行動に制限を
かけてしまうことがあります。



また赤面症として人の前に出てしまうと
顔が赤くなって
恥をかいてしまうのではないかって
いう風なことがあります。



またそういうので視線恐怖ということで
常に誰かに見られてるのではないかとか
何か視線を感じてしまう。



そういうので
常になんか恐怖を感じなければ
いけなくなってしまうってことがあって
いろんな恐怖症ってなできてしまいます。



そういう恐怖症を克服するための
一つの方法として
欠点というのを隠そうとするのではなくて
信頼できる大切な人にさらけ出してみる
というのも良い方法なのかなと思います。



僕たちは恥をかきたくないと思うと
それを隠そうとか
何とかして誤魔化そうとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



僕もその顔のニキビの跡を隠せないんだけど
何とかその話題に触れさせないで
おこうって言うなことを
一生懸命している時がありました。



でもそういう時ってのは
さらにひどくなって
その恥をかいてしまうのではないのかとか
対人恐怖っていうのが
ひどくなってしまいました。



でも思い切って
自分の大切なパートナーに
話をすることができたとしたら
それで少し和らいだっていうのがあります。



そういうのでさらけ出してみるって言うのは
とっても大事な方法なのかなと思います。



でも誰かに打ち明けるっていうことは
とっても勇気がいることです。



何かまた怖い目にあうのではないか
という風な恐怖を感じてしまうからです。



だからそのさらけ出すってことは
すごく勇気がいることで
思い切りってのが必要なのかなと思います。



もういいわって思って
さらけ出すということができたとしたら
大きく前進していけるかなと思います。



また一番怖いことというのを
考えていく必要があるのかなと思います。



恥をかいてはダメとか
嫌われてはダメとか
見捨てられてはダメっていう風に
一番怖いことがあったとしたら
そういうのを少し受け入れてみるっていうのも
良い方法なのかなと思います。



恥をかいたとしてもOKとか
嫌われてしまったとしても
もうしょうがないかって言うので
OKを出すとか



見捨てられたとしても
まあまあそれもしょうがないかって言って
OKを出す



そうやって恥をかいらダメから
恥をかいても良いに変わるだけで
少し心が和らぐってことがあります。



嫌われてはダメから
嫌われても良いって思うことだけでも
少し和らぎます。



また他人は何とも
思ってないってこともあります。



他人も自分のことが一番で
自分にしか興味がないってことがあります。
だから僕たちのことを誰も見ていません。



他人も自分のことが
周囲からどう見られてるかっていうことで
気にしてしまってて
人のことを見る余裕なんてのはないのです。



そうやって気にしているのは
自分だけであって
他の人っていうのは
そんな気にしていないとことがあります。



またそういう恐怖症っていうのは
一進一退を繰り返して
一歩進んでは
また下がってっていう風になって
すぐには良くならないっていうのがあります。



ゆっくりゆっくりと
自分自身を受け入れていくことが
大事なのかなと思います。



自分のその欠点とか
その自分の容姿とか行動とか
そういうのを受け入れていく
少しずつ受け入れていくことによって
恥から解放されていくのかなと思います。



自分の体っていうのを変えることってのは
とっても難しいことです。



だったらそういう醜い自分でも
そういう自分でもOKを出す
ということができたとしたら
少し楽になりますし
そういう自分でも許してくってことも
とっても大事なことです。



僕もそういうニキビ跡である
自分って言うのOKを出すし
そういう自分であっても
許してくってことを
実践してる最中です。



まだまだ自分の中で
恥をかいてしまうっていう感情はありますけど
でも昔と比べて
だいぶ良くなったってのがあります。



そういうことで隠すのではなくて
さらけ出していくっていうことも必要ですし
一番怖いことに対して
そうなってもしょうがないって
受けれていくってことも
とっても大切なことなのかなと思いました。



今日のまとめとして
自分の行動とか欠点とか
そういうものがあると
誰かに不快な思いをさせてしまってるんじゃ
ないかっていうことで
恥をかきたくないっていう思いを
強くしてしまう時があります。



そうなると人の目線っていうのが
すごく怖くなって対人恐怖に
つながってしまうこともあるでしょう。



そういう時っていうのは隠すのではなくて
大切な人にさらけ出してみることは
とっても大事なことです。



そして一番強いことに対して
そういうのを受け入れていく
嫌われることを恐れずに
嫌われても良いって思えることが
できたとしたら
それは少し心が和らぎます。



またそういう自分の醜さっていうのを
OKを出していく
そういうの許していくってことも
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は恥というのが
対人恐怖を生むということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2022年08月29日2022:8月

言い争いになった時は!?

今日は言い争いになった時は
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは二人以上になると
意見というのが
食い違ったりしてしまう時が
あるのかなと思います。



同じ考えである時は問題はないと思いますけど
でも違う考えとか
違う価値観になった時ってのが
どうするかっていうのが
問題になってくるのかなと思います。



お互いの意見が違ったときに
どちらも譲れないという状態に
なってしまったとしたら
争うことになってしまうでしょう。



特に夫婦間とか親子関係とか
そういう親しい関係の時だと
どうしても譲れないっていう時が
あるかもしれません。



会社で上司や部下の関係とか
学校で先生や生徒の関係だと
意見が違ったとしても
先生に従ったり
上司に従ったいっていう風に譲る
自分が譲らなければいけないって
風になってしまうと思うんですけど



親しい関係の中では
そういうこともできない時が
多いのかなと思います。



それでどちらも譲れない
という感じになってしまうと
自分の考えを押し通すということで
一生懸命になりすぎて



いかに自分が正しいか
というのを証明しようとするし
いかに相手が間違ってるかっていうのを
どうにかして証明しようと
し続けることが多いのかなと思います。



それがどんどんとエスカレートして
頭にきてしまっている
感情的になってしまってる時っていうのは
心にも余裕がないので
すごい意地を張って
余計に自分の考えに執着してしまう
って事があるのかなと思います。



そうなると
もうそれは良い悪いっていうよりも
勝ち負けの世界
自分が勝つか相手が勝つかっていう
そういう世界に入ってしまうことが多いです。



そうなると自分も負けたくないって思うので
余計に自分の考えを
自分の考えの正しさを証明しようとし
続けてしまうってことが
あるのかなと思います。



そういうことで
思ってもないようなことを言って
相手を傷つけてしまうことがあります。



そうなると関係も悪化してくるでしょう
そういう感情的に
なってしまってる時というのは
もうどんなことを言っても
自分の言ってることっていうの正しさを
証明しようとし続けてしまうだけなので
そういう時は距離を取ったり
時間を置くってことは
とっても大事なことです。



そうやって頭を冷やすっていうことを
していかないと
感情的になってしまってる時っていうのは
相手を傷つけてしまうだけに
なってしまうことが多いです。



冷静になってくると
心にも余裕が生まれるので
少し自分の言ったことを
反省できることが
できるようになると思いますし
そうなると相手を認めるって事も
出来るようになるのかなと思います。



誰でも自分が間違ってるって
言うのを認めるっていうのは
とっても難しいことです。



負けるということに繋がってしまって
そうやってなってしまうと
自分の考えを変えれないっていう風に
なってしまいます。



でも思い切って負けを認める
自分が正しくない
間違ってるって事を認めることが
できたとしたら
心が自由になれるって事があります。



負けたくないとか
自分は正しいんだって思ってる時っていうのは
心もガチガチになって
相手を受け入れる余裕がないですけど



思い切って負けを認めるとか
自分の間違いを認めるって事ができたとしたら
やっと良い話し合いっていうことが
できるようになるのかなと思います。



そういう心の柔軟さっていうのを
つくるためにも
負けを認めるっていうことを
受け入れていくことはとても大事なことです。



そして感情的になってしまった時っていうのは
相手の心ない言葉で傷ついたってことが
あるかもしれません。



でもそれっていうのは
本心で言ったことではない
というのがあります。



だからなるべく気にしないで
受け流すということが
必要なのかなと思います。



感情的になってしまうと
どんどんどんどんとエスカレートしてしまって
ホントに心ない言葉を
言ってしまうことがあります。



でもそれは決して
本心ではないってことがあります。



また相手を傷つけたくないとか
ケンカしたくないっていうことで
我慢するっていう人もいるかもしれません。



でもそれでは自分の伝えたいこと
自分の要望が相手に伝わらないので
問題っていうのは解決していきません。



ということで
たまには本音を言うってことは
とっても大事なことです
今まで我慢してきたことを言うとすると
もしかしたらケンカになるかもしれません。



相手に対して不都合なこととか
嫌なことを言わなければ
いけなくなってしまうかもしません。



それで怒らすこともあるでしょう
でも自分のことを言うことによって
お互いがお互いの本心を知れて
それが解決した時に
より深いつながりっていうのは
できるのかなと思います。



それは我慢してきたものよりも
より自分のことを伝えることができるし
相手のことをわかることもできる
そうやって深いつながりというのはできます
我慢することが解決ではないと思います。



今日のまとめとして
2人以上なった時っていうのは
どうしても意見が食い違うってことがあります。



そうやって言い争いに
なってしまった時っていうのは
エスカレートしていくと
ドンドンと感情的になってしまいます。



そうなると良い悪いではなくて
勝ち負けの世界に入ってしまいます。



そういう時ってのは時間を置いたり
距離を置いたりして
冷静なるって事が大事です。



感情的になってる時っていうのは
何を話してしても
解決には向かっていかないでしょう。



自分の負けを認める
自分の間違いを認めるって事も
とっても大事なことです。



そうやってやっていって
もし傷ついてしまったことがあるとしたら
それは本心ではない
エスカレートしていって
言い過ぎてしまっただけであるって事を
心に留めておくって事も大事です。



また争いをしたくないって思って
我慢するっていうことも
するかもしれませんけど
それでは解決はならないのです。



自分の言いたい事も言うし
相手の言いたいことも聞くっていう
そういうことを通して
争いになるかもしれませんけど
そこで争いになった後に解決するとしたら
より深いつながりってのはできるかもしません。



だから勇気を持って本音を言ってことは
とても大事なことです。



今日は言い争いになってしまったら
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年08月22日2022:8月

こだわりを捨てると楽に生きられる

今日はこだわりを捨てると
楽に生きられるということについて
お話ししようと思います。



こだわりっていうのは
自分の考えをすごい強い思い入れがあって
なかなか譲れない
自分の考えに執着
囚われてしまっているっていう状態です。



その執着でよくあるのが
自分の常識・ルールっていうのがあって
これを守らないといけないっていうのが
厳しい人です。



何々でないといけないっていうのがあって
そういうので頭がカチカチに
なってしまっているっていう
そういう状態なのかなと思います。



確かにこだわりがあると
良いものが作れるっていうのがあります。



たとえばラーメン屋にしても
美味しいラーメンを作れる所っていうのは
頑固おやじて絶対に譲れない。



俺はこうするんだっていうのが
強い人というのは
とことんまで内容にこだわって
すごく美味しいラーメンを作る
ってことができると思います。



そういう妥協がない物っていうのは
全てにこだわりがあって
材料とかそういうものにも
とことんこだわることができる。



でもそういう人と一緒にいるって言うのは
とっても辛いことなのかなと思います。



従業員とか家族とかそういう人ってのは
その頑固おやじに
振り回されてしまうってことがあります。



妥協がないのは良いことですけど
でもその周りの人っていうのは
ついていけずに
やっぱり嫌な思いとか
辛い思いしてしまったことが
多いのかなと思います。



そういうこだわりが強い人と一緒にいると
考え方が変えないので
周りが合わせるしかなくなってしまうって
いうことがあって
前の人はすごいストレスを溜めてしまう
って事があります。



そういう自分と違う考えを
受け入れない人っていうのは
大体が白黒思考で良いか悪いかという
その判断しかしていないってことが多いです。



自分の常識の中だったらOKだけど
自分の中で常識ではないもの
非常識なものはダメということで
それを黒



自分の常識の範囲だったら白でOKだけど
自分の非常識だったら
黒でバツっていう風に
白黒思考に陥ってしまうことが多いのです。



こだわりを捨てるって事は
違う意見を取り入れるというので
自分が今までやってはいけないと思ってた
非常識である黒の世界でも
認める事っていうことが
大事になってきます。



でもその非常識を認めるっていうのは
とっても難しいことで
今までやっては駄目だって思っていたものに
OKをするっていうこと
これはすごい怖いことでもあります。



なぜかと言うと
そういうダメなことをしてしまうと
痛い目にあう
あってしまうのではないとかっていう風に
思ってしまうところがあるからです。



それは過去に痛い思いに
あってきたってことがあります。



もしかしたら
ゲームとか勉強したくてだらけてしまって
それをお母さんにすごい怒られた
といういうことがあったとしてます。



もう絶対にこんなことをしないって
強く誓うとしたら
ゲームをすることはバツで
勉強する事がマル
自分の中の常識っていうふうに
思ってしまうことがあります。



そうなると、だらけたりゲームをする事を
許せなくなって
自分もゲームをしてはいけないし
相手もゲームをしていたり
だらけたりしているのが
許せなくなってしまうってことがあります。



そういう感じで
自分の中の常識っていうのが
作られてしまうってことがあって
それは過去のトラウマっていうのが
大きくなってしまっています。



その自分の常識にこだわってしまうって
いうのはトラウマがあるからであって
そのトラウマに気づくってことは
その常識を打ち壊すために
役に立つってことがあるのかなと思います。



なぜ自分がそういう常識に
落ちいただければいけなかったのか
どういうものが〇で
どういうものがバツかっていうのを
気づいていく



それはトラウマがあるから
そういう風になってしまってるって
いう事があると
少し非常識なものでも
受け入れやすくなるのかなと思います。



今までゲームしたら
怒られたっていうことがあって
でも大人になって
それを怒られるとことがないのに



ずっと怯えてゲームをしたらダメだ
だらけたらダメだって
思ってしまってるとしたら



大人になって誰も責めないのだから
少しぐらいゲームをしても良い
だらけてもいいっていう、そういう黒を
受け入れやすくなるのかなと思います。



そういう白だけじゃなくて
黒もOKを出せるようになると
どんな考えでも認める事っていうのが
できるようになってくるのかなと思います。



となると前の人が楽になってくる
一緒にいて責められないし
否定もされないので
楽に生きていけるのかなと思います。



苦しんでるって言う時ってのは
もしかしたら自分のこだわりが強すぎて
自分の中の常識の世界
白だけの世界にしか認めることができなくて



非常識の世界では
黒の世界っていうのを
否定してしまっている時が
あるのかなと思います。



そういう時ってのは
少し非常識な世界とか
自分の中で駄目だと思っていた事っていうの
認めていくっていうことができたとしたら
苦しみも減っていくのかなと思います。



相手を変えることっていうのは
とっても難しいことなのかなと思います。



でも自分のことを
自分の考えを変える事っていうのは
比較的まだやりやすいって事があって
相手を変えるよりも
自分の考えを変えていく方が
まだやりやすいので
そっちの方にフォーカスして
やっていくってことは大事なことです。



今日のまとめとして
こだわりっていうのは
自分の考えに強い思い入れを持っていて
なかなかその思い入れを
譲ることができないっていうことです。



そういう自分の考えを
変えることができないとしたら
周りが合わせなければいけなくなって
周りがストレスを
ためてしまうってことがあります。



そういう風に自分が変わらなければ
誰かが我慢することになってしまうことです。



こだわりを捨てるって事は
自分とは違う意見を取り入れるっていうことで
今までやってはいけないと思っていたこと
非常識でも認めていくっていうことが
大事になってくるのかなと思います。



そういう自分の中のこだわりっていうのは
大体がトラウマが関係してるって
いう事があります。



昔こういうことをして怒られたとしたら
もう二度とこんな事はしていけない
してはいけないって思って
それが自分の中の常識として
強く残ってしまうってことがあります。



そういう自分の中のトラウマに気づく
というだけでも、こだわりというのは
減ってくるのかなと思います。



そうやってこだわりが減ると
少し自分の中の非常識とか
駄目だと思っていることを
受け入れやすくなるのかなと思います。



そうやって自分の中の常識だけでなく
自分の中の非常識
今でやってはいけないと思ってたことや
駄目だと思っていたことでも
OKを出せるようになってくると
どんな考えても
認めることができるようになります。



そうなると周りの人も楽に生きていけますし
自分も周りの人と衝突がないので
楽に過ごすことができるって
言うことがあります。



今日はこだわりを捨てるって事は
自分の中の非常識
やってはいけないと思ってることを
認めていくっていうこと
そういうことを説明させていただきました。



こだわりは捨てていけばいくほど
楽に生きていけるので
なるべくこだわりを捨てていけたら
いいのかなと思います。



ありがとうございました。




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2022年08月08日2022:8月

一歩先を想像する力で人生の豊かさが決まる

今日は一歩先を想像する力で
人生の豊かさが決まるということについて
お話ししようと思います。



人生を豊かにしようと思ったら
やっぱり何かしら行動する必要はあります。



寝ていて豊かになるって事はないからです。



でも行動していくってのは
誰もが面倒に思うことでしょう。



嫌なことはしたくないし
面倒なことはなるべく避けたい
という風な心は出てきます。



でもそれではいつまでたっても
人生を豊かにするってことはできないのです。



その行動する原動力
嫌なことでもやりたいって思える
原動力っていうのは
どれくらいワクワクを感じられるかっていうことが
挙げられるのかなと思います。



ワクワクが大きければ大きいほど
行動できる力っていうのが
増えてくるのかなと思います。



嫌なことでもその先に何か
ワクワクするようなことが待っていると
嫌なことであったとしても
それをやろうと思えるのかなと思います。



そしてそのワクワクを感じるためには
この嫌な行動をとると
どんな結末が待っているのかっていうのを
どれくらい想像できるのかっていうのが
大きな鍵になってくるのかなと思います。



嫌な行動であったとしても
それを積み重ねていった結果
どんな成果が待っているのか
どんな良いことが待ってるのか



そういうの想像できる力っていうのが
ワクワクを感じられるためには
必要になってくるのでしょう。



そして成功する人っていうのは
そういう未来を想像する力が
強いって風に言われています。



未来を想像する力が強いので
今は苦しいかもしれないし、嫌なことでも
やらなければいけないかもしれませんけど



でもそれっていうのは未来への投資で
必ずその嫌な事とか面倒なことっていうのは
報われるのだっていうのが
想像できているわけです。



例えば嫌なことについて
勉強ってのが挙げられると思います。



でも成功する人っていうのは
その勉強がもたらすもの
この勉強をすることによって
忍耐力や資産が増えるための知識が付いたり



そしてそれが自分の出世だったり
お金持ちになったりっていう風に
そういうとこに繋がっていくので



そういう未来を感じてワクワクしていくと
嫌な勉強であったとしても
それが耐えられるのです。



そんな感じで未来の成功している姿っていうのを
ありありと想像することができるので
今の誘惑に負けないってことがあるのです。



だから今嫌なことであったとしても
面倒なことであったとしても
強い原動力となって
そういう嫌なことをしていこうって
思えるようになるのです。



逆に自分の先を想像できていないと
今とっている行動が
どんな結果につながっているのかっていうのが
想像することができません。



想像することができないので
未来に対しての行動っていうのも
する事っていうのは難しいのかなって思います。



嫌なこととか面倒なことは避けて
今さえ良ければいいっていう風に
なってしまうからです。



未来で自分がどんな風になっていたいのか
どんな成功を収めていきたいのか
っていうのが想像できないから
未来に対しての行動ができないのです。



特に犯罪をする人っていうのは
そういう先を想像する力が
弱いって風に言われています。



例えばお金が欲しいてします。



普通の人だったらお金は貯金するなり働くなり
ちょっと嫌なことであったとしても
それをしてお金を稼ごうとするかもしれません。



でも想像する力が弱い人っていうのは
安易に人を騙して楽にお金を
稼ごうとしてしまうかもしれません。



それは騙すと未来にどんな結果が
待っているのかっていうのが
想像することができないからです。



未来では騙して
もしかしたら警察に捕まるかもしれません。



警察に捕まってしまうと
次に働く場所がなくなるかもしれません。
結婚だって難しくなってくるかもしれません。



そんな風な先を想像する力があるからこそ
犯罪を止める抑止力にもなっているはずです。



でも先を見通す力がない人っていうのは
そういう先の未来を考えることができないので
安易に楽な方に傾いてしまうってことがあるのです。



今さえ良ければいいというのは
ある程度は大事なことでしょう。



未来に対しての行動ばっかり取っていると
今が全然楽しめないってことがあるからです。



でもお金とか健康とか人間関係っていうのは
今だけ良ければいいっていう風な
考えばっかりしていくと
お金にしても
今だけ良ければいいって言って使いすぎると
未来に対して困るかもしれません。



人間関係であっても
今さえよければいいと思って
他人に対して横柄な態度をとると
やっぱり未来に困ってくるでしょう。



そんな感じで今だけ良ければいいって
そういうのが強すぎると
将来に対して困ったことになってしまいます。



豊かさっていうのは
どれくらい未来を想像できるのかっていう力が
大きな鍵になってきています。



それがないと先ほど言ったように
今さえ良ければいいていう風になって
豊かさとは縁遠い行動を
とってしまいがちだからです。



でもこの未来を想像する力っていうのは
個人差が大きくあります。



先天的にそういうのが
大きい人と小さい人っていうのもいますし
どんな環境に育ったのかによっても
未来を想像する力ってのは
変わってくるっていうのがあります。



そしてそういうのが少ない人は
意識して未来を想像していくってことは
大事になってきます。



このように未来志向として
今のこの行動をとることによって
どんな結果が待っているのか
そういうのをどれくらい想像できるのか
っていうことで



面倒なことであったとしても
行動してみようかなって
思える気持ちになるって言う事です。



嫌な事、面倒な事をすることによって
大きな成果が得られるって事があるからです。



それは未来をどれぐらい想像するのか
成功してる姿を想像して
ワクワクすることができて



そのワクワクが強ければ強いほど
嫌な行動であったとしても
やってみようかなって思うように
なるっていう事があるのです。



今日は未来に対して想像する力で
得られる結果が変わるということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。










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2022年08月01日2022:8月

脳の疲労と体の疲労は違う

今日は脳の疲労と体の疲労は違う
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは疲れと言うので
一括りにしてしまっているところが
あるかもしれませんけど



その疲れにも
体で体力的に疲れている部分と
脳で考えすぎたり
心配し過ぎたり
そういうもので
疲れているっていう場合があるのです。



体の疲れは睡眠によって
ある程度回復することはできます。



でも脳の疲労っていうのは
寝ても回復しないってことがあります。



それになかなか寝付けない
っていうことがあって
起きてもボーっとしていたり
睡眠が浅かったりするっていうこともあります。



その脳の疲れにおいても
二つの脳の疲れというのがあります。



一つは心配事や何か考え事や
そういう気疲れをしてしまってるという
脳の疲れがあります。



もう一つは同時並行に作業してしまって
あれもこれも
なんでもしなければいけなくなって
脳が追いついていないっていう状態に
なっている状態です。



そういうのも脳を酷使してしまって
疲れてしまってる時があるのです
まず気疲れとして心配事っていうのは
すごい疲れさすってことがあります。



何か心配事で将来に対しての心配とか
過去に何かやってしまった後悔とか
そういうのがあると
脳はそれだけでエネルギーが
取られてしまうってことがあります。



食事をする時でも
ボーっとしてる時でも
休みであっても
そういう心配事で頭が
占領されてしまってるとこもあるでしょう。



また寝る時というのは
一番無防備になってしまうので
そういう時に心配事が起こってしまうって
こともあるかもしれません。



そんな感じで心配事があると
脳はものすごいエネルギーを取られてしまう
それで疲れてしまって
脳がなかなかその回復しないってことが
あるのかなと思います。



あともう一つのものとして
同時並行作業でも
脳っていうのは疲れてしまいます。



今はネットがあって常にスマホで
自分にメールとかSNSとそういうもので
呼びかけてくるってことがあって
隙間時間でもスマホのチェックとかで
忙しくなってしまうっていうことがあります。



脳が常に考えている状態というのが
続いてしまうと
疲れてしまうことがあります。



また今は効率重視っていうことで
あれをしながら、これをしながらっていう
同時並行作業っていうのが
求められてる部分があるのかなと思います。



でもその同時並行作業っていうのは
脳っていうのは
ものすごいエネルギーを取られてしまう
ことにもなってしまいます。



一つのことに集中することができたとしたら
脳は疲れることはないですけど
同時に何かしなければいけない



テレビ見ながら食事をするってことでも
疲れてしまいますし、
洗濯しながら子守をしたりとか
そういうことでも脳ってのは疲れ
エネルギーの取られが
激しくなってしまいます。



また単に忙しいっていうことでも
脳は疲れてしまうって事があるでしょう。



そして脳が疲れていくと
体に現れていくってことがあります。



その危険な症状として
体が重くなったり
お腹が調子悪くなったり
常にイライラするってことが
出てくる場合もあります。



また脳が疲れすぎて
そういうのがずっと続いていくと
重度な症状を引き起こすことがあります。



無感情症って言って
喜怒哀楽っていうのが
少なくなってしまうってことがあります。



嬉しいとか楽しいとか
悲しいっていうことが
感じなくなってしまうってことがあるのです。



脳を疲れさせすぎてしまうと
そのように感情を感じる力までも
失われていくってことがあるのです。



また無快楽症って言って
昔はいろんなものを楽しめたのに
今はどこへ行くのも億劫なってしまって
家でボーとしてしまってる時が
一番だっていう風に
なってしまうこともあります。



楽しみでどっか出かけて
美味しいものを食べるということが
昔はできていたのに



今は家から出ることも億劫になってしまって
ただ家で寝てるだけ
っていうことになってしまってるって
そういう症状にも
つながってしまいかねないのです。



その脳を回復させる一つの方法として
今注目されている
マインドフルネスっていうことがあります。



ある言葉で
体の疲れを取るのは睡眠
脳の疲れを取るのは瞑想
という風に言われています。



脳は同時並行作業で
あれもこれもってやってる時っていうのは
疲れますけど
一つに集中している時っていうのは
脳は回復するっていう風に言われています。



そういうことで瞑想で呼吸に集中したり
自分の意識に集中することで
脳を回復させることもあります。



また食べることとか
今やってる事に集中することで
今それを楽しむ
それで脳を回復させることもあります。



食べながら誰かの相談のったり
テレビを見たり、SNSを見たり
っていう風にしてると
脳は疲れてしまいますけど
ただ今、食べることだけに集中する
そういうことができるとしたら
脳ってのは回復することができるのです。



そんな感じで
マインドフルネスとして
今ここにあるそのものを集中する
そういうことをすることによって
脳が徐々に徐々に回復していくって
ことがあるのです。



このようにマインドフルネスを
するっていうことは
今ここにある一つの物事を
集中してやっていくこと



これって言うのは
子供のような感覚で
物事をやっていくことに
繋がっていくのかなと思います。



子供の時っていうのは
何でもあれもこれも
同時にやろうとするのではなくて



遊ぶんだったら
それに集中して遊んでいたと思いますし
何かやるにしても
同時に何かしようとするとことは
ないと思います。



またそういう今に集中することが
できたとしたら
未来への不安とか
過去の後悔とか
余計な考え事をするということがなくなります。



そういうことでも脳っていうのは
回復していくってことがあるのです。



また能率的な面で見ても
僕達ってのはマルチタスクとして
あれもこれもって同時に作業するよりも
シングルタスクとして
一つのことに集中した方が
効率は良くなる
っていうふうにも言われています。



没頭するっていうことがあると思いますけど
その没頭している時間っていうのは
ものすごい集中して
仕事もはかどって
時間も忘れるぐらいってことが
皆さんも経験したことがあるかもしれません。



でもあれやって、これやってっていう風に
考えてやってしまうと
集中するってことができないので
一つのことをやろうとしても
注意散漫になってしまって
余計に効率が悪くなってしまうって
ことがあるのです。



だから一つに集中してやっていくってことで
能率も良くなっていくってことがあるのです
このようにマルチタスクていうことは
脳を疲れさすだけでなくて
効率も悪くなってしまうことがあるのです。



今日のまとめとして
まず疲れにおいても二つと疲れがあって
体の疲れと脳の疲れとかあるのです。



またその脳の疲れにおいても
心配事や不安など
いろんなものに気持ちが囚われてしまっている



気疲れていうのと
いろんなものを同時にこなそうとして
脳が疲弊してしまうっていう
そういう同時並行作業においての
脳の疲れって言う
その二つがあるって言われています。



その脳の疲れを取るためには
マルチタスクでいろんなことを
しようとするのではなくて
今流行っているマインドフルネスとして
一つのことに集中してやっていくって
ことが脳を回復させる秘訣だ
と言われています。



瞑想で呼吸に集中したり
今ここにある食べることに集中したりとか
体を動かすことに集中したりとか
仕事をすることに集中したりとか
そういう集中する事



一つの事に何か没頭することによって
脳って回復していくってことがあり
それは子供のような感覚を取り戻すという
ことにもつながってくるでしょう。



子供の時っていうのは
過去の不安や未来の心配なんて
ほとんど考えることがありません。



今ここにあるものに集中して
ただ楽しむことができてる状態
なのかなと思います。



そういう子供のような感覚を
取り戻すことによって
余計な心配っていうのはなくなる
その心配が入る余地がなくなってしまうって
ことがあって
それで脳が回復していくって
ことがあるのです。


ありがとうございました。





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2022年07月25日2022:7月

正義の道は地獄に通じる

今日は正義の道は地獄に通じる
ということについてお話ししようと思います。



こういう題名を聞くと逆なのではないのか?
正義は最後に勝つっていうふうに
感じられる人もいるかもしれません。



確かに最後に正義は勝つっていう
そういうのが僕たちは大好きです。



悪いことしてる人は最後は必ず滅びる
そして正義は最後に勝つのだというふうに
思いたい人もたくさんいるかもしれません。



僕だってそうです。



だから僕たちっていうのは
ドラマにしても映画にしても
勧善懲悪的なそういうストーリーが大好きなのです。



悪いことしてる人は最後には滅ぼされる
そして正義のヒーローが勝つのだっていうふうに
そういう典型的なストーリーが大好きなのです。



でも正義を語ろうとしていくっていうのは
色んな弊害があるっていうことも
注意しておかなければいけません。



僕たちが正義っていうのを語ろうとすると
そこには絶対に善と悪っていうのが
できてしまいます。



これは正義だ
これは悪だっていうふうに
区分分けがされてしまうのです。



そして悪は成敗されなければいけない
という風になってしまうでしょう。



そういう考えはある程度は必要なことでしょう。



悪いことをしてる人がいたら
それはやめさせなければいけないので
警察官などは必要な存在でもあります。



でもその正義感、正義が強すぎると
色んな弊害を生んでしまうということです。



そういうのをこれからじっくりと
説明していけたらいいのかなと思います。



僕が考える正義感が強すぎる弊害っていうのは
三つあると思います。



これはあくまでも正義感が強過ぎる
という場合の弊害です。



強すぎない正義感というのは必要であって
悪い人がいたらやはり公正させなければいけない
というのはあるのでしょう。



その三つの正義感の弊害として
まず第一が自分の正義感を
押し付けてしまうということです。



そして第二番目は悪者は徹底的に
排除しなければいけないって
思ってしまうところです。



そして第三番目には
正義のヒーローとしてなってしまう人は
自己陶酔しやすいっていうことであります。



これを今から詳しく
説明させていただこうかなって思います。



まず自分の正義の押し付けっていうことですけど
単純に誰にとってもこれは悪だって



映画でも悪役がいて見るからに
心も悪に染まって悪いことをするっていう
そういう単純な悪だったら
わかりやすいかもしれません。



でも大抵は悪っていうのがハッキリしない場合が
多いのかもしれません。



自分の正義感っていうのは立場によって
変わってしまうってこともあるからです。



自分の立場だったら正義であったとしても
また違う立場から見ると
全く違うっていう風にも捉えられてしまう
ってことがあるのです。



そういう意味でも絶対的なこれは正義だ
これは悪だっていうものは
区別するっていうのは
難しいのかもしれません。



でも正義感が強すぎると
絶対的な正義感
絶対的な悪だっていうのを決めつけて
かかってしまうっていうことがあるのです。



そういう自分の正義感っていうのを
人に押し付けてしまうっていう
そういう危険性もあるのです。



そうなると当然見方が違うと
その正義感は当てはまらなくなるので
争いの種になってしまうということもあります。



例えば夫である自分は
仕事で頑張るのが当たり前
妻だったら家事をして当たり前っていう
そういう考え方それが正義だって思っている人が
いるかもしれません。



そうなるとちょっと家事ができない妻っていうのは
悪に見えてくるでしょう。



なぜ俺はこんなに外で仕事して頑張っているのに
お前はちょっとした家事もできずに
怠けてるんだっていう風に
責めたくなってしまうかもしれません。



でも立場が違えば奥さんとしては家族なら
家のことを手伝って当たり前っていう風に
思っているかもしれません。



でも旦那さんは自分は働くだけで
家に帰って偉そうに指図するだけ
それが許せないっていう風に
思っているかもしれません。



奥さんにとっては
家で家事をしない旦那さんが
悪に見えてくるのです。



そうやって旦那さんから見た悪と
奥さんから見た悪っていうのは
全く違います。



それを自分を通そうとすると
当然争いが生まれてくるというわけです。



こんな感じで善悪っていうのは
立場によって変わってくるっていう場合もあるので



そんなに簡単にハッキリと
これは善だ、これは悪だって
決めつけることっていうのは
難しい場合が多いのです。



立場の分だけ違いがあって
お互いに言い分はあるのです。



だから自分の善を押し付けて
悪を排除しようとするのではなくて
バランスを取っていくってことが
大事になってくるでしょう。



次に悪者は徹底的に排除っていうことですけど
悪者っていうのは



組織にとって都合が悪い人だったり
何か理不尽なことをしようとしている人
自分さえ良ければいいって思ってる人だったり



そういう悪いことをしようとしている人に対して
何をしても許されるっていう風な空気が
僕たちの中にあるのかなって思います。



映画でも悪者に対しては
どんなひどいことをしてしまっても
違和感なく僕たちの心は
スッキリするっていうことがあるでしょう。



でも問題は排除するっていうことは
いろんな弊害があるっていうことです。



例えばいじめ問題っていうのは
もしかしたらクラスの輪を生み出そうとする
そういう人に対して悪者だって決めつけ
みんながそういう人に暴力的になってしまって
一人の人をいじめてしまうってことに
なってしまうのかもしれません。



そしてそれが許されてしまうっていう風に
なってくるかもしれません。



これは学校のイジメだけではなくて
会社でのいじめも
そういう風な構造になっている
という風に言われています。



会社の中で一人役に立たない人がいると
みんなでその人をいじめて
排除しようとしてしまう働きがあるっていう
そういう大人のいじめも
今問題になっているっていうことがあります。



そして最後に自己陶酔しやすい
ということですけど
悪を懲らしめているっていうことをするっていうのは
みんなにとって良い事につながっているはずです。



そういうみんなにとって良いことに
繋がるっていうのが
正義のヒーローとして自己陶酔しやすい
原因にもなってしまうのかなって思います。



普段は気弱な人であったとしても
でも変身することによって
強くなった気がするっていう
そういう気弱な主人公っていうのが
よく映画で出てくるかもしれません。



そしてそういう自分に酔っている人
強くなった気がする人っていうのは
自分の限度を超えて暴走する
ということがよくあるのです。



普段しないようなことをしてしまうので
より過激になってしまうってこともあるのです。



凶悪犯罪を犯す人なんかも
自分なりの正義を実行しようとして
普段しないような
凶悪なことをしてしまうってこともあるようです。



そういう風に自分に酔っている状態っていうのは
暴走しやすいっていう意味でも
とっても危ないことなのです。



そういう人は弱さを抱えている分だけ
強さに憧れてしまうっていうことがあるので
勘違いっていうのが
生まれてしまうのかなって思います。



弱い自分が正義のヒーローになることで
人に役に立っているし
強くなった気になる
それで自分の弱さっていうのを
見ないようにしている
ということもあるのかもしれません。



そういう自分に酔いやすいっていうのも
正義のヒーローとして
危ないところなのかなって思いました。



このように正義っていうのは
危険性をはらんでいるってこともあります。



自分なりの正義を押し付けたり
悪だと決めつけたものは徹底排除して
どんなひどいことをしても許されるようになったり
弱い自分が強い自分になったかのように思えて
暴走してしまったりっていう風に
危険性があるのです。



だから正義の道っていうのは行き過ぎてしまうと
争いしか生まれないっていうのがあるのです。



そういう意味で正義の道は地獄に通じるっていう
そういう言葉もあるっていうことです。



そんな感じで行き過ぎた正義っていうのは
危険なのだっていうことを
説明させていただきました。



ありがとうございました。





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2022年07月18日2022:7月

恐怖がどれくらい僕たちに影響をあたえるのか?

今日は恐怖が人に与える影響について
ということでお話ししようと思います。



僕たちは何か不都合なことがあったりすると
怒ったり叱ったり
恐怖によって人を動かす
っていうことが多いのかなと思います。



上司がやる気のない部下を見て
コラ!お前そんなにやる気をなくして
何をやってるんだ
会社は遊びに来るところではないっていう風に
叱ることによって
やる気を出そうとするかもしれません。



また家庭においては
母親が言葉に向かって
あのことしちゃいけません
こんなことしてはいけません
という風に叱ることによって
子供を良い方向に向かわそうと
するってことはあるのかなと思います。



でもその恐怖によって
人を動かすっていうことに
どれくらいの効果があるのか
っていうのは
考えていく必要はあるのかなと思います。



確かに怒られて自分をやる気を奮い立たせて
それでやる気になる人って
いうのもいるでしょう。
でもそれはごくごく一部の人だと思います。



ほとんどの人っていうのは
怒られたり叱られたりすると
体が萎縮とかしてしまって
実力なんてほとんど出せないっていう
風になってしまうことも多いでしょう。



そして恐怖で体が萎縮してしまうと
思考停止してしまうってことがあります。



怒られた時っていうのは
ショックの方が先に来てしまいます。



なんて自分はダメだんだ
こんなミスしてばっかっていう風に
自分を責めてばかりいることでしょう。



そうやって自分を責めてばかりいる
時っていうのは
頭が真っ白になってる状態で
アドバイスなんてほとんど
入ってくることがありません。



それよりも自分を責めたりして
それだけで気持ちがいっぱい
いっぱいになってしまってます。



なんて自分はダメなんだ
こんな自分なんて
この会社にいる意味がないって
風にまで思ってしまうかもしれません。



そんな状態で前向きに
このミスをどう取り返そうとか
そんな風に考える事っていうのは
なかなか難しいものです。



このように自己嫌悪してる時間っていうのも
長くなるかもしれませんし
自己弁護として



いや私は悪くないんだ
あの人がああいうことしたから
こんなミスが起こったんだとか
ああいう状況だったら
誰でも仕方ないっていう風に
自己弁護として
言い訳をダラダラと考え始めて
そういうのを話し出すかもしれません。



ミスした時というのは必ず
言い訳っていうのが頭に浮かんで
どうこのミスを小さくできるのかっていうのが
先に考えてしまうってことが
あるのかなと思います。



また自分を怒りつけた人に対して
あんな言い方しなくてもいいのに
というふうに恨みを覚えることでしょう。



そんなふうに怒ることによって
何も良い事なんて無いのかなと思います。



そしてそんな自己嫌悪したり言い訳したり
相手のことを
恨みを持ったいってしている状態で
やる気なんて起こるはずがないと思います。



そんな状態で生産性が上がるわけもなしに
やる気が起こらない状態で
ずっといるかもしれません。



そしてそういう状態が
長くかかってしまうとしたら
それはとってももったいないこと
なのかなと思います。



人によってはその怒られたことによって
立ち直るのに
多くの時間を費やす人もいます。



その間ずっとやる気が起こらずに
生産性がないままというのは
とってももったいないこと
なのかなと思います。



また怒られることによって
体を壊してしまうことがあります。



ストレスによって腹痛とか頭痛とか
いろんなものに
悩まされてしまうってことがあります。



そしてそれを病院に行って
治すっていうこともありますけど
その直すのに
多くの時間がかかってしまう時もあります。



溜め込んだストレスで
体に出た場合っていうのは
簡単に治るものではないからです。



そういう体に出る前に
ストレスっていうのは
なんとかするってことが一番なんでしょうけど
でも怒られたり何かそういうことがあると
どうしてもストレスを体に溜め込んでしまう
ってことがあります。



そしてチームワークが悪くなってしまうって
こともあります。



怒られたり叱られたり
そういうのが蔓延してる状態では
お互いに協力しちゃうっていうことは
なかなか難しいです。



それよりもどう怒られないのかということで
自分のミスを相手のミスにしてしまったり
とかするかもしれません。



また上司に怒られた恨みを
部下にそのままぶつけてしまうって
こともあるかもしれません。



家庭内でも旦那さんが不機嫌で
会社から帰ってくると
奥さんや子供に伝染してしまうって
ことがあります。



そんな感じで雰囲気が
とっても悪くなってしまうって
ことがあります。



それにその会社が
何かものを扱っているとしたら
怒られてる姿を
お客さんに見せているわけです。



そういう怒られてる姿を見た
お客さんというのは
商品がどんなに良い物であったとしても
その店に行きたくなくなる
っていう風になってしまいます。



飲食店であっても
その飲食店の中で
従業員が怒られてる姿を見るだけで
どんなに美味しいものであったとしても
何か美味しくなくなってしまったり
雰囲気が悪くなって
その店に行きたくなくなるって
事はあると思います。



そんな感じで怒られてるっていうのを
他の人が見るだけでも
悪影響を及ぼしてしまうって
ことがあるのです。



会社だけでなく
スポーツの世界でも
指導方法っていうのは変わってきてる
っていう風に言われてます。



昔は監督っていうのは絶対の権限があって
怒ったり叱ったり
時には暴力を振るってまでも
部員に対してやる気に
させていたってことがあります。



でもそれは昔であって
今そういうことをしようとすると
部員というのはすぐに辞めてしまいます。



それにそんな叱られて
力を発揮する部員も少なくなってきて
オドオドして監督に叱られないように
監督の顔色を伺って何かをするっていう
そういう部員しかいなくなってしまいます。



そういう所っていうのは
結果すらも出せなくなってきています。



名門校と呼ばれている
昔強く強かったところがあったとしても
今っていうのは部員も集まらないし
なかなか勝てなくなってきているって
事があります。



今は自主性ということが大事になってきて
叱るということではなくて
いかにその人の能力を伸ばすかという事で
褒めるって事が求められてるように思います。



このように僕達っていうのは
想像以上に人に与える影響っていうのは
大きいのかなと思います。



特にそれは指導者と呼ばれる人っていうのは
自分の言動がどのように
部下とか教える人に影響を与えるのかって
いうのを考えてみる必要はあるのかな
と思います。



やみくもに叱るとか
何か強制させてやる気にさせようとか
業績をあげようってするのは
古い考えであって
今は通用しなくなってきてる
て事があります。



もっと戦略的に褒めたりとか
やる気にさせたりとか
そういうことを考えていく必要は
あるのかなと思ってます。



こんな感じで
今日のまとめとして
怒ることによって
やる気にさせるっていうことは
そのやる気になる人っていうのも



確かにいるかもしれませんけど
それはごくごく一部の人であって
多くの人っていうのは
萎縮してしまいます。



怒られることによって
自分はなんてダメなんだ
というふうに自分を責めて
それで自分を責めてる間っていうのは
思考停止した状態で
せっかくのアドバイスも全然入ってきません。



何かこのミスを取り戻そうと
前向きに考えるって事もありません。



またストレスによって
腹痛や頭痛など体にも変調を
きたしてしまうってことがあります。



またそういう体の調子を治すというのには
多くの時間を要してしまいます。



そしてその叱られたり怒られたり
そういう場所では
チームワークがとっても悪くて
同僚同士が足を引っ張りあったりして
協力体制するってことが
少ないってことがあります。



その上で怒られてる姿を
お客さんなどが見た時には
もうあんなとこに行かないで
おこうって思うかもしれません。
そうやって店の評判も下がってしまいます。



そんな感じで
叱るとか怒ることによって
何かをさせるって言うことには
多くのマイナスがあるということがあって
それでは覚えておいた方がいいのかな
と思いました。



ありがとうございました。





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2022年07月11日2022:7月

視点の切り替えで不幸が幸福になる

今日は視点の切り替えで
不幸が幸福になるっていうお話です。



状況は変わらないのに
今すぐに幸福になるっていうお話です。



そんないい話があるのか!!
って思うかもしれませんけど
僕たちは不幸だって思っている。



出来事であったとしても
比べる対象を変えるだけで
この状況がなんて幸せなんだって
思えるようになるっていうそういうことがあります。



例えば周りと比べて自分は給料が少ないし
貧乏だって思っているかもしれません。



でもそれは日本で
周りの人たちと比べてそう思うだけで
日本から出て
もっと貧しい国の人と比べてみると
日本で生まれてきてなんて恵まれているのだ
幸せだって思えるかもしれません。



貧しいと思ってたのが
実は豊かだったのだという風に
感じられるっていうこともあるかもしれません。



また自分の能力のことに関しても
周りの人が優秀すぎると
自分のダメなところが目立ってしまいます。



でも周りがレベルが高くなくて
そんなに優秀な人が少なかったとしたら
自分ってまだまだできるんだっていう風に
安心できると思います。



そんな感じで僕たちっていうのは
比べる対象っていうのを変えるだけで
不幸な出来事であったとしても
それが恵まれた環境だっていう風に
思うことができます。



それは物事っていうのは
本来、多面性を持っているからです。



上から見た時と
横から見た時と
正面から見たときっていうのは
物事が違って見えます。



図のサイコロのように
上から見た時は1だったとしても
横から見たら2に見えて
全く違う様子になるのです。



このように物事を一つ見ても
どこから見るかによって
全然印象っていうのは変わってくるのです。



だったから一つの視点に偏ることなく
多面的に物事を見れるようになると
今とは全然違った感じ方が
できるようになるということです。



見方が変わることによって
状況は変わりませんけど
不幸が幸福にもなるということです。



これは心理学の用語で
リフレーミングっていう風に言われています。



フレームを変えることによって
また新たな発見があるっていうことです。



どんな出来事であったとしても
一見マイナスだけにしか見えないような
出来事であったとしても
そこには必ずプラスが含まれているのです。



逆に言うと
どんなプラスな出来事であったとしても
そこにはマイナスの要素も
含まれているということです。



そんな感じで物事には良い面と悪い面
両方含まれているということです。



例えば仕事でも怒られてばかりで
つらい状況があります。



こんな状況はマイナスだけにしか見えないでしょう。



とっととこんな仕事を辞めてやるって
思うのが普通だと思います。



辞めるのもいいのでしょうけど
でもそこでちょっととどまって
もし耐えられるようだったら耐えていくことによって
もしかしたらそこで謙虚さっていうのを
培われるかもしれません。



またできない人の気持ちがわかり
教える立場になった時に
怒らずに優しく丁寧に
説明するっていうこともできるように
なるかもしれません。



また怒られることによって
心が鍛えられるっていう面も
あるかもしれません。



そんな感じで怒られるっていうことは
マイナスであるかもしれませんけど
でもどこかしらプラスの面もあるっていうことです。



だから一つだけの面にとらわれてしまうと
良い悪いっていうのがハッキリしてしまって
不幸を感じることっていうのも
もしかしたら多くなってしまうかもしれません。



でもその物事を多面的に
色んな見方で見ることができたとしたら
良い悪いも自分で選択することができます。



だから幸せな考え方を自分で選択することも
可能になるのです。



実際にどんな状況であったとしても
幸せを感じられる人っていうのもいるのです。



そういう人っていうのは
物事を一面だけではなくて
色んな方向から見られる能力を
持っていることでしょう。



世間的に悪いって思われる
出来事であったとしても
その中から幸せな部分っていうのを
見いだせる力があるっていうことです。



僕もそういう人を目指していこうと思っています。



でも一人でいることが多くなると
物事を偏った見方でしかできなくなってしまう
ということがあります。



そういうときは当然悪い方向へ
考えてしまうっていうことが多くなってしまうでしょう。



一つにとらわれてしまうからです。



また心に余裕がないとき
感情的になってしまうっていう時も
一つの物事に囚われてしまうっていうことがあります。



そういう時の対処方法として
誰かに吐き出すっていうことをしながら
まずは感情的になっているのを
落ち着かせるってことが大事になってくるのです。



そして多面的に見られる方法として
本で学ぶっていうことは
とっても大事なことです。



僕たちは知らず知らずのうちに
自分勝手な見方をしてしまうからです。



だから本で学ぶことによって
手軽にいろんな人の考えを知る
ということができるのです。



特に良書と呼ばれる素晴らしい本の中には
先人の知恵が詰まっています。



そういう人の知恵を借りるだけで
自分勝手な見方から
偉い人の視点を持って
物事を見ることもできるようになるのです。



これは手軽にできる方法なのかなって思います。



またいろんな人と出会うっていうことも
自分の視点を広げてくれるのに
役に立つでしょう。



いろんな人と出会った分だけ
いろんな考え方を知ることができます。



特に自分とは全くタイプの違う人からは
得られることも多いでしょう。



このように一つの物事を
自分の勝手な思い込みで見るのではなくて
いろんな方向から見られる練習を
していくってことはとっても大事なことです。



自分の見方だけではなくて
あの人から見た視点はどうなのか
違う国から見た視点はどうなのか
いろんな視点で見ることができた分だけ
人生の幅が広がるからです。



そうやっていろんな視点で
見ることができたとしたら
状況は同じでも
不幸が幸福にもなれるかもしれません。



一つの物事には不幸も幸福も
両方含まれているからです。



いろんな見方を知っておくだけで
自分で選択して
幸福な考え方ができるってことがあるので
一つの見方だけではなくて
いろんな見方をしていけたら
いいのかなって思いました。



今日は多方面から見ることによって
不幸が幸せになれるっていう話を
させていただきました。



ありがとうございました。










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2022年07月04日2022:7月

スネてばかりいると大切なものが手に入らない

今日はスネてばかりいると
大切なものが手に入らない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もがスネっていうものを
経験しているのではないのかなと思います。



みんな、心にもないものを言ったりして
後で後悔するっていう経験が
あるのではないのかなと思います。



僕も小さい頃なんて
すぐにスネてしまって
本音を言えずに



どうしても天邪鬼みたいに
好きなものでも嫌いとか
やってほしいことでも
やっていらないとか



そんな風に心と裏腹の事を言ってばかり
いた時がありました。



それは今でもあります
スネてしまって
もういいわって諦めてしまったり
相手に対しても
何も期待を抱かなくなってしまうって
ことがあります。



そしてスネの例え話として
すっぱいぶどうというのがあって
狐がぶどうを取ろうとしても
なかなか取れないでいます。



本当は欲しいのに
手が届かないってことがあります
そうするとあのぶどうはどうせ酸っぱいはず
ということで負け惜しみを言って
心とは裏腹のことを考えて
諦めるって事をしてしまうってことがあります。



本当はぶどうが欲しいのに
手が届かないばかりに
あのぶどうなんていらない
あのぶどうは酸っぱいはずだって言って
諦める口実にしてしまうってことがあるのです。



そういうのがスネの例え話として
あげられるのかなと思います。



スネというのは
本音が一回捻るって事があって
本当はぶどうが食べたいと思っても



それが叶わないから
だったら嫌いという
好きなものが嫌いっていう風に
一捻りしてしまうってことがあるのです。



それは愛の形も一緒で
本当は誰かのことが大好き
っていうことがあって



でも何か不都合なことがあったり
何か叶わないことがあったりすると
大嫌いって心にもないこと
言ってしまうことがあります。



本当はお母さんのことが大好きだけど
何も言うことを聞いてくれないし
怒ってばかりだから
大嫌いという風になって



本当は好きなのに
大嫌いっていうことを
言ってしまうとことがあるのです。



スネているというのを
相手が感じ取ってくれるのかって言うと
相手が大嫌いって言われた時に



あ、これはスネているだけだって思って
本音とは違うことを言っている
大嫌いと言ってるけど
あの人はスネてるだけで



本当は好きなのだって思ってくれる
察してくれるのかっていうと
それはなかなか難しいのかなと思います。



大抵は私のことが嫌いなんだっていうことで
傷ついたり怒ったり
してしまうかもしれません。



そのスネた裏腹の言葉が
そのまま伝わってしまうっていうことが
大抵あるのです。



そういう間違った
メッセージが伝わってしまうっていうのは
とっても残念なことで
本音は好きなのにスネていると
嫌いっていう風に伝わってしまう。



もうほんと裏腹のことになってしまうって
ことがあるって言うのは
本当に残念なことなのかなと思います。



だから本音を言うってことは
とっても大事なことです。



本当はあのブドウが食べたかったとか
本当は大好きなんだということを
素直に言うということは
スネをなくすっていうことで
ストレートに自分の気持ちを
言うっていうことで
とってもそれは大事なことなのかなと思います。



自分がもしスネていて
何か心にもないことを
言おうとしてる時があったとしたら
本当はどうして欲しいのかっていうのを
考えてみることは大事なのかなと思います。



そして本当は~して欲しい
本当はこうして欲しかった
本当はこんな気持ちだったっていう
その「本当は~」から始まるものが
大抵は本音から始まります。



だからスネていそうな時は
本当は~して欲しかったのかっていうのを
考えていく
そうすることによってスネっていうのは
直っていくのかなと思います。



そうやってスネてばかりいても
大切なものってのは手に入りません。



間違ったメッセージが伝わってしまって
自分の心にもないものが
相手に伝わるので



自分の本音が
間違った方向に行ってしまうので
自分の欲しい物っていうのは
なかなか手に入らないってことが
あるのかなと思います。



本当は大好きなのに
大嫌いっていうメッセージが伝わってしまって
本当に相手から嫌われてしまうって
ことがあるのかもしれません。



だから間違ったメッセージを伝わる
ってことがあるので
スネっていうことを直していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日のまとめとしてスネるということは
本音が裏返ってしまう
っていうことでもあります。



本当は好きだと思っていることであっても
本音が裏返ってしまうと
大嫌いっていう風に
伝えてしまうかもしれません。



自分の本音ではない大嫌いっていうのが
伝わってしまうと
人間関係においても
自分の望むものが手に入らないし
ややこしくなってしまうってことが
あるのかなと思います。



だから本当はどうしてほしいのか
っていうことを考えることによって
スネっていうのを直していけることがあります。



だから本当はどうして欲しいのか?
というのを伝えていく。



本音を伝えていくことによって
人間関係がスムーズに流れますし
繋がりも深くなっていくってことが
あるのかなと思います。



このようにスネを直して
心と裏腹なことを
言わないようにしていきながら
自分の本音を伝えていくということは
とっても大事なことなのかなと思います。



僕もすぐにスネてしまって
もういいわとか
もうあの人大嫌いとか
言ってしまうことがあります。



でも本当はこうして欲しかったのだとか
本当はこれをほしくなかったってことを
伝えることによって
自分の望みが叶いやすくなって
いくってことがあります。



スネていても
決して何か自分の望む通りなことが
起こるわけではないのです。



本音を伝え合うってことは
とっても大事なことで
人間関係を築いていく
基礎となる部分なのかなと思いました。



今日はスネということについて
いろいろと語っていきました。



ありがとうございました。





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2022年06月27日2022:6月

親の愛は伝わらない

今日は親の愛は伝わらない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは親から愛されていないって
思ってしまうってことが
あるのかなと思います。



それは僕もずっと感じていました
特に小さい頃っていうのは
ちょっとしたことで
そういうのを敏感に感じ取って
すぐに自分なんてって風に
思ってしまうところがあるのかなと思います。



そして橋の下で拾われた子だっていう風に
思ってしまうってことも
あるのかなと思います。



僕もずっとそういう風に
僕は捨て子で橋の下から拾われた子だから
愛されていないんだっていう風に
思っていました。



特に親が自分のことを
邪険に扱ってしまっている時が
あったとしたら
自分なんて親に迷惑かけてばかりいるから
いない方がいいんだっていう風に
思ってしまうことがたくさんありました。



また怒られてばかりいると
親は自分のことが憎くて怒ってるんだ
やっぱり僕は邪魔者なんだっていう風に
ずっと思ってるって事がありました。



そういう親から
愛されていないっていうことがあると
自分の根源というのを
否定されたようになってしまいます。



そうなると自分に自信というのを
なかなか持つ事っていうのは
困難になってしまいます。



そこで考えなければいけない事ってのは
親は本当に憎くて怒ってるのか
本当にいない方がいいと
思ってるのかっていうことなのです。



もしかしたら親っていうのは
怒ることで
僕たち子供がよくなるって風に思ってるから
怒ってたってことがあるのかなと思います。



決して憎くて怒ってるものではなかったって
いうことがあって
問題を解決しようとして
その解決の方法が
怒るっていうことであっただけで



それは憎くてとか、いない方がいいで
怒ってたっていうわけではないのかな
というのを考えていくってのは
大事なのかなと思います。



本当は僕たち子供っていうのは
親から認めてほしかったし
褒めて欲しかったし
愛されて欲しかった
でもそういうのを貰えるって事は
少なかったっていうのはあるのかなと思います。



子供時代にそういう自分の望むような
愛っていうのを貰えなかった
でもそれは形が違うだけで
本当は親から愛されていた
愛の形が違っていただけという場合が
多いのではないのかなと思います。



それは僕たちが大人になってみて
気づくことでも
たくさんあるのかなと思います。



親も大変で
自分に余裕がなかったって
いうところもあるかもしません。



そういうのがあると
その親になってからの大変さっていうのが
身にしみて感じる事ってのがあって
そういうところでしか
分からない世界っていうのも
あるのかなと思います。



でそういうことを考えていくと
私なんていない方がいいって思う
っていうのは勘違いであって
そこにはきちんとした
愛があったのではないのか
本当は大事な存在として
扱おうとしていたのではない
かっていうことを考えていて



愛されていないっていうのは錯覚なのだ
もしかしたら愛されていたかもしれない
と思うというのは
大事なところなのかなと思います。



ただ親っていうのは愛し方が
分からなかっただけ
どのようにして僕達を子供を愛していた
愛すれば良いのかっていうのがあって
それは愛の学びとして
ずっと学ばなければ
いけないことだったのかもしれません。



親は決して完璧な存在ではなくて
まだまだ愛っていうのを
学ぶ必要があったって
いうことがあるのかなと思います。



そうやってちょっとでも親から愛されてないが
親から大事な存在だったのかもしれないって
思うことができたとしたら



私も大切な存在ですし
親も大切な存在だって思うことができる
そういうことができるとしたら
深い繋がりができるのかなと思います。



決して自分が愛されない存在ではないって
思うことができたとしたら
親と自分の間に繋がりができるのかな
と思います。



と言う感じで
親から愛されてないっていうのが
本当は愛されていたって
思うことができたとしたら
深い安心感が出てきて
自分にも自信を持つ事っていうのが
できるようになるのかなと思います。



今日のまとめとして
小さい頃は親から愛されてない
と思うことが多いかもしれません。



そうすると自分の根源であるものを
否定されたように感じてしまいます。



自分なんていない方がいいんだって
いうふうに思って
しまうこともあるかもしれません。



そういうことがあると
自分に自信を持ちにくいってことがあります。



でもそれは自分の望むような形で
愛がなかった
愛されてなかったっていうことで
形が違うだけだって
本当は愛されていたのかもしれません。



そういう誤解が解けるようになると
自分は大切な存在だ
親から愛されてる存在だって
思えることができるかもしれません。



ただただ親は
愛し方がわからなかったっていうだけです。



そうやって自分もそうだし
親も愛っていうのを
学ばなければいけなかったっていうことで
親は決して完璧な存在ではない。



ただ愛し方が分からなかっただけだって
思うことができたとしたら
自分なんて愛されないんだって
いう風に思うのを
もう少し溶けてくるのかなと思います。



ということで
親から愛されてないっていうのが
本当は親から愛されているのだっていう
風に変わることができたとしたら
深い安心感と
自信につながっていくっていうことです。



そんな感じで
親の愛っていうのは
子供になかなか伝わらないってことがあります。



それは子供は求めてる愛と
親が与えている愛というのが
形が違うからです。



もっと誤解が解けていって
本当は愛されていたのだって
思うことができたとしたら
自信が持つことができますし
自分の根源っていうものを
認めることができるように
なるのかなと思いました。



ありがとうございました。





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2022年06月20日2022:6月

似ているようで全く違う 頑張らない人と頑張れない人とは

今日は似ているようで全く違う
頑張らない人と頑張れない人とは
ということについてお話ししようと思います。



この話は誰かに支援する側
援助する側の人に特に聞いてほしい事です。



僕たちは誰かを援助しようとした時に
励ましの言葉を使うってことはあると思います。



でもそういう励ましとか頑張れとか
そういう言葉っていうのは
タイミングによっては
マイナスに働くことがあるっていうことです。



そのタイミングをきちんと知るために
頑張れない人の種類があるってことを
知っておくってことは大事かなと思って
ここで説明させていただきます。



頑張れない人には
三種類のパターンがあるっていう風に
僕は思っています。



まずは頑張らない人
余力があるのに頑張らない人って
その一つのタイプです。



次に頑張りすぎて頑張れない人があります。



最後にもともと頑張ろうと思っても
頑張れない人です。



この三つのパターンはパッと見同じように
サボってるように見えるかもしれません。



だから頑張らそうと思って
励ましの言葉っていうのを
使うってことがあるかもしれませんけど



この三つのパターン全てが
違う言葉を使わないと
効果がないっていう風に思っています。



そこでこの三つのパターンを
これから詳しく説明させていただきます。



まずは頑張らない人についてです。



そういう人は能力はあるのに
しかも心にも余裕があってやろうと思えば
いつでもできるのに
でもやる気がないっていう人です。



どこか余裕がなくなったり病気であったりとか
そういうことがするわけではないのに
やる気が出ない人のことを言います。



やる気が出ない原因としては
まずやりたいことではない
ということが考えられます。



本当は嫌なことなのに気が乗らないのに
やらなければいけなかったり
そういうことをするとやる気が出ません。



そういう人にはやりたいことを見つけてあげる
今我慢していることを少しやめてみるってことも
必要なのかもしれません。



また頑張らない人の中には
器用貧乏の人もいます
何でも器用にこなしてしまう人です。



こういう人は周りの人と比べて
苦労ずに何でもできてしまうっていうことがあります。



そうすると周りは苦労してるのに
自分は簡単にできてしまうので
やる気が出ないっていうことがあります。



天才肌の人で何でもこなしてしまうんですけど
真剣に取り組むということが
できなくなってしまうっていうことがあるのです。



それぐらい能力に差がありすぎると
やる気が出ないっていうことがあるのです。



こういう人には
難しい課題をチャレンジしてもらったり
環境を変えてもっとレベルの高いところに
身を置くってことも必要になってくるでしょう。



そんな感じで頑張らない人に対しては
前向きに援助していくってことが
大事になってきます。



励ましや応援という
プラスの行動が役に立っていくでしょう。



それによって頑張らない人も
やる気になってくるかもしれません。



でもこの支援方法を頑張れない人に対してやると
潰れてしまうっていうことがあるので
注意が必要なのです。



ということで次に頑張りすぎて頑張れない人の
説明をさせていただきます。



こういう人はもうすでに
頑張りすぎてしまっている人です。



だから心にも余裕がないので
頑張ろうにも力が入りません。



こういう人は
うつ病の人なんかに多いのかなって思います。



もう一生懸命頑張りすぎて
エネルギー切れを起こしている状態です。



だからエネルギーで起こしてる状態でも
頑張ろうとしてしまうと
余計に動けなくなってしまうのは
当たり前のことでしょう。



だからそういう人に前向きな支援は
逆効果になってしまうのです。



だから頑張りすぎて頑張れない人に対しては
やはり休ませてあげるってことが
大事になってくるでしょう。



それ以上頑張ってはいけないのです。



そして最後に
もともと頑張れない人っていうのもいます。



こういう人はやる気はあるのに
しかも頑張り過ぎてる訳でもないし
心にも余裕があります。



でも体質的に
どうしても頑張れないっていうことがあるのです。



本人は真剣に何かをしようって思うのですけど
でも集中力がどうしてもなくなってしまう
一つのことに取り組むということが苦手なのです。



そういう人はもしかしたら他人から
やる気がないように見えるかもしれません。



だから頑張ってないっていう風に写って
批判されてしまうってこともあるのかもしれません。



でもそういうもともと体質的に
頑張れない人っていうのもいるってことを
理解してあげる
本人は一生懸命やろうとしてる
ということがあるのです。



でもそれは他の人から比べると
成果が上がりにくく
ダラけているようにしか見えない
ということもあるのです。



だから自分とは違う人がいるってことを
理解してあげるってことは大事です。



そうやって頑張ろうと思っても頑張れない人がいる
ということを受け入れてあげるのです。



このように頑張っていないように
見える人であったとしても
いろんなタイプがあります。



そしてそのタイプによって
支援の仕方が全く違ってくるのです。



それを間違えると危険っていうことがあるので
そのタイプを知って
そのタイプに合った
支援の仕方をしていくっていうことは
とっても大事なことなのです。



まずは知ることっていうことが
やはり大事になってくるのかなって思います。



知らないで支援をしていこうとすると
余計に悪くなってしまうので
まず知ってその人に合った支援をやっていく



そのためにはやはり学ぶこと
支援者は学び続けることっていうことが
必要になってくるのかなって思って
この動画を撮らせていただきました。



今日は似ているけど全く違う
頑張らない人と頑張れない人について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2022年06月13日2022:6月

あなたの性格は簡単には変わりません

今日はあなたの性格は簡単には変わりません
ということについてお話ししようと思います。



性格は簡単に変わらないっていうことで
もがいてる人っていうのが多いのかなと思って
この動画を撮らせていただきます。



僕たちは変えられないものを
必死に変えようとして
でもどうしても変わらないっていうことで
苦しんでいる人が多いのです。



よく言われることかもしれませんが
他人と過去は変えれない
でも自分と未来は変えられるって言います。



でも本当にそれはそうなのかっていうのを
考えていく必要はあります。



確かに出来る人から見たら
自分を変えるってことは
容易いのかもしれません。



だからそういうできる人から見て
変わらない人がいた時に
責めてしまうってことがあります。



お前はなぜこんなこともできないんだ
ダラけているだけだ
もっとしっかりしなさいっていう風に
言われることもあるかもしれません。



他人は簡単にできることであったとしても
でも自分にはどうしてもできない
という場合があるのです。



そうなると他人はできるのに
自分はできないっていうことで
自分自身を責めてしまうってことにも
繋がっていくはずです。



そういう他人は簡単に出来るのに
自分ではどうしても難しいっていうことの
例を挙げていきます。



まずは集中力が持続しないということで
他の人は簡単に勉強したりとか
授業に向かって集中したりとかできるのに



自分は机に向かって集中することもできないし
授業でずっと同じ話を聞いてるってことが
難しいっていうそういう人もいます。



また他の人は自制心を持って
甘いものは控えて
規則正しい生活をするということが
できるかもしれませんけど



でも意志が弱くて
ついつい甘いものばかり食べてしまって太ってしまう
でもそれはやめられないっていうそういう人もいます。



また他の人は忘れ物なんてあまりしないのに
自分はどう頑張っても気を張ってるはずなのに
ついつい忘れてしまうっていう
どうしても忘れ物を無くせないっていう
そういう人もいるのです。



またミスばっかりしてしまう
という人もいるかもしれません。



どんなに気を張ってやっていても
どうしても抜けてしまうっていう
そういう人もいるのです。



またやる気が出ないっていうので
仕事で自分を奮い立たせて
何かしようと思うんだけど
でもやろうっていう気になれない
というのもあります。



また片付けにおいては
どうしても片付けできないっていう人もいるのです。



片付けしようと思っても
余計に散らかしてしまうっていう
片付けが苦手な人もいますし



片付けしようとしてもやる気が起こらないっていう
そういう人もいるのです。



また性格的な問題でも
人に優しくできないという人もいます。



今日こそは人に優しくして
笑顔を向けるだって決意したとしても
でもやっぱりイラッと来たときがあったら
ついつい厳しくしてしまうっていうことがあります。



また自分に自信が持てないっていう人もいます。



他の人は簡単に自分に自信を持って
何でもやる気を持って
いろんなことにチャレンジしていく
ということがあるかもしれませんけど
でも自信を持てないっていう人もいます。



また人目が気になってしょうがない
という人もいます
もう自分の性格とかそんなんではなくて
人の周囲が気になって気になってしょうがない
というそういう人もいるのです。



そういうのってほんと他の人から見たら
簡単そうに見えるわけで
やる気がないっていう風に思われるかもしれません。



でも決してやる気がないわけではないのです。



いくら頑張ってもそれは限界があって
どうしてもできないことっていうのがあるのです。



その代表的な例として
アルコール依存症っていうのが
わかりやすいのかなと思って
ここで上げていきます。



お酒を飲むことって
簡単に出来る人からしたら
なぜやめれないのかっていう風に
不思議に思うかもしれません。



でもアルコール依存症になってる人っていうのは
もう自分の意志では
やめることっていうのは難しいのです。



だからアルコール依存症になってる人は
その自分の意志でやめれないっていうのを
認めることから始まるっていう風に言われています。



そうじゃないと
何回も何回も禁酒をしようと思って
チャレンジしていこうとしても
でも、できないってことがあって
そうすると自分自身を責めてしまいます。



なぜこんなこともできないのかっていう風な感じです。



そしてその自分を責めたストレスっていうので
そのはけ口として
またお酒を飲んでしまうっていう
そういう悪循環になってしまうのです。



だからアルコール依存症のための
回復プログラムの一つとして
12ステップっていうのもあります。



簡単に説明しますと
いい意味で自分にはアルコール依存症を
克服するだけの力がないっていうのを
諦める認めるっていうことです。



そして自分にはそういう欠点があっても
もうしょうがないんだって
認めるっていうこともあります。



そして最後に
そういう自分をもうどうにもならないんだから
ゆだねるもうお任せしますっていう感じです。



そんな感じで自分自身で
強く変えようとするっていうのを
手放すっていうことを最初にやります。



それぐらいアルコール依存症にとって
アルコールをやめるってことは
自分の力ではどうにもできないことなのです。



それをうまい言葉で表わしたものがあるので
ここで紹介させてもらいます。



ニーバーの祈りって言われています。



一度は聞いたことがあるかもしれません。



変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ



変えることのできないものについては
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ



変えることのできるものと
変えることのできないものを
識別する知恵を与えたまえ



これがニーバーの祈りです。



変えられるものだとしたら
すぐに解決は無理かもしれませんが
抵抗を減らしながら
ゆっくりと変化していきましょうっていうことです。



でもどう頑張っても
変えられないものっていうのもあるのです。



そうやって頑張っても変わらないものに対しては
ダメなところも確かにあるけど
そういう欠点もあるけど
でもそういうのを受け入れて
生きていくしかないのかなっていうのがあります。



そして変えられるものと変えられないもの
これを識別する必要があって
そういう見分けられる知恵を私に下さいっていう
そういう深い詩です。



そういうので普通の人になろうっていうのは
とっても難しいことなのかもしれません。



普通通りにできなくても
他人には簡単にできることであったとしても
自分には難しいってことがたくさんあるのです。



欠点ある自分っていうのを
周りはダラけているだけだ
お前にはやる気がないって
責めてくるかもしれません。



でもそういうのを受け入れて
許していくっていうことは
大事なことなのかなって思います。



そうやって変えられるものと
変えられないものっていうのを
見分けていくっていうのは
とっても大事なことです。




今は変えられないものについて
必死に努力して変えようとして
でもできなくて苦しんでる人が多いのかなと思って
この話をさせていただきました。



他人には簡単にできることであったとしても
自分にはどうしてもできない
ということがあるのです。



それを認めていけたらいいのかなって思いました。



今日はあなたの性格は簡単には変わりません
ということについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。










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2022年06月06日2022:6月

決めつけ思い込みがトラブルを呼ぶ

今日は決めつけ思い込みがトラブルを呼ぶ
ということについてお話ししようと思います。



トラブルっていうことなので
人と争うっていうことが
トラブルとして多いのかなって思います。



そして人と争うっていうことの一番の原因として
意見の食い違いがあるはずです。



自分の意見は絶対に正しいんだって
主張するのと同じように
相手の意見は間違ってるんだって否定する



そういうところから意見の食い違いがあって
争うってことになってしまうのかなって思います。



僕達は一度これが正解だって信じ込んでしまうと
後でこれが間違ってるっていう風に
考えることっていうのは相当難しいのです。



そういう風に自分の考えが正しい
信じ込んでしまうことを思い込みって言います。



自分の中ではもうこれが絶対だっていう風に
勝手に決めつけてしまうっていうことです
他の意見は一切耳に入ることはありません。



もうそれが自分の中では真実だっていう風に
もう信じ込んでしまっているのです。



だから周りの人がそれは違うよって言っても
その自分の考えを変えるってことは
もう無理なのです。



そういう思い込みっていうのはみんなあって
それは思い込みの強さによって
考え方を変えるっていうのは難しい
ということがあるのです。



だから言い争いっていう風に
なってしまうことも多いのかなって思います。



人間の特徴として
見たいものしか目に入らないし
聞きたいことしか耳に入らない
というものもあります。



自分の都合の悪いことっていうのは
もう見えないし
聞こえないっていうのも関係しています。



そして一番怖いことっていうのは
自分が思い込みにハマっているっていうのを
自分では気付けないっていうことです。



自分の中でもう正しいと
思い込んでしまっているので
もうその道しか見えないのです。



あなたの周りにも一人はいると思いますけど
そうやって自分の意見を曲げない人
人の意見に耳を傾けない人
そういう人のことを頭の固い人とか
頑固な人だって言われます。



そしてそういう人の近くを見てみると
やっぱりトラブルっていうのは
多く発生しているのかなって思います。



また人って思い込みで失敗しやすいっていうことで
ここで例を挙げさせていただきます。



よく聞かれることかもしれませんけど
新興宗教にハマる人っていうのは
もうそれが絶対正しくて
その教えは素晴らしいんだって
思い込んでしまいます。



いくら周りは騙されてる
それは都合のいいことばっかり言って
あなたからお金を巻き上げようとしているだけだって
アドバイスをすると思います。



でもそういうアドバイスっていうのは
耳に入らなくて
その宗教の言ってることは絶対正しいんだ
この宗教は私を救ってくれるんだって思い込んでしまって
そのアドバイスなんて
全然耳に入らないってことがあります。



そういう人はもう誰がどんなことを言っても
突っ走ってしまうっていうことがあるでしょう。



もう一つの例として
結婚相手を見つけたとします。



でもその結婚相手っていうのは
周りから見ても
ちょっとやめといたほうがいいのかなっていう
そういう人だったとします。



それで周りの人はあなたは不幸になるから
あの人とは結婚しないでおきなさいって
アドバイスをすると思います。



でもその人の中では
そんな周りの人のアドバイスなんて
全然耳に入らずに



もう思い込んだら一直線で
この人しかいないんだって思い込んで
そして一緒になっていこうとすることでしょう。



そんな感じで思い込んでいる人に対して
周りが否定的な言葉を言ったとしても
それは通じることがなくて



それどころか自分自身を
騙そうとしてるとか
あの人は自分のことが羨ましいんだ
羨ましいから嫉妬してるだけだっていう風に
違った解釈をしてしまいます。



アドバイスしている人が
敵に見えてくるっていうこともあります。



しまいには周りが反対すればするほど
その人の中ではその考えが
より堅く信じ込んでしまうということがあります。



だから反対すればするほど
その人の中では
逆に燃え上がってしまうってことがあるのです。



例えばさっきの結婚相手ですけど
親が反対すればするほど
その本人たちっていうのは
余計に燃え上がってしまって
極端な行動を取りやすくなってしまいます。



例えば駆け落ちをしてしまったり
いつの間にか黙って結婚してしまったり
そんな感じで反対すればするほど
燃え上がってしまうってことがあるのです。



思い込んでる人を変えるっていうことは
とっても難しいのです。



もうどうにもできないから
温かく見守るということも
大事になってくるのかもしれません。



その人の中で失敗することによって
気づける部分っていうのもあるので



もう周りは失敗した時に
温かく迎えられるっていうことを
していく体制を作るっていうのも
一つの方法なのかもしれません。



失敗する前に気づくってことが
一番いいのでしょうけど
思い込んでる人に対して
それをしようとしても難しいところがあるでしょう。



また自分の考え方だけではなくて
人を評価するっていうところでも
思い込みっていうのは働いてしまいます。



ちょっと悪いところがあっただけで
その人のことすべてを否定してしまう
ということもあります。



その人を悪いっていう風に思い込んでしまうと
たとえ良い所があったとしても
それが目に入らないのです。



そんな感じで人を評価するっていう部分でも
ほんの少しのある一部分を見ただけで
それがその人のすべてだって思い込んでしまって



良いか悪いかっていうのを
決めてしまうっていう
そういう思い込みもあります。



そして一度その評価を下してしまったら
時間が経ったとしても
どんなに別な行動をとったとしても
ほとんど変わることっていうのはないのです。



もうそういう風に
偏った見方しかできなくなってしまうのです。



そこで思い込みをしやすいタイプっていうのを
ここで挙げさせていただきます。



まず一つは思い込みをしやすい
体質っていうのもあります。



ちょっと言い方は悪いかもしれませんけど
自閉症的な人っていうのは
頭の切り替えがうまくない
という風に言われています。



一度こうだって思い込んだものを
別の方向へ向けようとするっていう
その頭の切り替えっていうのが
なかなかできない人っていうのもいるのです。



だからそういう人っていうのは
一度信じ込んでしまうと
一直線に行ってしまうってことがあります。



そんな感じで体質によっても
思い込みをしやすいっていう風に言われています。



そういう人は自分の体質が
思い込みをしやすいのだっていう風に思って
気をつけるしかないのかなって思います。



また思い込みをしやすいタイプとして
自信がない人っていうのも思い込みしやすいです。



自分が信じたものが間違ってるっていうのを
認めるのが嫌な人です。



そこにはその間違っているのを認めてしまうと
恥をかいてしまうとか
相手に負けを認めてしまうっていうのがあって
それがとっても嫌なのです。



間違いを自分の中で認めることができません。



だから自分の考えに
固執しやすいっていうことがあります。



これは昔の僕がそうでした。



自分の中でこれが正解だったって思ったら
それをみんなに言いふらしてしまって



それは後で違うって言われても
その間違いを認めるってことがとっても屈辱なので



意地になって自分の思っている方を
正解にしようとしていたことがありました。



そういう思い込みの対策として
自分の自信を回復するっていうことも
一つの方法です。



恥とか負けっていうのを認めて
間違いを認めることができたとしたら
素直に他人の意見に耳を傾けることができます。



自分の考えに固執することなく
どっちが正しいのかなっていう風に
冷静な目で見ることができるようになるのです。



自分の考えが正しいのかっていうのを
普段から疑ってかかるっていうことも
大事なことなのかなって思います。



自分の考えが間違ってるんじゃないのか
もっと別の見方があるのではないのかっていうのを
普段から考える練習をしていくっていうのも
大事なことです。



また思い込んでいる最中っていうのは
自分一人で気付くことっていうのはできないのです。



だからいろんな人と出会って
色んな考え方やいろんな意見を聞くことによって
これは思い込みだっていうのを
気づくことっていうのは大事なことです。



そうやって理想的には
柔らかな頭になるっていうのがあります。



ガチガチに頭が凝り固まって
自分の考え方に凝り固まるのではなくて
いろんな意見を受け入れて



そして柔軟に物事を判断できるようになれば
トラブルっていうのは
少なくなっていくのかなって思います。



思い込みっていうのは誰もがいつの間にか
陥ってしまう罠なのかなって思います。



そして思い込みの罠に
ハマってしまっている人っていうのは
自分で罠にハマってるっていうのを
気付くことができません。



だから考え方を変えるっていうのは
とっても難しくなって
それがトラブルを生んでしまうのです。



そんな感じで思い込みがあると
トラブルがたくさん多発してしまうので
注意していくっていうのは
大事なことなのかなと思って
説明させていただきました。



今日は決めつけ思い込みがトラブルを呼ぶ
ということについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年05月30日2022:5月

今の社会にこそ甘えは必要!

今日は今の社会にこそ甘えは必要!
ということについてお話しします。



まず皆さん甘えて聞くと
どんな風にイメージするでしょうか?



甘えることについては
あまり良いイメージが湧かないっていう人が
多いのではないのかなって思います。



甘えてばかりいると人ってだらけてしまって
ダメになってしまうっていう
そういうことを思ってる人が
多いのかなって思います。



そういうことなので
当然職場でも甘えてるっていう風に
言われるっていう事は
悪口で使われることが多いと思います。



そしてそういう風に
お前は甘えてるんだって言われると
自分には甘えがあるから
もっとしっかりしなきゃっていうふうに感じて
そして自分を奮い立たそうと
するっていう時があると思います。



そういうふうに甘えて聞くと
悪いイメージとして捉えられることが多いですけど
本当に甘えっていうのは
悪いことなのかっていうのを
考えていく必要があります。



実は悪いことどころか
今は甘えが不足しているのではないのか
という風に思っていたので
これから説明していこうかなって思いました。



まず甘えを考えていく上で甘えのない社会とは
どんな社会なのかっていうのを考えていきます。



僕の中では甘いのない社会っていうのは
体育会系のような
厳しいところっていうイメージしています。



そこでは上の命令は
絶対に従わなければいけなくて
自分の自由な裁量なんて全然なくって
自分勝手に何かしようとするっていうのは
できないところだっていう風に思っています。



そういう厳しいところでは
イジメが発生しやすいという風に言われています。



組織の中において和を乱すような
極端に要領が悪い人だったり
組織の考えに馴染めなくて
上に歯向かって
自分の意見を貫こうとするっていう
そういう人に対して制裁を加えようとしてしまう。



それがいじめになってしまうっていうのが
あるのかなって思います。



余裕のない社会
今は介護とか保育とか医療関係が
人手も足りなくって、しかも賃金も安くて
時間も長いっていう風に言われて
ブラック企業としてよく挙げられる職種です。



そういうところでは
みんなが切羽詰まって
追い詰められてるような感じになっています。



だから一人の人の身勝手な行動っていうのを
許すことができずに
要領が悪い人とかそういう人がいたら
その分、他の人がカバーしなければいけなくなって
足を引っ張ってしまうとか
ルールを守ろうとしない人がいる。



そういう人に対して
やはり制裁を加えようとしてしまうっていう
そういうことがあって
いじめが流行ってしまうようです。



そういう過酷な状況の中では
みんなが頑張っているのです。



決して手を抜いてるわけではないのです。



でも頑張りすぎてしまってるっていうとこがあって
だからこそ手を抜いてしまっている人が
許せなくなってしまうのです。



そういう世界っていうのが
甘えのない世界なのかなって思います。



また社会だけでなくて個人でも
甘えは必要だっていう風に言われています。



幼少期のころに
甘える事が出来なかったとしたら
その人っていうのは
自分の弱みを人に見せることが
できなくなってしまって
常に人に対して身構えてしまう
というとこがあります。



だから周囲の人に気を配りながら
常に自分の欠点を出さないように
良いふうに見られるように
嫌われないようにって風に
気を張っていなければいけなくなってしまいます。



そして自分も気を張っているから
他人が甘えてる姿っていうのが
すごくイラついてしまいます。



そして他人の甘えを
矯正させようとしてしまうことがあります。



当然そういうので他人に対して
厳しくなってしまうって事があるでしょう。



他人に対しての甘さってのを
受け入れることができないのです。



また甘えることができなかった人っていうのは
自分の弱さを見せることができないので
他人を信用することができないってことがあります。



だから安心できなくて
常に気を張ってなければいけません。



そういう状態が続くと
どうしても情緒不安定になってしまいます。



このように個人においても
甘えていうのは必要なものなのです。



甘えることそれはどういうことかって言うと
人に心を許すこと
心をオープンにすることでもあります。



また自分の弱さを受け入れてもらうこと
そして自分の欲求を
叶えてもらうっていうことでもあります。



また甘えというのは
効率ばかり考えるのではなくて効率を捨てて
そして自分を我慢をせずに
自分に正直になることも
甘いの一つに入るのかなって思います。



そういう風に見ていくと甘えることによって
自分を解放させていくってことが
できるようになるのかなって思います。



だから甘いというのは悪いものではなくて
人間にとっても社会にとっても必要なものです。



甘える事によって
自分にも他人にも優しくなれます。



また社会も甘えを容認することによって
色んな人を受け入れるだけの範囲が広がります。



甘いがなかったら
組織に合わない人とか
変な人を排除しようとしてしまいます。



だから甘いがあるからこそ
心が安定していくってことが
あるのかなって思います。



でも甘えるためには
ゆとりってのが必要になってくるでしょう。



切羽詰まった状態では
一人の身勝手な行動っていうのは
許すことができないからです。



時間にもゆとりがあるからこそ
いろんな人の甘えが許されるように
なるのかなと思います。



そういう意味で今の社会っていうのは
切羽詰まってる企業が多いので
もう少しゆとりがある。



そういう社会になっていくことが
必要になってくるのかなって思います。



また個人では甘えるっていうことでは
甘える相手ってのも必要になってきます。



誰でもかんでも甘えられる
というわけではないと思います。



やっぱり信用できて自分の心を許せるっていう
そういう存在がいるのかっていうことです。



またそういう存在がいたとしても
そういう人と親しい関係を作られているのか
というのも大事なところです。



自分が変に気を遣ってばかりいると
甘えることができないからです。



そういうので甘えられる存在に
自分の身を預けられるかっていうのも
大事になってきます。



そういうことで今の鬱々とした世界の中では
一番足りないのは甘えであるのかなって思ってます。



甘える事っていうのが
悪いことのようになっているからです。



でも甘えることによって
いろんな人が救われていくのかなって思います。



甘えをもう少し良いイメージとして
捉えられたらいいのかなって思います。



そして自分の身を守っていくためにも
甘える存在っていうのも作っていくってのも
大事なのかなって思いました。



あなたは自分を無条件に開放させて
甘えられる人がいますか?



いなかったとしたら
今の世界を生きていくのは
とっても困難になってしまうはずです。



甘えることを大事に考えて
そういう相手を見つけて
そういう関係性を作っていくっていうのは
大事なのかなって思いました。



今日は今のこの世の中にこそ
甘えは必要だということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





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2022年05月23日2022:5月

強くなければ生きていけない 優しくなければ生きている資格がない

今日は強くなければ生きていけない 
優しくなければ生きている資格がない
ということについてお話ししようと思います。



この言葉っていうのは
僕の大好きな言葉です。



アメリカの作家の言葉ですけど
この言葉っていうのは
すごく真理を突いているなって思います。



まさに今現代を生きる
生きづらさを表している
そういう言葉なのではないのかなって思います。



この不条理な世界で生きていこうとするには
ある程度の強さっていうのは必要でしょう。



弱かったら生きていくことすらできないからです。



ここで言う強さっていうのは
鈍感力っていうのが
大きな要因の一つなのでは
ないのかなって考えています。



相手がどんなことを思っているのか
というのはあまり考えずに
自分の言いたいことを言う
自分のしたいことをするっていう
自分を表現していけるっていう
そういう力なのかなって思います。



そういう自己主張していける力であって
多分どこのところにもいるかなと思いますけど
声が大きくて威圧感がある人
それはどの組織でも言えるかもしれませんけど
そういう人の意見っていうのが
通ってしまう世の中なのかなって思います。



やっぱり声が小さい人とか
少し気弱な人の意見っていうのは
通りにくいのかなって思います。



悪い表現で言うとジャイアン的な人のことで
相手のことはそんなに考えずに
自分の意見を押し通すっていう
そういう人っていうのが
生きる力が強い人っていうふうに
表現することができるのかなって思います。



だから自己主張できずに
相手を優先させてしまってばっかりいる人とか
自分を我慢させてばっかりいる人なのかは
やっぱり生きづらい世の中になって
しまうのかなって思います。



だから強さっていうのは必要です。



力強く自分を出すっていうことは
大事なことでしょう。



そうしていかないと
生きていくってことは難しいからです。



でもそういう力強さばかりを
追い求めていくっていうのは
本当にそれは正しいことなのかっていうのは
考えていく必要はあるでしょう。



確かに力強さっていうのは必要ですけど
でもそういう力強さばかりを追い求めていくと
弱肉強食の世界になってしまって
本当に大切なものっていうのを
見失ってしまうのかもしれません。



本当に大切なものっていうのは
どういうものなのかっていうと
力強さはないかもしれませんけど
人に対しての優しさとか
相手に対しての思いやりっていうところでしょう。



その優しさっていうのは
自分よりも相手を優先させるっていうところから
始まるのかもしれません。



それは自己主張が苦手で
繊細な心の持ち主なんかは
得意とする分野なのかなって思います。



そういう人は強くないかもしれませんけど
傷つきやすいからこそ
相手の痛みを知ることができます。



だからこそ相手が傷ついてるときに
寄り添ってあげることができるのかなって思います。



そしてそういう優しさに触れた時に
大きな感動を得ることができるのかなって思います。



そしてそれが生きる意味に
繋がってくるのかなって思います。



強さだけでは決して味わえない生きる意味
生きている喜びなのかなって思います。



確かに優しさだけでは
この弱肉強食の世界では
いいように利用されて
損することが多いのかもしれません。



だから相反する力っていうのは
必要になってくるでしょう。



強さも必要ですし
優しさも必要
その両方が必要になってくるということです。



そこであなたは強さと優しさのバランスでいうと
どっちが強いのかっていうのを
知っていくっていうのは大事なことです。



多分この動画を見られている視聴者さんなんかは
優しい人が多いのかなって思います。



繊細な人が多いからこそ
この世界を生きていくために
バランスを取っていくっていう意味でも



いい人をやめていく
そしてちょっとだけ自分を
優先していくっていうことは
大事なことなのかなって思います。



それはこの世界を生きていくための
課題なのかもしれません。



繊細な人っていうのは強くなるっていうのは
とっても難しいことだと思います。



でもそういう課題を乗り越えていくことで
成長していき
より自分らしい生き方っていうのが
できるようになるのかなって思います。



僕たちのこの世界を生きていくためには
強さがなければ生きてはいけません。



でも強さばかりだけでは生きていっても
味気ない世の中になってしまいます。



やっぱり優しさっていうのが必要になってきます。



その両方あって人間らしい生き方が
できるようになるのかなって思いました。



そういうことで今日は
強くなければ生きてはいけない
優しくなければ生きている意味がない
っていうことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年05月16日2022:5月

自分をダメだと思ったら過去の頑張りを思い出してみて

今日は自分をダメだと思ったら
過去の頑張りを思い出してみて
ということについてお話ししようと思います。



僕たちはふと生きていると
自分に自信がなくなったり
自分のことはダメだって
思ってしまうことがあると思います。



そんな自分を情けなく思ってしまうっていうときも
あるでしょう。



でもそれは今は自信を持てない状況に
いるっていうだけで
本当はあなたも自分の良い所や
素晴らしいところっていうのは
たくさんあるはずです。



そういう良いところ素晴らしいところを
見つけていくためにも
自信をつけていくためにも
過去の自分を振り返るっていうことは
とっても有効なのかなと思います。



過去の自分の中には
数々の困難を克服してきたっていう
そういう歴史があるからです。



それは忘れていて、それを思い出すだけで
自信を付けることができるのでは
ないのかなと思います。



多分何十年も生きていて
何にもない人っていうのは
いないのかなと思います。



誰もがいろんな困難を経験して
そしてそれを乗り越えてきているはずです。



今までこんなにも頑張ってきたんだ
というのがわかって
自分は決して情けない存在ではなくて



自分だってやればできるんだ
今まで頑張ってきたんだって言うので
誇りに思えることもあるのかなと思います。



他の人と比べてしまうと
どうしても今の自分っていうのは
何て駄目でなんて情けないんだって
思ってしまうこともあるでしょう。



でも他の人と比べるのではなくて
過去の自分というのと比べると
確実に成長しているはずです。



あなたは今までに
たくさんの経験があるはずです。



そしてその都度懸命にいろんな困難と闘いながら
対処してきたはずです。



その一つ一つが大切な財産であり
宝物なのではないのかなって思います。



でもたまに昔のことを思い出すと
あの時はあんな失敗をやらかしてしまったとか
今考えるととんでもない赤っ恥を
してしまったっていうことで
顔が赤くなる感じに思えるかもしれません。



そういう過去の自分を振り返ると
ダメダメだったなって
思うこともあるかもしれません。



でもその時はそれが限界だったのです。



その時その時で一生懸命に生きて
困難に対処してきたはずです。



でもうまくいかずに失敗しながら
そうやって大切なものを学んできた
ということがあるのかなと思います。



だから今振り返ってみると
昔の自分はなんてダメなんだって
思うことがあるかもしれませんけど
でもそれっていうのは言い換えれば
今はすごく成長しているって言う証にも
なるのかなと思います。



できることも当然増えていますし
今だったらきちんと対処できるって事もあるでしょう。



そんな感じで失敗から多くを学んできて
今があるって事もあります。



そういう過去の自分の歴史っていうのを
これからもう少し深く振り返っていけたら
いいのかなと思うので
一緒に振り返っていきましょう。



普段は忘れているかもしれませんけど
そこには大切な気づきっていうのが
たくさんあるはずです。



まず学生時代を振り返ってみましょう。



決して学校っていうのは
楽な場所ではなかったと思います。



そこにはいろんな試練があったはずです。



まず友達関係ですけど
学校には様々なタイプがいると思います。



その中で関係性を上手く保つために
悩んだり迷ったり
時には相手から嫌われたりしたかもしれません。



そんな感じで人間関係を保つために
一生懸命何とかしようと
もがいていたっていうこともあるのかなと思います。



でもそれをきちんと乗り越えてきたっていう
そういう歴史もあるでしょう。



また学校の勉強ではどうでしたか?



もしかしたら成績を上げるために
良い学校に入るために
嫌な勉強も頑張ってやったっていう
そういう歴史もあるかもしれません。



また人によっては勉強を頑張ろうと思ったのに
どうしても頑張りきれずに
自分自身を責めたっていう
そういう思い出もあるかもしれません。



とにかく勉強に対しても
いろんな思いがあるのかなと思います。



それもきちんと思い出して振り返っていくと
大きな気づきが得られるでしょう。



また仕事ではどうでしたか?



初めての仕事に就く時は
学校とは違っていろんな常識とかルールとか
そういうのに戸惑ったことでしょう。



いろんな大変な思いをしたことでしょう。



例えば会社の人間関係
学校とはまた違う人間関係なので
当然戸惑ったっていうこともあるでしょう。



もしかしたら怒られたことも
たくさんあるかもしれません。



でもその中でも必死に頑張って
対処してきたのではないのかなと思います。



また仕事内容でも
自分では納得できないこととか
理不尽なことってのも
たくさんあったことでしょう。



それでもあなたはずっと頑張り続けて
きたのではないのかなと思います。



そういう過去の自分を思い出すことで
なんて今まで頑張ってきたのだろう。



というのを気づけて
頑張ってきた自分っていうのを
誇らしく感じることができるのでは
ないのかなと思います。



確実にあなたは成長してきているはずです。



そうやって過去の自分を振り返ってみると
ダメだと思うことがあるかもしれませんけど
でもその時その時で一生懸命に生きて
対処してきたはずです。



そういうのを見ていくと
決してあなたはダメな人間ではありません。



すごくよく頑張ってきた
素晴らしい人なのかなって思います。



一人の人の人生には
膨大な経験と知識がある
というふうに言われています。



人一人が生きていくっていうことは
それくらいの歴史とか経験があるのです。



当然それはあなたの中にもあります。



それだけの経験を抱えているあなたですから
決してダメな人間ではありません。



あなたはかけがえのない
たった一人の素晴らしい人間なのです。



だから自分に自信がなくなったり
自分のことをダメだって
思うことがあったとしたら
ちょっと思い出して欲しいなって思います。



あなたは過去にも数々の試練を乗り越えて
そして今があります。



だからあなたは決してダメな人間ではなくて
とっても素晴らしい人間です。



そういうのを思い出して欲しいなって思いました。



今日は自信がなくなった時は
過去の自分を思い出してみてということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





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2022年05月09日2022:5月

人は急には変われない 戻ってしまって当たり前

今日は人は急には変われない
戻ってしまって当たり前
ということについてお話ししようと思います。



僕たちは駄目な自分というのは嫌になって
よし新しい自分になるぞって
自分を変えようと
一念発起して行動するっていう時が
人生にはあるのかなと思います。



でもそういう一念発起して
強い気持ちで変えようと望んだのに
またすぐに戻ってしまうっていうことがあって
これは誰にでも経験していることでは
ないのかなと思います。



変化っていうのは
長くは続かないなっていうのが
誰もが実感していることだと思います。



例えば運動でも健康のために
よし毎日ランニングするぞって決めたとします。



これは結構強い思いで取り組んだとします。



でも最初は強い思いで取り組んだはずなのに
だんだんと億劫になってしまって
結局は三日で走らなくなってしまったっていう
そういうことになりかねません。



そういう強い決意で臨んだつもりなのに
それが元に戻ってしまうっていうのは
脳の仕組みも関係していると言われています。



人間の脳っていうのは
ニューロンによって回路で頭の隅々まで
張り巡らされているって言われています。



その回路をひとつひとつに
ある動作がきちんと組み込まれています。



例えばAからBっていう回路があったとしたら
これはAっていう条件があった時に
すぐBっていう反応に起こってしまうっていう
そういう回路が組み込まれているっていう証拠です。



それは川の流れのように
よく使うもの程太くなっていくっていう風に
言われています。



例えば家に帰ったら
すぐに寝るっていう習慣があるとしたら
そういう川の流れができていて
それがずっと習慣でいるとしたら
そのニューロンの回路というのは
相当太くなっているはずです。



変化するっていうのは
川の流れを変えるようなことだって言われています。



最初は太い川の流れを
無理やり変えていくっていうことなので
新しい流れっていうのは当然小さくて
すぐに途切れてしまうってことはあるでしょう。



やっぱり太い川の流れを変えていくっていうのは
時間がかかる行為だっていう風に言われています。



でもやり続けることによって
新しい川が大きくなってきます。



そして太かった前の川っていうのは
だんだんと流れが細くなってきます。



そうやって前の流れが細くなって途切れて
新しい流れが太くなった時に
初めて新しい自分になったっていう風に
言えるのかなと思います。



だから最初から大きな変化をしていくっていうのは
無理なことなのです。



急に川の流れを変えるっていうのは無理なように
大きな流れの変化っていうのは
相当抵抗が大きくなってしまうのです。



当然すぐに元の川に
吸収されてしまうことでしょう。



そうやって新しい自分になろうと思っても
すぐに元に戻ってしまうっていうことが
起こってしまうのです。



だから最初は小さな一歩から始めていく
というのが大事なことです。



大きな川の流れを少しずつ
小さな川の流れの方に持っていく
小さな変化をしていく
そうすることによって流れの抵抗っていうのを
少し減らすことができるのかなと思います。



小さな変化を積み重ねていきながら
慣れてきたら何度も何度も繰り返すことによって
新しい流れが作られるっていうこういうことです。



徐々に徐々に大きくしていけば
良いっていうことなのです。



勉強でもいきなり三時間を勉強しようとしても
無理なことでしょう。



でも最初は10分ぐらいだったとしたら
少ない抵抗なので続きやすいっていうことがあって
それをやり続けることによって
少しずつ川の流れを変えていくっていうことです。



何十年も今の自分として
習慣を繰り返していっているので
いきなり変化するっていうのは
やっぱり難しいことなのかなって思います。



それ相当の時間がかかってしまうのは
当たり前のことなのでしょう。



だから自分の性格を変えようってするっていうのも
とっても難しいことです。



いつも怒ってばっかりの人が
穏やかにしようとします。



でもやっぱり元の自分が出てきてしまって
ちょっとしたことでも怒ってしまうってことになります。



そうなるとああ、またやってしまったって
強く後悔してしまいます。



そして自分を責めてしまうってことも
あるかもしれません。



でも理想の自分になっていくっていうのは
とっても難しいことだって
頭に入れておくだけでも
すぐに戻ってしまう自分に対して
自分が悪いから責めるっていうことが
少なくなるのかなと思います。



元に戻ってしまうっていうのは
当たり前のことだからです。



僕も今までの自分がすごく嫌になって
よし今日から新しい自分になるぞって決意します。



でもそれができない時があります。



特に性格を変えるっていうのは難しくて
昔の自分が出てきたなって思うことも多々あります。



そういう時は自分を変えるっていうのは
一生かかってやっていく
それぐらいの問題なのかなっていう風に
思うようにしています。



一生かかっての問題だから
ゆっくりとこの人生を使って
取り組むべきものなのかなって思って
焦らないでやっていこうって思っています。



当然ながら人間である以上
完成っていうのはないのです。



死ぬまで成長していく
死ぬまで理想を追い求めていく
そういう生き物なのかなって思います。



だからこそやりがいがあるのかなと思います。



ずっとずっと嫌な思いを味わいながら
新しい自分を目指していくっていうのを
繰り返してやっていくっていう
そういう生き物なのかなと思って
取り組むようにしています。



今日のまとめとして
古い自分から新しい自分になるっていうことは
脳の流れを変えていくっていうことです。



今までの太い川があったとしたら
新しい自分になるっていうのは
その太い川の流れを別のところへ向かって
新しい川を作るっていうイメージです。



そんな簡単に作れるものではないのです。



だから時間がかかって当たり前
元に戻って当たり前っていうことです。



そういうのを頭に入れながら
じっくりと取り組んでいけたら
いいのかなって思いました。



今日は人は急には変われない
元に戻ってしまって当たり前ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。










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2022年05月02日2022:5月

心はそんなに強くない だから大切に扱おう

今日は心はそんなに強くない
だから大切に扱うということについて
お話ししようと思います。



当然のことながら
心の状態っていうのは
目で見ることができません。



だから心が今どんな状態なのかっていうのを
把握するっていうのは
結構困難なことなのかなって思います。



それは自分自身も
自分の心を把握するっていうのも難しいですし
周りの人も自分の心がどんな状態なのか
というのを把握するのっていうのは
とても難しいことです。



だから勘違いをしてしまいます
健康そうに見えても心が疲れていたり
傷ついてしまっている時っていうのがあるのです。



体だったら傷口があったりとか
そういうのがあると分かりますけど
でも心っていうのは目に見えないから
元気で健康そうに見えても
疲れていたり傷ついていることがあるのです。



そして重要なことっていうのは
心は繊細だっていうことです。



つくづく思うのですけど
心っていうのはそんなに強くはないのです。



無理をすると簡単に壊れてしまったり
傷ついてしまうってことがあるのです。



だから大切に扱わなければいけない
というのもあります。



そういうのをこれから説明していけたら
いいのかなって思います。



まず心が健康でいるっていうのは
どんな状態なのかっていうのを説明していきます。



心が健康でいると何に対しても意欲があったり
自制心を持って
規則正しい生活をすることができたり
あと前向きな考え方ができるっていうのがあります。



まず意欲があるっていうことですけど
新しいことをチャレンジしていくっていうのは
心に余裕がないとできないことでもあります。



だから心が健康でないと
何か新しいことにチャレンジしたり
新しい場所に行ったり
新しい人と会うとしたいっていう
そういうことができなくなってしまうのです。



不健康ではそういう意欲が湧いてこないのです。



次に自制心ですけど
心が健康であるときは自制心を働かせて
規則正しい生活をすることができます。



ダイエットを例にしますと
ダイエットするっていうのを決意します。



自制心があると
きちんと運動したり野菜を取ったりっていう
そういう規則正しい生活をすることができます。



でも心が不健康だと
運動するっていうのが面倒になってしまって
食べ物もなんかも甘いものを
たくさん食べ過ぎてしまうってことがあります。



自制心が少ないと
不規則な生活になってしまうのです。



次に前向きな考え方です。



心が健康であると
当然何か嫌なことがあったとしても
少しぐらいだったら
ポジティブに明るく接することができます。



機嫌がいい状態っていうのが
長続きしやすいのかなって思います。



当然そういう機嫌がいいと
人に対しても親切にできるってことがあります。



それは心が健康でないと
なかなか難しいことなのかなって思います。



だから心の状態っていうのを
確認していくっていうのは
とっても大事なことだと思います。



心の状態が良いっていうのは
幸せな生活をしていく上では
欠かせない要素なのかなと思います。



そこで心を疲弊させてしまうもの3選ということで
3つの心を疲弊させてしまうっていうのを
説明していきます。



まずは大きなものとして
ストレスっていうのがあります。



次に自己否定をしてしまうっていうこともあります。



また無理をして頑張り続けてしまうっていうことも
心を疲弊させてしまう原因の一つです。



これからそれを詳しく説明させていただきます。



まずストレスですけど
特に人間関係のストレスっていうのは
大きなものです。



何か言いたいことがあったとして
でもそれが言えない
言葉をのみ込むっていうのは
相当なストレスを抱えてしまいます。



自分が本当はこうしたいのにって思っていても
それが言えなかったり



本当はこんなことしたくない
飲み会があったとしても行きたくないとか
ちょっと嫌なことを頼まれたときに
嫌って言えないと
それは相当のストレスを抱えてしまいます。



そういう風に
自分の好きなことを言えないっていうのは
これもストレスの大きな要因の一つです。



またストレスの中では
学校や会社で
周りの人から嫌われるのではないのかとか
上司や先輩とか先生から
怒られるのではないのかっていう
そういう不安があるとストレスを抱えてしまいます。



それが例えば実際に怒られなくても
怒られそうだって考えるだけで
ストレスを抱えてしまうのです。



そういうので簡単に心っていうのは
傷ついてしまうなっていうのがあります。



次に自己否定をしてしまうっていうことですけど
本当よくあるのが他人が責めていなくても
自分で自分のちょっとした駄目なところを
見つけては
自分を責めてしまうっていうことがあるのです。



自分に対してすごい高いハードルを
要求してしまってクリアしていないと
自己否定をしてしまうっていう
そういう人が結構な確率でいます。



そういう自己否定をしてしまうっていうことも
心を疲弊してしまう大きな要因の一つです。



次に無理をするんですけど
よくあるのが自分の限界を超えてまでも
頑張り続けてしまうっていう人がいます。



そうやって無理をして
頑張っているっていうのは
素晴らしいことなのかもしれませんけど



でもそれを続けていくと
どんどんと心を疲弊させてしまうことに
なってしまいます。



やっぱり無理っていうのは
あまり良くないなっていうのがあります。



そんな感じで簡単に心っていうのは
疲弊してしまうのです。



だから今言ったような
ストレスを抱えていないのかとか
頑張りすぎていないのかとか
自己否定をしてしまわないのかっていう
そういう要素を抱えていないのかっていうのを
確認していくっていうのは大事なことです。



そして自分で思っている以上に
傷ついてしまっていることが
多いっていうのもあるので
そういうのも考えながら
心の状態をきちんと把握していくっていうのは
大事なことなのかなって思います。



そしてよくある間違いとして
心が疲弊した状態で
前向きになれないって思って
そういうときに気合や根性でまだまだ足りない
頑張らなければっていう風に
自分を追い込んでしまうっていうことがあります。



そうなると余計に
悪くなってしまうってことがあります。



でもそれは結構
やってしまいがちなのかなって思います。



心が疲弊した状態で頑張れない自分に対して
叱咤激励をしてしまうのです。



努力や根性だけでは
解決できないものっていうのは
たくさんあるのです。



心っていうのはそういう気合や根性で
何とかなるわけではないので
丁寧に丁寧にいたわるってことは大事なことです。



特に心が疲弊してしまっている時は
休むこといや心を癒すことっていうのは
とっても大事なことです。



そういうことをしていくことによって
心を大事に扱っていくっていうことがあります。



自分の大切な大切な心ですから
気合や根性などで厳しく叱咤激励しないで
もっといたわりながら
大切に扱っていけたらいいのかなって思いました。



そうやって心を大切に扱うことで
自然に前向きになりますし
やる気になっていきます。



そして自制心も出てくるので
規則正しい生活ができるようになります。



これは心が疲弊しているときに
無理に気合や根性で引っ張り出そうと思って
心を強くするっていう
そういうことをするのではなくて
疲弊している時は
きちんと休んだりいたわっていくことで
回復していきます。



回復したときに
自然に前向きになれたりするのです
だから心をもっと大切に扱っていけたら
いいのかなって思いました。



今日は心はそんなに強くない
だから大切に扱っていこうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2022年04月25日2022:4月

人を援助する時の心構え・注意点

今日は人を援助する時の心構え・注意点について
お話ししようと思います
常々思うことですけど。



人を援助するっていうのは
とっても難しいなって思います。



自分が良かれと思ってやったことであったとしても
相手にとってはそれが不快だったり
良くないことだったりする場合があります。



また同じ行為をしていても
援助する方がどんな気持ちでそれをするかによって
相手に受ける印象っていうのは
全く違ってくるっていう場合もあります。



そこで陥りやすい注意点ですけど
まず漢字の『偽』ですけど
これは本当うまくできてる漢字かなと思います。



人の為って書いて
それが偽物っていうことです。



私が救わなければとか
私が助けなければと
強く思うのは良いことでしょうけど
でもそれがかえって
相手には重く感じてしまう時があるのです。



そういうことで心構えっていうのは
とっても大切なことなのかなって思います。



どんな気持ちで相手を援助するのか?
そして陥りやすい罠っていうのを
僕の例を交えながら心構えなどを
説明していけたらなって思います。



まず注意点として援助するっていう行為は
上下関係に陥りやすい行為でもあります。



救う方が上とか
ちょっと高くなったような感じになって
救われる方は一段下がったような
感じになってしまいます。



そういう上下関係になってしまいがちっていうのが
救う救われるっていうそういう関係で
注意しなければいけないところかなと思います。



そういう上下関係に陥りやすいっていうことで
救う方としては
有利な立場に立てるってことがあります。



逆に救われる方としては
一段下がったところにあるので
少し不利な立場に立ってしまうってことが
立場上あるのかなって思います。



なので救う方法としては見下ろすような感じに
なってしまうのかもしれません。



そこで気を付けなければいけないのが
自分は相手に貢献してるっていう
そういう思いがあると優位に立てるので



その優位性を持って
自分を満たそうとしてしまう
っていうことがあるのです。



特に自分に自信がない人は
相手を救うっていうその行為をすることによって
自分は必要な存在だ
自分は価値があるっていう風に
確信を得ようとしてるっていうとこが
あるのかなって思います。



そこで注意しなければいけないのが
自分には価値があるとか
自分は必要な存在だっていうのを
確信しようと思って
必死に相手を助けようとするかもしれません。



そうやって必死になればなるほど
相手が何を考えてるのかっていうのが
理解しようとできなくなってしまう
ということがあるのです。



そういう時に独りよがりな貢献になってしまって
自分の行為を押しつけてしまったり
感謝を求めてしまったりっていう風に感じで
お節介になってしまうのかなって思います。



昔の僕がそうでした
昔の僕は自分に全然自信がなかったです。



心にぽっかりと穴が開いていて
いつも空虚感を感じていました。



だから心にぽっかり空いた穴を埋めるために
相手に貢献するっていうことをやっていました。



そうやって相手に貢献して
相手が少しでも喜んでくれた
というのを見るだけで
心の穴が埋まったのです。



自分には価値があるって
そこではじめて思うことができたのです。



逆に何にもしていないと
すぐに空虚感とか心の穴が開いてしまって
自分がちっぽけな存在に思えてくるのです。



そうなると僕の存在意義っていうのが
分からなくなって
虚しくなってしまうってことがあるのです。



だからその心にぽっかり空いた穴を感じたくなくて
常に貢献し続けるってことを
やっていた時がありました。



人に貢献するっていうのを
止めてしまうってことは
虚しさを感じてしまうので
それをやめるってことはできなかったのです。



そういう風にして
自分と向き合うっていうことを
避けていたように思います。



そういう自分の空虚感を埋めるための
貢献っていうのは
常に結果を欲しがっていましたし
相手の反応をすごく気にしてしまいました。



また必要以上に感謝を求めてしまう
ということがあったのかなって思います。



だから自分が何かしてあげて
それを否定されると
僕はこんなにやってあげてるのに
何で分かってくれないんだって
逆恨みしていたような記憶があります。



そういうときっていうのは
本当に人のためと言いながら
自分が満たされたいだけっていうことなので
偽善だったなって思います。



しかもそれを自分で気付けない
というのがありました。



自分では良いことをしているつもりでいたのです。



そういうのは自分で思い込んでいたので
なぜ周りの人は分かってくれないんだ
という気持ちが常にありました。



そういうので人に援助する時の注意点として
自分に自信がない人っていうのは
自分を満たすためだけの貢献になってしまって
それは良い結果になりにくいってことがあります。



逆に心が満たされた時にやる貢献っていうのは
自分の考えを相手に押し付けないですし
相手に必要以上に感謝を求めない
というのがあります。



また結果が気にならないので
そんなに自分のやったことっていうのに
執着しないってことがあります。



こういうところについて詳しく説明していきます。



まず自分の考えを
押し付けないっていうことですけど
自分がやらなきゃとか
自分が助けなきゃ
自分がこの子をなんとかしなきゃ
と思えば思うほど
相手に無理な変化を求めてしまう
ということがあるのかなって思います。



でも自分が満たされていると
相手に無理な変化を求めなくなって
相手のペースで変化していくっていうのを
許せるようになります。



そうじゃないと自分のペースで
相手を変化させようとしてしまいがちになるのです。



次に感謝を求めないっていうことですけど
自信がなかった時は
自分の評価を上げるために
感謝を求めてしまうっていうことがありましたけど



自分が満たされているので
自分の評価を上げようとは思わないです。



当然感謝されなくてもされても
どちらでもいいのです。



ただ自分がやりたいからやるっていう
そういう心境に立てるのです。



次に結果が気にならないっていうことですけど
結果が気にならないから
相手が自分の言う通りにしなくても
それを認めることができるようになります。



自信がない時は
自分が結果を出さなければ
と思ってしまっていたので
相手が自分の言うことを聞かないと
すぐに怒ったりしてしまいました。



でも自信があると相手の考えを尊重して
自分の考えを押し付けよって
そういうことがなくなってくるのです。



僕の経験でも自分が満たされていると
必要以上に気負うっていうことが減ってきました。



こうしなければいけないとか
常に貢献しなければいけないっていうのが
減ってきているのです。



だから焦ることなく
ゆったりと構えることができます。



そして相手の役に立たなきゃって
強い思いがないので
相手の役に立ったら嬉しいですけど
別に立たなくても
それはそれで良いっていう風に
思えることができました。



だから自分じゃなくても
別に相手が救われるんだったら
誰が救ってもいいのかなっていう心境になれます。



自信がなかった時は
自分が救わなきゃとか
相手の役に立たなきゃっていう風に
思い込んでいたので
それは大きな違いかなって思います。




そして相手を救わなければとか
相手のために何かしなければっていう気持ちで
やるのではなくて
自分がやりたいからやるっていう気持ちです。



当然感謝を求めるっていうのも減ってきます。



そんな感じで押しつけではなく
相手の援助ができるっていうのは
自信をつけてみると
初めてこんな感覚なのかなっていうのを
知ることができます。



自信がなかった時っていうのは
もう自分が必死で
そういう押し付けっていう風になってしまっていて
でもその押し付けっていうのを
自分でも意識することっていうのは
できなかったです。



自信ができて
ようやく本当に人を援助するっていうのは
こういうことなのだっていうのを
気づくことができました。



それは自信がつけて
初めて分かることなのかなって今実感しています。



だから人を援助するとか貢献するっていうのは
自分を満たしてからっていうのが
必要になってくるのかなと思います。



自分を満たしていないとか
自分に自信がなかった時っていうのは
相手のためって言いながら
自分を満たすためにやってしまうってことに
陥りがちしたからです。



そういうときにやる貢献っていうのは
大体がうまくいかないっていう時があるので
そこは注意が必要かなって思いました。



最後に貢献するっていうことで
マザーテレサの名言で良い詩があったので
ここで紹介させていただきます。




人に優しくすると人はあなたに何か
隠された動機があるはずだと
非難するかもしれません
それでも人に優しくしなさい



歳月を費やして作り上げたものが
一晩で壊されることになるかもしれません
それでも作り続けなさい



今日良い行いをしても
次の日には忘れられるでしょう
それでも良い行いを続けなさい



本当に心に染み渡る詩です。



今日は人を援助する時の注意点・心構えについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年04月18日2022:4月

自分を変えるときに立ちふさがる3つの壁

今日は自分を変えるときに立ちふさがる
3つの壁ということで
お話ししようと思います。



僕たちは悩んだ時とか
行き詰まった時に
すぐに環境とか他人っていうのを
変えようとしてしまうのかなと思います。



そっちの方が楽だからです
でも皆さんもご存知のように
他人や環境を変えることっていうのは
とっても難しいことなのです。



だから自分自身を変えようと思って
一念発起して行動に移そうとするっていうことは
あると思います。



でも自分自身を変えようとする
それ自身はとっても素晴らしいことなのですけど
でも自分自身を変えるっていうのも
とっても難しいことなのです。



なぜ自分自身を変えるのが難しいのかって言うと
そこには立ちふさがる壁というものが
現れるからです。



その壁を乗り越えなければ
自分自身を変えるってことはできないのです。



そこでどんな壁があるのかっていうのを
知っておくっていうのは
自分を変えるために大事なことかなと思って
ここで説明していこうかなと思います。



まずその壁の正体ですけど
3つあるっていうふうに僕は考えています。



第一にそのアドバイスとか
良い考え方っていうのを
受け入れることができずに
拒絶してしまうっていうことがあります。



その自分のやり方っていうのが身について
それが当たり前になってしまっていると
新しい考え方を自分の中に取り入れようとしても
抵抗が起こってしまうということです。



なかなか新しい考え方を
受け入れることっていうのは難しいのです。



第二の壁として
新しい考え方を受け入れたとしても
それを行動に移すっていう段階になると
もう一つ難しくなってしまいます。



それも大きな壁の一つとして
立ちふさがることでしょう。



そして最後に第三の壁として
行動に移したとしても
でもその行動によって周りの人の評価っていうのが
変わってくるってことがあります。



だからせっかく行動に移しても
周りの人の評価で
また元に戻してしまうってことがあるのです。



そんな感じで自分を変えるためには
3つの壁を乗り越えなければいけないのです。



それを今から順番に
説明していこうかなって思います。



まずなぜ今の自分ではダメなのか
っていうことですけど
今までと同じやり方をしているのでは
同じ結果しか生まれないっていうことがあります。



だから今までとは全く違うやり方っていうのを
していく必要があるのです。



そしてその違うやり方っていうのは
もしかしたら自分の常識から
外れたところにあるのかもしれません。



180°全く違うことをしなければいけない
という場合もあるかもしれません。



その常識の外にあるものっていうのは
もしかしたら今まで自分の中では
こんなことをしてはダメとか
やってはいけないっていう禁止事項の中に
入っているのかもしれません。



でもその禁止時頃の中に
解決策がある場合が多いのです。



そこで第一の壁として立ちふさがるのが
そういう自分の中で禁止事項であった
そういうのをやっていくっていうのは
なかなか受け入れることができないのです。



ずっとそれを禁止していたから
それをやるって想像しただけでも
拒絶反応が起こって
こんなことはできない
駄目だっていう風に
すぐに拒絶してしまうのです。



だからそういう人にアドバイスをしたとしても
頭がついていかないっていう時があります。



受け入れるのに
すごく時間がかかるっていう時があるのです。



僕自身もそういう全く違うやり方をするっていうのが
全然受け入れることができませんでした。



僕はプライドが高くて
自分の弱みを見せられない
ということがあったのです。



バカになれって散々言われてきましたけど
それが全然できませんでした。



そういうのをできないどころか
弱みを見せることっていうのは
価値がなくなってしまうって思い込んでいたので
アドバイスをずっと拒否していました。



せっかく親切に言ってくれているのに
その言ってくれてる人に対して
自分をハメようとしているのではないのかという風に
悪意を感じてしまうのです。



だからハメられまいとして
必死に抵抗していたっていうとこが
あるのかなと思います。



そんな僕でも時間がかかったけど
色んな経験をしなければいけなかったですけど
でもようやく言っている意味っていうのが
分かり始めてきました。



最初はそんなこと言われても
全然意味も分からなかったのです。



そしてやっと受け入れるっていうことが
できるようになったのです。



それぐらい自分と全く違う考え方を
受け入れるっていうのは
難しいことなのかなって思います。



これが第一の壁です
そしてやっと受け入れたとしても
やる気になったとしても
でもそれを行動に移すっていうのは
また違った難しさっていうのがあるのです。



そこで第二の壁として
行動に移そうとした時に
今までそれが禁止思考であったとしたら
いろんな不安が出てきてしまいます。



こんなことして大丈夫なのかって
すごく心配になってくるっていうことがあって
なかなか行動に移すことができない
というのがあるのです。



ではどんな不安が出てくるのかって言うと
こういう行動を移してしまうと
怒られたり嫌われるのではないのかとか
恥かいたり笑われてしまうのではないのかっていう
そういう不安が出てきてしまうのです。



その不安っていうのは
残念ながら消すことっていうのはできないのです。



行動を移すことによって
やっと解消されるってことがあるので
あとは勇気を持って
その不安のまま飛び込んでいく
ということが大事なのです。



その飛び込むっていうのは
すごく勇気がいることで



よく例えられるのが
バンジージャンプを飛ぶっていう
そういう生きるか死ぬかのような
そういう思い切りの良さっていうのが
必要になってくる場合もあるのです。



そういう思い切って飛び出す
それは心臓がバクバク言って
もしかしたら足もブルブル増えている
そういう緊張体験なのかもしれません。



そういうガクブル体験を味わいながらも
行動に移すことによって
やっと自分の枠の外に行けるってことがあるのです。



そういう行動に移すにはとっても勇気がいる
ガクブル体験を乗り越えなければ
自分の新しい枠の外に出ることはできません。



それが第二の壁として立ち塞がるものです。



僕の場合も弱みを見せなければ
いけないっていうのが分かったけれど
でも自分の弱いところを見せるっていうのは
とっても難しいことでした。



だからもうどうにでもなれって
半分投げやりで半分開き直ったような感じで
バンジーを飛ぶような感じで



不安でガクブルしながら
やっと自分の弱みっていうのを
見せるっていうことができました。



簡単にできる人にとっては
そんなことは大したことないっていう風に
思うかもしれませんけど



僕のように全くしたことがなくて
自分の弱みを見せると
自分じゃなくなってしまうって
そういう思いを持っている人にとっては
すごく難しいのです。



そして第三の壁として
やっと行動したとしても
今までと違う自分になるっていうことは
周りも戸惑ってしまうっていう可能性もあるのです。



当然最初はビックリされて戸惑うことでしょう。



でも周りの人も徐々に
そういう新しい自分っていうのを受け入れて
それがしばらく経つと
当たり前っていう風になってきます。



僕の場合も思い切ってさらけ出す
ということはできましたけど
でも当然周囲の人っていうのは
最初は戸惑ったことでしょう。



僕みたいな弱みを見せられずに
ツンケンしてきた人が
急に自分の弱みを見せるっていうことだから
何か裏があるのではないのかという風に
考える人もいたかもしれません。



そして僕自身もそういう周りの反応が気になって
凄く恥ずかしいっていう気持ちもありました。



でも実際にやってみて
すごく不安であったのですけど
でも自分の思っていたような
不安なことっていうのは
全然起きなかったです。



そういうので拍子抜けしたようなイメージがあります。



また周囲の反応として
大体は受け入れられることっていうのが
多いですけど



たまに新しい自分になるっていうことを
受け入れられずに
引き止められてしまうということもあります。



家族とかそういう人は
新しい自分になるっていうことを
なかなか受け入れることっていうのはできずに
昔の自分でいるっていうことを要求してしまうのです。



だから新しい自分になろうとすると
こんな人だとは思わなかったって
冷たい言葉を掛けられる時もあるかもしれません。



でもその声に負けてしまうと
また昔の自分に逆戻りしてしまいます。



色々と言われるかもしれませんけど
でもそれをグッと堪えてやり続けると
周りの人もようやく折れてくるっていうことがあります。



そういうので周りの反応が厳しく
抵抗に会うっていうことも
覚悟する必要もあるかもしれません。



僕自身の体験としても奥さんとの関係で
最初は僕は尽くす方だったので
すごく奥さんに対して尽くすってことをしていました。



でもそれだと自分自身がつらくなってしまうのです。



ずっと相手に合わせなければいけなくなって
自分のやりたいことを
我慢しなければいけなくなるからです。



だからある日尽くすっていうのを
思い切ってやめてみました。



最初は奥さんも昔の尽くしてくれる自分に
元に戻って欲しかったっていうのがあります。



だから色んなことを言われました。



そんな人だと思わなかった
ひどいとか色々言われました。



最後には離婚するっていう
そういうところまで行った覚えがあります。



そういうことを言われても
自分自身を優先するってことをやっていた結果
徐々に徐々に僕の冷たい部分っていうのを
受け入れてくれるようになりました。



当然僕の評価っていうのも見直すようになって
温かい人から冷たい人っていうふうに
変わったと思います。



だから過重な期待をするってことは
少なくなってきました。



そうやってやっていくうちに
ちょうど良いお互いの距離っていうのが
保てるようになったのかなと思います。



今では自分のやりたいことはやって
やりたくないことはやらないっていう風に
本音を言い合えるような仲になったので
気楽にいられることができます。



奥さんの方も僕に対して
色々と言ったっていうことがあるので
本音をぶつけるっていう
そういう関係になれたのかなって思います。



そして今はちょうど良い距離感を保つことができて
無理しないで平和でいられるってことがあります。



今日のまとめですけど
このように自分を変えるっていうのには
三つの壁が存在します。



第一は新しい考え方を受け入れることが
できないということです。



第二は新しい考え方を受け入れたはいいけど
でもそれを行動に移すっていうのは
とても難しいことで



そこにはバンジーを飛ぶくらいの
ガクブル体験を乗り越えて行動に移すっていう
そういう勇気が必要になってきます。



そして第三の壁は行動に移したのはいいけど
当然新しい自分になるので
周りは戸惑ってしまうということがあります。



そういう周りの評価を気にしてしまうと
昔の自分に戻ってしまう可能性もあるので
それも気を付けなければいけないのです。



このように三つの壁を乗り越えることによって
初めて自分を変えることができるのです。



だから自分を変えるっていうのは簡単なようで
凄く難しいことなのかなって思って
ここで説明させていただきました。



今日は自分を変えるために阻む
三つの壁ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2022年04月11日2022:4月

いつの間にか頑張りすぎていませんか 無理する2つのパターン

今日はいつの間にか頑張り過ぎていませんか?
無理をする二つのパターンということで
お話ししようと思います。



誰もが無理をするのは良くないっていうのは
ご存じだと思います。



運動でもスポーツでも
無理をしてやったとしても
かえって体を壊してしまったり
余計に悪くなってしまうということがあります。



せっかく良い運動ってやってるのに
無理をしたばっかりに
その良い運動が体を悪くしてしまうなんて
もったいないことだと思います。



そういう無理は良くないっていうのは
誰もが分かっているはずだけど
でも大抵は自分で無理してるっていう
そういうのが分からない人が
多いのかなって思います。



特に頑張り屋さんは無自覚に
自分が無理しているっていうことがあるので
なかなか自分で無理をしているのだっていうのを
気づくことっていうのは難しいのです。



そして知らず知らずに無理した結果
心も体もボロボロ
そして立ち直るのに時間がかかってしまう
ということになりかねません。



心の無理っていうのがうつ病で
それが代表的な病なのかなって思います。



では無理をするっていうのはどんなことなのか
また頑張り屋さんの対処方法について
これから説明していこうかなって思います。



まず無理ですけど
体の無理っていうのは
比較的分かりやすいのかなって思います。



次の日に筋肉痛になったり
すぐに体に出てくるからです。



でも心の無理っていうのは
なかなか分かりにくいです。



心は目で見ることができないので
自分で無理をしてるっていうのが
実感を持ちにくいものなのかなって思います。



心に相当負担がかかっているのに
自分ではまだまだできる
もっと頑張らなければっていう風に
思ってしまって
いつの間にか心の疲労度が蓄積している
という場合が多いのです。



そして次第に心の問題だけではなくて
体にも症状が現れてくるという場合があります。



夜寝つこうと思っても
なかなか寝ることができなかったり



食欲が少なくなって
何も食べようと思えなくなってしまったり



しまいには仕事に行こうと思っても
動けなくなってしまうっていう
そういう状態になってしまうかもしれません。



そういう動けなくなってしまうっていう
代表的なものが
うつ病という病なのかなと思います。



それは知らず知らずのうちに
心を無理した結果になってしまう病です。



そして発病すると回復までに
すごく長い時間がかかってしまいます。



だから早めに無理をしないでおくっていうのは
とっても大事なことです。



そこで無理をしやすい人っていうのが
二パターンあって
そういうのをこれから説明していきます。



まず一つ目はついつい頑張り過ぎてしまう人
そして二つ目は我慢することが多い人っていう
この二パターンです。



まずは頑張り過ぎてしまう人について
説明させていただきます。



頑張るっていうのは
とっても大事なことではあります。



でもその頑張りが自分の許容範囲を超えてまでも
やり続けてしまっていると
当然どこかで無理をきたしてしまって
何か不都合が起こってしまいます。



普通の人っていうのは
自分の許容範囲を超えてまで
頑張るってことはできないです。



普通は諦めてしまうのです。



でも自分の許容範囲を超えてまでも
頑張ってしまうっていう人が中にはいるのです。



そういう人の特徴として
義務感が強い人っていうことが挙げられます。



義務感の強い人というのは
自分で自分のことを
評価するっていうことではなくて
自分の評価を相手に任せてしまうっていう
そういう特徴があるのかなと思います。



だから常に人の目線を気にしてしまう
ということがあります。



そうなると怒られたり嫌われるのが怖くて
自分の身を削ってまでも
頑張り続けてしまうということがあるのです。



僕自身そういう風な感じで
頑張り続けてしまったっていうことがあります。



悪い評価っていうのがすごく怖くて
手を抜くことっていうのが
なかなかできないでいました。



多分人一倍頑張ってしまったのでは
ないのかなって思います。



それは自分に自信がなかったから
相手の評価が凄く大事になっていたのです。



時には自分の命よりも相手の評価の方が
上になっていたっていう時もありました。



だからこそ自分の許容範囲を超えてまでも
頑張ってしまったのかなって思います。



でも不思議なことに
自分では頑張ってるっていう
自覚がありませんでした。



まだまだ足りない
もっと頑張らなければっていう風に
強迫観念的に頑張ってしまっていたのです。



そうやって無自覚に無理をしていったので
その無理が体に現れたりっていう風に
していったのです。



そしてその無理をした結果っていう
そのツケを払わされることになったのです。



無理をしないためにも
頑張り過ぎないためにも
人の評価を気にしなくなるっていうのは
とっても大事なことです。



嫌われないようにとか怒られないようにとか
そういう怖いことを少しずつ受け入れていく
恐怖を減らしていくっていうことは
大事なことです。



そうやって怒られること
嫌われることから抜け出した時に
頑張り屋さんから初めて抜けることができました。



そういうので人の評価を
気にしなくなるっていうのが
頑張り屋さんには大事なことなのかなって思います。



次に我慢する人ですけど
勉強でも仕事でも家事でも
やりたくないことをするっていうのが
心の負担としてはとっても大きいものです。



多少の我慢だったら
誰でもやりたくないってことがあって
でもやらなければいけないことがあるので
それは許容範囲であったら
問題はないのかなって思います。



でも中には自分の許容範囲を超えてまでも
自分の本音と違うことをずっとやり続けてしまう
っていう人がいます。



そうなると当然許容範囲を超えてしまっているので
心が壊れてしまうということがあります。



ストレスフリーとして
自分に正直に生きるっていうことが
ストレスが溜まらない秘訣です。



やりたいことをやる
やりたくないことはやらない
そういうのができると心って楽にいられます。



そしてそういう自分に正直に
自分の心に嘘がなくなった時に
心は楽でいられて
そして初めてその時に
その人の能力っていうのは
発揮されるのかなって思います。



それを嫌なことをずっと続けてしまうと
心に負担がかかってしまって
能力を全然発揮するってことができません。



やっぱり我慢はよくないなっていうのはあります。



そして我慢強い人っていうのは
自分の本音を言えずにいる人です。



相手に従ってしまってばかりで
自己主張することができない
という人でもあります。



自己主張ができない人っていうのは
繊細な体質を持っているっていうのもあります。



相手の気持ちを読み過ぎてしまって
自分の気持ちよりも
相手の気持ちを優先してしまうっていう
そういう体質を持っている人っていうのがいます。



また環境っていうのも大きくて
小さい頃から自分の意見を
言えないでいたっていうこともあるかもしれません。



そういうようなことで
自己主張というのは
体質が関係する場合もあるかもしれませんけど
環境っていうのも大きいのかなと思います。



環境も大きいので
そういうのは訓練して
身に着けられるっていうこともあるのです。



家庭や学校で自己主張する訓練をしていくと
ちょっとずつ自分を主張して
我慢をやめれるってことがあるのかなと思います。



海外では自分の主張をすることが大事で
そういうディベートの練習っていうのを
ずっとしているので
自分の意見をはっきりと言うっていう
そういう文化があります。



でも日本では
あまり自分の意見をはっきり言い過ぎるのは
それは駄目なことだっていう風に
考えられていることが多いのかなと思います。



だから自己主張をできないっていうのは
ただ単に慣れていないだけっていう場合も
あるのかもしれません。



うまく自分の意見を言ったり
相手の意見を聞くっていう
そういう練習をしていないだけ
ということがあるのです。



当然慣れていないので
はじめからからしようとすると
相手と衝突するっていう恐れが出てきます。



だから慣れていない人っていうのは
衝突しないように
相手と気まずい雰囲気にならないように
自分が我慢すればいいって思って
すぐに自分の意見を引っ込めて
相手に合わそうとしてしまうってことがあるのです。



それが偽りの平和だったとしても
一応平和でいられるってことがあるからです。



そうやって自分の本音を隠して
嫌なことでもずっとやり続けてしまうってことが
我慢する癖の人はあるのかなと思います。



そうやって嫌なことをずっとやり続けて
無理がたたってしまうってこともあるのです。



だから相手と衝突してもいいから
自分の意見を言うっていう
そういう訓練をしていくっていうのは
とても大事なことなのかなって思いました。



今日のまとめとして
体の無理と違って心の無理っていうのは
なかなか気づけないでいるものです。



そして無理をしやすい体質っていうのがあって
その体質のパターンとして二つ挙げられます。



頑張り屋さんと
我慢する癖が付いている人です。



頑張り屋さんっていうのは
相手の評価を異常に気にしてしまって
嫌われるのが怖かったり
怒られるのは怖いから
手を抜くことができずに
頑張り過ぎてしまうっていうそういう人です。



そういう人は評価を気にしなくするっていうことで
自分自身を信頼していく
というのが大事なことです。



そうやって自分自身を信頼していけば
相手の評価っていうのは
ある程度気にならなくなるのかなと思います。



そういう自分を信頼するとか
自信を付けるっていうのは
別の動画でアップしていますので
良かったらそちらをご覧ください。



そして我慢する癖が付いている人は
やりたくないことを
ずっと続けてしまうっていうことがあります。



自己主張ができないでいるのです。



そういう自己主張ができない人は
練習っていうのが大事なことです。



相手と衝突してもいいから
ちょっとずつこんなことはしたくない
これがやりたいっていう風に
主張していくっていうのは
とても大事なことなのかなって思いました。



今日はいつの間にか頑張り過ぎていませんか
無理をしてしまう二つのパターンということで
説明させていただきました。



ありがとうございました。










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2022年04月04日2022:4月

人間は神様ではなくサルが進化したもの ダメな自分を責めないで

今日は人間は神様ではなく
サルが進化したもの
だからダメな自分を責めないで
ということについてお話ししようと思います。



カウンセリングをしていて
悩みが多い人っていうのがいます。



そういう人っていうのは
自分に対しての要求がすごく高いところにあります。



まるで成人君主を目指しているのでは
ないのかっていうぐらい自分に対して
高いハードルを立ててしまっています。



善人でいなければいけない
悪い心を持ってはいけない
きちんと生活して
自堕落な生活はしてはいけない
というふうな感じです。



そんな高いハードルをこなすことはできずに
できない自分をついつい責めてしまう
ということがあるのかなと思います。、



そういう自己否定をしてしまっている人に対して
本当に必要のない自己否定を
してしまっているなって思います。



多くの人がそういう自己否定で苦しんで
そして不幸になってしまってる
というのがあるので
だからこそ伝えたいことは
あなたは決して成人君主にはなれないのです。



神様の生まれ変わりではなくて
僕たちはただのサルの進化したもの
だからサルとあんまり変わりはないのです。



だからそんなに清く正しく生きなくてもいいのです
っていうのを伝えたいです。



そういうのをこれから
詳しく説明させていただこうかなと思います。



僕たちは先程言ったように
サルの進化したもので
ほんとサルと同じような生き物です。



だから自分勝手なところはもちろんのこと
本能に忠実に生きています。



それは他の動物とホント大差がありません。



サルのちょっと毛の生えたような
生き物なのかなって思っています。



だから思うようにできない
ということもたくさんあります。



正しいと思っていたことでも
やるべきことがあったとしても
それができないことっていうのはたくさんあります。



勉強しようと思っても
ついついスマホを見てサボってみたり
ゲームをして遊んでしまったりっていう風なことを
してしまう時があります。



そんな時はなんて自分はダメなんだ
こんな勉強もできずに
遊んでしまうなんてっていうので
自分を責めてしまう時があるかもしれません。



また素直になれずに友達や大切な人に対して
ついつい言い過ぎてしまって
あとて自己嫌悪に陥るっていうことも
あるかもしれません。



このように僕たちは
きちんと何かをしようと思っても
できない時があるのです。



それは人間だからしょうがないのかなっていうので
諦めるってことも肝心なのかなと思います。



また僕たちはダメだって
思ってしまってることであったとしても
こんなことをやめなければって
思っていることであったとしても
ついついやってしまうということがあります。



例えばお酒でもう今日は絶対飲まないって
固く決めていたとしても
でもやっぱり誘惑に負けて飲んでしまう
ということがあります。



そういうダメだと思ったことでも
やってしまうっていうのは依存症で
買い物やギャンブルに当てはまると思います。



そういう依存症っていうのは駄目だと思っても
ついついやってしまうっていうことが
依存性として挙げられると思いますので
そういうのをやめるっていうのは
とても難しいことなのです。



そしてやめられない自分に対して
なんて自分はダメなんだって
自分自身を責めてしまう。



そういう後で自己嫌悪に陥って
余計にストレスをためてしまう。



そしてそのストレスが買い物だったり
お酒だったりっていうふうに向かうっていう
そういう悪循環になってしまうこともあるのです。



また僕たちはついつい見栄を
張ってしまう生き物です。



できないようなことでも引き受けてしまったり
高価な買い物をして
ブランド物で身を包んでしまったりっていう



そういう自分に対して飾りを付けることによって
大きく見せようとしてしまうことが
あるのかなと思います。



またプライドが高いっていうことがあって
自分を高く見せるために
自慢話で威張ってしまったり



かと言えば
何か言われたら反撃してしまったりっていう
そういう危うさも持ってしまっています。



そんな僕たちは傷つきやすい
という一面もあります。



ちょっとした噂話で自信を失ってしまったり
やる気を失ってしまったりっていう
そういう繊細な部分も持ち合わせているのです。



人間には確かに良い部分もたくさんあります
それは他の動物にはないものだと思います。



慈愛で崇高な部分も持ち合わせているのです。



愛に溢れた行動を取れたり
自分をきちんと律して
ちゃんとした生活をすることができたり
そういう理性的な部分も持ち合わせています。



そういう意味では
聖人君主にもなれる可能性があって
神様に近い存在だって言えるかもしれません。



そういう崇高な部分を持ち合わせていますけど
でもやっぱりサルみたいな
動物的な本能の部分も持ち合わせていて



そういう光と影
両方を持ち合わせている存在なのかな
ということも言えるでしょう。



特に影の部分っていうのを
きちんと見ていくっていうのは必要なことで
先ほども説明したように



やらなければいけないと
思っていてもできなかったり



やってはいけないって思っても
やってしまったり



見栄やプライドが高かったり
強がっていたとしても
でも本当は臆病で傷つきやすかったりっていう



そういう人間らしい部分も
持ち合わせているのかなっていうのも
きちんと見ていく必要はあります。



そういうのを見ていくと
やっぱり僕たちのルーツっていうのは
神様とは縁遠くて
サルに近い生き物なのかなっていうのはあります。



そういうのは認めざるを得ないでしょう。



だからできなくて当たり前
きちんと生きるっていうのは
相当ハードルが高いことなのかなって思います。



サルと同じような感じで
本能に根差したもので
不器用にしか生きていけないってことがあるのです。



そういうのを諦めて生きていくっていうことも
大切になってくるでしょう。



もうきちんと生きるっていうのは
不可能なことなのかなって思います。



そういうのを受け入れられないと
闇の部分を否定してしまって
自分を責めて
つらい生き方になってしまうってことがあります。



だから弱さを受け入れて
自分の限界を知る
もうきちんとは生きていけないのだ



やっぱり人間だからダラけた部分もあるし
ダメな部分もあるっていう
そういうのを受け入れてやっていくことによって
少しずつハードルも下がって
自己嫌悪も減っていくのかなって思います。



そして自分の失敗を許せるようになると
相手の失敗も許せて
心が広くなるのかなって思います。



だから自己嫌悪をして
こんな自分なんてダメだって
そういう気持ちが出てきたとしたら



僕たちは決して神様ではなくって
サルに近い生き物なのだっていう
そういうものを唱えることによって
ハードルが下がるのかなって思いました。



今日は人間は神様の生まれ変わりではなくて
サルの進化したもの
だから自分を必要以上に責めないで
っていうことで説明させていただきました。



ありがとうございました。






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2022年03月28日2022:3月

死んだらどうなる? 何も残らず無になる? また生まれ変わる?

今日は死んだらどうなるの?
何も残らず無に変わるのか!
それともまた生まれ変わるのか!
ということについてお話ししようと思います。



死んだらどうなるのかっていうのは
皆さん気になるところだと思います。



それで僕の中ではごく当たり前のことで
死んだら生まれ変わるっていう風に
思い込んでいました。



スピリチュアルな本とか読んでいると
生まれ変わりってあるのかなっていう風に
信じていたところがあります。



でも周りの人に死んだらどうなるのか
というのを聞く機会があって
意外にも死んだら無になるっていう人が
多くいたので
びっくりしたのを覚えています。



そこで死についていろいろと考えていたことを
動画でアップさせて頂こうかなって思いました。



そういうことを言っても
結論として死後の世界は誰にもわからない
ということがあります。



色んな人が研究をしたり
霊を見れる人がいたり
そういうので説明をしています。



でも実際のところ
死んで蘇ったっていう人は
一人もいません。



臨死体験をして死にそうになって
蘇った人はいるかもしれませんけど
死んだ後に蘇ったっていう人は
一人もいないのです。



だから実際のところ
死後の世界は永遠に分からない
というところが正直なところかなと思います。



その上でどんな研究がされているのか
どんな考え方があるのかっていうのを
知っていくのも大事なので
ここでそういうのを
述べていけたらいいのかなって思います。



まず臨死体験をした人ですけど
一回心臓が止まってまた動き始めたっていう
仮に死を経験したっていう
そういう人の体験が色々と集められています。



そういう人のことを聞いていくと
ある共通点を見ることができます。



死んだら三途の川に渡るとか
トンネルを抜けて新しい世界に行くとか
またそういう時に親しい人が
お迎えに来るとかっていう



それは日本だけでなくて
どの国でも共通して
そういうことを言われているということがあります。



そうなるとこれは限りなく真実に近いのかなと
思うことができるでしょう。



また前世を記憶する子供たちっていう本があって
前世を覚えているのではないのか
という子供たちに焦点を当てて
研究をした人がいます。



全然知らない場所の道を詳しく覚えていたり
何十年も前の人間関係があって
そのことを覚えていて
実際に調べてみても
その人が実在したっていうのが分かったり
親でも知らないような言葉を喋ったりっていう



そういうのはネットで調べてみると
いくらでもそういう事例は見つかります。



そういうのを見ていくと
本当に生まれ変わりっていうのがあるのかなって
信じざるを得ないような感じになってきます。



そういうのを踏まえた上で
死んだら無になるのか
それとも生まれ変わるのか
そういう自分の信じる方向性で
今の生活が変わってくると思います。



だから自分がどのような思想を持つかっていうのは
生きていく上で
大事になってくるのかなって思います。



それで考え方の比較っていうのを
今からしていこうと思います。



どのような思想を持つのかっていうのを
判断材料にしていただけたらなって思います。



まず死後は無になるっていう考え方ですけど
肉体の活動が停止したら
当然脳も停止して
意識も停止してしまうっていう
そういう全てが停止した状態になってしまう
というのがこの考え方なのかなって思います。



そういう科学的な考えでいると
今までの思い出が全てなくなってしまう
ということがあります。



自分の生きた証っていうのは
全然残らないっていうことがあるでしょう
それで本当にやる気がなるのかっていうことです。



最後は全て無に帰る
そう思うと何のために経験するのかっていうのが
なかなか意味が見出さなくなってしまう
のではないのかなと思います。
そして死ぬことに対して
自分の存在が消えてしまうということなので
ものすごい恐怖が
起こってくるのかなって想像します。



だからどうせ死んでしまうのだから
無になってしまうのだからっていうので
自堕落になってしまったり
今に集中できなくなってしまうという恐れもあります。



でも逆に消えてしまうからこそ
限りある時間を精一杯生きようとする
そういう人も一定数いて
前向きになれるっていう人もいます。



でもそういう人は本当少数なのかなって思います。



大体の人は死の恐怖に
押しつぶされそうになってしまったりとか
大切な思いでさえも
全て無になってしまうのだったら



何のために思い出を作るのかっていうのが
分からなくなってしまうっていう人が
ほとんどなのかなって思います。



次に生まれ変わる論を説明させていただきます。



生まれ変わりだから
魂の存在っていうのを信じています。




死んでも終わりではなくて
あの世があって
自分はずっと居続けるっていう考え方です。



本当これはスピリチュアルな考え方なのですけど
肉体がたとえ滅んだとしても
脳が死んだとしても
魂だけは抜けてあの世に行く



そして魂がまた肉体を持つことで
生まれ変わることができるっていう
そういう考え方です。



そういう考え方でいると
やる気になるのかって言うと
死んだ後も記憶だけは残るっていう風に
言われています。



地位や財産やお金っていうのは
死後には持っていくことができませんが
記憶だけは持っていくことができる
という風に言われています。



だからさまざまな思い出っていうのを
積極的に残そうとするのでは
ないのかなって思います。



また生きる意味を考えるっていうことでも
多分成長するために
僕たちは生まれ変わるって思います。



たから生まれる前に自分の課題をきちんと決めて
そしてその課題をクリアするために
さまざまな使命というのを
この世に果たすっていうことを決めて
生まれてきたのかなって思います。



そういうので自分はどんなふうにして
生きていけばいいのかっていうのが
見出せやすいのかなと思います。



生まれ変わりを信じていない人にとっては
そんな使命なんていうのは存在しない
ということがあるかもしれませんけど



生まれ変わって
自分の魂を成長させるっていう意味では
さまざまな課題を持って
そういうのを使命として果たしていくっていう



そういう役割も考えることが
できるようになるのかなと思います。



そして死んだとしても
自分はなくならないっていうことがあると
死の恐怖っていうのが
無になることと比べて
すごく少なくなるのかなと思います。



自分は無くならないのだから
死の恐怖が限りなく少なくなるのかなと思います。



また亡くなった人に対しても
あの世から見守ってくれてると思うだけでも
悲しみっていうのは減るのかなと思います。



でも気を付けなければいけないのが
つらいことがあると
仕事を転職するような感覚で
自殺してやり直すっていう風な人も
実際にいるわけです。



そういう人の話を聞いてみると
死んで一回リセットして生まれ変わって
また次の人生を歩みたいっていう
そういう考えを持ってる人がいるので
ちょっとここら辺では
注意が必要かなって思いました。



昔は死っていうのは
宗教が担っていたと思います。



死ぬことっていうのは
人間の領域を遥かに超えたところにあります。



だからそういうのを昔の人は信仰によって
補おうとしていたのではないのかなと思います。



死んだ後は極楽浄土に行けるっていう考えが
昔はあって



念仏を唱えるだけで極楽浄土に行けるとか
修行すると幸せになれるとか



良いことをすると天国に行けるとかっていう
そういう考え方が昔の人は
持っていたのではないのかなって思います。



でも今は宗教を信じないので
死後の世界を考えるってことが
少ない状況なのかなと思います。



ぼんやりと意識するだけっていう人が
多いように思います。



だからこそ死後の世界を考えるってことは
とっても大事なことです。



実際の話死後は分からないですけど
でも状況からしてあの世っていうのは
存在するのではないのかな
という風なことは言えます。



そして生まれ変わりを信じた方が
楽に生きていけるっていうことがあります。



そういうので死後の世界があって
生まれ変わりはあるっていう風に
考える方が今を生きていく上で
有効に働くのではないのかなって思いました。



実際に僕自身が生まれ変わりを信じることで
今を懸命に生きようとすることができています。



だから多くの人も死後の世界を信じた方が
今をもっとよりよく
生きていけるのかなと思いました。



そして研究結果でも
死後の世界は限りなく存在するっていう
そういう結果もあるので
そういうのを信じていた方がいいのかなと思って
この動画を撮らせていただきました。



今日は死んだらどうなる
死んだら無になるのか
それとも生まれ変わるのか
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。






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2022年03月21日2022:3月

怒りを減らす方法② 粗末に扱われると怒りを感じてしまう

今日は怒りを減らす方法の2番目として
粗末に扱われると怒りを感じてしまう
ということについてお話ししようと思います。



前回の続きですけど
怒りを感じる瞬間っていうので
僕の中で二種類あるという風に思っています。



一つは自分のルールを破られた時
自分がこうあるべきっていう
そういうルールをいつの間にか持ってしまっていて



それを平気で破ってしまう人を見ると
自分は守っているのに
なぜお前は守らないんだっていう風に
怒りを感じてしまうということです。



ある人はルールが少なくて
怒りを感じるっていうのが少ないですけど
でもある人はルールが多くて



ちょっとしたことでも
ルール違反っていう風に感じてしまって
怒りを覚えてしまうっていうことがあるのです。



だからそのルールを
減らしていけば減らしていくほど
怒りを感じるっていうことが少なくなるっていう
それが前回の動画でした。



今回は自分を粗末に扱われるということについて
説明させていただきます。



怒りを感じる時っていうので
例えば飲食店で
自分の順番を抜かされた時、そういう時に
なぜ自分だけ後回しにするんだっていうことで
店員さんに怒りを感じてしまうと思います。



またせっかくいい気分でとドライブしているのに
急な割込みをされた時っていうので
危ないだろう!
どんな運転してるんだ!ということで
割り込んだ車に対して
怒りを感じてしまうと思います。



また会社内で後輩が
自分にはふざけた態度をとってしまっている
そういうのを見ると
舐めてるのかっていうことで
怒りを感じてしまうと思います。



そういう怒る瞬間
カーッとなる瞬間っていうのは
多分自分から攻撃してやろうっていうよりは



相手の態度が何か自分の気に触って腹を立てるし
攻撃的になってしまうっていうことが
あるのかなと思います。



そういう相手からの反応で
嫌なことされたっていうことで
怒り覚えると思うんですけど



でもその怒りの奥を見てみると
自分のことを大切に扱ってくれなかった
逆に粗末に扱われたっていう
そういう怒りがあるのかなと思ってます。



そして相手はもしかしたら
自分のことを粗末に扱うとして
やっているのではないのかもしれません。



でもそういう相手の思いっていうのは関係なくって
自分が攻撃された
粗末に扱われたって思えば
怒りを感じてしまうということがあります。



特にカーッとなりやすい人っていうのは
相手の言動にすごく敏感になっていて
普通の人は何とも思わないのに



そういうカーッとなりやすい人っていうのは
傷つきやすい人であって
過剰に反応してしまうということがあります。



大体そういう人っていうのは
臆病になっているっていうことがあるのです。



そういう人は自己信頼感っていうのが少なくて
自分のことを価値ある存在だっていう風には
なかなか思えない状態でいるのです。



そして一番怖い輪から排除されるっていう危機感を
常に持っているのかなって思います。



そういう危機感を常に持っているからこそ
ちょっとでも大切に扱われないと
すごく不安になってしまうのです。



自分のことを価値ある存在だっていう
風に思えないってことがあって
常に危機感を持っているのです。



そういう人がどのようにして
怒りを対処していくかっていうと
やっぱり自己信頼感を回復するっていうことが
遠回りだけど確実な方法なのかなって思います。



自分は価値ある存在だ
見捨てられないのだっていう風に
信じ込むことが大切なのです。



そういう自己信頼感の回復っていうのは
時間がかかるかもしれません。



もしかしたら小さい頃から
ずっと否定されてきたっていうことがあるからです。



簡単に自信を持つっていうことは
難しいのかもしれません。



やっぱり時間がかかってしまうということがあります。



まずは過去の嫌な思い出として
自分は大事にされなかったんだ
必要な存在だっていう風に
扱ってくれなかったんだっていう
そういう思いをきちんと受け止めるっていうことが
大事になってきます。



大抵はそういう思いを
ずっと奥にしまい込んで
なかったことにしようとしてしまう
ということがあるからです。



そして考え方を改めるっていうことで
その時はちょっとしたヘマでも
拒否されたかもしれませんけど
でも今はそんな簡単に
否定されるってことはないのです。



誰も簡単には見捨てないのです。



また相手は自分のことを攻撃してやろうとか
粗末に扱おうとしているわけではないのです。



そういうのを知っていくだけでも
怒りっていうのは減っていくのかなって思います。



ここから僕の話になりますけど
僕も自分のことは全然自信がなかったので
昔はちょっとした冗談だったとしても
通じなかったのです。



冗談でよくバカにされるとか
ちょっとネタにされて
こき下ろすっていうことがあって
笑い話にすれば良いのでしょうけど



そういうことでも笑い話にすることができずに
バカにされたっていう風に感じて
ムキになって反論していました。



そんな僕だから友達関係なんて
うまく作れませんでした。



そういう友達関係が作れないと
余計に臆病になって
自分の中で防御の姿勢に入ってしまうのです。



そういう時っていうのは僕の中で
周りの人が友達であったとしても
勝つか負けるかの世界にいて
気を許すことなんて全然できなかったのです。



相手の言動に過剰反応して
すごくビクビクしていました。



そしてバカにされないのかっていうのを
常に身構えて気にしていたと思います。



社会人になってからもそんな状態でいるから
どこかで限界を迎えてしまいます。



僕の中でにっちもさっちも行かなくなって
どうにもならなくなって
そこで初めて色んな勉強したり
色んな体験をして
振り返るっていうことをやっていきました。



そして自分を認める作業っていうのを
やっていったのです。



昔はずっと否定されたばっかりいたのです。



そんな環境なら臆病になって
当たり前っていうことが
自分の中で改めて認識することができました。



それまでは自分が悪いんだっていう風に
思っていましたけど
自分がそんなに悪いわけではないという風に
思うことができて



自分でも価値ある存在なんだっていう風に
自分に言い聞かすっていうことをやっていきました。



失敗してもいいし
時にはバカにされたとしても
自分の価値が減るわけではないのだ
という風に言い聞かせていったのです。



そして周りは悪意を持って
自分のことを落とし入れようとしたりとか
攻撃しようとしているわけではない
粗末に扱っているわけではないっていう風に
そういうのも言い聞かせていきました。



それは全て自分の勘違いだったのです。



相手の言動に過剰反応して
しまっていただけなのです。



そうやってやっていくうちに
少しずつ相手の言動が
気にならなくなってきました。



でもそれはやっぱりすぐにできることではなくて
時間がかかってきました。



少しずつ少しずつ自己信頼感っていうのを
回復していったのです。



そうやって信頼感を回復することで
怒るっていうことが減ってきました。



今日のまとめとしてカーッとくる瞬間として
後輩がふざけた態度をとったり



店員さんが自分の順番を抜かして
後から来た人を先にオーダーしてしまったりとか



というそういう相手の態度を見て
自分のことを舐められたっていう風に感じて
怒りが湧いてくるっていう時もあるかもしれません。



でもその怒りの奥底を見てみると
自分のことを大切に扱ってくれなかった
粗末に扱われたんだっていう風にして
怒っているってことが多いのかなと思います。



でも相手は自分のことを粗末に扱おうと思って
そういう風な言動をしたわけではないのです。



それは全て自分の勘違いっていうことがあるのです。



なぜそんな勘違いが起こるのかっていうと
臆病になってしまっていて
自己信頼感っていうのが
少ないということが大きいでしょう。



自分のことを価値ある存在だ
という風には思えないから
だから相手のちょっとした言動で
過剰反応してしまうということがあるのです。



なぜ自己信頼感が少ないのかっていうと
昔はずっと否定されてきたから
ということがあるのかもしれません。



そういうのをしっかりと受け止める
そして今はそんな簡単に
否定されないんだっていうので
昔と今は環境が違うっていうのを
きちんと自分の中で認識していく
ということが大事になってくるでしょう。



そして自分には価値がある
他人はそんな簡単に否定はしないんだ
昔は否定されてきたけど
社会はもっと優しいんだっていう風に
自分の中で落とし込むっていうことが
大事になってきます。



そういうことができるようになってくると
初めて怒りが減ってくるのかなって思います。



今日は怒りを減らす方法の2番目として
粗末に扱われると怒りを感じてしまう
ということについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年03月14日2022:3月

怒りを減らす方法① 自分の奥にある感情に気づく

今日は怒りを減らす方法の①として
自分の奥にある感情に気付く
ということについてお話ししようと思います。



誰もが怒りをコントロールしたいって
思っているはずだと思います。



僕も怒ることによって
色んな失敗をしてきました
怒りによって破壊するものっていうのは大きいです。



怒りに任せてやったことっていうのは
大抵は後で後悔してしまうってことがあるでしょう。



僕もたくさんあります
あんなこと言わなければ良かったって
言いすぎてしまったりとか



不機嫌な態度を取って
周りに嫌な雰囲気を出してしまったりとか



あともう怒りに任せて
物を壊してしまったりっていう
そういう時もありました。



そんな感じで怒りっていうのは
人間関係を壊す原因にもなってしまいます。



その時は怒りによって
物に当たったり
人に当たったりすることで
スッキリするかもしれません。



でも後ですごい罪悪感と
後悔に蝕われてしまいます。



そして相手からの信用っていうのも
失ってしまいます。



大切な人が去ってしまうってことも
あるかもしれません。



だから怒りをどうコントロールしていくかについて
色んな勉強をしてきました。



怒りについて学んだ結果として
怒りとして大きく分けて二つあるのでは
ないのかなって思ってます。



一つは自分のルールを破られた時に
ついつい怒っててしまいます。



そしてもう一つは
自分を粗末に扱われた時に
怒りっていうのが出てきます。



この二つが起こった時に
怒りっていうのが出てくるのかなって思います。



この動画ではまず自分のルールを破られる
ということについてお話ししていこうと思います。



もう一つの自分を粗末に扱われた
ということについてはまた後日動画を
アップしていこうかなって思っています。



まず自分の中のルールを破られるんですけど
僕たちの中には色んな普通とか常識とか
ルールっていうものを持っています。



こうあるべきっていうのがあって
それを破る人っていうのは絶対に出てきます。



自分の中のルールを破る人です。



そうやって自分の中のルールを破られると
なぜルールを守らないんだっていう風に
怒りがわいてきます。



自分は守っているのに
相手が守っていないということがあると
どうしても怒りが込み上げてくるのです。



なぜ自分だけが守らなければいけないんだ
っていうそういう損した気持ちに
なってしまうってことも
大きな原因の一つなのかなって思います。



だから自分にはどんなルールがあるのか?
っていうのを探ってみるっていうのは
その怒りの素を知っていくということで
とても重要なことだと思います。



例えば会社内にしたら怒りの原因として
上司にため口を使う部下だったり



髪がボサボサとか髭がボウボウに生えてきても
それでも平気で出社してくる人とか



仕事中におしゃべりばっかりして
真面目に仕事をしようとしない



そういう人がいたら、どうしてもムカッときて
なぜお前たちはルールを守らないんだっていう風に
怒ってしまうことでしょう。



そういう怒ってしまうっていう原因には
どんなルールがあるのかっていうのを
探っていきます。



目上の人にため口を使うっていう人に対して
怒りが湧いてくるとしたら
そこには目上の人を敬うべきだっていう
自分の中の確固としたルールがあるかもしれません。



また髪がボサボサで出社してくる人に対して
きちんと身なりを整うべきっていう
そういうルールがあるかもしれません。



また会社内でおしゃべりばっかり
している人に対して
怒りが湧いてくるとしたら
仕事中は私語は慎むべきだっていう
そういうルールが自分の中にあるかもしれません。



そんな感じで怒りっぽい人っていうのは
自分の中のルールが多い人なのかなと思います。



ルールが大きければ大きいほど
自分にも人にも要求するっていう基準が
高くなってしまいます。



当然そうなると怒りの素が多くなってしまいます。



だから怒るっていうことは
相手はさほど関係なくって
自分の中のルールが怒りを誘発させている
という風に言えます。



自分の中のルールが優しい人っていうのは
怒ならずにいるっていうことがあるからです。



だから怒りを減らすためにも
ルールを優しくしてみるっていうのは
大事なことなのかなって思います。



例えば目上を敬うべきだっていう
自分の中のルールがあるとしたら
たまには目上の人だったとしても
敬わなくてもいいっていう風に
変更することができたとしたら
少し怒りが減るでしょう。



とはいえルールを優しくするっていうのは
とっても難しいことだと思います。



そのルールが出来上がるためには
凄く嫌な思いをしてきたからそのルールが
出来上がったということがあるからです。



ルールを破るっていうことは
あの時の嫌な思いを
再現してしまうのではないのかっていう
そういう風な恐れが出てきてしまいます。



例えば目上の人を敬わないことで
ものすごく怒られたとします。



そうなると目上の人に対して
ため口を使ってもいいっていう風には
なかなか思えないことでしょう。



目上の人に敬わなければ
また怒られるのではないのかっていう風な
恐れが出てくるからです。



それを解放するためには
その当時の傷付いた気持ちっていうのを
きちんと受け止めてあげる
そしてわかってあげるっていうことが
大事になってきます。



感情っていうのは感じ切ったら
解放されるってことがあります。



ずっと胸の奥にしまって
分かってもらうこともなく
押し殺してばかりいるような感情が
あったとしたら



受け止めて分かってあげる
それだけでその時の苦い思い出っていうのは
少し和らぐことができるでしょう。



そしてその時その場所では
そのルールが必要だったかもしれません。



でも今この場所において
本当にそのルールが必要なのか
もしかしたら不要な時もあるかもしれません。



特に厳しい環境に育った人っていうのは
ルールが多くなってしまいます。



こうあるべきっていうのに
縛られてばかりいます。



でも世間っていうのは
そんなに厳しくないのです。



多くの人が甘いルールの中で
生きていっているのです。



だから厳しい環境の人は
そういうのが許せなくて
怒ってばかりいるっていうことがあるのです。



そういうのを一つ一つ手放していく
世間は自分が思っている以上に
優しくて甘いのです。



そんなにきちんとしなくてもいいのです。



あの時はきちんとしなければ
いけなかったかもしれませんけど
今はそんなにきちんとしなくても
良いっていうのを認識していくっていうのは
とても大事なことです。



そうやってああしなければ
こうしなければっていう
ルールが一つ一つ減っていくことによって
穏やかにいられます。



怒りが減ってくるってことがあります。



今日のまとめとして
怒りっていうのは
色んなものを壊してしまいます。



怒ることでその時は
スッキリするかもしれませんけど
大切な人間関係だったり
物に当たったら
物を壊してしまうかもしれません。



怒ることによって色んなものを壊して
そして後で後悔っていう風に
なってしまわないように
怒りを抑えていくっていうのは
とても大事なことです。



怒りを抑える方法として
相手っていうのはそんなに関係がなくて
自分の中にある
こうしなければっていうルールが
怒りを誘発させてしまっているのです。



だから自分の中にどんなルールがあるのか?
というのを認識して
そういうのを緩めていくっていうのは
とっても大事なことです。



そのルールを緩めていくためにも
ルールが出来上がった
こうしなければ怒られた経験とか
痛い思いをした経験っていうのを
自分の中に気づいていくっていうのは
大事なことです。



そういうことで怒りを減らす方法の①として
自分の奥にある感情に気づいていく
っていうことについて
今日はお話しさせていただきました。



ありがとうございました。










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2022年03月07日2022:3月

どうせ私なんて○○だ!って思っているとその通りの現実になる

今日はどうせ私なんて○○だって思っていると
その通りの現実になるということについて
お話ししようと思います。



まず初めに結論から言いますと
どうせ私は嫌われ者だとか
どうせ私は駄目な人間だという風に
思っているとします。



そうすると駄目な証拠集めを
しようとしてしまいますし
嫌われてるっていうそういう証拠集めを
無意識にしてしまって



ああ、やっぱり私は嫌われてるとか
ああ、やっぱり私は駄目な人間だっていう風に
確信を深めてしまうってことがあります。



わざわざそんな証拠集めを
しようとしなくてもいいのに



ちょっとした仕草が
私は嫌われてるっていう風に
考えてしまったりとか



ちょっとミスっただけでも
私は駄目なんだっていう風に
そういう風な証拠を
集めてしまうということがあるのです。



そういう時には素直に自分の気持ちを
表現するっていうことは大事です。



スネてる気持ち
どうせ○○だっていうのを
本当は○○が欲しいとか
○○してほしいっていう風に
言い換えることができたとしたら
望みは叶いやすいっていうことです。



本当は好かれたいっていう風に
言い替えるっていうことです。



そういうのを今から詳しく
説明させていただこうと思います。



誰もがどうせ私は○○なんだっていうという風に
周りに言ってしまったり
心の中で思ってるっていうことが
あるのかなと思います。



誰もがどうせ私はっていう風に
そういう思い込みっていうのをしていると思います。



もちろん僕もしています。



そういう思い込みがある時っていうのは
言うなればスネている状態です。



本当は欲しいものがあるのに
それが手に入らないから
諦めたり、もういいわっていう風に
スネているっていうことです。



そうやって強く望んでいたとしても
それが手に入らなかったら
傷ついてしまうから



必死にそういう自分を守るっていうことで
最初から期待しないってことを
しているのかもしれません。



確かに本当は欲しいものがあっても
それが手に入らないから
傷ついてしまうっていうことがあって



最初からいらないっていう風に
自分を納得させていると
もしかしたら傷は
少なくて済むかもしれません。



でも最初から諦めていると
それが全く手に入らないところか
余計に逃げていってしまうということがあります。



たとえそれを手に入れたとしても
今はいいかもしれませんけど



でもいずれそれが
逃げていってしまうのではないかとか
本性を見破られてしまうのではないかっていう風に
悪い期待をどうしてもしてしまいます。



悪い期待を抱いて
今にこうなるぞ
今にこうなるぞ
ほらやっぱりこうなったっていう風に
悪い通りになったっていうのを
心のどこかでそういう風に確信を持って



最後はやっぱり私はこうなんだっていう風に
強く強く心に刻み付いてしまうっていう
そういう悪循環になってしまうのです。



例え話で恋愛についてお話しさせていただきます。



ここに私は愛されないっていう風に
自信がない女性がいたとします。



その女性は運良く
お付き合いをすることができました。



男性の方は彼女をすごく愛していて
色々と尽くしてくれます。



でも彼女の方は自分に自信がないから
どうせ私は愛されないっていう
思いを持っているから
すごく不安になってしまいます。



どんなに尽くされても
本当に私のこと好きなの?
最後は捨てられるだけではないのかという風に
疑ってしまうのです。



疑ってしまうから
捨てられない証拠集めっていうのをしてしまいます。



彼に対して高い欲求を出して
それでも私を愛してくれるのだったら
捨てられないだろうっていう風に
思い込もうとするっていう
そういう彼を試そうとするっていうのを
次々としてしまいます。



彼を試す色んな試練として
急に予定をドタキャンしてしまったり
ちょっとしたことで文句を言ってしまったり
かと言えば私のこと好きとか
愛してるのかっていうのを
いちいち確認しようとしてしまったりっていう



そういう色んなことを試しながら
それでも彼がついてきてくれるのだったら
私は愛されているのだ
私は捨てられないのだっていう風に
確信を持とうとしてしまう



そういう彼の行動を試そうとするっていうのを
いつの間にかしてしまうのです。



そうなると男性は最初は好きだったのに
色んな試練で
それを一々クリアしなければいけないので
耐えられなくなってしまって
次第に嫌いになってしまうということがあります。



それで彼女が最も恐れていた
別れるっていうことになってしまうのです。



そして別れてしまったから
ああ、やっぱり私は愛されないっていう風に
そういう思い込みを強くしてしまうっていう
そういう悪循環に陥ってしまうのです。



どうせとやっぱりっていうのは
セットになりやすいのです。



どうせ私は愛されないって思ってしまうと
ああ、やっぱり私は最後は
捨てられるのだなっていう風に
納得しようとしてしまうっていう
そういう悪い期待を抱いてしまうのです。



そしてそれがだんだんと現実に
なってしまうっていうことがあります。



そうやって自分が傷つくのが怖くて
守る行為をしてしまうと
一生懸命やっているはずなのに
一番傷ついてしまう行為っていう風に
繋がってしまうのです。



彼に対して一生懸命やっているのに
その一生懸命の方向性がちょっと違うだけで
彼に嫌われてしまうっていう風に
なってしまうのです。



それはとても残念なことなのかなって思います。



だからその時はもしかしたら
傷つくかもしれませんけど
本当の望みを言ってみるというのは
とても大事なことです。



どうせ私は愛されないって
思っているのだったら
自分の気持ちをごまかさないで
ストレートに表現してみる。



本当は愛してほしい
本当は側にいてほしい
本当はこっちを見てほしい
本当は構って欲しいっていう風に
本当は○○してほしいっていう風に
言い換えることができたとしたら



もしかしたらそういう本音を言って
叶わなかった時に傷つくかもしれません
でも自分の気持ちが
相手にストレートに伝わるので
変に相手を試そうとすることが減ります。



悪い期待を抱いて、その証拠集めを
しようとするってことがなくなるのです。



そうなると相手の負担も減るから
願いが叶いやすくなるっていうことがあります。



このようにどうせ私は○○なんだっていう風に
思ったとしたら
そのどうせっていうのを
本当は私は○○してほしいっていう風に
言い換えることができたとしたら
その本当の望みが叶いやすいっていうことです。



どうせ私は○○なんだっていう風に
思ってしまうと、その嘘の望みが
叶ってしまうってことになってしまうのです。



それはとってももったいないことなどで
素直に私は○○が欲しいっていう風に表現すると
より望みは叶いやすいのかなって思って
ここで説明させていただきました。



どうせ私は○○なんだって思っていると
その通りの現実になってしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。







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2022年02月28日2022:2月

人間の最も大きな不安 見捨てられること

今日は人間の最も大きな不安として
見捨てられてしまうんではないのかっていう
そういう不安があるっていうことについて
お話ししようと思います。



誰しもが不安というのを
どこかで感じているものでは
ないのかなって思います。



お金の不安だったり
人間関係の不安だったり
就職とか職業の不安だったり
学業の不安だったり
健康の不安だったり
いろんな不安があると思いますけど



でもその不安の中で
最も大きな不安として
見捨てられてしまうのではないのかっていう
そういう不安があるのでは
ないのかなって思ってます。



だから僕達は見捨てられないように
必要とされるようにっていうので
どんなことでもしてしまうのでは
ないのかなって思います。



よく言われることですけど
人間っていうのは一人では生きていけずに
社会的な生き物だって言われています。



どこかに所属していないと
自分の存在価値っていうのを
知ることができません。



そういう意味でも
自分の生きる意味っていうのは
組織の中にいてどのような役割を持つか
そういうことで感じられるものでは
ないのかなって思います。



だからそういう所属する場所から
排除されるっていうことは
自分の価値がないっていう風に
レッテルを貼られてしまうようなことだと思います。



そういう誰からも必要とされないっていうのは
く大きな苦しみではないのかなと思います。



人間でも物でも必要とされなくなってしまう
というのは耐えられない苦しみのはずです。



誰しもがどんなものでも
役に立ちたいっていう風に
思っているのではないのでしょうか。



例えばコップであったとしても
作られたからには
コップとして役割を全うしたいって
思っているはずです。



使われずに捨てられてしまうとしたら
コップとしても
生まれてきた価値がないということで
とっても悲しんでいるはずです。



それは人間も一緒で
やはり生まれたからには
人間として生きていきたいし
誰かに必要とされたいっていうことは
強く望むことでしょう。



逆に誰にも役に立ってないし
排除されてしまうとしたら
何のために生まれてきたのかっていうのが
分からなくなってしまうはずです。



自分の存在価値が見出せないからです。



だから会社であったとしても
見捨てられないように
必要とされるように
頑張り続けてしまうっていうことが
あるのかなと思います。



そしてその頑張りは
時には自分を壊してしまってまでも
無理をし続けてしまうっていうことがあって
それは強迫的なものに
なっているのかなと思います。



ただその見捨てられる不安ですけど
大きい小さいっていうのが
人によってあるのかなと思います。



見捨てられ不安が大きい人と
逆に小さい人っていうのがいるのです。



その違いは何なのでしょうか
それを考えてみるのは
とても重要なことだと思います。



まずは見捨てられ不安が小さい人
不安が小さい人ですね。



そういう人は小さい頃から親や周りの人から
無条件に近いような状態で
愛されていたのではないのかなと思います。



無条件の愛ですから
ちょっとぐらい失敗したとしても
ちょっとぐらい親に刃向かったとしても
駄目な自分でいたとしても
見捨てられないっていう
そういう安心感の中で
育ってきたのかなと思います。



そういう人っていうのは
思いっきり自分を発揮できるのかなと思います。



人目を気にせずに
自分のやりたいことをすることができますし
嫌なことだったら
遠慮なく断るってことも
できるのかなと思います。



それは自分の中で
こういうことしても見捨てられないのだっていう
そういう安心感があるから
自分の自由なことができるのかなと思います。



でも見捨てられ不安が大きい人っていうのは
小さい頃から親が厳しかったとか
そういうので自分勝手なことをするとか
人に迷惑をかけるとか
そういうのが許されなかった環境で
育ったのかなと思います。



そういう自分勝手なことをしようとすると
怒られたり
家から出されたりとか
そういう見捨てられ体験をして
嫌な思いとして
心に残っているということが
あるのかなと思います。



子供っていうのは
親から見捨てられるっていうことは
=死を意味してしまいます。



親なしでは生きていけないってことがあるからです。



だから親から見捨てられないように
どんな理不尽だと思ったとしても
逆らうことっていうのはなかなかできません。



じっと我慢して
親の言うことを聞くっていうことを
するしかなくなってしまうのかなと思います。



親もそれを知っていて
子供を自分の思い通りに
操ろうとするっていうことが
あるのかなと思います。



そしてそれは時には子どものためと思って
やっていることもあるかもしれません。



でもそれは大体は親の自分の都合の為
という場合が多いのです。



そういう人が社会に出たとしたら
子供の頃のそういう体験が残っているので
自分勝手なことをするっていうのは
見捨てられるのではないのかっていうのが
すごく不安になってしまいます。



特にうつ病を発症する人なんかは
見捨てられ不安っていうのが強い人です。



そういう人は必要とされるように
見捨てられないようにっていうので
頑張り続けてしまうっていうことが
あるのかなと思います。



そしてその頑張る度合いにしても
自分の体が限界に来ているのに
それでも頑張り続けてしまって



そしてある日、体がエネルギー切れを起こして
活動をストップするっていう
そういうところまで頑張り続けてしまう
ということがあるのかなと思います。



普通の人はそこまではできません。



でも不安が大きい人っていうのは
自分の限度を超えてまでも
頑張り続けるってことをやってしまうのです。



そういう人たちには
あなたはここにいてもいい・必要な存在だ
そういうメッセージを送ることによって
安心感が生まれるのかなと思います。



どんなあなたであったとしても
失敗しようが自分を多少主張したとしても
仕事が遅くなったとしても
そういうマイナス要素があったとしても



あなたは大切な存在で
価値があるっていう風に
そういうメッセージを送っていくことによって
そういう人の心の不安というのが
少し薄れていくのかなと思います。



そして駄目な自分だったとしても
失敗しても自己主張しても
そんな自分だったとしても
見捨てられないのだって
そういう風に思うことができたとしたら
今よりももっと楽に生きていけるように
なるのかなと思います。



そして僕自身として
そういうメッセージを伝えられる人に
なりたいなと思います。



不安になってる人に
安心感を与えられる
そういう人を目指していっています。



なぜなら僕自身も
見捨てられ不安が大きい人でした。



見捨てられないように
常に周りに気を張って
頑張ろうとしていたような



それは家庭環境っていうのが大きくて
親から理不尽なことで叱られたりして
家族の一員だっていう風に感じることって
僕は少なかったです。



橋の下に捨てられて
拾われた子だっていう風に
本気で信じていた時もありました。



それぐらい家族の一員だっていう
そういう意識が薄かったです。



そういうので親の顔色をうかがいながら
ずっとびくびくして
生きてきたような思いがあります。



そういう僕ですから
会社に出たとしても
自分の欠点とか
弱さっていうのを見せられずに
見捨てられないように必要とされるように
必要以上に頑張り続けてしまった
ということがありました。



でもそんな頑張りが報われるどころか
逆に否定されたり
一番怖い見捨てられるっていう
そいういのに繋がっていたように思います。



でもある時から頑張らなくても
完璧でなくても良いし
そんなに自分は有能な人間だっていう風に
アピールしなくてもいいのかなというのに気付いて



弱い自分だったとしても
失敗する自分だったとしても
見捨てられないっていうのを知って
力が抜けたっていうのがあります。



だからあなたも必要以上に頑張らなくても
ミスが多くても自己主張しても
見捨てられないですっていうのを
伝えていきたいなって思います。



今日は人間の最も大きな不安として
見捨てられることについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年02月21日2022:2月

失敗の心理 間違いを認めるくらいなら事実を歪めてしまう

今日は失敗の心理として
間違いを認めるくらいなら
事実を歪めてしまうということについて
お話ししようと思います。



まず結論から言いますと
僕たちは間違いを認めるっていうのが
とっても難しい生き物です。



失敗した時に
その失敗を認めることができるっていう人は
ごくごく少ないです。



大抵は失敗を認めることができずに
今ある現実を歪めてしまうということがあります。



そしてその歪んだ事実を
自分の記憶として定着させて
その人の真実になってしまうのです。



そうやって思い込んだものっていうのは
もう自分の記憶の一部としてなってるので
現実がどうであろうと
その歪んだ事実というのが
その人の中で真実となってしまうのです。



例えば話としてある国でカルト教団がありました。



そのカルト教団は
あと数年後に世界が滅ぶっていう
そういう教えを説いていたのです。



そういう教えを説いていたので
心理学者が気になって
そこに潜入にしました。



そしてその世界が滅ぶって言った日
その日が過ぎた時その信者たちは
どんな反応を示すのかっていうのを
研究しに行ったのです。



当然世界が滅ぶって言った次の日になっても
世界が滅ぶっていうこともなかったですし
何も起きなかったっていうのがあります。



その時信者っていうのは
どんな反応を示したのか
当然教壇に反抗してこんなのはおかしい
インチキだっていう風に
反抗したのかって言うと
そうではなかったのです。



意外なことにますますその信仰を
強くしたっていうことがあったのです。



信者となってもう世界が滅ぶということで
自分の有り金全部を寄付したり
時間を寄付したり仕事を辞めたりっていう
もう後戻りできないっていうとこまで
行ってしまったっていうことがあります。



自分が莫大なものを失ってしまったっていうことを
認めなければいけなくなってしまうのです。



そういうのを認めるぐらいだったら事実を歪めて
教団は正しいのだ
教団が正しい行いをしたから
世界が救われたのだっていう
そういう自分の都合の良い解釈をして
ますます信仰を強くしていったということがあります。



多分事実と自分の考えっていうのが合っていたら
何の問題もなく受け入れることができるでしょう
それは当たり前のことだと思います。



でもこのカルト教団のように
世界が滅ぶのに何も起こらなかったっていう
そういう事実と自分の考えが違った時に
自分の考えが間違ってるっていう風に
思う人っていうのはとっても少ないのです。



大抵が事実が違っていて
自分の考えはあってる
世界は滅ぶはずだったけど



何か理由があって
たまたま滅ばなかった出来だけだっていう
教壇の教えは正しいっていう風に
事実を受け入れるってことを
なかなかできないでいるのです。



そんな感じで無理やりねじ曲げた事実っていうのは
傍から見たら凄く滑稽に思えるでしょう
もう既に論理破綻がきたしているからです。



どんなに都合の良い解釈をしようとしても
事実は事実でちゃんとあるのに
それを必死に認めないでおこうって
そういう行動が滑稽に見えるのです。



でも本人はいたって真面目で
必死に事実をうまく受け入れようと思って
解釈しようとしているのです。



そういう人たちに周りがおかしいって指摘しても
言うことを聞くことっていうのはほとんどないのです。



本人はそれが事実だと思い込んでいるからです。



そういうのを心理学の用語として
認知的不協和と言います。



事実と自分の考えが違うから
不協和音として違和感を感じてしまう。



不快な思いをしてしまって
どうにかしてその不快を解消させようとして
事実を変えるのか
自分の考えを変えるのかって迷ってしまいます。



ここで自分の考えを変えることができたとしたら
ちゃんと成立はするのでしょうけど
でも大体は自分の考えを
変えるっていうことができず
事実を歪めてしまうっていうことがあります。



特に失敗が許されないとされる
政治家や医者・警察官っていうのは
失うものがとっても大きいので
簡単に事実を歪めてしまう
ということが多いみたいです。



政治家なんかも明らかに自分の政策が
失敗したっていう風に分かるのに
でもそれを受け入れることができずに
どうにかして言い訳して



この政策は正しかったんだっていうふうに
何とか持っていこうとするっていう
悪あがきとは分かってるんでしょうけど
でも本人はいたって平気で
そういうことを言い出すということがあります。



なかなか過ちを認めるってことは難しいのです。



医者にしても医療ミスがあったっていうことを
認めるってことは
もうその医者の職業人生で
大きく変わってしまうことなので
簡単に認めることはできません。



なので色んな理由をつけて
これはミスではなかったんだ
たまたまだったんだ
患者が変な病気を持ってたんだって
色んな事実をねじ曲げて
自分のよい解釈をしようとしてしまうのです。



警察官なんかも冤罪として
犯人ではない人を逮捕してしまったとしたら
それをなかなか認めるってことは
難しいのかなって思います。



そうやって失敗を隠そうと
してしまうっていうのが普通です。



そうなると成長することもできずに
改善することもできずに
また同じ失敗を繰り返してしまう
ということがあるのです。



失敗から学ぶとしなければ
どうしても同じミスをしてしまうっていうのは
当たり前のことなのかなって思います。



だから謙虚に自分の失敗を認めて
なぜ失敗したのかっていうのを追求して
もう二度とその失敗を過ちを
犯さないっていう風にしなければ
いけないっていうのがあるけど
でもなかなかできないっていうのがあります。



僕の場合でも一緒で
昔はすごくプライドが高かったので
特に間違いを認めるってことが難しくて
全然できませんでした。



間違いを認めてしまうっていうことは
自分の価値が減ってしまうっていう風に
思ってしまっていたのです。



だから仕事でも
相手が正しいことを言ってくれたとしても
とてもそれを素直に受け入れることっていうのは
とっても難しかったです。



それどころかそんな指摘をしてくれた人に対して
ムカッときて逆ギレしていたってことがあります。



そんな言い方しなくてもいいんじゃないのか
とかそんなこと分かってたって
今しようと思ってたところだとか
自分のやり方の方が正しいからっていう風に
無理やり押し通そうとしていたっていうこともあります。



そんな感じで自分の方が正しい
間違っているのは相手だっていう風にして
事実を歪めよとしていたのです。



当然相手と衝突してしまうってことはあるでしょう。



そしてミスから学ぼうとしないので
同じ失敗を繰り返してしまうということがあります。



間違いを認めないということで
良いことなんて一つもないのです。



今はプライドも少し低くなったので
何とかミスを認めるってことが
できるようになってきました。



そして間違っているのは自分の考えであって
相手は間違っていないんだっていう風に
思い込もうとすることもできます。



でもできないこともあって
やっぱりそれはすごく難しいことだなって
自分では実感しています。



でも飛行機を飛ばすパイロットっていうのは
ミスは絶対許されないという環境があるので
失敗はみんなの財産っていう風に
考えが共有されているようです。



一つの失敗を犯したとしたら
もう徹底的に
なぜその失敗が起きたのかっていうのを
追求するらしいです。



そうやって二度と飛行機事故など
大きな事故が起きないように
対策を立てるようにしているようです。



まとめとして僕たち人間っていうのは
本当に失敗っていうのを認めるのは
とっても難しい生き物だなって思います。



特にその失敗を認めることで
失うものが大きければ大きいほど
事実を簡単に歪めてしまうっていうことがあります。



そして歪めた事実っていうのは
それが自分の中では真実となって
記憶が書き換わってしまうってことがあります。



簡単に僕たちの記憶っていうのは
書き変わるのです。



そういう人にそれは違うんだって指摘しても
通じることっていうのはほぼないです。



だから失敗を受け入れるために
相手の失敗はきつく責めるのではなくて



その失敗は財産だっていう風な考えで
失敗しても責められないような環境を
していくことによって
相手が失敗を認められやすい環境に
なっていくのかなって思います。



そして自分の失敗はすぐに認めるってことは
難しいのかなって思うので
時間をかけてゆっくりと
自分の失敗・過ちを認めていくってことが
大事なのかなって思います。



そうやって失敗から学んで
同じミスを犯さないようにしていくことが
できたとしたらその失敗は大きな財産となって
これからの人生を豊かにして
いくものなのかなって思います。



今日は失敗の心理として
間違いを認めるくらいなら
事実を歪めてしまうっていうことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





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2022年02月14日2022:2月

ご機嫌でいることが周りの人への最高の貢献である

今日はご機嫌でいることが
周りの人への最高の貢献である
ということについてお話ししようと思います。



最初に結論ですけど
不機嫌な人が一人でもいるだけで
空気がギスギスとして
とっても周りの人に悪影響を及ぼしてしまいます。



だから自分の機嫌は自分で取る
ということが大事で
そのためには我慢をやめるっていうことが
大事であるっていうお話です。



誰にでも経験があるかもしれませんけど
機嫌が悪い人が近くにいるっていう
それだけで雰囲気がとっても悪くなって
その場にいた人っていうのは
誰もがプレッシャーを感じるはずです。



そういう重たい空気の中では
緊張してしまいますし
そうなると自分の力なんて
全然発揮することなんてできないでしょう。



そんな風に不機嫌な人っていうのは
凄く大きな影響を
周りの人に及ぼしてしまいます。



職場でも不機嫌な人がいるだけで
チームの空気が悪くなって
30%以上も生産性が落ちるっていう
そういう研究の報告もあるぐらいです。



全員が30%落ちるっていうのは
それは相当な戦力のダウンだと思います。



たった一人の不機嫌な人がいるだけで
それだけの影響を及ぼしてしまうのです。



特にプレッシャが弱い人っていうのは
上司がピリピリしていると
ただ顔色を窺うだけっていう風になってしまって
そして近くにいると本当おどおどしてしまいます。



昔の自分もそうでした
怖い上司の下では凄くビビってばかりいて
もうそんなんになると体が縮こまって
全然自分の力なんて
発揮することができませんでした。



そうなると当然ストレスも溜まるので
夜帰ってもずっとそのことを考えていたりしました。



休日も全然楽しめなかったっていう
そういう記憶があります。



なのでそういう不機嫌な人っていうのは
どんなに能力が高くても
会社で問題児扱いされてしまいます。



下手すると能力があってもリストラなどに
あってしまうっていう可能性もあるのです。



これはとってももったいないこと
なのかなと思います。



せっかく能力があるのに不機嫌でいるだけで
その力を評価してもらえないどころか
逆に悪い評価しかしてもらえないなんて
残念なことだなと思います。



家庭でもそういう不機嫌な人が
一人いるだけで
悪影響を及ぼしてしまいます。



仮に旦那さんが不機嫌だとします。



そうなると家中が重たい空気に包まれることでしょう。



奥さんはご機嫌を取ろうとしなければ
いけなくなってしまうかもしれません。



そうなると相手に気を遣ってばかりいて
自分の何かやりたいこととか
できなくなってしまうってこともあります。



家事を頼むにしても
嫌々怒ったように
ムスッとしてされるっていうことがあると
そんなんだったらやってもらわない方がいい
という風になってしまいます。



僕もそれは経験があります。



何か他に頼み事をされた時に
おっぞい顔をして嫌々やるぐらいだったら
あー頼まなければ良かったって
後悔したことって何回もあります。



そんな感じで不機嫌っていうのは
自分も嫌な気持ちになるかもしれませんけど
周りの人をものすごく不快な思いに
させてしまうのです。



また不快にさせるだけでなくて
生産性が落ちたりとか
自分の能力を発揮することができないとか
周りにストレスをためてしまうとか
大きな損害を与えてしまうのです。



逆に機嫌が良い人が一人いるだけで
周りに良い影響を与えます。



その人はいつも笑顔で明るくて
いるだけで元気をもらえるってことがあります。



そうなると当然雰囲気も良くなることでしょう。



そういう状態だとリラックスすることができて
周りに必要以上に気を使ったりすることもなく
ノビノビと仕事をすることができるでしょう。



当然自分の力っていうのも
発揮できるかもしれません。



また不機嫌な人がいても
そういう機嫌が良い人がいるだけで
帳消しにするっていう
そういう研究結果もあるみたいです。



このように機嫌は周りに伝染します。



そういう機嫌が悪い人が一人いるだけで
前の人に多大な影響を与えてしまうのです。



だから自分で機嫌を取るっていうことは
とても大事なことです。



ではなぜ機嫌が悪くなってしまうのかって言うと
そういう人っていうのは



義務的に何かをしたりとか



何か犠牲になってしまってるとか



我慢してしまってるとか



そんな感じで本当はやりたくないのに
やらなければいけないっていうそういう状態で
とってもストレスがかかってしまってる
ということがあるのかなって思います。



そういうストレスの状態では
自分の機嫌が悪くなっても
しょうがないのかなって思います。



逆に好きなことをしている時っていうのは
機嫌が悪い人っていうのは
いないのかなって思います。



誰もが好きなことをして
自由にいる時っていうのは
機嫌が良くなるはずです。



そんな感じで自分を機嫌良くするためにも
我慢しない生き方をするっていうのは
大事なことです。



我慢しないで何をするかって言うと
自分の好きなことを多く増やしていく
そして自分のやりたくないことは
なるべく減らしていくっていう
そういう生き方をしていくっていうことです。



なので仕事では無理をしないっていうのが
大事になってきます。



あまりにも頑張り過ぎたりすると
どうしても義務的になってしまったり
我慢することが増えてしまうのかなって思います。



そうすると自分に余裕がなくなって
不機嫌になってしまうということが
あるかもしれません。



だから程々手を抜くっていうことも
もしかしたら大事になってくるのかもしれません。



また嫌なことがあったら
ちょっと断ってみるっていうのも
必要になってくるでしょう。



そうやって仕事で
なるべく無理をしないでいるっていうのも
機嫌良くいるための方法なのかなって思います。



また家庭でも何でも自分一人で
抱え込もうとしてしまう人がいます。



家事でも育児でも仕事でも
自分がやらなければって思い込んで
それで抱え込んでしまって
それで不機嫌になってしまうっていう人もいます。



そういう人はちょっと誰かにお願いするとか
頼るとかそういうことをしてみるっていうのも
必要になってくるでしょう。



また家事を完璧にこなさなければとか
育児をちゃんとしなければって
必要以上に力を入れるのではなくて
適度に手を抜いていくっていうことも
大事になってくるのかなって思います。



そうやってちょっと自分に余裕を持たせて
自分の機嫌をとっていくってことも
大事なことだと思います。



そして自分にお金や時間を
どれぐらい使っていますか?
全然使えていないっていう人が案外多いものです。



特に病気な人とかそういう人がいると
その人たちに悪いなと思って
自分も我慢しなければって思って
自分のために時間とかお金を使えない
という人がいます。



でもそういうときこそ
看病している時こそ
ストレスが多くなってしまうので
自分のリラックスっていうのは必要になってきます。



だから家族とかその病気をしてる人に
悪いなっていう気持ちはあるかもしれませんけど



自分が機嫌よくいるために
ちょっと抜けて
自分に対して時間とかお金っていうのを
使うっていうのは



それが患者さんのためにもなるので
ぜひともやってほしいなって思います。



今日のまとめとして
僕たちの機嫌・不機嫌っていうのは
思っている以上に
周りの人に伝染してしまいます。



だから自分の感情に責任を持つっていうのは
とても大事なことなのかなって思います。



特に不機嫌な人がいると
周りに悪影響を及ぼしてしまうので
自分が機嫌良くいるっていうのは大事なことです。



自分が機嫌が良いっていう
ただそれだけで周りの人に良い影響を与えて
それでみんなが幸せになることができるのです。



僕は機嫌が良いっていう
それっていうのは周りの人に対する
最高の贈り物じゃないのかなって思います。



だから自分を機嫌良くするために
なるべく嫌なことを減らす我慢を減らす
そして好きなことを増やしていくっていうのは
大事なことなのかなって思います。



そして自分に対して
自分のお金や時間を使っていくっていうことも
大事なことなのかなって思います。



そうやって自分を機嫌良くしていくのは
自分のためでもあるし
それは周りの人のためでもあります。



だから遠慮なしに自分を機嫌を良くする為に
色々と努力していけばいいのかなって思いました。



今日はご機嫌でいることは
周りの人の最高の貢献である
ということについてお話しさせていただきました。



ありがとうございました。










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2022年02月07日2022:2月

二種類の成長方法 今の道を極めるか? 別の道に踏み出すか?

今日は二種類の成長方法 
今の道を極めるか? 
別の道に踏み出すか?
ということについてお話ししようと思います。



僕たち人間は誰もが良くなりたい
成長したいって
強く思う生き物なのかなって思います。



好き好んで退化したいとか
悪くなりたいっていう風に思う人なんて
一人もいないと思います。



それはとても素晴らしいことで
みんなそうやって
自分を向上させるために
頑張っているのかなって思います。



でもその成長ですけど
成長の方向性があって
その方向性を間違ってしまうと
その頑張りが報われないところか



自分の体が病んでしまったり
人間関係が悪くなってしまったりっていう風に
害があるっていう風なことにも
繋がりかねないのです。



そういう方向性をきちんと定めるっていうことは
とても大事なことなので
ここでは二つの方向性を示しながら
どんな風に頑張っていけばいいのかっていうのを
説明させていただきたいなって思います。



まず二つの成長の方法ですけど
一つは今の進んでる道を
もっともっと極めていくっていう方向です。



もう一つは今の道を諦めて
全く別の方向へ進むっていうことです。



今の道を極める成長ですけど
多分みんなこうなりたいなっていう理想像は
あるのかなって思います。



そしてそれに向かって
すごく努力していってると思います。



そういう成長のやり方っていうのが
多分大体の人が
やってることなのかなって思います。



今の自分を高めたい
こんなふうに素晴らしい人間になりたい
もっと会社に貢献してとか
そんな風に目指していくのでは
ないのかなって思います。



そういう自分を向上させる
良い人を目指したり
良い会社員を目指したり
もっと尊敬できる人になりたいっていうのは
素晴らしいことだと思います。



そしてそういう向上をすることによって
近づいていくっていうこともあります。



でもそれには限界があります。



どんなものでも
80%までは行けるんですけど
でもその残り20%になってからが
ものすごく難しくて



それは80%を達成する以上の労力が
その20%にはかかってしまうっていう風に
言われています。



例えばテストの点を取るにしても
80点まではある程度
いけるかもしれませんけども



そこから100点に持っていこうと思ったら
問題集を解く量っていうのも
変わってくると思いますし
色んな範囲の勉強をしなければ
いけなくなってしまうのでは
ないのかなって思います。



そんなふうに80点まではある程度いけますけど
でもそこから100点を目指すっていうのは
とってもハードルが高いものです。



そういう完璧を目指す
100点を目指すっていうのは
とっても険しい道で



頑張り続けているのだけど
でもそれができなくて
罪悪感を持ってしまうってことも
あるのかなと思います。



せっかく80%ができているのに
残り20%ができてなくて
なんて自分は駄目な人間だって
思ってしまう人もいるのです。



そういう時には自分の望む成長っていうのは
できないでいるので
それが自分の限界だっていう風に
諦めるっていうこともとても大事なことです。



それ以上頑張り続けようとしても
やはり限度があるからです。



良い会社員を目指そうと思っても
ある程度のところはいけるかもしれませんけど
それ以上になるとやはり限度があるのです。



素晴らしい人とか、誰もが尊敬できるような
そういう人物になりたいって思ってても
それはやっぱり限界があるのかなって思います。



そういう時には
もうその進んでる道には答えはないので
全く違う道を選ぶってことも選択肢として
あげなければいけないのかなって思います。



そしてそういう全く違う道を選ぶっていうことも
大きな成長の一つでもあるのです。



そうやって方向転換する
成長の仕方っていうのもあって
それはとても怖いことなのかもしれません。



それは今までやったことないことに
チャレンジしなければいけないからです。



今まで頑張ってきた道の
逆の道になってしまうかもしれません。



もしかしたら今までやってきたことが
台無しになって
後戻りするような感じになるかもしれません。



本当にこれでいいのかなって
心配になるっていうのは当然なことでしょう。



またもしかしたら自分の禁止事項だったり
今まで駄目だと思っていたことの中に
答えがあるという場合もあります。



だからそういう自分の頑張るっていう道を
方向転換するっていうのはとても怖いことです。



怖いけど思い切って一歩踏み出してみる
そうすると自分の世界っていうのが
広がっていくのに気付くでしょう。



それは大きな大きな成長なのかなって思います。



僕の体験なんですけど
僕の親はとても躾に厳しかったです。



ちゃんとしなければいけないっていうのが強くて
ルールに自分自身も厳しくなってしまいました。



そんな僕だから会社に入ってからは
後ろ指を差されないようにとか
人から認められるようにっていう風なことで
すごく頑張り続けていました。



一人一倍頑張って
でも人に頼ることができずに
もくもくと一人で頑張っていたように思います。



でもその頑張りが評価されたかって言うと
実際にはあまり評価されなかった
というのがあります。



あいつ一人で何いきがってるんだ
という風な感じで見られていたことでしょう。



そして一緒に仕事をすると
ピリピリするような感じで
相手にもプレッシャーを
与えてしまっていたのかもしれません。



そういう人と一緒に仕事をするっていうのは
嫌になってくるのかなって今では思います。



そして周りを見渡すと
他の人は楽に仕事をしています。



僕みたいに何か気張って
仕事をしているわけではないのです。



そういうのを見ていると
許せないっていう気持ちにもなってきます。



自分が一生懸命やってるのに
なぜあいつはそんなに一生懸命やらずに
楽に仕事をしているのだっていう風な感じで
責めてしまうのです。



そんな感じで評価もされないし
周りの人を見て許せない気持ちになるし
頑張っても報われないどころか
とってもつらい思いをしてきました。



それは方向性が間違っていたのです。



認められたいっていう風なことで
一心に頑張っていたのですけど
でもその方向性は間違っていて
認められるために頑張るっていうのを
やめてみました。



もう認められなくてもいいわ
という風な感じで諦めて
一人でがむしゃらに仕事をする
頑張るっていうことをやめてみました。



そして周りの人と同じように
もうちょっと気を抜いて
仕事をするようにしたのです。



でも最初は頑張るのをやめるっていうのは
とても怖いことでした。



頑張るのをやめてしまうと
自分が必要とされなく
なってしまうのではないのかとか
後ろ指をさせるのではないのか
自分の価値が下がってしまうではないのか
っていう風に色んなことを考えてしまいます。



でも思い切って頑張るのをやめてみた時に
心にも余裕ができて
人にも助けを求められるようになりました。



そうやってみんなで協力して
仕事ができるようになって力も抜けて
周りの人ともうまくやっていけるようになったのです。



そんな感じで気を張ることなく
他人を責めることなく
楽に仕事ができるようになったのです。



そうやって頑張るのをやめるっていうのも
大きな大きな成長の一つなのかなって思います。



それで自分の世界っていうのは
広がったっていうのがあるからです。



今の道を極めるっていうのも成長の一つで
良い人を目指したり良い会社員を目指したり
素晴らしい人になりたいなと思って
そうやって頑張り続けるのもいいでしょう。



それも成長の一つでもありますけど
でも今進もうとしている道っていうのは
もしかしたら限界が
あるのかもしれないっていうのを
頭に入れておいてほしいなって思います。



その道を行こうとすればするほど
頑張っても報われないっていう時が
来るのかもしれません。



そういう時は思い切って
別の道を行くっていうことも
選択肢として入れといてほしいなって思います。



その別の道っていうのは
もしかしたら真逆の道なのかもしれません。



今までは良い人になりたいとか
認められたいとか
そういうことがあったのかもしれませんけど



良い人を目指さないとか
認められなくても良いっていう風に
諦めることだったりします。



そしてずっと相手を優勢させてきましたけど
自分を優勢させるってことに
切り替えていくってことも
必要になってくるでしょう。



別の道を踏み出すっていうのは大いなる一歩で
とっても勇気がいることだと思います。



もしかしたら生きるか死ぬかっていうぐらいの
そういう思い切りの良さが
必要になってくる場合も
あるかもしれません。



だからこそ成長できるのかなって思います。



今日は二種類の成長方法として
今の道を極めるか?
別の道に踏み出すか?
っていうことについて説明させていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月31日2022:1月

人は余裕がない時に周りの人を傷付ける

今日は人は余裕がない時に
周りの人を傷付けるということについて
お話ししようと思います。



僕たちはなぜ人を傷つけてしまうのか?
どういう時に傷つけてしまうのかというのを
よく考えてみる必要があるのかなと思います。



人を傷つけている人っていうのは
もしかしたら自分では悪いことを
しているっていう意識は
少ないのかもしれません。



ある人にとっては傷つけてやろうっていう
そういう意志は全くないのに
でも意図しないところで
相手を傷付けてしまうっていうことに
繋がってしまうっていう人もいるのかもしれません。



そんな感じで人を傷つけてしまう人っていうのは
罪悪感とかそういうのは
あまり感じることが少ないのかなと思います。



ではなぜ人を傷つけてしまうのか
たぶん多くの人は傷つけるよりも
仲良くするのが一番だっていう風に
思ってると思います。



でもそれができないっていうのは
その人の中で大切なものを守るために
それが奪われそうになった時に
傷つけてしまうってことが
あるのかなって思ってます。



そういうふうに考えていくと
誰かを攻撃してやろうっていうよりは
自分のことを守ろうっていう
そういう懸命に自分のことを守っている時に



意図しないところで
相手を傷付けてしまうってことが
起こっているのかなって思ってます。



では何を守っているのかって言うと
それは自分のお金が奪われそうになった時とか
自分の時間だったり自分の労力だったり
ある人にとっては自分のプライドが
奪われそうになった時とか



世間体や立場などが危うくなった時とか
ある人にとっては自分の常識とかルールとか
そういうのを破られそうになった時とか
そういう時に攻撃的に
なってしまうのかなって思います。



僕たち人間っていうのは減ることとか
奪われることっていうのに
ものすごく強い痛みを覚えてしまいます。



だから減らないようにとか
奪われないようにっていう風に
必死に抵抗してしまいます。



そういう抵抗する行為っていうのが
相手に攻撃するっていう風に
繋がってしまうのかなって思います。



それは正当防衛だから
相手に何してもOKだっていう
そういうちょっとした正義感に
繋がってしまうのかなって思います。



極端な話ですけど
銀行強盗とかそういうことになりかねない時は
その犯人に対しては
どんなことをしても良いっていう風に
思ってしまうのと一緒で



自分の大切なものを
奪われそうになった時っていうのは
奪う人に対しては何をしても
それは正義として繋がってしまうっていう風に
考えることもあるのかなって思います。



そしてそういう悪役っていうか
悪いことをした人に対して
相手がどんな思いなのか
どんなことを感じているのか
どんな痛みなのかっていうのを
考えることっていうのは
少ないのかなって思います。



だからこそ悪役に対しては
ひどいことをしてしまうのかなって思います。



それは映画見てても一緒で
映画の中の悪役っていうのは
どんな酷い殺され方をしていても
見ている方としては
悪役が倒されてスッキリっていう風に
感じてしまうのかなって思います。



そんな感じで自分自身を守ってる時っていうのは
自分の心に余裕がないため
相手のことを思いやるっていうことが
なかなかできないでいます。



でも人って安心感がある時っていうのは
心にも余裕があるので
相手のことを思いやるっていうことができるのです。



その安心感を手に入れるためにも
守ることに必死な時に
思い切って守ることをやめてみる
思い切って手放してみるっていうことは
とっても大事なことなのかなって思います。



手放すっていうのは
大切なものが損することであったり
減ることだったり
もしかしたら奪われてしまうことだったり
そういうのを諦めたり
認めていくってことに繋がります。



今までは必死に損しないようにとか
減らないようにとか
きゅっと握りしめていたかもしれませんけど
そういうのを手放す
握るのを止めていくっていうことです。



そうやって手放してみる
手放してみても案外減るってことは
少ないってことに気づくでしょう。



それは大きな気付きなのかなって思います。



今までは減らないようにって
必死に抵抗してきたけど
でもその抵抗をやめた時にそんなに減らないし



もしかしたら増えるってこともあるのかなっていう
本当逆転の発想かもしれませんけど
凄くそれは大きな気付きなのです。



そうやって抵抗する必要がなくなって
力が抜けていくと
すごく楽に生きていけるようになります。



そうやって楽に生きていけるようになると
力が入ることなく
本来の自分でいられるように
なるのかなって思います。



だから怒ってばかりの人を
攻撃ばかりしている人を見て
そういう人っていうのは
ああ、今危機的状態にいるのかな
必死に自分を守っているのかなっていう



そういう冷静な目で見ることによって
また違う見方ができるように
なるのかなって思います。



ここで少し昔の僕の話を
させていただこうかなって思います。



昔の僕も常に自分を守るためにすごく必死でした
全然心に余裕なんてなかったのです。



そんな状態だから
相手の感情にはものすごい鈍感でした。



相手が今どんなことを考えているのか
こういうことをすると
相手はどういう気持ちなのかっていう風に
考えることっていうのはすごく少なかったです。



それは自分に全然自信がなくて
自分の立場が常にどういう状態なのか
というのを気にしてばかりいたからです。



人の目線を凄く気にしていました。



そういう状態だからこそ
プライドもものすごく高かったです。



そんな僕だから本当は仲良くしたいのに
いろんな人と一緒に何かしていきたいのに



でも自分の変なプライドで
自分を守るために必死だから
意図しないところで
相手を傷つけてしまったりしました。



でも色んな本を読んだり
色んな体験をすることで
ある日気づいたのです。



なぜ自分に余裕がないのかって言うと
それは自分を守ってばかりいたからです。



自分を守るっていう行為が
自分のことばっかり考えるっていうふうに
繋がっていたのです。



そこである日自分を守るのをやめてみました。



そうすることで状況が一変したのです。



自分を守るっていうことをやめて
何か奪われまいと思って
必死に抵抗していたのをやめてみると
今まで敵だと思っていた人が
味方であったり



相手を攻撃せずにはいられなかったことが
そんなに攻撃をしようとすることは
少なくなったのです。



もう必死になる必要はなかったのです。



でも自分を守るのをやめるっていうのは
すごく怖いことでとっても勇気がいりました。



今までやったことないことをやるっていうのは
ものすごいチャレンジなのです。



何か大切なものが奪われるのではないのか
自分の立場とかそういうのが
危うくなるのではないのかっていう風に
ビクビクしていました。



でも、やった結果
何も奪われることはないし
何も失うことがないのです。



そういう風に守るのをやめることによって
余計な力が抜けていくっていうことがありました。



そうやって必死にならないから
自分を守る必要がないから
心にも余裕ができて



そうやって心に余裕ができた時に
初めて相手を思いやるっていうことが
できるようになったのです。



相手の感情にも寄り添うことができて
親切なことができるようになってきたのです。



まとめとして人を傷つけてしまう人っていうのは
自分を必死に守っている状態です。



そんな状態だからこそ
自分の心に余裕がないから
相手に対して相手がどんな思いをしているのか
相手がどんなことを感じているのか



こんなことをすると
相手はどう思うのかっていうのを
感じる力っていうのが全然ないのです。



そしてそういう時に意図しないところで
相手を傷付けてしまうってことが
起こるのかなって思います。



相手を傷つけるっていうのは
自分の心に余裕がないから
起こってしまうことなのかなって思います。



本当はそういう攻撃的な人であったとしても
相手を傷つけたくないっては思っているでしょう。



本当は仲良くなりたいのです。



でもそういう大切なものを
奪われそうになった時っていうのは
自分でも相手を攻撃するっていうことが
やめられないでいるのかなって思います。



そういう何かを失いたくないっていう思いを
思い切って失ってもいいって
手放すことができた時に
初めて大きな転換ができて
心に余裕が生まれて
安心感も生まれるのかなって思います。



そういう抵抗することをやめるっていうのは
ものすごい難しいことですけど
でもそれができた時に
世界が変わっていくのかなって思いました。



今日は人は心に余裕がない時に
周りの人を傷つけてしまうということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月24日2022:1月

心を広くするためには共感力が大事

今日は心を広くするためには
共感力が大事ということについて
お話ししようと思います。



多分僕もそうだし周りの人も
心の広い人に憧れるし
自分自身も心の広い人間になりたいなって
誰もが思うはずだと思います。



でもどうしたら心が広くなるのかっていうのは
なかなか考えることっていうのは
少ないのかなって思います。



その心を広げる要因ですけど
たくさんあると思いますけど
その中の一つとして「共感力」っていうことが
挙げられるのかなと思います。



共感力が高い人っていうのは
相手の立場に立つことができるので
それが心の広い要因に繋がるのかなって
僕は考えています。



そういうので共感力を
これから説明させていただこうかなって思います。



世の中にはさまざまな人がいて
色んな価値観を持っている人がいると思います。



急に怒り出すような人だったり
かと思えば全然自分の感情を出さずに
黙々とやっている人だったり



気が弱くておどおどしたり
人見知りな人だったり
明るくて人懐っこい人だったりっていう
そういうさまざまな人がいると思います。



そういう人の中には
当然自分とは全く違う人っていうのも
結構いるはずです。



そういう自分とは全く違う人を
どれぐらい理解しようとできるか
相手の立場に立って考えられるかっていうことが
共感力としてあるのかなって思います。



なぜ共感力が大事かって言うと
人って気持ちを分かってもらえるだけで
すごく癒されるものです。



特に悩んだ時とかは
自分の気持ちを理解してもらうってことが
すごく必要とされていて
悩みを話した時に
うんうんて共感してもらえるだけでも
それだけでも傷が少し癒えるということがあります。



逆に悩んだ時に
相手に思い切って話したのに
全然取り繕うともしてくれなくて
理解してくれなかったっていうことがあると
すごく苦しい思いをしてしまいます。



そんな感じで共感されるかどうかっていうのは
僕たちの中ですごく大きなこと
なのかなって思ってます。



そこで心の狭い人っていうのは
自分の価値観が強くて
自分のものの見方でしか
見れないっていうことがあります。



そうなると自分以外の価値観を
持ってる人っていうのを
受け入れるっていうことができなくて
心の広さっていうのは
狭いのかなって思います。



当然そういう人っていうのは
相手の意見を聞こうとはできなくて
自分の価値観を押し付けて
しまうってことがあるでしょう。



そうなると周りにいる人っていうのは
冷たい人だっていう風に思ってしまって
優しさっていうのを感じることっていうのは
できないでいると思います。



逆に心が広い人っていうのは
どんな価値観の人であったとしても
相手の立場に立って
受け入れることっていうのが
できる人なのかなって思います。



そんな感じで心を広げるには
共感力っていうのが
カギになっているのかなって思います。



共感力として色んな視点を
持っているかっていうことがあって
自分の立場だけではなくて
相手の立場に立つことができるのか
っていうことがあります。



その共感力ですけど
共感力を付ける方法には
自分自身が色んな体験をする
っていうこともあります。



また自分の体験だけではなくて
本などでたくさん勉強するってことも
必要になってくるでしょう。



まず色んな体験をするっていうことですけど
僕たちが普通に生きている世界では
見えない世界っていうのがあって
それは傷ついた人の持っている世界
なのかなって思います。



そういうのは同じ苦しみを抱えていないと
なかなか共感できないってことが
あるのかなって思います。



特にうつ病とか目に見えない病っていうのは
普通の人からはなかなか理解できない
ということがあるのかなって思います。



普通の人はサボっているとか
だらけているっていう風にしか
見えないかもしれませんけど
その人の中では一生懸命何かをしようと思って
でも体が動かないっていう
そういう状態なのかもしれません。



そういうのっていうのは
なった人じゃないと
なかなか理解ができないのかなって思います。



逆にそういうふうに経験していると
より強く理解できるってことが
あるのかなって思います。



だからいろんな苦しみを抱えた人っていうのは
それだけ共感できる部分が
多いのかなって思います。



それはつらい経験をしたからこそ
手に入れられるものなのかなって思います。



特にどん底を経験した人だったり
苦しみ抜いた人だったり
そういう人っていうのは
共感力っていうのがとっても高いです。



苦しんだからこそ見える世界っていうのがあって
そういう世界から物事を見ると
相手の苦しみっていうのを
理解することができるのかなって思います。



また本で学ぶっていうことですけど
僕たち一人一人の経験っていうのは
やはり限度があるのかなって思います。



だからこそ先人たちの知恵の詰まった本を
読むってことはとても大事で
そういう本を読むだけで疑似体験できて
その人の体験っていうのを自分のものとして
少し感じることができるように
なるのかなって思います。



昔から僕たち人間っていうのは
物語が大好きです。



それはその物語の中に没頭して
入っていくことができて
主人公と同じ気持ちになれるから
ということがあります。



そういう自分とは違う経験している人の
視点を持つっていうことで
想像力を働かせて楽しみながら
主人公の視点を得れるというので
いろんな物語を読むことによって
経験が一つ一つ増えていくのかなって思います。



また本を読むっていうことで
古典を読むってことも
とても大事なことなのかなって思います。



古典っていうのは読み継がれている
古くからあるもので
そこには人間とは何かっていうのが
考え抜かれたものがあります。



そういう深い知恵を知ること
というのができるのです。



僕たち人間の悩みっていうのは
大昔からそんなに変わるものではないのです。



だからその悩みを色んな角度から
色んな人が証明してくれるってことがあって
歴史から学んでいくっていうのは
とても大事なことです。



学んでいくことで
自分の体験と照らし合わせて
想像していくということが
できるようになるのかなって思います。



そういう古典を読むことによっても
共感力っていうのが
増えていくのかなって思います。



まとめとして心が広くなるためには
共感力が大事な要因の
一つなのかなって思います。



共感力っていうのは
色んな人の立場に立って
物事を考えられるかっていうことです。



自分の視点だけで物事を見ると
良い悪いとか相手を批判したりとか
自分の考えを押し付けたくなってしまいますけど



自分の考えと違う人でも
その人の立場に立って
考えることができるようになると
相手を受け入れる度量っていうのは
増えるのかなって思います。



共感力を付けるためには
経験から学ぶことと
物語から学ぶこと
また古典から学ぶことっていうことがあります。



経験から学ぶっていうのは
痛みとか苦しみ辛さなど
どん底を経験した人っていうのは
同じように苦しんでいる人の立場に立って
分かってあげられることが
できるのかなって思います。



そういうことで痛みっていうのは
大きな財産として
共感力を身に付けるツールと
なるのかなって思います。



また物語から学ぶっていうのは
僕たちは物語が大好きで物語没頭して
主人公になりきるっていうことができます。



そういう主人公になりきって
疑似体験することで
経験が一つ増えてるっていうことが
できるようになるのかなって思います。



そして古典から学ぶっていうことですけど
古典っていうのは
人間とは何かっていうことについて
先人からの知恵が存分に詰まっています。



そういう深い歴史の中で培われた
人間という理解を知るってことが
容易にできるようになるのかなって思います。



また古典ですけど
僕も最初はちょっと
とっつきにくいっていうところがあって
読むのに抵抗がありましたけど



でもいざ読んでみると全然そんなことはなくて
とてもに人間として
人間くささっていうのが書かれていて
共感できるところがたくさんあります。



とっつきにくいっていうイメージだけですけど
いざ読んでみると
また考えが変わってくるのかなって思うので
興味が持たれた人は
古典にチャレンジしてみるっていうのも
いいのかなって思います。



そんな感じで共感力をつけるっていうのは
自然に手に入るものもありますけど
やっぱり学んでいくっていうことも
大事になってくるのかなって思います。



そうやって経験を積みながら
学んでいきながら
多くの視点で物事を見れるようになると
心が広い人間として
なっていけるのかなって思います。



今日は心を広くするためには
共感力が大事ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月17日2022:1月

何かを決断する時に決められないのはなぜ?

今日は何かを決断する時に
決められないのはなぜ?
ということについて
お話しさせていただこうと思います。



僕たちは生きていると
決断をする時っていうのは
いくつもあるのかなって思います。



進路であったり結婚であったり
就職であったり色んな場面で
あれにするのか、これにするのか
どっちにしようかなって
そういう決断を迫られる時があると思います。



また高価な買い物をする時なんかも
思い切った決断っていうのも
必要になってくるでしょう。



そうやって決断をしなければいけない時に
よし、これにしようって
すぐに決断できる人っていうのは
少ないのかなって思います。



大体はあっちもいいけど
こっちもいいし
どっちにしようかなって迷って
決められないっていう人が
多いのかなって思います。



もちろん僕自身もずっとそんな優柔不断で
決められないような人でした。



それは決断するっていうのは
痛みを伴うからです
本当に大小を問わずに決断するっていうのは
脳にとっては凄く負担がかかって
本当の痛みっていうのが伴う時もあるのです。



だからなかなか決められないってことがあります。



なぜ痛みを伴うのかって言うと
僕たちは未来がわからない以上
どっちが正解か
どっちが不正解かっていうのは
分からないでいます。



もしかしたら間違ってしまうのではないのか
とかそういういろんな不安とか恐れがあって
それがいっぱいいっぱいになった時に
脳は痛みを伴って苦しむっていうことに
なってしまうのです。



特に損害がある時っていうのは
とっても苦しいのです。



損害があるっていうのは
今持っているものが減ってしまうこと
そういう何か奪われるとか減ることに対して
脳は特に強い痛みを感じてしまうことがあるのです。



損することって
僕たちはたとえ小さな損であったとしても
引きずってしまうってことがあります。



このように何か減るとか
損するっていうことに対して
すごく過剰に反応してしまうというのが
僕たちなのかなって思います。



本来ならば迷っている時っていうのは
メリットもデメリットも
どちらも同じぐらいだからこそ
迷うのかなと思います。



もしAの方がメリットが多くて
Bの方がメリットが少なかったら
すんなりと決めれるはずです。



どちらもメリットもデメリットも
同じぐらいって考えているから
迷っていると思います。



だとしたらどちらを選んでも
そんなに変わることはないのかなっていうので
簡単に決めてもいいはずだと思います。



でもちょっとでも損するのが
嫌だっていうことがあると決断できない。



決断した後も他の選択肢はどうだったのか?
あっちを選んでみると
本当はここまで損することは
なかったのかっていう風に
気になってしまうものなのかなって思います。



決断っていうのは
文字通り決めたこと以外は全て捨ててしまう。



その他の可能性を全て捨ててしまう
ということがあります。



でも他の選択肢を捨てるってことは
僕たち人間にはなかなかできないもので
あっちの選択肢にしていたら
どうなったのかなっていうのが
気になってしょうがないものなのかなと思います。



そういうのも人間の弱さっていうか
人間である以上しょうがないところなのかなって
受け入れることも必要なのかなって思います。



特にAの決断をして
何か嫌なことがあったとしたら
Bにしておいた方が
嫌なことなんてなかったのにって
凄く後悔して
Bの方の可能性にすぐに妄想して
逃げてしまうということがあるのかなって思います。



なかなかAに集中して
どう取り組んでいこうとか思えないものです。



Bにしたら良かったっていう風に
妄想してしまうということが
あるのかなって思います。



ここからは僕の話ですけど
僕も凄く決断するっていうことができずに
優柔不断だったっていうのがあります。



それはコンビニの弁当を決めるっていうことすらも
どっちにしようかって迷って
時間がかかってしまったっていうことがあります。



ほんの小さなことであったとしても
決められないような人でした。



その頃の自分を振り返ってみると
損するっていうことが凄く嫌だったのです。



ちょっとでもいいから得をしていないと
自分の中で満足できないってことがありました。



なので損をしていないのかっていうのは
気になって気になってしょうがなかった
っていうのがあって



結局そういうことをしていくと
どうしても後悔っていうのは
たくさん生まれてくるのかなと思います。



買ったものに対しても気になって
他の商品のところをチェックしたりとかして
余計に傷ついてしまうってことを繰り返していました。



わざわざそんなチェックをしなくてもいいのに
もう買ってしまったものは
どうにもならないのに



損をしていないのかっていうのが気になって
覗いてちょっとでもあっちの方が
安かったとしたら
それで損したっていう気持ちになって
すごく傷ついてしまうのです。



でも今は損してもいいっていう風に
逆に開き直っていこうかなって思っています。



損してもいいし
間違った選択をしてもいいしっていう風に
そういうことを繰り返していくうちに
迷いというのが少なくなったように思います。



間違った選択をしてしまったとしても
取り返しのつかないことっていうのは
そうそう起こらないはずだっていう風に
思うことができるようになりました。



もし間違ったとしても
そこから学ぶべきものっていうのは
たくさんあるはずです。



逆に間違ったからこそ
良かったっていう場面もあるのかもしれない
っていう風に思うようになりました。



そういうことで失敗を恐れなくなったし
間違うことを恐れなくなった。



そういうことをしていくと
決断っていうのも
少し早くなってきたように思います。



前のように優柔不断で
あれにしようか、これにしようかって
時間をかけるってことが少し減ってきました。



そして後悔っていうのも
ちょっとずつ減ってくるようになりました。



このように何かを決断する時っていうのは
損してもいいし間違ってもいいし
そこから学んでいけばいいという風に
口癖で唱えるようにしていきました。



そうすると心理的な痛みっていうのが
減ってくるようになってきました。



それで決断するっていうことも
できるようになってきたのかなって思います。



そしてここで一番大切なことっていうのは
何を選んだのかっていうのは
ほぼ関係がないのかなって思います。



すごく大事なことっていうのは
結局は自分でその選択をしたのか
ということです。



他人がこうだって言うから
これに決めたっていうことで
他人の言う通りにしていないのか。



それだといつまでたっても
他人に自分の人生を委ねて
本当の自分の人生っていうのを
生きていくことができないと思います。



そういうので決断できない人っていうのは
もしかしたら親とか占い師さんなんかにも
委ねてしまってるってこともあるのかもしれません。



特に占い師さんなんかに依存して
就職先とか結婚相手ですら
この人でいいのかっていう風に聞いて



その人が良いって言わないと
自信持って決断できないっていう人も
多くいるって聞いています。



色々とアドバイスを聞くっていうことは
凄く大事なことですけど
でもそのアドバイスを何も考えずに
従うっていうのは駄目で
最後はやっぱり自分で決断するっていうことが
大事になってくるっていうことです。



今日のまとめとして決断するっていうことは
すごく怖いことです。



もしかしたら大切なものが減るのではないのかとか
損するかもしれないとか
そういうことを考えてしまうと
決断するってことは難しくなってしまいます。



たとえ小さな損であったとしても
僕たちの心っていうのは
過剰に反応してしまうということがあるからです。



だから決断する時には
間違わないようにとか
失敗しないようにっていう風に
すごく気を付けてやっていこうとしてしまうと
決断するっていうことが難しくなってしまいます。



でも損してもいいとか間違ってもいいって
認めることができるとしたら
決断もより早くなっていくのかなって思います。



たとえ間違ったとしても
大変なことは起こらないからです。



そこから何か学んでいけばいいだけです。



そして一番大事なことっていうのは
自分でその決断をしたのかっていうことです。



他人にその決断を委ねていないのか
っていうことを注意していくってことは
とっても大事なことです。



僕たちは決断した以外の選択肢っていうのを
見ることはできません。



Aという選択をした瞬間に
Bの選択肢もCの選択肢も消えてしまうからです。



比べることなんてできないのです。



だとしたらAっていう選択肢をした瞬間に
もうその決めた道を
行くしかないのかなって思います。



そんな感じで
弁当すら決められない僕であったとしても
損してもいいとか間違ってもいい
失敗しても良いっていうのを口癖にして
決断するようにしてきました。



だからあなたも何か決断するっていう時は
損してもいいって唱えながら
最後は自分で決断してほしいなって思います。



今日は何かを決断する時に
決められないのはなぜ?っていうことについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




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2022年01月10日2022:1月

固い心と柔らかな心の違いについて

今日は固い心と柔らかな心の違いについて
お話ししようと思います。



心の状態を柔らかさで表現してみると
どんな表現ができるのか?というのを
ちょっと考察みたいなと思います。



まず固い心ですけど僕のイメージですが
固い心っていうのは強い意志を持った
巨大な木のような存在なのかなと思います。



圧倒的な迫力があって揺るぎない
そんな固い心を持った存在のものを
巨大な木としてイメージしています。



また柔らかな心としては
どんな強い風でも受け流す
柳の木としてイメージしています。



そして柔らかい心になりたいなって思う人が
多いのかなって思いますけど



でも硬い心も柔らかい心も
どちらが良いとか悪いとかってのはなくて
どちらも長所と短所があるので
それを知っていくってことは
大事なのかなって思います。



最初に結論ですけど
柔らかい心と固い心の違いというのは
どれくらい自分の考え方に
こだわりを持ってるのかっていうことです。



固い心っていうのは自分の考えに固執して
こうでないといけないっていうのが強いので
変えようとしないってことがあって
それが固い心としてイメージできています。



逆に柔らかい心っていうのは
こうであっても良いし、ああであっても良いっていう
そういうどっちでもいいっていう
ちょっと優柔不断には思うかもしれませんけど



そういうこだわりがないからこそ
柔らかい心としてやっていけるのかなって思います。



そんな感じで固い心と柔らかい心の違いってのは
どれくらい自分の考え方に固執するか
ということであります。



大切なのは自分が今心の状態は
どんな固さなのかっていうのを知って
もしそれが偏りすぎているとしたら
バランスをとっていくってことは
とっても大事なことなのかなって思います。



それでは固い心と柔らかい心について
詳しく説明させていただこうと思います。



まず硬い心ですけど
硬い心のイメージとして
先ほど言ったように
大きな大木をイメージしています。



ちょっとやそっとの風では揺るぎない
そんな圧倒する大きな木です
たぶんそういう人が周りにいるとしたら
ものすごい行動的なので
圧倒されるって事があるのかもしれません。



力強くて一本芯が通っているので
自信にあふれているって事があります。



そういう人は目標を決めたら
一直線にそこに向かって
頑張り続けることができます。



そしてその目標を
達成していくってことがあるでしょう。



そういう自分の強いこだわりを
持っていることがあって
考え方を貫き通すことができます。



誘惑にも負けずに
他人の意見にもあまり左右されずに
曲げない強さということがあります。



ただそれは自分の考えを曲げられないってことは
マイナスの面でもあって
こうでないといけない、ああでないといけないという
自分の考えが強すぎるので
周りの変化に弱いってことがあります。



また自分の考えを曲げることができないから
善悪の意識がとっても強いです。



自分の中のこうでないといけないっていうことが
正義感として
こうじゃないっていう人を
裁こうとしてしまうってことがあります。



そういうので他人と衝突してしまうってことが
多くなってくるでしょう。



そしてある程度の小さなトラブルだったら
力強く解決してくってことはできるでしょうけど



でも大きな自分の器を超えるような
トラブルに巻き込まれた時
どうにもにもならない時ってのは
ある日心がポッキリと折れてしまいます。



そういう意味で人間関係の面とか
物事がうまくいかなかった時の面とか
そういうもので苦しみやすいってことが
あるのかもしれません。



例え話ですけど
良い例として陶芸家ってことがあります。



陶芸家の人っていうのは
こだわりが強いっていうイメージがあると思います。



作品に対して凄くこだわって
ある人だと悪いもの以外は
全部壊すっていうことをするらしいです。



ちょっとした形が悪いものであったとしても
値段を付けれると思うんですけど
でもそれでは自分のプライドが許さない



ということで全部壊して
だからこそ素晴らしい本物を作れるって事が
あるのかなって思います。



それは固い心の人しか
できないようなものなのかもしれません。



悪いものだと頑固おやじのイメージがあります。



昭和時代の頑固おやじとして
自分の思い通りにならなかったとしたら
周りに当たり散らして
もう手のつけようのないってことが
あるのかもしれません。



当然周りはその人に対して
すごく気を使わなければいけなくなって
疲れてしまうでしょう。



そんな固い心の人と一緒にいるって事は
なかなか難しいことなのかなって思います。



そんな風に固い心でも良い面もあるし
悪い面もあります。



次に柔らかい心の説明をさせていただきます。



イメージで言うと最初に言ったように
しなやかに流れる柳の木というのをイメージします。



ちょっと頼りないところありますけど
でもどんなトラブルがあったとしても
サラサラと流していけるっていう
そういう柔軟さというのを
持っているのかなって思います。



最初に悪い部分を取り上げていくと
柔らかい心の人っていうのは
自分の意思が弱いので
力強さがなくって
一見ひ弱そうに見えるかもしれません。



というのでなんだか頼りないなっていう
そういう印象をもしかしたら受けるかもしれません。



自分の意思があまりないからです。



そういうので目標を決めるって事も
なかなかなくって
こうでないといけないっていうのもないので
その場その場の状況で合わせていくってことを
しているのかもしれません。



だからそんなにも力強く頑張るっていうことは
ないのかもしれません。



でも自分のこだわりが少ないから
どうにでも変化できるって事があります。



そういうので色んな物事に対して
臨機応変に対処できるって事があります。



自分の考えに固執しないので
善悪の判断っていうのが
限りなく少ないってことがあって
誰かを責めることがないです。



だから他人にうまく合わせて
いけるって事があります。



絶対にこうでないといけないっていうことがあると
他人に対しても
それを押し付けてしまうかもしれませんけど
自分のそういうこだわりが少ない分
善悪というのも少ないのかもしれません。



だから自分と違う考えを持っている人に対しても
うまく合わせていけるって事があるのです。



だから他人と争わなくてすみます。



柔らかい心の人の活躍の場として
リーダーの補佐ってことも
活躍できる場所なのかもしれません。



力強いリーダーの意見を聞きながら
与えられた仕事を忠実に
こなすってことが得意でしょう。



自分では目標はないですけど
他人から与えられた目標に
臨機応変にしながら
こなしていくってことが
得意なのかもしれません。



そういうので合わせる能力っていうのが高いです。



でも悪い例としては
やっぱり優柔不断に写ってしまうでしょう。



自分の意見がないので
もしかしたら嫌なことでも
断るってことができないでいるかもしれません。



そうなるとやりたくないことまでも
やらなければいけなくなってしまって
ストレスを抱えてしまうってことも
あるかもしれません。



こんな感じで柔らかい心にも良い面もあるし
悪い面もあります。



まとめとして
柔らかい心と固い心の違いというのは
心の柔軟性として
どれぐらい自分の考えに
こだわりを持ってるのかっていう
その度合いで変わってきます。



固い心の人っていうのは
自分の考えが絶対で
曲げられないってことがあります。



でも柔らかい心っていうのは
こだわりが少なくてどっちでもいい



自分の考えでも良いし
相手の考えでも良いし



Aでも良いし、Bでも良いっていう
そんなこだわりの少ないというのが
柔らかい心の状態です。



それであなたの心の状態の固さっていうのを
イメージしてみると良いのかもしれません。



あなたの心の状態っていうのは
カチカチなのか
それともふにゃふにゃで柔らかいのかっていう
どっちでしょうか?



ちなみに僕の心の固さっていうのは
最初の頃っていうのは
すごくカチカチでした。



他人の意見に合わせるって事は
それは負けを意味するっていう風に
勘違いしていたので
自分の考えを押し通そうと
してしまうとこがあります。



なので学校でもあまり友達の意見を聞かずに
自分の考えを通そうとしていた時もありますし
仕事場でも一番後輩なのに
先輩に向かって何か生意気なことを
言っていたってことがあって
みんなから嫌われていました。



それのですごく苦しかったってことがあります。



でも色んな勉強したり
色んな経験を積むことで
ガチガチの心が
少し柔らかくなってきたかなと思います。



自分の考えに固執することではなくって
Aでも良いし、Bでも良いっていう
相手が考えでも良いっていう



そういう自分の考えに固執するってことが
少なくなってきて
相手の考えを受け入れるということが
できるようになってきました。



そういうので少し苦しみっていうのは
減ってきたっていうことがあります。



でもまだまだできていないので
僕の理想の硬さとしては芯がありながら
それでいて柔らかさを持っているっていう
そういう心の状態になっていけたら
良いのかなって思ってます。



理想の状態に近づけるために
バランスをとっていくってことはとっても大事です。



今の心の状態を知って理想を描いて
もし固すぎるとしたら
柔らかい心を取り入れていくし



柔らかすぎるとしたら
固い心の状態を取り入れていくっていう



そんな感じでバランスを取っていくってことは
とっても大事なことなのかなって思います。



今日は固い心と柔らかい心の違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年12月27日2021年:12月

自分にかける言葉で性格は作られる

今日は自分にかける言葉で
性格は作られるということについて
お話ししようと思います。



言葉っていうのは
すごい力を持っているなと思います。



その言葉を知れば
相手の人間性っていうのが
分かるっていうのがあります。



どんな言葉を使っているのか?
どんな言葉を相手に投げかけているのか?
どんな言葉を自分に投げかけているのか?
っていうので
その人は作られているからです。



だからその人の言葉っていうのが
人間性を表しているということがあります。



相手を知ろうと思ったら
まず言葉を聞いて
どんな言葉を使っているのかっていうのを
知っていくっていうことが
一番の手がかりなのかなって思います。



汚い言葉を使うのか?
きれいな言葉を使うのか?によっても
相手の印象っていうのは
全然違ってくると思います。



そんな感じで言葉が
人間性っていうのを生んできます。



それは自分にも言えることです。



自分を知る手がかりは
自分にどんな言葉を使っているのか?っていうのが
決め手になってくるのかなと思います。



自分に対して心の中で
どんな言葉をかけるときが多いですか?



それによってあなたの性格
長所・短所・不得意っていうのが
決められてくるのです。



言葉の力でそんなものが決められるのか?
って思うかもしれませんけど
でも実際に言葉の力で
そういうふうに決まってくるっていうのを
これから説明していこうかなって思います。



まず人間っていうのは
言葉通りの行動をするようになる
っていうのがあります。



自分は良いのか悪いのかっていう
そういう言葉を自分自身に向けることによって
その通りの行動を取っていくのです。



そしてそれは現実を歪めてまでも
その通りになってくるというのがあるのです。



吐いている言葉と見ている現実が違うとします。



すると脳は勝手に現実の方を歪めて
言葉の方を正解として
やっていこうとするのです。



そうやって現実を変えてまでも
言葉通りの人間になっていこう
ということがあるのです。



例えば自分はダメな人間だ!
何をやってもできない
こんな人間なんていない方がいいんだって
そういうふうに思ってしまうとします。



実際は全然ダメじゃなくて
周りの人からも凄く評価されているとしても
ダメなところをピックアップして探し出して
自分はなんてダメな人間だっていう風に
そういう現実を作ろうとしてしまうのです。



集中力がないっていうこともあげられます。



自分に集中力がないっていうふうなことを
言い続けていると
本当は潜在的に集中力があるのに
自然に集中力っていうのをセーブしようと
してしまうということがあります。



このように自分の性質すらも
言葉によって作られていく
っていうことがあるのです。



どんな言葉であったとしても
言葉と現実を一致させないと
脳っていうのは納得できないのです。



発してる言葉と現実が違ったら
脳は混乱してしまうので
言葉通りのものを現実として引っ張り出して
探し出して、そしてそれで納得しようとする
ということがあるのです。



そこで自分にどんな言葉をかけている時が
多いのかっていうのを
気づいていくっていうのはとっても大事です。



無意識に自分の言葉を
発しているってことが多いからです。



人間っていうのは平均的に1日に6万回
自己対話があるっていう風に言われています。



起きてから寝るまで
自己対話がないっていう時っていうのは
少ないのではないのかなっていうぐらい
自己対話が多いのです。




しかもその自己対話として
たぶん一緒なことを言っている時が
多いのかなと思います。



まるっきり違うような言葉を
発するってことは少なくて
同じことを繰り返し繰り返し
自分の中で自己対話しているっていう時が
多いと思います。



そうやって繰り返すことで
自分を洗脳させてしまっている
という部分もあるのです。



悩みが多い人っていうのは
悩みが多い言葉を使っている
ということがあります。



自分に対してマイナスの言葉を使って
マイナスのことばかりを
見つけてこようとしてしまいます。



そしてそんな状態だと
やっぱり落ち込んでしまうということがあります。



逆にできる人っていうのは
プラスの言葉を発していることが多いです。



自分なら大丈夫
やればできるっていうふうな言葉を
自分に投げかけていることでしょう。



そうするとたとえマイナスであったとしても
そこからプラスの要因っていうのを見つけてくる
ということはあるでしょう。



そうなると自ずと落ち込みっていうのは
少なくなってきます。



ただ自分に対しての言葉ですけど
なぜそんな言葉を
自分に対して言うようになったのかって言うと



それは多分周りの人に
言われた言葉を間に受けて
自分に対しても言うように
なったっていうことが多いです。



だから周りの人から
どんな言葉をかけられたのかっていうのも
知っていくのは大事なことなのかなって思います。



特に周りの人から繰り返し繰り返し
言われた言葉っていうのは
強く潜在意識に刷り込まれてしまう。



ということがあります
そしてそのような人物になってしまう。



というのがあるのです
周りからあなたは何をやってもダメだって
言われ続けると
本当はできるのに
自分でもダメ出しして
なんて自分はダメな人間だという風に
思い込んでしまうところがあると思います。



現実はほとんど関係なくって
周りの人の言うことが
真実として捉えてしまいます。



逆に周りから信頼されて
あなたなら大丈夫
あなたは何をやってもちゃんとやっていける
というふうに言われ続けたとしたら



たとえそれが非行少年で荒れていたとしても
時間が立っていくにつれて
自分はやればできるんだ
自分は良い人間だっていう風に
心を変えていくっていうことがあります。



そしてここで重要なことっていうのは
自分を変えるっていうのは
とても難しいことだと思います。



性格を変えたり
行動を変えるっていうのは
すごく難しいことがあるのです。



でも自分に発する言葉を変えるっていうのは
比較的簡単にできるのかなと思います。



だからまずなりたい自分の理想像を言葉として使う
そこから始めてみてもいいのかな
というのは思います。



ちなみに相手を褒める3Sの言葉
っていうのがあります。



すごい・さすが・素晴らしい
そういうことを言っていくと
相手が気持ちよくなるっていうことですけど
これは自分に向けて
やっていってもいいのかなと思います。



さらにそこに素敵っていうことで
4Sにすると
余計に良くなるのかなって思います。



逆にダメにする言葉っていうのもあります。



でも・だって・どうせ、こういう言葉を使っていくと
どんどんとマイナスになってしまう
ということがあるので
ちょっと注意した方がいいのかなって思います。



だったら3Sの言葉を使って
どんどんどんどんと自分を褒めてみる
というのもいい方法でしょう。



自分の理想像ですけど
集中力が高くなりたいのであったら
私は集中力があるっていう風に言い続けると
現実が次第に変わってきます。



こんな風に今の現実というのは関係なくて
理想の自分像を考えて
先にそういう言葉を使って
自分に投げかけていく



そうすることによって
現実が変わっていくっていう部分があるのです。



集中力もそうだし
暗い人間だと思っていても
自分は明るい人間だって言うのも
そうだと思います。



また勉強ができないであったとしても
自分は勉強ができるんだって
言い続けるのも一つの方法でしょう。



そんな風にして
自分の理想像の言葉を使っていくってことは
大事なことなのかなと思います。



そしてそれを人に宣言すると
より効果的っていう風に言われています。



漫画でも俺は海賊王になるんだっていう風に
言ってるキャラクターがいると思います。



それは実力があるからそういう風に
言ったっていうことではなくて
実力がない時から
全然その仲間もいなくて
どうしようもない時から
そういう風に言ってきたと思います。



でもそうやって言うことによって
周りにも動くし
自分自身に対しても
その行動が変わっていくと思います。



海賊王になるって言いながら
家から一歩も出ずに
テレビを見ながらとかそういう風な行動をすると
違うぞっていう風に
思ってしまうところがあると思います。



やっぱり海賊王になるって
自分にも宣言するし
相手にも宣言するっていうことがあるから
行動をより強く変えていくっていうことがあります。



そんなふうに人に宣言すると
より行動が変わっていくっていうこともあるので
もしなりたい自分像が強くあるのであったら
人に宣言するっていうことも
必要なことなのかなって思います。



こんな感じで
言葉の力ってすごく大きいなって思います。



使う言葉一つで自分自身を大きく
変えていくことができるからです。



行動や性格を変えるっていうのは
とても難しいことですけど
でもまず言葉を変えてみるっていうことだったら
ある程度簡単にできるのでは
ないのかなって思います。



そういう言葉をうまく活用して
理想の自分像になっていく
ということができたとしたら
それはとても素晴らしいことなのかなと思います。



まずはどんな言葉を自分に使っているのか?
っていうのを気付いて
それで直したいところがあったとしたら
理想の言葉を使っていく
そうすることによって
現実が追いついていくっていうことがあります。



言葉を活用して自分を変えていきましょう。



今日は自分にかける言葉で
性格が作られるということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年12月20日2021年:12月

良い人過ぎても悪い人すぎてもダメ  その中間に答えがある

今日は良い人過ぎても悪い人すぎてもダメ
その中間に答えがあるということについて
お話ししようと思います。



僕もそうだけど
多分多くの人が悪い人にはならないように
っていうのにすごく気をつけて
やってることがあるのかなと思います。



それは嫌われるのが怖かったりして
一生懸命相手から良い評価を得ようとして
なるべく悪い評価っていうのを
つけられないようにという風に
良い人を目指すってことを
しているのではないのかなと思います。



世間的にも良い人物を目指そうっていう風に
そういう傾向にあるのかなと思います。



でも良い人には悩みが多いというのが
やっぱり付きまとってしまいます。



カウンセリングに来る人なんかも
ほとんどが良い人で
そういうの見ていくと悪い人っていうのは
カウンセリングに来ることはなくって
良い人が悩みがちってのがあります。



そういうのを見ていくと人生っていうのは
バランスが大事だなってつくづく思います。



偏りがあると辛いなっていうのがあって
悪い人でもなくて善人過ぎてもダメ
その中間ぐらいが
ちょうどいいのかなっていうのがあります。



良い人ってのは
基本的に我慢する事っていうのが
多くなってしまうと思います。



他人に気を使って
すごく自分を我慢させるって事が
多くなってしまいます。



でもそれによって
相手からの評価が高くなったり
周りから頼りにされたりとか
そういう良い面もたくさん得られることでしょう。



会社でも上司とか部下に慕われると思います。



また仕事も真面目で
周りの評価もすごく高いってのがあるでしょう。



でもいつのまにか愚痴とか誰かの悪口とか
すごく言いたいなって思う時でも
ずっと我慢して
良い人を演じようとしてしまったり



何か頼まれ事とか
本当はやりたくないことがあったとしても
喜んで引き受けたりしてしまうのかもしれません。



そうやって自分を押し殺すということが
多くなってしまうでしょう。



自分を押し殺してずっと我慢していると
ある日限度を超えてしまって
バッタリと動けなくなってしまうってこともあります。



これがうつ病という病として
なってしまう原因でもあるのかなと思います。



そうやって良い人でいることによって
周りから評価されることは
すごく良いことだと思いますけど
でも本当にそれが本人の幸せなのか?
というのを考えてみる必要は
あるのかなと思います。



良い人から潰れていってしまう
ということがあるからです。



良い人ってのは大体損するってことも
多くなってしまうのかなと思います。



頼まれ事とか
他の人よりも一生懸命働いてるはずなのに
報われないというのが
もったいないなと思います。



たしかに周りの人からの評価とか
周りの人から好かれるって事は
あるかもしれませんけど
自分を押し殺して
限度を超えて動けなくなってしまう。



そういうストレスが溜まってしまう
というのがあって
そういうので帳消しになってしまうというのが
非常にもったいないなってのがあります。



逆に悪い人っていうのは
自分勝手でやりたくないことは
しないってことがあるでしょう。



そうするとみんなから
嫌われてしまうってことがあります。



仕事でも部下に偉そうで
上司に立てつくってこともあるかもしれません。。



また仕事の愚痴ばっかりで
かといって仕事をするのではなくて
サボってばっかりいるって事も
あるかもしれません。



そういう人だと当然周りから嫌われてしまいます。
相手にされないってこともあるかもしれません。



それはそれで辛いものがあるのかな
というのは思います。



でも我慢することが少ないので
好きな事しかしてないから
ストレスは溜まらないってことがあります。



仕事においても良い人と比べたら
格段にストレスの量は少ないでしょう。



相手に気を使うってことがあまりないからです。



そういう感じで良い人・悪い人の
バランスをとっていくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



良い人でも悪い人でも
どちらもメリットとデメリットがあります。



どちらが良いというわけではないのです。



どちらかに偏ってしまった時に
問題が起こって
そういうのを修正していくってことが
とっても大事になってきます。



そういうバランスをとる
修正をしていくっていうことは
良い人っていうのは悪い人を見習って
ちょっと悪い行動を取ってみるっていう事です。



逆に悪い人ってのは
良い人みたいに他人に気を使って
少しは真面目にやってみるって事が必要でしょう。



そういう風にお互いの良さっていうのを
取り入れていくことによって
ちょうどいいバランスというのが
とれるようになるのかなと思います。



そんな風に良い悪いの中間地点ってのが
生きるのが楽なところなのかなと思います。



そういうので安易に良い人を目指そうとしない
ってことが大事になってきます。



良い人になれば全て問題が解決する
というわけではないのです。



たまには良い人は悪い人を見習って
ちょっとでも相手に気を使うってことをやめて
自分勝手になっていくってことも
大事なことでもあるのです。



ただここで気を付けなければいけないことは
自分の評価っていうのは
間違ってしまうってことがあります。



自分は悪い人間だって思ってるのに
実は周りから見たら
すごく良い人だっていうことがあります。



自己評価が周りと違ってるって事があるのです。



そういうで悪い人の特徴として
悪い人ってのは
自分のことを悪い人間だっていう風に
思うことは少ないです。



もしかしたら自分こそが良い人間だって風に
思い込んでるところがあるのかもしれません。



だから自分の事を直そうという風に
思うことは少ないのです。



でも周りに迷惑をかけてしまってる
という事が多いのです。



でも良い人っていうのは
自己基準というのが高くて
これをしなければいけない
あれはしてはダメっていうのが
たくさんあるのです。



そういうのがあると自分なんてまだまだダメだ
もっとこんなことをして貢献しなきゃとか
あんな誘惑に負けて
こんなことしてしまったっていう風に
自分を責めてしまうってことが多いのです。



そういう所に自分の持っている良い人の基準と
他人から見た良い人の基準ってのが
違うっていうのがあって
矛盾ってのがあるってのがあります。



だから自分が悪い人だって思ってるのに
実は良い人すぎるからていう風に
勘違いしてしまうってことがあるのです。



日本人ってのは
真面目な人ってのが多いのかなと思います。



欧米の人と比べると
ルールを守らなければいけないっていうのが
強すぎるような気がします。



だからもっと自分勝手に
なってもいいのかなと思います。



周りの人のことを少し後回しにしてまでも
自分を優先させるって事を
してもいいのかなと思います。



それくらいで丁度良く
なっていくのかなっていうのがあります。



特にカウンセリングに来る人っていうのは
我慢させすぎてつらいって事があります。



そういう人には良い人を目指すのではなくて
悪い人をちょっと取り入れていくっていうぐらいで。



ちょうどいいのかなと思います
そうやって悪い部分を取り入れることで
バランスが取れていくってことがあります。



今日のまとめとして
良い人すぎても辛いし
悪い人でもダメってことがあります。



そのバランスってのが
大事になってくるのでしょう。



良い人だと自分を
我慢させることが多くなってしまって
評価はされるけど
ストレスが多くなってしまいます。



逆に悪い人だと好きなことばかりしていて
ストレスは少ないかもしれませんけど
周りの人に迷惑をかけて
他人から嫌われてしまうことがあります。



だから良い人ってのは少し悪い人のように
自分勝手に生きるということを
参考にしていった方が良いのかなと思います。



もっともっとわがままで自己中になっていくことで
ストレスを減らしていくってことがあるからです。



決していい人を目指すってことをやっていって
解決しようとすると
余計にストレスが多くなって
しまうってことがあるので
そういう道は行かない方が
良いのかなって思います。



ただ注意点として
自己評価っていうのは当てになりません。



自分は悪い人だって思っていても
実は周りから見たらすごく良い人
というのがあります。



自分の基準がすごく高くて
あれをしてはいけない
これはしてはいけないっていうのが
たくさんあると



それをちょっとでも破った時に
なんて自分はダメなんだって
思ってしまうことがあるからです。



そういう評価が違うってことも
頭に入れておいた方がいいでしょう。



何でもバランスが大事だなって
つくづく思うことです。



良い人すぎてもダメだし
悪い人すぎてもダメっていう
そういう偏りがあってしまうと
苦しみが生まれてしまうのです。



だからあっち行ったりこっち行ったりて
フラフラしながらも
少しずつ中間地点として
ちょうど良いバランスのところに
行けたら良いのかなと思います。



良い人は悪い人に近づくように
悪い人は良い人に近づくように
そういう風に触れながら
少しずつ中心になっていくような感じです。



ということで
今日は良い人すぎてもダメだし
悪い人すぎてもダメ
その中間に答えがあるということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。



 

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2021年12月13日2021年:12月

他人はみんな師匠 勝ち負けを気にすると相手から学べない

今日は他人はみんな師匠
勝ち負けを気にすると相手から学べない
ということについてお話ししようと思います。



これは僕が気にしている課題でもありますけど
学びというのを考えた時に
自分以外の人から多くの事を
学べるって事はあります。



自分と同じ人はいないはずですから
そこには他人からいろんな経験とか
いろんな考え方ってのを学べるはずだと思います。



そういう意味で
全ての人から学ぼうと思えば
学べるはずです。



自分では考えつかなかったような
視点だったりとか
考え方だったりとか
そういう物ってのは
全て他人から学べるものなのかなと思います。



決して自分一人では学べなかったものが
他人から多くのことを学べることがあります。



でもその学びを止めてしまってるものがあります。



それは見栄とかプライドとかっていうものがあります。



相手より上に行きたいとか
見下されたくないとか
負けたくないっていう思いだったり
評価されたいとか
敬われたいっていう思いもあるかもしれません。



そういう自分の方が優れている
相手よりも自分の方が
上に行ってるんだっていうことが
そういう気持ちがあると
それを証明したい!!




自分のが上だってことを
みんなに分からせてあげたい
という風なことを強く思ってしまいます。



そうなると相手のことを否定したりとか
相手の考えが間違ってるっていう風に
証明しようとしてしまうのかなと思います。



実際に僕はそうやって
自分のことを証明しようとして
相手を否定しようとしていたりしました。



特に自分の得意分野であれば
なおさら負けたくないって思いが
強く出てしまいます。



そうやって自分と同じような人をライバル視して
その人に負けたくないから
自分の良さというのを
強調しようとしてしまいます。



でもそういうライバルとかうまくいってる人には
自分にないものをたくさん持ってるので
学ぶべきものってのも沢山あるはずです。



でも相手を認めて学ぶっていうことは
とっても難しいことです。



相手を認める=負けるっていう風に
自分の中で繋がってしまうからです。



やっぱり自分は負けたくないっていうことで
相手を認めたくない
相手のやり方を認めたくない
自分のやり方がいいんだっていう風に
思いたがるものです。



でも思い切って白旗をあげて降参してみる
負けを認めることができたとしたら
そこで初めて相手を認めるって事が
できるようになります。



そして相手を認めることができたとしたら
やっとそこで相手のやり方なり考え方なりを
学ぶことができるようになるのです。



相手から学ぶっていうのは
そういう勝ち負けを捨てて
降参することによって
学ぶことができるようになるのかなと思いました。



そしてプライドが高い人っていうのは
傍から見ると虚栄心が強くて
出来ないのに何か知ったかぶりとか
何かできるフリをして



でも全然は実力は伴っていないっていう
そういう人を見ると
かっこ悪いなって風に思います。



だから負けを認めるっていうのは
とっても重要なことです。



でもやっぱり自分の負けを
認めるっていうことをしようとすると
自分の価値がなくなってしまうのでは
ないのかっていう
そういう不安とか恐怖にかられてしまいます。



だからプライドを捨てるって事は
とっても難しいことっていうのは
僕も実感してあります。



そういうプライドを捨てられた時に
勝ち負けにこだわることがなくて
全ての人が師匠となって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



例え自分よりもできない人だったとしても
そこからは何かしら学ぶべきことがあると思います。



自分よりも不器用である人からも
学ぶべきものがあります。



もちろん自分よりもうまくいってる人からも
学ぶべきものってのは沢山あるはずです。



そんな風にプライドを捨てられた時に
学ぶことができるなるのかなと思います。



負けるとみんな去ってしまうのではないのか
見捨てられてしまうのではないのかっていう
そういう不安があるかもしれません。



僕はずっとそういう風に思っていました。



でも本当は逆で
負けるとみんな応援してくれます。



みんなが味方になってくれるのです。
これは僕としてはすごく意外なことでした。



勝たなければ
みんな見捨てられると思っていたのですけど
負けてもみんな見捨てられないどころか
逆に味方になって応援してくれるのです。



傷ついた人とか弱い人には
みんな優しく接してくれるのかなっと
いうのことは実感としてありました。



常々思っている課題、僕の中の課題ですけど
評価を気にしなくなるって言うのが
僕の中でなりたい自分像です。



そのためには人からダメだと思われても良い
そういう開き直りっていうのも
必要になってくるのかなと思います。



評価されたいとか
良く思われたいっていう
そういう思いが強すぎると
評価を気にしてしまうからです。



そうやってプライドを捨てていくことって言うのが
今の僕の課題なのかなって思っています。



それは僕の幼少期のことで
親からずっと怒られながら育ったので
親の目線を気にして
親の評価を気にして
親の喜ぶような姿
親に怒られないようにすることばかり
気にしていました。



嫌われたくないって思いが
とっても強かったのです。



それが社会人になってからも
どこかで嫌われないための行動っていうのを
ずっとしていました。



何をするにしても
他人の目線を気にしながら
こういう行為をしていたら
きっと嫌われないだろう
認めてくれるだろうっていう



そういう何かをするにしても
他人の目線というのを
気にするようになっていたのです。



そんな僕ですから
勝ち負けってのがすごく強くて
カウンセラーとして特に成功してる人を見ると
見てるだけですごく嫌な気持ちになってきます。



何かモヤモヤした気持ちになって
とてもその成功した人の姿を
見ていられなかったのです。



心の中で自分の方がすごい
自分の方が優れているのだって風に
思いたがっていたってことがありました。



でも素直にできないことを認める
相手の方が上で
自分の方が下なのだっていう風に
認めるって事ができるようになると
相手の事もやっとそこで
評価できるようになります。



そして相手から良い部分とか
参考になる部分というのを
初めて学べるようになります。



それまではずっと相手に嫉妬して
相手のやり方を否定しようとして
自分のやり方が良いんだって風に思いたがって
学べる事ができませんでした。



そうやって勝ち負けから離れて
どっちが上かどっちが下かってのも関係なくなって
そうすると心が穏やかになっていけるのです。



実際に僕も少しずつ心が穏やかになることが
できるようになってきました。



でもまだまだできていないところが
たくさんあります。



自分を手放す練習ってのを
今している最中です。



負ける練習とかプライドを捨てる練習であったり
評価を手放す練習だったり
いろんなことをしています。



そうやって少しずつ少しずつ
解放している最中なのかなと思います。



今日のまとめとして
自分の経験なんて
ほんのちっぽけなものなのかなと思います。



他人から学ぶべきものってのは
たくさんあるはずです。



他人の人だといろんな考えがあって
いろんな経験をしているはずです。



自分では思いも寄らなかったような
考え方があったりとか
思いもよらないような価値観があったりとか
自分の幅を広げてくれるって事があるのです。



でもどちらが上かとか負けたくないとか
評価されたいっていうことがあると
素直に相手から学ぶってことができないのです。



まずは負けを認めて
相手を評価するようになってから
はじめていろんな人から学ぶってことが
できるようになります。



そうやって勝ち負けから離れた時に
全ての人が師匠になって
全ての人から学ぶってことが
できるなるのかなと思います。



それが今の僕の目標です。



ということで今日は他人の人はみんな師匠
勝ち負けばかり気にしてると
相手から学べないということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年12月06日2021年:12月

夫婦関係の不満を解消するための話し合いのコツ

今日は夫婦関係の不満を
解消するための話し合いの
コツということについて
お話ししようと思います。



夫婦で一緒に住むようになると
どうしても不満というのは出てくると思います。



その不満が出てきた時に
大抵はじっと我慢するか



それか直接言わずに態度で表して
自分はこんなに怒ってるのだって言うので
相手に察してほしいという
そういう無言の圧力で
何か分かってもらおうとするってことが
多いのかなと思います。



また態度で表さなくても
直接相手に自分の不満を言う時であったとしても
普通はこういうことしてくれるはずなのにとか
自分の意見を押し付けて



それが自分の意見が通ったら勝ちで
通らなかったら負けっていう
そういう勝ち負けの世界に
なりがちではないのかなと思います。



そして大抵はそういう勝ち負けの世界にいると
自分の意見が通らなかったら
もうこんな人と一緒に暮らせないというので
離婚だっていうそういう極端な選択を
してしまいがちになってしまいます。



勝ったとしたら自分が嬉しくて
そこに入ることができますけど



でも負けたとしたら敗者として
もうこんな暮らしは出来ないっていう風に



0か100か勝つか負けるか白か黒かの
そういう極端なことをしてしまいがちに
なってしまうのです。



でもそんな勝ち負けとか白黒とか
極端な選択をするのではなくて
きちんと話し合いをするための交渉術
というのを学ぶ必要があるのかなと思います。



白でも黒でもない
お互いの妥協点というのを
見つけていくっていうのは
とっても大事なことです。



でもそれが出来てる人っていうのは
案外少ないのかなと思って
ここではそのやり方を
説明させて頂こうかなと思いました。



まず交渉するための前段階として
話し合うタイミングっていうのが必要です。



相手が怒っている時だったり
忙しそうにしてて心ここにあらずって言う
そんな状態で話し合いをしようとしても
空振りに終わることが多いでしょう。



相手がゆとりがあるとき
時間的にも心の面でもゆとりがある時に
きちんと話し合いをするっていう
そういうタイミングを見計らうってことは大事です。



そして話し合いをするための
切り出し方ということもあって
自分の考えを一方的に押し付けるっていう
そういう責めの姿勢ではなくて



私とあなたと関係を良くしたいから
こういう話し合いをしたいのですっていう
最初に関係を良くしたいかっていうのを
目的に言っておくと
相手の抵抗を低くしやすいという風に
言われています。



何か不満を言いたいだけかなあと思うと
相手も身構えてしまって
強く抵抗してしまうってことがあるかもしません。



でも関係を良くしたいのだっていう風に
最初に目的を伝えることによって
これは自分と相手と
作り上げていくものだっていう
そういうもので協力してくれる確率も高まります。



次に交渉していくのですけど
自分が不満に思っていることを
何々して欲しいと思ってることがあったとして
なぜ相手がそれをできないのか?
っていうのを質問するということは
とっても大事なことです。



だらけてるからしたくないのだっていう風に
勝手に決めつけてしまうことが
あるかもしれませんけど
でもちょっと質問をすることで
自分の思ってもいないような
答えが出てくるかもしれません。



その意外な答えを見つかるだけでも
解決方法が見つかるってこともあるのです。



そして交渉していくのですけど
交渉の基本として
要求・譲歩・見返りということがあります。



自分が何か要求をする時は
相手も譲歩して
こちらに歩み寄ってくれるっていう
そういう姿勢がある。



でもその見返りとして
何かこちらから相手に渡すっていうことも考えて
自分も相手も差し出していって
妥協していくということも
必要になってくるのかなと思います。



どちらかが一方的に何かを差し出すのではなくて
お互いが自分はこれを差し出すから
相手からこういうことを差し出してもらうっていう



そういう交換条件みたいなことを
していくっていうのも
交渉の一つなのかなと思います。



そしてその丁度良い点を見つけていくということが
交渉のその本質としてなっていくと思ってます。



だからこれをして欲しいって
何かお願いをすることがあったとしたら
代わりにこういうことをしていこうっていう
そういう見返りを用意するってことも
大事になってきます。



そしてお互いが納得するまで
その要求と見返りが釣り合う形になるまで
話し合いをしていくのです。



例えば家事をしない旦那さんがいるとします
大抵は家事をしてくれない不満を
我慢するのか
イラつくことで不満を出して
相手に察してもらおうとするっていうことが
あるのかもしれません。



でもそれが伝わらなかったとしたら
不満が爆発してしまって
喧嘩になってしまうかもしれません。



家事をしてくれない
こんなわからずやとは思わなかったということで
極端な話
この人と一緒にいられないっていうことで
離婚っていうことも考えてしまうかもしれません。



そういう白黒思考の人っていうのは
0か100か勝つか負けるかということで
極端な選択をしてしまいがちになってしまうのです。



そうではなくて
きちんと相手と交渉していくってことが
とっても大事で



まず交渉をしていくためには
旦那さんのタイミングを見計らって
心にも余裕があるのか
時間的にも余裕があるのかっていうのを見て



最初の切り出し方として
旦那さんと仲良くなりたい
もっと旦那さんと良い関係を深めていきたいから
話し合いをしたいのだっていうことを伝えます。



決して旦那さんを責めたいわけではない
ていうことを言うことによって
旦那さんの抵抗を下げていきます。



そしてなぜ家事をするのが嫌なのか
というの聞いてみます。



自分で勝手に面倒だからするのが嫌だっていう風に
決めつけないでください。



もしかしたら
旦那さんの家庭で散々家事を手伝わされて
もう家事をするのが嫌なんだって思って
抵抗があるのかもしれません。



また亭主関白な家で育って
男は家事をしない教育っていうのを
言われたのかもしれません。



そういう誤解を解いていって
男は家事をしても良いって
そういう風に解釈を分かってもらうだけでも
解決できる場合があります。



ということでまず相手がそれを
するのかっていうのを質問するってことは
とっても大事なことです。



そしてどこまで家事ができるのか
というのを聞いていきます。



できることをやってもらう
でも代わりに
何かこちらがやってほしいことがあったら
言って欲しい
出来る範囲でやってあげますっていう風に
交渉していく



こちらが要求をして相手が譲歩してくれたら
見返りとして何かやってあげるっていう
そういう要求と譲歩・見返りっての話し合いながら
ちょうど良い点を見つけていきます。



そしてお互いの妥協点というのを見つけて
納得できる範囲が決まったとしたら
そこで初めて勝ち負けから離れることが
出来るのかなと思います。



相手が勝つのでもなくて
こちらが負けるのではなくて
お互いが100%満足っていうわけでは
ないかもしれませんけど



ちょうどいい
これだったらやってもいいのだろうっていう
そういう妥協点を見つけていくっていうことで
勝ち負けから離れることができるのです。



でも実際にやってみると
できない部分もあるかもしれません。



そういう時はまた修正して
話し合っていくってことも
大事になってくるでしょう。



最初に交渉したら終わりではなくて
やってみて
できない部分とか嫌な部分があったら
再度修正していくってことも大事なことです。



企業とかでも
必ず交渉っていうのは出てくると思います。



でも夫婦間で交渉していくってことは
なかなかできないでいる人が
多いのかなと思います。



自分の意見が通るのか
相手の意見が通るのかっていう
そういう勝ち負けになってしまうことが多いので
交渉していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日のまとめとして
夫婦で一緒に住むようになると
不満が出てくると思います。



その不満が出てきた時に
大抵は我慢するのか
イラついた態度をして
相手に察してもらおうとするのか
ということをしていくと思います。



でもそれが伝わらないでいると
怒りにまかせて自分の意見を通そうと
してしまうのかもしれません。



でもそんな怒りにまかせて言ったところで
争いになってしまって
相手の意見が通るのか
こっちの意見が通るのかっていう
勝ち負けになってしまうのかもしれません。



そんな0か100か勝つか負けるかっていう
そういうことになると
極端な選択をしてしまいがちです。



この人と一緒にいられないっていうことで
離婚を選択してしまうかもしれません。



それはとってももったいないことだと思います。



だから勝ち負けじゃなくて
お互いが良い部分
妥協できる部分を見つけていくっていうことで
交渉をしてくってことはとっても大事なことです。



そういうお互いが妥協できる部分を見つけていく
白でも黒でもないグレーな部分
グレーというのは
白も含んでるし黒も含んでる
でも白でも黒でもない
そういう第三の案を見つけていくっていうことです。



それで交渉の仕方ですけど
交渉するタイミングというのも大事になってきます。



忙しそうにしている時とか
相手が何かイラついてる時では
交渉してもあまりいい結果にはならないでしょう。



そして切り出し方でも
この関係を良くしていきたいから
話し合いをしたいのだっていう風に
最初に伝えておくと
相手を責めるわけではないっていうことで
相手の抵抗を下げられることができます。



そして何故相手が
そういうことをするのが嫌なのかっていうの
きちんと質問して聞くっていうことも
大事になってきます。



勝手に自分の解釈で
相手はめんどくさいからとか
決めつけないでいるってのも大事なことです。



そして交渉するにあたって
こちらが要求をして
相手が譲歩として何か差し出してくれたら
見返りとして
またこちらも差し出していくっていう



そういうお互いが妥協していくっていう点を
見つけていくってことは
とっても大事なことです。



それで妥協する点が見つかったとしても
やってみることで
違ってくる部分があるかもしれません。



そういう時は再度交渉していくってことが
大事になってきます。



1度決めたら終わりではなくて
何回も何回も再度更新をしながら
自分に合うものを作り上げていく
ということが大事になってくるのです。



そうやってお互いに
不満がないような環境を作っていく
っていうことが大事になってくるのです。



そういうことをするためにも
やはり交渉術を学んでいくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思って
説明させていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年11月29日2021年:11月

女性の接し方次第で男は王子様にもなるし子供にもなる

今日は女性の接し方次第で
男は王子様にもなるし
子供にもなるということについて
お話ししようと思います。



男って本当単純な生き物なのかなって
僕自身も常々思います。



単純だからこそ
女性の接し方次第で
うまく男性を育てるって事ができます。



ここでは上手い男性の育て方っていうのを
説明させていただきたいなと思います。



まず悪いパターンとして
子供返りするパターンというのを
説明させていただきます。



本当に多いんですけど
すぐに尽くしてしまうっていう
そういう尽くし癖がある女性がいます。



そういう人は相手に何かやってあげるって事は
すごくいいことだって
良かれと思ってやっていると思います。



でもその良かれと思ってやってることが
実は男性をダメにしてしまうっていうことが
本当に多いのです。



男性というのは尽くされると
彼氏彼女の関係から
お母さんと子供の関係に
なってしまうってことがあります。



男はすぐに子供返りして
母親を求めてしまうってことがあるからです。



特に尽くされると
すぐにその尽くす人を母親として見てしまって
子供返りしてしまうのです。



なぜ尽くすことが良いことだっていう風に
女性が思うのかっていうのは
昔の良妻賢母の考え方から来ている
というのもあるのかなと思います。



昔の家庭っていうのは
男性っていうのは一切家事をしなくて
妻が全ての家事をして当たり前
っていう風になっていたと思います。



そうなると妻がいないと
何もできないっていう風な男性が多く
出来上がってしまったっていうのがあると思います。



たぶん昭和時代の家庭っていうのは
どこもそんな風な家庭だったのかなと思います。



そういう昭和時代の家庭が良いのかって言うと
今の時代にマッチしてないってことが
あると思います。



今は女性が男性を育てる感覚っていうことが
必要になってくるのかなと思います。



そういうので
男性を甘やかすっていうことでは
尽くしすぎるって言うのは
ダメなことなのかなと思います。



そうではなくて
きちんと教育しながら一人前に育てる
そうやって立派に男として
王子様として育て上げるって事が
必要になってきてるのかなと思います。



そういうことでまず女性っていうのは
男性がどういう生き物なのかっていうのを
知っていくってことは大事なことです。



男性というのは
すべての人がそうだと思いますけど
女性に尽くしたいっていう思いを
どこかで持っています。



隠れてる人も表に出ている人も
いるかもしませんけど
心の奥底で男性っていうのは
女性に尽くしたいって思っている生き物です。



女性を幸せにしたっていう
そういう感覚があると
脳はドーパミンが出て
気持ちよくなるのです。



要は女性の幸せな姿を見て
自分に酔ってる状態です。



俺ってあの人をこんなに幸せにしている
凄い人物だっていう風に
自分自身に酔っている状態です。



ということで何かしてもらうっていうの
やっていくってことが
女性としてはいいのかなと思います。



男性がせっかく何かしてあげようとしてるのに
遠慮していやいやそんなこと悪いからって言って
断る人もいますけど



でもそれは断ってしまうと
せっかく男性の活躍する場所があるのに
それが無駄になってしまうっていうことで
あえてやってもらうってことも
必要になってくるのかなと思います。



もしかしたら自分でできるかもしれませんし
そんなことをしてもらわなくてもいい
という場合もあるかもしれません。



でもあえて男性を立てるっていう意味で
男性に気持ちよくなってもらうって意味で
やってもらうってことも
必要になってくる時もあるでしょう。



その時にやって欲しいことを伝えると
自分の望み通りに
男性が動いてくれる確率が高まります。



その時のヒントとして
主語を私にすると
より伝わりやすいっていう風に
言われています。



あなたなぜこんなことをしてくれないの
もっとこういうことして欲しいのに
っていう風に言うと
何か責め立てられるように
男性は思うことでしょう。



でも私はこういうことしてくれると嬉しいなとか
私はこういうところに行きたいから
連れてってくれると嬉しいなって
そういう風に言うと



責め立てられるような感覚がなく
より男性としては実行しやすいってことが
あるのかなと思います。



そういう風にして主語を私にして
こういうことをしてほしいっていう風に
伝えていくってことも大事になってきます。



そして何かやってもらった後は
感謝を伝えるって事もすごく大事なことで
できたら3回伝えると良いって風に言われています。



その感謝によって
男性がすごく気持ちよくなるのです。



3回っていうのは
やってくれた時と
効果を実感した時
そして時間が経った後の
その3回をやると
効果が大きいという風に言われています。



例えば何か物を取ってもらうっていうことが
あったとして
男性がこれを取ってあげようかって言った時に
あ、ありがとうっていう風に伝えるのが一つで



実際にやってくれた時に
すごく助かったってことがあるので
ありがとうすごく助かりましたっていう風に
伝えるのが二回目で



時間が経った後
あの時あれを取ってくれたので
すごく助かりましたっていう風に
時間が経った後言うことで
より一層効果が強くなるっていう風に
言われています。



そんな風に感謝をしていくことで相手の脳が
これをするってことは
女性を幸せにすることだっていう風に
癖付けられて
ドーパミンが出て気持ちよくなるのです。



そうすると繰り返し
やりたくなってくるっていうわけです。



女性の褒め言葉っていうのは
男性はすごく反応してしまうってことがあるのです。



例えばスポーツの
黄色い声援なんていうのもそうでしょう。



何かスポーツしてる時に
女性の応援があるだけで
すごく力が湧いてくるってことがあります。



これは科学的にも
証明されていることらしいです。



でも面白いのが
これが男性から女性に声援を向けた時とか
男性から男性へ声援を向けた時とか
女性から女性へ声援を向けた時では
あまり反応をしないらしいです。



あくまでも女性が男性に向けて
応援するっていうことに
反応を強く示すってことがあるようです。



こういう癖付けを繰り返しやっていくことで
その男性のパターンっていうのを
作り上げていくことができるのです。



パターンとして
まずやってほしいことを伝えます。



そして行動してもらった時に
感謝を3回伝える
そうすることによって
自分のやって欲しいことを
男性に癖付けするってことができるように
なるっていう風に言われています。



例えば遊園地に連れて行って
欲しいっていうことがあったとしたら
私すごく遊園地が好きなんだよねって
さりげなく言っていくと



その男性の中には
遊園地を連れていくってことは
女性を幸せにするってことで
ちょっとドーパミンが出るかもしれません。



そして実際に連れて行ってもらうってことが
できるようになったとしたら
3回感謝を伝える。



それによって男性がすごく気持ちよくなって
また次遊園地に連れて行ってくれる
確率ってのは高まるでしょう。



これは何でも応用が利いて
旦那さんに家事を手伝ってもらうとか
同僚の男性に仕事を手伝ってもらうとか
何か彼氏に欲しいもの買ってもらうとか



そういうことでも
やってほしいことを伝えて
実際にやってくれた時に
3回感謝を伝えることで
やってくれる確率っていうのは
ぐんと高まります。



そんな感じで男性を
王子さまに育てるっていう事を
やっていくといいのかなと思います。



本当に男性っていうのは単純な生き物です。



だから女性っていうのは
手のひらで転がすような感じで
王子さまに育て上げていくっていう
そういう感覚でいるといいのかなと思います。



今日のまとめとして
男性っていうのは
女性ですごく変わる生き物です。



あまりにも女性が男性に尽くしすぎてしまうと
男性っていうのは
子供返りしてしまうってことがあります。



でも教育次第で
自分の理想の王子様に育てることもできます。



王子様にするためには
まず主語を私にして
やってほしいことを伝えます。



そして何かやって欲しいことを伝えた後に
それを行動に移すかどうかっていうのは
やってくれるかどうかっていうのは
その人の気分次第なので
少し分からないとこもあるかもしれませんけど
行動を強く要求するのではなくて
自然に待つってことが大事になってくるでしょう。



そしてもし行動してくれた時に
3回感謝をすることによって
癖付けをしていくってことが大事です。



その3回っていうのは
やってくれた直後
そして実感した時
ちょっと時間が経った後に言うと
効果的だっていう風に言われています。



こんな感じで
男性っていうのは単純な生き物なので
手のひらで転がすような感じで
お子様に育て上げていくっていう
そういう感覚でいるといいのかなと思います。



そういう意味では尽くしすぎても
男性は子供返りするだけなので
その尽くすってことが全く報われないどころか
逆に悪い作用を起こしてしまうので
あまり尽くすってことをしない方が
いいのかなと思います。



今日は女性の接し方次第で
男性は子供にもなるし
王子様にもなるということについて
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





 

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2021年11月22日2021年:11月

恋は3年で冷めて混乱を経て愛へと変わる

今日は恋は3年で冷めて
混乱を経て愛へと変わる
ということについてお話ししようと思います。



まず恋が愛に変わる過程を
簡単に説明させていただきます。



その後にもうちょっと詳しく
説明していこうかなと思っています。



まず最初に恋人同士で結ばれる
ということがあるでしょう。



その時は恋をしている状態で
すごくワクワクドキドキというのが
止まらない状態だと思います。



この時が一番幸せな状態なのかなと思います。



でもそんな状態がずっと続くわけでもなく
次第に冷静になってくるでしょう。



特に結婚とかして
お互いに実生活に追われてくるようになると
見たくなかったところや
嫌な所っていうのが
どうしても目についてきて



こんなはずではなかったっていう風に
誰もが一度は思うことでしょう。



でもそこからお互いに向き合って
話し合いをして
そうやって試練を乗り越えていくことによって
恋から愛に変わるってことが
できるになります。



まずそれで離婚率が高いのは2年目
っていう風に言われています。



これはよく言われることですけど
3組に1組が今は離婚をしている状態だって
いう風に言われています。



その中でも結婚して
2年目が一番危ないらしいです。



結婚の5年未満っていうのが
離婚する確率が3割っていう
すごく結婚した当初ってのは
離婚率が高いということです。



それは何故かって言うと
恋の魔法が解けるって事があるからでしょう。



恋っていうのは本当に魔法なのです。



恋をしてる時ってのは
脳内ホルモンというのが関係していて
ドーパミンがすごく出ている状態なので
一時自分を見失ってるって言う風に
言えることでしょう。



周りが見えなくて
冷静に判断する事っていうのも
出来なくなってしまってます。



これは一説によると
昔っていうのは子供産む事ってのは
すごくリスクが高い行為っていう風に
言われていました。



だから冷静な判断をしている状態では
とても子供を産むっていう状態には
持っていけなかったので
恋をさせることによって
盲目になることによって
出産までこぎつけるっていう



そういう生物的な反応で
種の生存本能として
組み込まれているのではないのかって
いう風に言われています。



でもその恋の魔法っていうのは
大体3年で解けるっていう風に言われています。



脳内ホルモンですごく分泌されているものが
3年ぐらいでその分泌が終わってしまって
そこから現実に戻されてしまうってことがあります。



そうすると今まで見えてこなかった。



相手の欠点とか
醜い部分っていうのが
見せられるって事があるでしょう。



そして自分にしても
付き合っていた当初はすごく自分を飾って
良い風に見せていたかもしれませんけど
だんだんと慣れていくにしたがって
本性が出てくるっていうこともあるでしょう。



そうやってお互いに嫌な部分が
見えてくることによって
幻滅していくってこともあるかもしれません。



また価値観の違いというのも
大きくなってくるでしょう。



お互いに一緒に住むようになってくると
この価値観の違いというのは
とてつもなく大きく感じてきます。



そういう違いということを
お互いに向き合って話をすることによって
解決していくのか
それとももうダメだと思って諦めるか
それによって結果っていうのは変わってきます。



その諦めるって事が多いから
結婚の5年目で離婚率が高いって事に
なってくるのでしょう。



向き合うってのはとっても苦痛なことで
向き合うくらいだったら
さっさと次の人を見つけた方がいいっていう風に
諦める人が多いってのがあるからです。



でもきちんと自分の嫌なとことか
相手の嫌なところとか
自分がどれぐらい相手と
和解できるのかっていうことで



和解していくことができたとしたら
そこから恋が終わって
愛に変わっていくことができます。



恋のような激しい興奮じゃなくて
愛のように穏やかでゆったりとした
そういうやさしさに包まれるって事が
できるようになってくるのです。



ということで結婚3年目っていうのが
試練があって
そこを突破できるかどうかということが
大きな分かれ道となってくるのです。



ここでちょっと恋と愛の違いについて
説明していきます。



恋っていうのは感情的なもので
喜怒哀楽と一緒で
自動的に出てくるものです。



自分で恋をしようと思ってするものでもなく
勝手にこの人を見てときめくとか
ドキドキが止まらないとか
そんな風にして湧き上がってくる
感情だって風に言われています。



だから自分ではどうすることもできずに
出すこともできずに
止めることもできずにいる
そういう感情なのです。



でも愛っていうのは理性的なものであって
愛するっていう行為が必要になってきます。



それは恋とは違って
自動的に起こってくるものではなくって
この人を愛そうと思って
決断することも必要になってきますし
愛する行為って言うのも必要になってきます。



そういうことで恋っていうのは
自動的に湧き上がってくるものでありますし



愛っていうのは理性的で
自動的に湧き上がってくるものではないですけど
その時その時で決断して
実際に行為に移していくってことが
大事になってくるものです。



それで話は変わりますけど
僕の結婚当初のことを
少し話しさせていただきたいなと思います。



僕も最初は付き合ってた頃
今の嫁さんに対して
すごく良い人を演じていました。



結構尽くすってことをやっていたと思います。



でもそんな生活がずっと続くわけでもなく
途中からだんだんとそういうことをするのが
苦しくなってきました。



途中からもうこんな良い人でいられないっていう
風になって態度を変えていったのです。



嫁さんからはこんなに冷たい人だとは
思わなかったっていう風に散々言われました。



それで色々と喧嘩をしたり
自分のことを説明してわかってもらったりして
そうやってやっと僕はこういう人間だっていう風に
わかってもらうってことができたと思います。



それは当初考えていた人物像とは
だいぶかけ離れていたものですけど
それでも一緒にいて
お互いが出来る事っていうのを考えて
やっていくってことやっていったのです。



そうやってお互いに和解して
努力していくことによって
結婚生活を今続けているって事
なのかなと思います。



実際にできることと
できないことっていうのがあって
無理をするってことは
続くものではないのです。



だからこそ自分にできることはするし
できないことはできないっていう風に
はっきりと言って
お互いに和解していくってことが
大事になってきます。



でもその和解する途中で
衝突していくってことも
避けられないのです。



そうやって試練っていうのがあって
衝突しながら和解していくってことが
どうしても必要になってくるのかなと思います。



ということで今日のまとめとして
恋っていうのは魔法でもあります。



脳内ホルモンが出て
盲目になってる状態です。



周りが全然見えてなくって
相手のことも全然見えていない状態です。



多分自分のことも
相手に見せていないってことがあるでしょう。



でもその恋の魔法っていうのは
大体は3年で解けてしまいます。



そこからは今まで見てこなかった
お互いの嫌なとことか
醜い部分っていうのを見せられることでしょう。



その醜い部分を見せられて
どのような行動をとっていくのか
っていうのが迫られてきます。



そこで和解をしていくのか?
お互いが向き合っていくのか?
向き合っていくっていうのは
とっても苦痛なことです。



衝突を避ける事っていうのはできないでしょう。



でもその衝突しながら自分を出しながら
相手も自分を出しながら
少しずつ拠り所を見つけていくってことが
大事になっていきます。



それが出来なくて別れてしまって人が
多いってのもたしかなことです。



でもその試練を乗り越えることができたとしたら
恋が本当の愛に変わって
結婚生活が穏やかなものになっていくってことが
できるようなってくるのです。



今日は恋の魔法は3年で解けて
試練を乗り越えて
そこから愛に変わっていく
ということを説明させて頂きました。



ありがとうございました。




 

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2021年11月15日2021年:11月

失恋の淡い想い出はいつまでも色褪せない

今日は失恋の淡い想い出は
いつまでも色褪せない
ということについてお話ししようと思います。



恋がうまくいかなかったことに対して
ああ、私もこういう気持ちある
何か感じていただけたら嬉しいなと思います。



僕たちは一生涯において振り返った時に
こんなにも人を好きになったことは
ないのではないのかっていう
それぐらいの出会いをしたっていう経験は
誰にでもあるのではないのかなと思います。



そしてこんなにも好きになったことはないっていう
そういう思い出というのは
たいていはうまくいかなかった恋が
多いのではないのかなと思います。



うまくいかなかったっていうのは
自分がこんなにも好きになった
好きだったっていうのを相手に伝えたのに
断られたとか



こんなにも好きだったのに
気持ちを伝えることができなかったとか



お互いが好きな同士だったのに
いろんな環境とかで
別れなければいけなかったとか



そういううまくいかなかった恋が
その中に当てはまります。



そしてそういう恋っていうのは
時間が経ったとしても
いつまでも相手のことを
強く思い続けるって事があるのかなと思います。



誰にでも一つは
そういう強い思いを持っている恋というのを
ずっと心に抱えながら
生きているのではないのかなと思います。



そしてそれは大人になってからも
年をとってからも
ずっと心の中に持ち続けて
ふとした時に思い出すってことが
あるのではないのかなと思います。



恋愛っていうのは難しいもので
頑張ったところで
実るものではないっていうのがあります。



かといって頑張らなければ
決して実ることはないので
そこらへんどはとっても難しいところ
なのかなと思います。



また恋が実ったとします
お互いが両思いになったとします。



でも両思いだから幸せっていうのは
最初は多分そうでしょう。



でもその両思いの絶頂が高ければ高いほど
幸せな時が強ければ強いほど
相手の悪いとこが見えてきた時に
失望に変わってくるってことがあります。



これは結婚に対しても
お見合いで結婚した人と
恋愛で結婚した人でも分かれてきます。



お見合いで結婚する人っていうのは
最初から期待値ってのが低いから
相手の悪いとこが見えても
そんなに気にすることはないですけど



でも恋愛で結婚した人では
期待値が高い分
相手のちょっとした嫌なところでも
気にして失望に変わるってことがあります。



また物語でもそれは物語っていて
白雪姫やシンデレラなどのハッピーエンドで終わる
ストーリーがあったとしても
でもその王子様と結ばれた後っていうのは
描かれていないと思います。



その王子様と結ばれた後
どうなったのかっていうのは
気になるところではあるのかなと思います。



多分最初のハッピーエンドで
絶頂を迎えた時のような幸せっていうのは
なかなかないのかなと思います。



結婚式が絶頂のハッピーな場所であって
そこからだんだんと落ちてくるってことが
あるのかもしません。



最初は良かったとしても
こんなはずではなかったということが
度々出てくるでしょう。



王子さまにしても
あまりよく知らずに結婚したものだから
こんなはずではなかったとか
こんな人だと思わなかったって
思うことも度々出てくるでしょう。



そんな感じで幸せで居続けるって事は
すごく困難な事なのかなと思います。



恋ってのは頭の中で妄想している時ってのは
色んな輝かしい未来を想像して
ワクワクします。



でもその恋が終わって
現実を見せられた時に
ワクワクだけでは済まされない事っていうのが
増えてくるのかなと思います。



それはきれいな部分だけでは
決してやっていくことが出来ずに
お互いに見せたくはない
醜い部分っていうのも
見せられてしまうのかなと思います。



そうやって理想としていたものと
現実のギャップが大きければ大きいほど
失望に変わっていくってことがあります。



だから成就しないで
心の中で生き続けてる恋っていうのは
醜い部分を見られなくて済むってことがあります。



そういう意味でもし永遠の愛っていうのが
あるとしたら
それは心の中にある
成就しなかった愛ではないのかなと思います。



成就してしまうと
見たくない相手の嫌な部分も
見せられるかもしれません。



現実を見せられて
こんなはずではなかったっていう風に
思うかもしれません。



でも失恋した思い出っていうのは
いつまでたっても清らかな美しい部分だけを
ずっと想像の中で見続けるってことが
あるのかなと思います。



そういう心の中にある
淡い思い出っていうのは
いつまでたっても色褪せることがなく
あとで振り返った時に
青春の1ページとして
僕たちに幸せを運んで
来てくれるのかなと思います。



今日のまとめとして
誰もがこんなにも好きになったことは
ないっていうぐらい
強く惹かれた人は
心の中にいるのかなと思います。



そしてそれは大抵は成就しなくて
ずっと心の中に眠り続けているっていう
そういう淡い思い出なのかなと思います。



そういう淡い思い出っていうのは
時が経ったとしても
いつまでも色褪せることなく
ずっと輝き続けるものなのかなと思います。



叶わない恋だからこそ
現実を見せられることなく
醜い部分を見せられることなく
ずっと輝き続けるって事があります。



ということで
今日は失恋の淡い思い出は
いつまでも色褪せることなく
思い出の中に生き続けるということについて
お話させて頂きました。



ありがとうございました。




 

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2021年11月08日2021年:11月

アダルトチルドレン 機能不全家族に育ち生きづらさを抱えてる人へ

今日はアダルトチルドレン 
機能不全家族に育ち
生きづらさを抱えてる人へ
ということについて
お話ししようと思います。



生きづらさを感じている人の中で
なぜか苦しいし
生きるのが辛いていう人がいると思います。



その原因として
家族にあったのかもしれないっていうの
疑ってみる必要はあるのかなと思います。



そういう家族を疑うことで
アダルトチルドレンっていう言葉があります。



これは家庭が不安や恐怖なところであって
自分らしくいられなかった
過ごすことができなかった
そこで育った子供のことを
アダルトチルドレン言うことができるらしいです。



要は家族が安心できる場所ではなくて
不安や恐怖・不公平な場所であって
誰かに気を使わなければいけない場所
そういうとこで育った子供のことを言います。



家族が機能していないというのは
親がアルコール依存症で
とてもその家族の中で
安心していることができなかったとか



今で言う毒親で
親からきつい言葉を投げかけられたとか
両親が喧嘩ばかりしていて
とても不安な毎日を
送らなければいけなかったとか



そういうことで
家族として機能していないっていう
そういう家族のことを
機能不全家族っていう風に定義つけられます。



親ガチャという言葉が流行っていると思います。



子供は親を選ぶことができません。



どんな環境下に生まれるかというのは
運任せのところが強いっていうことで
親ガチャという言葉が流行っていて
その運によって
不幸な家族に生まれることもあれば
運によって幸せで愛情豊かな家族に
生まれることもあるって言うそういうことです。



過酷な環境に生まれてしまったとしたら
親が親としての役目を果たせないでいますので
子供が親代わりになって
例えば両親の喧嘩を仲裁に
入らなければいけなかったり



親の愚痴を聞かなければいけなかったりっていう
そういう子供が親代わりになって
親を癒すって事をしなければ
いけないような環境でもあります。



そんな親の親代わりしている状態では
どうしても自分を後回しにすることが
多くなってしまいます。



自分の要求を考えて何かやるよりも
親の要求を考えて
それを親に与える方が
優先にしてしまっているからです。



そんな感じで家族に尽くすっていう
そういう癖を持ってしまって
親に甘えるとか頼るって事が
出来ずにいることが多いです。



また安心できないっていうのも
機能不全家族の特徴として挙げられます。



親からいつ怒られるかわからないっていう
そういう状態にいると
常に親の顔色を伺わなければ
いけなくなってしまいます。



そんな状態で気も休まるわけもなしに
常にビクビク怯えながら過ごさなければ
いけなくなってしまうでしょう。



そんな状態で自己肯定感が上がるわけもなく
親から愛情をもらえないどころか
逆に子供が親に愛情を
与えなければいけなかったり



フォローしなければいけなかったり
という風になってしまうと
自分自身が不安定になってしまうってことは
当然のことでしょう。



そしてそれが大人になってからも
ずっとそういう癖を
持ち続けてしまうってことがあります。



自分に自信がなかったり
常に誰かの顔色を伺うっていう
そういう癖がついてしまったり
誰かに何か貢献していないと
自分の価値が見出せないっていう
そういう癖を持ち続けてしまうってことがあります。



機能不全家族のもとに生まれるって言う事は
ゆうなればジャングルの中で
生きなければいけないっていう
そういう状態です。



いつ獰猛な動物に襲われるか分からない
ということで
常に警戒していなければいけない。



いつ襲われるか
いつ寝首をかかされるか分からなくて
常に警戒して怯えなければいけない
そんな状態で子供の頃を過ごした
ということがあります。



でもそれはその家庭内のことであって
一旦外に出ると外はジャングルではなくて
都会っていう風な感じになっていて
都会だと獰猛な動物はいないし
そんなに警戒する必要はないのです。



安心して過ごすってことができるのです。



でも小さい頃ジャングルのような
サバイバルの中で生きなければいけなかった
ということがあると
簡単に癖は直りません。



都会に出たとしても
ジャングルを意識して
常に獰猛な動物が出てこないのか
襲われないのかっていうのを意識して
警戒して過ごすことになってしまうのです。



そんな状態で危険で
常に怯えを続けなければいけない状態で
都会に過ごさなければいけなくなってしまいます。



そしてここで考えなければいけないのは
自分のところがすごく不幸な家庭で
毒親に育てられたとか
アルコール依存症の親に育てられたとか



そういう家族だったら簡単に
この家族はアダルトチルドレンだ
家族機能不全になっているのだっていうことが
分かるかもしれませんけど。



一般的な家族で
何の問題もないようなところであったとしても
問題があるという場合があるのです。



そういう自分の家族は大丈夫
だと思っていたとしても
小さい頃を振り返ってみると思ってた以上に
自分の性格的なところが
環境によって大きく影響されているって
いうのが見つかる場合があります。



そう自分の性格っていうのは小さい頃の環境
特に家族っていうのがすごく影響が強くて
それが無意識の部分に作用されているから
気づきにくいっていうところがあります。



そういうことで
何か生きづらさを感じている時に
自分の家族は普通だと思っていたとしても
自分は小さい頃どんな環境だったのか?
誰といたのか?
どんなことをしていたのか?
というのを振り返ってみるのは
とっても大事なことです。



そしてその中で
どんな考えをしてきたのか?
どんな感情を抱いていたのか?
そういうの見つめていくってことも
とっても大事なことです。



そういう考え方とか感情っていうのが
ずっと大人になってからも
尾を引いてる場合があるからです。



そうやって振り返ってみると
忘れていたけど
今の苦しみの原因
今の生きづらさの原因ってのが
そこにある場合が多いです。



僕の場合だと
ずっと自分に自信がありませんでした。



それは僕が駄目だからとか
何かやる気がなかったり
ちゃんと出来なかったりっていう風に
自分に原因があると思っていました。



僕は自分の家族が普通だ
ということも思っていました。



でも小さい頃を振り返ってみると
仕事依存の父と子育て依存の母に育てられて
母の気を使う自分がいたのです。



当たり前に思っていた家族だと
思っていたのですけど
でもそれは当たり前ではなくて
親に気を使わなければ
そこで居ることができなかった家族だったのです。



そんな感じで
自分の生きづらさというのは
家族が原因だったっていうのがわかって
自分らしくいられないっていうのが
そういう家族から影響しているって事が
分かったのです。



そういうのを見つめて
小さい頃の癖っていうのを直すために
無意識にしていたものっていうのを
あらためて意識して考え直すってことを
やっていきました。



特に小さい頃の環境っていうのを
振り返るってことをやっていました。



小さい頃どんな環境だったのかっていうので
母から強く怒られて
寂しい思いをしていたとか



父親からは相手にされずに
何も口を聞いてもらえなかったとか
そういう悲しかった経験とか
つらかった経験っていうのを
思い出すようにしていったのです。



そして小さい頃ずっと否定されて
認めてもらうことができなかった
小さな自分をきちんと癒す
という作業をやってきました。



そういう事しながら
親の洗脳を解いていくってことを
やっていたのです。



小さい頃は出来なくて当たり前だったのに
親から怒られて
自分は何でダメな人間だって
思うようになってしまった。



それを小さくて出来なくて
あたり前だったんだっていうのを
きちんと自分の中に落とし込むことができて



悪いのは自分ではなくて
そういう無理な要求をする
親だったのだっていうことを
認識することによって
親の洗脳を解いていったってことがあります。



そういうことで今苦しみを抱えている人
生きづらさを抱えてる人っていうのは
自分がアダルトチルドレンかもしれません
というのを考えていくのはとても大事なことです。



アダルトチルドレンというのは
家族が家族として機能していなかった
親が親の役割を果たしていなかったっていう
そういう家族です。



そういうのを正しく理解していって
幼少期のことをきちんと振り返る
どんな環境にいたのか?
そこでどんなことを思ったのか?
どんな感情を抱えていたのか?



というのを振り返って
自分の癖っていうのは
そういうところから来ていたのだっていうの
知っていくってことはとっても大事です。



そしてできることなら
自分を癒していくってことも
大事なことだと思います。



そういうことで
今日はアダルトチルドレン
生きづらさを抱えてる人ってことで
お話しさせて頂きました。



ありがとうございました。





 

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2021年11月01日2021年:11月

子育てで重要なこと 子供を信じる力 そして自分を信じる力

今日は子育てで重要なこと
子供を信じる力 
そして自分を信じる力
ということについて
お話ししようと思います。



スポーツの世界でも会社でも
人は信頼されると
その力を発揮するってことがあります。



上司とか監督とかコーチから
あなただったらやれば大丈夫できる
という風に応援されると
選手とか部下は
自分は信頼されてるんだっていう風に思って
自分の能力以上の力を
発揮するってことができます。、



そうだ自分はやれば出来る人間だという風に
自分を信じることができます。



そうすると自ずとやる気も出てきて
成果も上がっていくっていうわけです。



子育てでも一緒で
親が子供を信頼することができたとしたら
子供は自分はやればできるんだとか
自分は価値がある存在だっていう風に
感じることができて
思う存分に力を発揮できるって事があります。



でも信頼できない親だったり
やることなすこと心配だっていう風な
親だったとしたら



ちゃんとできるのかっていうのを
常に見張ったりして
任す事っていうのは
なかなかできないでいるのかなと思います。



そうなると子供としても
自分はちゃんとできるんだろうかって風に
自分自身を疑ってしまいます。



そうすると自分の力っていうのを
存分に発揮するってことは難しいでしょう。



こんな自分なんてできるんだろうかっていう風に
疑ってしまうのが普通だと思います。



これはよく勘違いしていると思うんですけど
親っていうのは心配するのが
役目だと思っている人がいます。



でも子供としては
親が心配だ心配だって言ってると
自分はなんて信用されていないんだ
という風に思ってしまいます。



そういうところが親と子供の感覚の違い
というのがあります。



親は子供のためと思ってすごく心配して
あれこれ口を出したり
危険な目に遭わないように
ああしなければいけない
こうしなければいけないっていう風に
指示を出したりするかもしれません。



でもそれがかえって子供を苦しませる結果に
なってしまうってことがあります。



そういうのを知って
子育てを学んで
子供を信頼するのが
大事だっていう風に思ったとします。



そしてそれをこれからやっていこう
という風に決意するとします。



でも頭でわかっていたとしても
感情が追い付いていかないってことがあります。



それくらい信じる事っていうのは
難しいことだっていう風に言われています。



なぜ信じるのは難しいのかと言うと
自分の子供を見ていると
この子は他と比べて
勉強もできないようだし
運動もダメだしっていう風に
子供に原因があるように思えてきます。



でもそうではなくて
親自身の自分の心に
どれぐらい余裕があるのか?
というのが関係してきます。



親自身が自分の自己肯定感が高いと
親に心に余裕があるので
それだけ子供に任せる事が
できるようになります。



でも自己肯定感が低い親だと
親自身が自分のやってることに
自信が持てずにいるので
子供に対して
こういうことをして大丈夫なのかという風に
疑問に持つことが多くなってしまいます。



そうなると必要以上に
子供の事を心配してしまうってことがあって
自分がやってることも自信がないし



かといって
子供のことを大丈夫っていう風に
信じる事っていうのも難しくなってきて
必要以上に心配してしまうってことが
あるのかなと思います。




そういうことで自分自身
親自身がどれくらい
自分を信じることができるのかというのが
子供を信じる力に繋がってきます。



子供が心配だって言う前に
親自身が心の状態を見つめていくことが
大事になってくるわけです。



そういう意味で
子供を通して自分を知る機会があって
足りないところを教えてもらえるってことが
子育てにおいてあるのかもしれません。



子育ては自分を知る
良いきっかけになってくるのでしょう
子育てを上手くしようとするのであれば
まず子供を懸命に変えるって事を
するのではなくて
親が自分自身の心と
向き合うってことが大事になってきます。



自分を信じれば信じるほど
自己肯定感が上がれば上がるほど
子供を信じられるっていう
そういう力に変わっていきます。



ということで成長した分だけ
子供の許容範囲として
子供に任すってことができるようになるし
子供を信じられるようになってきます。



それは親の心次第で
どれくらい親が心に余裕があるのか
自分に自信があるのかという風に
関わってくることになるのです。



子育ては子供の状態で心配になるのではなくて
親の心の状態が
子供の心配か大丈夫かっていうのを
決めてくるってことです。



今日のまとめとして
子育てで重要なものっていうのは
子供を信じる力です。



子供は信じられると思った時に
自分の能力を発揮することができるからです。



でもその子供を信じる力っていうのは
親自身がどれくらい
自分のことを肯定しているのか
それくらい自分を信じられるかっていうのが
子供を信じる力に変わってきます。



そういうことで親は子供と向き合う前に
自分自身と向き合うってことが
大事になってくるのでしょう。



親が成長して自分を信じられた分だけ
子供の許容範囲が広がってきます。



そういう意味で子育てっていうのは
親自身が成長するチャンスなのかなと思います。



子供を通して自分の足りないところや
自分の心の余裕っていうのが
まざまざと見せつけられるものなのかなと思います。



変えるべきは子供ではなくて
もしかしたら親自身の心なのかもしれません。



そういうことで子供を信じられるかどうか
というのは
親自身が自分自身を信じられるかどうかに
関わってくるっていうそういうことを
今日は説明させていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年10月25日2021年:10月

子育ては距離感が大事 子供の問題は子供が解決するもの

今日は子育ては距離感が大事 
子供の問題は子供が解決するもの
ということについてお話ししようと思います。



子育てで一番気を付けなければ
いけないものというのは
たぶん親と子供の距離感ではないのでしょうか。



どこまで子供の領域に入っていいのか?
どこまで手放すのかっていうのは
皆さん迷うことだと思います。



でもカウンセリングで聞いていると
あまりにも子供の領域に
侵入しすぎていることがあって



それが子供の為っていう
良かれと思ってやったことであったとしても
それが強い押し付けになってしまっているとしたら



子供は大人になったとしても
その親の押し付けに
苦しむ事になってしまうからです。



そしてそういう人が多いというのが
実感としてあるからです。



適切な子供との距離感というのは
とっても難しいものなのかなと思います。



だからここで説明させて頂こうかなと思いました。



最初の未熟な子供であるうちは
何でもやってあげなければ
いけないってことはあるでしょう。



そうしないと生きていけないからです。



でも少しずつ成長するに従って
本人に任せるって事を
していかなければいけないってことがあります。



親はもしかしたら心配ってことが
あるかもしれませんけど
でも見守るっていうことをして
いかなければいけないのです。



距離感っていうの
わかりやすいように図で表してみました。



こういう子どもと親の丸い円が
多少なりとも重なるっていうのはあって
それが適切な距離感っていうことが
あるのかなと思います。



この重なる部分というのは
一緒に住んでいると
どうしても共有の部分として
出てくるってことがあるのかなと思います。



食事をするとか
お風呂に入るとか
誰が手伝いをするのかとか
そういう共有の部分っていうのは
必ず出てくるものです。



そしてこの縁がこのように
ちょっといいとこでバランスを取れているって事が
ちょうどいい距離感なのかなと思います。



でも中にはそのバランスを崩して
子供の領域までも
親が侵入してしまうってことが
あるのかなと思います。



そうすると子供の領域っていうのは
これぐらいの三日月のような形で
少なくなってしまうってことがあります。



この図のように自分の大部分が
親に支配されてしまうってことが
なってしまうのです。



このように図で表してみると
分かりやすいのかなと思って表してみました。



親に支配されている部分
このブルーの部分っていうのは
進学とか就職とか
子供が決めなければいけないものだったとしても
親に侵入を許して
しまっているっていう事があるのです。



でも相手の領域と自分の領域が
どれぐらい侵入しているのか
どれぐらい侵入されているのかっていう
区別っていうのは
なかなか難しいところがあるのかなと思います。



その基準として
課題の分離っていう考え方があるので
ここで説明させて頂こうかなと思います。



課題の分離っていうのは
誰がその課題の責任をとるのか?
っていう考え方で
もし子供の課題があったとしたら
それは子供が責任を取るべきものです。



そしてもし子供の課題であって
子供が責任を取るべきものであったとしたら
そこにはなるべく立ち入らない
あれこれ指図しないってことがあります。



そしてもし親の領域に
親の課題に立ちいろうとしてきたら
それは立ち入らないように
拒否するっていうことが大事になってきます。



このように誰の課題なのかっていうのを
きちんと考えて線引きしていくということで
親と子供の距離感っていうのが
適切になってくるのかなと思います。



例えば学校に子供が寝坊するとします。



それは学校に行って先生に怒られるなど
子供が責任を負うべきものであって
親が困るものではないというのがあります。



だとしたら早く寝ろ・早く起きろっていう
口うるさく言っていうのは
子供の領域に侵入していることになります。



でも親がその寝坊するとか、そういうことで
学校に呼び出されるっていう事があったとしたら
それは親の領域を侵入していることになるので
きつく注意する必要はあります。



このように子供の課題は
子供が自分で責任をもって
解決していくものであるから
なるべく口を出さないってことがあります。



そういうこともの課題っていうのは
勉強をする・しないであったり
どこに進学するのか?
こに就職するのか?とか
誰と結婚するのかっていう
そういうものは子供の課題であって
子供が責任で決めるって事があります。



親としては本当は勉強してほしいのに
勉強しなかったりとか
本当はこういうとこに進学してほしいのに
別のとこに進学先を選んだとか
あんな結婚相手では許せないっていう



そういう自分の考えと違ったとしても
それを反対するっていうことは
距離感があまり良くないって事に
なってしまうのです。



そういうことでこの行動をとって誰が困るのか?
というの考えてみる必要はあります。



そしてもし自分が困らないのであれば
それは相手の課題であって
あまり口出しをするってことは
控えた方がいいでしょう。



子供に注意しないということは
すごく不幸になってしまうのではないのか
ということで
しっかりとしつけなきゃっていう思いは
出てくるでしょう。



多少の注意っていうのは
もちろん必要になってくると思いますけど
でも、あれをしなさい・これをしなさいっていう
そういう強制をするっていうことは
子供の自立を阻むことになってしまうのです。



そして、あれしなさいこれしなさいっていう
抑圧させる事っていうのは
当然子供の反発も
招いてしまうことにもなってしまいます。



ずっとずっと抑圧したものっていうのは
今に爆発して親に攻撃性として
向かう可能性もあります。



キレて家庭内暴力っていう風にもなってしまうのは
それまでずっと親が子供に
自分の考えを押し付けてしまってた
ということにもつながってくるのです。



逆に子供が反発できずに
ずっと親の指示通りにしていたとしたら
もしかしたら我慢しすぎて
体調不良になってしまうことにも
つながってしまいます。



そしてそういう体調不良が続くと
普通の生活をするのも
困難になってしまうってこともあります。



実際に引きこもりになってしまったりとか
原因不明の頭痛であったりとか
腹痛であったりとか
そういうことにもなってしまうのです。



実際にそういう人もたくさんいるわけです
このように親が判断をして
それを押し付けてしまうと
親の判断が優先になってしまうのです。



そうすると自分で決められないってことかなって
いつまでたっても
生きる力が身につかずに
自立するっていうことが
困難になってしまうのです。



子供が可愛いからと言って
子供にあまりにも一生懸命になりすぎてしまうと
ちょっとしたことでも気になって
心配になって
何か言わなければっていう風に
なってしまうことでしょう。



だから親は子育て以外にも
自分の趣味を見つけるって事は
とっても大事なことです。



そうやって親は子育て以外にも
どこか他にサークルを作るとか
趣味を作るとか



そういうことで自分の人生に
集中することによって
子供との適切な距離感っていうのが
できるようになるのかなと思います。



そうやって子供も子供の人生を生きるし
親も親の人生を生きるということで
自分らしく生きていけるってことが
できるようになるのかなと思いました。



今日のまとめとして
子育てにおいて
子供との距離感っていうのはとっても重要です。



もしかしたら子供の領域に侵入していないのか
ということがあるからです。



図で表すと適切な距離感っていうのは
このように子どもと親の領域が分かれていて
共有の部分はあるかもしれませんけど
お互いが自立しているっていう
そういうことなのかなと思います。



でも親が子供の領域に侵入しすぎている
ということが今はとっても多いです。



そうなってしまうと
子供の解決しなければいけないものまでも
親が侵入して口出ししてしまうってことがあります。



その領域ですけど
どれくらい子供の領域に
侵入しているのかっていう
その判断基準の一つとして
課題の分離っていう考え方があります。



これは誰かが何かを行動するとして
その行動をした結果
誰が責任を担うのかということで
もしその人がその責任を担うのであったとしたら
それはその人の課題だっていうことがあります。



その人の課題であったとしたら
その人が解決するものであるから
あまり介入しないってことがあります。



子供が行動を取って
子供が責任を取らなければいけないもの
だったとしたら
それは子供の課題であって
子供が解決するものであるから
あまり介入しないっていうことです。



子供の課題っていうのは
勉強する・しないであったり
進路先であったり就職先であったり
そういうものっていうのは
子供が解決しなければいけないものであります。



多少の注意ってのは必要になってくるでしょう。



でも勉強しなければいけないって
勉強を強要させたり
この学校に行かなければいけない
この就職場所に行かなければいけない
あんな人と結婚してはいけないっていう



そういう強制させるようなことをしていては
いつまでたっても
子供は自分の考えを持てずにいてしまいます。



そういうので
きちんと子供の領域と親の領域っていうのを
線引きしていかなければいけないです。



それで親は自分の課題に集中する
ということがあって
子供の課題には心配かもしれませんけど
あまり口うるさく言わない
強制させないってことは大事なことです。



そうやって適切な距離感を保つってことは
とっても大事なことです。



子育てで本当に距離感っていうのは
難しいものであるので
ここで説明させて頂きました。



今日は子育ては距離感が大事
子供の課題は子供は解決するべき
ということについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年10月18日2021年:10月

真面目すぎて生きづらい人へ 解放のカギは「親離れ」

今日は真面目すぎて生きづらい人へ
解放のカギは「親離れ」
ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングをしていて気づくことですけど
自分勝手な人っていうのは
カウンセリングに来ることってほぼないです。



真面目すぎて自分を追い込んでしまって
悩みを抱えやすい状態になってしまう
そういう良い人だったり
真面目な人っていうのが
カウンセリングに来ることが多いです。



それは我慢する事っていうのが
多くなってしまうことが
原因としてあるのかなと思います。



なぜ我慢することが多くなってしまうのか?
なぜ生きるのが苦しいのか?
なぜ思うように生きれないのか?



その答えの一つとして
親の教えを守らなければいけないって
強く思いすぎているのが
原因なのかなと思います。



僕たちは親から社会のルールって言うの
教えつけられたってことが
あるのかなと思います。



あれをしなさいとか
これはしてはダメというので
たっくさんの社会常識とか
押し付けられてきたってことがあります。



僕の場合だったら
勉強をしなければいけないとか
学校をずる休みしてはいけないとか
真面目に授業取り込まなければいけないだったり



お金に関しては
無駄遣いをしてはいけなかったりとか
計画的に使わなければ
いけないっていう風なことを
強く言われていたような記憶があります。



そういうのを破ろうとしてしまうと
途端に罪悪感にかられてしまいます。



親の教えを破ってしまって
自分は何て駄目な人間だとか
こんなことして
後で怒られてしまうんではないのかっていう
そういう不安も出てくることもありました。



そういう風にルールを破れない
縛られてしまうっていうことがあると
それは親離れできてないっていうことに
つながってきます。



動物の世界でも
親離れ子離れっていうのは
最大の試練だと言われています。



誰もが聞いた事あるかもしれませんけど
獅子の試練として
千尋の谷に子どもを突き落として
這い上がった子供だけを育てる
ということがあります。



それくらい親離れ子離れっていうのは
難しい事って風に言われています。



親は時に厳しく自立を促さないと
いつまでたっても親離れしていかない
子離れしていかないってことがあるのです。



そうやって自立して大人になることによって
やっていけるようになるのかなと思います。



でも人間の世界っていうのは
動物の世界とは逆で
子離れできない親っていうのが
今は増えてきているのかなと思います。



そうなると子供っていうのは
親にいつまでも気を使いながら
生きていかなければいけないっていう風に
なってしまいます。



特に子供が心配だって
過剰に子供の心配をしてしまう親っていうのは
必要以上に口出しをしてしまうってことがあります。



そうなると子供っていうのは
お母さんの言葉っていうのを
一つ一つ受け入れてしまって
それがすごく重荷になってしまうってことが
あるのかなと思います。



子供は親に逆らう事っていうのは
とっても難しいです。



親に言われたことで
疑問に思うこととか
おかしいなって思うことがあったとしても
親に逆らう事っていうのは
罪悪感を感じてしまうので
なかなかできないことです。



本来の自立への過程として
まずは赤ん坊の頃ってのは
親なしでは生きていけないので
それは100%依存しているって事があります。



でもそこから少しずつ親離れしていく
でも親が子供にしがみついて
しまうことがあるとしたら



反抗期として
自分の世界を作り上げるということがあって
それでやっと自立に向かうってことが
あるのかなと思います。



依存・反抗期を通して
一人前の大人になっていくっていうことです。



でも反抗期がない人っていうのは
多いのかなっていうのが実感としてあります。



反抗期がないと
いつまでたっても親の教えを
守らなければいけないっていう風に考えてしまって
自分の考えを持つ事っていうのは
出来ないでいます。



親の価値観が正しいと
思いすぎてしまうってことがあるのです。



それってのは無自覚に
親の価値観を自分の価値観っていう風に
思い込んでしまっているので
自分で意識していないところで
レールに乗っかってしまってるって事があります。



なぜか生きづらい原因が
わからないってことがあるのです。



特に自分勝手なことをするっていうのは
親の教えに反するので
僕の場合は
すごく怖かったっていうことがあります。



親の意見を聞かずに大きな買い物をするとか
無駄遣いをするっていうことがあったり
就職する時とか進学を選ぶ時でさえも
自分がここへ行きたいっていうことよりも
親が何を望んでるのかっていうの
優先に考えていたってことが
僕の中でありました。



親から否定されない選択っていうのを
無意識にやっていたような気がします。



真面目な事っていうのは
一見して良いことのように思えます。



真面目でいると誰からも否定されないし
信頼されるってこともあるかもしれません。



でも真面目すぎる事っていうのは
自分を我慢させることに繋がって
とっても息苦しくなってしまいます。



親の教えを忠実に守るってことを
真面目にしているだけでは
自分を追い込んでしまうってことがあります。



だからたまには
親から怒られそうなことであったとしても
自分がやりたいと思ったことがあったとしたら
それを優先してやってみるって事は
とっても大事なことです。



親に逆らうっていうことは
罪悪感が出てくることもあるでしょう。



本当にこんなことをしていいのかっていう風に
迷うこともあると思います。



親を悲しませてしまうんじゃないかとか
親に怒られるんじゃないのかっていう風な
不安も出てくることでしょう。



親を悲しませる姿ってのは
誰もが見たくないと思います。



それでも親の教えを破って
自分を優先させる
そうやって自分の人生を歩むっていう決断を
するってことはとっても大事なことです。



それは親の教えを反するって事で
親と対立する反抗期っていう風に
呼ばれることもあるかもしれません。



でもそうやって反抗期を通して
親の元から巣立っていく
親離れしていくっていう
そういう作業も必要になってくるのです。



逆に親にも子離れしてもらうってことは
とっても大事なことです。



自分から離れるということは
強く痛みを伴うってこともあります。



今までずっと子供に執着していたのが
離れていってしまうのは
きっと親としても寂しく思うことでしょう。



特に子供の幸せが一番だ
他には何も必要ないって思う親ほど
子供に執着してしまっているって事があり
子離れするっていうのは
ものすごく困難で痛みを伴うはずです。



でも親が口出しをしても
子供は自分で自分の選択をしていく
間違ったら自分で責任をとっていく
ということをしていかないと
いつまでたっても自分の価値観で
生きる事っていうのは出来ないです。



そうやって心理的に自立した時に
自由に生きられるって事があります。



そうやって自立して
子供は子供の人生を生きるし
親は子離れして親の人生を生きるようになる



そうやってお互いの人生に
集中して生きるって事が
健全な関係なのかなと思います。



今日のまとめとして
なぜか生きづらいって感じるし
何にするしても
縛られてるような感じがして
自分の思うように生きられないって思ってる人は



それは親の教えから
抜け出せていないってことが
原因であるかもしれません。



大人になって金銭的とか物質的には
自立したように思っていたとしても
心理的に自立していないっていう人は
多いのかなと思います。



そうなると無意識に
行動を制限してしまうって事があるのです。



親の教えを破るっていうことは
すごく罪悪感を感じるけど
反抗期を通して
自分を優先させるって事を
していく必要があるのです。



ただ親離れをしていくってことは
とっても難しいことです。



こんなことをして
親を悲しませてしまうのではないのかっていう
そういう罪悪感っていうのも出てくるでしょう。



こんなことして
親に怒られるのではないかっていう
そういう不安も出てくるでしょう。



でもそういう罪悪感とか
不安を乗り越えてまでも
自分を優先させていくっていう
そういうことをしながら
自立していくってことをしていかないと
いけない時もあるのです。



また親が子離れするってことも
とっても難しいことです。



子供が自立していくってことは
自分の元を去っていくっていうことは
痛みを伴うことです。



自分がこうだって言っても
言うことを聞かずに
先に進んでしまうってこともあると
寂しい思いもしていくし
本当にこんなことでいいのかって
疑問に思うこともあるでしょう。



でも子供の人生は
子供が責任を持ってやっていくことであって
自分があれこれ口出しすることでは
ないってことがあるので。



黙って見送っていくってことも
大切になってくるのです。



そうやって親も子離れしていくってことは
痛みを伴いますけど大事なことです。



親離れ子離れしながら自立していく
そうすることによって
やっと親のルールから解放されて
自分らしい生き方ができるように
なってくるのかなと思います。



親は親の人生を生きるし
自分は自分の人生を生きる
お互いが自分の人生に集中して
生きていくことによって
自分らしい生き方ができるよう
なっていくっていうことです。



今日は真面目な人ほど
生きづらさを感じてしまう
解放のカギは「親離れ」にある
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年10月11日2021年:10月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて5人の方が
参加してくださいました。
 
  
 
人数的にはちょっとさみしいですけど、
しょうがないですよね。
それでも、こうやって月1回集まって
近況とか仕事の悩みとか
話をする場所というのは
貴重なのかなと思います。
 
 
 
ちょっとした仕事の悩みなどは
話を聞いてもらうだけで
癒されるものですからね。
 
 
 
昨日も仕事の嫌なことなどを
離されている人もいました。
あとは趣味の話とか
真面目な心理的な話など
普通の友達とか仕事場では
話が出来ないようなことを
ここでは話できるので良いです。 
 
 
 
もっと新しい人は来てくれると
盛り上がっていけるのですけど、
ネットだとちょっと抵抗があるのか
なかなか新しい人の参加はないです。
 
 
 
これから、益々ネットでの交流が
増えていくと思うのですけどね。
オンラインサロンも定着してきています。
ネットだと場所に左右されないので
県外の人だったり
海外の人であっても
簡単につながることが出来ます。
 
 
 
そういう移動の時間がなく
気軽に話ができるというのは
これから、流行っていくのだろうと思います。 
 
  
 
ただ、直接会って話をするのも
大切だと思うので、
飲み会なども計画しています。
コロナも今は落ち着いていますからね。
 
 
 
というわけで
飲み会のご案内です。
 
10月22日(金)19時30分~
場所はまだ決まっていませんが
福井市のどこかです。
会費は割り勘ということで。
 
 
 
ご質問や参加希望の方は
こちらのメールにお願いします。
cocorosoyo@gmail.com
 
 
 
ちょっとずつみんなと交流の輪を
広げていけたらと思います。
最初は勇気がいると思いますけど、
興味がありましたら
思い切って参加してほしいです。 
 
  

ありがとうございました。




 

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2021年10月09日2021年:10月

過酷な人生を送ってる人へ 難しい人生ゲームにチャレンジしています

今日は過酷な人生を送ってる人へ 
難しい人生ゲームにチャレンジしています
ということについて
お話ししようと思います。



人生というのは
不平等にできているっていうのは
誰もが感じてることだと思います。



小さい頃からものすごい苦労させられて
過酷な人生を生きている人もいますし
かといえば恵まれた家庭に生まれて
楽な人生を生きているように見える人もいます。



そういうのを見ていくと
なぜこんなにも人生っていうのは
不平等なのかというのを
考える事はあるのかなと思います。



特に過酷な人生を生きてる人にとっては
なぜこんなに私の人生は
苦しみの連続なんだっていうふうに
思うことがあるでしょう。



そのための答えの一つとして
人生っていうのは
ゲームのようにできてるって風に
考えることができるのかなと思います。



そのゲームですけど
僕たちのレベルに合わせて
難易度も違ってくるのかなと思います。



ゲームの初心者というのは
最初から難しい設定だと
全く歯が立たないです。



だから初心者の人は
最初は簡単な設定をしていかなければ
ゲームを楽しむことができないし
だいいちゲームとして
成り立たないってことがあるでしょう。



人生のゲームにおいて
優しい設定っていうのは
基本スペックが高いということがあります。



その基本スペックが高いっていうのは
容姿がいい
その背が高いとか
綺麗とカッコいいとか
そういう姿が最初から良いとこに
生まれるってあったり



勉強や運動がすごいできる人で
何も苦労しないって
いうことがあるのかもしれません。



また優しい家族のもとに生まれて
十分に愛されるところというのもあるでしょう。



またお金に不自由は全然しなくて
好きなものを好きなだけ買えるって事が
環境としてあるのかもしれません。



そんな感じで何も困らなくて恵まれている
そういう家庭に生まれる人っていうのは
初心者である可能性が
高いのかなと思います。



そういう恵まれた環境にいると
苦労しなくてすみます。



でもその分、刺激っていうのも
少ないのかなと思います。



優しすぎてやりごたえが少ない
ということがあるからです。



逆にゲームの上級者が
難易度が低すぎるって事があると
やりごたえが全然なくなってしまいます。



だからゲームの上級者っていうのは
あえて難しい設定を選ぶ人が
多いのかなと思います。



簡単すぎるとゲームとしても
全然やりごたえもないですし
退屈してしまうってことがあるからです。



人生ゲームにおいて
難しい設定っていうのは
基本スペックが低いということがあります。



基本スペックが低いというのは
もしかしたら容姿が良くない
ということもあるかもしれません。



ちょっと格好悪いとか
ちょっと醜いとか
そういう姿に生まれてくることによって
ゲームを難しくしようと
することもあるかもしれません。



また勉強や運動が苦手ってことも
あるかもしれません。



どんなに頑張っても運動が出来なかったり
勉強ができなかったいっていう
そういう能力のもとで
生まれてくるかもしれません。



また家庭内においても
すごく過酷な設定をする人も
いるかもしれません。



両親に問題があって
ものすごく苦労させられる
という人もいるでしょう。



でもそういう過酷な環境とか
過酷な設定だからこそ
どのように生きなければ
いけないのかっていうのを
真剣に考える必要があります。



そして試行錯誤しながら
自分の人生を作り上げていく
そういう苦労しながらでも
どうにかしてやっていくことに
楽しみを見出せるって事が
あるのかなと思います。



このように人生というのは
困難なほど学びが多くて
成長できるって事があるのです。



優しい設定だと
そんなに学びがあるわけでもないし
成長する機会というのも少ないでしょう。



だから過酷な人生の人っていうのは
魂のレベルがそれぐらい高くなっていて
普通の人生では満足できない
ということがあるのかなと思います。



別のたとえとして人生っていうのは
学校のようなものだっていう
風なことも言えます。



まず年齢が低いと小学校とか
そういう簡単な問題から入る
ということがあるでしょう。



小学校では問題も簡単なので
比較的誰でもできるって事があります。



でもそれは中学生から見たら簡単すぎて
何も手応えを感じないってことがあります。



でも中学生から見て
大学生の問題っていうのは難しすぎて
全然歯が立たないです。



このように年齢に応じた
レベルの問題を解いてくってことが
その人にちょうどあった
学びにつながっていくのかなと思います。



このように僕たちの人生っていうのは
丁度良い問題が起こるようになっています。




それは自分のレベルに応じた
設定をしてくるからです。



だから今起こっている問題っていうのは
自分のレベルにあった問題が起きているので
解決できない問題はないっていう風に
考えることができます。



まとめますと
人生っていうのはすごく不平等に見えます。



なんで私がこんなに過酷な人生を
生きているのに
あの人はとっても楽な人生を生きてるのか
という風に疑問に思うことでしょう。



その疑問の答えの一つとして
僕達の人生では魂のレベルが違います。



その魂のレベルに合った
難易度を選んでくるから
魂のレベルが低い人ってのは
難易度も高くないです。



でも魂のレベルが高い人っていうのは
簡単なものでは満足できないので
あえて難しいものを
チャレンジしていくってことがあるのです。



だから今過酷な人生を
歩んでる人がいたとしたら
これは自分が前世で何か悪いことをしたから
こんな過酷な人生を
歩まされているのだとか



自分が何か原因で
過酷な人生を歩んでるのだって
自分を責めるのではなくて



過酷な人生を歩んでる人っていうのは
それぐらい魂のレベルが
高いっていうことなのです。



優しい設定では満足できなくて
成長もできなくて
もっと学びたくて
もっと人生を味わいたくて
あえて難しい設定を選んで
来ているって事があるのです。



そしてそのレベルにあった
問題しか起きていないので
解決できない問題っていうのはないのです。



そういうので過酷な人生かもしれませんけど
自信を持って取り組んで欲しいなと思いました。



今日は過酷な人生を歩んでる人へ
それはあなたが人生ゲームにおいて
難しい設定をしてチャレンジしているからです
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年10月04日2021年:10月

すぐにマウントを取る人へ 僕自身がそうでしたその解決方法

今日はすぐにマウントを取る人へ
僕自身がそうでした
その解決方法ということについて
お話ししようと思います。



多分皆さんの周りにも一人は
やたらにマウントを取って
何か自分が優位になろうと
一生懸命になっている人というのが
いると思います。



そういう人っていうのは
自分の自慢話をしたりとか
すぐに自分が何か得意げにやって
相手を蹴落とそうとしているとかで
嫌われているっていう事が
多いのかなと思います。



僕自身がずっとそんなマウントを
とるような感じであったというのがあります。



常に順位で上に立つってことを
気にしながらやっていました
負けるのがすごく悔しくて
勝つことが人生において
大事だっていう風に
思い込んでいたところもあります。



負けるということは
自分には価値がなくなってしまうことだ
失うものもとっても多くなってしまう
という風に考えていました。



そんな感じだから誰とでも争っていて
友達といても会社内にいたとしても
常に自分がどの順位かっていうの気にして



上に立たなければ
負けてはダメだっていう風にして
競争していた時があります。



馬鹿にされたりとか
見下されるって事がすごく嫌で
そんな風な態度されると
腹が立ってしょうがなかったです。



冗談であったとしても
何か自分を蹴落とされて
馬鹿にされるって事があると



相手は冗談で言った言葉であったとしても
本気になって言い返したり
っていうことをしていました。



そんな状態だから
誰に対しても心を許せずに
常に相手と競うようにしていました。



そんなんだからみんなが敵に見えて
油断するってことはできなかったです。



そんな感じだから
心を開くってことができずに
すごく寂しい思いをしていました。



周りの人見ると自分みたいに
懸命になって上に立とうとか
争うとかしていないってことがあって
そこまで必死になっていない
というのがあります。



心穏やかにいる他人を見て
なぜそんな風に
心穏やかにいられるかっていうのが
不思議でしょうがなかったです。



僕の場合は常に緊張状態で
争っている状態だったからです。



考えてみました
他人の人と自分の違いは何なのか
なぜ他人の人は
そんなに心穏やかでいられるのか



それは他人の人は
そこまで勝ちにこだわっていない
負けることを恐れていない
ということにようやく気づいたのです。



なぜ勝つことが大事に
なってしまったのかっていうのを
考えてみました。



それはそういう癖がついていたのです。



家庭環境からそういうのが
きていたっていうのが
自分の中でありました。



僕の家庭環境では
母親が僕の家庭を支配していました。



理不尽なことがあったとしても
それに黙って従わなければいけなくて
すごく悔しい思いを
したっていうのがあります。



そんな力で支配するような場所であったので
力が強い者が上で
力が弱かったら下にいってしまうっていう
そういう階層社会になっていたのです。



僕は兄弟がいたのですけど
兄弟にも順位が付けられていました。



家庭内では母親が一番偉くて
次に兄が偉い
その次に自分で
下の弟は自分よりも下だって風になって
そんな階層社会になっていたのです。



僕が兄とか母に逆らうってことは
絶対に出来なかったのです。



逆に下の弟が
僕に逆らうってことはできずに
僕の命令を忠実に
従わなければいけないようにやっていました。



そんな感じで力によって支配するっていう
そういう癖がついていて
明確に順位付けられがあったのです。



そんな状態だから下にいる事っていうのは
ただ命令に従うだけの
すごく惨めな状態になってしまうのです。



惨めな思いをしたくないって強くいだいて
上に立たなければっていうのを
そこで条件付けと言うか
癖になっていたのです。



それは家庭内だけでなくて
友達関係の中であったとしても
下にいくってのが
すごく惨めに思えていたのです。



でも家庭内から出て外に出ると
ルールが全く違うってことに気づきました。



外では支配する、されるっていう
そういう関係ではなかったのです。



惨めな思いって言うの
そんなに味わなくてすむ
ってことに気づきました。



相手から下だって思われたとしても
誰も自分のことを支配するってことは
なかったのです。



みんな対等に扱ってくれるって
事に気づきました。



そういうので僕は勝つことが
すごく強かったので
負ける実践というのをやっていきました。



負けても大丈夫
でもそういう負ける練習っていうのは
すごく悔しい思いをした覚えがあります。



勝つってことがすべてであったので
負けることがすごく抵抗あったのです。



でも悔しいって思いを味わいながらも
負ける練習を続けていって
それが次第に慣れていきました。



そうすると自分の弱みを見せても大丈夫
相手に必要以上に勝たなくてもいいんだ



負けても惨めな思いを
しないのだっていう風にして
馬鹿にされても
そんなに感情的になるって事が
減ってきました。



逆に欠点を見せた方が
みんなから喜ばれるっていう風に気づきました。
そっちの方が必要とされるって事があるのです。



欠点をさらけ出せる人の周りにいると
周りの人も自分を飾らなくて済むし
気楽でいられるからでしょう。



僕の本当の欲しかった物っていうのは
勝たなくても手に入るってことがわかりました。



それは皆からの愛情っていうことが
本当に欲しかったんだろうと思います。



それは僕は勝たなければ
手に入らないって
勘違いをしていたのです。



でも競争しなくても手に入る
とわかってからは競争しなくなって
必要以上に緊張するってことも無くなって
リラックスできるようになってきました。



そうすると初めて自分らしくいられる
ってことができるようになってきたのです。



他人と必要以上に争うこともなく
勝たなければって気負うこともなく
自分のペースで
自分でいられたのです。



今日のまとめとして
やたらとマウントをとるということが
そういう人がいると思います。



僕自身もすぐにマウントを取りたがる人でした
必死に周りに競争しながら
自分が勝たなければ
上に行かなければっていう風に思っていました。



そんな状態だから
周りから嫌われたり
ウザがられたりして
悲しい思いをたくさんしてきました。



なぜそんな風になってしまうとかって言うと
負けるって言う事は
すごく惨めな思いをするっていう風に
思っていたのです。



だから周りからバカにされないように
勝つことにこだわり続けていたのです。



そういうのは家庭環境からくる癖で
ついてしまったように思います。



支配的な母親がいて
そういう人がいると
家庭内っていうのは
明確に階級社会のように
順位づけられていたのです。



母親が一番偉くて
次に兄が偉くて
次に自分が偉くて
次に弟がいるっていう



下から上に行くってことはできなくて
どうしても上からの命令を従わなければ
いけなくなってしまうってことがあったので
負けるとか下にいくってことは
惨めな思いをするって風に
思い込んでいたのです。



それは家庭内から出て社会に出ても
勝たなければっていう風に
強く思い込んでいました。



負ける事っていうのは
またあの家庭内での惨めな思いをする
という風に勘違いをしていたのです。



でも社会に出るとルールが違っていて
負けても惨めな思いをする事
というのはなかったのです。



自分の弱みを出しても
大丈夫だったのです。



逆に自分の弱みを見せて
何か欠点的なものを見せた方が
喜ばれるって事があったのです。



それは僕の中で
すごく衝撃的なことでした。



そういうのでまず取り組んだのが
負ける練習
勝たなければいけないって
思い込んでいたので
負ける練習をしていきました。



最初は負けるのはすごく悔しかったです
でもそういうのを実践していくうちに
次第に慣れていって
そうすると競争しなくなってきました。



勝ち負けにこだわらなくなっていくと
心が穏やかになってきて
そうすると本当の自分で
いられるようになってきたのです。



マウントを取っていた時っていうのは
争っていて
他人に欠点を見せられなくて
強がってばかりいました。



緊張状態で争うこともあったので
自分らしくいられなかったのです
負ける練習をして
争わなくても大丈夫って思った時に
心穏やかになって
自分らしくいられるって事が出来たのです。



そういうことで
今日はすぐにマウントを取りたがる人
僕自身もそうだったということで
その解決方法を説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年09月27日2021年:9月

怖い上司にビクビク 必要以上に怖いのは過去の経験が大きい

今日は怖い上司にビクビク
必要以上に怖いのは
過去の経験が大きいということについて
お話ししようと思います。



これは経験がある人は
わかるかもしれませんけど
怖い人とか
すぐに機嫌が悪くなって怒る人とか
そういう人の近くにいると



何もしていないのに
ビクビクして体がこわばってしまって
平常な状態でいられない
ということがあります。



僕もそれはすごくあって
威圧的な先輩とか
ちょっと怖い先輩とか
そういう人の近くにいるだけで
もうすごいオドオドしてしまって
頭が正常に働かないということがあります。



それで相手の顔色ばかりうかがってしまって
それが余計に焦ってミスを生んでしまう
そうすると余計に怒られてしまうっていう
そういう悪循環をうんでしまうことが
たくさんありました。



何故かその人の前でいると
もうビビってしまって焦ってしまって
そしてミスをして
余計に怒らせてしまうっていうことなんです。



学生時代にスポーツをやっていたのですけど
試合をする時にはもう緊張のあまり
頭が真っ白になって
周りが全然見えなくなってしまいます。



もう体もガッチガチな状態で
そんな状態でうまくいくはずもなく
大事な場面でミスをしてばかりいました。



最初は試合でも使ってもらえたのですけど
だんだんとそういうミスが多くなってしまうと
試合に出させてもらうことも少なくなって
ベンチで見ているっていうことが
多くなっていきました。



練習ではうまくいくのですけど
試合になるとも
カッチカチに緊張して
全然上手くならないっていう
典型的な緊張する人だったのです。



そんな僕ですから
何か怒られそうと感じた時っていうのは
想像で必要以上にその人の事を
怖い存在だっていう風に
大きくしてしまうってことが
たくさんありました。



それは僕の過去の経験が
大きいのかなって思っています。



僕の場合は過去に母親からですけど
母親がすごくヒステリックで
ちょっとしたことでも
怒られてばかりいました。



子供の頃って親が絶対なので
親なしでは生きていけません。



親の言うことは正しいって
無条件に信じてしまっています。



だから親が何か責めたとしても
自分が悪いから親は怒るんだって
どんな理不尽な怒り方をされても
そう思うようになっていたのです。



子供の頃の恐怖っていうのは
今以上に大きいものがあります。



同じ怒られるしても
今の成熟した自分と
子供の頃の小さな自分とでは
感じ方っていうのが全然違います。



子供の頃の怒られる恐怖っていうのは
生きるか死ぬかっていう
それくらいの大きい恐怖感を
感じてしまうのです。



これは大げさなものではなくて
子供は親から見捨てられると
生きてはいけないっていうことがあるから
どんなに理不尽なことを言われても
親に逆らうことはできないでいます。



そういう恐怖感っていうのは
心に染み付いてしまっています。



大人になってからも
親と似たような人を見てしまうと
心が過剰反応を起こしてしまって
必要以上に恐怖感を大きくしてしまう
ということがあります。



グラフにしてみると
割合でその時に感じてる恐怖が
100だとします。



でもそれは過去からくるものっていうのが
75%ぐらいで
今感じてる恐怖っていうのは
25%ぐらいの
割合でしかないってことがあります。



過剰反応しているだけで
今感じている
上司の怒られる恐怖とか
先輩の怒られる恐怖とかっていうのは
すごく少ないのかなと思います。



そういうので、もし心がビビって
ビクビクしてしまうっていうことが
あったとしたら



それは過去の記憶が出ていて
必要以上に大きくしてしまってる
という事があるので



それを思い出して
今の感じてる恐怖ってのは
少ないものだって風に思い出すことは
大切なことなのかなと思います。



怒られたとしても小さな頃みたいに
命の危機を感じるくらい
そんな大きな恐怖を感じる事っていうのは
ほぼないのかなと思います。



ということで
まとめとして怖い上司を前にしてしまうと
怒られまいかって思って
すごくビクビクして
緊張してしまうって事があります。



それはその時の恐怖っていうのは
100だとすると
過去の思い出してる記憶が75%ぐらいで
今その上司に感じてる恐怖っていうのは
25%くらいの
こくごく少ない恐怖でしかありません。



過去の怖い思いを思い出してるだけで
そういうのを過剰に反応してしまってるので
大きく恐怖を感じてしまう
ということがあるのです。



それは小さな頃の親から怒られるっていうのを
思い出してしまっているからです。



親から怒られるって事は
見捨てられるのではないのかっていう
そういう怖い思いをしてしまっていて
生死に関わる問題にもなってくるからです。



子供の頃は親なしでは
生きていけないからです。



そういうので
もし強い上司の前にいたり
機嫌の悪い先輩の前にいて
心がビクビクしている場面があったとしたら



僕の場合ですけど
これはほとんどが
過去の恐怖から来ているものだ
今の恐怖なんて小さいものだっていう風に
意識するようにしていました。



たとえ怒られたとしても
命までは取られることはない
というふうに考えて
それを何回も何回も定着させるまで
繰り返しやっていきました。



そうすることによって
怖い先輩の前にいたり
機嫌の悪い上司の前にいたとしても
恐怖が大きくなるって
いうことはなくなりました。



完全に恐怖が消えるって事はないですけど
過剰反応して必要以上に恐怖を
感じる事っていうのは
ちょっと減ってきたのかなと思います。



ということで
今日は怖い上司の前にいて
ビクビクしてしまうっていうのは
過去の記憶から来ているもので
過剰反応してるだけということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年09月20日2021年:9月

方向を間違えると頑張れば頑張るほど問題は大きくなる

今日は方向を間違えると
頑張れば頑張るほど
問題は大きくなるということについて
お話ししようと思います。



これはカウンセリングをしていると
よくある話ですけど
問題を解決しようと思って
ものすごく頑張っているはずなのに



でもその努力が報われない
それどころか
問題はどんどんどんどんと
大きくなってしまうっていうことがあります。



それは頑張る方向が違うからだ
ということがあります。



でもそれを知らずに
やってしまう人っていうのは
多いのかなと思います。



数字で表すと分かりやすいのかなと思って
数字で少し表してみます。



やる気と方向性は掛け算だって言われています。



やる気×方向=成果
という風に表されます。



やる気が7とします。
方向が仮に5とします。
その成果というのは7×5で35の
成果が上がる。



これはたぶん見ていて
誰も疑問に思うことはないでしょう。



でもやる気が7あったとしても
その方向性が間違ってて
方向性が-3だとします
すると7×-3で-21っていう風に
やる気が大きければ大きいほど
マイナスも大きくなってしまうということです。



頑張ること以上に
どの方向で頑張るのか
ということが大事になってきます。



でもそれを考えている人っていうのは
少ないのかなと思います。



自分の向かってる方向に疑問を持たずに
ただ闇雲に頑張っていけば
問題が解決するとか
成果が上がると思って
頑張り続けている人が多いのかなと思います。



それで頑張っても報われない時というのは
方向性がマイナスになってしまってる
という事があるので



そのマイナスっていうのを
プラスに持っていくためには
真逆の事をしてみるって事も
一つの方法なのかなと思います。



真逆の一つの例としてうつ病の人で
うつ病の人っていうのは
仕事を真面目にしすぎってことがあります。



真面目にしすぎて疲れ果てて
しまいには限界が来て
倒れてしまうってことにも
つながってしまうのです。



そういう人は真面目にするという真逆で
ちょっと手を抜くとか
ペースを落とすということをしてみる。



そういう風にして
真逆のことをやってみるって事は
とっても大事なことです。



また例として子育てで
子供に一生懸命になる親御さんというがいます。



でもそれが子供にはプレッシャーになって
押しつぶされてしまうってこともあります。



そうなると子供は親の顔色を伺ってしまって
自分自身が何がしたいのかというのが
分からなくなってしまう人がいます。



そうなると自立が遅れていって
しまうってことがあります。



そうならないためにも
子供に一生懸命になるのではなくて
親自身がどこか自分の楽しみを見つける



子育て以外で趣味に走ったりとか
そういう自分の楽しみを
見つけていくってことが
大事になってきます。



子供にはある程度好きにさせる
あれこれしなさいっていう
指示をするのではなくて
好きにさせてみる。



そうやって今までの
真逆の事をしてみるって事は
とっても大事なことです。



案外と今までやったことがない
真逆なところに答えがある
っていう風に言われています。



頑張りすぎている人っていうのは
極端な方向へ行ってしまって
バランスがすごく悪くなっている状態
という風に言えます。



だからこそ極端になっているところを
真逆をすることによって調整されて
バランスが取れてくるのかなと思います。



でも真逆なことをするのが
答えであったとしても
それをするっていうことは
すごく抵抗が大きいものです。



それは真逆の事っていうのは
その人の中でやってはいけないことだ
という風に禁止事項に
なってしまっているからです。



その禁止事項っていうのは未来への不安で
その未来への不安が大きければ大きいほど
その対策をしなければ
いけなくなってしまっていて



その対策としてあれをしなきゃとか
これはしてはいけないって風に
なってしまっているからです。



だからこそ頑張って対策を練る
その頑張る方向が
間違ってしまうっていうことです。



例えば鬱病の人なんかは
人の評価がすごく怖がってしまいます。



だからこそ完璧にこなさなければっていう風に
強い強迫観念にかられてしまうでしょう。



子育てにおいては
子供の将来が心配だって風に
思ってる親御さんは多いと思います。



だからこそ必要以上に子供に手をかけて
あれしなきゃこれしなきゃっていう風に
なってしまうことがあるでしょう。



こんな風に未来の心配をすればするほど
その対策として
あれしなきゃ、これしなきゃって風に
なってしまって
それが方向性として悪い方向に
向かってしまうてことがあるのです。



なので一度怖いことを
意識してみるって事は大事です。



そして未来に対して
どうせ未来なんてわからないし
コントロールすることなんてできません。



だから何とかしようとするっていうのを
止めてみるというのも大事なことです。



良い意味で諦めるということができると
力が抜けるのかなと思います。



そうやって未来への不安とか心配が
少し減っていく事によって
行動が変わってきます。



そうすることによって
方向性も変わってくるのかなと思います。



方向性が変わると頑張っても
方向性が正しくなっているので
成果も出てくるっていうわけです。



今日のまとめとして頑張っているのに
報われないどころか
ドンドンとひどくなってしまう時には
方向性が間違っているというのを
意識してみるのは大事です。



案外そういうのに気付かずに
ただ闇雲に頑張ってしまうっていうことが
多いのかなと思います。



知らずに問題を大きくして
しまうってことがあります。



だから方向性を変えるのは大事ですけど
でもそれはとっても難しいことです。



なぜならその方向性の先には
恐れとか不安があるからこそ
頑張ってしまうってことがあるからです。



その恐れと向き合って
良い意味で未来に対しての
不安とか怖れというのを
コントロールするのを止める
諦めるって言う事を出来るようになると
ちょっとずつは怖れっていうのが
減ってくるのかなと思います。



そうやって恐れが減ると
極端に何か頑張らなければいけないって
いうのが減ってくるのかなと思います。



そうすると方向性もよくなるから
頑張った分だけの成果も
出てくるっていうことです。



ということで
今日は頑張っても頑張っても
報われないどころか
どんどんとひどくなってしまうということは
方向性が悪い



その方向性を変えるためにも
恐れや不安があるとしたら
それを向き合っていくってことが大事だ
ということをお話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年09月13日2021年:9月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて6人の方が
参加してくださいました。
 
 
 
こうやって毎月1回でもみんなで
集まって話をするというのは
近況も聞けるし
仕事などの悩みも共有できて
良いのかなと思います。
 
 
 
現代社会で生きていると
何もしていないと
ドンドンと孤立していって
友達も減ってしまいますからね。
 
  
 
自分から意識的に作っていくこと
大事になってくるのでしょう。
 
 
 
ただ、人と会うとある程度は
気を遣うことになるので
疲れてしまうというのはあります。
 
 
 
一人だと何の気構えもなくて
自由にしていられますけど、
誰かと一緒にいると
自分の気ままにするわけにいかないし
どうしても心に負担になることでしょう。
 
 
 
でも、人間は一人では生きていけなくて
誰かと思いを共有したり
励まし合うことも必要です。
 
 
 
そのみんなと一緒にいると
ちょっとストレスがかかるけど、
かと言って一人でいるのは孤独
そういうストレスの加減を
どう自分でつけていくかなのかなと思います。
 
 
 
適度に一人の時間を持ちながら
みんなとの時間も大切にしていく
そういうことをしていくのも大事です。
 
 
 
ということで、
僕も人との集まりとやると
面倒だと思うこともあるし
疲れてしまうこともありますが、
その分をどこかで癒して
みんなと一緒に居ようと思うわけです。 
 
 
 
人間って複雑ですよね。
 
 
  
次回も開催していきますので
ちょっとでも興味がありましたら
参加してください。
 
 
 
次回の予定
ZOOM飲み会
10月8日(金)20時~
参加費 無料
 
 
 
 
ありがとうございました。




 

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2021年09月11日2021年:9月

ー助言や励ましはタイミングを間違えると凶器になってしまう

今日は助言や励ましは
タイミングを間違えると
凶器になってしまう
ということについて
お話ししようと思います。



誰もが一度は聞いたことが
あるかもしれませんけど
うつ病の人に「頑張れ」というのは
禁句だっていう風に言われています。



なぜなら鬱病の人は
ものすごく頑張り続けた人で
そういう人に励ましとか
そういう事していくと
もうそれ以上頑張れないのに



まだ頑張らなければいけないのか
もっと力を出して
何かしなければいけないのかって
そういう風に思わせてしまって



余計に追い込んでしまう結果に
なってしまうからです。



そういう助言や励ましアドバイスっていうのは
使うタイミングが良いと
癒しとか気づきを
相手に与えることができます。



でもタイミングをちょっと間違えてしまうと
凶器となってしまう所もあるのです。



特に指導する立場の人っていうのは
そういうのをきちんと認識しておかないと
大変な目にあってしまいます。



良かれと思ってやっていたことが
知らないうちに
相手を苦しめる結果になってしまうというのは
本当によく聞く話しだからです。



助言するタイミングっていうのは
図で表すと分かりやすいのかなと思って
表してみました。



僕たち人間っていうのは調子が良い時と
悪い時というのがあります。



まずそれは知らなければ
いけないのかなと思います。



そして調子が良い時だと
助言とかアドバイスというのは
生きてきます。



でも調子が悪い時に
励ましとか助言とかアドバイスをしていくと
余計に苦しませる結果になってしまいます。



そういうタイミングがあって
相手の調子によって
よく見ていかないといけないです。



だから相手のことをよく観察して
今だったら調子が良いとか
今だったら調子が悪いっていう風なことで
言う言葉も変えなければ
いけないっていうことがあるのです。



いやそんなこと知ってるって
当たり前に聞こえるかもしれません。



でもそれを知らずにやってしまう人
悪いタイミングの時に励ましとか
アドバイスをしてしまうって人が
本当に多いのです。



だからこうやって説明させて
頂こうかなと思った次第です。



それで調子が悪い時の対応ですけど
相手が調子が悪い時というのは
あれをしたらいいんじゃないか!
これをした方がいいんじゃないかっていう風に
アドバイスをしたくなると思います。



でもそういうアドバイスというのは
ほぼほぼ意味がないって風に言われます。



何故なら調子が悪い人っていうのは
当たり前のことも
なかなかできない状態にいるからです。



普通の人がちょっとの努力で
出来るようなことでも
すごい力を使わないと
できない状態にあるっていう風に
考えたほうがいいのかなと思います。



普通の元気な人でも指示されると
やる気をなくしてしまうってこともあるので
そういうのも頭に入れておく方が
いいのかなと思います。



あれこれ言われると
やろうかなって思ってるのに
とたんにやる気を
なくしてしまうってことがあるのです。



例えば今から勉強しようかなって思った時に
お母さんからあなたまだ勉強してないの
早くやりなさいとか言われてしまうと
やろうと思ったやる気が
とたんになくなってしまって
もういいわって風に
なってしまうこともあるのです。



調子が悪い時ってのは
なおさらやる気が出ないのに
あれをしたらとか、これをしたらとか
いろんなアドバイスをされるけど



でもそれが余計に追い詰められて
悪化させてしまうってことも
なってしまうのです。



症状が悪化してしまうと
回復するまでに余計に時間が
かかってしまうってことがあります。



そうするとお互いに苦しくなってしまう
ということもあるのかなと思います。



援助する方も援助される方も
お互いが苦しんでしまう
ってことがあるのです。



では調子が悪い時に
何ができるのかというと
まずは相手の苦しみ悲しみ
そういうのをしっかりと聞くということが
できるのではないのかなと思います。



人は誰かに苦しみとか痛みとか
そういうのを分かってもらうだけでも
少し癒されていくって部分があるからです。



そして温かく見守るということも
大事なことなのかなと思います。



そうやって相手の回復をじっと待つ
それが調子が悪い人に対して
できることなのかなと思います。



ただ待つ事っていうのは忍耐が必要です
なぜなら調子が悪い人を見ていると
ぼーっとして
何もしていないように見えるからです。



そういう怠けてるように見えると
何か言いたくなってしまう
ということがあるのかなと思います。



でも何か言いたくなったとしても
それをぐっと我慢して温かく見守る
それは忍耐と愛情がないと
なかなか出来ない事だって風に言われています。



本人も何もしていないわけでもなくて
何かしたいっていう風に
思っているわけです。



でもどうにもできなくて
力も入らない
何もできないから
本人も苦しい状態にいるのです。



決して甘えてるわけではない
という風なことを
頭に入れておくことも必要です。



そして回復する兆しっていうのは
どういう時なのかと言うと
相手の方からあれやってみたいとか
これやってみようかな
という風に言い出してきたら
それは回復した証拠で
あるのかなと思います。



決して本人が求めてもいないのに
あれしたらこれしたらって
あれこれ手を焼くということは
精神的に追い詰めてしまうので
それはしない方がいいでしょう。



今日のまとめとして
助言やアドバイスっていうのは
使うタイミングがとっても大事です。



使うタイミングを間違えると
凶器にもなってしまうからです。



せっかくアドバイスをしたのに
余計に回復を遅らせてしまうっていう
そういう残念な結果にも
つながりかねないからです。



調子が良い時というのは
そういう助言とかアドバイスというのは
役に立つでしょう。



でも調子が悪い時に
助言やアドバイスをしてしまうと
余計に相手を苦しめてしまって
回復を遅らせてしまう結果に
なってしまいます。



調子が悪い時には
調子が悪い対応をすることが必要なのです。



それは温かく見守るだったり
相手の話をじっくり聞くことだったりします。



このように助言とかアドバイスっていうのは
言うタイミングってのが
とっても大事になってきます。



適切なタイミングで適切な言葉を
投げかけられるといいのかなと思って
このように説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年09月06日2021年:9月

自分のタイプを知る② 広く浅くのマルチタイプ? 狭く深くの学者タイプ?

今日は自分のタイプを知るのパート2として
広く浅くのマルチタイプなのか?
狭く深くの学者タイプなのか?
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは自分を知るっていうことは
とっても大事なことで
自分を知ることができると
他人に左右されず
周囲に惑わされず
自分らしい道を歩むってことが
できるようになるのかなと思います。



そうじゃないと自分を知らずに
他人と同じような事をして
でもなぜかできなくて
それで自信を喪失してしまうって
こともあるからです。



ここではどれぐらい頭の切り替えが
上手にできているのか?
これは脳の問題なのでその人の努力とか
そういうのは関係なしに体質という風に
言うことができるのかなと思います。



器用に脳を切り替えることができる
マルチプレイヤータイプと
切り替えがちょっと苦手な学者タイプって風に
分けることができると思います。



その割合というのは
あなたはどれぐらいなのか
ということがあって
それを考えてみるのもいいのかなと思います。



人口分布のグラフで表すと
このようになるのかなと思います。



切り替えるのが苦手なものを0として
器用に切り替えることができるのを10します。



大体切り替えるのが下手でもないし
上手でもないっていうのが普通で
普通の人ってのが
一番多くいるのかなと思います。



切り替えるのがもう全くの苦手で
全然できないっていう
0から大体2とか3ぐらいの人ってのは
極端に少なくて



やっぱりこういう人は
どこかでつまづいてしまったり
何か集団にいても
取り残されてしまったりっていうことが
多くなってしまうのかなと思います。



また器用に切り替えることができるって言う
8から10の間で一定数いて
その人はその人なりの持ち味を活かして
活躍していくってことが
できるのかなと思います。



まずは切り替えるのが苦手な人の説明を
させていただきたいなと思います。



切り替えるのが苦手な人っていうのは
あれもこれもって同時に
何かするっていうのはとっても苦手です。



家事でも洗濯をしながら料理をして
子育てしてって
そういう同時に何かするっていうのは
すごく苦手です。



同時に何かを考えるって事が
できないからです。



そういうのでちょっと不器用な人も
多いのかなと思います。



また普通の人よりも
ちょっと遅れてしまうってるとこがあります。



たくさん覚えることでのも苦手で
別の動作をするにしても
一つの動作から次の動作に行くっていう
その切り替えるってのもなかなか難しいので
やっぱり遅れてしまうってことが
あるのかなと思います。



そういうので普通の人よりも
失敗とかミスっていうのが
多くなってしまうというのも
この人の特徴なのかなと思います。



また人間関係にしても
会話で切り替えるっていうことが
ちょっと苦手なので
一つの会話から次の話題へっていう風に
切り替えるのが
頭がついていかない時もあります。



話題についていけずに
癇癪を起こしてしまうってことも
もしかしたらあるのかもしれません。



一人だけ何か取り残されたような感じに
思ってしまうこともあるかもしれませんし
小さい子供だったら
自分だけ話題についていけずに
なんでだっていう風に
怒りがこみ上げてくるってことも
あるかもしれません。



自分の力ではどうにもできないことで
脳が切り替わってくれないって
ことがあるからです。



ということで仕事もやっぱり人よりも
覚えるのは遅いですしで
人間関係も作るのも
ちょっと苦手なところもあって
そういう人ってのは嫌われたいとか
怒られたりっていう
そういうことも多いのかなと思います。



というので辛い思いをしているっていう人も
多いのかなと思います。



でもそういう人は
大器晩成型っていう風に言われています。



同時に何かをするっていうことは
すごく苦手なのですけど
一つのことに取り組んだら
ものすごい集中力を
発揮するってことができます。



そういうので一つの分野においては
コツコツと小さいものですけど
積み重ねることができてて
最後にはその分野においては
ものすごい大成功を納めるって事が
出来るのかなと思います。



そういうので学者さんとか
スポーツの分野において
成功する人っていうのも
そういうちょっと不器用で
頭の切り替えが遅い人が
多いのかなと思います。



そういう人は狭く深くってことが得意なので
最初は人よりも不器用で
覚えるのが遅いかもしれませんけど
でも最後には究めることが出来て
大成功を収めるってことができるのです。



そんな感じで
自分が学者肌だと自覚するってことは
とっても大事なことです。



器用に立ち回るってことは
苦手かもしれません。



でもこれだと思う
自分の専門分野を見つけてて
それを深めていくことで
その人にしかできない
大きな成功を収めるってことが
できるようになるのかなと思います。



それがその人の力を発揮できて
存分に活躍できる
そういう分野なのかなと思います。



次に切り替え上手な人の
説明をさせていただきます。



切り替えが上手な人っていうのは
器用になんでもこなすってことが出来ます。



覚えるのも早くて
仕事ができる人ってのも多いでしょう。



頭の回転も速くて
話題を次から次へと
提供するってこともできます。



一つの話題から次の話題へ
また次の課題へって
頭の切り替えが出来るからです。



そういうので
人気者になっている人っていうのも
多いかもしれません。



小さい頃っていうのは
天才っていう風に言われている人も
多いかもしれません。



努力していないのに
なぜか人の倍以上できると思います。



でもそういう人っていうのは
普通の人以上に
ある程度何でもできてしまう
ということがあるので
コツコツ積み重ねて
何かやっていくってことが
とっても苦手なのかなと思います。



それはある程度できてしまうので
それ以上集中して
何かやる必要がないってことで
集中力もつかないってことも
あるのかもしれません。



器用貧乏っていうことで
広く何かできるかもしれませんけど
深める事っていうのは
難しくなってしまうのかなと思います。



ある程度のことはできるけど
それ以上深めていって何かしようとしても
集中力も持たずに
やる気もないないから
やっぱりどうしても浅いっていう風になって
薄っぺらいイメージが
ついてしまうのかなと思います。



そういう人ってのは
集中するってことが難しいというのを
自分で自覚するってことが
大事なのかなと思います。



集中して一つの事を
積み重ねていくって事は苦手なので
広く浅く活躍していくってことが
その人の活躍する場所なのかなと思います。



ここまで説明してきましたけど
器用にできる人ってのはウサギっていう風に
例えることができるのかなと思います。



最初から何でもこなすことができて
努力しなくても
人よりも倍以上に何かができるっていう
そういう天才肌っていうのは
多いのかもしません。



でも何か集中してやるとか
積み重ねてコツコツしていくっていうことが
とっても苦手なので
ある程度はできるかもしれませんけど
でもある程度止まりで
そこから深めていくってことは
苦手な人が多いのかなと思います。



そういう人は広く浅くの分野でもいいから
マルチで活躍していく
それがその人の生きる道なのかなと思います。



逆に頭の切り替えが遅い人っていうのは
初めは覚えるのが遅いかもしれません。



人よりも努力しても
成果が上がらない時もあるでしょう。



でもそういう人は一つの分野を見つけたら
すごい集中力を発揮することができて
誰よりもその分野においては
深めて活躍していけるって事が
あるのかなと思います。



そういうので
不器用な亀さんタイプっていう風に
例えることもできるかもしれません。



ウサギさんタイプにしても
亀さんタイプにしても
どちらも長所もあるし短所もあります。



そういう自分はどのタイプなのかを知って
どういう長所があって
どういう短所があるのかって
そういうの知って
自分らしい生き方をしていくっていうのは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は頭の切り替えが
どれぐらい早くできるのかっていう
そういう割合で
頭の切り替えが器用にできる人と
切り替えが苦手な人のタイプについて
説明させていただきました。



ありがとうございました。


 

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2021年08月30日2021年:8月

自分のタイプを知る① あなたは繊細さんか? どれとも鈍感さんか?

今日は自分のタイプを知るの①として
あなたは繊細さんか?
それとも鈍感さんか?
ということについて
お話ししようと思います。



自分のタイプを知るっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



自分のタイプを知らないと
出来る事と出来ない事っていうのが
わからずにいて
出来ないことまでも無理して
しようとしてしまうってことが
あるのかなと思います。、



また周りの人に流されて
自分の得意ではないことを
一生懸命しようとして
それで出来なくて
自信を喪失してしまうってことも
あるかもしれません。



自分には何が向いていて
何が向いていないのかっていうのを知って
得意なことを伸ばしていく
苦手なことは少し諦めていくってことは
大事なことです。



今日は人の感情をどれくらい敏感に
受け取ってしまうのかっていうことの
タイプを説明して
いけたらいいのかなと思います。



敏感に相手の感情を感じ取れる人と
何にも感じ取れない人がいます。



その割合はどうなのかっていうので
人によって変わってくるのかなと思います。



その割合をグラフで表すと
少しわかりやすいのかな
と思って表してみました。



人の感情をすごく感じ取ってしまう
敏感な人っていうのを0としてて
全然人の気持ちを感じ取ることが
できないっていうのを10とすると
大体グラフでは普通の5の人が多くて
両極端の人は少ないっていう風に言われます。



大体は敏感でも鈍感でもなくて
どちらかといえば3とか4とかの
敏感の部類に入るのかなとか
6とか7でちょっと鈍感な部類に
入るのかなっていう
そういう人がほとんどなのかなと思います。



また0から3とか
それぐらいの部類に入る人っていうのは
だいたいが少数ですけどいます。



そういう人は繊細さんとか呼ばれていて
ちょっと傷つきやすい
すごく相手の感情を感じ取ってしまう
っていうことがあるのかなと思います。



8から10の鈍感な人っていうのもいます。



そういう人もほんと少数だけど
人の気持ちがなかなか理解できないとか
そういう人でいます。



先ほど言ったように大体の人は平均的で
両方持ってるって人がほとんどです。



でも両極端の繊細な部類だけしか
持ってないとか
人の気持ちがなかなか理解できない
鈍感な部類しか持っていない
っていう人がいます。



そういう人っていうのは
普通とは違う感覚を持っているので
何か違和感を感じたり
ちょっとすれ違ったりするってことが
多くなってしまうってことが
あるのかなと思います。



まず敏感な人の説明ですけど
敏感な人っていうのは繊細さんとか
今だったらHSPの人っていう風に
言われることが多いのかなと思います。



騒音とか物音とかそういうことでも
気になってしまうってことがあって
それは性格ではなくて
そういう体質っていう風に言われています。



そういう人は相手の感情にも
敏感に感じ取ることができて
相手の表の感情だけでなく裏の感情も
素早く読み取ってしまうってことがあります。



それでその裏の感情を感じ取ってしまうので
影響を強く受けてしまうってことがあります。



相手の感情を
自分の感情のように受け取ってしまって
その人の感情に支配されてしまうって
こともあるのかもしれません。



そういうので相手の感情を
強く受け取ってしまうことがあって
必要以上に傷ついてしまうって
こともあるかもしれません。



相手の言動に強く
左右されてしまうってことがあります。



そういう人っていうのは自分は大体後回しで
相手が優先っていう人が多いのかなと思います。



それは自分が傷ついた経験があって
痛みがすごくわかるからってこともあります。



そういう人で困ってる人を見ると
見捨てられないってことがあって
必要以上に自分を犠牲にして
相手を助けてしまうっていう
そういう人も多いのかなと思います。



また相手の感情にも敏感に
察する事っていうのができるので
人の気持ちに寄り添うっていうことが得意です。



そういう意味でカウンセラーとか得意ですし
また相手の感情を強く読む
ということができるので
スピリチュアルな能力も
もしかしたら持ってるって事もあるので
占い師なんかも得意な分野なのかなと思います。



人の援助を進んでやるっていうことから
看護師なんかも向いているのかもしれません。



そういう風に敏感な人の職業として
誰かの役に立つとか
誰かのお世話をするとか
そういうことが得意なのかなと思います。



敏感な人っていうのは
小さな変化にも感じ取ることができて
誰々が髪を切ったとか
ちょっと痩せたとか背が伸びたとか
そういう些細な変化でも感じ取って
それを伝えることができるのかなと思います。



また映画とか芸術とかそういうもので
強く感動したりすることが
できるのかなと思います。



映画でのその相手の感情に
移入しやすかったりとか
芸術でも作者の感情に移入して
その人の思いを感じ取ることができたりとか
そういう風な能力も
長けているのかなと思います。



また人の感情を感じ取ることがあるので
人混みが苦手っていうこともあるでしょう。



騒音も苦手ということもあって
普通の人よりも疲れてくるってことが
あるかもしれません。



敏感な人は必要以上に
相手の感情を読み取ってしまうので
一人の時間を取って
十分にリラックスするってことが
大事になってきますし
相手の距離をとっていくってことも
必要になってくるでしょう。



心理的な距離も必要ですし
物理的な距離もとっていくってことも
もしかしたら必要になってくるかもしれません。



また同じ繊細な人の仲間の中にいることで
癒されていくってこともあるでしょう。



普通の人とか鈍感な人の近くにいると
どうしても影響受けてしまって
疲れてしまうってことがあるからです。



そんな感じで繊細な人っていうのは
傷つきやすいから
自分を癒すっていう時間を
取っていくことも大事になってきます。



次に鈍感な人の解説をさせていただきます。



鈍感な人っていうのは
人の気持ちを理解するってことが
難しいっていう人もいます。



なのでそんなに悩まないって人も
多いのかなと思います。



もしかしたらジャイアン的な感じで
自分を優先しがちっていう人も
多いのかもしれません。



また自分を優先するってことで
自分に合わせて欲しいってことで
無理に攻撃的になって自分の方向へ
相手を向かそうとするってことも
あるのかもしれません。



そういう意味で繊細さんとは違って
自己中になりがちになってしまうって
こともあるのかもしれません。



また空気が読めない
相手の感情を読めないので
場違いなことをしてしまって
相手を不快にしてしまっているって事も
気づかないうちにあるのかもしれません。



そうやっていつのまにか
嫌われてしまうってことも
あるのかもしれません。



自分の意図してないところで
相手から何か嫌われるって事もあって
損をしてしまうってことが多いでしょう。



でも鈍感な人が表立って活躍していくとしたら
堂々としているので
自分の意見をハッキリと言うことができます。



自己主張が強くて
相手に流されないってことがあるからです。



リーダーシップを取って相手を導いていく
いろんな人を引っ張っていく
ってことが得意な人もいます。



また商売上手っていうことがあって
お客さんにいくら断られたとしても
立ち向かう強さがある人も多いです。



諦めないという意味では商売上手で
どんな商売でも繁盛させていく
力強さがあるでしょう。



普通の人では折れてしまうようなところでも
力強く諦めずに
やっていくってことが得意な人もいます。



相手にも流されないと言うので
偉大なリーダーになる人もいますし
大企業の社長さんなんかも
そういう相手の気持ちを読めない
鈍感な人っていうのも多いのかもしれません。



そういう人じゃないと
社長とかリーダーになれないってことが
あるのかもしれません。



自分の行きたい方向をバシッと決めて
私はこっちの方向で行くんだって決めて
みんなを導いていくっていうことに関しては
鈍感な人じゃないとできないのかなと思います。



敏感な人と鈍感な人の説明をしてきましたけど
このように両方とも
長所もあれば短所もあるし
出来る事もあれば出来ないこともあります。



それで自分の出来ることと
出来ないことを知ったうえで
自分に合った生活をしていくってことは
とっても大事なことです。



また繊細な人が特にそうですけど
生きづらさを持っているって事が
あるのかなと思います。



人とはちょっと違ったものを持っているので
理解し難いものがあって
それは性格もあるかもしれませんけど
自分の体質が原因である場合が多いです。



そういう自分の体質とか
自分がどういうものを
持っているのかっていうの知って
きちんと対処をしていくってことが
大事になってきます。



繊細さんは繊細さんなりの
対処方法がありますし
鈍感な人は鈍感な人の
自分の活かし方があって
サポートの仕方ってのも
また違ってあるのかなと思います。



そういうのを知って
きちんと自分らしい生き方を
見つけていくってことが
これから必要になってくる



だから自分がどういうタイプなのかって
いうのきちんと知っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日は自分のタイプを知るっていうことで
どれくらい相手の気持ちを
感じ取ることができるのかについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年08月23日2021年:8月

罪悪感が強い人 すぐに自分が悪いと思ってしまう人へ

今日は罪悪感が強い人
すぐに自分が悪いと思ってしまう人へ
ということでお話ししようと思います。



僕たちは罪悪感がないと
すぐに相手のせいにしてしまう
っていうところがあります。



自分が悪くないって思っている人は
反省もしないから
当然全て相手のせい
相手が悪いっていう風にしてしまいます。



自分が悪くないんだ
何かあったら相手が悪いんだっていう風に
してしまうことがあります。



そういう意味で
適当な罪悪感というのは
必要な場合もあります。



何か間違いを起こすとしたら
自分が悪かったかもしれないっていって
反省して次回に生かそうとするってことは
大事なことだからです。



でも強すぎる罪悪感とか
大きすぎる罪悪感っていうのは
逆に自分を苦しめてしまうってことがあります。



ずっとずっと罪悪感を
持ち続けてしまうっていう人がいます。



そういう人は心の中で何回も何回も
自分は最低な人間だ
自分はバカな人間だ
なぜあの時にあんなことを
してしまったのだっていって
自分で自分を罰し続けて
苦しみ続けているって言う人がいるのです。



でも残念ながらいくら自分を責めたとしても
後悔ばかりでなんの解決策にも
繋がらないってことがあります。



自分を責めている時っていうのは
建設的に何かを考えるって事ができずに
ただただ自分を責めて
罰するっていう事だけしかしていないので
次につなげようとか
新たな対策を立てようとか
そういうことを考える余裕がないのです。



そういう落ち込んでる人がいると
当然周りの人もなだめたり励ましたりして
気を使わなければいけなくなってしまいます。



多少だったらそういうことをしても
大丈夫でしょうけど
ずっとずっと落ち込んでいる人を前に
何を言っても、なだめたりしても
聞かない人がいたとしたら
すごく悪影響を及ぼしてしまう
のではないのかなと思います。



そういう罪悪感を持っている人っていうのは
自分を責める癖っていうのが
あるのかもしれません。



ちょっとしたことでも
全て自分が悪いんだということで
自分を責めてしまうっていう
そういう癖があるのかもしれないのです。



自分を責める癖がついてしまう原因として
色々あるかもしれませんけど
その一つとして
誰かに責められてきた経験が
あるって事もあるでしょう。



本当は自分が悪くなくても
お前が悪いんだという風に責められて
自分のせいにされた
悲しい経験があるのかもしれません。



世の中には罪悪感を巧妙に
植え付けてくる人もいるのです。



すぐに環境のせいにしたり
周りのせいにしたり
誰かのせいにするっていう
そういう人のせいにする人がいるのです。



そういう人に捕まってしまうと
言われのない罪悪感を
植え付けられてしまうってことがあるのです。



それを真に受けて
本当は自分が悪くないことでも
自分が悪いんだっていう風に
思い込まされてしまうってこともあるのです。



そういう人に捕まってしまうと
相手の問題までも
自分が解決しなければいけないっていう風に
思い込まされてしまうっていう
ところがあるのです。



巧妙に罪悪感を植え付けてくる
っていうことがあるのです。



例えば会社でも起伏の激しい上司や
感情的に怒る上司がいたとします。



そういう人が機嫌が悪くなってしまうと
自分が何かしたのではないのか
という風に思ってしまうというところが
あるかもしれません。



現にその機嫌が悪い人っていうのは
自分に対して
当たりがきつくなるって事もあります。



でもその上司が機嫌が悪いっていうのは
もしかしたらその上司が
家族で何か嫌なことがあって
機嫌が悪くなったっていうことも
あるのかもしれません。



それはほとんど自分とは
関係ないことなのかもしれませんけど
そういう機嫌が悪い人の前に立つと
緊張状態になってしまって
冷静に考える事っていうのも難しいでしょう。



そういう人から何か怒られたりすると
本当は自分には関係ないところで
あったとしても
自分が何かしたのではないのかっていう風に
思ってしまうっていうところが
あるのかもしれません。



また自分の家庭内の中においても
お母さんが会社で
何か嫌なことがあったとします。



そういうのですごく不機嫌になってしまって
それを家に持ち帰って
イライラしてしまってるって事が
あるのかもしれません。



でもそのイライラは
お母さんが会社で嫌なことがあった
っていうのは考えることができずに
自分が何か悪いことしたから
お母さんが不機嫌になってしまっているのだ
っていう風に自分に原因があるって
考えてしまうってことがあります。



お母さんの感情がどんな風にして
不機嫌になったのかっていうのを
子供のうちは読むことができないのです。



そしてお母さんの言うことは正しいし
お母さんのやってることは正しい
間違っているのは自分だっていう風に
思い込んでしまうことがあるのです。



そんな感じで身勝手な人や
罪悪感を押し付けてくる人から
責められ続け、お前のせいだって風に
されてきたっていうことも
あるのかもしれません。



でも自分だけが悪いわけではないのです。



当然相手にも悪いところがあります。



でも罪悪感を押し付けてくる人から
お前のせいだっていう風に言われ続けて
そして利用されてきたのかもしれないって
いうのを疑ってみるってのは
とっても大事なことです。



そういう意味でも
相手の問題と自分の問題を
見分けるっていうのは
とっても大事なことです。



相手の問題までも自分の問題っていう風に
してしまうところがないのかっていうのを
考えてみる必要はあるからです。



相手の問題は自分のせいではないし
自分が解決する問題でもないのです
相手がきちんと解決しなければ
いけないものでもあるのです。



そういう罪悪感を押し付けてくる人がいて
そういう人に捕まった時に
相手の問題だった突き放そうとすると
何か言ってくるかもしれません。



今まであんだけしてくれたのに
なぜ見捨てるのだ
薄情な人間だという風に
言われるかもしれません。



でもそれを受け流すっていうことは大事で
必要以上に世話を焼かない
相手が解決する問題は
相手に任すってことは大事です。



そうじゃないといつまでたっても
利用され続けるって事があるからです。



そうやって適度な距離を
とっていくってことは大事で
相手の問題っていうのは放っておく
そうすることによって
ちょっとずつ罪悪感というのも
減ってくるのではないのかなと思います。



相手から利用されるって事も
減ってくるではないのかなと思います。



今日のまとめとして
罪悪感を強く持ってしまう人や
ちょっとしたことで自分を責めてしまう
という癖を持っている人がいたとしたら



そういう人はもしかしたら誰かから
本当は相手のせいであるはずなのに
それを自分のせいにされた。



そういう風にして
誰かから罪悪感を植え付けられた
経験があるのかもしれませ
巧妙に罪悪感を植え付けてくる人
っていうのは中にはいるのです。



そういう人は相手の問題までも
自分のせいにされてしまうってことがあるので
気を付けなければいけないのです。



相手の問題と自分の問題というのを
きちんと見分けるってことが大事で
相手の問題は相手が解決する問題であって
自分が解決しなければいけないものではない
っていうに思うことは大事です。



そうやって相手の問題と
自分の問題を見分けて
心理的にきちんと距離をとっていくって
ことはとっても大事なことです。



最初は距離を取ろうとすると
何かひどいこと言ってくるかもしれません。



お前は人でなしだとか
薄情な人間だという風に
罪悪感を植え付けようと
してくるかもしれません
そういう人から何か言われても
受け流すってことも必要なってきます。



自分だけが悪いわけではないのです。



相手にもきちんと責任がある
そういうことを考えることによって
罪悪感を減らしていけるのかなと思います。



そんな感じで
相手の問題を解決しようとしてしまうと
すぐに利用されて
罪悪感を植え付けられてしまうってことにも
繋がってしまうので
心理的な距離をとっていくってことは
とっても大事なことです。



今日は罪悪感について
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年08月16日2021年:8月

AかBか迷った時に知ってほしいこと

 

今日はAかBか迷った時に
知ってほしいことということについて
お話ししようと思います。



人生においては
学校選びや会社選びや結婚相手を選ぶなど
重要な選択を迫られる時が
あるのかなと思います。



そういう決断ひとつで
大きく人生は変わってしまうのではないか
という風に思ってしまうというのも
あるのかなと思います。



決断するっていうのは
とっても怖いことで痛みを伴います
なぜなら決断するっていうことは
他の可能性を全て捨ててしまう
ということでもあります。



会社だとしたら
Aの会社を取ったとしたら
Bの会社、Cの会社の可能性を
すべて捨ててしまうってことでもあります。



それはとっても苦痛な時もあります。



当然、AにしようかBにしようかっていう風に
迷うこともあるはずです。



どっちも捨てがたいってことがあって
簡単には決められるものでは
ないのかなと思います。



そういう時は人生ってのは山登りと一緒で
どのルートを通ったとしても
行き着く先は一緒
という風に考えていくと
いいのではないのかなと思います。



必要なものは
どのルートを取っても出てきます。



与えられる幸せであったりとか
必要な課題であったりとか
そういうものからは
どのルートを通っても
逃れられないっていうのがあります。



例えば会社選びでも
どの会社を選んだとしても
つまずくところは一緒っていうことがあります。



人間関係でつまづくとしたら
それはどの会社に行っても
同じようなところで
つまずくってことがあります。



必要な事っていうのは
必ずそこで起こるのかなと思います。



そこで乗り越えなければいけないものだったり
自分で気づかなければいけないものだったり
そういうものはどの会社に行ったとしても
必ず出てくるものなのかなと思います。



当然、結婚相手でも誰を選んだとしても
必要な課題っていうのは出てきます。



そういうのは乗り越えるまで
ずっと出てくるものなのかなと思います。



相手を変えればいいっていうものでは
ないのかなと思います。



たとえこの人はダメで離婚して
また新しい人を選んだとしても
同じような課題に直面するってことは
よくある話です。



だから誰を選ぶかということも
必要なのかもしれませんけど
そこで出てきてる課題に
どう向き合うのかっていうのは
それ以上に大切なことなのかなと思います。



もう一つ重要な事っていうのは
誰かに決めてもらっていませんか?
ということがあります。



自分で決断するっていうのは
とっても怖いことでもあります。



これで合ってるのか
もしかしたら間違ってしまうのでは
ないのかっていう不安は
出てきて当然でしょう。



そういう時に
親に決めてもらうであったりとか
あとは占いで決めるっていう人も
いるのかもしれません。



でも大事なことっていうのは
色んなアドバイスを聞くっていうのは
良いことですけど
でも最終的には自分で決断したか?
というのが大事になってきます。



誰かに決められたことをやったとしても
それが正解だったとしても
後で後悔するってことは
出てくるのかなと思います。



それがもし失敗だったとしたら
相手のせいにして
ずっと相手を恨み続けるって事も
あるかもしれません。



自分で選んで自分で責任を取るっていうことが
誰かに決断してもらうとできずにいます。



あっちの方がよかったって思ったとしても
変更する事っていうのはできません。



過去に戻ってあの時の決断を
違う決断にするってことは
もうできないのです。



だったらその道に集中するってことが
大事になってきます。



もしメニューでカツ丼とカレーがあって
カツ丼を頼んだとしたら
もうカレーのことは頭から
スッパリと抜け出して
カツ丼に集中するっていうことが
大事になってくるのかなと思います。



この道が正解かどうかっていうのは
過去に戻ってどっちの道が
良かったのかっていうのを
比べることなんて絶対に出来ません。



二つの道を比べるって事はもう不可能なのです。



正解かどうかなんていうのは
永遠に分からないものです。



だとしたら答えがわからない以上
この道が正解だっていう風に
自分で信じ込むってことも
必要になってくるのでしょう。



そうするとこの道に集中できるって事が
あるのかなと思います。



無理矢理にでもこの道でよかった思って
この道を信じて続けるって事も
必要になってくるでしょう。



その延長線上で
過去の選択においても
いろいろあったかもしれませんけど



辛いこともあって、苦しいことも
たくさんあったかもしれませんけど
あれはあれでよかったって
思うことができたとしたら
過去が全て肯定されて
幸せになれるのかなと思います。



結局は迷ったらどっちでも良い
という風に結論付つけられます。



なぜなら何を選ぶかよりも
自分で決断したか
そしてその道に集中できるかって
いうことの方が大事だからです。



結局はどの道を選んでも
必要な課題ってのは出てきます。



だったら自分で決めること
決めたらその道に集中することが大事です。



今日のまとめとして人生っていうのは
決断の連続でもあります。



大きな決断をすることというのは
決めるのは苦痛な時もあるでしょう。



これで本当に良かったのか?
正解なのかっていう風に
心配することも出てくると思います。



それは他の可能性を捨ててしまうって
ことにも繋がるからです。



あっちにしておけばもっと良い人生に
なったのではないかっていう風な
可能性を捨ててしまうことでもあります。



だから当然AかBか
迷ってことも出てくるでしょう。



でもそういう時はどのルートを選んでも
行き着く先は一緒っていう風に考えると
少し選ぶのも楽になるのかなと思います。



必要な課題は必ず出てきます。



どのルートを選んだとしても
課題は出てくるものです。



そしてAかBかどっちが良かったっていう風に
比べる事っていうのは絶対に出来ません。



Aを取った時点で
Bのルートはもう消えてしまうので
二つを比べることなんていうのは
できないのです。



正解は分からない
だったとしたらこの道が正解だって
自分で勝手に信じ込むってことも
必要になってくるでしょう。



ということで
僕たちはAかBか迷う時は
たくさんあるかもしれませんけど
どの道を選んでも
結局は必要な課題は出てくるし
行き着くゴールも一緒っていうことで
どの道を選んでも
一緒ってことがあります。



でも大事なことは親に決めてもらうとか
占いで決めてもらうとか
そんなんではなくて
最終的には自分で決断したか
そして決めたらどれくらいその道で
集中するのかっていうことが
大事になってきます。



というわけで
今日はAかBか迷った時の対処方法として
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。



 

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2021年08月09日2021年:8月

ZOOM飲み会 終了

昨日は恒例のZOOM飲み会を
無事に開催することができました。
僕を含めて5人の方が参加してくださいました。
 
 
 
コロナが広がってきていて
直接集まれる場所がなくなっても
こうやってネット上での交流で
やり取りができるというのはいい事です。
 
 
 
昨日は皆さん、遅れての参加となって
みんな集まったのが9時過ぎということです。
時間に関してはゆるくいっているので、
途中に抜けたり、途中に入ったりと
自由にしていただけたらと思っています。
 
  
 
それぞれがいろんなことをやっていて
活動的だと思いました。
日本拳法をはじめた人もいて
この暑い中ですごいなと思います。
 
 
 
その話を聞くだけでも
刺激になっていて
やっぱりいろんな話を聞くのは
自分にとっても貴重な時間だと思います。
 
 
 
あとは、今の話題でコロナについての
話をしていました。
愛知県の人もいるので、
福井だけでなくて、
外の情報も聞くことが出来ます。
 
 
 
みんな、そんなに心配はしていないようで
広がっていると言っても
死者も減っているので
注意することは大事ですけど、
必要以上に怖がってしまうということは
ないように思えます。
 
 
 
情報がたくさんあって
何を信じていいのか分からない
というのもあると思いますけど、
たくさんの人の意見を聞くことによって
ちょっとでも真実に近いところに
行けるのではないかと考えてします。
 
 
 
こうやって危機的な状況だと
やっぱり人とのつながりは
大切になってくるなと思います。
 
 
 
なので、これからも続けていこうと思っています。
もっと盛り上げていけたらいいので、
ちょっとでも興味があるのでしたら、
思い切って参加してほしいなと思います。 
 
  
 
次回は
ZOOM飲み会
9月10日(金)20時~
参加費 無料
 
皆さんからの参加をお待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。


 

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2021年08月07日2021年:8月

寝ても休んでも疲れが取れない人へ

 

今日は寝ても休んでも疲れが取れない人へ
ということについて
お話ししようと思います。



カウンセリングに来られる人で
うつ病を患っていて
1ヶ月や2ヶ月ぐらいずっと寝ているのに
全然疲れが取れない
こんだけ寝ているのに疲れが取れない
っていう人がおられます。



そういう人に向けてちんと休むための方法を
語っていけたらいいのかなと思って
この動画を撮らせていただきました。



僕たちはきちんと寝ているとか
きちんと休んでいるつもりでいても
体がしんどい疲れが抜けない
っていう時があるのかなと思います。



周りの人もあれだけ休んでいるのに
ボーっとしてるのに
何もしていないのに
なんで元気にならないのかな
なんで疲れが溜まっていて
いつもしんどそうにするのかなっていうふうに
不思議がることがあるのかなと思います。



そしてそういうので誤解されることが
多いのかなと思います
それは体は十分休めているはずだと思います。



でも頭の中でグルグルと考えすぎていて
それで疲労が回復していかない
ということがあるのです。



心配事だったり不安だったり
自己嫌悪っていうことがあると
体は休めていても
脳がフル回転してるような状態に
なってしまうのです。



仕事とか家庭とか友達関係とか
そういうことで不安がって
考えてしまうってことはあるのかなと思います。



そういうのは大抵寝ていても
ずっと考え続けてしまうとか
食事していてもその悩みをもってしまって
集中して食事を楽しめないとか
そういう感じでずっと悩みの中に
いるような状態なのかなと思います。



そういう悩みがある状態っていうのは
脳ていうのは高速回転している状態なのです。



そんな状態で回復するわけでもなし
エネルギーを消費してしまうってことが
あるのです。



それで疲れが取れないってことが起こるのです。



脳のストレスっていうのは
自律神経を通って
全身に影響してしまうってことがあります。



自律神経っていうのを
簡単に説明させていただくと
文字通り自分の力では
コントロールできない神経のことを言います。



手とか足とか目とかは
自分の力でコントロールできると思います。



でも内蔵であったりとか
36.5℃を保つ基礎代謝とか
そういうものっていうのは
自分が意識していなくても
勝手にコントロールしていくものだと思います。



それが自律神経って事だと言われています。



そしてその自律神経にも2種類あって
交感神経と副交感神経ってものがあります。



まず交感神経ですけど
これは車で言うアクセルを意味するもので
運動や仕事など
活発的に活動するための神経です。



何か行動を起こそうとする時には
緊張状態になって
すんなりと行動に移せるってことがあります。



そういう活発的になっていくということが
交感神経ではあるのです。



逆に副交感神経というのは
車で言うブレーキの状態にあたります。



交感神経でアクセルで
どんどんとスピード出していたとしたら
副交感神経ではブレーキで
徐々に徐々にスピードを下げていく
ということがあります。



例えば食事している時とか
お風呂に入ってる時とか睡眠とか
そんな状態をしてリラックスしたり
癒しとか回復に向けてやっていくのです。



そういうのはバランスが大事で
交感神経である
適当な活動をしていくってことも
大事ですし
副交感神経の適度な癒しってことも
大事になってきます。



そういうのは本当にバランスが大事で
交感神経だけが
優位になってしまってもダメだし
副交感神経でリラックスしてばっかりいても
ダメってことがあります。



両方とも適度にやっていくってことが
大事になってきます。



でも今は交感神経が優位になりがちな
世の中になってしまっているのかなと思います。



ストレスや考え事を
抱え込んでしまってるってことが多い状態で
頭を常に緊張状態になって
しまってることがあります。



そうなっていると本来ならリラックスしたり
癒しとか回復をしなければいけないような
場面だったとしても
活動モードになってしまって
ずっと緊張状態が続いてしまうってことが
起こってしまうのです。



リラックスができないと当然
体が回復するってことができません。



疲れが取れないってことが起こるのです。



そんな感じでまず体も休むのも大事ですけど
頭を休むってことを意識するってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



そうじゃないと体をいくら休めても
頭が休まっていなかったら
回復していかないってことがあるからです。



それで頭を休める方法で
マインドフルネスというのは
効果的だと言われています。



瞑想したり
今やってることに意識をする。



没頭するということで
今に集中していくってことです。



食事をするなら
他の事は考えずに食事にだけ集中するとか



お風呂に入るんだったら
なるべく考えないようにしてリラックスして
お風呂のその湯の温度を味わったりとか



マインドフルネスで
集中してやっていくってので
頭を休める効果として発揮していきます。



また一人で悩みを抱え込んでしまっている
人がいたとしたら
そういうのは悶々としてしまう時間が
長くなってしまうのかなと思います。



一人で考え込んでいても
解決につながるってことは少ないと思います。



ずっと考え続けてしまって
眠れない日々を送ってしまうって
こともあるのかもしれません。



そういう時は
誰かに聞いてもらうってことは
とても有効な手段です。



一人でずっと考えてしまってると
グルグルと行ったり来たりって
同じとこを回ってるだけですけど
誰かに聞いてもらう
それだけでもそのグルグルが
解決していくってことがあるのです。



そうやって休んでいても
なぜか疲れが取れないっていう時は
脳が緊張状態になっている
かもしれないというのを
疑ってみる必要はあります。



脳が緊張状態になっているときは
交感神経が優位になってしまっているので
副交感神経を優位にするために
リラックスを意識してやるって事は大事です。



そうじゃないとずっと疲れがとれなくて
体を休んでるのに
回復して行かないってことがあるからです。



ありがとうございました。





 

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2021年08月02日2021年:8月

自信がないのはあなたが悪いわけでなく周りの人の言動が原因

今日は自信がないのは
あなたが悪いわけではなく
周りの人の言動が原因だった
ということについて
お話ししようと思います。



僕達っていうのは自信があるって
言える人っていうのは
少ないのかなと思います。



自分のことが大好きだったり
自分には自信があるって
言ってる人っていうのはとっても少ないです。



ではなぜ自分に自信がないのか
というのを考えていく必要があって
自分がダメな人間だから
ダメな自分は自信を持つに値しないって
思ってる人がいたり



自分には能力が無く
人に優れるものはないという風に
思っていたりするのが原因で
自分には自信がないって思って人が
多いのではないのかなと思います。



でもよくよく考えてみる必要が
あるのかなと思います。



それはたとえ能力が全然なくて
欠点がたくさんある人であっても
自信満々に振る舞ってる人っていうのも
多分周りで一人は見当たりのでは
ないのかなと思います。



逆にすごく仕事もできて優秀で
皆から賞賛をされているのに
なぜか自信がなさそうに見えて
なんかちょっと残念な人っていうのも
多分周りの人に一人はいるのでは
ないのかなと思います。



そういうことを見ていくと
能力があるとかそういうのは
自信には関係ないっていう風なことが
言えるのではないのかなと思います。



そういう勘違いをしている人っていうのは
多いのかなと思います。



自分に自信というのは
周りの人の言動っていうのが
大きいのではないのかな
という風に考えています。



例えばテストで30点でも
周りの人に認められて
褒められたりしている人っていうのは
自信を失われずに済むのかなと思います。



でも逆に90点とか100点とか
すごい高点数を取っている人で
あったとしても



周りから認められないとか
もっともっとできる
頑張れってハッパをかけられて
プレッシャーに感じてる人っていうのは
なかなかそれを自分の自信に持つってことは
できないでいるのかなと思います。



そんな感じで
自分の自信があるなしっていうのは
周りの人の否定とか肯定っていうのに
大きく左右されてしまうのではないのか
なっていう風に思っています。



生まれた頃の小さい赤ん坊で
自分には自信がないって
思って生まれてくる人っていうのは
いないと思います。



どこかで自分に
どれくらいの価値があるかっていうのを
誰かに教えてもらったってことが
大きいのかなと思います。



そして自分の価値っていうのは
誰かに決められてしまって
それをずっとずっと
信じてしまっているって事が
あるのかなと思います。



その価値ですけど
正当な評価が出来な人ってのもいるのです。



骨董品などすごく価値があると思っていても
でもそれは見る人から見ては
価値があるかもしれませんけど
全然価値が分からない人にとっては
ガラクタでただのゴミに見えてしまうって
こともあるのかもしれません。



これと同じように
あなたがどんなに素晴らしい価値を
持っていたとしても



それが見えない
価値が分からない人にとっては
あなたの価値ってのは無いに等しく
見えてしまったり



もしかしたら
ガラクタに見えてしまってる人っていうのも
いるのかもしれません。



そういう人に残念ながら
あなたの価値は全然ない
少ないのだっていう風に
判断されてしまったとしたら
それはとっても残念なことなのかなと思います。



特にその両親とか学校の先生とか
そういう身近な人っていうのを
絶対的に信じてしまうってことは
僕たちはあるのかなと思います。



一度信じたものっては言うのは
大人になってからも
信じ続けてしまうってことがあるのです。



だからこそ判断されてしまった
信じているものっていうのを
一回疑ってみるっていうのは
とっても大事なことなのかなと思います。



条件に今まで信じてしまったことの中で
本当は間違っているということも多いからです。



ということであなたに自信がないのは
あなたの価値っていうのを
見る目のない人から
悪い評価をされた
判断されてしまった
ということがあるのかもしれません。



自分は何でダメな人間だ
自分はなんて価値がない人間なんだって
いう風に思い込まされて
しまったってことはあるのです。



でも価値がわかる人
価値を正しく見ることができる人から見たら
誰もが素晴らしい価値を持っている
価値がない人なんて
いないのではないのかなっていうのはあります。



みんなみんな素晴らしい
どこか長所を持っているって事が
あるのかなと思います。



ということで
今日のまとめとして
自分に自信がないっていうのは
自分に能力がないから
自分には良いとこがないから
自分はダメな人間だからっていう風に
勘違いしてしまってるって事が
多いのかなと思います。



そうではなくて
周りの人の評価で
もしかしたら
あなたは価値が分からない人から
過小評価されてしまったってことがあります。



それで自分にはなんて価値がないのだ
自分はなんてダメな人間なんだっていう風に
思い込まされて
自信をなくしてしまってるって
事があるのかもしれません。



それは価値が分からない人がいて
どんなに価値があったとしても
ガラクタに見えてしまう人がいます。



そういう人から
判断されてしまったってことがあるので
そういう人から言われた事っていうのを
信じてはいけないってことがあります。



本当は価値があるのに
本当は素晴らしいものを
たくさん持っているはずなのに
それが正当に評価されなくて



あなたは何でダメな人間だって
言われ続けてしまうと
どんな人でも自分はダメな人間だって風に
思ってしまいます。



それで自分はダメな人間だっていう風に
自信を失っていた
自信を失わされてしまっていたって
いうことがあるのかもしれません。



自分に自信がないっていうのは
自分の原因じゃない
自分に責任があるわけではなくて
周りの人の言動
周りの人の評価ってのが
原因だったってことがあります。



だから自分に自信がないっていうのは
自分がダメな人間だっていう風に
思い込まされてきたってことがあるので
周りの人の言動を疑ってみるって事は
とっても大事なことです。



そんな感じで
自信がないのは自分の責任ではない
周りの人の言動が
たまたま評価されなかっただけだって風に
考え直しをするっていうことだけでも



自分に自信を失ってしまった原因ってのが
分かるというのがあるので
大事なことなのかなと思って
お話させていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月26日2021年:7月

自信をつける方法② 自己受容 受け入れることで自信が回復する

今日は自信をつける方法の2番目として
自己受容
受け入れることで
自信が回復するということについて
お話ししようと思います。



前々から言ってるように
自信をつける方法として
優れた人を目指すとか
人よも何か特別な能力があるとか
人も何かできることが増えるとか
そういうのを目指すっていうのは
とてもハードルが高いことです。



そうじゃなくてダメな自分がいたとしたら
そういうのを思い切ってさらけ出す
そしてそのダメなところを受容する
受け入れていく
そういう自信をつける方向
っていうのもあるのです。



僕たちがなぜ自信を
なくしてしまうのかと言うと
自分をダメ出しするってことも多いと思います。



自分を責めてばかりいると
自信なんて持つことって難しいと思います。



受容するっていうのは
ダメな自分を好きになるって事ではなくて
ただただ受けれていくっていうことです。



これはちょっと誤解しやすい所が
あるのかなと思います。



ダメな自分を大好きになるわけでもないのです。
ただ受け入れるって言う事です。



受け入れるって言うのは
ダメなところを許すであったり
良い意味で諦めるっていうことでもあります。



それはマイナスをプラスに
持っていくのではなくて
ゼロの地点に持っていく
っていうことでもあります。



しょうがないかっていう
そういう心境なのかなと思います。



開き直りでもういいやって感じで居直ったり
もうダメでもしょうがないということで
降参していくということでも
あるのかなと思います。



ダメとなっている部分が
しょうがないとなる
ダメがまあまあいいか
ダメが良いに変わることによって
少し受け入れることが
できるようなるのかなと思います。



そうやって受け入れることができるようなると
自分を責めなくなる
自分を嫌いなるって事が
少し減っていくのかなと思います。



そうすると自ずと自信っていうのは
失われずにすむのかなと思います。



もしこんな自分なんてダメだ
なんてことしてしまったんだとか
そういうことを思ってしまう時が
あったとしたら
まあいっかで変換する
そうすることで
少し自分を受け入れるって事が
出来るのかなと思います。



そういう「まあいいか」というのを唱えていく
それも一つの受容するための方法だと思います。



こんな自分はダメが
まあいっかに変わるだけで
ずいぶんと楽になっていくと思います。



自分を責めるのは自分だけである
誰も責めていません。



勝手に自分で自分のことを責めて
勝手に自信をなくしてしまってる
という事が多いのかなと思います。



ダメな自分を許せたりすると
相手の駄目な部分っていうのも
許せるようになります。



そうすることによって
心が広くなっていく
っていうのもあるのかなと思います。



こんなダメな自分でもいいか
と思えることができたとしたら
相手のちょっとした欠点とか
そういうのも自分もできていないから
相手もできていなくてしょうがないか
という風になって許せることが
あるのかなと思います。



もっともっと自分に甘く
生きていてもいいのかなと思います。



自分のできないとことか
弱いこととか情けないところを許して
意味で諦めていけたら
自分に優しくなって
楽に生きていけるように
なるのかなと思います。



もう出来ないことは出来ない
良い自分になんてなることなんて
できないですし
なる必要ももしかしたらないのかもしれません。



僕たちは人間だから
強いところもあれば
素晴らしいところもたくさんあると思います。



でも弱い部分もたくさんあるし
ダメな部分もたくさんあるのです。



そういうのを受け入れていくってことは
とっても大事なことです。



もしかしたら
僕たちは自分の器以上に
なろうとしていたところも
あるのかなと思います。



できないところを許せなくて
必死に自分以上の基準を高くして
出来ないところを直して
出来る自分にならなければいけないって
思っていたところもあるのかもしれません。



そういう自分の器以上のことをしようとして
それが出来なかったら
なんて自分はダメな人間だ
というふうに落ち込んでしまうって事が
あったのかなと思います。



でも僕たちはほんと人間だから
大した事なんてできません
弱いところもたくさんあるし
情けないところもたくさんあるし
醜いところもたくさんあります。



そういうダメのところを持っているというのが
どうしても人間としてあるのかなと思います。



それが僕たちの限界でも
あるのかなと思います。



だからこんなダメな自分でも
もうしょうがない
受け入れることができたとしたら
それで自分を責めなくなって
自信というのが
少し回復していくのかなと思います。



自分を責めている
こんな自分なんてダメだって
ダメ出ししていることが
自信をなくす原因となっているからです。



ということで自信っていうのは
ダメな自分を良い自分にしようとする
ということではなくて



自信というのは失ってしまっている
ということがあると思うので
失った自信というの回復していく



つけるものではなく
回復するものだって風に考えることが
自信をつけるための方法として
良いのかなと思います。



今日のまとめとして
ダメな自分を受け入れていくっていうことは
好きになることではないです。



そのダメな自分を大好きになったり
ダメな自分を認めていくことではなくて
ただただ諦めて許していくこと
しょうがないっていうふうに
諦めていくということです。



人間である以上
良い自分なんてなれないのかなと思います。



ダメなところもたくさんあるし
醜いところもたくさんあります。



弱いところもできないことも
たくさんあります。



それが人間としての限界なのかなと思います。



そういう良い自分になろうとするとか
ダメな自分を変えようとかするのではなくて
ダメなところを許して



まあいっか
しょうがないかっていう風に
受け入れていく
諦めていくってことが
大事なのかなと思います。



そうすることによって
自分を責めるって事が少なくなって
失った自信ってのが
回復していくってことが
あるのかなと思います。



自信というのは
ダメな自分を克服して良い自分になろうとか
人よりも優れた人になろうとか
何か一人もできることを増やそうとか
そうやって頑張ってつけるものではなくて



失っていた自信っていうのを
回復していくってことが大事になってきます。



自信というのはつけるものではなくて
回復していくものなのだって風に
考えていただけたら
ちょっとは自信というの
簡単に取り戻せるのかなと思います。



今日は自信をつける方法の2番目として
自己受容
受け入れることで
自信を回復することができる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月19日2021年:7月

自信をつける方法① 自己開示 さらけ出すことで重荷を下ろせる

今日は自信をつける方法の①として
まず自己開示
さらけ出すことで
心の重荷を下ろせるということについて
お話ししようと思います。



僕の思う自信のつける方法として
人よりも何か優れてるものがあるとか
人よりも何かができるとか
そういうことをして
自信をつけようとするっていうのは
もろい自信という風に考えています。



自分よりもできる人が現れたりとか
優れてる人が現れた時に
途端に劣等感に変わって
自信がなくなってしまう
ということがあるからです。



それよりも劣ってる自分とか
ダメな自分というのを
受け入れてく
認めていくっていうことすることによって
折れない自信がつくのではないのか
なっていう風に考えています。



そこでまずダメな自分を受け入れる前に
しなければいけない事っていうのは
ダメな所っていうのは
すぐに隠してしまおうとする
といういことが多いのかなと思います。



そうやってダメな自分を隠して
できる自分とか
人よりも優れてる自分っていう風に
飾ってしまうってことがあるのかなと思います。



それを飾りを外して
ダメな自分というのをさらけ出すっていう
そういう自己開示ってことが
必要になってくるのかなと思います。



ダメな自分っていうのは
人よりも劣ってる自分であったり
弱い自分であったり
情けない自分っていう場合が多いです。



そういう人よりも何か出来なかったり
劣っているとか
マイナスの自分っていうのは
隠してしまうとするってことが
多いのかなと思います。



そういうダメな自分を出すと
誰かに怒られたいとか
恥をかいたりとか
嫌われてしまうんではないのかっていう風に



そういう不安が
自分の中でかりたたられて
余計にダメな自分を出せないっていう風に
なってしまうのかなと思います。



そういう不安が起こるっていうのは
実際に傷ついた経験が
あるって言う場合が多いです。



過去に何か傷ついた経験があって
もう二度とあんな思いしたくないって
思うことがあって



だから立派でなければいけないとか
できる自分でないといけないとか
強くなければいけないとか
そういう風に思って
弱い自分を必死に隠そうと
してしまうってことがあるのかなと思います。



それは誰にでも
心の傷っていうのはあるのかなと思います。



ダメな自分がバレないように
必死に隠して
できるフリをするっていうことがあります。



傷が深ければ深いほど
心の傷が大きければ大きいほど
注意深くなって
慎重になってしまうところがあります。



だからできない自分って言うの
必死に隠そうとして
できる自分であることを
アピールしようとしてしまうって
ことがあるのかなと思います。



でも隠し続けるっていうのは
とってもしんどいことで
本当の自分を必死に隠して
ずっと飾っているっていうのは
すごく疲れることです。



こんなダメな自分を
出してはいけないというので
ずっと緊張状態で
気を張ってなければいけないって
ことになってしまうからです。



そういう隠していた自分っていうの
ダメな自分っていうのを
思い切ってさらけ出してみる
そうすることでさらけ出すことで
飾りを捨てることができます。



今までずっと仮面をかぶって
できるフリをしていたというのがなくなって
本当の自分で生きられる
素の自分で生きられるって事が
できるようになるのです。



でもさらけ出すっていうのは
とっても勇気がいることで
ダメな自分を出すと
またあの時みたいに
怖い思いするのではないかとか
嫌な思いをするんじゃないのかっていう
そういう不安が起こってくるはずです。



そういうので
とっても難しいことなのかなと思います。



でもそういう不安な事っていうのは
なかなか起きないってことがあります。



昔は弱い自分でいたりとか
ダメな自分があると
嫌な思いをしてきたのかもしれません。



でも今はそんな思いをなかなかしない
というのがあって
思ってることは起きない
っていうことがあるのかなと思います。



それどころか弱い自分を
さらけ出すことができたとしたら
もしかしたら
周りの人に喜ばれるっていうことも
あるのかもしれません。



みんな弱者に優しいいっていうことがあります
昔みたいに弱い自分でいることがダメで
強い自分でならなければいけない
そうじゃないと怒られたり
嫌な思いをしてきたってことが
あるのかもしれませんけど



でも弱い自分を出すことによって
周りの人も飾らなくてもいいし
弱い自分でいることで
素の自分が出せて楽になることで
周りの人ももっと楽になるって事も
あるかもしれません。



そういうことで弱い自分を出すことで
逆に喜ばれるって事もある
そういう世界もあるって事も
ちょっと知ってほしいなと思います。



強がっていても
余計に嫌われるって事があります。



意地張って強がっていると
何かとつきにくくなるって事が
あるのかなと思います。



誰に対してもバリアを張ってるような感じで
心を開けなくって
常に強い自分とか
優れている自分であろうとして
ピリピリしている状態があるのかなと思います。



そっちの方が嫌われるし
何かとつきにくくなって
人から敬遠されるってことが
あるのかなと思います。



しかもうまく隠しているつもりだったとしても
大抵はバレているって事があります。



みんなあなたはそんなに強くないし
そんなにできる人ではないってことが
もう知れ渡ってるのかもしれません。



でも一人で、いや自分はそうじゃない
できる人間だとか
優秀な人間だって
そういう証明を取ろうとして
いきがっているだけってことも
あるのかもしれません。



そういう重荷を下ろすことができたとしたら
周りの人も楽に接することも
できるようなるのかなと思います。



自分は隠していると周りにも
それを触れてはいけないっていう風になって
ちょっと遠慮して話ししたりとか
そういうこともするのかもしれません。



そんな感じで
うまく隠してるつもりだったとしても
大抵はバレているっていう事があります。



最後は本当に勇気を持って
さらけ出すってことが必要になってきます。



思い切って今まで隠していた
ダメな自分・弱い自分というのを
隠すのやめてみる
ダメな自分をさらけ出してみる
これはもう本当に
最後は勇気だけなのかなと思います。



怖い思いをするのではないのかとか
嫌われるじゃないのとか
バカにされるんじゃないのかっていう
そういう不安は
起こってくるってことはあるけど



でもそれをそういう不安を乗り越えて
飾り外すことができたとしたら
大きく自分を変えるために
一歩踏み出すことができるのかなと思います。



飾りを外すことができたとしたら
人の目を気にならなくなります。



強くなくてもいいし
できる自分を演じなくてもいいっていうのは
とっても楽なことで
力が抜けて
自分らしい生き方が
できるようになるのかなと思います。



そうすることで
自ずと自分に対しての自信というのも
生まれてくるのかなと思います。



今日のまとめとして
過去にダメな自分でいることで
嫌な思いをしてきたっていう人が
あったとしたら
自分はできる人間で立派だって風に
証明しようとし続けてしまうってことが
あるのかなと思います。



でもそういうできる自分であったりとか
優秀な自分でいるって事は
とっても疲れてしまいます。



だからそういう立派な自分っていうのを止めて
ダメな自分がいてもいい
弱い自分でいてもいいってことで
そういうのをさらけ出すことができたとしたら
もっと楽に生きていけます。



どうせ弱い自分とか
優秀じゃない自分っていうのは
周りの人にバレているって事があるのです。



思っているような怖い思いを
するのではないのかっていう風に
不安があるかもしれませんけど
みんな弱者に優しいってことがあります。



だからそんな怖い思いをするってことは
なかなかないのかなと思います。



逆に飾っている方が
嫌われてしまうってことがあります。



とつきにくい人間として見られてしまって
あの人の前でいると
なぜか本音で話せなくなったりとか
気を遣われてしまうってことが
あるのかもしれません。



だから怖いかもしれませんけど
ダメな自分でいうのを
勇気を持ってさらけ出してみる
本当は自分はこんな人間ですっていうのを
さらけ出してみる



そうすることで
素の自分で生きていけるように
なるって事があります。



飾りを外すことができた時に
自分らしく生きていけて
それが自分の自信につながっていくって
ことがあるのです。



そういうことで
今日は自己開示ということで
さらけ出すことで
自分らしく生きていけることができる
ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年07月12日2021年:7月

ZOOM飲み会 終了

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて4人の方が
参加してくださいました。 
 
 
 
ただ、僕の中では
惰性で続けているだけになっていて
だんだんと参加人数も減ってきて
もうやめようかと思っていました。
 
 
 
それで、コロナもだんだんと落ち着いてきたので、
ネット上での交流でなくて
リアルでの交流をやっていこうと
思っていたのです。
 
 
 
でも、参加してくれる人で
強い要望があって
続けてほしいということなので、
これからもしばらくはやっていこうと思います。 
 
  
 
僕たちは大人になると
友達つくりの場所って
あまりないと思います。
 
 
 
学生だった時は同じような年代と
集まる場所があったので、
容易に友達を作ることができましたけど、
社会人になると途端に交流の場が減って
自分と似たような人と会う時って
あまりないと思います。
 
 
 
僕の場合も社会人になった時に
友達との交流が途端に減ってしまって
孤独感をずっと感じていました。
特に交流するのが下手で
友達をうまく作れなかったというのもあります。
 
 
 
僕と似たような人がいるはずで
仕事場以外で交流を求めているというのは
あるのかなと思います。



定期的に会うことで
だんだんと打ち解け合うこともできて
仲良くなってくるというのもあります。
 
 
 
そういう交流の機会と場所を提供して
孤独を感じている人や
自分を出す場所がない人に向けて
やっていけたらと思います。
 
 
 
今回は仕事の悩みとか
趣味の話などを中心に
話を聞いていきました。
 
 
 
みんな、仕事では悩みがあって
それをどこかで話したいと思っているのです。
趣味のことでも
みんなに相談することで
広がっていくこともあるでしょう。
 
 
 
誰かに自分のことを聞いてもらうというのは
とっても大切なことだと思いました。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
8月6日(金)20時~
参加費 無料
 
 
 
あなたからの参加を
お待ちしております。
 
 
 
ありがとうございました。




 

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2021年07月10日2021年:7月

自信ではなく優越感をつけていませんか?

今日は自信ではなく
優越感をつけていませんか?
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは自信がない時に
自信をつけようと思う時があります。



そうする時っていうのは
たいていが自分を向上させるために
何か頑張ってやったりとか



あと人よりも何か優れてるものとか
得意なもの、できるものっていうのを見つけて
それを伸ばそうとするってことが
あるのかなと思います。



たしかに人より何かうまくなったり
そういうのがあると特別感というのを持てる
ってのはあります。



それが自分に自信につながる
ってこともあるでしょう。



でもそれっていうのは
人と比べて自分の方が優秀だっていう風に
感じているって事があるので
それは自信ではなくて
優越感を感じているだけなのかもしれません。



だからもし自分よりも
出来る人が現れたりしたら
途端に自分が出来ないっていう風に
レッテルを貼られてしまって
自分なんてダメな人間だという風に
思ってしまうことがあります。



そうなるとその優越感が劣等感に変わって
自信というのも崩れ去ってしまう
って事があるのかもしれません。



そういうのは間違った自信の付け方でも
あるのかなと思います。



人よりも何か優れたり
何か出来る自分でいたりとか
良い人を目指すっていうことは



常に頑張り続けなければ
いけないっていうことで
すごく疲れてしまいますし
とてもハードルが高いことなのかなと思います。



気も抜けなくって
自分を向上させようとして
自分にハッパをかけているっていう
状態なのかなと思います。



そういう優越感だけど
他人に左右されているうちは
とても脆い自信に
なってしまうってことがあります。



優越感を感じてるだけでは
本当の自信に繋がらないって
いうことがあるのです。



本当の自信というのは
他人に左右されないですし
できる証明なんて要りません
だから頑張り続けるという事を
しなくてもよくなります。



そのためには
まずはダメな自分とか
劣っている自分っていうのを
すぐに隠そうとしてしまうってことが
あるのかもしませんけど
でもそういうのを認めていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



ダメな自分を隠して
人よりも何か優れたり
何かが出来るようになったりってしても
それは上辺だけのことになってしまいます。



すぐにそのメッキが剥がれて
ダメな自分っていうのが
顔を出そうとしてしまうってことがあります。



だからまずは自分の自信をつけるためには
土台を作っていく必要があります。



家でも何が大事かって言うと
基礎工事が大事だっていう風に言われています。



その基礎工事の上に
きちんとした建物が建つから
安定したものがあって



基礎が不安定だと
その上に建つ建物も不安定になって
どんなに良い建物を建ったとしても
そこで安心して住めないことがあるでしょう。



人の土台というのは
まず自分を認める事って
いうところから始まります
それはダメな自分を認めるって事が
とっても大事なことなのかなと思います。



ダメな自分っていうのは
なかなか認めることってのは
できないかもしませんけど



もしそういう自分を肯定することが
できたとしたら
人よりも何か優れなければいけないとか
何か出来なければいけないって
そういう思う必要もなくなってきます。



だから頑張るのをやめれて
自分らしく自分のペースで
生きていくことができるようになります。



自分を肯定する方法ですけど
ちょっと長くなるので
また別の動画で解説して
いけたらいいのかなと思います。



今日のまとめとして
僕たちは自分に自信をつけるために
人よりも何か出来たりとか
人よりも優れてるものがあるとか
そういうことを探そうとしたり
そういうものを身につけようとするって
ことがあるのかなと思います。



そうやってやっているうちは
常に人よりも優れなければいけなくなるので
頑張り続けなければ
いけないってことがあります。



ちょっとでも気を抜いてしまうと
人よりも劣ってしまう
ダメな自分が出てきてしまうって
ことがあるからです。



でもそれは自信ではなくて
もしかしたら優越感を感じているだけ
なのかもしれません。



そういう優越感を感じているだけ
だったとしたら
自分よりも優れた人がでてきたり
出来る人が現れたりすると
途端に劣等感に変わって
自分なんてダメな人間って
落ち込んでしまうって事があります。



本当の自信っていうのは
優れた自分になろうとするのではなくて
自分のダメなところを肯定していく
っていうところが大事になってきます。



プラスを伸ばそうとするのではなくて
マイナスをゼロに戻すっていう
そういうイメージなのかなと思います。



そういうことしていくので
できる証明って言うの
やっていく必要はありません。



人よりも何か優れていなければ
いけないっていう
そういう思いも少なくなってきます。



だからこそ頑張る必要がなくなって
自分のペースで生きていける
ってことがあります。



そうやってやっていくことによって
ありのままの姿でいられるように
なるのかなと思います。



そういうのが自分らしい生き方って
いうことがあるのかなと思います。



そういうことで
自分に自信をつけようとする時に
何か頑張って
人よりも優れてるものを身につけようとか
人よりも何か出来ることを伸ばそうとか
そういうことで頑張るのではなくて



自分なんてダメだって思ってる
そのダメなところを肯定していく



そういうことをすることによって
本当の自信というのが
生まれてくるってことを
今日は説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年07月05日2021年:7月

親世代の価値観は変わらない

 

今日は親世代の価値観は変わらない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは親から色んな価値観を押し付けられて
生きているのかなと思います
あれしなさいこれしなさい
これはしてはダメということを
ずっと言われているって事が
あるのかなと思います。



それが自分の価値観と合っていたら
問題はないのでしょうけど
でも大抵は自分がやりたくないことを
押し付けられるって事があるのかなと思います。



そういう時に
自分のことなんてなんにもわかってくれない
ということがあって
親子間で衝突してしまうっていうことも
多いのかなと思います。



なんでもっと親は
自分のことを理解してくれないんだ
もっと今の時代のことを
理解してくれないんだって
そうやって悶々としている人ってのも
多いのかなと思います。



それは僕たちは
親世代と自分の世代では
全く違う生き物と言ってもいいぐらい
考え方が違うってことがあります。



昔は価値観っていうのは
そんなにも変わらなくて
江戸時代とかそういうのは
昔のその価値観が
自分の世代でも変わらなかったし
自分の世代と子供の世代では
そんなに価値観が変わらなかったって
いうことがあるのかなと思います。



農業で言うと
ずっと農業革新もそんなに起きなくて
親から子供へと引き継がれていくってことは
とっても役に立つことが
あったのかもしれません。



そういうので
ギャップは少なかったってことがあるでしょう。



でも今っていうのは
社会変化っていうのは
すごく激しくなってきてます。



自分と親とでは価値観っていうのは
全く違うってことがあるのです。



そういうのがあると分かり合えない
ということが出てきてしまうことが
あるのかなと思います。



戦前と戦後では全然価値観が違うでしょう
戦前では当たり前だと思っていたことが
戦後ではそれが非常識になってしまっている
という事もあるでしょう。



また最近では団塊の世代とゆとりの世代では
大きく価値観が変わってきていると思います。



団塊の世代の根性論を
今のゆとりの世代で当てはめようとしたら
みんな逃げていくことがあるでしょう。



また最近ではスマホが最初から
生まれた時からある世代と
20代とか若者になって
スマホを持った世代とでは
全く違うということもあります。



そういうので変化が激しい時っていうのは
価値観が大きく
変わってくってことがあるのです。



その価値観で生きてきた人にとっては
周りも同じ価値観だったので
それが正しいって思い込んで
しまってるとこがあって
なかなか変えるって事は
難しいということがあります。



そしてどうしたら価値観が変わっていくのか
古い価値観から新しい価値観へと
変わっていくのかっていうのを
調べた人がいました。



その例として
地動説と天動説の例があります。



天動説っていうのは
地球が中心にいて
天が回っているって言うことで
これが最初に信じられたことであります。



でもそれではどうしても辻褄が
合わなくなってしまってるって事があって
太陽とかそういうのが回ってるんじゃなくて
地球が太陽の周りを回ってるって言う事を
発見した人がガリレオでいました。



でも当時はその地球が回ってるって事なんて
誰も信用できません。



キリスト教においても
そういうことを信用しては
ダメだっていうことがあって
どうしてもその新しい価値観を
受け入れられるって事がなかったのです。



ある科学者なんかは
地球が太陽の周りを回ってる
なんてことを信じてしまうと
今まで学んだ学問が通用しなくなるって言う
それだけにおいて
そんな新しい説を信用しないっていう
ことがありました。



いつからその新しい説になったのかというと
親の世代が亡くなった時と言われています。



古い価値観を信じてる
そういう世代が亡くなって
新しい価値観を信じてる人が
そのまま上の世代に行った時に
価値観が変わるってことがあったのです。



そういう風に
社会でも学校でも部活でも
上の世代とか前の世代がいなくなる時に
やっと自分の価値観が
通用するってことであって
その前の人が価値観を変えてくれるって事は
すごく難しい事でもあったのです。



そういう意味でも
僕達は上の世代が分かってくれない
と思っているように
下の世代の価値観っていうの
理解するっていうことは
とっても難しいことなのです。



自分と下の世代では
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が違うからで
だから理解することがとっても
難しいってことがあります。



だからいつのまにか自分の正しさや価値観
というのを下の世代に
押し付けていないとかっていうの
気をつけていくっていうのは
大事なことなのかなと思います。



上の世代が分かってくれないって言うように
下の世代に対して
理解しようとしているのかって言うと
なかなか理解しようとするってことは
難しいことなのだっていうのを
きちんと自分の身において
考えていく必要はあるのかなと思いました。



それでさらに今から変化が激しくなってくる
っていう風に言われています。



なので僕達に出来る事っていうのは
親の古い価値観から
いかに影響されないようにしていくのか
そして下の世代の新しい価値観を
いかに学んでいくのかっていうことが
これから必要になってくる
能力なのかなと思います。



どんどんどんどんと価値観が変化していって
新しい価値観だと思っていても
それがいつのまにか
古い価値観になってしまうってことがあります。



自分の価値観を疑うことは必要ですし
親の価値観から
いかに影響されないってことも
必要になってきます。



そういう変化が激しい時には
自分のその価値観を変化させていくって
ことは大事なのかなと思いました。



今日のまとめとして
親の世代とは僕たちは
全く違う生き物だっていうぐらい
価値観が変化していっています。



なので親にわかってもらおうと思っても
それはとっても難しいことなのです。



自分の価値観がどうやったら
その世代に新しく通用していくのかっていうと
親の世代が亡くなった時
っていう風に言われています。



それぐらい親の世代の
価値観を変えていくってことは難しいので
説得するってことは
ちょっと難しいことなのかなと思います。



じっと耐えて
親の世代が無くなるのを待つってことも
一つの方法なのでしょう。



そしてこれからもっともっと変化が
激しくなってくるって言われています。



なので自分の持ってる価値観も
すぐに廃れていってしまうってことがあるので
下の世代から学んでいくってことも
大切になってきます。



そうやって自分の価値観っていうの
変化させていくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



親の世代は自分のことを
わかってくれなくて当たり前だし
そういう自分の価値観を分かってもらおうと
説得していくっていうのは
とっても難しいことだということです。



価値観が変化するってする時は
親の世代がみんないなくなった時に
やっと自分の価値観が
その世間で通用するようになる
という風に言われてきた
ということがあるので
それでも少し覚えておいた方が
いいのかなと思いました。



ありがとうございました。




 

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2021年06月28日2021年:6月

スネてばかりいると大切なものが手に入らない

 

今日はスネてばかりいると
大切なものが手に入らない
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もがスネっていうものを
経験しているのではないのかなと思います。



みんな、心にもないものを言ったりして
後で後悔するっていう経験が
あるのではないのかなと思います。



僕も小さい頃なんて
すぐにスネてしまって
本音を言えずに



どうしても天邪鬼みたいに
好きなものでも嫌いとか
やってほしいことでも
やっていらないとか



そんな風に心と裏腹の事を言ってばかり
いた時がありました。



それは今でもあります
スネてしまって
もういいわって諦めてしまったり
相手に対しても
何も期待を抱かなくなってしまうって
ことがあります。



そしてスネの例え話として
すっぱいぶどうというのがあって
狐がぶどうを取ろうとしても
なかなか取れないでいます。



本当は欲しいのに
手が届かないってことがあります
そうするとあのぶどうはどうせ酸っぱいはず
ということで負け惜しみを言って
心とは裏腹のことを考えて
諦めるって事をしてしまうってことがあります。



本当はぶどうが欲しいのに
手が届かないばかりに
あのぶどうなんていらない
あのぶどうは酸っぱいはずだって言って
諦める口実にしてしまうってことがあるのです。



そういうのがスネの例え話として
あげられるのかなと思います。



スネというのは
本音が一回捻るって事があって
本当はぶどうが食べたいと思っても



それが叶わないから
だったら嫌いという
好きなものが嫌いっていう風に
一捻りしてしまうってことがあるのです。



それは愛の形も一緒で
本当は誰かのことが大好き
っていうことがあって



でも何か不都合なことがあったり
何か叶わないことがあったりすると
大嫌いって心にもないこと
言ってしまうことがあります。



本当はお母さんのことが大好きだけど
何も言うことを聞いてくれないし
怒ってばかりだから
大嫌いという風になって



本当は好きなのに
大嫌いっていうことを
言ってしまうとことがあるのです。



スネているというのを
相手が感じ取ってくれるのかって言うと
相手が大嫌いって言われた時に



あ、これはスネているだけだって思って
本音とは違うことを言っている
大嫌いと言ってるけど
あの人はスネてるだけで



本当は好きなのだって思ってくれる
察してくれるのかっていうと
それはなかなか難しいのかなと思います。



大抵は私のことが嫌いなんだっていうことで
傷ついたり怒ったり
してしまうかもしれません。



そのスネた裏腹の言葉が
そのまま伝わってしまうっていうことが
大抵あるのです。



そういう間違った
メッセージが伝わってしまうっていうのは
とっても残念なことで
本音は好きなのにスネていると
嫌いっていう風に伝わってしまう。



もうほんと裏腹のことになってしまうって
ことがあるって言うのは
本当に残念なことなのかなと思います。



だから本音を言うってことは
とっても大事なことです。



本当はあのブドウが食べたかったとか
本当は大好きなんだということを
素直に言うということは
スネをなくすっていうことで
ストレートに自分の気持ちを
言うっていうことで
とってもそれは大事なことなのかなと思います。



自分がもしスネていて
何か心にもないことを
言おうとしてる時があったとしたら
本当はどうして欲しいのかっていうのを
考えてみることは大事なのかなと思います。



そして本当は~して欲しい
本当はこうして欲しかった
本当はこんな気持ちだったっていう
その「本当は~」から始まるものが
大抵は本音から始まります。



だからスネていそうな時は
本当は~して欲しかったのかっていうのを
考えていく
そうすることによってスネっていうのは
直っていくのかなと思います。



そうやってスネてばかりいても
大切なものってのは手に入りません。



間違ったメッセージが伝わってしまって
自分の心にもないものが
相手に伝わるので



自分の本音が
間違った方向に行ってしまうので
自分の欲しい物っていうのは
なかなか手に入らないってことが
あるのかなと思います。



本当は大好きなのに
大嫌いっていうメッセージが伝わってしまって
本当に相手から嫌われてしまうって
ことがあるのかもしれません。



だから間違ったメッセージを伝わる
ってことがあるので
スネっていうことを直していくってことは
とっても大事なことなのかなと思いました。



今日のまとめとしてスネるということは
本音が裏返ってしまう
っていうことでもあります。



本当は好きだと思っていることであっても
本音が裏返ってしまうと
大嫌いっていう風に
伝えてしまうかもしれません。



自分の本音ではない大嫌いっていうのが
伝わってしまうと
人間関係においても
自分の望むものが手に入らないし
ややこしくなってしまうってことが
あるのかなと思います。



だから本当はどうしてほしいのか
っていうことを考えることによって
スネっていうのを直していけることがあります。



だから本当はどうして欲しいのか?
というのを伝えていく。



本音を伝えていくことによって
人間関係がスムーズに流れますし
繋がりも深くなっていくってことが
あるのかなと思います。



このようにスネを直して
心と裏腹なことを
言わないようにしていきながら
自分の本音を伝えていくということは
とっても大事なことなのかなと思います。



僕もすぐにスネてしまって
もういいわとか
もうあの人大嫌いとか
言ってしまうことがあります。



でも本当はこうして欲しかったのだとか
本当はこれをほしくなかったってことを
伝えることによって
自分の望みが叶いやすくなって
いくってことがあります。



スネていても
決して何か自分の望む通りなことが
起こるわけではないのです。



本音を伝え合うってことは
とっても大事なことで
人間関係を築いていく
基礎となる部分なのかなと思いました。



今日はスネということについて
いろいろと語っていきました。



ありがとうございました。



 

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2021年06月21日2021年:6月

気持ちの読めない男 読みすぎる女

 

今日は気持ちの読めない男 
読みすぎる女
ということについて
お話ししようと思います。



特にこれは恋愛において
どのような関係になっていくか
ということについて述べよと思ってます。



まず気持ちが読めない男ですけど
そういう人っていうのは
勝ち負けにすごいこだわりがあって
負けることを異様に怖がってしまってます。



そしてどちらが上か
どちらが下かということで
上になることを
常に強制させられているような感じで
下になるって事が許されない
とっても抵抗があるっていうことがあります。



そういうプライドが高いっていうことがあって
それが空気の読めない男として
作られているのかなと思います。



そして特にそういう人っていうのは
自信がなくなると
さらに自分の優秀さをアピールしなければ
いけなくなったりとか
恥をかくのがものすごく怖がってしまって
勝つことが全てになってしまいます。



そういう自分の自信がないものを
勝つこととか
優秀さをアピールすることによって
埋めようとしているって事があるのです。



また相手の気持ちを読みすぎる女のところでは
大抵が母性本能が強くて
なんでも貢献したがって
しまうってところがあります。



そういう尽くし癖を持ってるっていうのが
気持ちを読みすぎる女として
挙げられる特徴なのかなと思います。



そういう人が自信がないと
自分の意見がなかなか口に出して
言うことができないというのがあるので
黙って言うことを聞くってことに
なってしまいます。



自分に自信がないので
誰かに貢献することによって
誰かに尽くすことによって
その自分の自信のない穴埋めを
しようとするってことがあります。



これは男と女で
結構分かれるところなのかなと思います。



恋愛ではそういう二人っていうのは
互いに惹かれあうってことがあります。



女性の方では
オレ様的な態度をとっていたりとか
そういう人見るとなんだか強そうだなとか
自信満々に見えるので
すごく魅力的に見えます。



逆に普通の優しそうな人っていうのは
なんだか頼りないっていうことで
あまり魅力的に見えないってことが
あるのかもしれません。



また男の方では言うことを逆らわずに
黙って聞いてくれる人とか
自分に尽くしてくれる
貢献してくれる人を見ると
そういう人に魅力的に
感じてしまうってことがあります。



そういうので
相手の気持ちを読めない男と
読みすぎる女っていうのは
互いに惹かれ合うってことがあるのです。



普通の優しい人とか
普通の甘えてくる人では
なかなか満足しないってことがあります。



そういう人ってのは思い通りにする男と
それに従う尽くしたがる女ってことで
最初はすごく相性が良くて調子が良いです。



それは自分に無いものを
補っているって事があります。



女性としては
自己主張が自信満々に見えるし
自分にないものを持ってるって事でありますし



男性としては
自分に貢献してくれるって事で
その女性の尽くし癖っていうのが
なんか魅力的に
写ってしまうってことがあるのです。



でもそういうのは
だんだんと何か不都合が
起こってくるってことがあります。



それは男性では
だんだんだんだんと支配時になって
支配される方としては
自分の主張をできないぐらいに
なってしまうことがあります。



そういうのが続くと女性というのは
やっぱり耐えられないって
ことがあるのかなと思います。



そういうのは
エスカレートしていくってことがあるので
女性は逃げたくなるし
男性はもっともっと支配して
女性を自分のものにして
いきたいっていうことがあります。



そういう関係が長く続くってことは
なかなかないのかなと思います。



そういうのっては
依存と共依存の関係
っていうことに言われるのかなと思います。



依存と共依存っていうのは
一度は誰もが聞いたことが
あるのかなと思います。



依存と共依存の関係で
言われるようになったっていうのは
アルコール依存症の家族を見ながら
依存と共依存というのを
言われるようになりました。



アルコール依存症の男性の家族を見てくと
それを世話する奥さんっていうのがいます。



その奥さんは
旦那さんからアルコールを飲むと
ひどい暴力とか振るわれて
なぜそれで世話をするのかってことを
ずっと思ってました。



シェルターで誰かかくまってくれる人がいて
かくまったとしても
またすぐ戻ってしまうってことがあります。



なぜそんな地獄のようなところに
戻って行くのか?
そういう旦那さんに戻っていくのかって言うと



女性の方としては
私がいないとあの人は
駄目になってしまうっていう



そういう貢献癖がついていて
その旦那さんを世話することによって
自分の何か足りないものを埋めようと
しているって事があるっていう



旦那さんも依存してるし
女性の方も依存してる
共依存っていうことで
お互いが依存している関係という風に
言われてるって事があります。



そういうのは離れていくってことが
とっても大事で
男としては依存から離れるためには
プライド捨てていくってことがあります。



そのためには
負ける事っていうのを
自分に許していくってことが
大事になってくるのかなと思います。



ずっと勝ち続けなければいけないとか
自分の優秀さを見せつけなければ
いけないと思っているのを



180°変換して負けてもいいとか
自分が優秀じゃなくてもいいって
それでも価値があるって
思うことができたとしたら
プライドが捨てられて
依存から少し離れることが
できるのかなと思います。



女性は貢献しないこと
自分の意見を言う事ってことがあります。



貢献しないでいるって事は
なかなか難しいことなのかなと思います。



すぐに自分のことよりも
相手のことを優先させて
何かをしたがってしまうってことがあります。



でも自分を優先させて
自分の楽しみを見つけていくっていうことは
とっても大事なことでもあるし



自分の意見で嫌なことは嫌ですし
やりたいことをやりたいっていう風に
そういう風に言っていくってことは
とっても大事なことなのかなと思います。



すぐに自分の意見を殺して
相手に合わせてしまうって事があります。



そういうのをやってくってことが
依存から離れるための
その第一歩なのかなと思います。



そういうのはお互いに無いものを
吸収していくってことがあって
女性としては
男性の自己主張する事
ってことが学びでもあるし



男性としては相手の気持ちを読む
自分のことよりも
相手を言う少し優先してみるってのが
その男性としての課題でもある。



それっていうのはお互いが自分に無いもの
相手が持ってるものを学んでいくってことが
あるのかなと思います。



そういうことで
今日のまとめとして
自分に自信がなくなると
すぐにして支配をしたがってしまう男もいるし
貢献したがる女っていうことで



そういう人達っていうのは
お互いに無いものを持ってるので
すごく惹かれあってしまうとことが
ありますけど



でもそれは最初は良くても
次第に行き詰まってしまうとことがあります。



依存と共依存の関係で
どんどんとドツボにはまっていて
お互いが悪い方向に悪い関係に
なってしまうということがあります。



そういうことをやめようとするとしたら
男性の方としては
プライドを捨てていくってことが大事ですし



女性の方としては
貢献するのをやめていくってことが
大事になってきます。



そうやってお互いに無いものを学んでいくが
大切になってくるのかなと思います。



そういうことで
今日は相手の気持ちを読めない男と
読みすぎる女ということについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。




 

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2021年06月16日2021年:6月

ZOOM飲み会 終了

 

昨日はZOOM飲み会を
開催することができました。
僕を含めて3人という
ちょっとさみしい感じです。 
 
 
 
僕もそんなにアピールしているわけでないし
だんだんとコロナも落ち着いてきて
ネット上での交流でなくて
リアルで会うほうに力を
入れていこうかと思っています。 
 
 
 
自宅で話をするのは家族に遠慮したり
ネットだとやっぱり抵抗がある人が
多いですからね。 
 
 
 
3人でもじっくりと
話をすることができました。
いつものメンバーだから
気心が知れているというのもあります。
 
 
 
一人は愛知県の人でネットでないと
こうやって交流することができないので
ネットという特徴を活かしています。
 
 
 
ネットだと距離に関係なく
どこの人とも関係をつくれますからね。
リアルで会おうとすると
移動時間とかもったいないことになりますからね。
 
 
 
ネットの良さを活用しつつ
細々と続けていこうかと思っています。
 
 
 
次回は
ZOOM飲み会
7月9日(金)20時~
参加費 無料
です。
 
 
 
よろしくお願いします。




 

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2021年06月12日2021年:6月

「強がってる人」と「本当に強い人」の違いについて

 

今日は強がってる人と
本当に強い人の違いについて
ということについて
お話ししようと思います。



まず結論から言うと
強がって人と本当に強い人の違い
というのは
弱さを受け入れてるかどうか
っていうことがあります。



強がってる人っていうのは
大抵は弱さを受け入れてない
ということがあるからです。



強がっている人っていうのは
弱さを隠そう隠そうとしています。



そうやって強くなればっていうのが
強いからこそ
ずっと飾ってないといけない
ということがあります。



それはなぜかと言うと馬鹿にされるとか
失敗して恥をかくっていうことが
異様に怖いってことがあるからです。



でも本当に怖い事っていうのは
その失敗して恥をかいたりするというのは
みんなから嫌われるんじゃないかとか
みんなから見捨てられるんじゃないかっていう
そういうところまでつながってしまうから
怖いということがあるのかなと思います。



それじゃないと馬鹿にされたりとか
恥をかくぐらいでは
そんなに怖いってことは
ないのかもしれません。



そしてそういうのは弱いことによって
実際に傷ついたっていう
体験が大きければ大きいほど
そういうの二度と味わいたくない
という風に思って



傷つきたくないから
強くなればっていうふうに
バリアを張って
弱さを見せられずにいるって事が
あるのかなと思います。



僕も昔はずっと
そんな風な感じでいました
学生の頃とか弱さがあって
先輩とか同級生の人から
いじめられたいとか
そういうこともしました。



だから強くならないと
またいじめられるんじゃないかとか
また何か嫌な思いをするんじゃないかって
いうにそういう風にずっと思っていました。



ずっと弱さを出せずに
強がっていました
そういう時というのは弱さは出せないから
ずっとつらかったです。



本当は何か弱さを出したり
何か情けないところを出したりとか
もっと自分の惨めなところ出したりとか
そういうことしたかったんですけど
そういうのができずに



ずっと強い部分とか
できる自分っていうのを
演じなければいけないってことがあって
とても疲れるようなことを
していたなと思います。



本当に強い人っていうのは
弱さを受け入れている人ということがあります
強くなくてもいいんだっていうことがあると
自然体でいられます。



弱さをさらけ出すことができるようになると
自分らしくいられるとことがあります。



それは弱さをさらけ出しても
たとえ馬鹿にされたとしても
平然といられるって事があります。



弱さを受け入れているから
そんなに他人の評価で
自分の価値が変わらないってことを
知ってますし
そんなことで人は去っていかないってことを
知っているからです。



でもそういうのがわからないでいると
ずっと弱さを出せずに
強がってしまうってことが
あるのかなと思います。



昔の自分のように弱さを出せずに
ずっと強がらなければ
いけないっていう状態があると
辛い人もいるのではないのかなと思います。



今日のまとめとして
強がってる人と本当の強い人の違いとして
弱さを受け入れてるかどうかって
いうことが関係しています。



強がって人っていうのは
弱いことで過去に傷ついた経験っていうのが
たくさんあるからこそ



そんな経験を
もう二度としたくないっていうことで
強くならなければいけないっていう風にして
意地を張っているっていう事が
あるのかなと思います。



でも本当の強さを手にしていくことが大事で
それを手にしていくためには
弱さを受け入れていくって事が
必要になってくるのかなと思います。



弱さをさらけ出しても
自分は見捨てられないんだとか
自分は傷つかないんだ
自分の価値は変わらないんだって風に
思うことができたとしたら



本当の強さが手に入ってて
他人に左右されないし
芯の強いブレない自分に
なることができるのかなと思います。



僕も少しずつ弱さをさらけ出すことが
できるようになりました
そういうことによって
自然体にいられるようになりましたし



人から何か言われても
さほどブレるってことがなくなって
影響も少なくなってきました。



自分の弱さをさらけ出したり
弱さを受け入れてくってことは
本当の強さを手にするために
とっても大事なことなのかなと思いました。



ということで
今日は強がってる人と
本当の強さの違いについて
お話しさせていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年06月10日2021年:6月

【朗読 瞑想】平和の祈り




 

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2021年06月06日2021年:6月

人生に意味や目的はない、ただの暇つぶしである

今日は人生に意味や目的はない
ただの暇つぶしである
ということについて
お話ししようと思います。



僕たちは誰もが
この人生にどんな意味があるのか
ということを考えて
このまま生きていて良いのかとか
このような人生を送ってて
本当に後悔がないのかというのをすごく考えて
悩み苦しむという時もあるかもしれません。



そういう時は
もっと軽く考えてみる必要が
あるのかなと思います。



人生の意味とか目的とか考えすぎてしまうと
人生を必要以上に重く
考えすぎてしまうってことがあります。



そんな重く考えるじゃなくて
軽く考えることができたとしたら
楽に生きていけるってことが
あるのかなと思います。



ここでは人生というのは
ただの暇つぶしっていうことについて
考えていけたらいいのかなと思います。



まず僕達っていうのは
何もすることがないっていうのは
なかなか耐え難い苦しみだっていう風に
言われています。



意味のない事をしたりとか
無駄なことをするっていうのは苦しみであって
そういうことをするっていうのは
避けたと思ってしまいます。



そういうことを考えていくと
問題がなくなった世界っていうのは
本当に幸せなのかっていうことがあります。



問題は確かに無い方がいいと思いますけど
でも問題が全て解決して
平和な世界になってしまったとしたら
僕達ってのは
何のやりがいもなくなってしまうって
ことがあるのかもしれません。



ただただ平和な漠然とした一日を
過ごしてしまうってことがあります。



そこには何の意味もないし
何かやるべき事っていうのもないでしょう。



そういうのがあるから
暇が嫌ってことがあって
僕たちは暇が嫌だからこそ
意味のあることをしたいって思います。



そしてそういうことがあると
問題を作り出してまでも
何か意味のある
貢献したいとか
何か人の役に立ちたいとか



そういうことを考えて
暇をいかに潰そうとするかっていうのを
考えてしまうとことが
あるのかなと思います。



ありがたいことに僕たちは人間である以上は
問題っていうのはなくなることはないです。



だから何かしら問題があって
自分に何かしらやる事っていうのは
作ろうと思えば作れるってことがあります。



そういう問題を解決する
っていうことをしてる時っていうのが
最大の力を発揮するってことがあります。



それが生き甲斐として生まれてくる
というのがあります
そういうことを考えていくと
僕たちには使命や目的
何かやらなければいけないことが
あるのではないかっていう風に
思うかもしれません。



そういうのをずっと探し求めていって
自分探しの旅とかに出かけて
行く人もいるかもしれません。



自分がやるべきことがあって
使命があって
それを全うするまでは死ねないんだ
後悔してしまうんだっていう風に思って
しまうことがあるかもしれません。



でもそういう使命とか目的というのは
見つかる事っていうのは
少ないのかなと思います。



僕たちは救世主ではないです
世界平和で世界を救うとか
多くの人を導くとか
そういう事を持って生まれてきた
っていう人っていうのは
本当に少ないのかなと思います。



そういう意味で
僕たちはやるべき使命っていうのは
何もないのかなと思います。



ただただ凡人として
だからこそ自由に
何してもいいっていうことが
あるのかなと思います。



救世主ではないからこそ
僕たちはどんなことをしてもいいし
やらなくてもいいし
やるべきことがあるわけでもない
っていう風に言えます。



どんな人生を歩んでもいいとことで
問題を見つけてそれを解こうとする人
環境問題とか人口の減少問題とか
会社を良くしようとか
そういう事で
いろんな問題を解決しようとする人も
いるかもしれません。



そうかと思えば
ただただ遊びたい人
旅行に行ったりとか
ゲームするとか
そういう人もいるかもしれません。



淡々と生きていく人ってのも
もちろんいるでしょう
会社勤めをして家庭をもって
そういう淡々とした生き方っていうことも
する人もいるかもしれません。



そんな感じでどんな人生を歩んでも
正解だっていう風に言えます。



僕達には何かしなければいけないことなんて
何もないからです。



やらなければいけない事ってのは無いし
自分しかできないことっていうのも
もちろんありません。



時間をどう潰していくかっていうことが
人生なのかなと思います。



僕自身のことを言わせてもらうと
僕はずっとこの人生で
これでいいのかっていうのを考えて
迷っていました。



そのきっかけとなったのは
1999年に世界が滅びる
っていう風に言われていた時が
あったと思います。



その時に僕はこの人生で
いいのかっていうのずっと迷っていました
世界が終わってしまう時に
このようなダラけた人生を送ってしまってて



本当にそんな人生でいいのかって
いうのがあって
本当はやるべきことがあるのではないか
自分しかできないことが
あるんじゃないのかって
いうふうに思っていました。



ですることで
すごく焦って迷っていたときがあります
そういう時というのは本当につらかったです。



でもある日
自分なんて救世主ではないし
使命もないです。



本当ただただ凡人な一人として
もっと自由にあるがままで
生きていけばいいのだっていう風に
思うようになってからは
楽に生きていくことができるようになりました。



何かやらなければいけないこととか
使命とかそんなことを考えている時
っていうのはとってもつらかったです。



焦っていました。



このままの人生でいいのかっていうのを
ずっと考え続けていました。



でもそんな大それた使命なんて
僕にあるわけがないし
どんなことをしてもいいし
しなくてもいいっていう風に
そんな人生なのかなと思います。



やりたいことやるだけ
世界平和として貢献したかったら
すればいいし
問題解決しなかったりすればいいし
それはただの暇つぶしとして
やるべきことであって
やらなければいけないことではないって
いうことがあります。



今日のまとめとして
僕たちの人生に意味なんて
ないのかなと思います。



意味がないのに探し求めるとすると
焦ったり迷ったり
すごく辛い人生になってしまいます。



そういうので
全ては暇つぶしって考えていくほうが
もっと楽に生きていけるのかなと思います。



ただ暇を潰すっていうのは
なかなか耐え難いものでもあるので
意味のある事を求めてしまうって
ことがあります。



そういうので何か問題を
解決していこうとするっていうのが
手っ取り早く意味があって
自分の力も発揮できて
生き甲斐が生まれるってことがあります。



でもそれは暇つぶしの一つであって
やらなければいけないことではないです。



僕たちは救世主ではないし
救世主になれるって事も絶対にないです。



ただただ一人の凡人として
生きていくことがあって
だからこそ自由に何でも選択して
生きていけるって事があります。



遊びたかったら遊べばいいし
問題解決したかったすればいいし
そんな感じでどんな人生を歩んでいっても
僕たちは何もしなければ
いけないことはないのないので
正解だと言えます。



そんな感じで
人生は暇つぶしの一つとして
軽く考えていく方が
楽に生きていけるって事があるのかな
と思って説明させていただきました。



ありがとうございました。





 

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2021年06月01日2021年:6月

人の気持ちが分からないと思い込まされていませんか?

今日は前回の続きで
人の気持ちがわからないと思っているあなたへ
と言うので
パート2ってことで
続きをお話ししたいなと思います。



まず前回の続きとして
人の気持ちがわからないと思っているので
三つのタイプがあるって事を
説明させていただきました。



一つは遺伝的な人で
アスペルガーとかそういう人達ってのは
先天的に人の気持ちを理解するってことが
なかなか難しいっていう面があります。



もう一つのタイプとして
自分のことで精一杯な人っていうのも
相手の気持ちを考えるだけの
余裕がないってことがあります。
それは前回説明させていただきました。



そして今日は
人の気持ちを読みすぎてしまっている
人のタイプについて
説明させていただきたいなと思います。



まず人の気持ちがわからないって思ってるので
本当に人の気持ちがわからないのかって
いうことがあります。



それは人の気持ちがわからないっていう風に
注意されることが多くて
自分はダメな人間だ
なんて自分は人の気持ちを考えずに
あれこれ喋ってしまう人間だって風に
思い込まされてしまっているだけ
という場合もあるのかも
しれないってことです。



そういう人っていうのは
怒られてばっかりいるので
怒られないようにしようとか
嫌われないようにしようとか
バカにされないようにしようっていうことで
逆に空気を読みすぎてしまうって
いうことがあります。



それで空気を読みすぎて
自分の気持ちも言えずに
相手の気持ちを先読みしすぎて
相手を不快にさせてしまっているって
いう場合もあるのです。



また無理な要求にも応えようと
してしまっているって言う場合もあります。



相手の望みを全て叶えようとするってことは
なかなか難しいことでもあるんですけど
でもそれを頑張って
やってしまうとしてしまうのです。



そういうふうに良い社員だったりとか
良い奥さんを目指そうとするあまりに
良い人をやめられなくなってしまって
ついつい必要以上にやってしまう。



そして自分は迷惑をかけられないということで
自分の主張とか
自分の何かやってほしいこととか
嫌な事っていうのを言ってことが
なかなか難しいってことがあります。



そういう人は
自分に対しての欲求も高いとこにあるので
ほんの小さな相手の要望とか
欲求だったとしても
それができないでいる
というのを叶えられないでいると
途端に自分を責めてしまうって事があります。



普通の人だったら
何でもないようなことであったとしても
そういう小さな要求を
できないでいる自分っていうのを
すごくすごく責めてしまうことがあります。



そうなっていくと
相手の要求ってのは
どんどんと大きくなってくるして
それを無理してでも叶えようとするっていう
そういうサイクルに入ってしまいます。



そうやってどんどんどんどんと
エスカレートして
相手の欲求が上がっていき
それを無理して叶えようとしてしまってる
そういう悪循環に入ってしまうって
こともあります。



それは相手を優先させてしまっている
って言うことがあって
自分が自信をなくしてしまっている状態って
いうのは自分が分からなくなってしまって
相手に支配されてしまいやすく
なってしまう状態だということがあります。



自分が自信がないと
相手の要求を答えるだけっていう風になって
それだけでその自分の存在意義というのを
確認しようとしてしまうと事があります。



そういう人っていうのは
もしかしたら小さい頃から自己主張できずに
相手に合わせてばかりいっていうことを
やっていたのかもしれません。



そうやって自分を抑えるという癖を
ずっとずっと積み重ねていったっていうことも
あるのかもしれません。



そういうのも振り返っていくってことも
大切なことなのかなと思います。



そういう自己主張していかないと
どんどんどんどんと
誰かにコントロールされて
いってしまうってことがあります。



できることとできないことがあって
自分はこういうことはできないし
こういうことをしたくないって
言うことが大事で



そういうのを言わずに
なんでもかんでも相手の要望を
叶えようとしてしまうってすると
エスカレートしていくして
どんどんと自分を
見失ってしまうって事もあります。



そういう人ってのは本当に相手の気持ちが
わからないのではなくて
相手の気持ちがわからないと
思い込まされてしまっているだけ
なのかもしれません。



本当はできているのに
誰かに洗脳されて
自分は何でダメな人間だ
自分は何て相手の気持ちが理解できない
ダメな人間だって
思ってしまっている状態なのかもしれません。



本当はすごく人も倍以上に
相手の気持ちを
理解しようとしているはずなのに



相手の要望が大きすぎて
それが出来なくなった時に
相手から責められて



それを真に受けて
自分のは何でダメな人間だって
思い込まされてしまってるだけ
なのかもしれません。



本当に気持ちがわからない人っていうのは
相手の気持ちがわからないっていうことで
そんなことを考えもしないし
悩んだりもしないってことがあります。



気持ちがわからない人っていうのは
そんな悩むこともないってことも
覚えておいた方がいいでしょう
そういうのを解決していこうとするのは
まずは良い人をやめるって事が
大事になってきます。



怒られてもいいから
自分を出していくってことは
とっても大事なことです。



ということで解決策としては
良い人を目指していくよりも
自分の気持ちを優先させていくっていうことが
大事になってきます。



そうやって自分を出していくことによって
相手と対等な関係作りが
できていくってことがあります。



相手の気持ちを
読みすぎてしまってる人っていうのは
相手の気持ちを読もうとするのではなくて



自分の気持ちを優先させて
自分を主張していくっていうことが
大事になってくるっていうわけです。



というわけで
今日のまとめとして
相手の気持ちがわからないと
思っている人っていうのは
相手の気持ちがわからないのではなくて



一生懸命相手の気持ちを分かろうとして
やっているのに
自分はダメだと思ってしまっている。



そういう理想を高く持ちすぎてしまっているし
相手を優先させてしまって
洗脳されてしまっている
という場合もあります。



そうなってしまうと
どんどんどんどんと自分を見失ってしまいます。



そういう時は怒られてもいいから
自己主張していく
こんなことはできませんとか
こういうことするのは嫌ですっていう
そういうの言っていくってことは
とっても大事なことです。



そうやって言うことによって
相手との関係が対等になっていくって
ことがあります。



そうじゃないと
相手の要望をただ聞くだけの
都合の良い人だけに
なってしまう可能性があります。



ちょっとしたことでも来ないと
相手から責められて
なんて自分はダメな人間だって
思い込まされてしまうってことがあります。



そういうのは注意していかないと
いけないなと思います
そうやって自分に自信がない人っていうのは
相手の要望をすぐに
叶えようとしてしまうことがあります。



相手の気持ちを痛いほど
分かろうとしてしまうのに
自分なんて全然できてないんだって
思ってしまうことがあります。



自分はできてないんじゃなくて
できてないと思わされてしまってるだけ
ということがあるので



そういうのは
きちんと自分を主張して
できないことはできないっていう風に
やっていくことも大事ですし
良い人やめていくってことも
大事になってきます。



そういうことで